中川政七塾長が語る。教育事業「コトミチ」の価値と手ごたえ

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「中川淳を10人つくってほしい!」

2015年の秋のこと。新潟県三条市の國定勇人市長から、こんな依頼があった。

株式会社中川政七商店会長にして『さんち』の立ち上げ人、「中川淳」改め「中川政七」(2016年に襲名)と國定市長の付き合いは、2011年に中川が「庖丁工房タダフサ」のコンサルティングに携わった時から。

「そんなに簡単に10人作れるなら、うちももう少し楽になってますよ」と胸のうちで苦笑しつつ、「日本の工芸を元気にする!」ためにはできるだけ多く中小工芸メーカーを再生できる人材を育成することが急務だと感じていた中川は、「わかりました」と頷いた。

三条市市長の國定勇人さん /写真:三条市提供

ここから、中川が塾長になり経営、クリエイティブ、売場までを考えて結果を出せるプロデューサーを育てる教育プログラム「コトミチ」が始動した。

1期は2016年1月から6月まで計6回開催され、23名が卒業。第2期は2017年5月から2017年10月まで、同じく計6回の講座が開かれ、16名が卒業した。

既に「中川流」の取り組みを始めた卒業生が出てきており、三条市に新しい風が吹いている。

今回は改めて「コトミチ」の成り立ちと意義、目指すものについて話を聞いた。

共通言語を作る

― コトミチのコンセプトを教えてください。

中川:以前から強く感じている課題ですが、ブランディングや新商品の開発を進める時に、経営・マネジメント側とクリエイティブ・デザイナー側は、同じ日本語を話しているようで通じ合えていないんですよね。

そのふたつの人種に共通言語をつくろうということです。
同じ言葉を話して円滑にコミュニケーションができれば、プロジェクトの成功率は絶対上がるはずなんです。

それに加えて、共通のフローを持とうと。それぞれのやり方があると思いますが、それを毎回、毎回持ち込んでも、お互いしんどいでしょう。だから、一定の流れを作りましょうということです。

結果的に、受講生も経営者とクリエイティブ系の人がだいたい半々になりました。

― 経営者とクリエイティブ、それぞれが学ぶ場所や機会は多いと思いますが、肩を並べて一緒に学ぶのは珍しいと思います。

中川:そうですね。その「共通言語」のないメンバーで、決算書の見方からお客さんの手に渡るまで一気通貫で学ぶというのがコトミチの特徴だと思います。

一番気をつけたのは、勉強のための勉強にしてはいけないということでした。それで、授業を聞くだけの講座にならないよう、最終回にプレゼンを持ってきています。

過去2回とも20人くらいの生徒が参加したんですが、途中で事業者とクリエイティブにチームを組んでもらう。いくつかできたそのチームで、自社のビジョンや事業計画を作り直してもらって、最後に新ブランドのプレゼンをしてもらうんです。

毎回8社前後、プレゼンするチームが出てくるんですけど、2つ、3つ筋のいいものがありますね。逆に、イマイチだと思ったものは率直に指摘します。それを事業化したら大怪我するので。

中川政七

経営とクリエティブのリテラシーを高める

― 授業項目は「会社の診断」「ブランドをつくる」「商品をつくる」「コミュニケーションを考える1、2」「成果発表会」の計6回ですが、それぞれの内容を見るととても具体的ですね。「商品をつくる」授業では「売値の決定」「予算と初期製造金額」なども含まれています。

中川:経営、クリエイティブ、売場までを把握するために必要な最低限のリテラシーを身に着けてもらい、ちゃんと結果につながる、事業につながる内容にしました。

例えば、クリエイティブな人は数字が苦手というイメージがありますが、工芸の世界では事業者だって決算書すら見ていないことが多いんですよ。みんな会計士に任せっきりですから。

でもそれじゃいけませんよということ。ただ、ROE(株主資本利益率)とかROY(投資利益率)とかそういう難しいことには触れません。A+B、そこからCを引くと営業利益ですという誰でも理解できるような話をしています。

― ブランドや新商品をつくるために、まずは基礎を固めるということですね。中川さんは受講生に何を期待していますか?

中川:これまで、経営者は経営の言葉、デザイナーはデザインの言葉だけを使ってきました。先述したように、それでは同じ日本語で話しているのにかみ合わないから、何をやるにしても穴だらけになってしまうんです。

だからこの講座を受講する経営者には自分のクリエイティブのリテラシーを高めてもらう、デザイナーには経営のリテラシーを高めてもらう。そうやってお互いに理解できる、わかりあえる範囲が重なり合うようになると穴がなくなって成功する確率が高まります。

中川政七氏の手元の資料とメモ

― クリエイティブ、デザインで大切とされる「センス」とリテラシーは違いますか?

中川:中川政七商店のロゴなどを作ってもらってるクリエイティブディレクターの水野学さんが、「センスは知識からはじまる」と言っていました。

僕も大学は法学部で、最初はデザインについて知識がありませんでしたけど、水野さんと付き合うようになって、たくさんのデザインを見るとだんだんわかるようになりました。それは勉強なんですよ。

例えば、海外に5年も住んでいたらある程度話せるようになるでしょう。それが半年でいけるか、2年かかるか、それがセンスの部分ですけど、センスだけで決まるものだとは思わないほうがいいし、勉強しないと成長しません。

もうひとつ、自分でできることとリテラシーは違います。僕、びっくりするくらい絵が下手なんですけど(笑)、それでもデザインはある程度わかるようになりました。リテラシーというのは理解できるということで、経営者が上手に絵を描く必要はありません。

中川政七氏の手元にある書籍「経営とデザインの幸せな関係」

塾スタイルの価値

― 受講生に共通していることはありますか?

中川:皆さん、店やモノについて知識がないということですね。講座の序盤でどんなブランドにしたいかをテーマにすると、よく東京のおしゃれなインテリアショップに置きたいと言います。

でも、「具体的にどこですか?」と聞くと知らない。仮になにか言えたとしても、実際には行ったがないという人が大半です。

それはつまり努力してないということなんですが、「変えたい」と思っているから受講するんですよね。

その気持ちを維持して、実際に一歩を踏み出して変わるために、集団で学ぶんです。入試に向けてみんなで頑張る塾と同じようなもので、僕が塾長です。

マンツーマンのコンサルと違って、塾スタイルは自分でやらないといけないので道を踏み外す可能性は高くなります。そのかわり横のつながりはできる。それまでひとりでもがいていた経営者にとって、共通言語を持つ仲間が近くにいる価値は高いと思います。

インタビューに応じる中川政七氏

― 変化を求める経営者とともに学ぶクリエイティブ系の人たちにとってもメリットは大きそうですね。

中川:間違いありません。今って経営から売り場まで通じた若いアートディレクター、クリエイティブディレクターがいないんですよね。大御所でもそこまで守備範囲の広い人は一握りしかいないんじゃないかと思います。

だから、地方の中小企業と一緒に仕事ができる守備範囲の広い人に出てきてほしいし、20代、30代のグラフィックデザイナーにとって今の時代は大チャンスだと思うんですよ。

特に工芸の産地では、すぐ相談できる、コミュニケーションできる、ブランディングできるデザイナーさんはすごく求められているので。

東京事務所の中川政七氏

最も大切なのは「行動すること」

― 過去2回、講座を担当して手ごたえはありましたか?

中川:行政からの援助はあるとは言え、皆さん自己負担で15万円の受講料を払っています。それなりの覚悟を持って参加しているので、本気度も高いんですよ。毎回、かなりの宿題を出しますが、ちゃんとやってきます。

今のところ脱落者もいなくて、最後まで走りきってくれますね。実際に最終プレゼンの内容がブランドになったり商品化されたりしていますし、良い結果を残しているところも出てきているので、手ごたえを感じています。

僕が大切にしているのは行動することなんです。新ブランドが売れなかったとしても、じゃあどうすればいいかを考えて、もう一度やればいいんです。

失敗なんていっぱいあって、それを糧にして正しく努力を積み重ねればちゃんとよくなる。講座では必勝法ではなくて、その正しい努力をするための型を教えています。

インタビュー中の中川政七氏の手元

もうひとつ、僕と同じようなコンサル的な動きをする卒業生が出始めました。この人なら任せられるなという人には、僕も三条市とは関係ない地域の案件をまわしたりしています。これは市長のオーダー通りですね(笑)

― この教育事業は三条以外でも佐賀で2回、奈良と福井で1回、今年は東京と大阪でも開催されます。全国行脚ですね。

中川:もともとは産地に一番星をつくるということでコンサル事業を始めたんですが、いろいろな産地で一番星だけじゃなく、二番星、三番星が出てこないと産地の再生が間に合わないという現実があります。

だから、塾方式にしてよかったなと本当に思いますね。最初は國定さんに無茶振りされて、「ええっ」て思ったけど(笑)、これだけリアルに動くものが出てくると本当に嬉しいしやったかいがあったなと。

おかげさまでいろいろなオファがーあるんですけど、これからはまずは教育からスタートして、ある程度リテラシーができてから次のステップのコンサルに入ったらもっとよくなるんじゃないかと考えています。

コンサルも、工芸だけではなくて、食や宿まで守備範囲を広げていきます。実際これまでもオファーの6割が食品だったんです。今まで全部断っていたんですけど、これからは違う領域もいろいろなところと連携してやっていきたいですね。

文:川内イオ
写真:mitsugu uehara

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