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小鹿田焼とは

「世界一の民陶」と絶賛された特徴と歴史

小鹿田焼

大分県日田市の自然豊かな山間で生まれた小鹿田焼。昭和初期の思想家、柳宗悦 (やなぎ・むねよし) により「世界一の民陶」と絶賛された(著書『日田の皿山』より)。

今も多くの焼き物ファンを魅了する小鹿田焼の特徴や歴史に迫る。

小鹿田焼とは。一子相伝で継承される技術と多彩な技法

小鹿田焼民陶祭に並ぶ小鹿田焼
小鹿田焼民陶祭に並ぶ小鹿田焼

小鹿田焼は、大分県日田市で生まれた陶器である。原料となる土には、集落周辺で採取される、赤みがあり鉄分を多く含む土のみが使われる。釉薬によって様々な形と紋様が表現された日用の器には、素朴さとあたたかみを感じる。

現在、小鹿田焼の窯元は9軒あり、1705年ごろの開窯以来変わらず、黒木家・柳瀬家・坂本家の三家体制で制作されている。

ここに注目 300年一子相伝で守られる技法と美観

小鹿田焼の特徴的な技法は「飛び鉋 (かんな) 」「刷毛目」「流し掛け」などがあげられる。その技法は約300年の間、一子相伝で守られている。

また、陶土を打ち砕く時には、ししおどしの原理で川の水を利用する。川のせせらぎと響き渡る唐臼の音。視覚と聴覚で感じるその風景は『残したい日本の音風景100選』に選ばれるほど美しい。

小鹿田焼の里に流れる川
小鹿田焼の里に流れる川

小鹿田焼を象徴する3つの技法

小鹿田焼

・刷毛目 (はけめ)
ろくろを回しながら、化粧土をつけた刷毛を小刻みに打ちつけて模様をつける。朝鮮・李朝より伝わった技法。

・飛び鉋 (とびかんな)
型作りした器に、ろくろを回しながらL字型鉋をあて表面を削り模様をつける。原型の技法は中国・北宋時代の陶器に見られ、大正末から昭和初頭にかけて日本で取り入れられた。

・流しかけ
スポイトなどに化粧土や釉薬を入れ、それを一定の高さから垂れ流すようにかけて模様をつける。

小鹿田焼と小石原焼きの違いは?

兄弟窯である小石原焼と小鹿田焼。2つの民陶にはどのような違いがあるのか。

その違いは原料として使われる土にある。小鹿田焼に使われる土の方が、小石原焼の土よりも黒みがある。そのため飛び鉋では、鋭角な切り込みを入れることができ、白化粧との対比で表される紋様がより際立つ。

小鹿田焼が脚光をあびるきっかけとなった柳宗悦とバーナード・リーチ

現在、伝統的な民陶として日本全国に知られている小鹿田焼。大分県の山間でひっそりと作られていた陶器が、脚光を浴びるきっかけとなったのが大正時代に始まった民藝運動だった。

無名の職人の手によるものづくりの中に美しさを見出す民藝運動には、陶芸家の河井寛次郎や濱田庄司も参加。

中でも運動の中心人物であった柳宗悦は、自身の著書『日田の皿山』(1931年) で「世界一の民陶」と小鹿田焼を称賛した。

同じく運動に加わっていたイギリス人の陶芸家バーナード・リーチは1954年と1964年に皿山地区を訪れ、ピッチャーのハンドル付けなどの陶芸技術を職人たちへ伝授した。このとき、陶芸を生業するための心構えも教えたそうだ。

民藝運動のうねりの中で、小鹿田焼の名は全国へ広まっていったのである。

小鹿田焼の歴史

◯小石原焼と小鹿田焼の誕生

小鹿田焼の歴史を見ていく中で、小石原焼の存在は欠かせない。

高取焼 (福岡県東峰村などで製造されている陶器)の初代・八蔵の孫である八之丞が福岡県の中野皿山で開窯したのがはじまりとされる小石原焼。1705年、その小石原焼の陶工、柳瀬三右衛門を小石原村 (現在の福岡県朝倉郡東峰村) から大鶴村 (現在の大分県日田市) へ招いたのが小鹿田焼のはじまりと言われている。当時繁栄していた幕府直轄領、日田の代官により領内の日用的陶器の需要をまかなうためである。

柳瀬を大鶴村に招いた人物は黒木十兵衛で、その際に土地を提供したのが坂本家であった。以来、小鹿田焼は柳瀬家、黒木家、坂本家の三家の窯元で陶技を継承している。

◯農家の生活にあった小鹿田焼の生産

明治時代末期までは、瓶や鉢、壺など、農家で使用される道具を生産していた。当時の小鹿田焼の陶工たちは農家を続けながら陶製をする半陶半農の生活で、これは昭和40年代の民陶ブームまで続いた。

◯民芸運動によって脚光を浴びる

大正時代になると、「民藝運動」が柳宗悦を中心にはじまった。柳宗悦は1931年、自身の著書『日田の皿山』で小鹿田焼を「世界一の民陶」と賞賛。その後、1954年と1964年にはイギリス人の陶工バーナード・リーチが皿山地区へ来訪し、陶芸技術や心構えを職人へ伝授した。これらを機に小鹿田焼は多くの人々から注目を集めるようになった。

1995年に小鹿田焼が重要無形文化財に、2008年3月には「小鹿田焼の里」として地区全体が重要文化的景観に指定された。

小鹿田焼の里の緑溢れる風景
小鹿田焼の里の緑溢れる風景

九州北部豪雨から復興を成し遂げた、現在の小鹿田焼

2017年7月5日、福岡県や大分県を中心とした九州北部に集中豪雨が発生。小鹿田焼の里にも大量の土砂が流れ込み、唐臼や水路が破損、採土場が崩落するなど多大の被害を受けてしまう。

復興のため、小鹿田焼協同組合は支援金を募った。全国からの支援や復興ボランティアの力で土砂の撤去や各整備が進み、現在は豪雨以前と同じように陶器の製作が行われている。

<関連の読みもの>
わたしの一皿 雪どけのうつわ

https://sunchi.jp/sunchilist/oita/10411

ここで買えます、見学できます 「小鹿田焼民陶祭」

小鹿田焼を見られる機会のひとつに、小鹿田の里で毎年開催される「小鹿田焼民陶祭」がある。道祖神や先人の恩恵に感謝することも目的としたお祭りで、小鹿田焼の紹介のほか、里山の文化、自然にも触れることができる。

主催 : 小鹿田焼協同組合 (http://ontayaki.support)
場所 : 大分県日田市源栄町皿山

2018年の小鹿田焼民陶祭の様子
2018年の小鹿田焼民陶祭の様子

小鹿田焼のおさらい

◯代表的な技法

・飛び鉋 : L字の鉋で模様を刻む技法
・刷毛目 : 化粧土を塗った刷毛を打ちつける技法
・指描き : 指を使って山線を描く技法
・櫛描き : 櫛状の道具で波のような模様をつける技法
・流し掛け : スポイトなどに化粧土や釉薬を入れ、上から垂れ流すように掛ける技法
・打ち掛け : 柄杓に化粧土や釉薬を入れて打ち掛ける技法

◯関係する人物

・柳宋悦 (自身の著書『日田の皿山』で小鹿田焼を「世界一の民陶」と称賛)
・バーナード・リーチ (皿山地区に来訪し、作陶技術を伝授したイギリス人の陶芸家)

◯数字で見る小鹿田焼

・誕生 : 1705年といわれている
・産地 : 大分県日田市
・窯元数 : 9軒
・製陶体制 : 三家体制 (黒木家・柳瀬家・坂本家)
・重要無形文化財指定:1995年
・「小鹿田焼の里」重要文化的景観指定:2008年3月

<参考>
・下中直人 編『増補 やきもの事典』平凡社 (2000年)
・仁木正格 著『わかりやすく、くわしい やきもの入門』主婦の友社 (2018年)
・環境省 水・大気環境局 大気生活環境室『残したい日本の音風景100選』環境省
・やきもの愛好会『よくわかる やきもの大事典』ナツメ社 (2008年)
・ 大分県日田市立公式ホームページ
https://www.city.hita.oita.jp/shisetsu/bunkazai/6697.html

(以上サイトアクセス日:2020年04月28日)

<協力>
小鹿田焼協同組合

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