中川政七商店がなぜ菓子店を?「いいお店を増やす」奈良のまちづくり
鹿猿狐ビルヂングから町屋が連なる路地を歩くこと1分。歴史ある町並みの一画に、中川政七商店が営む菓子店「奈良御菓子製造所 ocasi(以下、ocasi)」がオープンしました。
工芸をベースにした生活雑貨をつくり販売する中川政七商店の新しいお店が、なぜ菓子店を営業するのか。今回は、私たちが掲げる「日本の工芸を元気にする!」というビジョンから、ocasiが誕生した理由をお話しさせてください。
ocasiのコンセプトは「水菓子、和菓子、洋菓子。三つのお菓子が重なりあう『奈良御菓子』」。同店では、奈良では「三笠」とも呼ばれ古くから愛される和菓子・どら焼きと、西洋から渡来し多様な深化を遂げたチーズケーキ、それらに合わせる、菓子の起源とも言われる水菓子・ジャムの3つのお菓子が提供されます。
食べ方はというと、まずはどら焼きやチーズケーキをそのままひと口。その後はペアリングジャムをひとさじ添えて。ジャムと合わせることで、果実の酸味や苦み、スパイスの香りがお菓子の甘みに重なり、より複雑で奥行きのある味わいへの変化が愉しめます。
訪れる方が口々に「新感覚」と表現するこちらのメニュー、監修をお願いしたのは、鹿猿狐ビルヂング1階に入るすき焼きレストラン・㐂つねのオーナーであり、東京・代々木上原にある一つ星レストラン「sio」のオーナーシェフである鳥羽周作さんです。
「完成してから今日初めてocasiの世界を体験しましたが、予想のはるかに上をいっていてもう最高ですね。新しいけど尖りすぎてない絶妙なラインで、奈良のまちの中でのこの立ち位置というのがすごく良い。柔らかい圧倒感があって感動しました。自分の会社にもこんなお店があったらいいなって思いましたね(笑)」(鳥羽さん)
ocasiは㐂つねに続く、中川政七商店と鳥羽さんによる協働事業の第二弾。でもどうして東京で人気店を展開してきた鳥羽さんが、親交があったとはいえ、わざわざ奈良でお店を出してくれたのでしょう。そこには中川政七商店を応援したいという思いがあったといいます。
「初めて奈良に訪れた時、中川さんが車で奈良をアテンドしてくれたんです。人間らしさというか、中川さんの温かさに感動してしまって。その時に、僕にできることならなんでも手伝わせてほしいと思ったんです」(鳥羽さん)
ところで、なぜ中川政七商店が菓子店を?
実は今回のocasiは、中川政七商店による奈良のまちづくり・N.PARK PROJECTの取り組みとして誕生したものです。
これまでも「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに、工芸をベースにした生活雑貨の企画製造販売の他、業界特化型の展示会・大日本市や、全国の工芸事業者への経営コンサルティングなど、工芸を元気にするための事業を多岐にわたり展開してきた中川政七商店。
N.PARK PROJECTはそんな私たちが、「工芸を元気にするためには、工芸の産地に人を招くアプローチも必要である」との考えから「産業観光」をキーワードに新たに始めた挑戦です。
いい工房があって職人の技を見て、併設されたショップでその手から生み出された工芸を手にする。そんな体験を生むことで工芸をもっと身近に感じてほしい。産業観光は工芸を元気にするために、今後欠かせないアプローチとなるでしょう。
ですが、工芸の産地があるのは基本的に地方ばかり。その地域を訪れたくなるには、工房以外に美味しいお店や泊まりたくなる宿も必要です。そんな風に魅力あるコンテンツが他にもないと、人はなかなか工芸産地を観光の目的地にはしないだろうと、私たちは考えました。
つまり産業観光を実現するためには、まち自体に魅力あるお店を増やす取り組みがキーになる。そう至り、まずは自分たちが事業を営む奈良の地で、奈良にいいお店を増やし街を元気にするN.PARK PROJECTに挑戦しはじめたのです。
2021年4月にオープンした当社初の複合商業施設である鹿猿狐ビルヂングは言わばまちづくりの拠点。その3階で運営するコワーキング施設のJIRINでは、奈良の事業者へ経営講座を開催したり、経営コンサルティングを実施したりと、これまでは主に他の事業者に対する経営支援を提供してきました。
でも、事業者の支援はあくまで一つの手段。もう一方では「自分たちもいいお店を展開できたら」と、志を応援してくれた鳥羽さんチームと共に、第一弾として鹿猿狐ビルヂングに入る㐂つねを、そして今回第二弾としてocasiの取り組みを進めてきたのです。
「僕たちは菓子店をミーハーに出したのではなくて、このお店はあくまで奈良を元気にするための手段。ただ自分たちは飲食のプロではないので、鳥羽さんに協力を依頼しました。鳥羽さんと僕は見た目が全然違うので(笑)タイプが異なるとよく思われますが、実はとても思考回路が似てる。例えば事業を始めるときにクリエイティブなことを実現するのが目的になる方もいますが、鳥羽さんも僕も、クリエイティブはあくまで手段として考えています。事業成功の手段としてクリエイティブがあって、その事業の成功した先に目指すべきところがあるんです」(中川)
こんな風に合流し、ocasiの計画が始まった1年以上も前から、メニューの検討やレシピ開発を進めてきた鳥羽さんと中川政七商店。「本当に美味しい体験って何だろう?」そんな思いでお菓子の定番であるどら焼きもチーズケーキも、一から材料や作り方を考えてきました。オープンの日に至るまで、重ねた試食の回数は数えきれないほどです。
「どら焼きの糖度を落として甘すぎないようにしたり、チーズケーキをとにかく丁寧に作って滑らかで軽やかな味わいを表現したり、今回のお店で“美味しい”がどうあるべきか考え抜きましたね。
あと特にこだわったのは全体の体験価値や、そのバランスです。どら焼きとチーズケーキとジャムが三味一体になっているなかで、どれも突出しないように注意しました。今回のocasiプレートは誰も食べたことがない食体験。単純にそれぞれのお菓子を食べて美味しいって話じゃなくて、ちょっと考える時間があるのが新しいんです。ジャムが三つあることで『これが好き』『これが苦手かもしれない』と、あのコンテンツの中で思考する時間を設けたことに体験の価値や意味があると思っています」(鳥羽さん)
いいお店を奈良の街に増やすことで、奈良を元気にするまちづくり「N.PARK PROJECT」に取り組む中川政七商店。「幸せの分母を増やす」をモットーに、レストラン展開や食のプロデュースを重ねてきたsio・鳥羽周作。ocasiは、そんな両者の想いを詰め込んだお店なのです。
奈良に暮らす人は、大切な人へのギフトや日常のおやつに。また奈良を訪れる人は目的地の一つや、ならまち散策中にホッとひと息つける休憩場所として。「奈良土産」にご利用いただくのもおすすめです。ならまちに新たな景色をうみ、少しずつ時間をかけて奈良の”普通”になっていく。そんなお店を目指して、これから末永くocasiを運営していけたらと思います。
<店舗情報>
奈良御菓子製造所 ocasi
〒630-8221 奈良県奈良市元林院町5
(近鉄奈良駅から徒歩約7分)
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営業時間
10-18時 定休日:不定休
席 数
10(屋外席含む)
文:谷尻純子