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チャグチャグ馬コとは

馬を愛する岩手のお祭りから生まれた郷土玩具

チャグチャグ馬コ

チャグチャグ馬コの基本情報

  • 工芸のジャンル

    人形

  • 主な産地

    岩手県盛岡市・花巻市

色鮮やかな衣装と鈴をつけた馬の姿が愛らしい、岩手の郷土玩具「チャグチャグ馬コ」。

現在まで続く岩手県の名物行事「チャグチャグ馬コ行進」から生まれました。名馬の産地、岩手ならではのお祭りと郷土玩具の魅力に迫ります。

チャグチャグ馬コとは。

チャグチャグ馬コとは、主に岩手県盛岡市・花巻市で生産される、馬をかたどった郷土玩具である。

その原型は、愛馬に色とりどりの衣装や複数の鈴を付け、馬の守護神とされている蒼前神社に息災延命を祈願して参拝する行事に由来する。

チャグチャグ馬コはこの行事のときの馬の晴れ姿を玩具化したもので、昭和20年代頃から盛岡近郊の人々の手内職として始められた。

木製で、胴と首・四肢は桐材を用いたはめ込み式となっている。

ここに注目。「南部馬」の産地で生まれた馬玩具

このような馬をかたどった人形が生まれた背景には、岩手県が名馬の産地であったことが関係している。岩手は旧南部藩時代から名馬の産地として知られており、南部藩主の南部利直が馬産を奨励したことで、優良な「南部馬」が誕生した。

岩手では人々が馬を家族の一員として大切に扱ってきたことから、馬にちなんだ風習や行事、伝説が多く残る地域としても知られている。

馬にまつわる玩具も多く、チャグチャグ馬コ以外にも源平合戦宇治川の先陣争いに活躍した名馬にちなんだ「先陣駒」や、藁製の馬の首に鈴や布帯を巻きつけた「忍び駒」などが作られていたことが分かっている。

チャグチャグ馬コは、馬を家族同然に愛する岩手ならではの郷土玩具といえる。

そもそもチャグチャグ馬コとはどんなお祭り?

行進は着飾った馬を中心に、多くの人でにぎわう
行進は着飾った馬を中心に、多くの人でにぎわう

チャグチャグ馬コとは馬の勤労感謝を目的として開催される、200年以上の歴史をもった伝統行事である。

毎年6月の第2土曜日に80頭ほどの着飾られた馬が滝沢市の蒼前神社に集まり、盛岡市の盛岡八幡宮まで約14キロの道のりを4時間かけて行進する。

馬に多くの鈴や色とりどりの衣装を付けることが特徴で、「チャグチャグ」の名は馬が歩くたびに鳴る鈴の音色から付けられた。

この鈴の音は、1996年に環境庁 (当時) の「残したい日本の音風景100選」にも選出されている。

こんなに華やか。馬の晴れ姿

色鮮やかな装束や鈴で着飾られた馬
色鮮やかな装束や鈴で着飾られた馬

チャグチャグ馬コを見ると、まずその色合いの美しさに目を奪われる。

このカラフルな絵付けは馬の装束をイメージしたもので、祭礼の日に実際に馬が身に付ける装束は、農作業が落ち着く冬場に地元の人々の手により丹精を込めて仕上げられたものだ。

生地には馬の汗に強い良質な麻素材を選び、染めには紫紺染めや草木染めといった土地ならではの染料を用いる。

できあがった装束に、1頭当たり700個もの鈴や「まんじゅう」と呼ばれる数多くの飾りを付けたら完成だ。

その総重量は約60キログラムにも達するため、行進当日は早朝から着付け作業が行われる。

さらに、装束の取り付け順序には一定のしきたりがあることも注目したい。

着付けの際は、鞍と飾りぶとん、次に鳴り輪と鞍を固定する装束を着せた後に、鼻かくし・手綱と進み、最後に吹流しと呼ばれる垂れ幕を下げる。

また、馬だけでなく引き手・乗り手の人間の衣装にも細かな取り決めがなされており、今でも大切に守り継がれている。

「チャグチャグ馬コ」祭りと玩具の歴史

行列前には、馬の守り神に無病息災を祈る
行列前には、馬の守り神に無病息災を祈る

◯朝廷にも聞こえた馬の名産地

岩手県は奈良時代以前から馬の産地として名を馳せており、大和朝廷にも知られているほどであった。

馬に関する古い記述では、543年に「道奥閉付の長である須賀公古麻比留が貢物と馬10頭を献上」したことが分かっている。

また、奈良時代から平安時代にかけて起こった蝦夷反乱の動機は、東北地方が良馬産出の地として認識されていたことや、鉱山資源の豊かな地域として注目されていたことにあるのではないかと考えられている。

人々は古くから馬の価値を十分に理解し、利用して生活していたことが分かる。

◯鎌倉時代 軍馬「南部馬」の育成地に

鎌倉時代になると、武家政権の成立により馬の需要が拡大される。

岩手の地では、奥州藤原氏の滅亡後に鎌倉幕府より派遣された東国武士が軍馬の育成強化を始めた。

また甲斐の南部氏が軍馬の改良や牧場管理を進めたことで、軍馬「南部馬 (南部駒) 」が生まれる。

さらに西日本で行われていた牛馬を用いた農耕が伝わり、日常生活でも馬と人は深いつながりをもつようになった。

このような馬を重んじる文化は住空間にも現れ、「南部曲屋」という、母屋の暖気が厩に送られるつくりの住まいも生み出した。

曲家と馬コ
曲家と馬コ

◯祭り「チャグチャグ馬コ」の誕生

「チャグチャグ馬コ」が祭りとして成立したのは江戸時代のこと。人と馬が一体となって暮らす土地の風習の中で、農民の祭りとして育まれていった。

チャグチャグ馬コの開催日は現在は6月の第2土曜日であるが、元々は旧暦の端午の節句に行われる行事であった。

この時期は農作業が大変忙しく馬も人も疲れてヘトヘトになる時期で、滝沢村 (現在の滝沢市) の人々は端午の節句を休日と定め、農作業を行わない日としたのだ。

加えて、この日に馬の守り神である蒼前神社へ馬を連れて参拝し、馬をいたわることにした。

この習慣が他の地域に伝わると毎年多くの馬が蒼前神社に集まるようになり、寛政期の頃には大名行列に使用する装束を借りて馬に着せる飼い主も現れた。

これがチャグチャグ馬コ行事の原型となったのである。

◯1978年、文化庁から記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として選定

明治に入り、チャグチャグ馬コの行事は一時衰えたものの、明治20年代に復活した。

岩手は日清・日露戦争の頃から農耕馬だけでなく軍馬の育成も行われたことからチャグチャグ馬コ行事も盛んになり、当時滝沢村では1000頭ほどの馬が参拝したことが分かっている。

その後第二次世界大戦が始まるとさらに軍馬の需要が増え、丈夫な馬は次々に戦地に送られたことから、チャグチャグ馬コは次第に廃れていった。

終戦直後も戦争の影響によりしばらくは中断されていたが、1948年 (昭和23年) に保存会が結成され、本格的に復活を遂げる。

その後チャグチャグ馬コは観光行事として全国に普及し、1978年には文化庁より、記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選定された。

民芸品のチャグチャグ馬コは、祭りの再開と時を同じくして、昭和20年代頃から馬の晴れ姿を表したお土産として生産されるようになり、手作りの工芸品として現代も親しまれている。

ここで買えます、見学できます

・みちのく村
岩手県盛岡市繋字尾入野64-102 手づくり村内
https://tezukurimura.com/

・もりおかこけしの五葉社
岩手県盛岡市北夕顔瀬町9-24
http://naruking.ciao.jp/goyosha/

チャグチャグ馬コ 基本データ

◯主な産地
岩手県盛岡市・花巻市。同地域は古くから名馬「南部馬」の産地として知られ、馬に関する伝統や風習が多く残っている。

◯数字で見るチャグチャグ馬コ
・誕生:昭和20年代ごろ

<参考>
斎藤良輔 編 『新装普及版 郷土玩具辞典』東京堂出版 1997年
中川重年 監修 『調べてみよう ふるさとの産業・文化・自然② 地域の伝統行事』社団法人 農山漁村文化協会 2007年
吉田明彦 編 『日本の祭り ①北海道・東北編』理論社 2014年
『デジタル大辞泉プラス』小学館 2011年
盛岡市ホームページ
http://www.city.morioka.iwate.jp/kankou/kankou/umako/1007961.html
滝沢市ホームページ
http://www.city.takizawa.iwate.jp/data/takizawa_gaiyou/bunka/bunkazai/_1498.html
盛岡手づくり村
https://tezukurimura.com/
もりおかこけしの五葉社
http://naruking.ciao.jp/goyosha/
(以上サイトアクセス日:2020年6月12日)

<協力>
五葉社
http://www.goyosha.com/
チャグチャグ馬コ保存会 (盛岡市商工観光部観光課)
http://www.city.morioka.iwate.jp/kankou/kankou/umako/index.html
盛岡手づくり村内 みちのく工房
https://www.ginga.or.jp/morihand/koubou/michinoku/index.html

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人形