日本全国
日本の人形、その歴史と魅力。
人形とは
幼い頃、おままごとなどで人形遊びをした経験がある人も多いのではないでしょうか。昔から子どもの愛玩具として用いられてきた人形。 そんな人形の歴史は、古代、信仰の対象としてはじまりました。今回は、古代から中世、現代へと形や目的を変えながら愛され続ける日本の人形の歴史とその魅力を紹介します。
人形の工芸品
人形とは。人々の祈りから生まれた玩具
人形とは本来、人の形を模したものだが、広義には動物や空想上の生き物などを模したものも指す。木や紙、プラスチック、布、ゴム、粘土など様々な素材でできている。
日本の人形の歴史は縄文時代に遡り、当初は信仰の対象として作られたといわれている。神聖な力を持つもの、穢れを払うものとされたが、時代を経て中世頃になると子どもが遊ぶ玩具として親しまれるようになった。
玩具の中でも日本各地で作られた郷土や風土に根ざした「郷土玩具」にも注目しておきたい。「郷土玩具」とは職人の余技や、農閑期の農家などの副業として生まれてきたものが多く、主に「土」「木」「紙」などで作られる。子宝祈願や無病息災、五穀豊穣などの願いが込められており、土偶や木偶、形代が起源と考えられている。
現代における人形は、愛玩具をはじめ、節句などの伝統行事や祭祀に用いられるもの、人形浄瑠璃などの芝居に用いられたり、美術品や工芸品として鑑賞されるものなど種類も幅広い。
こけしもだるまも木彫りの熊も
古くから人形は身代わりや厄除け、まじないなど宗教的な儀式に使用されていた。その後江戸時代に町民文化・商工業が発展すると、雛人形や5月人形など、観賞用のものや子供の人形遊びに用いられるもの、郷土特有の郷土玩具などが作られるようになった。明治〜大正時代にはゴムやセルロイド製のものが流行し、フランス人形やキューピーなども人気を集め、北海道の木彫りの熊もこの頃誕生する。第二次世界大戦後はミルク飲み人形、お話人形などのビニル製の人形が登場した。
このように姿や用途を時代により変えながら発展してきた人形。まずはその代表的な種類を見ていこう。
まずは種類を知ろう
人形にはさまざまな種類があるが、主に泥を使った土人形、紙を張り合わせた張子、彫り物や組み木の技術を使った木製人形、藁を編んだ藁細工、木などでつくった胴体に衣装を着せた衣装人形といった種類がある。
◯人形づくりの原点。「土人形」
日本の民俗信仰には、土、大地への畏怖が強く残る。その影響から、土を粘土状にし、型に入れたり、手で形づくったりして焼かれたさまざまな「土人形」が各地でつくられ、厄除けや害虫よけになると信じられていた。
江戸時代にはじまった京都府「伏見人形」や福岡県「博多人形」も、「土人形」のひとつ。特に「伏見人形」は全国に広まった土人形づくりの起源とされている。低温で焼いた素焼きにカラフルに色付けした人形は、素朴で力強く、多くの人々に愛されている。
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フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり伏見人形のねずみを求めて。京都『丹嘉(たんか)』で出会う干支の置物
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「ハレの日を祝うもの 古くて新しい縁起物 めでた玩具 土人形」
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◯軽くてお土産物にも喜ばれてきた張子
張子は、木型に紙を重ねて張りつけていき、乾燥したら切れ目を入れて型を取り出して成形する人形。紙製で中身が空洞なので、軽くて持ち運びがしやすく、お土産品として売る人・買う人、どちらにも好まれた。底に重りを入れた起き上がりこぼしや、首を振るタイプのものなどがあり、「だるま」「赤べこ」「犬張子」といった張子が知られている。
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宮城「首振り仙台張子」のひつじを求めて
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◯彫りや衣装で表現も多彩。木製人形
木を削って作る東北地方の「こけし」、木に彫った溝に衣装をはめ込んだ東京や京都の「木目込人形」、北海道のお土産として有名な「木彫りの熊」、奈良や飛騨などの「一刀彫」などが木製の人形としてあげられる。全国で様々な木製の人形などが作られており、それぞれの地域の特色を生かした木製人形を見ることができる。
◯農との繋がりも深い、藁細工
稲を刈り取った後の藁で作る藁細工。稲作信仰などと関係が深く、五穀豊穣を祈って牛や馬などの形をした藁の人形が全国で編まれた。栃木県に伝わる「きびがら細工」は、箒づくりの職人たちが十二支に合わせて作る縁起物。
<関連の読みもの>
嫁入り道具から生まれた縁起もの、きびがら細工
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◯花を衣装に見立てて。変わり種、菊人形
菊人形は、顔や手足は木などで作り、体や衣装は菊の花で作った等身大の人形のことをいう。江戸時代に観賞用として作られ、各地の秋の名物として知られる。菊師、人形師など、多くの職人が携わってできる人形だ。
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夏目漱石『三四郎』の名場面を今に残す、数少ない職人が受け継ぐ菊人形の世界
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◯“泣かせる”人形。浄瑠璃人形
浄瑠璃人形とは、人形と太夫(独特の節回しで物語の展開やセリフを表現する語り手)三味線の3つの技法が合わさった芸能である。江戸時代の総合芸術として庶民に広く愛された。
各地で人形浄瑠璃が流行したが、そのルーツは兵庫県の淡路島にあるといわれている。人形は木製で、その細かな表情は人形師による顔貌の造形や、人形遣いの指の動きによってつくられる。人間の心の動きを繊細に表す人形による芝居は、今も昔も、観客たちを魅了し続けている。
<関連の読みもの>
繊細な心理描写や、驚きのからくり。人々の心を掴む「浄瑠璃人形」
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日本の人形といえば?意外と知らないそれぞれの意味
日本の人形は各地にいろいろなものがあるが、歴史を辿ると意外にも意味や産地などを知らないものも多い。人形それぞれの歴史背景や、誕生の由来について触れる。
◯だるま
だるまは張子で出来た七転び八起きの縁起物として知られる。生産高日本一は群馬県高崎市だ。
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だるまの目はすぐに入れよう!意外と知らないだるまの飾り方
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◯招き猫
愛知県瀬戸市は招き猫の主要産地。明治時代、瀬戸ではこの「招き猫」をはじめ、精密な動物の置物「セト・ノベルティ」を数多く生産していた。「招き猫」を縁起物とするのは江戸の町民文化に由来し、右手がお金を招き、左手が人を招くといわれている。
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瀬戸「招き猫ミュージアム」で知る、招き猫の意味と楽しみ方。お金招きはなぜ右手?
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◯こけし
円筒状の胴体、球体の頭をつけた木製人形の「こけし」。江戸時代の終わり頃に東北地方で作られはじめたといわれる。現在では、昔ながらの伝統にそった「伝統こけし」と自由な発想で作られた「創作こけし」がある。
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◯赤べこ
福島県会津地方で作られている「赤べこ」。べことはこの地方の方言で牛のことで、首が揺れる真っ赤な牛の張子のことをいう。赤い色は魔除けとなり、中でも「赤べこ」を持つ子どもは災厄から逃れられるという。
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福島の郷土玩具 「野沢民芸」会津張子の赤べこを訪ねて
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◯木彫りの熊
海道の民芸品として有名な「木彫りの熊」。そのルーツはスイスのベルンにある。明治時代、ベルンの街全体で農民芸術に取り組み、熊の彫り物などを作っていることを知り、それを手本として北海道で「木彫りの熊」が作られるようになった。
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◯雛人形
衣装を着た衣装人形である雛人形は、ひな祭りに飾られることでよく知られている。京都の京人形や静岡県の駿河雛人形が産地として有名。ひな祭りは女子の成長を祈るお祭りであり、雛人形はその子の厄災を代わりに引き受けてくれるといわれている。
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木箱に納まる小さな雛人形。女性職人がつくる奈良一刀彫の「段飾雛」
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◯一刀彫
奈良人形
一刀彫とは、木をあたかも一本の小刀で彫りあげたような技法で作った人形のこと。主な産地は奈良県と岐阜県の飛騨地方だが、そもそもの起こりは奈良県。平安時代に、春日大社の祭礼「おんまつり」の田楽に使われる神事用の人形に一刀彫を施したことが始まりとされる。別名「奈良人形」ともいわれる。
祈りの形もさまざま。ユニークな郷土玩具たち
伝統的なものが人気の今、注目を集めている郷土玩具。もともと信仰の道具として使われていたものが原型となって、玩具として変化していったものが多く存在する。
子どもへの「みやげ」の語源になった「宮笥 (みやげ) 」という言葉も、神社などで配られる「器物」の意味を持つといわれている。さまざまな願いが込められた、ユニークな郷土玩具を紹介していこう。
◯金沢のお土産品としても人気「加賀八幡起上り」
「加賀八幡起上り (かがはちまんおきあがり) 」は、金沢市の希少伝統工芸である郷土玩具。真っ赤な真綿の産着に包まれた応神天皇 (八幡さま)の姿を真似て、起き上がりこぼしの人形にしたのがそもそものはじまり。この「加賀八幡起上り」を子ども達に配り、幸せを祈ったという。
<関連の読みもの>
金沢「加賀八幡起上り」とは?市民に愛される郷土玩具でめぐる旅
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◯台所専門の神様「オッのコンボ」
「オッのコンボ」は、鹿児島県に伝わる張子の小さな人形。ちょっと変わった名前は、起き上がりこぼしに由来し、その正体は大黒天の妻だといわれている。鹿児島では伝統的に台所に大黒天を祀るため、その妻である「オッのコンボ」も一緒に台所に祀られる。家族の数より毎年ひとつだけ多く買うことで、家族にひとつでも多く幸せが訪れるように、また丈夫で賢い子どもが一人でも授かるようにとの思いが込められている。
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郷土玩具になって台所を守る、福の神の奥さま
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◯あっかんべーの姿が愛らしい「おばけの金太」
熊本県の郷土玩具「おばけの金太」。真っ赤な顔に黒い烏帽子をかぶった金太は、紐を引っ張ると目が見開かれ、ベロっと舌が出てくるからくり人形だ。熊本を治めた武将・加藤清正に仕えた足軽がそのモデルともいわれているが、由来や込められた願いははっきりとしない。しかしながら、縁起物であることは間違いない。
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◯釣り上げた魚にご利益あり。「黄鮒」
栃木県に伝わる郷土玩具「黄鮒 (きぶな) 」は、無病息災を祈る張子の人形。鮒の形をしており、体は黄色、顔は赤で塗られている。江戸時代から続いているといわれ、今でも玄関に飾る習慣が残っている。
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人形の歴史
◯祈りの対象としての人形
日本で人形作りが始まったのがいつ頃なのかは定かではないが、縄文時代の遺跡からは土を素焼きした土偶が発見されている。また、古墳時代になると中国の影響から埴輪が作られるようになった。どちらも人の形をモチーフとして作られており、宗教的な行事に用いられる祈りの対象だった。
◯「ひとかた」から「にんぎょう」へ
平安時代には、信仰や呪術の用途で様々な人形が作られるようになった。それらは総称して「ひとがた」と呼ばれていたようだ。
一方、信仰の対象以外に、貴族の子どもたちの間では「ひいな遊び」というままごと遊びが流行。この遊びが江戸時代に生まれた雛人形の核となっている。
◯子どもの遊び相手から大人を泣かせる芸術作品まで
江戸時代に入ると、日本の人形の文化は急速に発展した。愛玩具のことを「にんぎょう」と呼ぶことが定着したのもこの頃だ。ひな祭りが流行し、平安風の内裏雛が作られるようになり、さらに三人官女や五人囃子なども作られ、現代の雛人形の原型が完成した。
また旅芸人の傀儡回しが江戸に入って浄瑠璃と結びつき、大阪で人形浄瑠璃の劇場が誕生。人間の細やかな表情も再現できる人形劇に発展し、今でも文楽人形芝居に伝統が引き継がれている。
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◯洋風人形の登場
明治維新を迎えると、欧州風の人形が流行。大正から昭和の初期にかけてセルロイドのキューピーの人形などが子どもの人気を集めた。同じ頃、趣味としてフランス人形作りなども盛んになるなど、洋風の人形が日本に馴染んできているのにも注目したい。
◯郷土玩具ブーム到来、人形作家の人間国宝生まれる
関東大震災の後、郷土玩具ブームが起こった。昭和初期になると、紙を溶かしたものに生麩糊 (しょうふのり) などを練りこんで作る紙塑 (しそ) 人形の技術が完成。同じ頃、第1回帝国美術院展覧会(帝展、後の日展)に人形6点が初めて入選するなど、人形づくりの技術が進み、芸術的にも評価された。
1955年には、人形作家平田郷陽 (ひらた・ごうよう) と堀柳女 (ほり・りゅうじょ) が、1961年には鹿児島寿蔵 (かごしま・じゅぞう) が重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝として認定された。
日本の人形の今
現代の日本における人形はさまざまで、怪獣ものやSFもの、着せ替え人形や漫画をモチーフとした人形などが作られるようになった。
また、近年では「人形は子どものもの」という既存の概念を超えて、郷土玩具やアンティークドールなどの人形を集める人も増えている。
また、郷土玩具は地元のものを使って手作りされていることから、大量生産できず、現地に行かなければ手に入れられないものも多い。そんな郷土玩具を求め、夫婦で日本全国を訪ね歩く人、郷土玩具の研究を行う小学生など、年代を超えて郷土玩具人気が広まりつつある。
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人形 基本データ
◯素材
木や紙、プラスチック、布、ゴム、粘土など◯主な産地
全国各地◯代表的な技法
張子、土人形、木製人形、藁細工、衣装人形など◯数字で見る人形
・誕生:縄文時代(1万5000年前から紀元前3世紀頃)とされる
・伝統的工芸品指定 9件
<参考>
・甲斐みのり 著『はじめましての郷土玩具』グラフィック社 (2015年)
・財団法人 伝統的工芸品産業振興協会 監修 『ポプラディア情報館 伝統工芸』ポプラ社 (2006年)
・東北の伝統的工芸品 みちのくの匠(東北経済産業局)
https://www.tohoku.meti.go.jp/s_cyusyo/densan-ver3/html/item/miyagi_01.htm
・東京国立博物館「おひなさまと日本の人形」
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1780
・人形 (にんぎょう) 日本大百科全書
https://japanknowledge.com/introduction/
・福島の今を知る動画スペシャルサイトFukushima now
https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/movie-now/ch-shitte-akabeko.html
(以上サイトアクセス日:2020年4月24日)
<協力>
一般社団法人日本人形玩具学会
http://www.dollandtoy.jp/
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