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麻とはどんな素材なのか?日本人の「服と文化」を作ってきた布の正体
麻とは
「然らば多くの日本人は何を着たかといえば、勿論主たる材料は麻であった」 民俗学者・柳田国男が著書『木綿以前の事』でそう記したように、明治以前の日本で人々が身につけていたのは、もっぱら綿よりも麻でした。 万葉の人々は栽培の様子を歌に詠み、江戸の町人たちは麻の葉模様の着物に熱狂。常に日本の衣食住のそばにあった「麻」の歴史と現在に迫ります。
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代表的な工芸品
奈良晒,近江ちぢみ,からむし織
麻の工芸品
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奈良晒
「麻の最上」と評された織物
<目次>
・麻とは?日本のファッションと生活文化を支えてきた布の正体
・特徴と使われ方
・麻と神事
・麻とことば
・麻とデザイン 江戸の人々を熱狂させた麻の葉模様
・麻の歴史
・現在の麻
・麻のお手入れ方法
・もっと麻を知りたい人へ
麻とは?日本のファッションと生活文化を支えてきた布の正体
麻はセルロースから構成される植物繊維の総称。20種類近くあり、代表的なものに「大麻 (ヘンプ) 」や「苧麻 (ラミー/別名からむし) 」、「亜麻(リネン)」や「黄麻(ジュート)」、「マニラ麻(アバカ)」などがある。
日本では綿の普及は江戸時代初期からで、衣類や網や袋などの資材まで、日用の布製品の多くは大麻や苧麻で作られていた。古くから大衆的な着物の布地として親しまれてきた一方で、時に皇族や幕府への最高級の献上品としても用いられるなど活用の幅は広く、生平(きびら)の麻を純白に晒した「奈良晒(奈良)」や凹凸のある布地が特徴的な「近江ちぢみ」など、全国各地に伝統的な麻織物が伝わる。
なお、現在は「家庭用品品質表示法」により、日本で製品に「麻」と表記できるのは亜麻か苧麻の2種類のみである。
特徴と使われ方
実は違う植物同士。個性を生かして夏の衣料から紙幣まで
一口に麻といっても大麻はクワ科、苧麻はイラクサ科、亜麻はアマ科など、植物としての分類は異なる。
繊維を採取する部位も種類によって異なり、先の3つは茎の表皮の下部組織である靭皮 (じんぴ) を用いるが、サイザル麻やマニラ麻は葉脈から採取する。用途は高級織物から日常着、漁網や帆布などその特性や時代のニーズに応じて使い分けがされてきた。
麻の中でもとりわけ柔らかで吸湿・放湿性に優れる大麻や苧麻、亜麻は、主に衣類に用いられてきた。その吸湿発散性のよさやシャリ感のある肌触りは特に夏の衣料に好まれてきたが、最近では通年着用できる麻素材も開発されている。黄麻は麻袋やカーペット基布などの資材に、強靭性に優れるマニラ麻は紙幣などの製紙に用いられることが多い。
中でも日本に古くから関わりが深いのが大麻と苧麻だ。両者と並んで身近な亜麻は、実は明治に入ってから国内で量産されるようになった。
ここからは主に、長きにわたり日本の生活、文化を支えてきた大麻と苧麻についてまとめる。
麻と神事
大麻、苧麻は日本で衣類として用いられるだけでなく神事とも深い関わりがあり、古来「ケガレを祓う」ものとして重宝されてきた。神社でのお祓いに使用する御幣 (ぬさ) や、相撲で横綱が締める綱にも用いられている。
また伊勢神宮のしめ縄は、麻で作られているという。他にも毎年「御料麻布」が献納され、大嘗祭や新嘗祭などでは麻ぬので作られた「小忌衣 (おみごろも) 」 を祭官が着用している。
こうした神事と麻の関わりを、山守博は『麻の知識』 (1993) の中で「もともと日本では、白は清浄で潔白、清々しさを表し、穢れを払うといわれ、麻にその白さを求めて神事に供用されたものと考えられる」と分析する。
その原始とも言えるのが、「古事記」に登場する天の岩屋のシーンだ。
天照大神が天の岩屋に隠れ入ってしまい、真っ暗闇になる世界。八百万の神がなんとか大神にお出まし願おうと、天香久山から取ってきた榊の枝に以下のものを吊り下げて祝詞をあげる。
上枝にヤサカノマガタマ
中枝にヤタノカガミ
下枝に白丹寸手 (シラニギテ) 、青丹寸手 (アオニギテ)
この白丹寸手とは楮の樹皮の繊維で織った布の御幣 (ぬさ) 、そして青丹寸手は、麻の繊維で織った布の御幣を指す。
神話の何気ない情景描写だが、麻と神事との関わりが古くからあったことがうかがえる。
<関連の読みもの>
しめ縄の簡単な作り方・飾り方。プロに教わるしめ縄づくり体験
https://story.nakagawa-masashichi.jp/82092
麻とことば
「麻」という字は「广 (まだれ) 」と「林」から成る。「广 」は簡素な建物、「林」は山林のことではなく、人が麻を水に浸し、繊維をほぐして皮を剥いでいる様子だという。二つを合わせると、「小屋の中で人が集まって麻の剥皮を行なっているところ」が浮かび上がる。
また、「へそくり」ということばは、実は麻生地づくりが語源という説が有力だ。
紡いだ麻糸を巻き付けた糸巻を綜麻 (へそ) という。昔、一家の妻が内職として綜麻を繰り、こつこつと蓄えたへそくり(=綜麻繰)金を、いつしか「へそくり」と呼ぶようになったのでは、という説だ。(語源については諸説ある)
麻とデザイン 江戸の人々を熱狂させた麻の葉模様
「麻の葉模様」は、大麻の葉に似ていることからその名が付いた日本の伝統文様。丈夫で成長が早いことから模様に「子どもの健やかな成長」の意味を込め、産着の定番のデザインとなっている。
元々は鎌倉時代に仏教美術のデザインとして生み出され、仏像の着衣や仏教絵画に用いられたが、江戸時代に着物の柄として定着。人気の歌舞伎役者が麻の葉模様の衣装を着たことで流行し、着物だけでなく本の表紙や建具などのデザインにも応用された。
麻の歴史
麻は人類史の初期の頃から衣類として利用されており、日本では縄文時代すでに大麻や苧麻の使用が確認されている。
◯最古の使用例は縄文時代。漆との関わりも
日本で最古の麻の使用例は、縄文時代早期の鳥浜貝塚遺跡(福井県三方町)で出土した大麻製の縄である。苧麻では、縄文後期の中山遺跡 (秋田県南秋田郡) で発見された編布が最古。この生地には全体に漆が付着しており、漆を濾過精製するためのものだったと考えられている。
大麻、苧麻の使用割合は、弥生時代には大麻がほとんどだったが古墳時代に半々となり、以降逆転する。
3世紀の邪馬台国の様子を綴った『魏志』倭人伝には、「禾稲 ・紵麻 (かとう・ちょま) を種え、蚕桑緝積 (さんそうしゅうせき) して、細紵・縑緜 (さいちょ・けんめん)を出だす」との記述がある。
稲や麻を植え、養蚕を行い、布を織っているという意味で、麻が大麻なのか苧麻なのかは定かではないが、古代日本において麻が稲や絹と並び、生活に利用されていたことがわかる。
◯律令国家の財源に。技術と質の向上
大化の改新後の律令国家では、唐にならい敷かれた「租庸調 (そようちょう) 」の税制において、麻や麻布が諸国の産物をおさめる「調」の対象となった。
7世紀後半から8世紀にかけて成立した『万葉集』にも麻 (大麻もしくは苧麻) の収穫の情景を詠んだものや麻糸、麻布にまつわる歌が多く収録されている。
「あさ衣きればなつかし紀の国の妹せの山に麻まく吾妹 (わぎも) 」
また、奈良時代に起源を持つ東大寺の「正倉院宝物」の中にも、靴や袋、衣装など麻の繊維を用いた品が残されている。なお、国内で作られた麻製の宝物の大半は、大麻か苧麻製であることが分かっている。
中世に入ると麻の利用は採集から栽培へと移行し、高品質の大麻や苧麻が安定して収穫できるようになる。晒の手法が新たに開発されるなど布づくりの技術も向上し、より白く、やわらかい麻布が作られるようになった。
◯武士に愛された麻。政治利用や軍需が増える
鎌倉時代の史書である「吾妻鏡」には、1192年 (健久3年) に源頼朝が勅使に馬や絹糸と共に苧麻の糸で織った越後上布を千反贈ったとの記録が残っており、日用以外にも、献上品として上質な麻布が生産されていたことがわかる。
上杉謙信はこの原料である青苧(カラムシ・あおそ/苧麻の繊維を糸状にした束)を特権的に取引する青苧座 (あおそざ) を通じて、莫大な利益をあげたとされる。
このように苧麻は売り物としての栽培、加工が盛んになった。室町末期に作られたとされる『七十一番職人歌合』には、「苧売り」と「白布 (しろぬの) 売り」が登場する。
「苧売り」は、青苧を売る男の商人で、「白布売り」は織ってある布の反物を売り歩いた女の商人だという。一方成長の早い大麻は、多くの糸を使う魚網や野良着などに用いられた。
以後の武家社会では、その丈夫さから陣幕や、汗への強さから兜や鎧の裏地にも好まれ、麻は軍需での用途が増えていった。
◯「制服指定」で需要が増加。徳川の天下で迎えた最盛期
江戸時代には徳川幕府の礼服として麻の裃が用いられるようになり、武士という最大の需要を得て麻布の生産が最盛期を迎える。
中でも苧麻で織った麻布を晒して漂白する技術に優れていた奈良晒は、幕府の御用品指定を受け、江戸時代に各地の名産・名所を描いた『日本山海名物図会』(1754年刊行)でも「麻の最上は南都なり。近国よりその品数々出れども染めて色よく着て身にまとわず汗をはじく故に世に奈良晒とて重宝するなり」と評された。
一方で大麻製の麻布は、江戸や大阪などの都市の拡大、人口の増加を背景に、下駄の鼻緒の芯縄や衣類、畳糸、建材、網や酒の搾り袋などに多く用いられた。
<関連の読みもの>
歩いて行けるタイムトラベル 麻の最上と謳われた奈良晒
https://story.nakagawa-masashichi.jp/573
◯文明開化と亜麻と綿
明治に入ると、武士の需要を失った苧麻の国内生産が減る一方で、明治初期の北海道で日本で初めて「亜麻 (リネン) 」の栽培が始まる。
現代では日本でも馴染みのある亜麻は、古代エジブトで5000年以上も前から栽培され、ファラオのミイラを包む生地にも利用されていたいたが、日本で繊維材料として利用されるようになったのは、ようやく19世紀に入ってからであった。
明治中頃には中国、フィリピンなどから安価な苧麻、マニラ麻、亜麻が輸入され、国産の麻は大きな打撃を受ける。同時に明治から日本では綿の生産が盛んになり、衣類としての麻の需要は大きく減少することとなった。
大麻の用途は鼻緒の芯縄や畳糸などに限られるようになったが、日露戦争や第一次世界大戦などが起こると、軍服、ロープ、弾薬袋など軍用物資に用いられるようになり、特需を迎える。
特に太平洋戦争勃発により麻原料の輸入が途絶えると国内では深刻な麻不足となり、1944年より国策として大麻、苧麻、亜麻などの生産が奨励されるようになる。
◯終戦後、麻のたどった道
終戦後、大麻はGHQ指導のもと「麻薬取締規則」によりその生産が厳しく制限される。その後規則の改定、廃止を経て、1948年に大麻取締法が制定。大麻の栽培は免許制となり、自給的に栽培していた地域が継続を取りやめるなど、国内の大麻生産地は減少した。
苧麻、亜麻についても栽培地を海外にシフトするようになり、1965年 (昭和40年) 頃にはほぼ国内での栽培はされなくなった。
しかし昭和50年代に入ると、世界的な麻ブームが起こり、日本でも春夏向けの素材として麻が定着するようになる。合成繊維主流の生活のなかで消費者が反動的に天然繊維を志向し、従来は麻の欠点とされてきたシワなども風合いとして歓迎されるようになる。
現在の麻
麻ブームは平成に入る頃には沈静化し、ブームは再び合繊へと移行していったが、麻を加工する技術は発展を続け、春夏に限らず年間を通じて利用できる素材も登場している。
現在も衣料からインテリア素材まで、今の暮らしにあわせた麻製品が誕生し、また日本の各地で以下のように独自の発展を遂げた麻が各地に伝わっている。
・からむし織(福島県昭和村)
苧麻 (からむし) を昔ながらの方法で栽培・加工。からむしを原料とする上布の産地には越後(越後上布・小千谷縮布)や宮古(宮古上布)、石垣(八重山上布)などがあるが、昭和村は本州で唯一、そうした上布の原料産地ともなっている。
・小千谷縮(新潟県小千谷市)
緯 (よこ) 糸に強撚糸を使う縮 (ちぢみ) 。経糸・緯糸ともに苧麻の糸を使う「小千谷縮」は、ハリのある麻生地に、強撚糸によって生まれるやわらかな風合いが特徴。その技術は越後上布とともに重要無形文化財に指定されている。
・野州麻(栃木県)
毒性のない大麻を生産。大相撲で横綱が腰につける綱にも野州麻が使われている。
・奈良晒(奈良県)
鎌倉時代では南都寺院の袈裟として使われていた高級麻織物。江戸時代には主に武士の裃、僧侶の法衣、茶道の茶巾の素材として栄えた。
<関連の読みもの>
奈良晒とは
https://story.nakagawa-masashichi.jp/craft_post/115411
・沖縄の幻の布「桐板」(沖縄)
なんの素材で作られたのか資料が残っていなかった織物「桐板」。国内外を調べてようやくその素材が苧麻であることが判明した。
<関連の読みもの>
幻の布なんかじゃない。沖縄で途絶えた「桐板」を、ある母娘が8年かけて復元した情熱
https://story.nakagawa-masashichi.jp/65523
<他、さんちで取り上げてきた麻のものづくり>
「さらっと着られる」麻デニムパンツを中川政七商店が作りたかった理由
https://story.nakagawa-masashichi.jp/90874
マンション住まいで蚊帳を吊る。使ってわかった空間を変える力
https://story.nakagawa-masashichi.jp/25860
暮らしの道具「蚊帳」が、空気のようにやわらかい夏のショールになるまで
https://story.nakagawa-masashichi.jp/19048
しめ縄の簡単な作り方・飾り方。プロに教わるしめ縄づくり体験
https://story.nakagawa-masashichi.jp/82092
麻のお手入れ方法
麻は摩擦によって毛羽立ちやすいので、麻製品の衣類は出来るだけ手洗いで優しく洗濯するのが望ましい。洗濯機を使用する場合はできるだけ衣類を裏返し、弱流にしてネットに入れる。
洗濯時は、特に脱水によってシワが生まれやすく繊維も痛むので、洗濯機の脱水を1分程度など短めにしてシワを伸ばし陰干しをする。濡れたまま干せば自重でシワが伸びる。シワが気になれば中温で服の裏側からアイロンがけをする。
これらはあくまで一般的な麻の特徴なので、実際はそれぞれの製品のメンテナンス方法に従って手入れをする。
もっと麻を知りたい人へ
<参考資料>
・柏木 希介 編『歴史的にみた染織の美と技術』丸善ブックス(1996年)
・倉井 耕一、赤星 栄志他 著『地域資源を活かす生活工芸双書 大麻』一般社団法人 農山漁村文化協会(2019年)
・山崎 義一 著『繊維のふしぎと面白科学 天然繊維とスーパー繊維の素材と機能性の秘密』ソフトバンククリエイティブ(2007年)
・山守博 著『麻の知識』(1993年)
・米丸忠之 著『麻むかしむかし』丸善出版(1884年)
・日本麻紡績協会
http://www.asabo.jp/
・野州麻
https://yashuasa.com/
・福島県昭和村「からむし織について」
http://www.vill.showa.fukushima.jp/making.stm
(アクセス日:2020年3月12日)
<協力>
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