日本全国
和紙とは。マスキングテープから宇宙服まで、進化を続ける伝統素材
和紙とは
ユネスコ無形文化遺産にも登録され、世界が認める日本の伝統素材、和紙。 今日は進化を続ける全国各地の和紙の魅力と、和紙にまつわるすごい人・すごい技に迫ります。
和紙とは。「耐久性は1000年以上」の理由
和紙は、多年生植物の原料から練りだした繊維(セルロース)でつくられている。中国の紙づくりの技術が日本に伝わり、全国に広まった。
洋紙は、原料に木材をすりつぶした木材パルプを用いているため植物繊維が短い。対して和紙は、長い植物繊維が絡み合ってできているため、洋紙よりも破れにくいという特徴をもっている。
その耐久性の高さは、およそ1000年以上前のものが現在に残るほどである。
ここに注目。今も昔も身近にある和紙の存在
「和紙」といえば「和傘や提灯、障子などに使われる伝統的な素材」というイメージがあるが、意外にも我々の生活に身近な商品に使われている。その代表例が、和紙独特の素材感で人気を集めるマスキングテープである。
他にも、繊維の丈夫さや消臭抗菌作用を生かして靴下の素材に使われたり、近年では宇宙服にも利用されるなど、幅広いジャンルで和紙が活躍している。
産地で見る和紙の魅力。まずは日本三大和紙を知ろう
和紙の産地は全国に数多くあるが、中でも押さえておきたいのが越前、美濃、土佐の「日本三大和紙」だ。各産地のそれぞれの和紙にはどのような特徴があるのか、以下で詳しく見ていこう。
越前和紙 (福井県)
福井県の「越前和紙」は、日本で初めて漉かれた和紙ともいわれ、江戸時代には「御上天下一」という印(日本一の紙の証)が押されていた。この地には、全国でも珍しい「紙の神様」を祀る「岡太 (おかもと) 神社・大瀧 (おおたき) 神社」がある。
現在の紙幣の「透かし」という技法もまた越前和紙によって生まれ、1940年 (昭和15年) ごろ、印刷局の出張所が設置されてからは百円や千円の紙幣がつくられていた。
長い歴史を持つだけでなく、近年では同産地に工場を持つ「株式会社キュアテックス」が消臭・抗菌作用のある優れた「和紙繊維」を開発し、宇宙服に起用された。和紙繊維を利用した靴下は、2010年、日本人女性の宇宙飛行士が着用し、宇宙へと飛び立った。
・「紙の神様に会いに行く。越前和紙の里でまち歩き」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/32240
・「耐久性は1000年以上!?宇宙へ旅立った『和紙』繊維の秘密」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/30998
美濃和紙 (岐阜県)
岐阜県は、岐阜市加納地区を中心に、江戸時代中期から和傘、お祭りや七夕飾りに使われる「岐阜提灯」の生産が盛んな地域で、どちらも生産量日本一となっている。その素材に使われているのが、地元で作られる「美濃和紙」だ。
丈夫で耐久性があり、薄くて紙質にムラがないことが特徴で、地元のものづくりに欠かせない存在となっている。
・「『開けば花、閉じれば竹』美しき和傘の産地・岐阜和傘の職人、河合幹子さんの思い」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/114075
土佐和紙 (高知県)
高知県の「土佐和紙」は破れにくく、軽く柔らかいという特徴がある。江戸時代から明治にかけては武士の着物や髪を結ぶ紐などに使われ、現在ではカレンダーや祝儀袋、領収書などの小物にも取り入れられている。
近年では高知市内の3つのデザイン事務所が「土佐和紙プロダクツ」というプロジェクトチームを立ち上げ、和紙と活版印刷を組み合わせた新しい商品を開発している。土佐和紙を使い、領収書やカレンダー、ご祝儀袋などといった商品の企画から製造までを手がけている。
・「和紙の使い道を考え抜いた「土佐和紙プロダクツ」100のアイデア」
https://sunchi.jp/sunchilist/kochi/56312
他にも全国にある様々な和紙産地
◯吉野和紙 (奈良県)
「清流がつないできたもの。吉野の里山を漉き込んだ、手漉き和紙」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/520
◯名尾和紙 (佐賀県)
「名尾の山里でたった1軒の和紙工房が “残しておきたい紙づくり” 」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/113615
モノで知る和紙の底力
今も昔も私たちの暮らしの道具を支える和紙。今度は、和紙を「モノ」の視点からみていこう。
・透け感の秘密は和紙にあり。マスキングテープ :
「人気のマスキングテープ「mt」を生んだ “和紙の透け感がかわいい” という感覚」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/55321
・和紙が抗菌、消臭効果を発揮する靴下 :
「耐久性は1000年以上!?宇宙へ旅立った「和紙」繊維の秘密」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/30998
・お祝い事に欠かせない水引 :
「結婚式やご祝儀が華やぐ「金沢・加賀水引細工」の世界。津田水引折型が受け継ぐ「気持ちを贈る工芸」とは」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/57070
・京提灯 :
「京都の夜を照らす「京提灯」とは。老舗「小嶋商店」で知る、かたちの理由」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/76349
・電気のいらない冷んやり敷物「ゆとん」 :
「ゆとん。それは、江戸時代に生まれた「科学で解明できない」夏の快適グッズ」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/64743
和紙にまつわるすごい人・すごい技
・世界最大級の美術館「ルーヴル美術館」から取り寄せ依頼を受ける人間国宝、越前和紙職人の岩野市兵衛さん
「ルーヴル美術館にも和紙を納める人間国宝・岩野市兵衛の尽きせぬ情熱」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/31849
・土佐和紙の老舗の娘であり、コンテンポラリーアートに土佐和紙を取り入れた浜田あゆみさん
「継ぐだけが家業を助ける手段ではない。 200年続く和紙メーカーの娘は、「女優業」で伝統を活かす」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/64370
・2002年に開催されたインテリアの展示会「IPEC (アイペック)」にて、越前和紙をインテリアとして出展した問屋、「杉原商店」の杉原吉直さん
「世界で愛される越前発のものづくり〜和紙の可能性を広げ、伝える「和紙ソムリエ」〜」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/32794
・原料に細かくした雑誌や紙箱を混ぜ込み、新たな名尾和紙をつくった佐賀市大和町の「名尾手すき和紙」7代目、谷口弦さん
「「和紙屋のどら息子がおかしなことやっとる、くらいが丁度いい」 ── 伝統を受け継ぐ、若き和紙職人のサブカルチャーな目論み」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/113767
・京都を代表する名所、桂離宮、二条城、俵屋旅館が襖紙や壁紙に用いる京唐紙「唐長」のものづくり京唐紙
「桂離宮や二条城に使われる「唐長」の京唐紙。12代目が語る100年続く美意識とは」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/97181
・西日本豪雨で被災した獺祭 (だっさい) ストアの酒造のために設計された照明「酒吊りライト」を手がけた建築家、隈研吾さん
「隈研吾が獺祭のためにつくった「夢のような」照明、発売へ。」
https://story.nakagawa-masashichi.jp/77484
和紙の歴史
◯仏教が推し進めた紙漉き
中国では紀元前140〜120年に紙が発掘されているが、朝鮮半島を経て日本へ伝来したのは610年頃といわれている。これは、高句麗の僧である曇徴 (どんちょう)
が紙を知っていたと『日本書紀』に記されていることから、曇徴により紙漉きの技術が日本へ伝えられたといわれている。当時、日本は仏教による統治を図っていたので、多くの経典が必要であった。そのような背景から、国は710年に京都府の山背
(やましろ) に50戸の紙すき家をつくり、本格的な生産をはじめた。
◯画期的な流し漉きの発明が平安の国風文化を支える
飛鳥時代、律令制に伴い徴税のための戸籍が必要となり、紙の需要がより高まった。美濃、筑前、豊前の戸籍は、奈良県の正倉院に今も残っている。
奈良時代後期から平安時代にかけては、技術が飛躍的に発展する。原料に「ネリ」と呼ばれる粘り気のある液体を加え、前後左右に揺らしながら紙を漉く「流し漉き (ながしすき) 」という技法が生まれた。
この流し漉きにより、日本の紙の品質は向上。貴族たちは和紙を和歌や日記、手紙を記すことに使い、平安の文化を支えた。794年に平安京に都が移ると、京都府に官営の製紙場「紙屋院」がつくられた。
◯障子に傘に。和紙の浸透
室町時代になると、書院造の住宅が普及し、襖障子紙や明かり障子など障子紙の需要が増えた。また、美濃 (岐阜県) や大和 (奈良県) などで雨傘がつくられるようになり、和紙が全国へと広まる。和紙は民衆にとって、より身近なものに変わっていったのだ。
◯和紙の文化が花開いた江戸時代
江戸時代になると、人口が増え日常的に多くの紙が使われるようになった。瓦版 (現代の新聞)
や浮世絵、読本などの出版がはじまり、紙屋、本屋などの職業も登場。農作物の少ない山村の農民たちは、冬の仕事が少ない時期に副業として紙を漉いていた。農民たちの和紙づくりの支えがあり、一気に和紙文化が花開いた。
◯洋紙の台頭
明治時代になると、西洋から「洋紙」が伝来する。機械を使って大量生産できる洋紙は、手作業の和紙より生産性が良いため、小学校の教科書が洋紙でつくられるなど、次第に日本の暮らしで使われる紙の主流となっていった。
一方で、和紙の手すきの技術や品質も評価された。大正時代に始まった民藝運動の提唱者・柳宗悦 (やなぎそうえつ)
は、和紙の素材の魅力を絶賛し、「そのままでもう立派なのである。考へると不思議ではないか。只の紙料なのである。だが無地であるから,尚美しさに含みが宿るのだとも云へよう。」と自身の著書に記した。(『柳宗悦コレクション2 もの』より)
◯世界が認めた日本の「和紙」
昭和になると、各地の和紙が日本の伝統的工芸品として認められ、和紙協会や技術者会、保存会などが無形文化財に指定。人間国宝の認定を受ける職人も現れた。1969年には美濃紙 (岐阜県)と石州半紙 (島根県) 、1978年には細川紙
(埼玉県) が、ユネスコ (国際連合教育科学文化機関) から無形文化遺産に認定され、世界からも高い評価を受けている。
<関連の読みもの>
「北斎漫画」を復活させた職人技。日本で唯一、手摺り木版和装本を出版する版元へ
https://story.nakagawa-masashichi.jp/97346
和紙 基本データ
◯素材
和紙の原料となる木は、主にコウゾ、ミツマタ、ガンピの3種類。それぞれの特性と洋紙との違いをみていこう。・コウゾ (クワ科) : 繊維が太く丈夫。栽培のしやすさから、日本で一番多く使用される。主に障子紙や和傘といった日用品、書画、版画などの原料となる。
・ミツマタ (ジンチョウゲ科) : 繊維が細く柔らかいが、耐久性は他の2種類に劣る。光沢があるので、証券や賞状、お札などの原料となることが多い
・ガンピ (ジンチョウゲ科) : 「和紙の王様」とも呼ばれるほど、耐久性が高い。繊維は細く短く光沢があり、版画紙の原料となっている。栽培が難しく手に入りにくい。洋紙との違いは原料にある。洋紙の原料「木材パルプ」(木材をすりつぶしたもの)は繊維が短いが、和紙の原料の繊維は長く、絡み合いながらくっつく。そのため、何回折りたたんでも破れない丈夫な紙ができる。
◯主な産地
富山県 (越中和紙) 、長野県 (内山紙) 、岐阜県 (美濃和紙) 、福井県 (越前和紙) 、鳥取県 (因州和紙) 、島根県 (石州和紙) 、徳島県 (阿波和紙) 、高知県
(土佐和紙) 、愛媛県
(大洲和紙)◯主な工程
和紙は何十という工程を経て、製造される。ここでは一般的な手すき和紙、中でも楮紙製法の流れをまとめる。<楮紙製法の流れ>
まず生木の皮を剥ぎ、その皮の表面を削り白皮をつくる。白皮を水場へ浸したら (雪晒しを行う地域もある)
不純物を取り除くために煮て、さらにアク抜きや塵とりを行う。その後、繊維を解きほぐすために樫などの木の棒で打ち、そこへネリや水を加え漉いていく。できた湿紙を乾燥させると和紙が完成する。◯代表的な作り手
人間国宝で越前和紙職人の岩野市兵衛さん◯数字で見る和紙
・誕生 : 和紙の技術が日本へ伝来したのは610年頃といわれている
・伝統的工芸品指定 : 9件 (和紙を使用したもの)
<参考>
・久米康夫 著『すぐわかる 和紙の見わけ方』東京美術(2003年)
・財団法人伝統的工芸品産業振興会 監修『伝統工芸』ポプラ社 (2006年)
・農山漁村文化協会 (編)『生活工芸大百科』農山漁村文化協会(2016年)
・柳宗悦 著『柳宗悦コレクション2 もの』筑摩書房 (2011年)
・和の技術を知る会 著『子どもに伝えたい和の技術2 和紙』文溪堂 (2015年)
・日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG26H74_W4A121C1000000/
(以上サイトアクセス日:2020年6月2日)
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