創業303年の中川政七商店が、渋谷の新基幹店で伝えたい「今の工芸」の魅力とは
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ピコン。1通のメールが届いた。
「中川政七商店が全力でつくったお店ができました」。
同店関係者がくれたこの短い文言にいてもたってもいられず、訪れたのは11月1日開業の東京・渋谷の新名所「渋谷スクランブルスクエア」11階。エスカレーターを降りると目の前には広大な空間が気持ちよく広がった。
広さはおよそ130坪。これまで全国各地の800社を超えるつくり手とともに手がけてきた4000点もの商品が一堂に介する日本最大の旗艦店「中川政七商店 渋谷店」である。
あぁ‥‥どこから見たらいいのだろう。奥に並ぶ麻製品も気になるし、横手に見える豆皿のディスプレイにもうずうず。
店内は創業地である奈良の町並みをイメージし、あえてクランクをつくり、角を曲がると違う景色が広がる空間デザインを取り入れているという。
えいや。まずは正面に足を踏み入れることにした。
「こんなものあるんだ!」のきっかけに
1716年創業の中川政七商店が、東京・渋谷の大都会において掲げたコンセプトは“日本の工芸の入り口”だ。
より多くの人に「へー、こんなものあるんだ!」と出会ってもらい、「あの産地でつくられているのか」と知ってもらうこと。そして実際に目で見て、触れて、体験することで工芸との距離を縮める一つのきっかけになれば。そんな思いが込められているという。
渋谷に開かれた日本の工芸の入り口。その間口はとにかく広く、多彩で、しかも面白いことになっていた。
たとえば、中央の手前付近は企画展を行うスペースに。オープン初回は「中川政七商店が残したいものづくり展」が開催されている。
これまで全国各地のつくり手とともに手がけてきた商品をいくつか取り上げ、商品づくりの成り立ちやアイデアをはじめ、構想段階のデザインスケッチ、試作品から商品ができるまでのプロセスを視覚的に楽しめるようになっている。
上写真の左上にある茶色い陶器は、同店でも人気の歯ブラシスタンドだが、元は漁師が使う漁獲網についている錘(おもり)。
そのものの美しさに惹かれた担当者がつくり手を探し出すと、岐阜県多治見にある高田焼きの工房で一つ一つ丁寧に削り出されていたという。
海の中で使われているものゆえ水回りに最適だし、嵐にも耐えうる耐久性を併せもつ。そのものの本質を生かし、なおかつ現代の暮らしに寄り添うものづくりと照らし合わせて生まれたのが、歯ブラシスタンドなのである。
思わず「へー!」を連発していたことは言うまでもなく。さらには「はぁ~」「なるほどね」と感嘆せずにはいられず、展示スペースで長い時間を過ごしてしまうが、ここはまだ“入り口”の序の口だ。奥はまだまだ深い。
伝えなければ失われてしまうかもしれない危機感
中ほどに進むと立派な銅板の吊り天井。入り口中央の広い通路はお寺に続く参道を連想させ、その先にお堂を模した、その名も「仝(おどう)」がお目見えするという流れになっている。
ここは日本の“今”を代表する品々を取り揃えたブース。バイヤーである「method」の山田遊さんが全国各地を巡り、吟味して選んだものたちがズラリと並ぶ。
繊細な手仕事が生み出す美しい竹細工「鉄鉢盛りかご」(大分)や、日本の伝統美にフィンランドデザイナーの感性を取り入れた南部鉄器の「ケトル」(岩手)、千年の歴史をもつ和紙の生産地で育まれた紙のバッグ「SIWA・紙和」(山梨)など。そして、なかには“絶滅危惧種”といえる工芸も。
千葉県君津市久留里で江戸時代から続く伝統的工芸品「雨城楊枝」はその一つだ。
材料である黒文字の皮の黒さと樹肉の白さを生かしてさまざまな細工が施されている。黒文字の皮を削って「白魚」と命名するあたり、日本人の粋なセンスを感じる逸品だ。
こちらは島根県雲南市吉田町の稲わら細工「鶴亀のしめ飾り」。毎年5月に出雲大社の拝殿に奉納される縁起物。伝統的な編みの技術で一つ一つ手作業でつくられる名品である。
いずれも、つくり手はわずか数名程度。後継者はいないものが多い。
このままでは、日本の工芸の世界は立ちゆかなくなるかもしれない。長きにわたりつくられてきたものが失われてしまうかもしれない。そうした危機的状況を伝えることも「仝」の目的の一つだという。
──「仝」とは“繰り返し”を意味します。過去数百年、数千年と名もなき人々が作ってきた工芸の歴史の続きにありながら、同時にアップデートを繰り返す。そんな“今”の工芸に出会える空間です──(HPより)
また、methodならではの遊び心溢れたセレクトも並ぶ。まず目についたのは壁にかけられたOPEN STUDIO「ホッケーほうき」(熊本)だ。
柄に使い慣らされたホッケースティックが使われたユニークなほうきである。インパクトのある見た目もさることながら、握りやすいという利便性も兼ね備え、掃き心地も抜群。ついつい掃除をしたくなる、そんな代物だ。
北海道のお歳暮の定番である新巻鮭の木箱を再利用したティッシュケースも面白い。ギター職人と宮大工のユニットによるプロジェクト「ARAMAKI」が、日々の暮らしを豊かにすることを目指してつくったプロダクトである。
このように「仝」では、昔ながらの伝統を感じることができる一方で、わくわくするような新しい工芸に出合うこともできる。季節ごとにラインナップも変わるというから楽しみでしょうがない。
自分だけの工芸を“おあつらえ”!
お楽しみはまだまだ続く。渋谷店には「おあつらえ処」が設けられている。
中川政七商店といえば300年以上前に奈良特産の高級麻織物の卸問屋として創業し、以来、時代の流れのなかでものづくりを続けてきた会社である。
実はこれまで、同社がつくる麻生地を使ってのれんやタペストリーをつくりたいという声が多く寄せられていたこともあり、初めて実現したという。
ここでは生地24メートルを織り上げるのに1カ月以上かかるという希少な「手績み手織りの麻生地」を用意。十数種類のなかから好みの色を選び、組み合わせるなどして、自分だけのタペストリーやのれんのほか、座布団をあつらえることもできる。
また、渋谷店限定のオリジナル商品も充実。
なんといってもおすすめは「張り子飾り 渋谷犬」だろうか。
加賀人形と金沢の郷土玩具のつくり手である石川県の老舗「中島めんや」と共に製作した渋谷犬は一つ一つ手描きゆえ、表情が微妙に違うところが愛らしい。
尻尾が揺れ動く仕様になっていて、喜んでいるように見えるところもまたたまらない。
ちなみに小さいタイプは陶製の「渋谷犬みくじ」。中には待ちあわせにちなんだおみくじが入っている。
ほかにも奈良の特産品であるかや織を用いてスクランブル交差点に行き交う人々を描いた「かや織りふきん」や、和歌山の織物工場と共同製作した麻100%のハンカチ「渋谷スクランブル交差点motta」なども用意。
ハンカチには先に紹介したおあつらえ処でイニシャルをはじめ、渋谷犬や行き交う人々など5種類の刺繍をオーダーすることも。
‥‥と、ここまで書いてきて不安が残る‥‥。なぜなら、
店内にはほかにも中川政七商店が残したい品々が並び、その背景には語り尽くせないほどの物語があるのだから。
ぜひ、ご自分の目で見て、手で触れ、ときに舌で味わいながら、いくつもの“出会い”を楽しんでほしい。
東京・渋谷のど真ん中。日本の工芸の世界が口を大きく開けて待っている。
<店舗情報>
中川政七商店 渋谷店
東京都渋谷区渋谷二丁目24-12 渋谷スクランブルスクエア 11階
文:葛山あかね
写真:中村ナリコ