有田焼の今に出会える「in blue 暁」「陶悦窯」へ。bowl店長・高塚裕子さんと行く有田旅2日目

誰かと会う約束のある旅は、それだけでほくほくと嬉しく、楽しさが増すように感じます。

その日約束していたのは焼き物の町、有田に今年4月にオープンした日用品店「bowl (ボウル) 」の店長、高塚裕子さん。

高塚さん。開店を1か月後に控える忙しい合間を縫って、インタビューに応じてくださった
高塚さん。開店を1か月後に控える忙しい合間を縫って、インタビューに応じてくださった

前日は、お店のインタビュー中に出た「高級より贅沢が、有田らしさ」をキーワードに、その足で高塚さんが愛する有田おすすめの場所を案内していただきました。

高塚さんと有田を巡った前日の様子はこちら
bowlの取材記事はこちら:世界で有田にしかない。仕掛け人に聞く「贅沢な日用品店」bowlができるまで

取材最終日の今日は、最後にお昼をご一緒する約束をしていたのですが‥‥

腹ごしらえから始まる2日目

向かったのはbowlの近所にある「めしや あり菜」。

あり菜

高塚さんも仕事の合間によく食べに来るという辛口ちゃんぽんを頼みました。

あり菜の辛口ちゃんぽん

からい、うまい、とつるつる麺をすすっていると、高塚さんから願ってもない提案が。

「この後もう少し、時間あります?よければご一緒したいところがあるんです」

午前中で全ての取材予定を終え、東京に戻る飛行機まであと数時間あります。

「ぜひお願いします」と答えると早速、「昨日井上酒店さんでお会いしたのですが‥‥」と、高塚さんがどこかへ電話をかけ始めました。

自然の中で器に出会えるギャラリー。in blue 暁

車で小高い丘をのぼって、とあるギャラリーに到着。

in blue 暁

ギャラリーの名は「in blue 暁(インブルー あかつき)」。昨日、偶然にも高塚さんと巡った「井上酒店」さんにお客さんとして来ていた、陶芸家の百田暁生 (ももた あきお) さんの工房兼ギャラリーショップです。

たっぷりと光の差し込む空間に、作品が映えます
たっぷりと光の差し込む空間に、作品が映えます

周りを山に囲まれ、有田の自然をそばに感じられるゆったりとした空間。体から余分な力みがするすると抜けていくのを感じます。買い付けに来た美術商の方もふらっと立ち寄られた観光のお客さんも、ゆっくりくつろいで帰って行かれるそうです。

「例えば個展をやると、百貨店など室内の照明で器を見ていただくことが多いので、自然光の中で作品を見せられる場所を作りたいとずっと思っていました」

工房でありながら、来る人に喜んでもらえる空間が作りたかった、と百田さん
工房でありながら、来る人に喜んでもらえる空間が作りたかった、と百田さん

20年以上前から構想を温めていたという百田さん理想の空間は、高塚さんもbowlのお店づくりの参考にしたそうです。

百田さんと談笑しながら、ゆっくりと器を見ることができます
百田さんと談笑しながら、ゆっくりと器を見ることができます

自然光のもとできりりと映える百田さんの器のことは、また別の記事でご紹介するのでどうぞお楽しみに。

見せていただいた奥の工房も自然光たっぷり。気持ち良く作陶に集中できるそうです
見せていただいた奥の工房も自然光たっぷり。気持ち良く作陶に集中できるそうです

実は百田さん、昨年さんちで取材した株式会社百田陶園代表の百田憲由さんの弟さんでした。
昨年百田さんのお兄さんにインタビューした記事はこちら:再興のキーは「先人の教えからゼロへの転換」 有田焼30年史に学ぶ

常にムダなく、いいものを。陶悦窯

次はわたしがbowlで見かけて一目惚れした器の製造元、陶悦窯 (とうえつがま) さんへ。

bowl取材中に一目惚れした、陶悦窯さんの蓋つきの器
bowl取材中に一目惚れした、陶悦窯さんの蓋つきの器

昨日晩御飯を食べたお店で、社長の今村堅一さんに偶然お会いしていました。高塚さんとは同じ有田の窯業学校の同窓生だそうです。

高塚さんはこの窯業学校時代に、質・量・価格ともにお客さんを裏切らないための作り手の「企業努力」を知り、衝撃を受けたといいます。

そんな「ムダなく、いいものを作る」有田らしいものづくりをされている窯元の一つが、陶悦窯さんとのこと。

お店のような素敵な玄関です
お店のような素敵な玄関です
ガラス戸に「陶悦窯」の文字

「工場見学って楽しいですよね。私も大好き」と奥さんの今村美穂さんが中を案内くださいました。

土を器の形にしていく成形から、窯入れ、釉薬掛け、絵付けと、器づくりのすべての工程がうまく循環するよう作業場や道具が配備されている
土を器の形にしていく成形から、窯入れ、釉薬掛け、絵付けと、器づくりのすべての工程がうまく循環するよう作業場や道具が配備されている
見学中に見かけた道具
見学中に見かけた道具
これは器の見本。半分だけなのは厚みを見るためだそう
これは器の見本。半分だけなのは厚みを見るためだそう
黙々と手が進む
黙々と手が進む
窯入れ前の器を並べた棚。テトリスのようにムダなく組み上げてある
窯入れ前の器を並べた棚。テトリスのようにムダなく組み上げてある

「器って焼くと小さく縮むんですね。だから、例えば蓋付きの器なら、焼いた時の蓋と本体の収縮の具合が揃わないとうまくかみ合わないんです。

作るのに手間がかかるものなのに、安定して数を作って、価格も手ごろ。そこに至るまでに、どれほどの工夫が積み重ねられているんだろうと思うと、品物を扱うものとして背筋が伸びます」

陶悦窯の今村さんご夫妻
陶悦窯の今村さんご夫妻

もうそろそろ出発の時間です。

ちょっと車で行った丘の上に、素敵なギャラリー。その作家さんが通う酒屋さんは、全国の飲食店が信頼を寄せる目利きのプロ。そのご主人を師と仰ぐ近くの日用品店には、日々この町で当たり前のように行われるものづくりの精神が受け継がれています。

「高級ではなく『贅沢』が有田らしさ」。始まりに高塚さんが言った言葉が思い出されました。

「有田のほんとうの面白さは、ちょっと通りがかるだけだと気付きづらいかもしれません。それがまた日本らしくて興味深い土地で、私はそんな魅力に夢中です」

にっこり笑う高塚さんに手を振って、この2日間で味わった贅沢さをかみしめていました。

<取材協力>*登場順
bowl
佐賀県西松浦郡有田町本町丙1054
0955-25-9170
https://aritasu.jp/

めしや あり菜
佐賀県西松浦郡有田町大野
0955-43-2208

in blue 暁
佐賀県西松浦郡有田町黒牟田丙3499-6
0955-42-3987
http://inblue-akatsuki.com

陶悦窯
http://touetsugama.com

文:尾島可奈子
写真:菅井俊之、藤本幸一郎

bowl店長・高塚裕子さんと行く有田。1日目はプロが頼る「井上酒店」、窯元御用達「むく庵」へ

さんち旅は突然に。

「工芸産地を地元の友人に案内してもらう旅」をさんち旅といいます。昨年の春には編集長が、富山でその魅力を存分に堪能していました。

編集長の記事はこちら:編集長・中川淳がさんち旅を薦める4つの理由。富山をCHILLING STYLE・大澤寛さんと旅して改めて感じたこと

この春わたしのさんち旅が突然に始まったのは、日本磁器発祥の地、有田でのこと。

その日訪ねたのは1か月後にオープンを控えた「bowl (ボウル) 」というお店でした。有田の器も扱いながら全国から目利きした生活道具を揃える日用品店として、4月のオープンを目指して準備を進めている真っ最中です。

bowl
地元の人がちょっとした贈りものを買いに立ち寄ってくれるようなお店にしたい、と全国から厳選した生活道具が並びます
地元の人がちょっとした贈りものを買いに立ち寄ってくれるようなお店にしたい、と全国から厳選した生活道具が並びます
こんな遊び心のあるディスプレイも
こんな遊び心のあるディスプレイも

オープンの経緯やコンセプトを店長の高塚裕子さんに伺ううちに、インタビューは「有田らしさとは?」という話題に。

店長の高塚裕子さん。大分出身。有田の窯業学校を卒業後、結婚を機に波佐見焼で有名なお隣の波佐見町に暮らす。同町で人気セレクトショップ「HANAわくすい」を一から作り上げた手腕を見込まれ、今度のお店づくりを任される
店長の高塚裕子さん。大分出身。有田の窯業学校を卒業後、結婚を機に波佐見焼で有名なお隣の波佐見町に暮らす。同町で人気セレクトショップ「HANAわくすい」を一から作り上げた手腕を見込まれ、今度のお店づくりを任される

「高級ではなく『贅沢』が有田らしさなんです。八百屋や酒屋さんなど、地元の方が利用するお店にこそ有田の真の価値観があります。よかったらぜひ、私の思う有田らしさをアテンドさせてください」

こうして日が暮れてきた有田の町で、高塚さんによる「贅沢」ツアーが始まりました。

取材中に一目惚れしたのが、この蓋つきの有田焼の器。他の日用品の中に、さりげなく有田のものが溶け込んでいます
取材中に一目惚れしたのが、この蓋つきの有田焼の器。他の日用品の中に、さりげなく有田のものが溶け込んでいます

bowlの取材記事はこちら:世界で有田にしかない。仕掛け人に聞く「贅沢な日用品店」bowlができるまで

全国の飲食店が信頼を寄せるプロフェッショナル。井上酒店

「井上さんみたいなお店にしたい。私の憧れです」

そう案内してくれたのはbowlから車で5分ほどの距離にある一軒の酒屋さん。

井上酒店

お店に入ってまず目に飛び込んできたのは、あちこちに積み上げられたダンボールの箱、箱、箱。ほどなく集荷の車が来て、慣れた様子で20以上はある荷物を運んで行きました。

箱が旅立った先は、全国のレストランやホテル、旅館。

各地の良質なお酒を揃え、管理の難しい日本酒をベストコンディションで扱える井上さんに、全国の飲食店が目利きを頼んでいるのです。ちなみに先ほどの大量の出荷は本日2回目だそう。

大正時代から続く井上酒店の3代目、井上信介さん。お酒は全て蔵元に直接出向き、長い時間をかけて顔の見える関係を築いてから仕入れる。選ぶ基準は、究極は作っている「人」だそう
大正時代から続く井上酒店の3代目、井上信介さん。お酒は全て蔵元に直接出向き、長い時間をかけて顔の見える関係を築いてから仕入れる。選ぶ基準は、究極は作っている「人」だそう

「お酒はもちろん、何気なく置かれている仕入れの食品まで、井上さんの選んだものは何を買っても安心で美味しいんです」

「無農薬無添加は当たり前」という、井上さんの目にかなった食品だけが置かれる
「無農薬無添加は当たり前」という、井上さんの目にかなった食品だけが置かれる

もともと井上商店のファンだったという高塚さん。「自分が信じるいいものを背景からしっかり伝えていくことが大事」と井上さんが語ると、「道具も一緒です」と強くうなずきます。

「例えば一万円する箒が、なぜその値段になるのか。高い、で終わらせずに理由がわかれば、暮らしの中でものを選ぶ『選択肢』が広がっていきますよね」

お酒も、道具も一緒ですねと話がはずむ
お酒も、道具も一緒ですねと話がはずむ

井上さんに信頼を寄せるのは高塚さんだけではありません。インタビュー中も次々とお客さんがお酒を買いにやってきます。遠方から車でわざわざ「お酒を切らしちゃって」と来る人もいるそう。

「こういう集まりがあって」などお客さんの話を聞き、会話しながらベストの1本を絞り込んでいく井上さん。常連さんは来た時の顔の表情でセレクトを変えることもあるという
「こういう集まりがあって」などお客さんの話を聞き、会話しながらベストの1本を絞り込んでいく井上さん。常連さんは来た時の顔の表情でセレクトを変えることもあるという

その中の一人を認めて高塚さんが、

「あ!こんにちは」

と声をかけました。

聞けば近くにギャラリーを構える作家さんだそう。

「すごくかっこいい焼き物を作られるんですよ」と高塚さん、井上さんが口を揃えます。なんと焼き物の町らしい出会い。

最後にはわたしたちも常連さんにならって、

「こういうお酒が好きなんですが‥‥」

と、井上さんに1本お酒を見立ててもらうことに。思いがけないお土産を手に入れて、ほくほくとお店を後にしました。

窯元の社長さんも御用達。むく庵

「ああ、むく庵さんなら何でもうまいよ。いってらっしゃい」

と井上さんに背中を押されて向かった晩御飯のお店は、表通りから細い横道を入ったところにありました。

むく庵

先頭の高塚さんがお店に入ると、「あ!」と声が。

中を覗くと、奥の座敷で窯元の社長さんたちがちょうど会合中でした。高塚さんとはもちろん顔見知りです。

奥の座敷で有田焼の窯元さんたちが宴会中。ふらりと訪ねたら、そんな光景に出会えるかもしれません
奥の座敷で有田焼の窯元さんたちが宴会中。ふらりと訪ねたら、そんな光景に出会えるかもしれません

「お店の準備はどう?」「もう1ヶ月切りました」と高塚さんが言葉を交わすうちのお一人は、まさに昼間、bowlで一目惚れした器を作られている窯元の社長さん。こんな形で作り手さんに出会えるなんて。

有田のこと、お店のこと、お酒を交わしながら尽きない話題に、明日もお昼ご飯をご一緒することを高塚さんと約束して、さんち旅の夜が更けていきます。

*2話目に続きます。お楽しみに。

その日仕入れた材料を生かした創作メニューが並ぶ。締めには「焼きちゃんぽん」を注文
その日仕入れた材料を生かした創作メニューが並ぶ。締めには「焼きちゃんぽん」を注文

<取材協力> *登場順
bowl
佐賀県西松浦郡有田町本町丙1054
0955-25-9170
https://aritasu.jp/

井上酒店
佐賀県西松浦郡有田町白川1-1-1
0955-42-3572
http://inoue-saketen.com/

むく庵
佐賀県西松浦郡有田町本町丙819-1
0955-42-5083

文:尾島可奈子
写真:菅井俊之、藤本幸一郎