【わたしの好きなもの】ヘアブラシ

頭皮のマッサージで気持ちよく、髪の毛はツヤツヤ


1日の終わりのご褒美ともいえる、お風呂上がり時間。
私の楽しみは、ブラッシング。
髪の毛をドライヤーで乾かした後に、ヘアブラシをゆっくりと頭皮にあてるようにしてとかしていきます。
これがなんとも気持ちがいいのです。

愛用している猪毛のヘアブラシは、最初に触った時は「硬い!」という印象でした。
プラスチックのものより毛が細くて痛そう・・しかし使ってみると、たくさんの毛がまんべんなく
頭皮全体にいきわたり、心地よい刺激でマッサージされます。
「硬い」と思っていた猪毛のしなり具合が、ちょうどよい力加減になってくれているのだと思います。

猪毛は、天然毛のため水分や油分を多く含んでいるのも特徴。
ヘアオイルなどをつけなくても、しっとりツヤツヤになるんです。朝もブラッシングすれば、まとまりよく落ち着きます。




猪毛のしなり具合と合わせて、ほどよい刺激を生み出すのが、土台になっているクッションパッド。
コシのある猪毛に力がかかりすぎず、適度な力でブラッシングできるようになっています。




ブラシの主役はヘッド部分だと思いますが、密かにすごい!と思っているのが持ち手部分。
グリップは太めで丸みがあり、しっかり握ることができて、そこからヘッドに向けて少し広がって薄くなっています。ここに親指を置くのですが、そのフィット感がすごいんです。
ぴたっと指に沿って、力が入れやすく持ちやすい!




とかした後のツヤツヤでしっとりとした髪の毛の手触りは格別です。
毛の流れに沿ってブラッシングした後に、頭の後ろから前に向けて再度とかすのが、私のお気に入りのとき方。
毛根からマッサージしたという感じになります。

少し高価な買い物でしたが、毎日使うものだからこそちゃんとしたものを使いたい。細部までこだわったヘアブラシは納得の使い心地です。
おかげさまで、会社では「いつも髪の毛ツヤツヤね。」と褒めてもらっています!

編集担当 今井
 

「開けば花、閉じれば竹」美しき和傘の産地・岐阜和傘の職人、河合幹子さんの思い

子どもの頃の夢。憧れた職業。

それを実際に叶えられる人はどれだけいるのでしょうか。

岐阜の和傘屋の家系に生まれた河合幹子(かわい みきこ)さんの場合、憧れたのは祖母の姿。粋なデザインが評判の和傘職人でした。

一度は普通に就職するも、縁あって職人の道へ。今ではその美しい傘が人気となり注目を集めています。どのようなきっかけで職人への道を志し、今に至るのか。そのリアルをお聞きしました。

金華山 岐阜城
金華山のてっぺんに岐阜城がそびえ立ちます

訪れたのは岐阜城のお膝元エリアにある「長良川てしごと町家CASA」。築100年以上にもなる町屋で商う唯一の岐阜和傘専門店、そして体験型工房です。そこで和傘職人の河合さんが私たちを迎えてくれました。

長良川てしごと町家CASA
川原町の情緒ある町並みの中に佇むお店

「開けば花、閉じれば竹」とうたわれる和傘

岐阜市加納地区を中心とした地域は、江戸時代中期より岐阜和傘の産地として栄えてきました。丈夫な美濃和紙をはじめ、傘の要である竹、仕上げに使われるえごま油など、材料となる良質な素材が長良川流域で豊富に得られたことも地場産業に発展した要因の一つです。

最盛期となる1950年ごろには和傘の製造業者が500軒以上も軒を連ねていたそうですが、その数も減少。現在は河合さんのように個人で製造される方含め、残ったのは5軒ほどとなってしまいました。

岐阜和傘 長良川てしごと町家CASA
様々な和傘が並びます

そんな貴重な岐阜和傘の魅力を探るべく、製造工程を見学。

この日まず見せてくれたのは「糸かがり」という工程。小骨(しょうほね)と呼ばれる、傘の内側にある骨組み部分に手で糸を通していきます。

岐阜和傘職人 河合幹子さん 手かがり作業
まるで手品のようにするすると糸が通されていきます

「糸かがりは、小骨が開きすぎないように補強することと装飾の両方を兼ねています」

岐阜和傘は他産地よりも量産ができることが特徴で、そのため寒色や暖色、どんな色にも合う黄色のかがり糸がとりわけ重宝されたのだそうです。

続いて見せていただいたのは、ボリュームある傘をきちっと整え、締めていく工程。

岐阜和傘 木べらで表面を整える
木のヘラを使って、傘を閉じた時の表面の凹凸を整えています

「私にとっては、これは背筋を正すような作業なんです」

地味な作業でも、この後の仕上がりを決めるから手を抜かない、と真剣な表情の河合さん。

その他にも‥‥

岐阜和傘職人 河合幹子さん
穴あきや傷がないか入念にチェック
岐阜和傘職人 河合幹子さん
和紙と和紙の貼り合わせ部分がしっかりくっついているか確認します
岐阜和傘
左のような広がった状態から、右のように輪で締め、岐阜和傘の特徴である細身の和傘にしていきます

などなど、傘一本を完成させるまで、その工程は100以上にも及びます。見せていただいた作業工程はごく一部。

これらは本来なら分業制なのですが、職人の高齢化などにより間の工程を担う職人不足で完成できないということが起こり得ます。そのため、河合さんはほとんどの作業を一人で行います。

税理士事務所職員から、和傘職人へ

母方の実家が和傘の製造卸の老舗「坂井田永吉本店」だったこともあり、幼い頃から和傘が身近であったという河合さん。

岐阜和傘

「小さい時は毎週末のように工房に遊びに行っていました。そこで働く祖母に会えるし、職人さんたちには相手をしてもらえるし。私にとって工房は遊び場のような感じでした」

和傘職人であるお祖母さま。いつまでも粋で挑戦心を持ったその姿に河合さんは憧れていました。

「着物を着こなす祖母は本当におしゃれで。彼女の作っていた傘も同様に素敵だったんです。

歳をとってからも今までにない和紙を取り入れたり、新しいデザインの和傘を制作したりと、そんな祖母の意欲的な姿を見て職人としての格好良さを感じていました」

岐阜和傘職人 河合幹子さん

和傘と手仕事が身近にあった幼少期を送りましたが、大学卒業後は東京で就職、その後は税理士事務所職員として働くように。そんなある日、転機が訪れます。

「和傘を作ってみないか?」

河合さんの叔父である坂井田永治氏にそう声をかけられ、坂井田永吉本店で和傘作りの道に入ります。しかしお母さまが病気になったことがきっかけで、実家の新聞店を手伝うためやむなく退社。新聞配達をしながら空いた時間に和傘作りをする日々が続いていきました。

山あり谷ありな日々を送りながらも、その後はお母さまの体調も良くなり、河合さんはついに自分のブランド「仐日和(かさびより)」を立ち上げます。現在は職人として専業で傘作りを行っています。

岐阜和傘職人 河合幹子さん

「初めて購入してくれたのは、仕入先の美濃和紙職人さんだったんですよ。オーダーをいただいてから久しぶりにお会いした際、『すごくいい色になってきましたよ』とおっしゃっていて。大切に使っていただいているんだなって、とても嬉しかったですね」

作家ではなく職人

河合さんが傘作りをする上で大切にしているのは、「こだわり過ぎない」こと。

「和傘は作品ではなく商品です。そして私は作家ではなく職人。こだわりが強過ぎるとお客様のニーズを聞けなくなってしまいます。

色々なお客様に使ってもらいたいという気持ちが大きいので、常に和傘の敷居を低く持っていたいんです。デザインへのこだわりよりも、和傘そのものの質や閉じた時の佇まい、作業の細やかさに意識を向けています」

岐阜和傘
デザインで唯一意識しているのは、洋装にも似合うものであること

また家族が自営業であること、そして自身が税理士事務所で働いていた経験が身を助けているとも。

自分で食べていけないと良い商品は作れない、そう学んだことが現在の河合さんの基盤になっているのだそうです。

「雨の日が楽しみになったよ」その言葉が嬉しい

完成品が華やかなので作業や仕事がクリエイティブと受け取られることも多いそうなのですが、実際は完成に至るまで地道で根気が必要。それが和傘作りの世界です。

「私の性格的にも『じっくりゆっくり』より『早く効率的に』タイプなので職人に合っていたのかもしれません。

とても根気がいる分、思っていたもの、狙った以上のものができた時は純粋に嬉しいです。自分の技量が上がったと感じられますから。

あとはお客さんに喜んでもらった時が本当に嬉しいです。『雨の日が楽しみになったよ』という言葉を聞いた時は感激しましたね」

岐阜和傘

河合さんが理想とする職人像は、身近にいたベテラン職人さんと、そしてやはりお祖母さま。

「ベテランの方の圧倒的な品質の良さと作業スピード、職人としての技量は憧れです。

そして祖母は職人として長くやっていても、新しいものを生み出す好奇心があったところが素敵だなと。自分もそうありたいと思います」

岐阜和傘

一方で、自分の手で和傘を生み出し続ける職人であるが故に見過ごせない問題もあるといいます。

実は岐阜は和傘を作るための部品製造のシェアも大きく、他の和傘産地に部品を供給しているという一面があります。ですが職人の高齢化で後継者不足にあるという苦しい現状が。

「岐阜だけでなく日本の和傘を残していくためには、携わる人々が潤うようなものでなければなりません。助成金にただ頼るのではなくて、一産業として成り立ち携わる人々が生活できるということは、私たちの誇りにも繋がりますから」

長良川てしごと町家CASA 岐阜和傘職人 河合幹子さん

まずは多くの人に岐阜和傘の存在を知ってもらいたい、知ってもらえることが嬉しい。そう笑顔で語る、これからの岐阜和傘を支える若き職人は、まるで和傘のように凛としていて美しく感じました。

<取材協力>
長良川てしごと町家CASA
岐阜県岐阜市湊町29番地
https://www.teshigoto.casa/

仐日和
和傘職人 河合幹子さん
http://kasabiyori.com/

文:杉本香
写真: 直江泰治

中華せいろキホンの使い方は「放置する」だけ。一人暮らしや料理初心者にこそおすすめの簡単料理法

中華せいろを使い始めました

こんにちは。細萱久美です。

それなりの料理好き、そして道具にこだわりたいタイプの私ですが、「せいろ」を手に入れたのは1年ほど前。周りの声を聞いても、「気になっていた」「やっと手に入れた」という感じで使い始める方も少なくない様子です。

なぜ少しハードルを感じるかを考えると、

・かさばる
・扱いが難しそう
・サイズに悩む

などの理由でしょうか。あと「蒸す」調理は、ある程度電子レンジでまかなえるという点で必需品になりづらいのかもしれません。

私は、蒸すこと自体は以前からしていましたが、鍋に付随した蒸し皿で対応していました。せいろは気になりつつも、限りある収納を思うと躊躇しており、今回ようやく手に入れた訳です。

「照宝」の中華せいろ

選んだのは「中華せいろ」

買い求めてみると、まず見た目が美しい。完成された形です。

「照宝」の中華せいろ

私が今回選んだのは中華せいろ。

中華せいろは中国で、和せいろは日本で生まれ、それぞれの食文化に根付いたのかと思いますが、作りがほぼ同じなのが面白いのと、いずれも職人が数作ることで完成されてきた形なのだと思うと、民芸的です。

使い始めてみると、扱いにくさは特に無く、すっかり定番道具として馴染んでいます。

放置するだけの簡単調理。意外な素材にもおすすめな「せいろ」の使い方

蒸すのに、素材は肉・魚・野菜・豆腐・饅頭・点心など万能です。

蒸気で包み込むので、素材がふっくら柔らかく、旨味も逃げていないので美味しく仕上がります。電子レンジよりは時間が少し掛かりますが、時間が経ってもパサつきにくくしっとり感が保たれます。

素材の美味しさを感じられて、カロリーも抑えられるので、健康管理やダイエットにも良いのです。

意外な素材としておすすめは、カンパーニュやベーグルなど固めのパン。数日経って更に固くなったパンを蒸すと、ふわふわもっちりになって、焼くことでは得られない新しい食感を楽しめます。

蒸す際は、野菜は直接入れて蒸しても大丈夫ですが、クッキングペーパーを敷くと取り出しやすく便利。水分・油分の出る肉や魚はお皿の上に載せて蒸します。

蒸気が出始めたらせいろをセットして、5~10分。放置しておくだけの簡単調理。

蒸気がワクワク感を増します。開ける時は、素材の良い香りが立ってそこからご馳走という感じです。

見た目良く、開けるワクワクも手伝って、来客時のメニューにも最適。実は簡単調理なのに、なぜか手の込んだ料理に見えてしまうのも嬉しい点です。

「照宝」の中華せいろ

実はお手入れも簡単な“蒸す”道具「せいろ」

確かに嵩(かさ)はありますが、通気の良い場所に保管するのが好ましいので冷蔵庫の上に置いています。軽いので高いところにも気兼ねなく置いています。

お手入れは、そこまで汚れる調理はしないので、拭いたりさっと洗ってしっかり乾かせば問題ありません。

水につけっぱなしや洗剤は嫌うので、拭くだけの方がむしろ良く、調理中に蒸気で自然と殺菌されるので、不衛生にはなりません。

多機能の道具ではないので、とても便利!という実感ではありませんが、蒸すという一機能には抜群のパフォーマンスを発揮する道具だと思います。個人的には多機能な便利グッズよりも、何かに特化した道具の方が分かりやすくて好みです。

簡単で美味しいので、むしろ一人暮らしや料理初心者にこそおすすめしたい料理道具なのです。

愛用は「照宝」の中華せいろ

私は、全国からプロや料理好きが通う、せいろと調理道具の専門店「照宝」の中華せいろを愛用。横浜中華街でお店を構えて半世紀以上になる老舗です。

抗菌効果もある国産のヒノキを使い、しっかりと厚みのある素材を熟練の「曲げ」の技術でつくられたせいろは一生もの。自分の生活に馴染むのか試すために、お手頃なせいろからトライするのも良いと思います。

サイズとして、私はやや大きめの24センチを使っていますが、少量や一人分を蒸す際には小振りの18センチを1段や2段で使うのもコンパクトで良いと思います。

私もそろそろ追加しようかと考えています。置き場所を検討しつつ‥‥。

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。お茶も工芸も、好きがきっかけです。好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。素敵な工芸を紹介したいと思います。
ホームページ
Instagram

文・写真:細萱久美

*こちらは、2019年7月22日の記事を再編集して公開いたしました。

ミニランドセルで傷もそのまま、思い出を残す。革職人 寺岡孝子さん「1日1個」のものづくり

ミニチュアランドセルをつくって20年

「キズはそのまま残してください」

卒業式の季節。ある革職人の元に、こんな要望とともに日本全国からランドセルが押し寄せる。

ランドセルには、リクエストの書かれた手紙が添えられる
ランドセルには、リクエストの書かれた手紙が添えられる

「飼っていたワンちゃんの噛み跡がついている部分を残してほしいというリクエストをもらったこともあります。人それぞれ、いろんな思い入れがありますよね」

そう話すのは、寺岡孝子さん。役割を終えたランドセルをミニサイズに作り変える仕事を20年近く続けている。

寺岡孝子さん
ミニランドセル
約1/4サイズに生まれ変わったランドセル

「魔法の」ミニランドセル

寺岡さんが作るミニランドセルは、1日に1個。

ミニランドセルづくりは、カブセと呼ばれるフタ部分から全パーツを切り出して作ることが一般的。素早くきれいなミニサイズが作りやすいからだ。

しかし彼女は、ランドセルをいったん全て解体し、可能な限り元と同じ場所からパーツを裁断して組み上げる。時間はかかるが、元々あったキズ、汚れ、オリジナルのデザインが残る本物をそのまま「魔法で小さくしたようなランドセル」ができ上がるのだ。

糸の色が2つとも違う。それぞれ元の色に近い糸を使って仕上げている
黒のランドセルは赤い糸、ピンクのランドセルは薄ピンクの糸。元々使われていたものに近づけるため、色糸も使い分ける
内側の柄も、元のまま
内側の柄も、そのままに

思い出をギューッと詰め込んで

「ミニランドセルづくりは、とにかく細かいパーツが多く、手間がかかる仕事なんです。だけど、工程をシンプルにした画一的なミニチュアは私には物足りなくて。元々ランドセルが好きだったこともあり、思い出の部分をギューッとそのまま残せるようにと工夫していたらこんな風になっていました。

以前勤めていた工房では社長に『よくこんなに面倒くさいことができるね』 と驚かれましたが、褒め言葉だと思っています。

プロが見ると効率の悪さに呆れる、誰もマネしない仕様です (笑) 」

鞄作りの修行中にミニランドセルに出会った寺岡さん。まず可愛らしさに惹かれ、その一つひとつに固有の思い出があることに気づき、ますます夢中になった。

そして、ミニランドセルづくりを追求したいと自身の工房を立ち上げた。通常の鞄作りを続けながら、年間200個ほどのミニランドセルを一人で手がけている。

製作したランドセルの記録ノート。受付時に、依頼主のリクエストを細かく確認している。「思い出の詰まった長いお手紙をいただくこともあります」と寺岡さん
製作したランドセルの記録ノート。持ち主の希望や、構造上の可否を説明したことなどが詳細に書きつけられていた。「最初の対話にしっかりと時間をかけます。思い出の詰まった長いお手紙をいただくこともあります」

ミニランドセルの作り方

まる1日かけて作り上げるミニランドセル。その様子を覗かせてもらった。

この日、手がけていたのはこちらのランドセル
この日、手がけるランドセル。キズとハートマークを残して欲しいというオーダー
名札入れの部分もハートマークにくり抜かれている可愛らしいデザインだった
名札入れの部分もハート型にくり抜かれている可愛らしいデザインに、顔をほころばせる寺岡さん

可能な限り、元の素材を残す

まずは、ランドセルのパーツを切り出す工程。カッターやキッチンバサミなど、革加工用の道具にこだわらず使い勝手の良いものを活用しているそう。

まずは、ランドセルをパーツごとに解体していく

ランドセルは6年間壊れず使えるようしっかりと作られている。それを切り分けていくのはかなりの力仕事。カッターの刃は作業の途中で何度も交換されていた。

「フタを開けて覗いた時の景色も同じだったら嬉しいですよね」と、底板も分解して残す
「開けた時の景色が以前と同じだったら嬉しいですよね」と、底板も分解して残す
糸を切ることで、革に開けられた糸穴を残しておく。この穴を生かして、最後に手縫いで仕上げると元の雰囲気を残せるのだそう
糸を切ることで、革に開けられた糸穴を残しておく。この穴を生かして、最後に手縫いで仕上げると元の雰囲気を出せるという

作業していると、中から出てきた鉛筆の芯や削りくずで寺岡さんの手が真っ黒に。

「猫の毛が入っていたこともありましたよ」

使い込まれたランドセルならではの光景だ。

よりオリジナルに近づける工夫

残して欲しいとリクエストのあった、側面のハートマーク
残して欲しいとリクエストのあった、側面のハートマーク

「以前は、両サイドに柄があったら片方しか残せなかったんです。ミニサイズになる分、側面の革を短くする必要があるので。

でもある時、底面の革を削って、両サイドの革を繋げばできるなぁと思いついて。それ以来、左右とも元のデザインを残せるようになりました」と寺岡さんは嬉しそうだ。

両サイドの柄が残るように、底面を切り落とし長さを短くして繋げた
両サイドの柄が残るよう底面を切り落とし、長さを短くして繋げた。革を扱う職人だからこその技が光る
もちろん、内側の柄もそのまま残るように貼り合わせます
内側の柄も、当然そのまま残るように貼り合わせる徹底ぶり

見えないところも、そのままに

寺岡さんの再現は、見えるところだけにとどまらない。ポケットの内側のパーツや、サイズ合わせのために短くしたファスナーの留め金なども手をかけて取り外して付け直す。

ランドセルに施された刺繍、さらにはポケットの中についていたラベルまで切り出します。ラベル!!
ランドセルに施された刺繍、さらにはポケットの中についていたラベルまで切り出す。ラ、ラベルまで!!

「ここまでくると自己満足かもしれません。でも、ふとした時に気づいてもらえたら喜んでくれるかなと思って」

こちらは、フタについた金具。左右の位置が同じになるよう、解体したら髪に貼り付けておくのだそう
取り外したカシメ (フタについた金具) は、左右を元の通り取り付けられるよう紙に貼り付けて保存しておくのだそう

こうしてそれぞれの場所からパーツを切り出すことで、フタの部分がそのまま残る。これが、正面の印象を元のままにすることにも一役買っている。

フタの部分は金型を使って切り出す。この位置で切り出すと、正面の糸目がそのまま生かせるのだそう
フタの部分は金型を使って切り出す。この位置で切り出すと、正面の糸目がそのまま生かせるのだそう
もちろん、時間割ポケットもそのままに
もちろん、時間割ポケットもそのままに

手縫いが仕上がりの印象を決める

全パーツを切り出したところで縫い合わせの工程へ。

ミシンで縫い合わせる準備

オリジナルに近づけるために、ミシン糸も元の色に近いものを選ぶ。

オリジナルに近づけるために、糸の色もより近いものを選ぶ。「同じ赤でも結構違うものなんです」と寺岡さん
色糸サンプルから近しい色を探す。例えば、同じ赤でも色味は様々
ポケットの内側に縫い合わされ、無事に元の位置に戻るラベル
ポケット内側の縫い合わせ。ラベルも無事に元の位置へ
だんだんと元の形に「戻って」きた
縁 (へり) も角の位置を合わせて縫い合わせる。だんだんと元の形に「戻って」きた

仕上げは、手縫い。ロウをつけた2本の太い糸を、革にあいた糸穴に通していく。本来、この縫い方は強度を増すためのもの。まるで本物のランドセルづくりのよう。

「こうすると雰囲気が出てより可愛くなるんです」という
「こうするとよりランドセルらしさが出るんです」と手縫いでランドセルを仕上げる寺岡さん

最後にベルトを取り付けてやっとできあがる。

ついに完成!
底板も収まり、元の景色を取り戻したミニランドセル
底板も収まり、元の景色を取り戻したミニランドセル

力仕事に始まり、細部にまで元の面影を残したミニランドセルが完成した。

ご依頼はお早めに

寺岡さんの元に届くランドセルは、卒業式直後のものだけではないそう。

「引越しやリフォームなどで家の大掃除をした時に、しまい込んでいたランドセルを見つけた方からの依頼もあります。ただ、年数が経っていると革の劣化が進んでいて、加工に耐えない状態のものもあります。早めに依頼いただけるとできることも増えるのでおすすめです」

この日製作されたランドセルは、側面の柄がセンターに来るよう、左右の幅を調整して革を折り曲げた。こうした加工ができるのは革がまだ古くなっていなかったから
この日製作されたランドセルは、側面の柄がセンターになるよう、左右の幅を調整して革を折り曲げた。こうした加工ができるのは革がまだ古くなっていなかったから

しまい込まないランドセル

小学校卒業とともに使わなくなるものの、捨てるには忍びない。そんな思いから、どこかに仕舞い込まれてしまうことの多いランドセル。

寺岡さんの手によって生まれ変わったミニランドセルは、その後どうしているのだろうか。

「『リビングに飾っている』なんて、嬉しいお声をいただきます。小さくて可愛いので、インテリアになるようです。

上のお子さんのミニランドセルを見て、自分のも早く小さくしたいと言う卒業前の妹さんがいたり、中学校のバックも加工してほしいというリクエストをいただいたりしています」

通学鞄としての役割を終えたランドセル。寺岡さんの「魔法」で、思い出を残す新たな出番が始まっている。

<取材協力>
梅田皮革工芸
東京都荒川区南千住3-40-10-314
03-3801-4685
http://www.hakodateume.com/

文・写真:小俣荘子

 

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*こちらは、2019年3月25日の記事を再編集して公開いたしました。

日本のおやつ職人・まっちんと行く、多彩な“大阪おやつ”食い倒れの旅 ~前編~

こんにちは。細萱久美です。

約1年前の「さんち」にて、「日本のおやつ職人・まっちんと行く、京都の厳選あんこ菓子巡り」のタイトルにて、京都の和菓子屋5軒をご紹介しました。
この記事が好評だったということと、個人的にも久々に他の街の菓子巡りをしたくなり、再度まっちんに協力をお願いすることにしました。

まっちんこと、町野仁英(まちのきみひで)さんは日本のおやつ職人であり、「ツバメヤ」などの商品プロデューサー。中川政七商店でもコラボしている「大地のおやつ」の生みの親でもあります。

日々和菓子やおやつを探求しており、ツイッターでも「おやつイート」を日課にしているそう。

3じのビスケット
大地のおやつシリーズ「3じのビスケット」

そんなまっちんとは10年来の友人でもあり、味の好みや仕事へのスタンスに共感できるので、いつも刺激をもらっています。

現在は商品プロデュース業が増えている様子ですが、基本的には職人気質であり、好みの店や味の選び方には職人目線が入っています。

普段の食はもっと気楽に選んでいると思いますが、研究目線になると、店構えや店主のこだわり、もちろん味にも筋の通った店が気になると見え、京都のあんこ菓子巡りでも楽しく味わっている私をよそに、集中してエネルギーを消耗していました。

去年の京都に続きまして、今年は大阪を巡ることに。

大阪は和菓子も洋菓子もあり、菓子という括りではないものの、おやつ的食べ物の「たこ焼き」もはずせないということで、ジャンルにこだわらない「大阪おやつ」を巡ることにしました。その中から厳選した5選をお届けします。

まっちんのフィルターを通した、大阪らしさやこだわりのある味と出会えるかとワクワク。

1枚1枚手焼きのたまごせんべい「はやし製菓本舗」

たまごせんべいの専門店「はやし製菓本舗」外観

まずは9時半からやっている働き者のお煎餅やの「はやし製菓本舗」さんへ。チンチン電車が走る道から、奥まった筋の商店街に現れた、昭和レトロな店構えに早速心惹かれます。

こちらは昭和8年から続く、たまごせんべいの専門店。朝から店頭で店主の林さんが1枚1枚手焼きする姿が印象的。

正座で淡々と、日々焼き続けているのかと思うと継続のすごさを感じます。

たまごせんべいの専門店「はやし製菓本舗」製造風景
たまごせんべいの専門店「はやし製菓本舗」製造風景

そして、看板商品の「浪花ことばせんべい」に一目で釘付けです。26種類の大阪弁を、一つずつせんべいの表面にコテで焼きつけたもの。昭和38年の大阪万博に向けて「これぞ大阪という名物を」と誕生させたそうです。

「はやし製菓本舗」の「浪花ことばせんべい」

数枚ずつ大阪モチーフの紙で包んだものが箱に入っていますが、浪花ことばが番付風になって印刷された和泉木綿の手ぬぐいが包装紙代わりになっている48枚入りの完成度の高さに感心です。

価格もリーズナブルで日持ちもするので、こんなにローカル土産の条件を満たした商品に久々に出会いました。

はやし製菓本舗の「浪花ことばせんべい」
はやし製菓本舗の「浪花ことばせんべい」

もちろんたまごせんべいは毎日のおやつにもぴったり。材料は卵、砂糖、小麦粉、はちみつとシンプルで、素朴な甘さは飽きがきません。

浪花ことば以外にも、巻いたおせんべいや豆入りなどもありますが、これぞ大阪おやつ!と言いたい1枚が。ちょっとぽっちゃりした野球少年の焼印入りの「野球せんべい」です。

はやし製菓本舗の野球せんべい

胸のHのイニシャルは阪神タイガースに違いなし。まっちんと、まっちんのお父さんは超が付くタイガースファンであることも分かって手土産にもなりました。

はやし製菓本舗

弟さんがおせんべいを焼いて、お姉さんが販売を担当していますが、作業的には手一杯ということで、卸や催事はしていません。地方発送は出来そうですが、基本的には来店して購入します。

手焼きの風景から、壁に掛かった数々の焼き型、木とガラスのショーケースまで、お店の雰囲気を見て感じながらの買い物が、買い物の基本であることを思い出させてくれます。

はやし製菓本舗

そしてお店に買いに来た時は、きっと焼き立ての試食というおまけが。

焼きたての数十秒はまだおせんべいは柔らかくて卵の香りが立ちます。見る見るうちにパリッと固くなるので、これは来ないと味わえない特別な味です。

どちらかと言えば、私の方が盛り上がってしまいましたが、まっちんも好みの様子。派手さはないけど、気取らず飾らずに、日常に当たり前にあるようなおせんべいだという感想です。

昔ながらの古き良きスタイルを守り、この変わり続ける時代の中でも変えない製法や姿勢は、実はかなり貴重な存在。これからも変わらずに守って欲しいという感想は私も全くの同感です。

おやつ?おかず?たこ焼き発祥の「会津屋本店」

「会津屋本店」外観

2軒目は、大阪おやつとしてはずせない「たこ焼き」です。

ソース味にそこまで馴染みのない私は、たこ焼きはあまり食べる機会がありません。おやつなのかご飯のおかずなのか、果たしてどちらなのでしょう。

そんな疑問も持ちつつも、まっちんお気に入りの「会津屋本店」さんへ。店構えは、よくある感じのたこ焼き屋です。

違いといえば屋根に書かれた「たこやき」の隣の「ラヂオ焼き」という文字。ラヂオ焼きとはいかに。

店内に入ると、色々なメニューがありましたが「元祖たこ焼き」「元祖ラヂオ焼き」「ネギ焼き」の3種盛りを注文。出て来た3種盛りには、想像のソースやマヨネーズはなく、サイズも小振りで上品な印象です。

「会津屋本店」のたこ焼き

テーブルには、「美味しんぼ」があり、その表紙にはなんと会津屋本店のたこ焼きが。私は読んで分かったことですが、この会津屋本店がたこ焼きの発祥だそうです。

大阪では知る人も多いのかもしれませんが、たこ焼きが生まれた流れは、会津出身の創業者が、昭和8年にまずはたこ焼きの原型のラヂオ焼きを、10年にたこ焼きを作り始めたのだとか。

ラヂオ焼きとは、たこではなくすじコンニャクが入っていて、初めて食べました。

会津屋本店のたこ焼きは、出汁のきいた生地がふんわりトロトロ。紅生姜や青のりも無し。お好みでソースや酢醤油を付けても良いのですが、これはそのままが美味しい。タコの旨みをこんなに感じるたこ焼きは初めて味わいました。

必要十分に削ぎ落とされた味は、お祖父さんである創業者が朝から晩まで毎食たこ焼きを食べて研究を重ねて作られたそうです。

そんな職人気質な姿勢でありながら、手でつまんで食べられる手軽さと、庶民的な価格の気軽さにこだわったたこ焼きが、数あるたこ焼きの中でまっちんが好むことにも納得。

会津屋本店のたこ焼き

常連の予約も多いと見え、店頭の鉄板ではたこ焼きがひたすら焼き続けられています。そのライブ感のある雰囲気も併せてまっちん一押し。

あっさり軽い、けれどもくせになる、おやつに食べたいたこ焼きとの出会いとなりました。

まるで卵焼き!「アラビヤコーヒー」のフレンチトースト

アラビヤコーヒー外観

続いて、3軒目は喫茶で一息。おしゃれなカフェも多い大阪ですが、古き良き時代から続く純喫茶も残っています。

まっちんは大の純喫茶好き。私もオーナーの個性が光る純喫茶には惹かれます。

今回は難波で昭和26年から愛され続ける「アラビヤコーヒー」さんへ。スキー好きだった先代が山小屋をイメージして作られたそうです。

アラビヤコーヒーのフレンチトースト

まっちんは何度か来たことがあるそうですが、おやつということで初めてのフレンチトーストを注文。

今時のカフェだとバゲットを使うことが多いフレンチトーストですが、ここでは分厚い食パンが使われています。食べやすいようにカットされてサービスされますが、まず見た目が卵焼きにしか見えません。

アラビヤコーヒーのフレンチトースト

そこにメープルシロップをたっぷりかけると、ようやくフレンチトーストに見えてきました。

もっちりしっとり食感の食パンの中の方は白いままなので、シロップをかけてすぐに食べるとあっさりですが、少し置いてシロップを中まで染み渡らせるとジュワッと甘みが広がって絶妙な美味しさです。ぜひ少し我慢して染み込ませてお試しいただきたいです。

自家焙煎のコーヒーは深煎りでもソフトな風味で、やさしさに溢れたフレンチトーストにも相性ぴったりです。

アラビヤコーヒーの自家焙煎コーヒー
アラビヤコーヒー内観

場所柄、常連さんに混じって、観光客や外人さんも来店されるようですが、初めて行った一見の私でも居心地の悪さは一切感じませんでした。賑わいのある難波界隈にあって肩肘張らずにくつろげる雰囲気はまっちんもお気に入り。

内装やメニューに強いこだわりを感じつつも、コーヒー愛に溢れる居心地の良い純喫茶のフレンチトーストはまた食べたくなる懐かしい味がしました。


さて、ここまでバリエーション豊かな3軒をご紹介しました。まだまだ、大阪には個性あふれるおやつがたくさん。後編に続きます。

<訪ねたお店>※来訪順

はやし製菓本舗
大阪府大阪市阿倍野区王子町1丁目7-11
電話:06-6622-5372

会津屋本店
大阪府大阪市西成区玉出西2丁目3-1
電話:06-6651-2311

アラビヤコーヒー
大阪府大阪市中央区難波1丁目6-7
電話:06-6211-8048
http://arabiyacoffee.com/

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町野仁英 まちのきみひで

三重県伊賀市生まれ。愛称まっちん。
地元農家で無農薬の米作りを学んだ経験をきっかけに独学で和菓子作りを始め、2004年に「和菓子工房まっちん」を開店。米や豆や粉のおいしさを生かした独自の和菓子を作る。2010年から岐阜県岐阜市に活動拠点を移し、和菓子屋「ツバメヤ」の立ち上げ、商品開発に携わる。2012年より老舗油屋「山本佐太郎商店」とのコラボ商品としてかりんとうやビスケットなどの「大地のおやつ」を生み出し、全国に向けて販売している。商品開発や製造指導を手がける傍ら、職人として日々和菓子やおやつを探求中。
HP:日本のおやつづくり まっちん https://www.mattin.jp/

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。お茶も工芸も、好きがきっかけです。好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。素敵な工芸を紹介したいと思います。
ホームページ
Instagram

文・写真:細萱久美

漆琳堂の職人、高橋菜摘さんの“仕事の理由”──魅力的に見せるのも技術。漆器をつくって「届ける」までを担いたい

ものづくりの世界に飛び込んだ若きつくり手たちがいる。

何がきっかけで、何のために、何を求めてその道を選んだのか。そして、何を思うのか。さまざまな分野で活躍する若手職人を訪ねる新連載、はじめます。

新卒で入社したのは創業227年の老舗

今回の主人公は高橋菜摘さん、23歳。

大学卒業とともに、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区にある創業1973年の老舗「株式会社漆琳堂」に入社し、漆器の塗りを手がける塗師(ぬし)の見習いとして一歩を踏み出しています。

高橋菜摘さん
高橋菜摘さん

幼い頃から絵を描くことやものづくりが好きだったという高橋さん。進学先に芸術系の大学を選んだのは自然な流れでした。

大学1年で陶磁器、染織、漆工の基礎を学び、2年の時に漆工を専攻。

「どれもすごく楽しくかったのですが、漆が一番手間がかかって大変だったので、逆に愛着が湧いたんです」

本格的に学び始めると、漆工は自分が思っていた以上に色彩やかな世界があることを知りました。

「漆器は赤や黒のイメージがあったのですが、たくさんの色を出せることが意外な発見でした。漆でこんなにカラフルな表現ができるんだって思いました」

カラフルな漆

作品づくりに没頭するのもあっという間。3年生になると、周りの同級生たちは少しずつ将来のことを考えるようになります。

「大学院への進学を目指して勉強する人や、アーティストになろうと個展を開く人など、同級生の進路はさまざま。私も漆にちなんだ職業につきたいとは思っていましたが、そんな職業はなかなかないので、いろんな世界を見てみようと企業でインターンをしていました」

漆琳堂の名前を知ったのは、ちょうどその頃。インターン先の看板製作会社で、注文を受けた看板に描かれていた「漆琳堂」の名前を目にしました。

漆琳堂

「名前を見て、漆に関係ある会社なのかなとホームページを調べてみると、カラフルな漆器が出てきたんです。『わぁ、かわいい』って思いましたね。しかも、その漆器は職人たちが一つひとつ手仕事で塗っていることを知り、こんなところで働けたらいいなと思いました」

これまでの漆器のイメージをくつがえすカラフルなお椀

応募多数のなかから選ばれた理由

その後もいろんな道を模索していた高橋さんでしたが、大学4年の時に漆琳堂で職人を募集していることを知ります。

これはチャンス!と応募。書類審査や面接を経て、見事採用となりました。

しかし、実はこの時かなりの数の応募があったそう。当時のことを、代表の内田徹さんが振り返ります。

漆琳堂 代表の内田徹さん
漆琳堂 代表の内田徹さん

「求人を出したところ、ありがたいことに思った以上の反響をいただいたんです。応募者のことを理解するためにも、エントリーシートはしっかり量を書いてもらう内容にしていました」

ボリュームの多い内容にもかかわらず、高橋さんのエントリーシートからは、志望動機やものづくりに対する思いなど誠実な姿勢を感じたという内田さん。さらに、高橋さんを採用した決め手はほかにもありました。

「職人になりたい人のなかには『人と接することが苦手だから』という理由の方も少なくありません。しかしこれからは、つくり手だからこそ商品のことをしっかり伝えていかなければならないと思っています。面接でいろんな話をしていて、高橋のコミュニケーション能力の高さは大きな魅力だなと感じました」

内田さんと高橋さん

家族のような雰囲気のなかで働く心地よさ

もうすぐ入社して1年。高橋さんはどんな毎日を過ごしているのでしょうか。

「毎日やることが違います。その日に塗るお椀を準備したり、下地の作業をしたり、商品の包装もします」

包装も商品やお客様の名前を覚える大事な作業の一つ
包装も商品やお客様の名前を覚える大事な作業の一つ

職人というと、何年も下積みをするイメージがあるかもしれませんが、高橋さんは入社後2ヶ月ほどで刷毛を持たせてもらったそう。

「今は仕上げとなる『上塗り』に必要な量の漆をつけて配る『荒づけ』がメインです。大学の時は一つの作品を何ヶ月もかけて仕上げていましたが、仕事となると1日100個200個は当たり前。量が圧倒的に違うし、スピードも求められます。同じ漆に携わっていたとはいえ、大学とはまったく違う世界でした」

この日は塗りを行う準備の一つである、「漆を濾す(こす)」作業に挑戦。

漆のなかの小さなホコリやゴミなどの不純物を取り除くため、「濾紙」に漆を包み、絞り出すように漉していきます。

まずは漆をあたためてやわらかくします。熱しすぎると漆の性質が変わるため、長年の経験が必要な作業です
まずは漆をあたためてやわらかくします。熱しすぎると漆の性質が変わるため、長年の経験が必要な作業です
まずは内田さんがお手本
まずは内田さんがお手本
内田さんの手ほどきを受け、高橋さんもやってみることに
内田さんの手ほどきを受け、高橋さんもやってみることに

漆琳堂に入ってはじめて漆を漉したという高橋さん。

大学時代から漆にふれていたこともあり、慣れた手つきで漉していきます。

漆を濾しているところ

「経験があろうとなかろうと、何でもチャレンジしてほしい。困ったことがあれば私や先輩を頼ればいい」と、語る内田さん。

漆琳堂の塗師は現在5名。内田さんだけでなく同世代の先輩も、高橋さんにとっては心強い存在です。

「仕事のことから暮らしのことまで、わからないことは何でも教えてくれるし、会社のみんなが親身に接してくれる。お昼は週3回、社長のお母さんがごはんをつくってくれるんです。会社なのになんだか家族みたい。とても居心地がいいですね」

お客さんの手に届くまで見とどけたい

工房にショールームが併設されている漆琳堂では、お客さんが来店されることも頻繁にあります。

最近では高橋さんが接客を担当することも多いそう。

「自分が手がけた商品を手に取ってもらえることが本当に嬉しいですね。プレゼント用に選ばれる方が多く、どの色にしようか悩まれる方とあれこれお話しながら交流を深められるのもいいなと思います」

「プレゼント用に買われたお客様が自分用にも買いたいと、翌日もお越しになられたことがあったんです」
「プレゼント用に買われたお客様が自分用にも買いたいと、翌日もお越しになられたことがあったんです」

一方で、新たに挑戦したいことも生まれました。

「商品は展示や発信、デザイン、声かけ次第で大きく魅力が変わるんだなと実感しています。自分たちがつくったものをより多くのお客様に届けるためにも、“見せ方”にこだわりたいと思うようになりました」

最近では、漆琳堂が立ち上げた新ブランド「RIN&CO.」のSNS発信も高橋さんが手がけるように。写真やそれに添える言葉など、魅力的な見せ方を日々試行錯誤しています。

北陸のものづくりをテーマにした新ブランド「RIN&CO.」
北陸のものづくりをテーマにした新ブランド「RIN&CO.」

「職人は一つのことをつきつめるもの、というイメージがあるかもしれません。もちろん技術はもっと磨きたいけど、お客さんと接しながら商品のことを伝えたいし、漆器以外のものづくりのことも勉強して商品企画にもチャレンジしてみたい。私が目指すのはそんな職人です」

職人のかたちは一つではない。

高橋さんの話を聞いているとそう感じます。

あらゆる方向にアンテナを張りながら、つくり、伝え、届ける。そんな職人が増えると、日本のものづくりはもっと面白くなりそうです。

<取材協力>
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
0778-65-0630
https://shitsurindo.com

取材・文 石原藍
写真 荻野勤