1日1釜の「五勝手屋本舗」羊かん。くるりと糸で切っていただく北海道銘菓

北の銘菓をコンパクトに

旅先で見つけた美味しそうなお菓子。お土産にしたいけど、あの子は1人暮らしだから大きな箱のものは困るかな。もちろん自分でも少し食べてみたい‥‥と、そんなとき。

本格的なお菓子の味はそのままで、小さなサイズのものがあるといいのにな、と私はよく思います。しかも、パッケージも素敵だとなお嬉しい。そんな想いを知ってか知らずか、嬉しいサイズのお菓子を見つけました。

「五勝手屋本舗」の「ミニ丸缶羊かん」

北海道桧山郡江差町にある「五勝手屋本舗」。そのルーツは慶長年間(1596〜1615年)から。あるとき南部藩からヒノキの伐り出しに来た「五花手組(ごかってぐみ)」が、蝦夷地で豆を栽培してみたところ、はじめてうまく実らせることができました。

この豆をつかった紋をかたどった菓子をつくり、藩公に献上したところ大変喜ばれたそうで、これを記念して屋号を「五花手屋」のちに「五勝手屋」としたのだそうです。

「五勝手屋本舗」が本格的に羊かんを販売しはじめたのは明治3年(1870年)。北海道でとれた豆と、北前船で運ばれた寒天砂糖を使用してつくられました。当時の製法は今も変わらず和菓子職人に受け継がれています。

そんな「五勝手屋本舗」の「ミニ丸缶羊かん」は、小さな筒に入った羊かん。筒の底から羊かんを少しずつ押し上げて出し、筒についた糸をくるりと回して切っていただくことができます。

糸を羊かんに引っ掛けるようにするだけで簡単に切れるんです。
糸を羊かんに引っ掛けるようにするだけで簡単に切れるんです
「丸缶羊かん」は昭和14〜15年ごろ、手をよござずに羊かんを食べられる工夫として考案されたもの。甘さ控えめでペロリと食べてしまいます。
「丸缶羊かん」は昭和14〜15年ごろ、手をよござずに羊かんを食べられる工夫として考案されたもの。甘さ控えめでペロリと食べてしまいます
左から、「流し羊かん(2本)」、「ミニ丸缶羊かん」、「丸缶羊かん」。どんと大きな羊かんも嬉しいですが、ちょこっとあげたい、ちょこっと食べたいときに嬉しいのはミニサイズです。
左から、「流し羊かん(2本)」、「ミニ丸缶羊かん」、「丸缶羊かん」。どんと大きな羊かんも嬉しいですが、ちょこっとあげたい、ちょこっと食べたいときに嬉しいのはミニサイズです
レトロな包装紙の模様(左)は、明治時代に品評会で授与された賞状を模したもの。歴史あるパッケージは、ハッと目を引きます。
レトロな包装紙の模様(左)は、明治時代に品評会で授与された賞状を模したもの。歴史あるパッケージは、ハッと目を引きます

「五勝手屋羊かん」の特徴は「1日1釜」、早朝から煮上がった豆と寒天、砂糖を合わせて1日がかりで練りあげるのだそうです。

手間を惜しまずに丹精を込めて、毎日、毎日、同じように続けてきた製法こそが、変わらぬ安心感を感じさせてくれるのだろうな、と思います。

<取材協力>
株式会社 五勝手屋本舗
北海道桧山郡江差町字本町38番地
0139-52-0022
http://www.gokatteya.co.jp

※こちらより購入できます
http://www.gokatteya.co.jp/fax/index.html

文・写真:杉浦葉子

*こちらは、2017年3月16日の記事を再編集して公開いたしました

歩きやすく、疲れにくい革靴を。靴職人の理想を形にした「SLOW FACTORY」の日常靴

靴選びって、難しい。

特に革靴は、靴擦れもしやすくて、自分にぴったりの履き心地のものを見つけるのは至難の技です。

オーダーメイドの靴を作れたらいいのかもしれないけれど、お財布にはあまりやさしくないし‥‥。

そんなことを考えているとき、目に入ってきた革靴がこちら。

SLOW FACTORY

「これしか履かない。と、靴職人は思った。」

靴職人がそう思いながら作ったという、理想の革靴「SLOW FACTORY (スロウファクトリー) 」です。

SLOW FACTORY
1足18,000円 (税抜) 〜と、革靴にしては買いやすい価格なのがうれしいところ

靴職人が考える理想の革靴とは、いったいどんな靴なのでしょうか。

目指したのは「気負わずに履ける革靴」

SLOW FACTORYは、上履きやスニーカーでおなじみのメーカー、ムーンスターが手がけるシューズブランドの一つ。2019年に立ち上がりました。

ムーンスター
ムーンスターの上履き「スクールカラーM」は、1964年からの定番商品。2013年度グッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞しました
SLOW FACTORY

「ちょっと意外かもしれませんが、実はうちでは60年前くらいから革靴も作っているんですよ。佐賀に革靴専門の工場があるんです」と、ムーンスター ライフスタイルマーケティング部の田中貴子さん。

「30年ほど前にその工場で働く一人の靴職人が思い描いた理想の革靴。それがSLOW FACTORYの原型となるアイデアです。

気負わずに履ける、足の疲れない革靴。

でも、その理想の革靴を作るには、工程も多いうえに、職人の高い技術力も必要でした」

当時は“理想の革靴”を作れる職人が少なく、数もたくさん作れないため、商品化には至らなったといいます。

それでも、ゆっくりでもいいから、本当にいい靴を届けたい。

そんな強い思いから、SLOW FACTORYは動き始めました。

SLOW FACTORY

高い屈曲性とホールド感が生んだ履き心地のよさ

SLOW FACTORYの靴で着目したいのが、靴の甲の部分。縫い目が外側に見えています。

SLOW FACTORY

こうして靴の上部にあたるアッパー部分の革の端を外側に出して縫う製法を「ステッチダウン製法」といいます。つま先立ちも楽にできるほど屈曲性が高いことから、子ども靴やデザートブーツなどに使われることが多い製法です。

SLOW FACTORYのすごいところは、ひと手間かけて、さらに屈曲性をアップさせているところ。

ステッチダウン製法では、アッパーのまわりをぐるりと全て縫っていくのが一般的ですが、足の動きに合わせて屈曲するべき部分だけが曲がりやすくなるよう、ステッチダウン製法をかかと以外の部分だけに施しているのです。

機械を使っているとはいえ、ひと針ひと針、慎重に縫い進めていく作業になります。

SLOW FACTORY
ステッチは、かかと部分の手前までになっています
SLOW FACTORY

一方、かかと部分は革の端を内側に包み込むようにしてつり込む「つり込み式」を採用。こうすることで、かかとのホールド感が増し、かかとがぶれにくくなるんだそうです。

SLOW FACTORY

「この“縫いと留め”は、熟練の靴職人でないとできない難しい手技です」

SLOW FACTORY

ゆっくりでも、着実にものづくりを続けていこうとするSLOW FACTORYの意思がそこにはありました。

少しずつでいいから、一歩でも前へ。

履き心地がよいのもさることながら、履いている人の気持ちをも前へと後押ししてくれそうです。

SLOW FACTORYの革靴を履いて、いつもよりももっと遠くへ足を運んでみませんか。

<取材協力>

ムーンスター

https://www.moonstar.co.jp/

SLOW FACTORY ブランドサイト

https://www.moonstar.co.jp/slowfactory/

文:岩本恵美

写真:ムーンスター提供、中里楓

学生服はどこでつくられる?進化の歴史と製造の秘密を紐解く

学生時代にお世話になったあの制服、日本のどこで、どうやって作られているか、ご存じですか?

昭和、平成と進化してきたその姿は、まさに世相を映す鏡。新しい令和の時代には、どんな姿になっていくのでしょうか。

日本の制服の歴史と変遷を知ることができる全国唯一の「ユニフォームミュージアム」があると聞き、岡山県玉野市を訪ねました。

岡山が学生服のメッカなわけ

「ユニフォームミュージアム」がある岡山県は、実は制服づくりのメッカ。日本全国の学生服の8割がここ岡山県で作られています。

学生服の大手三大メーカーも岡山県企業。その一つ「トンボ学生服」で知られる株式会社トンボが、ミュージアムを運営しています。

トンボ玉野本社工場
トンボ玉野本社工場。300名の従業員が月産12万点の制服の生産に従事。創業から140年の自社の歴史を紹介する「八正館」、日本で唯一の「ユニフォームミュージアム」が敷地内にあり、広報にも力を注いでいる
1996年(平成8年)のトンボ創業120周年記念事業として設立された「ユニフォームミュージアム」
1996年(平成8年)のトンボ創業120周年記念事業として設立された「ユニフォームミュージアム」。日本の制服の歴史と変遷を知ることができるほか、近代制服のルーツとなった英国制服も展示。通常は学校、流通関係の団体のみ見学可能

岡山県は「晴れの国」と呼ばれるほど温暖で雨の少ない地。特に、瀬戸内海に面した沿岸部は綿花の栽培に適していたことから、江戸時代から綿織物の生産が行われてきました。

岡山産の綿は繊維が太く、足袋の裏のような厚手で丈夫な綿織物の産地として栄え、時代と共に学生服やジーンズなどが製造されるように。

トンボも1876年(明治9年)の創業当初は足袋を製造していました。明治、大正、昭和と時代が進むにつれ、国内で洋装が普及。
需要が先細りする足袋に代わり、綿糸という資源と厚手の生地を扱う技術を生かすことのできる新たな製品として着目したのが学生服でした。

こうして1930年(昭和5年)、「トンボ学生服」として制服の生産と販売がスタートします。

足袋の製造道具
1876年に三宅熊五郎が16歳の時に三宅商店として創業。熊五郎の母方の実家が足袋を製造しており、そこで修行し、材料が入手しやすいことから独立したのが始まり
「キラクたび」のロゴマーク
1910年(明治43年)「キラクたび」を主要商標として登録。洋装化に伴い、足袋の消費が減退するのを見越し、足袋から制服へ切り替えたが、ピーク時には年間216万足の足袋を生産していた

【昭和】詰襟とセーラー服からあるきっかけでブレザースタイルへ

「学生服といえば、今でこそブレザースタイルが人気ですが、昭和の学生服の定番は詰襟とセーラー服。トンボでも当初は詰襟のみを製造していました」

株式会社トンボ岡山本社の恵谷栄一取締役
株式会社トンボ岡山本社の恵谷栄一取締役の案内で玉野本社工場内の「ユニフォームミュージアム」を見学。飛鳥時代に始まった日本の教育の歴史と、時代ごとの学生のスタイルを再現した展示品が並ぶ

ピーク時は岡山県内で年間1000万着以上を生産。詰襟の生地の大半は黒色ですが、黒の色味にも種類があり、社内では黒い生地を手にしながら「これは赤い」「これは青い」と社員は色味の区別がつくのだそう。

「制服に変化が起こるきっかけとなったのが1964年(昭和39年)の東京オリンピックの開催でした。海外の選手団が入場行進をする際のユニフォームが注目を集め、制服やユニフォームのカジュアル化・スポーティー化が一気に普及したんです」

ブレザータイプの制服を採用する学校が徐々に増え始めます。詰襟、セーラー服一辺倒だった制服は次第に、学校ごとの特色を反映した「別注化」が加速していきました。

「制服で学校を選ぶ」先駆けはこの学校

1986年(昭和61年)、従来の学生服のイメージを覆す革新的な制服が登場します。それが東京の喜悦学園が採用した紺のブレザーとタータンチェックのスカートというスタイル。

喜悦学園が採用した紺ブレザーとタータンチェックのスカートの制服
喜悦学園が採用した紺ブレザーとタータンチェックのスカートの制服

それまでの制服と一線を画す都会的で洒落たデザインはたちまち女子生徒たちの注目を集め、東京で大人気の制服に。

制服の人気は学校のイメージにも変化をもたらし、入学志願者が激増。見た目の影響と効果はあなどれません。

平成に入ってからもブレザースタイルの人気は衰えることなく、飛躍的に全国へと普及。制服で学校を選ぶ傾向も高まっていきました。

【平成】時代を映し、ファッション化する制服

平成を代表する制服となったブレザースタイルでは、ルーズな「着崩し」が流行。

シャツの外出しに始まり、リボンやネクタイをゆるめ、スカートの丈はどんどん短くなり、ルーズソックスとの組み合わせが一世を風靡。男子生徒のパンツはウエストよりも下の腰で履く「腰パン」スタイルが流行しました。

制服がファッションとして、学校以外の場所や学校が休みの日にも着るものへと変化していったのです。

1995年(平成7年)以降の女子高生の制服姿
1995年(平成7年)以降、安室奈美恵のファッションが人気となり「アムラー」が登場。影響を受けた女子高校生たちはこぞって制服を着崩す方向へ
ルーズソックス
着崩し女子高生の間で爆発的に流行したルーズソックス。制服のファッション化の象徴といえる

ちなみに、改造した変形制服を着る風潮は詰襟・セーラー服が定番だった昭和40年代からありました。

詰襟のカラーや胴体部分、スカートの丈を極端に長くしたり、詰襟の裏地を派手な色や模様入りにしたりといった、反抗心を形にしたツッパリスタイルです。

昭和40年代から平成にかけての半世紀だけ見ても、制服が時代と共に変わっていったことがよくわかります。では、令和の時代を迎えて制服はどのように変わっていくのでしょうか。

【令和】キーワードは「多様性」

「多様性が一つの鍵だと思います。例えばジェンダーレス制服の対応もその一つです。

男女共にスカートかパンツを選べ、上着にある『男前』『女前』という性差による形の違いをなくしてファスナーを付けた兼用型のデザインなどの開発が進んでいます」

パンツ一つとっても研究を重ね、体は女性で心が男性というケースには、男性らしく見えるパンツをデザイン。胴回りと腰回りの差は男女の体型では異なるため、サイズのバリエーションを増やし、自分の体型に合うパンツが選べます。

目に見えるところばかりではない細かい配慮と工夫の根底にあるのは「すべての生徒さんに喜んで着てもらいたい」という思いがあると恵谷さんは語ります。

より快適に、負担の少ない機能性の向上も進んでいます。

例えば、詰襟の素材はストレッチ性の高いニット素材が登場。自宅で丸洗いでき、ノーアイロンは今や当たり前。抗菌防臭、撥水加工、柔らかいカラーなど、毎日着るからこそのさまざまな工夫が施されています。

制服のデザインを決めるのは?

制服のデザインはどのようにして決まるのでしょう。

トンボには企画提案課という部署があり、中学校や高校から聞き取った情報や収集したデータを基に、各校の要望に沿うデザイン・仕様を提案します。

流行や地域性により傾向があるのが色。

「桜の景勝地として全国的に知られる東京都小金井市の中学校へは、桜のピンクを取り入れた制服を提案し、採用されました」

各学校のスクールカラーをベースにしたり、中高一貫校では中学と高校で色違いにしたりするケースもあります。

「デザインについては、新設校は男女ともにブレザーが多いですが、伝統校では女子はセーラー服、男子は詰襟を好む傾向もあります。ただ、最近は伝統を踏まえつつ新規性を打ち出すデザインとして、セーラー服とブレザーを兼用したタイプもあります。

セーラー服とブレザーを兼用したデザインの制服
セーラー服とブレザーを兼用したデザインの制服

スカート丈は膝上か膝下かで印象が変わるため、学校との話し合いで規定の丈を決めていきます。変形されるのを防ぐため、ウエスト部分を巻きこめない仕様のスカートも考案しているんですよ」

ウエスト部分がを巻きこみにくいカーブベルト仕様のスカート
ウエスト部分がを巻きこみにくいカーブベルト仕様のスカート

暑さ対策として夏涼しい冷感素材やシャツの代わりにポロシャツ、日焼けを防止するサマーニットの上着、透けにくいシャツなど、最近では機能性を求める声も増えてきているそうです。

学校の数だけ制服に対する要望があり、多彩。

1万種類以上の生地がある倉庫内の様子
倉庫には学校ごとのリクエストに対応できるよう、1万種類以上の生地が

それだけに、メーカーは学校とのつながり、関係づくりを大事にしつつ、制服を着る生徒はもちろん、教師や保護者の満足度にも気を配る必要があります。

時代が変わっても変わらない質へのこだわり

日本国内で流通している洋服は、98%が海外で生産されており、国内生産はわずか2%。その2%の多くが制服だそうです。

「紳士服メーカーでも生産できるブレザーに対して、セーラー服や詰襟は業界固有の技術が必要で、他の衣料メーカーでは作れません。

さらに、製品の納品が3月から4月初めまでに集中し、採寸から納品まで約2週間という短期決戦。そのため制服は国内生産でないと難しいのです」

トンボ学生服は玉野市の本社工場をはじめとする岡山県内3カ所の自社工場と中四国・九州地区にある6工場で製造。少量多品種、短納期に対応できるのも長年のノウハウの蓄積があり、物流網を独自に構築しているからです。

そんなトンボさんも、足袋を作っていた創業時は、1人で1日3足という生産能力だったそう。

本社工場を見せていただくと、制服が時代と共に進化したように、その生産現場もより早く、より無駄なく質の高い製品づくりができるように技術革新が続けられていることがわかりました。

本社工場の様子
本社工場の様子
これから制服になっていく生地
これから制服になっていく生地
自動裁断前に、パーツごとのラベルが自動で貼られる
自動裁断前に、パーツごとのラベルが自動で貼られる
裁断されて出てきた生地
裁断されて出てきた生地。パーツごとにラベルが付いているので、素早く分類できる
縫製フロアの様子
縫製のフロア。整然と並ぶミシンと黙々と手を動かすオペレーターたちの様子は圧巻。多くが地元出身のスタッフだそう
製作風景
パターン(型紙)を当てる代わりに、プロジェクターから投影されたデータによりボタンのつけ位置をマーキング中。これならパターンを探す手間も減り、紛失や取違いの心配もない

現場では、3年間で平均17センチ身長が伸びるといわれる中学生男子の成長に合わせ、袖の内側を縫い合わせた糸を取れば、そのまま袖丈を最大6センチまで伸ばせる工夫も。

こうした細やかな配慮はほんの一例に過ぎません。素材、デザイン、仕様といった見た目だけでなく、耐久性、着心地といった見えない部分にも専門メーカーならではの技術と工夫が生かされています。

ウエストの寸法出しをする工程の様子
プリーツスカートの折り目にチェック柄がずれないように正確に合わせていき、ウエストの寸法出しをする工程。同じ生地で、サイズが違っても同じように柄を再現していく

自動化され、コンピュータ制御で人手がかからなくなった工程がある半面、着心地を左右する本縫いの工程や検査、仕上げにおいては、今なお経験値の高い人の手、人の目を通したものづくりが行われているのがうかがえました。

時代の空気を色濃く反映する制服。

進化を遂げていけるのは、小ロットで多品種、スピードが求められる中で高い品質を維持する専門メーカーの心意気があればこそと言えそうです。

<取材協力>
株式会社トンボ 岡山本社
岡山県岡山市北区厚生町2-2-9
086-232-0368
http://www.tombow.gr.jp/

文:神垣あゆみ
写真:尾島可奈子

*こちらは、2019年5月23日の記事を再編集して公開しました

プロに教わる、服の汚れの落とし方。意外なコツは「ゴシゴシしない」こと

衣替えの季節。キッチンやお風呂場といった家中の汚れはもちろんだけど、お気に入りの洋服の汚れだってなんとかしたいもの。

たとえば、白いシャツの襟ぐりについた黄ばみ。市販の洗剤で洗っても「落ちない‥‥」とがっかりして、泣く泣く「おさらば」なんて悲しい選択を迫られること、ないだろうか。

「さよならしなくても大丈夫!1年越しの黄ばみだってきちんと落とすことができますよ」

なんと!そんな頼もしいことを言ってくれたのは、洗剤メーカー「がんこ本舗」の代表“きむちん”こと、木村正宏さん。

生分解率100%を誇る洗濯洗剤「海へ・・・」や、キッチン洗剤「森へ・・・」シリーズなど、機能的でありながら、水環境改善や自然保護を目的とした製品を数多く生み出し続ける、洗濯のプロだ。

洗剤メーカー「がんこ本舗」の代表きむちんこと、木村正宏さん
かつてはプロの登山家。ヒマラヤ山脈から見た地球の美しさに魅せられると同時に、日常風景の荒廃に愕然。「なんとかしなければ」という思いで、1992年「がんこ本舗」を立ち上げた

そんな木村さんが教えてくれる、洋服の汚れ落としのワークショップ、はじまり、はじまり。

吸着、剥離、溶解‥‥「汚れの落ち方もいろいろです」

まずは、ちょっとした実験から。参加者の手元に配られたのは真っ白な1枚のお皿。

「油性マジックで好きな絵を描きましょう」

ワークショップの様子

そこに水を少し垂らし、消しゴムでこすったり、また新聞紙でふき取ると、あら不思議。すっきりきれいに落ちちゃった。

新聞紙でこするとみるみる落ちていく
新聞紙でこするとみるみる落ちていく

「なにも不思議なことじゃないんです。これは『吸着』という方法。消しゴムや新聞紙に汚れを移動させることで落とすことができるんです」

ちなみにこの新聞紙は、1ページ分を1/4にカットして折り畳んだ、木村さん流“新聞ナプキン”。

がんこ本舗の取締役社長“ハラケン”こと、原誠孝さん。
新聞ナプキンを持っているは、がんこ本舗の取締役社長“ハラケン”こと、原誠孝さん。

木村家では食卓にいつも新聞ナプキンを用意し、食べ終えた皿の汚れを拭くという。この方法を使えば「あとは水でさっと流すだけ。油汚れもきちんと取り除くことができるから、キッチン洗剤なんてほとんど必要ないんです」

なるほど。これなら、油汚れを海に垂れ流しにすることはないのだ。

新聞紙を手でクシュクシュにする
破れないように優しくクシュクシュ

新聞ナプキンを使うときは、破れないほどの力加減でクシュクシュと揉んで柔らかくするのがコツ。このクシュクシュ加減が、後に衣類の汚れ落としにも大切なポイントになるというから覚えておこう。

さて、今度はアルカリ剤を使って。マジックで円を描いた皿に、パウダー状の酸素系漂白剤をふりかけて、

パウダー状の酸素系漂白剤をお皿に入れる
パウダー状の酸素系漂白剤を使用

水を注いで、くるくると馴染ませると‥‥

汚れが浮いてきた様子

汚れが浮いてきた!

「これは『剥離』という落とし方。今度は汚れが水に移動しました。

先ほどの『吸着』もそうですが、お皿から汚れは落ちたものの、それは油が新聞紙なり、水なりに移動しただけ。あくまでも油は油のまま、水は水のまま‥‥この状態で海に流してもいいのでしょうか」

剥離した水を別の容器に移してみると、油と水が分離しているのがわかる
剥離した水を別の容器に移してみると、油と水が分離しているのがわかる

「しかも洗濯をしたとき、布の汚れが水に移動したとしても、脱水時にはその汚れはまた衣類に戻ることになるんです。それでは洗濯の意味がありませんよね」

続いては「溶解」という落とし方。お皿に口紅で3本のラインを描き、①にはサラダ油、②には市販の食器用洗剤、そして③にはがんこ本舗のキッチン洗剤「森へ・・・」をそれぞれかけて指で軽くこすってみると‥‥

③に使用したのはがんこ本舗のキッチン洗剤「森へ・・・」
③に使用したのはがんこ本舗のキッチン洗剤「森へ・・・」

なんと③だけが、きれいな状態に。

③の汚れが落ちている様子

「①と②は原料に油が多く含まれています。洗剤の油と口紅の油が反応して、いわゆるオイルクレンジングみたいな効果が得られます。しかしやっぱり汚れは落ちるものの、なくなりはしません」

では、③はどうだろう。

「③は99%が中性の液体、つまり水です。しかも粒子が非常に細かく、皿の奥にまで入り込んで汚れを落とだけでなく、この洗剤は“水中油滴”という状態をつくることができる。簡単に言えば油そのものを『分解』へと導くことができるんです」

ホワイトボードで説明する様子
水中油滴の状態にすることで、油汚れは100%生分解される
右が、水にがんこ本舗の洗剤を混ぜて振り、泡立てたもの。左は市販の食器用洗剤。写真では分かりにくいががんこ本舗の洗剤の泡は細かい。その粒子は、なんと光の波長よりも小さな領域である400ナノメートルなのだとか
右が、水にがんこ本舗の洗剤を混ぜて振り、泡立てたもの。左は市販の食器用洗剤。写真では分かりにくいががんこ本舗の洗剤の泡は細かい。その粒子はなんと、光の波長よりも小さな領域である400ナノメートルなのだとか

がんこ本舗の洗剤は、海洋タンカーの事故によって流出した油処理の研究から生まれたもの。粒子の細かい泡を生み出すファインバブル技術を開発し、生態系の邪魔をすることなく、海に負担をかけないような洗剤を生み出したのだ。

がんこ本舗の代名詞ともいえる洗濯用洗剤「海へ・・・」詰め替え 450ミリリットル 1,980円(税抜)
がんこ本舗の代名詞ともいえる洗濯用洗剤「海へ・・・」詰め替え 450ミリリットル 1,980円(税抜)
中川政七商店で販売するTHE洗濯洗剤「The Laundry Detergent」もまた環境保全を考慮した優秀品。500ミリリットル 2,500円(税抜)
中川政七商店で販売するTHE洗濯洗剤「The Laundry Detergent」もまた環境保全を考慮した優秀品。500ミリリットル 2,500円(税抜)

「キッチンでもお洗濯でも。汚れを落としたはいいけれど、それで海や自然が汚れるようでは困りますからね」

ゴシゴシこするのではなく“ゆすりをかける”

洗剤の基礎知識を学んだところで、本題の洗濯へ。

木村さんが用意したのは、肉の脂に焼肉のタレを混ぜた液体。これを綿とポリエステル混合の布に塗って、シミのある状態を再現した。

布に汚れをつける様子
こってりとした脂をつけるとなかなか落ちないのだが

ここで使用したのは、がんこ本舗の部分洗い用洗剤「海をまもる シャチッとスプレー」。

中央「海をまもる シャチッとスプレー」ボトル 300ミリリットル 2,800円(税抜)
中央「海をまもる シャチッとスプレー」ボトル 300ミリリットル 2,800円(税抜)

「まずは汚れた部分に洗剤をシュシュッとかけてやさしくゆすりをかけます。強い汚れがあるとどうしてもゴシゴシとこすりたくなりますが、それでは繊維を傷めることに。あくまでも優しくゆすりながら洗浄成分を中にまで浸透させていきましょう」

先ほどの新聞ナプキンを思い出してほしい。新聞紙が破れないほどの力でクシュクシュするのと同じ要領で、生地にゆすりをかけるようにしよう。

「ゆすりをかける」×「ドライヤー」を3回繰り返す

次に取り出したのはドライヤーだ。これで、スプレーした部分に熱を加えていく。

「ドライヤーで熱を加えることで洗剤の温度を上げて、よりその効果を促進させます」

参加者より「ぬるま湯に入れて洗うよりドライヤーがいいんですか?」「スプレー自体を温めてはいけないの?」との質問が。

「ぬるま湯に入れると洗剤成分の濃度がそれだけ薄くなりますから、より効果的に汚れを落とすためには直接塗って温めたほうがいい。またスプレー自体を温めてしまうと成分に影響が出て、これもまた効果が失われることになります」と木村さん。

布にドライヤーをあてる様子
ただし、熱を加えるのはコットンなど熱に強いものだけ。シルクやウール製品の場合は、縮むおそれがあるため、その際はゆすりをかけるだけでOK

この「スプレーしてゆすりをかける」×「ドライヤーで熱を加える」を3回ほど繰り返したら、あとは普通に洗濯するだけ。

布を水で洗う様子
さて、その仕上がりやいかに‥‥
汚れが落ちる前と後の比較
左の状態だったものが、右のように真っ白に

油シミはきれいに落ちていた。

「1回の作業で落ちなければ、これを何回か繰り返すことで、ワインや醤油をこぼしたときのシミから、口紅やファンデーションに至るまで、クリーニング屋さんに出しても落ちなかった汚れが、みーんな落ちますよ」

白いシャツがよみがえる!

当日は参加者に、汚れが落ちなくて困っている衣類などを持参してもらった。
お一人が持ってこられたのは、いや~な黄ばみがついてしまった白いシャツ。

「洗ったときはきれいだったのに、時間が経つとシミや黄ばみができていたってことがあるかもしれませんが、それは完全に汚れが落ちきってなかったから。空気中の酸素と汚れが結び付いて酸化したことによって生じるんです」

先ほどと同じ要領で、汚れている部分にスプレーしてゆすりをかけ、

シャツにスプレーをする様子
スプレーした部分にドライヤーをあてる

ドライヤーで熱する。これを3回ほど繰り返していくと‥‥

シャツの汚れが落ちている様子

こんなに白くなっていた。まだ完全ではないものの、何度か繰り返せば真っ白に生まれ変わるのも時間の問題である。

また、リネンバッグの取っ手の汚れ。よく使う部分だからこそ手垢などで黒く汚れがちだ。

リネンバッグの取っ手にスプレーをかける様子

ここにも「シャチッとスプレー」をシュシュッとかけて軽くゆすり、ドライヤーで熱すること3回。

スプレーした個所にドライヤーをあてる

ここまできれいな状態に。

洗濯とは、好きなものを長く使い続けるためのメンテナンス

ほかにも、木村さんはいろいろな洗濯のコツを教えてくれた。

木村さん

その1 大事な洗濯物はなるべくネットに入れて洗うこと。

「このとき洗濯物にぴったり合うサイズを使うこと。ネットのなかでぐちゃぐちゃになっては意味がありませんから。ちょうどいいサイズのネットにきちんと折り畳んで洗濯物を入れましょう」

その2 色柄ものは裏返して洗う。

「そのまま洗うと色柄が薄くなったり、痛みが早くなりますし、洗剤を生地の中により入れ込むという意味もあります」

その3 干すときにも裏返しのままで。

「色柄側を直接太陽の光にさらさないということもありますが、濡れているときには糸が縮んだ状態。それをきちんと延ばしながら干すために裏側を表に向けて乾かしましょう」

最後に木村さんは言う。

木村さん

「洗濯とは汚れを落とすための作業でもありますが、なにより好きな服を長く着るためのメンテナンスでもあるんです。お気に入りの服がきれいになると嬉しいでしょう。僕自身、黒ずんでいたシャツが白くなるとちょー嬉しいし、ちょー楽しい。みなさんも、ご自分が笑顔になれるようなお洗濯をしていただけたらと願っています」

<関連商品>
THE 洗濯洗剤

<取材協力>
がんこ本舗
神奈川県茅ヶ崎市中海岸2-5-5-112
0467-84-5839
http://www.gankohompo.com

文:葛山あかね
写真:池田昂樹

*こちらは、2018年12月28日の記事を再編集して公開しました

職人の道具。鎚起銅器づくりに欠かせない、200種類の相棒たち

工芸を支える職人の愛用品を紹介する「わたしの相棒」。

普段は注目を浴びることが少ない「職人の道具」にスポットを当て、道具への想いやエピソードを伺っていきます。

今回は燕市で200年の歴史を持つ鎚起銅器(ついきどうき)の老舗である「玉川堂」の職人、細野五郎さんにお話を伺いました。

細野さんの「わたしの相棒」は「鳥口(とりくち)」。ほとんどのかたが見たこともない道具だと思いますが、鎚起銅器には無くてはならない特別な愛用品なんです。

200種類を使い分ける、職人の相棒

「こうやって上がり盤にはめると鳥のくちばしみたいに見えるだろ?だから鳥口って言うんだ」

鳥口とは銅器を引っ掛ける鉄の棒のことで、つくる器の形状や大きさによって使い分けるそうです。

どっしりとした存在感を放つ厚さ40センチメートル程もあるケヤキの塊で出来た上がり盤、その表面には様々な大きさの角穴が掘られていて、その穴に鳥口を差し込みます。穴と鳥口の隙間に留木を噛ませて固定したら、先端の平たい部分に椀型になった銅器を引っ掛けて、金槌で丁寧に叩きます。

何度も叩きながら銅器の形を整え、表面に独特の模様をつけていきます。ここまでが鳥口を使った鎚起銅器づくりの基本の流れです。

これが鳥口、確かに鳥のくちばしのよう。先端に銅器を掛け打つための突起や曲線が特徴的です
これが鳥口、確かに鳥のくちばしのよう。先端に銅器を掛け打つための突起や曲線が特徴的です

「昔は上がり盤の上で胡座なんかかけなかったんだよ。親方が厳しくて怒られちゃうから。何時間も座って打つもんで腰痛くてさ、今では長い時間集中するために胡座で打ってるよ」

18歳の頃から47年間鎚起職人一筋で生きてきた細野さんは、そう言って笑います。確かに硬い木の上に座り、背中を丸めて銅器を打つ姿勢は、なるほど腰への負担も大きそうです。

玉川堂の歴史とともに歩んできた職人から見て、昔と今では工房の雰囲気も仕事がしやすいように変わってきたとのこと。何度も何度も丹念に打つことで形をつくる鎚起銅器では、長時間根気強く座って仕事に集中できることがとても大切。一番仕事がしやすい姿勢は職人ごとに違うようで、細野さんのように胡座で座る人もいれば、床に座って背筋を伸ばし目線に近いところで銅器を打つ職人の姿も見られました。

上がり盤の上に座布団を敷き、胡座で腰への負担を抑えながら仕事に集中します
上がり盤の上に座布団を敷き、胡座で腰への負担を抑えながら仕事に集中します

「ここには鳥口がだいたい200種類もあって。例えば湯沸かしを1つ打つにも、だいたい20本くらいの鳥口を使い分けるんだ」

鎚起銅器は全ての技術を習得するのに20〜30年ほどかかると言われています。新しく来た職人もはじめは鳥口の数の多さに驚くそうですが、つくりたい銅器の形に整えるためにそれだけの数の形の違う鳥口が必要なことを、その修行期間の中で体で理解できるようになるそうです。

「来たばっかりの時はこんなにあっても仕方ねえって思ったけど、それぞれ顔が違うし、細いところとか、角度をつけたいところとか、器の表現を細かく分けるためにやっぱり必要なんだよな」

この200種類ある鳥口は全て職人たちが手直しして受け継いできたものだそうで、突起の形状や曲線の描き方が様々です。それぞれに個性があり、数え切れないほどの銅器づくりを支えてきた、その全てが欠かすことができない大切な道具。鎚起職人全ての職人の相棒として、ずっと寄り添い銅器づくりを支えてきたのですね。

叩く場所やつくる形状によって鳥口を選び、20本余りを使い分けながら仕上げていきます
叩く場所やつくる形状によって鳥口を選び、20本余りを使い分けながら仕上げていきます

「鳥口の手入れはほとんどしてないな。でもさ、使わないから道具は錆びるんだよ、毎日のように使っていれば道具も磨かれるんだって」

そう言い残してお昼休みに入っていった細野さん。道具は使い続けることで磨かれる。私たちが生活の中で道具と向き合う時にも大切にしたい、素敵な言葉です。

一つ一つが個性的でその全てが美しい玉川堂の銅器を支えていたのは、200種類もある縁の下の力持ち、鳥口という相棒でした。

燕鎚起銅器に関する詳しい記事はこちら

文:庄司賢吾
写真:神宮巨樹

*こちらは、2016年11月24日の記事を再編集して公開しました

「堀田カーペット」のご自宅を訪問。お風呂とトイレ以外、すべてカーペットの暮らしとは?

大阪は堺に、お風呂とトイレ以外、リビングもキッチンも寝室も廊下も全てカーペット、というお家があります。

しかも予約制で見学も受け付けているそうです。

「快適に暮らすのに、カーペット以外を選ぶ理由がなかった」と語る堀田さんのご自宅にお邪魔して、カーペットのある暮らしの魅力を伺いました。

実は梅雨どきこそ、おすすめなのだそうですよ。暑くないのでしょうか?

堀田将矢(ほったまさや)さんが大阪・堺に一軒家を建てたのは2年ほど前。男の子2人、女の子1人と奥さまとの、5人暮らしです。

「カーペットの良さを身をもって知っているのは、実家がカーペット敷きだったというのも大きいと思います。大学通いで一人暮らしを始めた時に、なんとなくフローリングがかっこいい気がしてそういう物件に住みましたが、実家に帰るとやっぱり、落ち着きましたね」

堀田さんのご実家は1962年創業のカーペットメーカー「堀田カーペット」。

全国シェアの8割を誇るカーペットの一大産地・大阪の中でも糸から開発できる企業としてその名を知られ、有名ブランドのブティックや高級ホテルの内装にも携わっています。

ご自宅と一緒に見せていただいた「堀田カーペット」の製造現場。一度に何百という糸巻きから、奥の織機へ糸が送られる。いいカーペットは糸使いが鍵、と堀田さん
ご自宅と一緒に見せていただいた「堀田カーペット」の製造現場。一度に何百という糸巻きから、奥の織機へ糸が送られる。いいカーペットは糸使いが鍵、と堀田さん
カーペットの織機。堀田カーペットは18世紀イギリスの産業革命の頃に世界で初めて機械化されたカーペット織機「ウィルトン織機」を代々使っている
カーペットの織機。堀田カーペットは18世紀イギリスの産業革命の頃に世界で初めて機械化されたカーペット織機「ウィルトン織機」を代々使っている
堀田さんにご案内いただいた生地のデッドストック。日々様々な質感・デザインが開発されている
ご自宅と合わせて見せていただいた工場のデッドストック。様々な質感・デザインのカーペットが開発されている

堀田さんはその3代目。幼い頃から暮らしの中に当たり前にカーペットがありました。

「家族を持って家を建てようとなった時から、自宅を公開することは決めていました。今では年間100人くらいの方が来てくださっています」

お風呂とトイレ以外すべてカーペットの床にして、ご自宅を一般公開する。まず、日本中を探しても堀田さんが史上初なのではないでしょうか。

家業であるカーペットを普及させるためと言えばわかりやすいですが、堀田さんの語る言葉からはそれだけでない、深いカーペットへの愛情や信頼が感じられます。

「はじめはカーペットとの比較対象としてフローリングの床も一部入れようか、と考えていたのですが、結局選ぶ理由が見つかりませんでした。カーペットが一番いい、となったんです」

そこまで思わせるカーペットの魅力とは、一体どこにあるのでしょうか。

答えを探るべくご自宅を訪ねると、玄関のドアを開けて、靴を脱いだ瞬間からもう、床がカーペットです。廊下も、そこからつながるリビングも。

堀田カーペット

どうぞ、とすすめられてリビングの床にそのまま座ります。思えば床に直接座りながらインタビューするのは初めてかもしれません。

大阪のこの日の最高気温は29度。外はむっとする暑さです。カーペットというと暖かいイメージですが、不思議と座っていても、ちっとも暑苦しく感じません。むしろ、手で触れるとひんやりとするような。

触れるとひんやりとすら感じるカーペットの表面
触れるとひんやりとすら感じるカーペットの表面

「これはウールカーペット、つまり羊毛が織り込まれています。カーペットにも作り方、素材でいろいろな種類があるんですが、一般家庭の床材には、ウール織りのカーペットが一番適しています。

羊毛には調湿機能があって、部屋全体の空気を一定に保ってくれるんですよ。夏は冷たい空気を、冬は暖かい空気を均一に保ちます。だから湿度の高い日本の夏や梅雨にもさらっとして快適なんです。エアコンの効きもよくなるので、省エネにもなりますしね」

そう話す堀田さんの足元は裸足です。気持ち良さそう‥‥普段はお子さんたちも裸足で過ごすことが多いそうです。私も足裏でそのさらっとした質感を確かめてみたいところでしたが、取材中に人の家で靴下を脱ぐわけにもいかないのでここはぐっと我慢。

それにしても、小さなお子さんたちがいてカーペットをきれいな状態に保つのは大変ではないでしょうか。私も3人兄弟で、子どもの頃はしょっちゅう食べこぼしたりジュースを倒して畳にシミをつくっていましたが‥‥

「掃除はとっても簡単です。ちょっと見ててくださいね」

と、堀田さんがおもむろに、テーブルの上のお茶を‥‥カーペットに!

堀田カーペット

わあ、と血の気が引く私の横で、堀田さんはゆったり。そばにあったふきんでそっと押さえたら、さっきまでつるんとカーペットの上に乗っかっていた大きな水滴が、きれいになくなっていました。跡もほとんど見えません。

「羊毛は汚れがつきにくいんです。こぼした直後なら、乾いた布で吸い取ればOKです。水っぽい汚れならお湯を含ませたふきんをゆっくり当てると、よりきれいに取り除けます。ウールは髪の毛と一緒、タンパク質でできています。だから水溶性の汚れなら、お湯だけでも落ちやすいんですよ」

気になって普段のお掃除の仕方を伺ってみると、あまり汚れに過敏にならなくても大丈夫、と堀田さん。汚れはついたその時に6割とっておいて、あとは普段の掃除の時に掃除機で吸い取れば、カーペットの中に織り込まれている「遊び毛」が汚れを一緒にからめとってくれるそうです。

お掃除の様子を見せてくださいました
お掃除の様子を見せてくださいました
掃除機の中からつまみ出されたのはカーペットの遊び毛。これに汚れやホコリがからめ取られる
掃除機の中からつまみ出されたのはカーペットの遊び毛。これに汚れやホコリがからめ取られる

「一時期、カーペットはアレルギーによくない、という誤解を招く情報が流れていましたが、むしろ逆です。一本一本の毛がホコリをからめ取るので、人が動いた時にもホコリの舞い上げが起こりづらい。カーペットが部屋の空気をきれいにしてくれるんです」

掃除で汚れやホコリを遊び毛と一緒に取り除いても、掃除機をかけるくらいで生地が痩せることはないとのこと。一度敷きこんだら15年、日焼けの心配のない部屋なら30年は持つそうです。

丈夫で、汚れがつきにくく落ちやすい。ちょっとお話を伺うだけで、目からウロコがポロポロ落ちてきます。ウールやカーペットについて、知らないことばかりです。

「せっかくなので、他のスペースもご案内しますね」

すっかりくつろいでしまっていた腰を上げて、お家全体を見せていただきました。

脱衣所の際までカーペット敷き
脱衣所の際までカーペット敷き
お風呂場とキッチンの間をつなぐ収納スペース。人が歩くところにあわせてカーペットがカットされて敷き込まれている。こういうカスタマイズができるのもカーペットの良さ、と堀田さん
お風呂場とキッチンの間をつなぐ収納スペース。人が歩くところにあわせてカットされたカーペットが敷かれている。こういうカスタマイズができるのもカーペットの良さ、と堀田さん

キッチンの横を通りがかると、カウンターの後ろで奥さまが娘さんと遊んでいるところでした。取材に気を使ってくださっていたようです。向き合って座っていたキッチンの床も、もちろんカーペット。

堀田カーペット

「こういうのも、カーペット敷きならではですね。空間の使い方が自由になるんです」

確かに台所の床に直に座って遊ぶことは、他の床材ではちょっとイメージできません。
階段を上がってお子さんのお部屋や寝室のある2階へと向かいます。

階段ももちろんカーペット敷き。見た目にもきれいなようにと、段の部分までカーペットでくるんである
階段ももちろんカーペット敷き。見た目にもきれいなようにと、段の部分までカーペットでくるんである
子ども部屋の様子
子ども部屋の様子

「照明のスイッチは、床に座ることを想定して低い位置につけています。ここの窓も、床座りでちょうど向こうの緑が見えるようになっているんですよ」

言われるままに床に座ってみると、確かに目線の先の窓に、きれいな木々の緑がよく映えています。

堀田カーペット

「こうして床に座ると、目線が低くなるのでその分空間を広く感じられるんです。そこは畳と似ていますね」

うっかりするとゴロン、と寝転がってしまいそうになるのを押さえて、再びリビングへ。すると次々に「ただいまー」の声が。2人の息子さんが帰ってきて、あっという間に堀田さんと取っ組み合いの遊びが始まります。

堀田カーペット
堀田カーペット
堀田カーペット

かなりアクロバット。ですがカーペットがクッションになってくれるので、少々元気に遊んでも平気なのだそうです。

丈夫で、汚れがつきにくく落ちやすく、空間が広く使えて子どもたちが走り回れる。堀田さんの家で過ごすうちに、カーペットのある暮らしがどんどんうらやましくなってきました。

「ここで僕は、暮らしの提案をしています。メーカーとしてものづくりで人の暮らしを豊かにしたいと考えているのはもちろんですが、何より個人としてどういう暮らしをしたいかを考えたら、自然とカーペットを敷き込んだ家になりました。カーペットは、暮らし方を変える力を持っていると思います」

堀田さんのお家を見学に来た人の中から、いつか同じように全室カーペット、というお家を建てる人が出てくるかもしれません。カーペットデビューに、何かコツなどあるでしょうか。

「色で迷ったら、無地よりも汚れが目立ちづらい、混色のものがおすすめです。きれいに使わなきゃ、と気負いすぎずに付き合えると思います。

もし、リフォームの時に一部屋だけカーペットの床にするなら、ぜひリビングをおすすめします。寝室にという方が多いのですが、暮らしの変化をはっきり実感できるのは、リビングです。

張替えは一般のお家なら1日でできますよ。一人暮らしの方や、いきなり床に敷き込むのはハードルが高いな、という方は、まずはラグでお部屋の一部から取り入れてみるのもいいと思います」

最後には色、おすすめの場所まで、しっかりアドバイスいただきました。

家の中の全てが暮らしのショールーム。床が変わるだけでこんなにも暮らし方が変わるのか、と驚きと「うらやましい」の連続の1日でした。

見学は事前予約制でどなたでも参加できるので、一度訪ねてみてはいかがでしょうか。堀田さんの愛情たっぷりの解説と共に、ご家族との何気ない暮らしぶりからカーペットの魅力がひしひしと伝わって来るはずです。

<取材協力>
堀田カーペット株式会社
http://www.hdc.co.jp/

*堀田さんのご自宅見学は上記HPのお問い合わせページから申し込みできます
*工場の見学も事前予約で可能です

<関連商品>
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文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2017年6月14日の記事を再編集して公開しました

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