日本三大美祭「高山祭」を支える、屋台修復のプロ集団とは

「日本三大美祭」をご存知だろうか。

京都の祇園祭、埼玉の秩父夜祭、そして岐阜の高山祭は、日本各地に数多ある祭の中でも特に美しいとされる。

そのうちのひとつ、春の高山祭が4月14・15日に開催される。

春の高山祭

高山祭

岐阜県高山市で江戸時代から約300年続く。
4月の「山王祭」と10月の「八幡祭」、旧高山城下町の二つの氏神様の例祭を合わせて、「高山祭」と呼ぶ。
「日本三大美祭」および「日本三大曳山祭」のひとつに数えられている。

その見どころは「動く陽明門」と称される豪華絢爛な祭屋台。古くから宮殿や寺院で腕をふるってきた飛騨の匠たちが作り上げた十数台の祭屋台が一同に曳き揃えられる様子は圧巻だ。

JR高山駅のコンコースに展示されている祭屋台。祭屋台が完成するまでの製作過程が分かる
JR高山駅のコンコースに展示されている祭屋台。祭屋台が完成するまでの製作過程が分かる
木彫・漆塗・彫金など、祭屋台には飛騨の匠たちの技術が結集されている
木彫・漆塗・彫金など、祭屋台には飛騨の匠たちの技術が結集されている

これらの祭屋台を守り続ける、美祭の影の立て役者がいる。その名は「高山・祭屋台保存技術協同組合」。高山に限らず、日本全国の祭屋台や山車の修復を請け負う、祭屋台修復専門のプロ集団だ。

春の高山祭の屋台のひとつ「大国台」が修復に入ったと聞き、組合を訪ねた。 

全国各地どこへでも。日本唯一!屋台修復のプロ集団

組合の取りまとめをしている八野泰明(はちの・やすあき)さんが出迎えてくれた。

八野さんは、お祖父様の代から続く有限会社八野大工の3代目でもある
八野さんは、お祖父様の代から続く有限会社八野大工の3代目でもある

高山・祭屋台保存技術協同組合は、高山祭の屋台に関わる、様々な技術を持った職人たちによって昭和56年に立ち上げられた。他業種の職人が揃って所属する技術者集団は全国的にも珍しく、今では全国各地の祭屋台の修復に携わっている。

現在は埼玉県秩父市、富山県射水市など、全国7か所の祭屋台の修復にあたっているそう。つい先日も日帰りで、350km以上離れた千葉県の佐原へ祭屋台の修復部分を車で取りに行ったというから驚きだ。

組合の事務所には、全国各地の祭屋台の写真が
組合の事務所には、全国各地の祭屋台の写真が
背丈よりも大きな2メートルもの車輪!富山県高岡市のもので、とても豪華だ
背丈よりも大きな2メートルもの車輪!富山県高岡市のもので、とても豪華だ

「仕事させてもらったら、今度はその隣の地域から『うちでも是非』っていうことで。評価されて次の仕事につながってきています」

美祭「高山祭」と飛騨の匠の技

基本的には祭屋台の修復を請け負う組合だが、依頼されて一から祭屋台を作ったこともあるそうだ。他の地域では失われてしまった祭屋台を作る技術・修復する技術が、なぜ高山では今も受け継がれているのだろうか。

そもそも高山祭の屋台の起源は18世紀初頭に遡る。

19世紀には祭屋台を中心とした「屋台組」で社会生活を営み、大地主や財力のある「旦那」が自らの財をつぎ込んで地元高山の職人たちにその技を競わせるようになった。

このような歴史が高山祭を美祭として育み、飛騨の匠の技を伝承し続けることにつながったのだ。

「屋外で動く」文化財の修復

祭屋台の修復は、一口に文化財といっても建築の修復とは少し様子が異なる。

「祭屋台みたいに動くものは、ただ繕って見栄えを良くするだけでは具合が悪い。安全性のために、新材で作り替えることも必要になる」

安全性の面から言えば、車輪と車軸の修理が一番多いそうだ。

「大国台は、高山祭の祭屋台の中では修理の回数が多いほうだろうな。祭屋台を曳き揃える場所まで一番遠くて、走る距離が長いから」

車は各地の祭によって様々な形をしているが、大きく分けて三種類。こちらは御所車
車は各地の祭によって様々な形をしているが、大きく分けて三種類。こちらは御所車
板車
板車
大八車
大八車

美観からの修理が多いのは、漆塗りの部分だ。八野さんによれば、漆は紫外線に晒されると50日ほどで退色してしまうそう。

高山祭は2日間にわたって開催されるので、50÷2=25年後には塗り直しが必要になる計算だ。

現存する高山祭の屋台は春が12台、秋が11台の、合わせて23台。

組合では年に1、2台というペースで高山祭の屋台修復をおこなっているそうだ。

ものに合わせて、道具を作る

続いて、八野大工さんの作業場へ案内してもらった。八野大工さんで働く職人さんは7人。それぞれが得意分野を受け持ち、工程を分担している。

八野大工さんの作業場。広いスペースに材料や器具が並んでいる
八野大工さんの作業場。広いスペースに材料や器具が並んでいる
八野大工さんでは、祭屋台の修復とあわせて社寺建築も請け負っている。こちらはお寺の欄間を製作中
八野大工さんでは、祭屋台の修復とあわせて社寺建築も請け負っている。こちらはお寺の欄間を製作中

「ありがたいことに、社寺建築と祭屋台だけやっているので、大工と言えども住宅はやったことがないです。高山だけじゃなくて全国の祭屋台の仕事をやらせてもらっているおかげですね」

作業場でまず目についたのは、大小様々のカンナだ。

形も大きさも様々。中央の通常サイズのカンナと比べ、こんなに小さなものまで
形も大きさも様々。中央の通常サイズのカンナと比べ、こんなに小さなものまで
このように、削る場所に合わせて使い分ける。全て既製品をカスタマイズした自前のものだ
このように、削る場所に合わせて使い分ける。全て既製品をカスタマイズした自前のものだ

「仕事をしながら、図面というかデザインに合わせて削って作っていく。そういうことをしていくうちに、増えていっちゃうんですよね」

こんなにたくさんの種類のカンナが!
こんなにたくさんの種類のカンナが!

祭屋台の修復に、設計図は存在しない

実際に、祭屋台の修復の様子を見せてもらった。

埼玉県川越市の祭屋台の部品で、古くなったものをまるごと新しいものに作り替えるのだそうだ。

埼玉県川越市の祭屋台。華やかな祭屋台の上部、円柱の部分を作り替える
埼玉県川越市の祭屋台。華やかな祭屋台の上部、円柱の部分を作り替える
古い部品のひとつがこちら。使い込まれ、歪みが見られる
古い部品のひとつがこちら。使い込まれ、歪みが見られる
こちらが、新しく製作中のもの。祭屋台の写真を手元に置き、作業を進める
こちらが、新しく製作中のもの。祭屋台の写真を手元に置き、作業を進める
円の内側に沿って、カーブした板が取り付けられている
円の内側に沿って、カーブした板が取り付けられている
カーブした板は、湯煎した板を曲げた状態で固定し、乾燥させて作る。どれくらいの角度で曲げるか、などは現物を見て判断していく
カーブした板は、湯煎した板を曲げた状態で固定し、乾燥させて作る。どれくらいの角度で曲げるか、などは現物を見て判断していく
部分的に新材を継いだ部品も
部分的に新材を継いだ部品も

ぴったりと組み立てられていく祭屋台の部品。全体の設計図はあるのだろうか。

「設計図?これですね。原寸の」と八野さんが指さしたのは、修復前の古い部品だ。

「真っ直ぐなものであれば図面で良いんですけど、こういう曲線とかはやっぱり実際の大きさでないと分からないので。これが僕らの図面になっていきます」

古い部品こそが、八野さんたちの設計図だ
古い部品こそが、八野さんたちの設計図だ

祭屋台の修復においては、元の姿、現物が何よりも重要だと八野さんは言う。

「修理で学ぶことも多いので。昔の人の仕事を実際に自分たちが見て学ぶというか。頭の中に完成した姿を描いておいて、それを形にしていく、それは大工も、他の職人さんたちも同じですね」

どう直せばよいのかは、彫刻自身が教えてくれる

八野大工さんを後にし、木彫師の元田木山(げんだ・ぼくざん)さんのお宅へ向かった。

木彫作家でもある元田さん。お父様は、組合ができる前から木彫の修理をおこなっていたそう
木彫作家でもある元田さん。お父様は、組合ができる前から木彫の修理をおこなっていたそう
担当するのは、このような木彫部分。こちらの龍も元田さんの作
担当するのは、このような木彫部分。こちらの龍も元田さんの作

現在修復しているのは、大国台の下段にほどこされた獅子の彫刻だ。

傷や欠けがあるような部分の修復はもちろんのこと、以前の修復の手直しもおこなう。

大国台の下段には、このような獅子の彫刻が八体ほどこされている
大国台の下段には、このような獅子の彫刻が八体ほどこされている
獅子の左前足、一部が欠けてしまっている
獅子の左前足、一部が欠けてしまっている
左後ろ足は、もともと釘で留めて修理してあったそう。分解し、ホゾを作ってニカワで留める
左後ろ足は、もともと釘で留めて修理してあったそう。分解し、ホゾを作ってニカワで留める

欠けて無くなってしまった部分は、どのように形を決めて修復するのだろうか。

「例えば、毛の一本一本を見ていると、そこに合った波が見えてくるんです。周りの部分が教えてくれるんですね。ほら、このたてがみの後ろの部分は、だれかが修理して付けたんだと思いますが、ちょっと不自然ですよね」

元田さんは前回の修理の粗さまで見つけてしまう。獅子のたてがみ後ろ部分、毛先を継いであるが、継ぎ目にヒビが入っており毛流れも不自然だ
元田さんは前回の修理の粗さまで見つけてしまう。獅子のたてがみ後ろ部分、毛先を継いであるが、継ぎ目にヒビが入っており毛流れも不自然だ

すべては、元の姿に合わせて

獅子の修復の様子を見せてもらった。

はじめに、修復する部分の木目に合わせて端材を選定する
はじめに、修復する部分の木目に合わせて端材を選定する
ケヤキの端材。木目に合わせて使用するするため、様々な模様の端材を保管している
ケヤキの端材。木目に合わせて使用するするため、様々な模様の端材を保管している
獅子の尾の毛先。新材が継がれているのが分かるだろうか。選定した端材を四角い材木の状態で継いでから、形を出していく
獅子の尾の毛先。新材が継がれているのが分かるだろうか。選定した端材を四角い材木の状態で継いでから、形を出していく
大小様々な彫刻刀やノミを使い、元の彫刻に合わせて彫っていく。もともとの彫りが、どんな道具で彫られたものなのかも分かってしまうそうだ
大小様々な彫刻刀やノミを使い、元の彫刻に合わせて彫っていく。もともとの彫りが、どんな道具で彫られたものなのかも分かってしまうそうだ

元田さんの作業場には、たくさんの道具が並んでいる。元の彫刻に合わせ、様々な道具を使い分けるのだ。

作業台脇の引き出しにはノミがぎっしり。全部で100本はありそう。削るものに合わせて使い分ける
作業台脇の引き出しにはノミがぎっしり。全部で100本はありそう。削るものに合わせて使い分ける
新材を継ぎ、元の木と色が違う部分は染料で色合わせをする(=古色を付ける)。何度か重ねて塗ることで元の木のように濃い色となり、修復箇所がなじむ
新材を継ぎ、元の木と色が違う部分は染料で色合わせをする(=古色を付ける)。何度か重ねて塗ることで元の木のように濃い色となり、修復箇所がなじむ
染料は、江戸時代から根付けやオハグロなどに使われてきた「ヤシャブシ」を煎じて作る。煮詰め方によって色の濃淡が変わるが、もっと黒い色を出したいときには、クルミの皮も利用するとのこと
染料は、江戸時代から根付けやオハグロなどに使われてきた「ヤシャブシ」を煎じて作る。煮詰め方によって色の濃淡が変わるが、もっと黒い色を出したいときには、クルミの皮も利用するとのこと

最後に、こんな変わったものも見せてくれた。

獅子の目玉も修理している。木でできた目玉を、コンタクトレンズのようなガラスにはめて作る
獅子の目玉も修理している。木でできた目玉を、コンタクトレンズのようなガラスにはめて作る
透明なガラスの部材は、富山の職人さんにまとめて作ってもらう
透明なガラスの部材は、富山の職人さんにまとめて作ってもらう
目を入れると彫刻に生き生きとした表情が宿る
目を入れると彫刻に生き生きとした表情が宿る

どのように修復していけば良いのかは、向かい合った彫刻自体が教えてくれる。

彫刻を通して、もとの作者や修復者と対話するのは、とても不思議なことのように感じた。

「漆は50日」の修復現場へ

最後に訪ねたのは、塗師の野川俊昭(のがわ・としあき)さん。

何工程にも及ぶ漆塗りの工程全てを、一人でおこなっている。

並んでいる車は、埼玉県川越市の祭屋台のもの
並んでいる車は、埼玉県川越市の祭屋台のもの
 漆を塗ったものを乾燥させる部屋、「風呂」。祭屋台の部品が入る、大きな風呂が必要となる
漆を塗ったものを乾燥させる部屋、「風呂」。祭屋台の部品が入る、大きな風呂が必要となる

これほど大きな部品を一人で仕上げる労力はもちろんのこと、修復ならではの塗りの難しさもあるそうだ。

「古い部分と漆の色を合わせて塗らなきゃいけないから、手がかかるんだよね。漆を塗ることより、色合わせのほうが難しいよ」

傷が入ってしまった部分も。錆を混ぜてペースト状にした漆で傷を埋め、上から目立たないように色を塗っていく
傷が入ってしまった部分も。錆を混ぜてペースト状にした漆で傷を埋め、上から目立たないように色を塗っていく

先ほど八野さんから「漆は50日」との話を聞いたが、いかほどのものなのだろうか。

大国台の部品。こちらは日に当たらない裏側の部分で、つややかな色が残っている
大国台の部品。こちらは日に当たらない裏側の部分で、つややかな色が残っている
日に当たる表側。褪色が進み、黒ずんで艶も無くなってしまっている
日に当たる表側。褪色が進み、黒ずんで艶も無くなってしまっている
漆で仕上げられた車も、屋外で使ううちにこれほど色褪せ、剥げてきてしまう
漆で仕上げられた車も、屋外で使ううちにこれほど色褪せ、剥げてきてしまう

鏡のように輝く漆が、祭屋台をきらびやかに彩る

野川さんが、漆の仕上げ工程「呂色仕上げ」の様子を見せてくれた。

呂色仕上げ

漆の仕上げのひとつ。
上塗りをしてそのまま完成させるのではなく、その上から水研ぎをし、再び漆を重ね、また研ぎ・・・と何度も重ねることで、漆に鏡のような艶が出る。
呂色仕上げの際の水研ぎを「呂色とり」と呼ぶ。

「塗ってそのままにしておくと、祭屋台のように大きいものはゴミがついて目立つんだよね。そのゴミをなくすために、呂色をとって塗るんだ」

小さな部品は膝の上で丁寧に呂色をとる
小さな部品は膝の上で丁寧に呂色をとる
呂色とりに使う、水研ぎの砥石。目の粗いものから細かいものへと、徐々に磨き上げていく
呂色とりに使う、水研ぎの砥石。目の粗いものから細かいものへと、徐々に磨き上げていく
上塗りした漆を砥石で磨いていくと・・・
上塗りした漆を砥石で磨いていくと・・・
研いだ部分が白色に!艷やかな黒色の部分が無くなるまで研ぎこんでいく。その後、再び漆を塗って凹凸を無くし、また磨く。最後には鏡のような輝きを放つそうだ
研いだ部分が白色に!艷やかな黒色の部分が無くなるまで研ぎこんでいく。その後、再び漆を塗って凹凸を無くし、また磨く。最後には鏡のような輝きを放つそうだ
先程の部品は、このように他の部品と組み合わせられる
先程の部品は、このように他の部品と組み合わせられる
最終的には金具も飾り付けられ、大国台をきらびやかに彩る
最終的には金具も飾り付けられ、大国台をきらびやかに彩る

野川さんも、八野さんや元田さん同様、祭屋台の写真を手元に置いて作業している。

「やっぱり一番目立つところに、一番手をかけてやらなきゃいけないから。位置が分からずにやっていると、人の目に触れないところを一生懸命綺麗にしたりとか(笑)」

人目につく部分にこそ力を入れて作業をする。祭屋台ならではのこだわり方が感じられた。

大国台の部品が並んでいる。更に研いで、上塗りをして、乾燥させ、呂色仕上げをしてようやく完成となる
大国台の部品が並んでいる。更に研いで、上塗りをして、乾燥させ、呂色仕上げをしてようやく完成となる

日本全国の祭り屋台は、お祭り文化が連綿と続く高山の職人たちが支えていた。

今回は三人の職人さんの修復作業を見学させてもらったが、口を揃えて「修復は現物がすべて」とおっしゃっていたのが、とても印象に残った。

もうすぐ、春の高山祭。

修復を終えた大国台をはじめ、飛騨の匠が何百年も守り続けるきらびやかな祭屋台たちが、高山の町を巡る。

春の高山祭

<取材協力>
高山・祭屋台保存技術協同組合
0577-34-3205
http://www.chuokai-gifu.or.jp/yatai/index.html

文:竹島千遥
撮影:尾島可奈子
写真提供 (春の高山祭) :高山市

※こちらは、2018年4月13日の記事を再編集して公開いたしました。今年ももうすぐ「春の高山祭」がはじまります。

郷土料理こそ旅の醍醐味。日本全国、ご当地の名店を訪ねて

春がきて、旅の計画を立てている方も多いのではないでしょうか。旅の醍醐味といえば、やはり食ははずせませんよね。せっかくなら、訪れた先のご当地料理を食べたいものです。今日は、さんち編集部がおすすめする郷土料理をご紹介します。

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80年間変わらぬ味でお客さんを迎える「おでん若葉」

金沢となると北陸の新鮮なお魚が食べたい!‥‥となるところ、実は「おでん」も名物なのだとか。作家の五木寛之さんも愛した名店で、今夜は一献。

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産地:金沢

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柔らかな鴨と季節の野菜を贅沢にいただく加賀料理 治部煮

石川県金沢市をはじめとする加賀地方で発展してきた、郷土料理の加賀料理。今回ご紹介するのは、その代表格である「治部煮(じぶに)」です。江戸時代から伝わり、加賀藩の武家料理が起源とされる料理なのだそう。

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江戸時代から受け継がれる濃厚な豆腐田楽

歴史小説「忍びの国」の舞台である伊賀の郷土料理、豆腐田楽。店内に入ると、お味噌が焼ける香ばしい匂い。それだけでお腹が減ってきます。

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ひなの宿 ちとせ

日本三大薬湯と里山料理が待っている。松之山温泉「ひなの宿 ちとせ」

越後妻有を訪れるのであれば、こんな宿に泊まりたい‥‥と思わせる一軒。1000万年前の化石温泉と、郷土料理が自慢です。

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産地:越後妻有

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沖縄の晩酌におすすめ、花ずみ

大人の沖縄居酒屋「花ずみ」で未知との遭遇。海ぶどうが水槽を舞う

「ここはね、大人の沖縄居酒屋です。器に使っているやちむんもこだわっています」。地元の方にそう教えてもらって「花ずみ」の暖簾をくぐりました。

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産地:沖縄

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飛騨牛に朴葉味噌、だけじゃない。飛騨高山「郷土料理 京や」で味わう冬

「漬物ステーキ」に、「ころいも」「こもとうふ」??どんな料理か、知っている人はきっと飛騨高山通。雪の多い飛騨で生まれためくるめく郷土料理の世界をどうぞ。

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産地:飛騨

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気になった記事はありましたか?読み返してみると、また新しい発見があるかもしれません。

それでは、次回もお楽しみに。

富山を愛する地元メーカーが選んだ、おすすめローカルスポット5選

旅先でどこに行こうか迷った時、私はいつも地元の人に聞くことにしています。

もちろんガイドブックの情報も参考にしますが、地元の人がおすすめする場所なら確かだと思うからです。

高岡にある鋳物メーカー・能作本社の一角には、いつも人だかりができているコーナーがあります。

toyamadoorsの人だかり

「TOYAMA DOORS」と掲げられた場所には壁一面にカードがずらり。

能作がおすすめする富山の観光情報「TOYAMA DOORS」

ここは能作の社員がおすすめする富山県内のスポットを、カードにして閲覧できるようになっています。

その数なんと、200カ所以上。

カードは地域ごとに色分けされていて、なかには観光ガイドブックには載っていないような穴場も。地元に住んでいるからこそ知っているニッチな情報やおすすめポイントが書かれています。

カードなので一目瞭然。なんと千春さんをはじめ、産業観光部のみなさんが取材をして制作しました

カードは持ち帰りもOK。これまで知らなかった新しい富山の魅力を発見できます。

能作に聞く、富山でおすすめの場所は?「TOYAMA DOORS」ベスト5

200枚以上ある「TOYAMA DOORS」のなかでも、特におすすめの場所5カ所を仕掛け人である専務取締役の能作千春さんに選んでもらいました。

どれもおすすめだから迷うなぁ、と千春さん
どれもおすすめだから迷うなぁ、と千春さん

能作のぐい呑みで試飲もできる「若鶴酒造」

若鶴酒造

1つ目は「若鶴酒造」。富山県砺波市の酒造メーカーで、日本酒だけでなくウイスキーや焼酎などの蒸留酒もつくっています。能作でぐい呑みをつくり、若鶴酒造で酒造りを見学して試飲するツアーも大人気だそう。

若鶴酒造
富山は地酒も美味しいんです

目の前に高岡大仏が見える老舗旅館「角久旅館」

角久旅館
ガラスに映りこむのは‥‥

2つ目は「角久(かどきゅう)旅館」。高岡駅からも徒歩圏内にある角久旅館は、明治元年創業の老舗旅館。建物の目の前にはなんと高岡大仏がある、泊まるとご利益がありそうなロケーションが自慢です。

大仏が目の前にある旅館なんて、なかなかないですよね
大仏が目の前にある旅館なんて、なかなかないですよね

国内最大級の鐘がある、知る人ぞ知るドライブコース「二上山万葉ライン」

二上山の鐘

3つ目は「二上山万葉ライン」。高岡にある二上山は千春さんのドライブコースにもなっているそうで、晴れた日の景色は最高とのこと。観光客にはあまり知られていませんが、国内最大級の鐘があって鳴らすこともできます。

鐘はもちろん高岡でつくられたもの!

子どもたちも大好き!ドラえもんと遊べる公園「高岡おとぎの森公園」

おとぎの森公園でドラえもんと遊ぼう

4つ目は「高岡おとぎの森公園」。高岡といえば漫画家・藤子不二雄さんにゆかりのある場所としても有名で、園内にはドラえもんと遊べる場所もあります。千春さんもお子さんを連れてよく遊びに行くそう。

小さなお子さんのいる家族連れの方にぴったりですね
小さなお子さんのいる家族連れの方にぴったりですね

能作の職人たちも通うカレーうどんの店「吉宗」

カレーうどん吉宗

5つ目は「吉宗」。能作の職人さんたちも行きつけのカレーうどんのお店です。濃厚なカレーうどんはごはんと一緒に注文するのがおすすめ。県外から訪れている人も増えているそうです。

読むだけでおなかが空いてきました
読むだけでおなかが空いてきました

現在もカードの数が少しずつ増えている「TOYAMA DOORS」。

ゆくゆくは「子どもと一緒に楽しめるコース」「雨の日も楽しめるコース」など、カードを使って1日の過ごし方も提案していくそうです。

ちなみに、カードには能作の「てのりごちさん」がさりげなく隠れているので、ぜひ探してみてください

それにしても、ここは鋳物メーカーの能作の社屋。誰がなぜ、どうやって200軒以上もおすすめ観光先を選び、取材しているのでしょうか?

鋳物メーカーが観光に力を入れる理由とは

能作は1916(大正5)年の創業。真鍮や錫を使った茶道具や仏具、花器、テーブルウェアなど、さまざまな製品を展開する鋳物メーカーです。

「弊社は2017年に本社工場を現在の場所に移転しました。その時にものをつくるだけではなく、背景にある『こと』と『こころ』を伝えようと、『産業観光』をテーマにした新社屋をつくることになったのです」

完成した新社屋では工場の見学や鋳物製作体験ができるほか、カフェやショップが併設されるなど、規模が拡大。今では高岡を代表する観光スポットとして、全国から年間10万人以上が訪れる場所になりました。

えんじ色の巨大な建物が目印
独特な雰囲気の鋳物場。上から覗くと人の動きや作業の流れがよくわかります

工場見学ツアーの様子はこちら:「来場者は年間10万人以上!たった3人のスタッフから始めた人気ファクトリーツアー成功の舞台裏

「毎日たくさんの方に来ていただくなか、『次はどこに行ったらいいと思う?』とお客様から聞かれることが増えました。弊社に来てくださった後も、富山をまるごと楽しんでいただきたい。そこまで関わってこそ本当の観光だなという思いが強くなり、社員のおすすめを紹介することにしました」

千春さんたちはすぐに社員全員にアンケートを実施。本当におすすめしたいと思うスポットを書いてもらい、得票数が3票以上の場所だけを「TOYAMA DOORS」で紹介することにしました。

紹介する際には、なんと能作の社員たちがその場所を取材しているそう。実際に200カ所以上足を運び、テキストも自分たちで執筆しています。

toyamadoorsのカード
愛情たっぷりに紹介しているからこそ、思わず読み込んでしまいます

「お店に問い合わせると、『鋳物のメーカーが取材?』と不思議に思われる方も多かったのですが、趣旨をお話しするとみなさんとても協力的で。みんなで富山を盛り上げようという思いが伝わったのだと思いました」

「TAKAOKA DOORS」ではなく「TOYAMA DOORS」にしているのは、「富山全体の認知度を高めたいから」と語る千春さん。

富山県15の市町村の情報を取り上げています

手軽でおすすめしやすい上に、お客様が自分の好みに合わせてセレクトできるよう、観光ガイドブックのような形態をとらず、あえてカードにしました。

「能作に来て、富山のいろいろなところに行ってみたくなった」「今日は時間が足りなかったから、また富山に来たい」「今度は富山でもう一泊しよう」

「TOYAMA DOORS」がスタートしてから、そんな声を聞かれることが多くなったそう。

能作の取り組みは近隣にも波及し、近年では産業観光に力をいれる富山県内の企業も増えています。

ローカルな情報が満載の「TOYAMA DOORS」は、先陣を切って「産業観光」の分野に轍をつけ、ものづくりと観光を掛け合わせた能作のビジョンの賜物。

カードはここでしか手に入らないので、ぜひ、現地に行ってお気に入りを見つけてみてくださいね。

<取材協力>
株式会社能作
富山県高岡市オフィスパーク8-1
www.nousaku.co.jp

文:石原藍
写真:浅見杳太郎

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【わたしの好きなもの】しめつけないタイツ/冷えとり絹綿スパッツ

 
母譲りのスパッツ愛
 

わたしはスパッツが大好きです。

 

物心つかない頃からわたしのスパッツ人生は始まっています。

 

幼い頃のスパッツといえば、防寒対策、ケガ防止の安全対策、なによりぷくぷくの足にスパッツ姿はかわいいですよね。

 

きっとそのような理由で、母親は私にスパッツを履かせていたのだと思います。

 

そんな母の愛から始まったスパッツ人生。

 

レギンスやトレンカなど名前の変遷があったり、薄いもの厚いもの、柄がついていたり‥‥歳を重ねるごとに様々なスパッツと出会い、付き合ってきました。

 

出かける時、仕事の時、家でリラックスの時、就寝時、ごく自然に、わたしの生活はスパッツとともにありました。

 

スパッツというものは肌に一番近く、密着するものです。わたしは肌が弱い方で、蒸れてかぶれたり、締め付けで痒くなったり、スパッツとの付き合いも一筋縄ではいかないものでした。できるだけお肌に優しくて、着心地のよいものを‥‥と、次第にスパッツに対する眼差しも変わっていきました。

 

中川政七商店に入社して出会ったスパッツ、タイツたちは何よりほんとうに着心地がよいのです。もはや着るというよりも、自分の皮膚をもう一つ装着するような感覚。それだけフィットして、なじみが良く、着続けるうちに育っていくのを実感できて愛おしい、まさに身体の一部です。

 

本日は仕事や外出時に愛用しているタイツと、就寝時に愛用しているスパッツを紹介させていただきます。

 

まずはボックス入りの「しめつけないタイツ 綿」。

 

最大の特徴はお腹まわりのしめつけがないこと。

 

通常1本の平ゴムをぐるっと入れてお腹まわりを留めるものが多いのですが、こちらは広い範囲にゴムを入れており、肌を包み込むように生地を密着させることで、しめつけずにずれ落ちない構造になっています。

 

イメージとしては腹巻のような感じでしょうか。なので履き心地がとっても優しい。

お腹まわりだけでなく足の部分まで同じように作られているので、まるで履いていないような感覚になります。一方で、しっかりと足にフィットする頼もしさも。
 

ふっくらとした生地感で、綿でも暖かいので、夏場以外はほとんど毎日履いています。

 

ロゴマーク入りのボックスが可愛く、ギフトにおすすめ。ボックスは、机の中の文房具の収納などにちょうどよかったりもします。

 

次は家でのリラックスタイムに活躍しているスパッツを紹介します。

 

スパッツは、オンとオフの切り替えにも一役買ってくれている存在です。

 

いくらしめつけないとは言え、一日中わたしの皮膚の一部として頑張ってくれたタイツやスパッツを脱ぐ瞬間は、脱皮するような感覚で開放感に包まれます。その感覚も好きです。

 

そしてお風呂に入り、おやすみ前に新たな皮膚を装着します。

 

それが「冷えとり絹綿スパッツ」。これを足に通した瞬間から、わたしはおやすみモードに入ることができます。

先ほどから「皮膚を装着」など少し不気味な表現をしてしまっていますが、決して言い過ぎではないのです。

 

というのも、こちらのスパッツは肌に接する内側部分が絹の糸で編まれています(外側は綿の糸)。

 

絹は、“人肌”の成分に近いタンパク質でできた繊維。つまり「皮膚を装着」と言っても過言ではないのです。履き心地は優しく「し~っとり」「とろ~ん」 。吸放湿性、保湿性、保温性に優れていることが、この履き心地につながっていると感じます。

 

丈も長めでかかとまで覆えるところも嬉しいです。

 

よくよく考えてみると四六時中スパッツやタイツとともに過ごしてきたわたしの人生。単なる消耗品ではなく、一緒に育んでいく身体の一部のような感覚をもたらしてくれる、わたしの愛用品です。
 

中川政七商店 二子玉川ライズ店 辻川
 

軽くて丈夫な「壁紙バッグ」。京都 小嶋織物が継ぐ「日本一目の粗い織物」産地の底力

もう咲いた?いやこっちはまだ。と桜の話題が出はじめると、気持ちはすっかり春。

服が薄着になって、バッグは何を合わせようかとこの時期いつも迷います。

丈夫で毎日使える布製のもの、軽くて見た目にも春夏らしいカゴバッグ。

実は今年、その両方の良さをハイブリッドにしたような「第三のバッグ」が登場しました。

軽くて丈夫で春夏らしい、その正体は「壁紙バッグ」です。

この生地が、壁紙‥‥?
この生地が、壁紙‥‥?

中川政七商店が京都の壁紙屋さんと作ったバッグ、とは?

「京都の壁紙屋さんと作ったバッグ」というストレートな名前のバッグを企画したのは、日本の工芸をベースにした生活雑貨を展開する、中川政七商店。

一緒に作った「京都の壁紙屋さん」は、京都府木津川市にあります。実はこの一帯、「日本一目の粗い」織物産地なのだとか。

どれほどの「粗さ」かというと、同じ幅の服用生地と比べて、だいたい経 (たて) 糸が1/3ほどしか入っていません。

向こうが透けて見えるほど
向こうが透けて見えるほど
90センチ幅の生地に入る経糸は930本。対して服用生地には大体3000本の経糸が必要とのことなので、その「粗さ」が良くわかります
90センチ幅の生地に入る経糸は930本。対して服用生地には大体3000本の経糸が必要とのことなので、その「粗さ」が良くわかります

この目の粗い織物こそが、軽くて丈夫で春夏らしい「第三のバッグ」の生みの親です。

「もともとは寒冷紗 (かんれいしゃ) といって、畑の作物を風雨や虫から守る覆い生地を一帯で作っていたんです。

作物を育てるには風通しが良くないといけませんよね。だからわざと目の粗い生地を織る技術が発展してきました」

教えてくれたのは商品名にある「京都の壁紙屋さん」こと、小嶋織物の小嶋一社長。

小嶋一社長
小嶋一社長

現在この目の粗さを生かして木津川一帯で作られている「織物壁紙」のトップメーカーです。

工場外観

全国シェア7割、木津川の特産「織物壁紙」とは?

「織った生地を、紙と貼り合わせて作るから織物壁紙です。使う糸は綿、麻、パルプなど」

小嶋織物
こちらは紙の糸で織っている生地
こちらは紙の糸で織っている生地

「素材自体も植物由来の繊維なので呼吸しますし、生地も目が粗いので吸放湿性に優れて、内装材にうってつけなんです」

生地と紙を貼り合わせる工程。わずかなシワや浮きも許されない
生地と紙を貼り合わせる工程。わずかなシワや浮きも許されない

木津川一帯の織物は、和室の時代には襖紙用に、洋室が増えてきた1970年代からは壁紙にと、日本の住宅事情に適応しながら発展を遂げ、ついには全国の織物壁紙の約7割を木津川産が占めるほどに。

その木津川産壁紙のおよそ3割を担うのが、小嶋織物さんです。

小嶋さんのご自宅で見せていただいた、伝統的な「襖」の姿
小嶋さんのご自宅で見せていただいた、伝統的な「襖」の姿
見せていただいた襖のサンプル。こういうデザイン、家の居間や旅館などで見たことがあるかも?
見せていただいた襖のサンプル。こういうデザイン、家の居間や旅館などで見たことがあるかも?
小嶋織物
時代の変化とともに襖紙から織物壁紙へ
時代の変化とともに襖紙から織物壁紙へ
オフィスの壁がそのまま織物壁紙の見本になっていました。ホテルや会議室など様々な施設に活用されてます
オフィスの壁がそのまま織物壁紙の見本になっていました。ホテルや会議室など様々な施設に活用されてます

しかし、日本で年間7億平米といわれる壁紙全体のシェアからみれば、織物壁紙の割合は現在わずかに1%ほど。世の中の大半の住宅壁紙は塩化ビニール製なのだそうです。

かといって和室需要が減る中、もう一つの柱である襖紙も、生産量が伸びる可能性は低い。

「このままではものづくりが途絶えてしまう」

危機感を覚えた小嶋織物さんは、受注の仕事に限らず、生地の糸から自分たちで考案し、自社オリジナルの質感やデザインの開発に挑戦。新しい壁紙の可能性を探ってきました。

小嶋織物
小嶋織物
小嶋織物
小幅にカットした生地同士を重ねて表情に変化をつけた壁紙
小幅にカットした生地同士を重ねて表情に変化をつけた壁紙

「同じ織物なのだから、きっとアパレルの世界でも生かす道があるはず」

そう考えたのは小嶋社長の娘さんで商品の企画開発を担う小嶋恵理香さん。

小嶋恵理香さん
小嶋恵理香さん

構想を温めること5年、春夏向けの新しいテキスタイル素材を探していた中川政七商店との出会いが、「バッグに使える壁紙」開発につながりました。

ベースになった生地見本。しかし、このままでは一つ課題がありました
ベースになった生地見本。しかし、このままでは一つ課題がありました

第三のバッグはこうして生まれた

「この生地は織物としても、壁紙としてもかなり特殊です」

小嶋恵理香さん

もともとの壁紙織物はもちろん壁に貼るものなので、バッグのように「重さに耐える」強さの必要がありません。

そこで重たい荷物にもしっかり耐えられるよう、生地の芯に通常の壁紙では使わないウレタンを使用。

生地の裏側

これ、何気ないようで業界としては初ではないかという珍しい加工方法だそう。小嶋さん自らあちこち問い合わせて、ウレタン張りという新しい手法にたどり着きました。

小嶋恵理香さん

一方で表側の生地には、吸放湿に優れた麻と紙糸で織った生地を採用。

紙糸は字のごとく、本当に紙でできています
紙糸は字のごとく、本当に紙でできています

素材として軽いだけでなく、ざっくりと織られることでカゴバッグのような軽やかな表情が生まれました。

壁紙バッグ

「織物は、糸のテンションを全体で揃えないとうまく織り進めません。

異素材同士だと糸の強度も違うのでそこが難しいのですが、これまで色々な自社オリジナル製品にチャレンジしてきた経験を生かせました」

小嶋織物
生地を愛おしそうに眺める小嶋さん
生地を愛おしそうに眺める小嶋さん

カゴバッグのように涼しげで、目のつまった生地のように丈夫。それでいて軽い。

壁紙バッグ

春夏にぴったりの「第三のバッグ」は、日本一目の粗い織物の特徴を、誰より「細かく」熟知する壁紙屋さんのアイデアと想いから、生まれていました。

<掲載商品>
「京都の壁紙屋さんと作ったバッグ」シリーズ (中川政七商店)

<取材協力>
小嶋織物株式会社
京都府木津川市山城町上狛北野田芝1-3
http://www.kojima-orimono.com

文:尾島可奈子
写真:木村正史

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魅せるキッチンツール「DYK」で、三条市の老舗大工道具商社が挑む新市場

8代目社長の改革

創業1866年、のこぎり鍛冶としてスタートした三条市の高儀。現在は工具全般のメーカー、卸として売り上げ316億円(2018)、従業員数392名(グループ全体)を誇る三条市でも屈指の規模に成長を遂げた。

この老舗が2019年春、新たにキッチンツールブランド「DYK(ダイク)」をリリース。醤油差しから鉄道車両まで幅広くデザインするプロダクトデザイナーの鈴木啓太さんのデザインで開発したもので、お玉やターナー、包丁など高級感あふれるラインナップだ。

新ブランド、DYKの商品
新ブランド、DYKの商品

燕三条 キッチンブランドDYK(ダイク)の包丁

プロダクトデザインを担当した鈴木啓太さん(PRODUCT DESIGN CENTER)

従来のイメージを覆すような新ブランドが生まれたきっかけは、2017年3月、同社の8代目に就任した高橋竜也社長の改革だった。五十嵐篤さん(第3事業部営業部取締役部長)は、こう振り返る。

「大工道具や建築で使う作業工具、園芸用品など、うちはそれぞれ値段の上中下でブランド名をつけていて、ぜんぶ足したら20ブランド以上あったんです。

8代目が社長に就いた時、これは誰のためのブランドなのか、自分たちの都合で増やしただけで、多ければ多いほどお客さんには認知してもらえないんじゃないかということで、整理することになりました」

株式会社高儀の五十嵐篤さん(第3事業部営業部取締役部長)
株式会社高儀の五十嵐篤さん(第3事業部営業部取締役部長)

ホームセンターへの依存

「ブランドを整理する」という言葉はシンプルだが、同社にとっては一大事業だった。

それまでの商品は、事業部の売り上げの8割を占めるホームセンターとのコミュニケーションのなかで、要望に沿った機能を持つ商品を低価格で作るという形で開発していた。

例えば、テレビで話題になった工具があるとする。ホームセンターの担当者が、高儀の担当者に「ああいう商品はないの?」と尋ねる。もしなかったらすぐに作る。それをホームセンターは大量購入するという流れだ。

あるいは、「競合他社の商品より100円安く売れるものを作ってくれたら2万個仕入れるよ」と言われて、その要望に応えてきた。

ホームセンターの売り上げが右肩上がりで伸びていた時期はそれでもよかったのだが、過去10年間、ホームセンターの数は20%増えているのに全体の売り上げは横ばいと、完全に頭打ち。

人口減少も進み、さらにシュリンクしていくのが明白ななかで、ホームセンターに依存するこれまでのビジネスモデルに危機感を抱いた高橋社長の鶴の一声で、買い手を意識したブランドの立て直しが始まったのだ。

しかし、ブランドを絞るとなればパッケージの変更、使わなくなった資材の処理、納品先への説明など、それまでに必要なかった作業が発生する。そのため、反対意見もあったそうだ。

燕三条 キッチンブランドDYK(ダイク)の包丁

「衝撃」のコトミチ

この改革のさなかに、三条市から「コト・ミチ人材育成スクール 第1期」開校の知らせが届いた。

当時、商品開発を担当していたこともあり、会社から知らせを受けた五十嵐さんだが「ぜんぜんピンときませんでした」。しかし、会社から受講を勧められたこともあり、「なにかヒントになれば」と参加を決めた。

講義は全6回。1回目「会社を診断する」、2回目「ブランドを作る(1)」、3回目「ブランドを作る(2)」、4回目「商品を作る」、5回目「コミュニケーションを考える」、6回目「成果発表会」と続く。

実際に地元企業の参加者とクリエイティブディレクター、デザイナーがタッグを組んで新商品、新サービスを開発し、最終日にプレゼンするという流れだ。講座は五十嵐さんにとって「衝撃」の体験だった。

「講座では商品を作って出した時は仕事が半分しか終わっていなくて、どこに売るのか、誰に買ってもらいたいのかまで考えないとダメだと言われましたが、僕は商品を作ったら、あとは営業に任せていたんです。自分のなかではそれが普通だったので、目からウロコでした。

ブランドとしてのこだわり、ネーミングの付け方なども含めて、ブランドについて考える時間は、中川さんが10だとしたら、僕は1ぐらいだったと思います」

DYK誕生の背景

講座を終えて改めてブランディングの重要に気づいた五十嵐の提案もあり、高儀の高橋社長は塾長の中川政七に短期間のコンサルティングを依頼した。テーマは自社開発している電動工具を中心としたブランド「アースマン」の売り上げを伸ばすこと。

しかし、既にホームセンターの市場が縮小していること、ホームセンターはブランドを求めていないこと、ホームセンターの顧客もロープライスを求めていること、高儀のブランドが乱立しているなかでアースマンだけ付加価値をつけてもブランディングとしては意味がないと中川は判断。

改めて高儀の事業を洗い直したなかで同社の事業の3本柱である大工工具、園芸用品、家庭用品のうち、売り上げが低迷している家庭用品のテコ入れをしようという話になった。

こうしたやり取りのなかで、「大工がいい家を建てるためにはいい道具を揃える。キッチンにもいい道具を揃えて美味しい料理を作る」というコンセプトが定まり、まったく新しいハイエンドのキッチンツールブランド「DYK(ダイク)」を作ることになったのだ。

燕三条 キッチンブランドDYK(ダイク)大工用品メーカーから生まれたキッチンブランド「DYK(ダイク)」

「キッチンツールって、包丁だったらどこ、フライパンだったらどことそれぞれ有名なブランドがあるんですけど、キッチンツールをひと通り同じテイストで統一しているブランドってないんです。

それなら、高儀のモノづくりのチャネルを活かして、キッチンツールを同じテイストでゼロから作りあげましょうということになりました」

DYKのキッチンツール

魅せるキッチンツール

「DYK」の開発は、スムーズにはいかなかった。先述したように、高儀では従来のモノ作りはデザインよりも機能と価格が重視されていたため、外部のプロダクトデザイナーを起用することは10年以上していなかった。

そのため、今回、鈴木啓太さんが率いるPRODUCT DESIGN CENTERが、非常に高度な技術を要する設計にして、ミリ単位のずれも見逃さずに指示を出す様子を見て、五十嵐さんは驚きの連続だったという。

DYKのロゴやパッケージ、サイトのデザインなどは、鈴木さんの指名でemuniのグラフィックデザイナー・村上雅士さんが担当。パッケージだけでも10回以上つくり直したそうだ。

DYKの包丁
DYKの製品を手に取っている様子

何度も微調整をして完成した「DYK」は、日本では珍しい「魅せるキッチンツール」だ。ひとつひとつの見た目がシャープで洗練されているだけでなく、統一感と収納方法にもこだわる。

絶妙なバランスと配置によって、収納時にも繊細なたたずまいを見せるのだ。飲食店のオープンキッチンや家庭のアイランドキッチンなどで映えるデザインと言える。

「例えば、キッチンまわりの写真を撮る時に、キッチンツールは生活感が出るので写さないことも多いようですが、DYKは使っていない時にも見せることを意識して設計されています。それが珍しいようで、特に海外の方は興味を持ってくれますね」と手ごたえを口にするのは、「DYK」の営業を担当する第3事業部営業部営業企画グループリーダー(課長)、中田博明さんだ。

株式会社高儀 第3事業部営業部営業企画 課長 中田博明さん
株式会社高儀 第3事業部営業部営業企画 課長 中田博明さん

世界3大デザイン賞を狙う

DYKはホームセンターには置かないため、営業がゼロから市場を開拓することになる。そのためのアピールポイントになるのが、価格だ。キッチンツールとして市場のなかで「空いているスペース」を狙った。

「例えば包丁でいうと、ホームセンターで売れている包丁は980円から1980円なんですよ。一方で、燕三条で作っているこだわりの包丁はだいたい1万円ぐらいなので、我々は5000円前後のゾーンを狙いました。

デザイン性が良くて、それほど高くないということで、展示会に視察に来るバイヤーさんやユーザーさんも、こんな値段なの?と驚いています」(中田さん)

DYKのキッチンツール

今後は、販売戦略の一環としてキッチン用品を中心とした家庭用品の世界最大の展示会「Ambiente(アンビエンテ)」への出展を計画。さらに世界3大デザイン賞と呼ばれるIDEA賞、レッドドット・デザイン賞、 iF Design Awardsの受賞を狙うという。

新しいブランドをゼロから立ち上げ、外部と提携してのデザイン、値付け、販売戦略、海外展開までのすべてが高儀にとっては未知の領域だった。

構想から商品化までの2年1カ月という月日が生みの苦しみを示している。しかも、これからは売り上げにつなげなくてはいけないというプレッシャーもあるが、中田さんは「結果的には、一番いいOJTになっています」と語る。

「最初に五十嵐ともうひとりが講座を受けて戻ってきた時は、なんとなく難しそうな言葉を喋っているという印象でした。

でも、コトミチの第2期にも別の人間が送り込まれて共通言語を持った人間が増えたことで、受講していない人も今まで話さなかったような言葉を話すようになっています。デザインやブランドに対してアンテナを張る社員も増えているように感じますね」

売り上げが300億円を超える高儀のなかで、DYKはまだ小さな存在だろう。しかし、コトミチに端を発した新しい挑戦は、少しずつ社員にも影響を及ぼし始めているようだ。この波及効果が、生まれたばかりのDYKを大きく育てる追い風となる。

株式会社高儀の中田博明さんと五十嵐篤さん

<掲載商品>
キッチンツールブランド「DYK(ダイク)」

<取材協力>
株式会社高儀
新潟県三条市塚野目2341-1
http://www.takagi-plc.co.jp/

文:川内イオ
写真:菅井俊之