「漆業界のライト兄弟」が発明した革命的な道具を、全国の漆職人が愛用している

「漆業界には発明家兄弟がいるんですよ」

そんな言葉を聞いたのは、越前漆器の産地、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区を取材していた時のこと。

なんと、その兄弟が発明したものは、日本のほぼすべての漆器産地で使われているそう。

まるで、漆業界の「ライト兄弟」のようです。

全国の漆器づくりを大きく変えた道具とは一体どんなものなのでしょうか。

実際に使われている現場を訪れ、その兄弟が発明した道具を見せてもらうことにしました。

作業効率アップ!一台で何役もこなす「真空吸着ろくろ」

「これはすごいんですよ!」

越前漆器の老舗「漆琳堂」代表の内田徹さんが興奮気味に紹介してくださったのは「ろくろ」。

漆琳堂代表の内田さん
漆琳堂代表の内田さん

漆器を載せて回転することで研ぎや磨き、塗りなどを均一にきれいに仕上げる、漆器には欠かせない機械です。

ろくろ作業

従来のろくろと何が違うのでしょうか。

「これまでのろくろは、回転する部分に漆器を押し当てながら作業をしていました。そうすると片手でしか作業できず、作業性が悪かったんです」

従来のろくろ。漆器が落ちないように抑えるため、どうしても片手がふさがってしまいます
従来のろくろ。漆器が落ちないように抑えるため、どうしても片手がふさがってしまいます

「しかしこの『真空吸着ろくろ』は、真空ポンプによって減圧されるので、ろくろと漆器が真空状態で密着されるんです。手を使わなくても固定できるようになり、両手で作業ができるようになりました」

お椀を上向きにセットして作業できることが革命的
お椀を上向きにセットして作業できることが革命的
ろくろ作業2

「回転速度を変えられるのも、このろくろのポイント。これまでは用途別のろくろが必要でしたが、1台で研ぎから上塗りまで全部できるので、漆器づくりが大きく変わりました。まさに画期的な機械だと思います」

漆業界の働き方改革を実現した!?「回転装置付きムロ」

漆器のなかで、神経をつかう作業の一つが「乾燥」。

漆器を塗ったまま放置すると、漆が下に垂れるため、「ムロ」といわれる大きな木の棚の中に入れ、ぐるぐると回転させる「返し」を行いながら漆の垂れを防ぎます。

ムロのなか

「昔の職人さんたちは、一定時間毎にムロのなかの漆器を返さなければならなかったんです。夜中でも起きてムロを見に行くことは日常茶飯事。お盆や正月はもちろん、昼も夜も休みがないので、漆職人の仕事は過酷だと敬遠されることもあったそうです」と内田さん。

これまでモーターを取り付けた「回転ムロ」はあったものの、モーターが回りっぱなしでは逆に塗った刷毛の跡が消えず、また、大きなモーターの振動によってホコリが落ちるデメリットもありました。

そこで誕生したのが、「回転装置付きムロ」。

停止時間をタイマーでセットすることで、回ってはしばらく止まり、一定時間経つとまた回転する動きが可能に。さらにムロに直付けできるほど機械が小型化し、振動も起こらなくなりました。

機械もこんなに小さくコンパクトに
機械もこんなに小さくコンパクトに

時間を気にせず、いつでも漆器を乾かすことができるようになり、より計画的に漆器をつくることができるようになったそう。作業もぐっと早くなりました。

お母さんたちの声から生まれた「ホットびんづけ」

そうそう、これも……と内田さんが見せてくださったのは、掌におさまるほどの小さな円柱状の棒。

つく

「これは『ツク』といいます(産地によって呼称の違いあり)。漆を塗る際に、お椀を手で直接持たずに、このツクをつけて持ちながら塗ります。お椀とツクをつけるためには、『びん付け』という作業が必要で、主に女性が担当していました。

女性たちは1日に100個以上のびん付けを行っていたそう
女性たちは1日に100個以上のびん付けを行っていたそう

何百個ものツクに、一つひとつロウと菜種油を練り合わせた接着剤を塗っていくのですが、これがまた手間のかかる作業だったんです。しかも、従来のツクは取り外した時に跡がついてしまうことも問題でした」

つく2
従来のツク。どうしても跡がつくため、漆を塗る時は削ってから作業しなければならなかったそう

これを解決したのが「ホットびん付け」。

一見、これまでのツクと変わらないように見えますが、熱に当てることで、接着面の特殊な樹脂が溶け、漆器にくっつくと冷めて硬化します。

接着面に特殊な樹脂が塗っています
接着面に特殊な樹脂が塗っています

一つのツクでなんと約300回つけはずしが可能。使うたびにびん付けを行う必要もなく、さらに取り外したときに跡もつきません。

まさに漆器業界に革命を起こした道具や機械の数々。

これらをつくった兄弟とはどんな方なのでしょうか。ますます気になってきました。

漆業界のライト兄弟がやってきた!

川嶋兄弟

ご登場いただいたのは、川嶋雅彦(かわしま・まさひこ)さんと川嶋由紀彦(かわしま・ゆきひこ)さん。

福井県福井市にあるカワシマ商事株式会社を兄弟で営んでいます。

「創業は今から50年前で、もともとは屋根の融雪施設をつくる会社でした。北陸は冬場雪が多いので、屋根に取り付けた面状ヒーターで雪を溶かすというものです」

兄の雅彦さん
兄の雅彦さん

地元の電力会社の依頼で、北陸のさまざまな場所に融雪装置を取り付けていたカワシマ商事。

ところがその融雪装置を見た石川県輪島の漆器組合から、「ヒーターで湿度を発生させる装置ができないか」と相談されたことから、事業が大きく変わっていきます。

「まさか漆器組合から相談を受けるなんて思いもしませんでした。それまで漆器のこともよくわかりませんでしたが、どうやら漆は湿度で乾くらしいと知り、いろいろ案を考えていったんです」

弟の由紀彦さん
弟の由紀彦さん

従来は湿らした布をムロに吊るし、湿度を加えながら乾かしますが、湿度を一定にするのが難しく乾きにムラが出ることもあったそう。

そこで川嶋さんたちは、水を含ませた加湿用のマットをムロの底面に設置し、熱することで発生した蒸気が全体に行き渡る装置を開発。

実際に依頼先の輪島で実験したところ大成功し、漆器業界に大きな反響を呼ぶ商品となりました。

湿度発生装置。ムロの底に加湿用のマットがセットされています
湿度発生装置。ムロの底に加湿用のマットがセットされています

その後、乾燥装置の営業で全国各地の漆器産地をめぐっていた川嶋さん。すると、産地から「こんな機械がつくれないか」という要望が増えていきます。

川嶋兄弟2

「技術のことは弟が担当しているんです。私は工房を回って『仕事で困ったことがないか、機械で不具合がないか』と職人さんたちの声を持ち帰るのが仕事ですね」と雅彦さん。

「小さい頃からラジオ少年だったので、機械をさわるのは好きだったんです。あれこれ試してうまくいった時はやっぱり嬉しいですよね」と由紀彦さんも微笑みます。

各産地で拾った声を兄の雅彦さんが弟の由紀彦さんに伝え、かたちにしていく。

この連携で、漆業界では乾燥装置に続く革命的な発明がいくつも生まれました。

職人の声を取り入れ道具をアップデート

「川嶋さんの機械は40〜50年経っても現役。ほとんど故障しないんですよ」

と語る内田さん。漆琳堂ではなんと、先々代の頃から愛用しているものもあるそう。

内田さんと川嶋兄弟

「ちょっとくらい壊れた方が商売的にはいいんだけどね(笑)。でも、各地の職人さんから呼ばれることは多いですね。リクエストに応えて改良しているうちに、同じ機械でも種類が増えていきました。例えば、このろくろも卓上式や移動式など、いつの間にか20種類くらいになってましたね」

と笑う川嶋さんたち。

しかし、取引のある産地をまわっていると、産地の変化を感じることも多いそうです。

「漆器をつくる職人はもちろんですが、道具をつくる職人も高齢化で少なくなっていますね。例えば回転ムロも、機械は私たちがつくれますが、ムロ自体をつくってくれる職人が少なくなっています。河和田にはまだ一人いらっしゃるようですが、ほかの産地では職人さんがいなくなったところもあるんです。産地の縮小は残念ながらひしひしと感じますね」

「内田さんや河和田は若い職人さんは漆器業界の希望の星ですよ」と川嶋さん
「内田さんや河和田は若い職人さんは漆器業界の希望の星ですよ」と川嶋さん

とはいえ、現在は産地以外のお客さんからの注文も増えているという川嶋さん。工業高校や芸術大学、工芸学校、福祉施設、刑務所など、全国各地に漆器づくりの道具や機械を提供しています。

「これだけはやるまい」と決心した大きな失敗

川嶋さんたちがさまざまな製品を手がけてきたなかで、「これだけはやるまい」と決めた手痛い失敗がありました。

過去に手がけた案件の写真だけでも膨大な数
過去に手がけた案件の写真だけでも膨大な数

ある依頼で亀甲彫の漆器を全自動でつくる機械を依頼された川嶋さん。お客さんの要望に応えるため試作を重ね、亀甲彫の漆器をすべて機械でつくりあげました。

「自分でもこれはすごいものをつくったなと思いました。ところが、出来上がったものを何日も眺めているうちに、なんだか情けなくなってきたんです」

当時のことを語る由紀彦さん
当時のことを語る由紀彦さん

機械でつくったものは、手彫りと比べ物にならないほど精密に仕上がったものの、自分たちが漆の現場で見てきた、手仕事ならではのぬくもりや味わいがまったく感じられなかったそう。

「こんなものをつくったらあかんな、と落ち込みました。結局その機械はボツにし、それからは直接漆器をつくるようなものはつくらないと決めたんです」

今の技術であれば、機械ですべてつくってしまうことくらいたやすいこと、と語る川嶋さん。

しかし、どんなに技術が進んでも、川嶋さんたちは決してブレることなく、「どうすれば職人さんが効率的に仕事できるか」を一番に考え、手仕事ならではの良さを伝える道具を発明し続けています。

「僕たちがつくるものには、量産化を目的にした道具や機械はありません」と語る川嶋さんたち
「僕たちがつくるものには、量産化を目的にした道具や機械はありません」と語る川嶋さんたち

つくり手がいれば、つくり手を支える人たちがいる。

その姿はほとんど表舞台に出ることはありませんが、川嶋さんたちの存在には、日本のものづくりがこれからも生きていくためのヒントが隠されているように感じました。

<取材協力>
カワシマ商事株式会社
福井県福井県堅達町24-39
0776-53-2110

漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
0776-65-0630
https://shitsurindo.com

取材・文 石原藍
写真 荻野勤

漆琳堂の職人、高橋菜摘さんの“仕事の理由”──魅力的に見せるのも技術。漆器をつくって「届ける」までを担いたい

ものづくりの世界に飛び込んだ若きつくり手たちがいる。

何がきっかけで、何のために、何を求めてその道を選んだのか。そして、何を思うのか。さまざまな分野で活躍する若手職人を訪ねる新連載、はじめます。

新卒で入社したのは創業227年の老舗

今回の主人公は高橋菜摘さん、23歳。

大学卒業とともに、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区にある創業1973年の老舗「株式会社漆琳堂」に入社し、漆器の塗りを手がける塗師(ぬし)の見習いとして一歩を踏み出しています。

高橋菜摘さん
高橋菜摘さん

幼い頃から絵を描くことやものづくりが好きだったという高橋さん。進学先に芸術系の大学を選んだのは自然な流れでした。

大学1年で陶磁器、染織、漆工の基礎を学び、2年の時に漆工を専攻。

「どれもすごく楽しくかったのですが、漆が一番手間がかかって大変だったので、逆に愛着が湧いたんです」

本格的に学び始めると、漆工は自分が思っていた以上に色彩やかな世界があることを知りました。

「漆器は赤や黒のイメージがあったのですが、たくさんの色を出せることが意外な発見でした。漆でこんなにカラフルな表現ができるんだって思いました」

カラフルな漆

作品づくりに没頭するのもあっという間。3年生になると、周りの同級生たちは少しずつ将来のことを考えるようになります。

「大学院への進学を目指して勉強する人や、アーティストになろうと個展を開く人など、同級生の進路はさまざま。私も漆にちなんだ職業につきたいとは思っていましたが、そんな職業はなかなかないので、いろんな世界を見てみようと企業でインターンをしていました」

漆琳堂の名前を知ったのは、ちょうどその頃。インターン先の看板製作会社で、注文を受けた看板に描かれていた「漆琳堂」の名前を目にしました。

漆琳堂

「名前を見て、漆に関係ある会社なのかなとホームページを調べてみると、カラフルな漆器が出てきたんです。『わぁ、かわいい』って思いましたね。しかも、その漆器は職人たちが一つひとつ手仕事で塗っていることを知り、こんなところで働けたらいいなと思いました」

これまでの漆器のイメージをくつがえすカラフルなお椀

応募多数のなかから選ばれた理由

その後もいろんな道を模索していた高橋さんでしたが、大学4年の時に漆琳堂で職人を募集していることを知ります。

これはチャンス!と応募。書類審査や面接を経て、見事採用となりました。

しかし、実はこの時かなりの数の応募があったそう。当時のことを、代表の内田徹さんが振り返ります。

漆琳堂 代表の内田徹さん
漆琳堂 代表の内田徹さん

「求人を出したところ、ありがたいことに思った以上の反響をいただいたんです。応募者のことを理解するためにも、エントリーシートはしっかり量を書いてもらう内容にしていました」

ボリュームの多い内容にもかかわらず、高橋さんのエントリーシートからは、志望動機やものづくりに対する思いなど誠実な姿勢を感じたという内田さん。さらに、高橋さんを採用した決め手はほかにもありました。

「職人になりたい人のなかには『人と接することが苦手だから』という理由の方も少なくありません。しかしこれからは、つくり手だからこそ商品のことをしっかり伝えていかなければならないと思っています。面接でいろんな話をしていて、高橋のコミュニケーション能力の高さは大きな魅力だなと感じました」

内田さんと高橋さん

家族のような雰囲気のなかで働く心地よさ

もうすぐ入社して1年。高橋さんはどんな毎日を過ごしているのでしょうか。

「毎日やることが違います。その日に塗るお椀を準備したり、下地の作業をしたり、商品の包装もします」

包装も商品やお客様の名前を覚える大事な作業の一つ
包装も商品やお客様の名前を覚える大事な作業の一つ

職人というと、何年も下積みをするイメージがあるかもしれませんが、高橋さんは入社後2ヶ月ほどで刷毛を持たせてもらったそう。

「今は仕上げとなる『上塗り』に必要な量の漆をつけて配る『荒づけ』がメインです。大学の時は一つの作品を何ヶ月もかけて仕上げていましたが、仕事となると1日100個200個は当たり前。量が圧倒的に違うし、スピードも求められます。同じ漆に携わっていたとはいえ、大学とはまったく違う世界でした」

この日は塗りを行う準備の一つである、「漆を濾す(こす)」作業に挑戦。

漆のなかの小さなホコリやゴミなどの不純物を取り除くため、「濾紙」に漆を包み、絞り出すように漉していきます。

まずは漆をあたためてやわらかくします。熱しすぎると漆の性質が変わるため、長年の経験が必要な作業です
まずは漆をあたためてやわらかくします。熱しすぎると漆の性質が変わるため、長年の経験が必要な作業です
まずは内田さんがお手本
まずは内田さんがお手本
内田さんの手ほどきを受け、高橋さんもやってみることに
内田さんの手ほどきを受け、高橋さんもやってみることに

漆琳堂に入ってはじめて漆を漉したという高橋さん。

大学時代から漆にふれていたこともあり、慣れた手つきで漉していきます。

漆を濾しているところ

「経験があろうとなかろうと、何でもチャレンジしてほしい。困ったことがあれば私や先輩を頼ればいい」と、語る内田さん。

漆琳堂の塗師は現在5名。内田さんだけでなく同世代の先輩も、高橋さんにとっては心強い存在です。

「仕事のことから暮らしのことまで、わからないことは何でも教えてくれるし、会社のみんなが親身に接してくれる。お昼は週3回、社長のお母さんがごはんをつくってくれるんです。会社なのになんだか家族みたい。とても居心地がいいですね」

お客さんの手に届くまで見とどけたい

工房にショールームが併設されている漆琳堂では、お客さんが来店されることも頻繁にあります。

最近では高橋さんが接客を担当することも多いそう。

「自分が手がけた商品を手に取ってもらえることが本当に嬉しいですね。プレゼント用に選ばれる方が多く、どの色にしようか悩まれる方とあれこれお話しながら交流を深められるのもいいなと思います」

「プレゼント用に買われたお客様が自分用にも買いたいと、翌日もお越しになられたことがあったんです」
「プレゼント用に買われたお客様が自分用にも買いたいと、翌日もお越しになられたことがあったんです」

一方で、新たに挑戦したいことも生まれました。

「商品は展示や発信、デザイン、声かけ次第で大きく魅力が変わるんだなと実感しています。自分たちがつくったものをより多くのお客様に届けるためにも、“見せ方”にこだわりたいと思うようになりました」

最近では、漆琳堂が立ち上げた新ブランド「RIN&CO.」のSNS発信も高橋さんが手がけるように。写真やそれに添える言葉など、魅力的な見せ方を日々試行錯誤しています。

北陸のものづくりをテーマにした新ブランド「RIN&CO.」
北陸のものづくりをテーマにした新ブランド「RIN&CO.」

「職人は一つのことをつきつめるもの、というイメージがあるかもしれません。もちろん技術はもっと磨きたいけど、お客さんと接しながら商品のことを伝えたいし、漆器以外のものづくりのことも勉強して商品企画にもチャレンジしてみたい。私が目指すのはそんな職人です」

職人のかたちは一つではない。

高橋さんの話を聞いているとそう感じます。

あらゆる方向にアンテナを張りながら、つくり、伝え、届ける。そんな職人が増えると、日本のものづくりはもっと面白くなりそうです。

<取材協力>
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
0778-65-0630
https://shitsurindo.com

取材・文 石原藍
写真 荻野勤

木を知り尽くすから作れた「白木の丸いトレー」、美しい木目に漆器産地の技あり

冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸。その独自の風土が、さまざまな工芸技術を育んできました。

そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(リンアンドコー)。

漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。

越前漆器
長年の経験と勘でわずかな角度も調整していきます
ポチ袋の紙は、中身が透けないよう少し厚みのある紙を選択。紙を漉いた時にできる漉目(すのめ)をあえて出し、和紙らしさを表現
何千、何万個と常に同じ形に仕上げる成形技術。そこには長年培ってきた経験や勘が活かされています

今回は「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんとともに、プロダクトの製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。


*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」

いつまでも撫でていたくなる丸いトレー

今回ご紹介するのは、シンプルな白木の丸いトレー。

「RIN&CO.」丸いトレー

木目の美しさが際立ち、軽くて強度のある栓(セン)の木を使っています。

「RIN&CO.」丸いトレーアップ

なんともいえない、このなめらかな縁の角度。

手に吸い付くようにぴたっとおさまります。

サイズは8寸(直径24cm)と9寸(直径27cm)の2種類。

8寸であれば、一人分の小鉢やマグカップがフィットするサイズ
8寸であれば、一人分の小鉢やマグカップがフィットするサイズ

サラッとした手触りが心地よく、ずっと撫でていたくなるようなトレーなのです。

寸分の狂いのない丸物木地

このトレーをつくっている場所を訪れるべく、石川県加賀市にやってきました。

加賀市は石川県を代表する「山中漆器」の産地。

石川県には「山中漆器」「輪島塗」「金沢漆器」と3つの漆器産地がありますが、なかでも山中漆器はお椀や盆といった「丸物」をろくろで挽く「挽物木地師」が数多くいます。

ここ、(有)山中漆器工芸も、約40年にわたり丸物木地を手がけてきました。

山中漆器工芸

工房のなかに入ってまず感じるのが、ふわっと立ち込める木の香り。

稼働している機械を見ると、まさに丸いお盆がつくられている最中でした。

機械ろくろ
みるみるうちに木が削られていきます

数分ほどですっかりお盆のかたちに。積み上げられたお盆を見ると、どれも寸分の狂いもない美しさです。

溝をつけたり縁のエッジを際立たせたりなど、お盆の形状も自由自在

「機械ではミリ単位の調整ができますが、最後の仕上げはあくまで感覚なんです」と語るのは、代表の口出雅人 (くちで・まさと) さん。

山中漆器工芸2代目の口出さん

旋盤の機械で加工すれば、ある程度の美しさまではつくることができますが、微妙な仕上げは木地師の感覚に委ねられます。

そんな高い技術を持つ山中漆器工芸の木地に惚れ込んだのが、「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんでした。

福井県鯖江市で越前漆器の塗りを手がける内田さん(左)

普段は越前漆器の産地である福井県鯖江市河和田地区で漆器の漆塗りを手がけている内田さん。山中漆器工芸でつくられたお盆や椀の木地に漆を塗ることもあるのだとか。

「山中漆器は北陸の漆器産地のなかでも『木地の山中』と言われるほど、木地の技術が高いんです。丸物のなめらかな角度はもちろん、漆を塗るのが惜しいと思うほど木目も美しく、いつか口出さんの木地で何かできればいいなと考えていました」

実際に山中漆器工芸では、昔こそ山中エリアからの注文がほとんどでしたが、今では木地師の職人不足などから、福井や金沢、関西方面からの注文も増えているそう。

「ひとつの産地だけでものづくりを完結させることは、これから先もっと難しくなるのかもしれません。だからこそ、同じ北陸の漆器産地として、口出さんたちが手がける丸物の完成度の高さを多くの人に知ってもらいたい」

そんな思いから、内田さんは「RIN&CO.」の商品の一つとして、口出さんに製作を依頼することになりました。

口出さん作業中

商品は、丸物のなかでも木目の美しさがわかる丸いトレーに。

「トレーは乗せたり運んだりと、暮らしのなかでも幅広い世代に愛される日用品ですが、実際にできたものを見てどんな風景にも溶け込むなと思いました」

と、仕上がりに手応えを感じています。

内田さんと口出さん

いいとこ取りした「横木取り」

山中漆器工芸では、丸物を手がける時にどんな部分を気をつけているのでしょうか。

「丸物は何よりも木の扱いがとても重要なんです。最近は白木のままで仕上げるものも多く、材料取りに神経を使いますね」と口出さん。

原木から木地にするための良質な材料を取り出すためには、品質管理が大きく左右します。うまく木の水分が抜けきっていないと、削っている最中にひび割れや変形が生じることも。

木地の水分の状態によっては、削っている間に割れてしまうこともあるそう
木地の水分の状態によっては、削っている間に割れてしまうこともあるそう

そこで、材料取りのこだわりを知るため工房の2階へ。

広いスペースには所狭しと木地の材料が出番を待っているかのように積み上げられていました。

山中漆器工芸の2階

木地を取る方法には、「縦木」と「横木」取りの2種類あります。

山中漆器の産地では本来、木を輪切りにした状態から木地を取り出す「縦木取り」を行ってきました。年輪に沿って木地をとるため歪みや収縮には強いですが、一方で材料効率が悪いという欠点もありました。

山中漆器工芸は、産地のなかでも珍しい「横木取り」を採用。木を輪切りではなく板状にしたものから椀の大きさに切り取るため、大きく木地が取れる利点がありますが、縦木取りに比べて木の変形が多いという欠点もあります。

寸分の狂いのないお盆を生み出すためには、木地の縮みや歪みは致命的。その欠点を補うために試行錯誤を重ね、たどり着いたのが今の乾燥方法でした。

漆琳堂用の型

まずは原木を2〜3ヶ月間日干しし、水分を12〜13%に調整。丸物のかたちに合わせて木地を切り出し、乾燥室で水分量がほぼ0%になるまで乾燥させていきます。

カラカラに乾いた木地
カラカラに乾いた木地

乾燥させた後は、今度はスチームで水分を入れ、再び12〜13%まで戻していきます。

きれいに積み上げられた木地。切削で出た木屑を燃料をボイラーで炊き、蒸気を送ります
きれいに積み上げられた木地。切削で出た木屑を燃料をボイラーで炊き、蒸気を送ります

調湿、乾燥、そして再度調湿。どうして同じ工程を繰り返すのでしょうか。

「木は乾燥する時に歪みが生じるんです。一度、限界まで乾かして歪みをあえて生じさせ、再び最適な水分量に戻すことで、横木取りでも木の変化が少ない木地をつくることができます」

こうして材料効率の良さと木の変化に強い木地取りの両方を叶えた口出さん。

木の種類によっては最適な水分量が異なるため、木の個性を見極めることも大切にしています。

口出さん手元アップ

木を知り尽くしているからこそ生まれる歪みのない美しい木地。

のせるものや置く場所が変わっても、その雰囲気にすっと馴染みそうです。

「RIN&CO.」丸いトレー商品イメージ2

一つひとつ異なる木の個性を楽しみながら、自分だけの1枚を暮らしに取り入れてみませんか。

丸いトレー(山中漆器工芸)

<掲載商品>
越前木工 丸トレー
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639670137/

<取材協力>
有限会社山中漆器工芸
石川県加賀市山中温泉菅谷町ハ148-1

文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店

あえて絵付けしない。「白磁の九谷焼」が広げた産地の可能性

冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸。その独自の風土が、さまざまな工芸技術を育んできました。

そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(リンアンドコー)。

漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。

越前漆器
お盆の材料
ポチ袋の紙は、中身が透けないよう少し厚みのある紙を選択。紙を漉いた時にできる漉目(すのめ)をあえて出し、和紙らしさを表現
山中漆器

今回は「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんとともに、プロダクトの製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。


*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」

透けるような白い九谷焼

石川県を代表する焼き物といえば、約350年の歴史を持つ九谷焼。

磁器特有のツルツルとした手触りと、彩り鮮やかな上絵付けが持ち味で、明治期には欧米で「ジャパンクタニ」と称賛されるなど、色絵陶磁器の最高峰と言われています。

色絵花鳥図大平鉢 九谷庄三
精密な絵付けも九谷焼ならでは。色絵花鳥図大平鉢 九谷庄三 (能美市九谷焼資料館 蔵)

今回ご紹介するのは、白い九谷焼のボウル。

「RIN&CO.」白九谷

シルクのようにしっとりとした質感と、透けるような白さが特徴の器です。

一見、何の変哲もない白い器。しかし、そこには九谷焼ならではのさまざまな工夫が隠されているようです。

今回はこの商品をつくる宮吉製陶の工房を回りながら、その秘密を探っていきます。

何千、何万個と同じ器に仕上げる技術

石川県小松市にある宮吉製陶は、1972年に創業した九谷焼の窯元。さまざまな種類の食器や花瓶などを製造しています。

宮吉製陶
和洋問わず、幅広い種類の器を製造しています
和洋問わず、幅広い種類の器を製造しています

宮吉製陶がつくる製品は、上絵付けを施す前の白地(しらじ)のもの。大手メーカーからの依頼も多く、何千、何万単位で注文を受けることも珍しくはありません。

「土から成形し、施釉、本焼きまでが私たちの仕事。九谷焼は完成までにさまざまな製作工程があり、分業によって成り立っているんです」と教えてくださったのは、宮吉製陶の山本裕二さん。

山本裕二さん
宮吉製陶の山本裕二さん

成形にはろくろやローラーマシンを使う方法、プレス成形などがあり、宮吉製陶でもさまざまな方法で成形を行っています。

機械ろくろは正円形のアイテムに適した成形方法
機械ろくろは正円形のアイテムに適した成形方法
陶土を型に押しつけることで、余分な陶土が麺のように細長く出てきます
陶土を型に押しつけることで、余分な陶土が麺のように細長く出てきます

今回のボウルは、石膏型を使った「圧力鋳込み」という方法で成形しています。

「圧力鋳込み」は一般的に、ろくろでつくることができない複雑な形状の器の成形に使うことが多く、さまざまな成形方法のなかでも、仕上がりの精度が高いと言われています。

圧力鋳込みでは、まず陶土を「泥漿(でいしょう)」というドロドロの液体状にしていきます。

積み上げた石膏型に圧力をかけた泥漿が流し込まれることで、複雑な形の器も一度にたくさんつくることができるのです。

石膏型は上下にパカッと分かれる形が基本。凸と凹の対になっており、その隙間に泥漿を流し込みます
石膏型は上下にパカッと分かれる形が基本。凸と凹の対になっており、その隙間に泥漿を流し込みます
石膏には水分を吸収する働きがあり、流し込んで30分も経てば乾きます
石膏には水分を吸収する働きがあり、流し込んで30分も経てば乾きます

成形には、実は細かい工夫がなされています。

「火を入れると、陶土は一度軟化してから焼き固められていくため、微妙に底が落ちたり反ったりするなど形が変化してしまうのです。私たちは陶土の性質を見極め、気温や湿度に気を配りながら成形しています」と山本さん。

例えば、お椀の底面などは焼いた後にまっすぐになるよう、成形段階ではあえて微妙に内側部分が盛り上がるようにつくるのだとか。「焼いた後はどんな形になるか?」を常に考え、変化を見越した成形を行っています。

何千、何万個と常に同じ形に仕上げる成形技術。そこには長年培ってきた経験や勘が活かされています
何千、何万個と常に同じ形に仕上げる成形技術。そこには長年培ってきた経験や勘が活かされています

成形したものは乾燥後、800度で半日かけて素焼き。

その後、釉薬をかけ再び1300度の高温でじっくり本焼きすることで、生地の完成となります。

乾燥中
一つひとつ手作業で行う釉薬がけ。こちらは青磁の釉薬をかけているところ
一つひとつ手作業で行う釉薬がけ。こちらは青磁の釉薬をかけているところ

100年後の産地を見据えて

本来であれば、ここから上絵付けと進んでいく九谷焼。今回はどうして白磁の器として商品化することになったのでしょうか。

製作を依頼した漆琳堂の内田徹さんに伺いました。

「RIN&CO.」を立ち上げた越前漆器メーカー、漆琳堂の内田さん
「RIN&CO.」を立ち上げた越前漆器メーカー、漆琳堂の内田さん

「私は普段、越前漆器の塗りに携わっていますが、漆を保存する容器は長年、無地の白い九谷焼が用いられてきました。強度に優れ、その美しい白さが漆の赤や黒に映えるんです。

今回、越前漆器の技術を使った食器として『越前硬漆』という商品をつくったのですが、同じサイズの器を漆には出せない透き通った白い九谷焼でつくりたいと思ったのがきっかけでした」

越前硬漆(左右)と白九谷(中央)
越前硬漆(左右)と白九谷(中央)

*越前硬漆を紹介した記事はこちら:「洋食やスイーツも似合う漆器「RIN&CO.」の硬漆シリーズが気軽に使える理由」

上絵を施さない白い九谷焼について、山本さんはどう感じたのでしょうか。

「白磁の九谷焼を商品として流通に乗せるのは珍しいのですが、最近ではレストランのシェフなどから『素材の色合いを引き立たせたいから器はシンプルな方がいい』と言われることも増えています。

九谷焼は、製土、成形、絵付けと分業されているため、我々のつくったものがそのまま商品として一般の方の手に届くことはまずありませんでした。しかし、長い九谷焼の歴史のなかでも転換期に入っているのだなと感じ、快諾しました」

素焼き前の器

一方で、宮吉製陶の今回の挑戦は、九谷焼に対する危機感も背景にありました。

「九谷焼は30年ほど前までは『伝統産業』でした。それが今では『伝統工芸』と言われている。つまり、それだけ従事する人や生産量が減ってしまったということです。

工芸としての九谷焼は、これから100年後も残る可能性があります。しかし、もう一度『産業』として復活するのは正直難しいかもしれません。だからこそ、私たちもいろんなチャネルを増やしていかなければと思っています」

内田さんと山本さん

異業種間でものづくりをするということ

とはいえ、異業種間でのものづくりは苦労したこともあったそう。

「同業種同士なら当たり前のように使う専門用語でも、まずはその説明からしなくてはなりません。意思疎通の面では普段通りにいかない部分はありましたが、内田さんのブランドに対する熱意を感じ、こちらも次第に熱が高まってきました。

『白磁の器として売るならいい釉薬を使わないと』と、釉薬にもかなりこだわり、美しい質感が再現できるものを採用したんです。メーカー側のプライドですね」と山本さんは笑います。

笑う山本さん
今回採用した釉薬。山本さんいわく、「これだけはゆずれなかった」とのこと
今回採用した釉薬。山本さんいわく「これだけはゆずれなかった」とのこと

こうして完成した白磁の九谷焼。

シャープなフォルムですが、普段使いできる丈夫さも兼ね備えています。

白九谷使用イメージ

スープはもちろんのこと、朝食のヨーグルトやシリアル、フルーツにも合うはず。

これほどシンプルな器なら、必然的に出番が増えそうですね。

<掲載商品>
白九谷 深ボウルS
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639669834/

<取材協力>
株式会社宮吉製陶
石川県小松市吉竹町ツ3-62
http://miyayoshi-seitou.sakura.ne.jp

文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店

使うほど美しさ、使いやすさに気づく。コンマ単位の技を駆使した「隅切りトレイ」はこうして生まれた

冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸では、独自の風土がさまざまな工芸技術を育んできました。

そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(りんあんどこー)。

漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。

RIN&CO.
お盆の材料
RIN&CO.
九谷焼の産地

今回は「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんとともに、プロダクトの製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。


*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」

木の美しさを引き出すトレイ

今回ご紹介するのは、白木の隅切りトレイ。

隅切りトレイ

木はタモを使用し、ナチュラルな風合いを出すためクリア仕上げを施しています。

タモ材は、ナチュラルで淡い色と、色の深さが異なる木目の美しさが特徴。

淡い色みや黄みがかった層がグラデーションのようになり、木目の奥深い美しさを引き出しています。

四隅が切り取られた八角形の形は持ちやすく、手になじみます
四隅が切り取られた八角形の形は持ちやすく、手になじみます

この商品をつくっているのは、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区の井上徳木工。

井上徳木工

河和田地区は1500年以上続く越前漆器の産地ですが、井上徳木工では丸いお椀ではなく、重箱やお盆、小箱といった木を組んでつくる「角物」の木地を手がけています。

漆を施される前の木地。このままでもすでに美しい
漆を施される前の木地。このままでもすでに美しい

越前漆器は業務用のものが多く、高い耐久性が求められます。

漆塗りや蒔絵・沈金を施すと木地の木目は見えなくなってしまうものの、土台がしっかりつくられていないと、その価値は下がってしまうのです。

井上徳木工は技術の高さはもちろんのこと、「こんなものがほしい!」というお客さんの要望をかなえる再現力で、これまで数々のニーズをかたちにしてきました。

ポリシーは「断らないこと」

工房の2階にある倉庫を見せていただくと、そこにはさまざまなかたちのお盆や重箱が、棚や床いっぱいに並べられていました。

2階の倉庫

なんと、これらはすべて商品になる前のサンプル。

「昔は棚一つでおさまるくらいの量だったんですよ」と語るのは、井上徳木工の井上孝之さん。

井上孝之さん
井上孝之さん

井上さんは井上徳木工の2代目。高校卒業と同時に家業を継ぎ、30年以上角物を手がけてきました。しかし、時代とともに角物を取り巻く状況も変化してきたそう。

「私が継いだ頃は決まったかたちをつくっていれば良い時代でしたが、次第に生活も多様化し、定番のかたち以外の問い合わせが増えてきました」

どんな制作依頼にも可能な限り応える。そんなポリシーから、多くのお客さんが井上さんのもとを訪れるようになり、サンプルの数もどんどん増えていきました。

角物のサンプル

時間も労力もかかるサンプルづくり。せっかく作っても取引に繋がらないこともあります。断る職人さんも多いなか、井上さんはどうしてきめ細やかに対応するのでしょうか。

「商品のデザインは図面上ではちゃんと描けていても、実際につくると木の特徴や癖によって微妙に変わるもの。つくってみないとわからないことがたくさんあるんです。

もちろんサンプルなので、1回つくってそのまま終わり、というものもたくさんありますよ。でも、次へのヒントになるかもしれないので、決して無駄にはならないと思っています。

つくるものの幅が広がると、産地の活性化にもつながりますしね」

サンプルを手に取る井上さん

図面通りに仕上がるか、無理のない工程か、などサンプルづくりを通して検証を重ねる井上さん。

蓄積された技術と経験があるからこそ、お客さんへの提案やアドバイスにも説得力があります。

職人同士に生まれた新たな接点

「RIN& CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田さんと井上さんは、塗り、木地の立場でともに河和田エリアの漆器づくりに携わる職人同士。しかし、意外なことにこれまであまり接点がなかったそう。

「RIN&CO.」を立ち上げた越前漆器メーカー、漆琳堂の内田さん(左)
「RIN&CO.」を立ち上げた越前漆器メーカー、漆琳堂の内田さん(左)

「井上徳木工さんは角物の木地、私はお椀などの丸物の塗りを手がけていたことから、これまであまりお仕事をご一緒することがなかったんです。

しかし、2016年にこのエリアで始まった体験型マーケット『RENEW』をきっかけに、井上さんの工房にお邪魔する機会が増えました」

ものづくりの現場を一般の方に見て知っていただくイベント「RENEW
ものづくりの現場を一般の方に見て知っていただくイベント「RENEW」

工房に足を運ぶなかで、井上さんの技術の高さを目の当たりにした内田さん。そこで「RIN&CO.」の商品として、「日常のいろいろな場所に馴染むナチュラルなトレイ」を依頼することになりました。

シンプルなかたちを生み出す高い技術

「隅切りトレイ」には、井上さんの細やかな技術が詰まっています。

「普段、私たちがつくるものは漆塗りに隠れてしまう下地の部分。しかし、今回は白木をそのまま生かして木目の美しさを際立たせる商品。使う部材選びは慎重に行いました。

同じ木でも微妙なくすみや黒ずみがあるので、均一に美しい木目の部材を選ぶのは大変でしたね」と井上さん。

「何百枚も同じ品質の部材を切り出すのは難しいんですよ」と井上さん
「何百枚も同じ品質の部材を切り出すのは難しいんですよ」と井上さん

トレイの形状は井上さんの膨大なサンプルから絞り込み、手になじむ「隅切り」に。昔からあるかたちの一つですが、通常よりもサイズを小さくすることで、さまざまなシーンで使えるトレイを考えました。

しかし、サイズを小さくすることで難しい部分もあったそう。

「隅切りはいくつもの木のパーツを組み合わせてつくるのですが、厚みや角度の精度が商品のフォルムにも大きな影響を与えます。

通常よりサイズが小さくパーツも細かい分、角度をつける加工は神経を使いました」と振り返ります。

パーツの角度や長さがほんの少し変わるだけで隙間ができてしまいます
パーツの角度や長さがほんの少し変わるだけで隙間ができてしまいます
さまざまな木工用機械を駆使する井上さん
さまざまな木工用機械を駆使する井上さん
長年の経験と勘でわずかな角度も調整していきます
長年の経験と勘でわずかな角度も調整していきます

「小さいパーツでわずか2cmほど。それをコンマ単位で加工していくのは、井上さんのなせる技だなと驚きましたね。

同じ漆器の世界でもなかなか知る機会がありませんでしたが、角物木地には表には見えない高度な技術が駆使されているんだとあらためて驚きました」

内田さんと井上さん

今回のトレイの制作を通じて、内田さんには大きな気づきが、井上さんには新たな目標が生まれたそう。

「これまでさまざまなかたちのサンプルをつくってきましたが、原点に戻り、あらためて『定番のデザイン』の良さを見直したいと感じるようになりました。

時代が変わっても残り続けるものには、使いやすさやなじみやすさなど定番になる理由があります。

シンプルなデザインを活かしながら、材質や大きさといった組み合わせを変えるなど、今の時代にあわせたものづくりを続けていきたいですね」

「シンプルなかたちだからこそ、妥協せず美しさを追求していきたい」と井上さん
「シンプルなかたちだからこそ、妥協せず美しさを追求していきたい」と井上さん

こうして完成した「隅切りトレイ」。

縦18cm、横30cmと少しこぶりなサイズは、お皿やカップを乗せても、玄関で小物置きとしても使えるなど、暮らしのいろんなシーンにそっと溶け込みます。

トレイイメージ
トレイイメージ2

使えば使うほどにその使い勝手や美しさに気づくような、暮らしに欠かせない道具の一つになりそうです。

<掲載商品>
越前木工 隅切りトレイ
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639670120/

<取材協力>
有限会社井上徳木工
福井県鯖江市河和田町26-19
https://www.tokumokkou.jp

文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店

漆器屋と紙メーカーが作る「ポチ袋」?異色コラボの理由は“北陸”にあり

冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸では、独自の風土がさまざまな工芸技術を育んできました。

そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(りんあんどこー)。

漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。

RIN&CO.
RIN&CO.
RIN&CO.
RIN&CO.

今回は「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんとともに、プロダクトの製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。


*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」

紙漉きから加工まですべて行う会社

今回ご紹介するのは、越前和紙でつくられたポチ袋。

RIN&CO. ポチ袋
色は4色。柄は5種類あります

ポチ袋はお子さんにはもちろん、大人同士でもちょっとしたお礼やお心づけに使える便利なアイテムの一つです。

和紙ならではの少しざらざらした手触りにやわらかい色合い、そしてワンポイントのイラストが目を引きます。

おめでたい意味が駄洒落に込められています
フグのイラストは「福」、昆布は「よろこぶ」、伊予柑は「いい予感」など、おめでたい意味が駄洒落に込められています
 RIN&CO.

この商品を手がけているのは、福井県越前市のTAKIPAPER(瀧株式会社)。

TAKIPAPER

1500年以上続く越前和紙の産地で、紙漉きから印刷、加工まで一貫生産を行う会社です。

越前和紙をメインに封筒や名刺、貼り箱、ちぎり和紙のラベルなど、多種多様な紙製品を受注生産。

よく目にする表彰状もここでつくられています
よく目にする表彰状もここでつくられています
和紙の封筒や葉書は人気商品の一つ。オリジナルのデザインにも対応しています
和紙の封筒や葉書は人気商品の一つ。オリジナルのデザインにも対応しています

TAKIPAPERの創業は、美術や工芸に使われる「揉み紙」の生産からスタート。

揉み紙には手作業で揉んだ和紙に裏紙を張り合わせる工程があり、機械を導入しながら試行錯誤していきました。

「意外かもしれませんが、当社で紙漉きをはじめたのは創業からしばらく経ってのことなんです。糊を張り合わせる機械から次は印刷の機械も入れようか、紙も自社で漉こうか、と設備を整えているなかで、すべての工程を自社で行うようになりました」

と語るのは、TAKIPAPER3代目の滝道生(たき・みちお)さん。

TAKIPAPER3代目の滝さん
TAKIPAPER3代目の滝さん

TAKIPAPERのように、製紙から印刷、加工まで手がけている会社は和紙の産地のなかでも珍しく、全国各地から寄せられる幅広いニーズに応えています。

圧倒的な和紙のノウハウ

越前和紙のポチ袋はどのように誕生したのでしょうか。「RIN& CO.」を立ち上げた内田さんに聞いてみました。

「私は越前市の隣、鯖江市で漆器をつくっていますが、TAKIPAPERさんの技術の高さは、ものづくりのジャンルは違えど噂に聞いていました。まずは越前和紙でどんなものをつくることができるのか。そこから滝さんに相談したんです」

「RIN&CO.」を立ち上げた内田さん(左)
「RIN&CO.」を立ち上げた内田さん(左)

内田さんが訪れた時のことを滝さんも振り返ります。

「北陸のさまざまな工芸がコラボレーションしていく、というブランドのコンセプトを聞いてワクワクしましたね。さまざまな和紙の製品を手がけていますが、普段、うちの名前が表に出ることはほとんどありません。そういう意味でも、産地が活気づく取り組みだなと感じています」

「漆器を手がける内田さんが立ち上げたのも面白いなと思いました」と滝さん
「漆器を手がける内田さんが立ち上げたのも面白いなと思いました」と滝さん

とはいえ、越前当初はほとんど和紙について知らなかったという内田さん。滝さんとの商品づくりのなかで技術やその背景を教わり、次第に越前和紙の奥深さを感じていったそう。

「このあたりは山々に囲まれている雪深い土地。だからこそ、豊富な雪解け水があり、越前和紙の産業が栄えていったことを知りました。北陸の風土がものづくりを支えてきた背景は、和紙も漆器もも同じだなと感じましたね」

内田さんと滝さん

TAKIPAPERの膨大なサンプルを見せてもらいながら、打ち合わせを重ねること数回。次第に内田さんのなかで少しずつあるコンセプトが見えてきました。

「越前和紙は1500年もの長い歴史のなかでも、『奉書紙(ほうしょがみ)』という身分の高い人に送られる公文書として使われてきました。大切な人に伝える・贈るコミュニケーションツールとして、和紙の価値を今の時代にも伝えたい。そんな思いもあり、ポチ袋をつくってみることになりました」

ポチ袋といっても、和紙の種類や加工、印刷方法など選択肢は無限大。

滝さんのこれまでのノウハウから、越前和紙の良さを引き出せる紙質や印刷方法などを吟味していきました。

ポチ袋の紙は、中身が透けないよう少し厚みのある紙を選択。紙を漉いた時にできる漉目(すのめ)をあえて出し、和紙らしさを表現
ポチ袋の紙は、中身が透けないよう少し厚みのある紙を選択。紙を漉いた時にできる漉目(すのめ)をあえて出し、和紙らしさを表現

「漉目のある凹凸の和紙に美しく印刷するのは簡単ではありません。協力会社と連携を取りながら、その都度最適な印刷方法を選択しています」と、滝さん。

色ムラが少なくなるよう、印刷しやすい配色同士で版を作る工夫も
色ムラが少なくなるよう、印刷しやすい配色同士で版を作る工夫も
印刷した和紙をポチ袋の型に抜く打抜機
印刷した和紙をポチ袋の型に抜く打抜機
ポチ袋の形に沿って切り目をつけているところ
ポチ袋の形に沿って切り目をつけているところ

TAKIPAPERでは機械の加工だけでなく、最後の仕上げは人の手によって行われます。

「どんなに機械やコンピュータが発達しても、人の手に勝る価値はない」と語る滝さん。

和紙の切り取りや貼り合わせなど、多くの人によるきめ細やかな作業が商品の品質につながっているのです。

不具合がないか目視しながら、丁寧に和紙を外していきます
不具合がないか目視しながら、丁寧に和紙を外していきます

越前和紙の良さとは

滝さんが考える越前和紙の魅力とは何なのでしょうか。

「和紙の良さは、“佇まい”だと思っています。同じポチ袋をつくるのも、和紙と上質紙やコート紙ではまったく仕上がりは異なります。商品を通じて和紙ならではの質感や風合いを感じてもらいたい。そのためにも、私たちは品質の確かなものをつくり続けるだけです」

ポチ袋の和紙を持つ滝さん

長年培われてきた技術と人の手により誕生した越前和紙のポチ袋。

親しい人の喜ぶ姿を思い浮かべながら、あなたならポチ袋にどんな思いを込めますか。

 RIN&CO.

文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店

<掲載商品>
RIN&CO.「越前和紙 ポチ袋」
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639669827/

<取材協力>
TAKIPAPER(瀧株式会社)
福井県越前市岩本町2-26
http://www.takipaper.com