非公開ゾーンに特別潜入!菅原工芸硝子のシークレット工場見学で、私たちは何を見たのか

「ここから先はすみませんが、撮影NGでお願いします」

11月のよく晴れた日曜日。

さんち編集部は6名の読者の方とともに千葉・九十九里の菅原工芸硝子さんを訪れていました。

Sghrこと菅原工芸硝子さん。年間を通して一般の方の見学やガラス作りの体験を受け付けています
Sghrこと菅原工芸硝子さん。年間を通して一般の方の見学やガラス作りの体験を受け付けています

目的はさんち2周年を記念して企画したシークレット工場見学ツアー。

移動は貸切バス!さんちの取り組みをクイズ形式で紹介したりしながら、一路九十九里へ
移動は貸切バス!さんちの取り組みをクイズ形式で紹介したりしながら、一路九十九里へ
あっという間に到着!みんなでいざ、工場見学へ!
あっという間に到着!みんなでいざ、工場見学へ!

昨日のレポート前編では、菅原裕輔社長直々に工場内を案内いただき、人気の「富士山グラス」などのガラス作りを間近で見学したところまでお届けしました。

前編はこちら:「ガラスは液体?シークレット工場見学で知った真実」

厚さなどが記された製造見本を持つ菅原社長
菅原社長。富士山グラスの製造見本を手に
熱気に満ちたガラス作りの現場
熱気に満ちたガラス作りの現場
高温の炉から液状のガラスを竿に巻き取って、製品作りがスタートします
高温の炉から液状のガラスを竿に巻き取って、製品作りがスタートします
この富士山グラスが‥‥
この「富士山グラス」が‥‥
目の前で作られています!炉から竿に巻き取ったガラス玉を型に入れて、空気を吹き入れているところ
目の前で作られています!炉から竿に巻き取ったガラス玉を型に入れて、空気を吹き入れているところ
富士山グラスは31人いる職人さんの中でも、3名の方しかできない高難度の商品だそう
富士山グラスは31人いる職人さんの中でも、3名の方しかできない高難度の商品だそう
出来立てホヤホヤ (本当に高温です) !
出来立てホヤホヤ (本当に高温です) !
他にも、変幻自在に姿を変えるガラス作りを目の前で見学できました
他にも、変幻自在に姿を変えるガラス作りを目の前で見学できました
説明をしながら工程を見せてくれたのはこの道53年の塚本さん。長年の経験から、常に新しいものづくりに取り組まれています
説明をしながら工程を見せてくれたのはこの道53年の塚本さん。長年の経験から、常に新しいものづくりに取り組まれています
ひとつひとつの動きに迫力があります
ひとつひとつの動きに迫力があります

ひと通りものづくりの様子を見終えたところであったのが、冒頭のアナウンス。

5000アイテムを揃える菅原さんのものづくりを支える、心臓部を見せてくれるというのです。

一同、期待と緊張を胸に社長のあとに続きます。

撮影NGのとある場所へ

菅原さんが誇る5000のガラス製品のアイディアは、全て職人から生まれます。彼らがデザインから発想し、チームとなって製品を生み出すのです。

その自由な発想を大事にするため、外部発注では時間もコストもかかる型を自社で製造しています。

通常は一般の方をまず入れないという型倉庫を、特別に見せていただきました。

ここからは撮影NG。特別な機会をいただきました
ここからは撮影NG。特別な機会をいただきました
先ほどの富士山グラスの製造にも、型が使われている
先ほどの富士山グラスの製造にも、型が使われている

実験段階のものも「まずは作ってみよう」とすぐ型を起こすそう。所狭しと型が並んだ倉庫はひっそりとしていましたが、ゼロからものを生み出す静かなエネルギーに満ちているようでした。

さらにもうひとつ、社外の人は通常立ち入れない開発室へ。

開発室へ

菅原さんでは、休みの日でも職人さんが自由に道具や材料を使うことができます。

そこで生まれたものをこの開発室に置いておいて、開発会議の時に検討するのです。室内にはずらりと新製品の卵たちが並んでいました。

創作のルールはたった二つ。暮らしの中で使えるものであること。一人で完結せず、みんなで作ることを前提にすること。

「ガラスで何かやりたいことがあるなら、うちで実現できるようにと思っています。

休憩時間も、しっかり休んでと言っているのに、空いた時間ですぐ職人たちは創作に没入してしまいます。本当にガラスが好きが集まっていますね」

毎年大量の提案が出る新商品の選考会議で候補を絞り込む作業は、いつも菅原さんの頭を悩ますそうです。

開発室

いよいよガラス作り体験へ!

ここからはいよいよツアーのお楽しみ、ガラス作りの体験へ。徳利、カップやピッチャーなど、事前に選んでおいた形と色で一人一人ガラス作りに挑戦です。

サンプルから選んでいる様子。みんな真剣な表情でした
サンプルから選んでいる様子。みんな真剣な表情でした
腕にはしっかりとアームカバーと軍手をつけます
腕にはしっかりとアームカバーと軍手をつけます

指導してくださるのは、先ほど熟練の技を見せてくださった塚本さん!普段は体験の担当はされないそうですが、今回特別に対応くださいました。

塚本さん。素敵な笑顔です
塚本さん。素敵な笑顔です
竿を回しながらガラス玉を吹くのが、一番難しいそう
竿を回しながらガラス玉を吹くのが、一番難しいそう
ぷうっと膨らんできました!
ぷうっと膨らんできました!
大きさも個人の好みに合わせて調節してくれます
大きさも個人の好みに合わせて調節してくれます
途中途中を塚本さんがアシストしてくれます
手取り足取り教えてもらいながら‥‥
手取り足取り教えてもらいながら‥‥
口の部分の広さも自分で調整
口の部分の広さも自分で調整
取っ手づけにもチャレンジ!
取っ手づけにもチャレンジ!

ひとつ出来上がるたびに、「お〜」と歓声と拍手が。

見守る側も真剣です

編集部として何より嬉しかったのが、参加されている皆さんの笑顔。

作っている様子

「自分で作ると、かわいい」と一人の方が話してくれました。

これこそ、工芸産地を旅して好きになる「さんち旅」の醍醐味。自分の目で見て、耳で聞いて、熱気を肌で感じる体感は、現地でしか味わえません。

何気なく使っている暮らしの道具が、一層愛おしくなる瞬間です。

作品が完成するのは3時間ほど後。

それまでランチとお買い物を楽しみます。敷地内にはガラスの器を活かしたカフェと、さっき目の前で作られていた器を実際に購入できるショップが併設されているのです。

併設のsghrcafeにてランチへ!
併設のsghrcafeにてランチへ!
見学や体験の感想を話し合います
見学や体験の感想を話し合います
千葉特産のピーナッツペーストを挟んだサンドイッチ。もちろん器は菅原さんのガラス製です
千葉特産のピーナッツペーストを挟んだサンドイッチ。もちろん器は菅原さんのガラス製です
千葉らしいしらすのパスタや‥‥
こちらはキーマカレー
こちらはキーマカレー
最後にはしっかりデザートもいただきました。こんな風に使えるのか、と器の使い方の参考にも
最後にはしっかりデザートもいただきました。こんな風に使えるのか、と器の使い方の参考にも
最後はお買い物です!
最後はお買い物です!
美しいガラスの器が所狭しと並びます
美しいガラスの器が所狭しと並びます
マットな黒い器を発見!工場見学を終えた後なので、誰ともなく「どうやって作っているんだろう」という質問が出ていました
マットな黒い器を発見!工場見学を終えた後なので、誰ともなく「どうやって作っているんだろう」という質問が出ていました
店内にはもちろん、富士山グラスも
店内にはもちろん、富士山グラスも

こうしてあっという間に1日が過ぎて行きました。

帰りには無事完成した自分の作品と、菅原さんからお土産もいただいて、九十九里をあとにします。

皆さんの力作!同じアイテムでも、一点一点個性が現れます
皆さんの力作!同じアイテムでも、一点一点個性が現れます
最後は菅原社長直々にお土産もいただきました
最後は菅原社長直々にお土産もいただきました

1日の感想なども分け合いながら、3連休最終日の渋滞も乗り越えて、無事東京まで戻ってきました。

編集部にとっても、参加者の方にとっても初めての「さんち旅」ツアー。

体験では見守り役だった編集部メンバーはまず、改めて体験に来ようと決意を新たにしています。

こうして足を運ぶごとにその土地のものづくりが好きになっていく体感は、誰より編集部が感じている事かもしれません。

またやってほしい!との嬉しい言葉もいただいたので、またパワーアップして企画したいと思います!

ご参加いただいた皆さん、そしてご応募いただいた皆さん、本当にありがとうございました。

帰りは渋滞にもめげずかんぱーい!
帰りは渋滞にもめげずかんぱーい!

<取材協力>
菅原工芸硝子株式会社
千葉県山武郡九十九里町藤下797
http://www.sugahara.com/

文:尾島可奈子
写真(一部除く):西木戸弓佳

ガラスは液体?シークレット工場見学で知った真実

こんにちは。さんち編集部の尾島です。

さんちは2018年11月1日、おかげさまで2周年を迎えました!

そこで、編集部が2年間の取材を通して体感してきた、ものづくりの美しさやかっこよさを読者の方に直に感じて欲しい!と思い、シークレットな工場見学ツアーを企画しました。

応募の際の記事はこちら。たくさんのご応募、ありがとうございました!

先日行われたツアーの様子を、そこで出会ったものづくりの現場の熱気を、至近距離から前後編2本立てでレポートします!

晴天の九十九里へ、さんち旅スタート!

11月25日、朝9時の渋谷。

6名の参加者と編集部を乗せてバスは千葉・九十九里へと出発しました。

目指すは菅原工芸硝子株式会社さん。

菅原工芸硝子

年間を通して一般の方の見学やガラス作りの体験を受け付けています。

硝子作り体験の見本
硝子作り体験の見本

さんちでは以前、代表作である「富士山グラス」の製造の様子を取材。そのご縁で今回のツアー企画が実現しました。

富士山グラス
富士山グラス

富士山グラスの取材記事はこちら:「1月9日 成人の日。二十歳に贈る、富士山グラス」

しかし!今回は2周年を記念した「シークレット」な工場見学。

菅原さんのご協力で、通常の見学にはないプログラムを組んでいただけることになりました!

集まった6名の方は「工場見学は初めて」という方もいれば、さんちの記事を見て自ら窯元めぐりをされたことのある方も (嬉しい!) 。

バス内でさんち立ち上げの背景を紹介したり、菅原さんやガラス作りについて一緒に勉強したりしているうちに、あっという間に目的地に到着です。

さんちの取り組みをクイズ形式で紹介したりもしました
さんちの取り組みをクイズ形式で紹介したりもしました

社長自らご案内!

バスを降りた瞬間に感じたのは東京よりもぽかぽかと暖かい空気。

敷地内の様子

実は菅原さん、初代社長が東京から移転先を探していた時、たまたまお花見に来ていた九十九里の温暖温厚な土地柄に惹かれて移転を決めたのだとか。

敷地内にはそのエピソードを象徴するように、桜がずらりと植わっています。

春には花見のお客さんで賑わいそうな、敷地内の桜並木
春には花見のお客さんで賑わいそうな、敷地内の桜並木
みんなでいざ、工場見学へ!
みんなでいざ、工場見学へ!

私たちを出迎えてくれたのは三代目の菅原裕輔社長。

菅原裕輔社長
菅原裕輔社長

シークレット工場見学の目玉のひとつ、社長直々に場内をご案内いただきます!

ガラス作りの原点、るつぼ

まず最初に教わったのはガラス作りに欠かせない「るつぼ」の存在。

るつぼ

液状になった高温のガラスを、職人さんたちはこのるつぼの穴から長い竿に巻き取って様々な姿に成型していきます。

実際の現場では「炉」の中にすっぽりとおさまっているため、るつぼの姿は見えません。

日本独特の形で、今では全国でも製造できるメーカーが1軒のみだそう。猫背なので「ねこつぼ」というかわいい別名も。

大切なガラス作りの原点を守るためにも、菅原さんではできるだけ多くのガラス製品を作り続けることを心がけているそうです。そのアイテム数はなんと5000種にのぼります。

菅原工芸硝子の器

いざ、ガラス作りの現場へ

建物の中に入ると、ぐんと体感温度が上がりました。

中心には大きな宇宙船のような炉が!

どこか近未来的な雰囲気すら感じさせます
どこか近未来的な雰囲気すら感じさせます

丸窓のような部分が、先ほどのるつぼです。

鮮やかなオレンジ色に包まれているのが、るつぼの口部分
鮮やかなオレンジ色に包まれているのが、るつぼの口部分

その明々とるつぼの中で輝くガラスの「素」について、菅原さんが教えてくれました。

ガラスは砂からできている

「これは珪砂 (けいしゃ) と言ってガラスの原料になる砂です」

入口に置いてあった珪砂
入口に置いてあった珪砂

そう、ガラスはもともと、砂からできているのです。

砂があんな透明な物体になると思うととても不思議ですが、何十時間も高温で煮続けることで、液状になっていくそう。

その時にもうひとつ大事なものがあるそうです。それがこちら。

ガラスくず

「製造の工程で生まれるガラスくずです。ガラスのいいところは、溶かせば何度でも再利用できるということ。ですから割れてしまったガラスも、色別に分けて保管して活用しています。

珪砂をガラスに変化させる時にも、ガラスくずを一緒に混ぜることで変化を助けることができるんです」

ガラスは液体!?

砂から液体へ、美しいガラスの器へ。熱によって変幻自在に変化するガラスは、液体か、固体か?という議論も生んでいるそう。

ガラス作りの様子

「え、個体でしょ、と思うかもしれませんが、僕個人としては、ガラスは液体だと思っています。個体のように見えるものは、変化が『止まっているだけ』とも言えますから」

ガラスが液体?にわかには信じられませんが、「確かに」と思わせる姿が、現場にありました。

普段は立ち入れない炉のそばまで接近!

ここからがシークレット工場見学続いての目玉。普段の見学は立ち入れない炉の近くまで、入らせてもらいます!

さっきまではぽかぽか暖かいな、ぐらいだったのですが、近づくほどに暑い、熱い。

そーっと覗いてみます
そーっと覗いてみます

るつぼの中も覗かせてもらいました。煮えたぎるガラスにはこわいくらいの美しさと迫力を同時に感じます。

みんな恐々と覗いて、あつい!と離れます
みんな恐々と覗いて、あつい!と離れます

「冬場は暖かくていいですが、夏場は50度近くに達します。本当にガラスが好きじゃないと、続けられない仕事ですね」

菅原さんがそう誇らしげに語る職人さんたちは、総勢31名。今日は日曜でいつもより人数が少ないそうですが、全体に若い印象です。さらに、うち11名は女性とのこと。

当日も、黙々と作業に集中する女性の職人さんの姿が
当日も、黙々と作業に集中する女性の職人さんの姿が

ずっと見ていると、決まった人が炉に近づいては離れ、近づいては離れ流れるように体を動かしています。先ほどのるつぼから、ガラスの塊を竿に巻き取って次の工程の職人にパスしているのです。

各工程が同時進行で進められていきます
各工程が同時進行で進められていきます

富士山グラスの製造を目撃!

るつぼから取り出したガラスは、空中に向かって空気を吹き込んで自由に成形する宙吹きと、型に入れながら空気を入れる型吹きなどに製法が分かれ、様々なガラス製品に姿を変えていきます。

ガラス作りの様子

中でも難しいのが、菅原工芸硝子を代表する「富士山グラス」。今回のツアーでそのものづくりの様子を見学できるように、製造のタイミングを合わせてくれていました。

厚さなどが記された製造見本を持つ菅原社長
厚さなどが記された製造見本を持つ菅原社長

空気を吹きいれると硝子玉は自然と丸みを帯びますが、富士山グラスは台形です。

富士山グラス

均一な厚みを保ちながら台形の型に合わせて空気を吹き入れることは、相当な技術を要します。現在も3名の方しかできない技なのだとか。

富士山グラス
製造の様子

こうして完成した器はこの後ゆっくりとトンネル型の低温装置で熱を取り、商品が完成します。

成形が完成した富士山グラス
成形が完成した富士山グラス
急に冷えると外側と内側で温度差が出て割れてしまうため、ゆっくりとコンベアー式の低温装置で冷やされます
急に冷えると外側と内側で温度差が出て割れてしまうため、ゆっくりとコンベアー式の低温装置で冷やされます

もうひとつ、菅原さんがアイテムを見せてくれました。

富士山グラスは外部のデザイナーさんとのコラボ商品ですが、実は菅原さんの通常アイテムは全て、職人さんがデザインから考えます。

例えばこの道53年、一番のベテランだという塚本さんが作っているのは、持ち手部分に美しく気泡が入った器。

持ち手部分のガラスの表面に突起をつくり…
持ち手部分のガラスの表面に突起をつくり…
そこにさらに液状ガラスを巻き取る
そこにさらに液状ガラスを巻き取る
凹凸が空気を含み、内側に気泡が現れる
凹凸が空気を含み、内側に気泡が現れる

「こういうものは、ガラスの特性を知り抜いた職人だからこそ思いつけるデザインなんですね」

説明をしながら工程を見せてくれた塚本さん。長年の経験から、常に新しいものづくりに取り組まれています
説明をしながら工程を見せてくれた塚本さん。長年の経験から、常に新しいものづくりに取り組まれています

確かに、職人さんの手にかかればガラスは液体のように変幻自在で、いくらでも形の可能性があるように思えます。

菅原さんではこうした職人の自由な発想を大事にするため、あるユニークな取組みを行っています。

通常は一般の方がまず入れないという、その「ある取り組み」の現場を、今回のツアーでは特別に見せていただけることに。

後編は、ものづくりの深部に迫る「撮影NG」のある場所の見学や、全員初挑戦のガラス作り体験に続きます!

<取材協力>
菅原工芸硝子株式会社
千葉県山武郡九十九里町藤下797
http://www.sugahara.com/

文:尾島可奈子
写真(一部除く):西木戸弓佳

この寒い冬は「生姜好きの生姜シロップ」で体を温めて乗り切ります

朝、身支度をしながら流し見するテレビから「今年、いちばんの冷え込みです」なんて聞こえてきて、窓の外を見ながら着る服を悩む時期になりました。いちばん、いちばんって、どこまで寒くなっていってしまうの。そんな気持ちにもなりながら、慣れ親しんだマフラーを手に取る。

そんな冬の朝に、昨年から「生姜湯」が仲間入りしました。もとから生姜の風味が好きだったのもあり、出掛けに体を温めたい気持ちから飲むようにしていました。とはいえ、忙しい朝のこと。生姜をすって鍋で煮出すような時間もありません。

手軽に美味しい生姜湯が飲めないものか。そこで出合ったお気に入りが、中川政七商店の「生姜好きの生姜シロップ」でした。商品名通り、生姜好きのみなさんにぜひ紹介したいのです。

「5倍希釈」でお湯を注ぐだけ

生姜湯の作り方もさまざま。

チューブの生姜は、料理に使うとまだ気にならないのですが、お湯で割るとなると‥‥どこか風味が気になる。粉末生姜も便利ながら、今度は風味が強すぎて、まるで漢方のように飲み下すものに(しかも熱くて一気に飲めない)。

市販の生姜紅茶やシロップなども試しましたが、今度は甘すぎたり、生姜の風味が控えめだったり……右往左往していた生姜ラヴァーの私を救ってくれたのが、この一本でした。

作り方は簡単で、基本は「5倍希釈」でお湯を注ぐだけ。生姜を強く感じる辛口タイプのシロップなのですが、レモンがアクセントになっていて、口当たりは爽やか。その飲み口の良さに快くなっていると、後味にはグーッと生姜の風味が立ってきます。

調べたところによると、人間が生姜に温かさを感じるのは、生姜に含まれる辛味成分が、舌やのどの奥、胃の中にある神経の「温覚」を刺激するからだそう。温覚が刺激されると、脳から「体温を下げなさい」という司令が出て、血行が良くなったり、汗をかいたりするから、温かく感じるのですね。

そう、このシロップの大事なところは「美味しい!」ということ。

国産生姜と砂糖を使ったシロップに、蜂蜜、生姜パウダー、ブランデー、瀬戸内産レモン果汁を使ったレシピは、中川政七商店のオリジナル。内容物の通り、どこか舌にひっかかりそうな材料がないのも安心感があります。

時間があって、もっと刺激がほしければ、生の生姜を少々。かもしか道具店の「しょうがのおろし器」と組み合わせるのも良いですね。このおろし器だと、しょうがの繊維が残らないので溶けやすく、飲んでいて気になることもありません。

ただ、そもそも「生姜好き」と銘打つだけに、舌にぴりっとくるほど生姜の風味は強いです。普段から食べ物に生姜をたくさん足したり、市販の生姜湯の刺激に満足できていなかったりすれば、これほどうってつけの常備品もありません。

そうそう、生姜湯だけでなく、炭酸水で割ればジンジャーエールですし、チューハイなんかのお酒を飲むときにちょっと足すのもおすすめです。あとは、ホットミルクと合わせると、チャイのような楽しみ方もできます。

お出掛け前にも、一日のしめくくりにも。この冬の、美味しい防寒に、どうぞ。

<掲載商品>
生姜好きの生姜シロップ(中川政七商店)
かもしか道具店 しょうがのおろし器(中川政七商店)

文:長谷川賢人

上を向いて歩こう!道頓堀の空を賑わす立体看板は大阪の文化なのだ

通天閣、太陽の塔など大阪名物はいろいろありますが、食い倒れの街・道頓堀といえば「立体看板」。

ポップ工芸

足を動かす巨大なカニをはじめ、フグやら餃子やら寿司やらが道頓堀の空を所狭しと埋め尽くしております。

こちらはラーメン屋さんの看板。

金龍ラーメン本店

ラーメン鉢を手にした龍が、あまりのおいしさでしょうか、看板を突き破って飛び出しています

ポップ工芸

よく見ると、尻尾の近くにプレートがあります。

ポップ工芸

龍を作った会社のようです。

いったいどんな会社なのでしょうか。

キャラクターが出迎える、楽しそうな仕事場に見えますが

八尾市にあるポップ工芸さんを訪ねました。

ポップ工芸
せんとくんがお出迎え!

入り口や倉庫の中には、所狭しとキャラクターたちが並んでいます。「どうぞ」と案内された先には、なんとお菓子の家!

ポップ工芸

「応接室代わりに小屋を作ったら、スタッフの女の子が飾ってくれて」と話すのはポップ工芸代表の中村雅英さん。

なんだかとっても楽しそうな仕事場に見えます。

「いやいや、結構キツイ仕事ですよ。発泡スチロールまみれになるし」

ポップ工芸さんでは「FRP造形」といって、発泡スチロールで原型を作ったものに、軽くて強度の高いFRP(強化プラスチック)加工を施した立体造形物を製作しています。

2mのゴジラより、2mのゴジラの「手だけ」を作る

道頓堀では、先ほどの龍をはじめ、多くの立体看板を手がけています。

ポップ工芸

「立体いうのは子供からお年寄り、どこの国の人にもすぐわかる看板。別にぜんぜん新しいことないんですよ。江戸時代には履物屋さんが大きな草履をぶら下げたり、キセル屋さんは大きなキセルぶら下げたり」

昔は文字が読めない人も多かったことから、誰でもわかる造形看板が主流だったそうです。

こちらは餃子屋さんの看板。

ポップ工芸
中村さん曰く「食品サンプルのお化け」

焼き目がリアルで美味しそうです!

ポップ工芸

看板の下側に、ひとつだけ大きい餃子があります。

「お皿から落ちてきたみたいな感じにしたくて。下から見ると迫力ありますよ!」

こちらは回転寿司のお店。寿司を握った手がぬっと飛び出すという、斬新な看板です。

ポップ工芸
ポップ工芸

「大きさは3mくらい。寿司だけで2mあるかな」

当初は、ネタがのったお皿を6枚並べるという依頼だったそうですが、この形に。

「6個作るよりも、大きいの1個だけドンと作った方がインパクトありますよいうて、場所も道頓堀いうから、それやったら手をつけた方が面白いよと、これになったんですわ。

看板は、例えば2mのゴジラを作るより、2mのゴジラの手だけの方が絶対迫力あるいうのが信条です。見えない部分はお客さんが想像してくれはるから」

薬屋から看板屋へ転身。看板の材料もわからないままスタート

会社の創業は1986年。中村さんは、それまで製薬会社で働いていたそうです。

「働くのが嫌いなんです(笑)。サラリーマンは毎朝、出ていかなあきませんやん、それが嫌で嫌でたまらんで。自分でなんかしたいなと思ってたら、たまたま新聞広告で看板屋さんが人手を募集してはって、そこに入りました。看板屋さんやったら、すぐ独立できるなという軽い気持ちで」

勤めたのは道具屋筋にある看板屋さん。

「字も何も書けなかったけど、1年ぐらいやったらそれなりにできるやろ思って、1年で独立しました」

ポップ工芸

「10坪のガレージで、一人ではじめました。月の半分働いて半分遊びたいと思ってたから、一人でないと。家族が食っていけたらええわいうことで」

下請けとして、あちこちの看板屋さんから仕事を受けていたところ、10年ほどして立体看板の注文が。

「お得意さんから道頓堀に龍を作れいわれて。彫刻の勉強もしたことないし、できないって断っててんけど、得意先やから、もうしょうがなしに。ほな、なんとかやりますわいうて」

やると言ったものの、何で作るか材料もわからなかったそうです。

「FRPという樹脂がええらしいと人に聞いて、材料屋さんを教えてもらって。最初は本当にわからなくて、発泡スチロールに直接FRPつけたら溶けるんですわ。せっかく作ったものが、みんな溶けてしまって」

試行錯誤しながら金網に樹脂をつけるという方法を編み出し、見事に龍を作り上げました。

こちらが初めて作った龍。今もそのまま飾られています。

ポップ工芸
金龍ラーメン道頓堀店

さすがに一人では作れず、奥さんに手伝ってもらったそうです。

龍の体が壁から突き出しているのは、やはり想像させるためでしょうか?

ポップ工芸

「いや、初めて作ったときやったから、1体作るのも難しいな思うて。どっちみちトラック積んだりできへんから、ぶった切った方がええかなと。それやったら壁から出した方がええわいうことで」

苦肉の策が高じて、目を引く看板を誕生させました。

「初めは図面も何もなくて、行き当たりばったりですわ」

以来、年に1、2個、立体看板を作るようになります。

ポップ工芸

発泡スチロールの削り方は「テレビを見て勉強」

「別に看板屋になりたかったわけでもなく、他の業種で募集してたら別の仕事をしていたかもしれない。看板屋になったのも立体を始めたのも、みんな成り行きです」

という中村さんですが、2008年には「TVチャンピオン 発泡スチロール王選手権」に出場し優勝した、実力の持ち主です。

「出るからには優勝しようと思って攻めただけで、技術的には他の選手と変わらなかったと思います。僕、TVチャンピオン見て、発泡スチロールの削り方を覚えたんですよ」

え!そうなんですか?

ポップ工芸

「教えてくれる人がいないから自分なりにやってたけど、テレビ見て、自分と同じことやってはるって。行き着くとこは一緒ですね」

2013年からは立体造形物を専門に、5人ほどの従業員と一緒に今も看板を作っています。

「今も月半分はないけど、休ませてもらってます。それがないと続けられない。初心を貫こうと思って。従業員に怒られることもありますけどね(笑)」

作業場は「白い世界」だった

作業場を見せていただきました。

ポップ工芸

こちらで作っているのは、道頓堀に新しくできる歌舞伎のミュージアムの看板。

ポップ工芸
道頓堀は歌舞伎の発祥の地であることから、2018年末に私設のミュージアムが開館予定

畳一枚分の大きさの発泡スチロールを削りながら、原型を作っていきます。

設計図はほとんどなく、正面だけのデザイン画から、側面や背面を想像しながら、職人の勘でガシガシと削っていきます。

ポップ工芸
ポップ工芸

道具は包丁、ナイフ、ワイヤーブラシなど、いたってシンプルなもの。

ポップ工芸

形ができあがったら、FRP加工を施します。

ポップ工芸

これはガラス繊維。

ポップ工芸
ポップ工芸

これをできあがった原型に乗せ、上から液体のプラスチック樹脂を塗り、固めていきます。

固まったものを磨くとピカピカ、ツルツルに。

ポップ工芸
FRP加工を施したパーツ

中身が発泡スチロールとは思えない質感になります。

最後に塗装。色を変える度にマスキングをするため、色が多いと手間もかかります。

「塗装が一番大変やね」

ポップ工芸
ポップ工芸

ひとつの看板を作るのに1ヶ月ほどかかります。

ポップ工芸

実は、完成された看板の多くがどこに設置されているかわからないそうです。

「大阪以外が多いですね。うちは作ったらここで渡してしまいますからね、どこにあるかわからない。僕、休みにあちこち旅行行くから、行った先で“これうちの作ったやつだな”とか、そんなときちょっと感動しますね」

職人として手を抜くわけにはいかない

以前は看板屋さんからの仕事がほとんどでしたが、最近は広告代理店からの注文が増えたことで、作り方も変わってきたといいます。

「看板いうのは高いところに上がったら細かいところはわからんから、そこまでこだわらんでもいいとは思うんだけどね。前はどんなものでも2週間以内で作ってたけど、広告代理店からの依頼は成果もシビアだから、倍の納期をかけてますね」

ポップ工芸

特に、誰もが知っている有名キャラクターを作る時は、職人として手を抜くわけにはいかない。正確に作る必要があるときは、型を取ってから作っています。

「でも、うちにきてる子はね、みんな小ちゃい時からプラモデルとかそんなん作るのが好きやね。そういう子の方がよう続くみたい」

好きだからこそこだわる。これで終わりというのがないから、いくらでも手をかけられる。

「そうそう。こだわったらきりがないから、僕はみんなに“手を抜け、手抜をけ”っていうんだけど、彼らは絶対抜けへん(笑)」

ポップ工芸

10年以上働いているというスタッフの守屋さんも、子どもの頃はプラモデル作りが好きだったと言います。

ポップ工芸

「こういう仕事がしたいと思いながら、どこにあるのかも知らないし、モヤモヤしながら別の仕事を長くしてたんですけど、ある日、テレビでこの会社のことを知って、すぐに見学に行って、それからですね」

思い入れがあるのは「せんとくん」。

「はじめて3年目ぐらいの時ですかね。技術的にまだまだでしたが、大きな仕事だったので気合い入れてやりました。その後も、有名キャラクターの仕事をやらせてもらってますが、やりがいも緊張感もありますね」

ポップ工芸

食品サンプルのお化けから妖怪まで

キャラクターものや、リアルな造形物を得意とするポップ工芸さん。

民俗学者・柳田國男の出身地で、妖怪の住む町としても知られる、兵庫県福崎町。町に点在する妖怪たちもポップ工芸さんが手がけたもの。

ポップ工芸
柳田國男著『故郷七十年』に登場する「河童(ガタロ)」の弟役として誕生した、福崎町キャラクター「ガジロウ」
ポップ工芸
妖怪ベンチシリーズ。ガジロウと将棋が指せる。写真映えすると人気に

スタッフも力を入れる渾身の作品です。

これからはどんなものを作っていきたいですか?と聞くと「僕はもう隠居したい(笑)」という中村さん。

「まぁでも、この商売もあと5年くらいだと思いますよ。これからはコンピューターが全部削ります」

あ、3Dプリンター!

「そういう時代になってくると思うな。看板で文字を書いてた時、一生懸命練習して書いてやってたけども、5年も経たないうちに、コンピューターがプリントとかカッティングとかやってしまうようになって、字書きさん仕事あらへんもん」

ポップ工芸

「うちらも一緒ですよ。彼らみたいに技術がなくても、コンピューター入れて、機械入れたら十分できるようになると思うんです。だから、あの子らにも3Dの勉強ぐらいはしときやって」

もちろん、これまでの技術が生かせないわけではないといいます。

「コンピュータで作るにしても全然彫れない子と、ちゃんと彫れる子が作るのはぜんぜん違うからね」

塗装など手作業でなくてはできない部分も多くあります。

コンピューターや機械でできることが多くなればなるほど、それを支える職人技術の大切さを感じられるのかもしれません。

大阪の文化として増やしていきたい

20年前、ポップ工芸さんが初めて「龍」の看板を作った時、道頓堀の立体看板は「カニ」だけだったそうです。

今では外国人観光客が訪れるほど名物となりました。

ポップ工芸

「たまに僕らも道頓堀行って、端から端まで歩きますわ。どんなの増えてるかないう感じで」

中村さんは、もっと看板を増やしていきたいと言います。

「僕は大阪の文化だと思ってますから。どこにもないからね。みんな止まって写真撮ってくれはる。立体ものは面白いからね」

訪れる人を楽しませてくれる立体看板。

次はどんなものができているのか、行く度にワクワクする道頓堀です。

<取材協力>
ポップ工芸
大阪府八尾市高安町南6丁目2
072-928-0444

文 : 坂田未希子
写真 : 太田未来子

生漆の行方 “オール岩手”で育まれた「浄法寺漆器」の佇まい

漆は、樹液である。美しく仕立てられた漆器を手にすると、当たり前であるはずのそんなことを忘れてしまいがちだが、漆器とは椀なら椀の形に削り出した木地、箸なら箸の形の木地に、漆を塗ったものである。

前回は、漆=樹液を採る漆掻き職人の仕事を拝見(前回の記事:漆は甘い、のか)。

樹の辺(傷)からじわりと流れ落ちる様子を見て、漆は樹液であると改めて納得した。今回、気になったのはその先のこと。

天然の樹液である生の漆は、どのようにして漆器になるのだろう。

“オール岩手”で育まれる「浄法寺漆の器」

訪れたのは岩手県二戸市浄法寺町にある「滴生舎」。

岩手県二戸市浄法寺町にある「滴生舎」

“浄法寺漆芸の殿堂”と称されるここは、5人の塗師が浄法寺塗を制作する工房であると同時に、その魅力を世に広く発信するため、歴史や文化を紹介しながら、地元塗師の作品を展示販売する店でもある。

浄法寺漆の器が並ぶ店内を通り抜け、奥に進むと工房が。

「これが生の漆です」

樽中には半分ほどの漆が残っていた。
樽中には半分ほどの漆が残っていた。

樽中の漆を見せてくれたのは、塗師の小田島勇さん。この道、20年ほどのベテランだ。

地元・浄法寺町出身の小田島さん
地元・浄法寺町出身の小田島さん

「塗師は、精製業者から漆を仕入れるのが一般的ですが、浄法寺町では漆掻き職人から直接、漆を買い付けます」

同地では地元の漆だけを塗って、漆器をつくることができる──簡単なことのように聞こえるかもしれないが、国内でそんな芸当ができる場所はほかにない。日本一の国産漆の生産量を誇る、ここ浄法寺町以外には。

さらに言えば土台となる木地も岩手県内の木材を使い、岩手に暮らす木地師によってつくられる。

漆の樹を育てるのも、漆を掻くのも。木地をつくり、それに地元産の漆を塗って漆器にするのも──浄法寺漆の器は“オール岩手”で育まれている。

話を元に戻そう。買い付けた漆はどうするのか。

「精製をします。ゴミや樹くずを含んでいるし、成分や粒子の大きさがバラバラですから」

精製には大事な作業が二つある。漆に含まれる水分を飛ばす“クロメ”という作業と、漆の成分を均一化するために行う“ナヤシ”。漆の温度を適度に上げながら、攪拌するように摺り合わせていくことで、粒子の細かい艶やかな漆になるという。

かつては直射日光で温めながら行っていたというこの作業。いまでは機械化されているもののデリケートな生漆ゆえ、気を抜けば、失敗することにもなりかねない。そんな繊細な作業をこなすのも、ここではやはり小田島さんら塗師である。

精製して水分を飛ばすと、漆は黒っぽい色になる
精製して水分を飛ばすと、漆は黒っぽい色になる

精製して水分が飛ぶと、漆は黒っぽく変化。これを素黒目(すぐろめ)というそうだ。ちなみに生の漆は1樽(約18㎏)100万円。精製するとこれが3割ほど減ってしまうというから…。

浄法寺の漆は“透け”が良い

そもそも浄法寺で採れた漆の魅力は?

「印象としては“透け”が良いことでしょうか。木地にダイレクトに塗ったときに木目の透け具合が良く、塗り上がったときの表情にしても透明度の高い仕上がりになる。

色づけには顔料を加えますが、浄法寺の漆は発色度もいいと思います。同じ量の顔料を混ぜても、たとえば、中国産漆は仕上がりが少し黒っぽくなるのに対して、浄法寺産の漆は顔料の色がちゃんと出る。赤なら赤、黒なら黒そのものの色が綺麗に表現できるんです。あくまでも、私の経験上での話ですけどね」

顔料は少し堅め。漆を少しだけ加えて伸ばしながら練り上げる
顔料は少し堅め。漆を少しだけ加えて伸ばしながら練り上げる

たとえば、赤色の漆器に使うのは「本朱」という顔料。これを漆にそのまま加えてもうまく混ざらないため、顔料の粒子を潰すように練ってから混ぜることが必要になるという。これがなかなかの力技。

顔料を練っていたのはこの道8年目の塗師、三角裕美さん
顔料を練っていたのはこの道8年目の塗師、三角裕美さん
滑らかな質感になった顔料を漆に加える
滑らかな質感になった顔料を漆に加える

顔料が滑らかな質感になって、はじめて精製した漆と混ざり合う。ここまでの作業だけでもかなりの手間暇と労力がかかるのが分かる。

一度廃れた、浄法寺の漆器づくり

古くから漆器づくりが行われてきた同地だが、現在、浄法寺塗と呼ばれるものは、昔とは技法が違うらしい。

「いまは下地から上塗りまで漆を使用しますが、江戸の昔からこのあたりでは、豆柿に含まれる“柿渋”を下地に使った簡便なものが主流でした」

「浄法寺歴史民俗資料館」館長の安ヶ平義光さん

そう話すのは「浄法寺歴史民俗資料館」館長の安ヶ平義光さん。

「柿渋を使うことで庶民でも手の届く漆器として親しまれ、重宝されたわけですが、日常使いを目的とするために、さまざまな技法で製作された浄法寺の漆器は、会津や輪島などと比べられて評判を落とした。おまけにプラスチック製品など、より簡便なものが登場するなどして、戦後間もなく浄法寺塗りは絶えてしまったと言われています」

それでもこの地には、ほかにはない素地があった。森には漆の樹々が豊かに茂り、漆のことを知り尽くす漆掻き職人も残っていた。

「昭和50年代になり、改めて浄法寺塗を復興しようという動きが盛んになり、現在の浄法寺塗が誕生。伝統工芸品として今に受け継がれています」

六度の塗り重ねが生み出す、光沢としなやかさ

では、現在の浄法寺塗とはどんなものだろう。

「まずは、木固めといって木地にたっぷり漆を染み込ませます。これは伸縮を防ぎ、防水性のある漆器にするためです。それが終わったら今度は下塗り、中塗り、上塗りへと続きます」と小田島さん。

塗師の小田島勇さん

驚いたのは漆を塗る回数だ。漆を塗ったら、紙やすりで表面を研磨し、また漆を塗って研磨する。この作業を“塗り重ね”というが、これを6回も繰り返す。そもそも、せっかく塗った漆をなぜ、わざわざ削るのか。

左上の丸太を木地師が削って木地をつくり、左下が木固めしたもの。右上が、塗り重ねを返した状態
左上の丸太を木地師が削って木地をつくり、左下が木固めしたもの。右上が、塗り重ねを返した状態

「最初に漆を塗るときには表面にどうしても塗りムラというか、凸凹ができるんです。それをサンドペーパーで削って平らにしながら細かい傷をつける。

漆を塗って固まったら、サンドペーパーで削っていく
漆を塗って固まったら、サンドペーパーで削っていく

すると次に塗る漆の食いつき度が増すわけです。凹凸に漆がぴったりはまるという感じでしょうか。そんな塗り重ねを6回繰り返すことで強くて、しなやかで、美しい漆の層ができるんです」

塗りと研磨を何度も繰り返すことで、しなやかで丈夫な仕上がりに
塗りと研磨を何度も繰り返すことで、しなやかで丈夫な仕上がりに
今年6月、塗師になるため名古屋からやってきた梅山愛子さん
今年6月、塗師になるため名古屋からやってきた梅山愛子さん

ちなみに各工程で使われる漆はそれぞれ違うそうだ。下塗りには固まるのが速い漆を、上塗りにはきめ細かな漆、というように。

「漆は甘い、のか」でもお話したが、一口に漆といっても、その個性は多種多様。固まるスピードが速い漆もあれば、遅い漆もある。粘り気が強いタイプがある一方、柔らかなものもある。樹の個性、採取時期、漆を掻く職人によっても、その質は違うのだ。

使いかけの漆。乾燥しないようぴっちり密閉
使いかけの漆。乾燥しないようぴっちり密閉

「どの漆を好むかは塗師それぞれ。この地では自分の仕事に合った漆を選び、ときには自分好みにブレンドしながら使っています」と小田島さん。

塗師の小田島勇さん

塗って、研磨し、また塗っては研磨する。木固めにはじまり、一つの製品ができあがるまでには最短でも3カ月かかるとか。漆掻き職人に始まった今回の取材を通して改めて思うのは、漆器が高価であることは当然の結果である、ということだ。

暮らしの中に、漆器が“普通”にある風景

浄法寺塗はいたってシンプル。華美な印象ではなく、穏やかで優しい表情の持ち主というほうが近い気がする。

穏やかな表情が印象的
穏やかな表情が印象的

なかでも「滴生舎」の作品は、飾りを施さず、漆の重ね塗りだけで仕上げていく。

「浄法寺塗りはあくまでも日常の器。漆器というと特別なイメージがあるかもしれませんが、僕にしてみたら“なんつことない”ものですよ(笑)。いろんな食器の中の一つであって、日々の暮らしの中に普通にある、そんなものであればいいなと」

持ってみると手にしっくり馴染む
持ってみると手にしっくり馴染む

また、漆器は最後に磨いて仕上げるのが一般的だが、「滴生舎」ではあえて磨かない。見た目はマットでしっとりとした印象。これにも狙いがある。

漆器は最後に磨いて仕上げるのが一般的だが、「滴生舎」ではあえて磨かない

「漆器にツヤを与える最後の仕上げは、皆さんが“使う”ことにあると思っています。漆器は使ってこそ育つもの。使い込んでいるうちにツヤが増していきますから、それもぜひ楽しみにしていただきたい」

椀を持ってみると、思いのほかそれは軽く、手にしっくりと馴染む。

「なんつことないものですよ」──つくり手のそんな言葉を思い出し、漆器のある豊かな日常を思い浮かべた。

<取材協力>
滴生舎
岩手県二戸市浄法寺町御山中前田23-6
0195-38-2511

浄法寺歴史民俗資料館
岩手県二戸市浄法寺町御山久保35
0195−38−3464

岩手県二戸市浄法寺総合支所 漆産業課
http://urushi-joboji.com

文:葛山あかね

写真:廣田達也

「うぶけや」の毛抜きが短い毛もスッと抜ける理由

東京・人形町「うぶけや」さんの毛抜き

女性の美を支えてきた道具を厳選して紹介する「キレイになるための七つ道具」。

数年前、「すごい毛抜きがある」と仕事の先輩が熱っぽく教えてくれたのが、今回訪ねる「うぶけや」さんの毛抜きでした。

1度訪ねた際の記憶は、そこだけタイムスリップしたかのような店内に、ひっきりなしに出入りするお客さんの熱気。しゃっきりとして上品な女将さんの物腰、語り口。

なぜか気後れして本命の毛抜きを買わず、かわりに買った携帯用の爪切りは、今も愛用しています。人生2度目のうぶけやさんは、当時と変わらず、東京・人形町のビルの間に挟まれるように、そこだけ違う雰囲気をまとって建っていました。

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カラカラと扉を開けると、見上げる高さまで様々な形の刃物が飾られています。

「いらっしゃいまし」

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うぶけや8代目の矢崎豊さんが迎えてくれました。

うぶ毛でも剃れる・切れる・抜ける

うぶけやさんは1783年に大阪で創業の刃物屋さん。1800年代に入って江戸の長谷川町(現・堀留町)に江戸店を出店します。そこから縁あって移転した人形町界隈は、西に行けば日本橋、南に行けば築地市場という立地。当時の一大歓楽街でした。

新たに商いを始める人は「銀座にお店を出そうか、人形町にお店を出そうかと迷ったくらい」だったそうです。そんな華やかな街で明治維新を迎えたうぶけやさんは、築地に当時あった居留地から頼まれて、日本で初めて洋裁用の裁ちばさみを作ったという歴史もお持ちです。

「店名は初代の㐂之助(きのすけ)が打った刃物が『うぶ毛でも剃れる・切れる・抜ける』と、お客様から評判を受けたから。三大アイテムが、包丁・ハサミ・毛抜きです」

中でも毛抜きは、その抜群の使い心地で20年ほど前からメディアに取り上げられるようになり、時に欠品してしまうこともあるほどの人気アイテム。

「注目されるようになったきっかけですか?特にはないんです。うちは昔からのやり方で品物を作って、昔からの価格で売ってるだけで」

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うぶけやさんの毛抜きには、長さや刃先の幅でいくつか種類があります。一番人気は口幅(刃先のところの幅)が約3mmの、価格3,300円(税別)のもの。1度に作れる数は120〜200本。それが1ヶ月と持たず売れてしまいます。

薬局や、今では100円ショップでも買えてしまう毛抜きを、わざわざ人がうぶけやさんに買いに来る理由はどこにあるのか。そもそも刃物屋さんって?毛抜きって刃物なの?まだ、いろいろとわかっていません。まず「品物を作る」って、矢崎さんが刃物を打つのでしょうか。

「いやいや、うちで刃物をトンテンカンテンするわけじゃないんですよ。初代㐂之助は鍛冶職人でしたが、うちは2代目から“職商人”という形をとっています。

自分でお店を持って、腕のいい職人に刃物を作らせ、自分のところで刃をつけて(仕上げをして)、納得のいくものを販売する。職人であり商人でもある、というわけ。昔はもっと多くの刃物屋さんがあって、大体みんなこの形態でした」

うぶけやさんが創業した江戸時代、世の中が平和になって仕事にあぶれた武器職人や刀鍛冶が、家庭用品のものづくりにどっと流れます。一大消費地だった江戸では、家庭用品の需要も多かったようです。腕のいい職人がゴロゴロといた時代と場所で、職人を抱えて商いをする、職商人という形態を取るようになったとのことでした。

「種類、サイズ別を含めると全部で300種類くらいの刃物を扱いますが、道具によって全て職人さんが違います。毛抜きはずっと同じ職人さんのところに頼んでいて、もう4代続く付き合い。

それぞれの仕入れ先から、仕上げ前の半製品の状態でうちに刃物が届く。例えば包丁は、こういう板みたいな格好でくるんですよ」

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見せていただいたのは、刃がつく前の包丁(写真奥)と、うぶけやさんで研いで刃がついた(ものが切れる)状態の包丁(写真手前)。

「研ぎにも荒研ぎ・中研ぎ・仕上げと段階があって、先代の親父の頃は本業を引退した鍛冶職人さんに荒研ぎまで頼めていました。ところがちょうどバブルの頃に入って、彼らのせがれが仕事を継がなくなった。サラリーマンの初任給がどんどん上がって行った頃です。

そこで私が昔から付き合いのあった研ぎの工房に弟子入りして、今では荒研ぎからうちでやるようになったんです」

カラリ、とちょうどお客さんがやってきたところで、「じゃあ続きは奥でお話ししましょう」とお店の奥の研ぎ工房にご案内いただきました。

「うぶ毛でも抜ける」毛抜きができるまで

お店の裏に回ると、大きな荒研ぎ・中研ぎ用の機械と通路を挟んで、ちょうど囲炉裏のような格好で仕上げの作業スペースがあります。ここで息子さんで9代目の矢崎大貴さんと二人、お店で扱う品物の仕上げやお客さんから預かった修理品の研ぎを行っています。

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今私たちと入れ替わりでお店に出て接客中の大貴さんは、ちょうどさっきまで毛抜きを研いでいたところだったようです。

「せがれは店に入って4年になるかな。研磨なんかはうまいですよ。あいつは器用だからね、僕よりもうまくなるんじゃない」

そう話しながら矢崎さんが、毛抜きの仕上げの研ぎを見せてくださいました。

まず毛抜きを強力なライトにかざして上下の噛み具合を見てから、粉末状の研磨剤を刃先で挟んですり合せていきます。

目に悪いため、サングラスを着用してライトに刃先をかざす。
目に悪いため、サングラスを着用してライトに刃先をかざす。
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すり合わせがピタッと平らになったかを確かめるのは、指の感触だけ。白っぽい刃先が研磨剤で黒くなっていくのを、時折封筒のような固い紙で挟んで拭っては、また研磨剤を挟んですり合わせていきます。

コリコリコリ、と刃先を左右に動かします。
コリコリコリ、と刃先を左右に動かします。
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刃先が研磨剤で均一に黒くなって、指でもすべすべした感触になったら、今度は水研ぎ。研磨剤の時と同じように、刃先で水を挟んですり合わせ、さらに摩擦感をなくしていきます。

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最後は粒度の異なる研ぎ石で仕上げ。刃先のわずかな面の部分が、たがいにぴったり平らに合わさっているか、噛み合わせた時に刃先同士、前後左右が揃っているか。目視と、指先の感覚、研いでいる時の音の変化で確かめていくそうです。

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「光の方に噛み合わせた刃先をすかせて、隙間があるかないかを見る。全く光が漏れてこなかったら、ピタッとあっているということです。これでよっぽど細い毛じゃない限り、根元から挟めば切れずにスッと毛が抜けます」

ピタッと重なり合った刃先。
ピタッと重なり合った刃先。

こんなことをやっていたら1日に何本もできないでしょ、と笑う矢崎さんが続けて、どうしてうぶけやさんの毛抜きが支持されているのか、その一端がわかるお話をしてくれました。

うぶけやさんの当たり前

「職商人は、半製品の状態の刃物をある程度自分で仕上げられるわけでしょう。ハサミっていうのはこういう具合になっているから切れるんだ、とか自分でわかるんです。店に出入りする職人と、もうちょっとこういう具合がいいやな、と話ができる。

お客様とも、こういう使い方をしたいんだというリクエストに対して、じゃあこういう材料のこういうものがいいんじゃないですか、というおすすめができる。修理依頼があれば、自分のところで直せる。もちろん他で買われたものも修理します。

それが戦後、ものを作れば売れる、という時代がやってきました。仕上げまでやってくれる下職さんという人たちがたくさんいた頃でもあったから、店は売るだけでよくなった。毛抜きも刃物屋さんでなく、化粧品メーカーさんが作るようになっていきました。

大量生産で、価格もどんどん安くなった。それがバブルの頃を境に、下職さんたちがいなくなって、店だけが残ったわけです。そうすると例えば包丁を修理に出しても、自分のところで直せないから1ヶ月お待ちください、となってしまう。安いものは使い捨てられていく。

そんな中で、暮らしの道具全体が見直されてきたんでしょうね。毛抜きというのは本来、ただ挟めば抜ける。すべりが悪くなったらお店で研いでもらってまた使う。

うちでもお母さんが毛抜きを使っているのを見て、高校生の娘さんが買いに来られることがあります。逆にお母さんが、『娘に取られちゃったのよ』って2本目を買いに来られたりね。そういうものを欲しい、と思うお客さんが増えてきたんじゃないかな」

初めてうぶけやさんに来た時の、真剣に買い物を楽しんでいるお客さんの熱気や、その一つひとつに物腰柔らかく、けれどもしゃっきりと応対する女将さんの格好よさを思い出しました。

長く大事にできるものが欲しい。それを、真剣に作っている人から買い求めたい。うぶけやさんに来るお客さんも、私に熱心に毛抜きをすすめてくれた先輩も、私も、同じ思いなのだろうと思います。

「うちは当たり前のことを8代続けているというだけなんだけど、それが周りから奇異の目で見られるようになっちゃってね」

笑って話す矢崎さんの、当たり前という言葉に当たり前でないものを感じながら、さて、私はどれにしようかな、とお店に戻って矢崎さんの説明に耳を傾けるのでした。

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うぶけや
東京都中央区日本橋人形町3-9-2
03-3661-4851
定休日:日曜、祝日
営業時間:午前9:00〜午後6:00(土曜〜午後5:00)
https://www.ubukeya.com/

9代目の大貴さんと。
9代目の大貴さんと。

※こちらは、2017年3月22日の記事を再編集して公開しました。