銭湯でアート鑑賞?強くて美しいタイルの世界

こんにちは。さんち編集部です。
大のお風呂好きと言われる日本人。子どもの頃父に連れられて行く近所の銭湯は、父にとっても私にとってもちょっとした贅沢の時間でした。最近はずいぶんその数も減ってしまった銭湯ですが、銭湯巡りが好き、という人が周囲にひとりはいますし、京都には元銭湯を活かしたカフェもあるそう。特にそのタイルアートが美しく、人気と耳にしました。今日は銭湯に行ったつもりで、湯船の向こうに覗く美しきタイルアートの世界を訪ねてみたいと思います。

京都、元銭湯を活かしたカフェ「さらさ西陣」へ

まず伺ったのは京都の「さらさ西陣」さん。元銭湯を活かしたカフェとして人気を集めています。

手前に自転車がたくさん停まっているのも、京都らしいですね。
手前に自転車がたくさん停まっているのも、京都らしいですね。

京都市北区、最寄りの千本鞍馬口のバス停から歩いて7分ほど。到着したお店は、その外観、まさしく銭湯です。わくわくしながら中に入ってみると…

高い天井、真ん中で大きく仕切られた空間。まさしく、銭湯です。そして壁一面のタイル、タイル。こちらに勤めて10年になるという店長の尾崎さんが迎えてくださいました。

脱衣所の鏡がそのまま残されています。奥が湯船だったところ。少し段差があります。
脱衣所の鏡がそのまま残されています。奥が湯船だったところ。少し段差があります。
男湯と女湯を仕切る壁が半分取り払われて、程よい間仕切りに。
男湯と女湯を仕切る壁が半分取り払われて、程よい間仕切りに。
こんなところに、元銭湯の名残が。
こんなところに、元銭湯の名残が。

尾崎さんはもともとこの近くのご出身。子供の頃にこのご近所の銭湯(船岡温泉と言って、こちらも素敵です)に通ったこともあったそうです。「さらさ西陣」は、京都市内に数店舗を構えるカフェサラサの2号店で、オープンして今年で16年になります。

「実は、銭湯でカフェがやりたくてここをオープンしたわけではないんです。もともとここは藤の森温泉という銭湯でした。銭湯が役目を終えて取り壊しの話が出た時に、当時1号店を開いていたオーナーに『こういう場所があるんだけど』と声がかかったんです。サラサは複数店舗ありますが、既にある場所を生かすのがお店を開く条件です。ここの場合は、銭湯がそのままコンセプトになったんですね」

建物のつくりは当時のままだという店内は、学生さんや主婦の集まり、常連さんのおじさんまで、幅広い層の方が思い思いにくつろいでいます。その壁面は一面のタイル張りです。マジョリカタイルと呼ばれる、今では使用禁止の鉛の釉薬が使われた古い時代のタイルが見所です。

img_8503
男湯側へのアプローチには、のれん風の「ゆ」の手ぬぐいが。なんとなくこちらの方が男性が多い?
男湯側へのアプローチには、のれん風の「ゆ」の手ぬぐいが。なんとなくこちらの方が男性が多い?
かつての番台のそばに、不思議な置物が。
かつての番台のそばに、不思議な置物が。

体重計のような、秤のような面白い置物を見つけたので、これも当時のものですか、と伺うと、あれは音楽を流すスピーカーですよ、と意外な答えが変えってきました。以前からあったように馴染んでいます。

「空間としてすでに出来上がっているので、後付けでいろいろと持ってきても馴染むんですね。うちは看板メニューを売りにしているわけでもなく(しいて言えば牛スジチャーハンかな、と教えてくれました)、ただ料理も空間も、安心してくつろげることを心がけています。他のお店との違いはやっぱりこの場所が持っている力です」

思えばかつて銭湯はご近所さん同士の社交の場。カフェという人が集って憩う場所にぴったりの空間かもしれません。それにしても、場所の持つ力ってなんでしょう。「さらさ西陣」さんでは時折ライブも行われるとのこと。昔その耐水性や丈夫さから銭湯に使われていたタイルが、今はその見た目の美しさや音の反響性がこのカフェで活きています。タイルのある空間が、どうして今人を惹きつけているのでしょう。もう少し、調べてみようと思います。タイル専門の博物館があると知って、岐阜県は多治見を訪ねました。

3月の桜

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
日本の歳時記には植物が欠かせません。新年の門松、春のお花見、梅雨のアジサイ、秋の紅葉狩り。見るだけでなく、もっとそばで、自分で気に入った植物を上手に育てられたら。そんな思いから、世界を舞台に活躍する目利きのプラントハンター、西畠清順さんを訪ねました。インタビューは、清順さん監修の植物ブランド「花園樹斎」の、月替わりの「季節鉢」をはなしのタネに。植物と暮らすための具体的なアドバイスから、古今東西の植物のはなし、プラントハンターとしての日々の舞台裏まで、清順さんならではの植物トークを月替わりでお届けします。

3月は桜。そろそろ開花予報が流れ出す頃です。日本人がこよなく愛する春の顔。その膨大な注文を受けるため、清順さんが代表を務める「そら植物園」では毎年、長野での「桜の枝切り合宿」で新年が始まるそうです。5日間で数千という枝を目利きするという清順さんに、早速桜のこと、伺っていきましょう。

re_sgo8507

◇3月「桜」

前回も少し触れましたが、昔の日本でお花見といえば梅でした。梅から桜に取って替わったのは平安の頃から。庶民の間に広まったのは江戸時代頃だと言われています。

桜という名前の語源は、「さ」が田畑の神様、「くら」が神様が鎮座する場所。神様は大のお酒好き、お祭り好きです。桜の木の下で宴を開くことが、自然と農耕の始まるこの季節の行事になっていったんだと思います。

今回季節鉢に選んだ桜は「旭山桜」の盆栽仕立て。背丈が大きくならない矮性(わいせい)種ながらたくさんの花をつけるので、鉢に入れた状態で「小さな花見」を楽しむことができます。桜の魅力が凝縮された鉢です。水やりを忘れなければ、八重の大き目の花をたくさんつけてくれます。

hachi

◇桜=日本のもの?

実は桜の起源も、日本とは限らないんですけどね。中国、韓国、ヒマラヤという人もいる。中国にも桜は自生するし、桜=日本のもの、とは決めつけない方がいいかもしれない。それでも、日本でもっとも愛でられた樹木であることには、変わりありません。神様が座る木がこれだと決めたというのは、それだけ別格だったということです。名前はそういう証拠やから。それじゃあ、また来月に。

(ひとこと)
プラントハンターは、初めて見た木が梅なのか桃なのか桜なのか、花も葉もない状態で一瞬でわからなければいけません。もっと言えば同じ桜でも何の種類か、いつ頃に、何色の花が咲くのか。一流のプラントハンターは、それが冬芽を見ただけで、パッとわかるんですよ。

——

<掲載商品>
花園樹斎
植木鉢・鉢皿

・植物(鉢とのセット):以下のお店でお手に取っていただけます。
中川政七商店全店
(阪神梅田本店・ジェイアール名古屋タカシマヤ店は除く)
遊中川 本店
遊中川 神戸大丸店
遊中川 横浜タカシマヤ店
*商品の在庫は各店舗へお問い合わせください

——


西畠 清順
プラントハンター/そら植物園 代表
花園樹斎 植物監修
http://from-sora.com/

幕末より150年続く花と植木の卸問屋、花宇の五代目。
日本全国、世界数十カ国を旅し、収集している植物は数千種類。日々集める植物素材で、国内はもとより海外からの依頼も含め年間2,000件を超える案件に応えている。2012年、ひとの心に植物を植える活動「そら植物園」をスタートさせ、植物を用いたいろいろなプロジェクトを多数の企業・団体などと各地で展開、反響を呼んでいる。著書に『教えてくれたのは、植物でした 人生を花やかにするヒント』(徳間書店)、『プラントハンター 命を懸けて花を追う』(徳間書店)、『そらみみ植物園』、『はつみみ植物園』(東京書籍)


花園樹斎
http://kaenjusai.jp/

「”お持ち帰り”したい、日本の園芸」がコンセプトの植物ブランド。目利きのプラントハンター西畠清順が見出す極上の植物と創業三百年の老舗 中川政七商店のプロデュースする工芸が出会い、日本の園芸文化の楽しさの再構築を目指す。日本の四季や日本を感じさせる植物。植物を丁寧に育てるための道具、美しく飾るための道具。持ち帰りや贈り物に適したパッケージ。忘れられていた日本の園芸文化を新しいかたちで発信する。


聞き手:尾島可奈子

三十の手習い「茶道編」四、あらたまの年をことほぐ

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。第一弾は茶道編です。30歳にして初めて知る、改めて知る日本文化の面白さを、習いたての感動そのままにお届けします。

◇あらたまの年をことほぐ

1月某日。
今日も神楽坂のとあるお茶室に、日没を過ぎて続々と人が集まります。木村宗慎先生による茶道教室4回目。2017年最初のお稽古です。

お茶室に入ると、床の間の飾りがまず目に飛び込んできます。

re_img_8079

青竹に挿してある柳は、長く畳へと伸びています。上の方は輪っかに結ばれていました。ひとつずつ、宗慎先生が解説してくださいます。

img_8114

「これは結び柳。最近では料理屋などで飾られているのを見かけることが多いのですが、そもそもは御所の飾りから来ています。起源は諸説あるのですが、もともと中国では別れの際、また会えますようにとまじないの意味を込めて柳を結んだものを渡す習慣がありました。詩人の王維(おうい)が友人との別れを詠んだ漢詩にも『客舎青青 柳色新たなり(出立する宿のそばの柳が雨に濡れて青々として)』と柳が詠いこまれています。

柳という木は水辺にあるでしょう。空を目指してどんどん育っていくのに、葉は育つほどまたどんどん下に、水に触れるほど伸びる。空を目指していったものが再び下へと伸びてくるのが、生命の循環、無限のループのように思われたんですね。

床の間に結び柳を飾る時は、花筒のなかに水を入れてしまうとダメなんです。どんどん芽を吹いてしまいます。柳は切ったぐらいでは枯れません。それくらい生命力の強いものだから、あらたまの年をことほぐ時に柱に掛けて、魔除けと繁栄の願いを込めて作られていたんですね。新年の代表的な飾りもののひとつとして、好まれてきました。上からざっと下ろしてあるのは龍に見立ててあるともいいます」

もうひとつ、結び柳の横に掛けられたふさふさとした飾りは、蓬莱飾(ほうらいかざり)または掛蓬莱(かけほうらい)と呼ばれるもの。緑の長いひげのような部分は、ヒカゲノカズラ、という植物だそうです。

hikagenokazura

「クリスマスリースの正式な材料ですね。クリスマスが本当は12月24日ではないって知っていますか?聖書にはキリストがお生まれになった日付の記述は、一切ありません。ローマ教皇庁が、後から決めた日付です。

クリスマスの直前に、二十四節気だと何がありますか?冬至ですね。1年で最も日が短い日です。ヨーロッパなど冬が暗く寒い地域は、春を待ちわびる思いが切実です。冬至は、この日を境に日が長くなる、いよいよ春がくるぞと祝う、大事な時期でした。その時に、光り輝く神の子がお生まれになる…と重ね合わせて、効果的な日付を考えたんですね。

ヒカゲノカズラは、名前の通り、日が全く差さないような森の中、ツタカズラのように生え広がって、真冬にも青々と緑の葉を茂らせます。それをたくましい生命の象徴であるかのように、昔の人が思ったんですね。柳と同じです。日本では、古くは御所の柱に、片一方は柳、一方はヒカゲノカズラが飾られたといいます。

こうした飾りには、生命力の強さだけでなく、異なるふたつのものが揃って初めてものごとが整うという考え方も込められているよう思います。異なるふたつ、すなわち「陰・陽」です。例えば掛蓬莱の元になった、正式な御所のかざりは“卯槌(うづち)”と言います。芯には魔除けの桃の木。固い木です。その周囲には柔らかくふわふわとしたヒカゲノカズラ。これは男女、のニュアンスをも含んだ陰陽の表現ではと思わせます。

御所を飾っていたものが、今では家々やお店に飾られている。お上で行われていたことへの憧れが、民間の暮らしにも落ちてゆき、取り入れられるわけです。いつ、なにをどうすればよいのか、こうしたしきたりを故実(こじつ)と言います。宮中で行われるものの場合は有職(ゆうそく)故実、江戸城などの典礼儀式の場合は武家故実と言います。11月の亥の子餅は武家故実と有職故実の両方にまつわるお菓子であったというわけですね。

一見、難しい故実を、暮らしに取り入れ、人へのもてなしに取り込んだりするのが、実に面白い。故実に込められたのは、古(いにしえ)の人たちの祈りにも似た想いです。そうした想いを受け取り、今に生かすことで、質・量のわかりやすい豊かさではなくて、様々なことが楽しくなるんじゃないかなと思います。新年は特にそういうものを意識します」

img_8058

床の間には麻苧(あさお・麻糸や麻生地の元となる)を使った「麻熨斗(あさのし)」が飾られていました。ご進物につける熨斗紙には簡略化されたアワビ熨斗があしらわれていますが、こうして三宝に熨斗を飾るというのは、部屋自体に熨斗が掛けてあることを示すそうです。自分が急に、美しく包装された贈りものの箱の中にいるように思えてきます。

「お茶の家だと炭を飾ったりもしますね。自分にとり、家にとり神聖と思われるものに改めて敬意を表する。新年に大切なことです。こういうものは気持ちの表れなので、他所と違っていてもいいんです。うちはこう、こちらはこういう理由でこの形なのだろうな、と思いを汲むことが大事。なんでもありなんです。でもなぜそうしたのかという理由やルーツをたずねるところが、面白いんです」

◇花びら餅に思う

「では、このあたりでお茶とお菓子を出しましょう。新年なのでお濃茶を差し上げようと思います」

オコイチャ、という耳慣れない言葉にこの先の展開をワクワクと見守るうち、本日のお菓子が運ばれてきました。新年最初のお茶会・初釜(はつがま)でいただく「花びら餅」。決まりごとで、独楽盆(こまぼん)という上から見ると独楽のように見えるかわいらしいお盆に盛られています。

img_8090

白い半月型のお餅の内に、うっすらと赤い色が透けて見えます。両側から出て見えるのは、ゴボウ?

いただきます、と菓子器を両手で持ち上げてから、懐紙を正面においてお菓子を取ります。こちらは餅菓子なので、楊枝で切らずに手でいただいて良いそうです。パクリといただくと、柔らかいお餅の中に、やはりゴボウの食感。少しの塩気と白味噌の餡の甘みと、くるくると口の中の変化を楽しみながら、あっという間に平らげてしまいました。

re_img_8083

「元は宮中で三が日の間に召し上がる『御菱葩(おんひしはなびら)』というお菓子が起源です。民間でいうお雑煮の、原型のひとつになっています。御所のお鏡餅は、白いまん丸のお餅を数枚重ねた上に、あずきで赤く染めた菱形のお餅を3つ、六角形に組み合わせて乗せるんです。ちょうど亀甲の形ですね。丸と角(亀甲)、かつ紅白です」

飾ってある餅は食べられないので、同じ思いで食べられるよう作り上げたのが、丸く白いお餅に菱形の赤く染めたお餅を入れた「御菱葩」。白い丸餅が天皇、赤い菱餅が皇后でしょうか。ここにも“陰・陽”です。あずきの赤色には魔除けの力があると信じられていたそうです。それにしてもなぜ、ゴボウが…?

「本来挟んであるのはゴボウではなく、押し鮎という発酵食品の鮎でした。その理由は諸説あってわからないのですが、神代の時代、神武天皇が日本の国を平らげる時に、鮎に道筋を教わったという話もあります。動物と植物とを合わせる、と見ることもできます。色々な陰陽を重層的に組み合わせてあるんですね。ところが、押し鮎は食べづらく美味しくない。そこで色が似ているという理由で、冬場に取れる京野菜の堀川牛蒡に変わりました。これも、固いものと柔らかいものの組み合わせです。夫婦和合、陰陽の和合を説く食べ物であったわけです。ときに古くからの宮中の行事はとてもプリミティブです」

本来宮中の流れを汲む行事食が今の花びら餅になったのは、江戸時代の末期に裏千家11代目・玄々斎(げんげんさい)が宮中から拝領してきて、許可をもらって茶席用のお菓子にアレンジしたのがきっかけだそうです。

「茶席や民間に伝え残され、変容した故実は、それぞれ『いい加減が、良い加減』。元を辿ると結局どれだったんですかというくらい、いろんな理由にたどり着きます。時々の暮らしのなかに取り混ぜながら、今、叶う姿にする。だからと言って、簡単に、当たり前のように、おざなりに済ませてしまうとつまらないものです。

例えばなぜお雑煮を新年に食べるのか。年始を祝うという時に、その意味などわからずに過ごしているのは、実はすばらしいことです。ごちゃごちゃ説明などいらない。これは本当につよい。でもその上で、なぜこんなことをするのか、おじいちゃん、おばあちゃん、父母が何気なくやっていたことを、また自分が引き継いでやっていく中で、どこかで立ち止まってちゃんと考えることが、より深くする、と思うんですよね。

花びら餅を食べる時にいつも思います。食べて美味しいわ、だけでは面白くないんですよ。自分なりに考えるのが、本当の豊かさをもたらすと思います」

宮中のお鏡餅から行事食へ、そして初釜の花びら餅へ。食べて美味しいわ、で済ませてしまいそうだった味や食感、いろかたちを、もう一度思い返します。その意味と共に改めて花びら餅をお腹におさめたところで、生まれて初めていただくお濃茶のお点前が始まりました。

◇お濃茶の作法

img_8140

普段のお茶席でいただくのは薄茶(うすちゃ)。対して濃茶は、その名の通り湯量に対してお抹茶の量が多く、色も味も濃い。薄茶は点てると言うのに対して、濃茶は練る、と言うそうです。ひとつのお茶碗で数人が回し飲みします。

img_8198

お茶碗が回ってきたら、袱紗を添えて、左手のひらにしっかりと乗せます。お椀を少し持ち上げて感謝を捧げたら、お椀を回して、ずずずずず、と音を立てていただく。ワインのテイスティングと同じで、空気と一緒に口に含むと香りがたつので、わざと音を立ててすすって、鼻から抜ける香りを味わうのだそうです。

「利休の師・武野紹鴎(たけの・じょうおう)は『一口ひとくち、噛むように飲むべし』と言ったそうです」

三口半、四口ほどいただいたら、畳に置いて口をつけたところを拭い、次の人に手渡します。

img_8220

「お濃茶の作法、わからない、と怖がらなくて大丈夫です。とにかく三口半飲んで、飲んだところを拭いて、ぬるくなる前に回す。その上で、いただきますのお辞儀とどうぞのお辞儀が互いに揃えばかっこいいですね」

美味しいものを、しっかり味わいつつ冷めないうちにとなりの人へ。ひとつの茶碗で同じお濃茶を次々といただいていくと、不思議な連帯の気持ちが芽生えてきます。

◇お茶碗を拝見

お点前を頂戴したお茶碗を、改めて見せていただきました。

img_8227

「これは御本(ごほん)茶碗。日本から注文して、朝鮮の窯で焼かせたお椀です。なかでもこれは徳川家光の命で小堀遠州が考案した茶碗です。立鶴(たちづる)と言って、鶴の絵は家光が描いたものをハンコにして、朝鮮に送って焼かせたと言われています。高台も見てみてください。面白い形をしていますからね。拝見の仕方は、しっかり両手で持つこと、そしてゆっくりと見ることです」

img_8244

「高台を3つに割った上で、1箇所削ってあります。真ん中に一筋釉薬がかかっているのも、立鶴茶碗に関してはみな大体同じです。わざとそうしてあるのですね。茶碗はお尻、高台が大事なんですよ。理由は簡単です。お茶を飲み終わって、最後に見るのが高台なんです。ここで茶碗の印象が終わるんですよ」

もうひとつ、淡路島に伝わる珉平焼(みんぺいやき)のお椀を見せていただきました。大きく描かれた伊勢海老に、新年の特別な空気を改めて味わったところで、今日の稽古もそろそろおしまいの時間です。

伊勢海老のヒゲがお椀の内側にまで伸びている。
伊勢海老のヒゲがお椀の内側にまで伸びている。

「今宵はこれくらいにいたしましょう。今日は初釜らしくお濃茶としつらえの話をしました。

しきたりや故実は我々の先祖の、祈りにも似た思いが込められているものです。ややこしい、めんどくさいルールだと思うのではなく、興味を持ったなら、これはいける、面白い、と思えるものを取り入れてみる。全部やらなくていいんです。それと、一見何気なく見える人の振る舞いを、けっして何も考えずにやっているのではない、とどこかで謙虚に思っていないとつまらない、ということです。

改めて、今年もよろしくお願いします」

全員で深々と礼をして、新年最初のお稽古が幕を閉じました。

◇本日のおさらい

一、何気ない年中行事の意味を、時々立ち止まって考えてみること

一、何気なく見える人の振る舞いを「何気なく」に留めず、謙虚な姿勢で受け止めること


文:尾島可奈子
写真:井上麻那巳
衣装協力:大塚呉服店

【はたらくをはなそう】執行役員 緒方恵

緒方恵
執行役員/Chief Digital Officer

中川政七商店のWEBデジタル領域を統括管理し、会社をより成長させる一助となることをミッションに2016年中途入社。

具体的には、

・WEBサイト
・ソーシャルメディア
・ネットストア
・(基幹などの)システム
・新規デジタル施策

の開発・運用を行ってます。

入社にあたり「WEBデジタル領域を統括運用するためにまず組織編成を見直したい」ということを社長に提言したのですが、その編成案が即採用されすぐに適用された時はとても驚きました。こんなスピード感で意思決定・実行が為される会社があるのかと。

そのスピード感の背景にあったのが、社長が感じている「工芸への危機感」。

中川政七商店では「日本の工芸を元気にする」を旗印に全ての活動を決定・実行している会社なのですが、その中の取り組みのひとつとして自社の成長ノウハウをコンサルティングという形で外部に提供するということをしています。

しかも、そのノウハウはそのコンサルティング先企業から、その産地全体に共有してもOKということにしている。

ただ、それでもコンサルティングができるのは年に数社。

一方、日本全国には300近い産地があり、そこにさらにそれぞれ数百の企業があります。

そうなると、仮に1社にコンサルティングを行うことでその企業や産地自体が元気になったとしても日本全体で捉えるとスピード感は決して良くないと考えているとのことで、そうなるとむしろ私が「圧倒的なスピード感」だと思ったような速度でも実はまだ足りず、もっと早くなければならないのです。

「いいと思ったことはすぐにやるべき」

「やったことがないことにも積極的に挑戦しなければならない」

と言われ、なるほどと思いました。

そして、会社全体がそれを本当にやり切ろうとしていることを入社してすぐにこうして体験することができたのはありがたいことでした。

WEBデジタルの領域は日々新しい技術や手法が生み出される領域です。

私の仕事はその中から日本の工芸を元気にするものをピックアップし、スピード感を以てドンドン組み込んでトライ&エラーを積み上げて成果を上げていくこと。

「デジタル×工芸」

とてもエキサイティングなフレーズだなと思っています。

仕事は「誰とやる」こそがなによりも大事だと思っている人間だったのですが、心から共感できる「なにをやる」も併せて得ることができて、幸せものだなと思っています。

あとはとにかくやるだけです。

日本の工芸をもっと便利に、もっとエキサイティングにするために。

わたしの一皿 雪どけのうつわ

千葉に生まれ育ったものとして、千葉愛がある。それもかなり大きな。数にはできないが、いつも心にしまってあって、今か今かと出番を待っています。そんな僕ですが、各地へ行くと「千葉の名物は?」と聞かれてなかなか困る。これ、千葉県民あるある。実は北海道に次ぐほどの農業県だし、漁業も酪農も盛ん。だけど、一つ一つの素材に目立ったインパクトや知名度がない。うーん、残念。しかし、そのあたりの控えめさがかえって千葉の魅力、と思ってしまう人がもしいるとすれば、同士です。あなたも千葉出身ですね?ほどほど何でもある県、それが千葉。

前置きが長くなりました。みんげい おくむらの奥村です。寒いこの時期ですが、そこかしこに春の訪れを感じさせる食材が並び始めます。今日の素材「菜の花」もその一つ。冒頭の千葉の話、ここにつながります。千葉の県花は菜の花。そして千葉の食用菜の花はダントツ日本一の生産量なのです。なのに「千葉といえば菜の花なんですよ!」と自信たっぷりに各地で話してもぽかんとされるんだ。うーん、わかります。子供ながらに、春に咲いた菜の花を見て、「地味だなぁ」と思ったもの。

201702_04_resize

しかし、食材の菜の花と聞けば、心躍る人も多いはず。地味の滋味です。ひかえめな花、あざやかな緑の葉と茎、そこからは想像も出来ぬほろ苦さ。ギャップにグラっとくるんだよね、というまさに好例でしょうか。優しいあの人のたまに吐く毒っ気が好き。そんなのありますよね。こちとら日々毒まみれですが。まあそれはいいか。

今日は菜の花をシンプルに芥子あえに。さっとゆがいて調味料にひたし、ちょいと待てば出来上がり。なかなか優秀なクイックメニュー。あわせるうつわは白。日本の民藝のうつわの代名詞とも言われる産地のものです。はたしてどこのものかわかるでしょうか。

201702_02_resize

答えは「小鹿田焼(おんたやき)」。大分県日田市にある産地です。小鹿田焼といえば、飛び鉋(とびかんな)や刷毛目(はけめ)という技法で知られ、それが頭に浮かぶ人はなかなかうつわ好きですね。今日はそこを敢えての無地。小鹿田焼のやさしい白を感じてもらえませんか。天然の素材からできた釉薬は、そもそもいわゆる「白」よりはクリームがかっておだやかな色なのですが、それが焼きの具合でさらに色々な表情を見せます。柔らかくて味わい深い白でしょう。

このうつわが作られる小鹿田の皿山(集落)へは、日田市の中心部から車で30分ほど。皿山の景色自体のうつくしさがまたたまらない場所なんです。町を抜け、山に入ると川沿いをひたすら登っていきます。冬の終わりには梅、春は桜、初夏は蛍、秋は紅葉、冬本番は雪景色。いつ訪れても美しい日本の里山の季節を感じることができる山道を登ったらいよいよ到着。一子相伝が守られ、今も10軒しかない小鹿田焼の窯元。そこかしこに窯やその煙突が見えます。目を閉じれば、その小さな集落の中を流れる川の音と、川の水を利用して動く唐臼が、コーン、コーンと焼き物のための土を砕く音が聞こえます。

よくよく各窯元の売店をのぞけば、最初はまったく同じように見える小鹿田焼もそれぞれの家に特徴があることがわかります。今日の一枚は果たしてどこの窯元のものかな。

冬はよく雪が降る小鹿田。そんな小鹿田の景色のような白のうつわに、菜の花が乗っかれば、もう雪どけ。テーブルの上にも春の訪れです。さて、今夜はこの菜の花にどんな酒を合わせよう。鼻の奥をぴりりとくすぐる芥子。うーん、こりゃ日本酒を人肌ぐらいでお燗かなぁ。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

地域×デザイン2017

こんにちは、さんち編集部の山口綾子です。
全国各地で地域の特色を活かした様々な取り組みを取り上げる「地域×デザイン展」。
2017年2月3日(金)~ 2月26日(日)まで、東京ミッドタウン・デザインハブ 第63回 企画展として「地域×デザイン -まちが魅えるプロジェクト-」が開催されています。この展示は昨年2月にも開催され、約1万人を集めました。今回はその第2回です。

全国からよりすぐった地域プロジェクトを展示によって紹介するとともに、日ごとにテーマを設定し、ゲストを招いたトークセッションやワークショップなどのプログラムも実施されています。
モノだけのデザインではなく、コトをデザインしていく。町の中で行われるさまざまなコミュニケーションやサービス、人と人とのつながりがデザインされたり、デザインの力がいろいろな局面で活用されていることを知ることができる、見ごたえのある展示となっています。

ここで10のプロジェクトの展示の見どころをご紹介します。

1. <奈良県・奈良市>100年後の“工芸大国”を目指す「中川政七商店」産地再生の取り組み

日本の工芸を元気にするための多面的な活動、産地の一番星を作るという経営コンサルティング。そして産地へ旅をしたくなるという仕掛けで産地全体へ波及効果を生み出していく活動を紹介。

dscf5078_resize

2. <宮崎県・綾町>綾町の魅力を100年後に伝える「aya100」

総面積の80%が山林で占められているという綾町。オーガニックの町として有機野菜の栽培を町ぐるみで推進しています。

dscf5068_resize

3. <香川県・小豆島町、土庄町>愛のバッドデザインプロジェクトin小豆島

瀬戸内海に浮かぶ小豆島の日常生活の中で見かける「とるに足らない些細なもの」を探し出し、ものに宿る機能や美しさを見出し記録するプロジェクトです。

dscf5056_resize

4. <北海道・東川町>地域と世界を繋ぎ、新たなアイデアを町にもたらす「写真の町」

人口約8000人の町・東川町が、1985年に“写真の町”を宣言して、それ以来写真文化を軸とした町づくりを実施し、地域一丸となったプロジェクトの展開に成功しています。

dscf5066_resize

5. <長崎県・五島市>離島と都会を結ぶ、小さな私設図書館「さんごさん」

長崎県・五島列島の福江島の港町に、古民家を改修して作られた私設図書館「さんごさん」。
離島と都会を結ぶために、建築で結ぶ・本で結ぶ・活動で結ぶという3つの切り口を示す展示です。

dscf5039_resize

6. <愛媛県・松山市>これからの日本の湯道具をつくる「YUIRO」

豊富な湯源を持ち、独自の発展を遂げてきた日本の温泉文化。身体を洗うというだけなく、湯治や社交の場として見た視点からアピールしていくプロダクトを作る3000年の歴史を持つ道後温泉で行われているプロジェクトです。

_resize

7. <福島県・南会津町>木のおもちゃから広がる、南会津の林業再生とまちづくり「マストロ・ジェッペット」

「マストロ・ジェッペット」は2010年に設立した木製玩具や乳幼児向けの食器製造・販売をしている会社です。福島県南会津で林業・製材・木工職人・デザイナーいろんな職の人たちが集まって行われている地域おこしのプロジェクトです。

dscf5022_resize

8. <岩手県・宮城県ほか>アジアの若手デザイナーと東北の事業者を繋ぐ「DOOR to ASIA」

アジアで活躍する若手デザイナーと東北の中小企業・事業者をつなぐ“デザイナーズ・イン・レジデンス”形式のプログラムです。日本だけではなく、海外から若手デザイナーが東北地方に集まってホームステイをしながら、その土地の文化やコミュニティを含めて理解し、事業者の商品をデザインしていく試みです。

dscf5025_resize

9. <兵庫県・豊岡市>地場産業ブランディングと人材育成による地域拠点づくり「Toyooka KABAN Artisan Avenue」

兵庫県豊岡市は生産量と従業員数共に日本一を誇る鞄の生産地。Toyooka KABAN Artisan Avenueは豊岡市の中心部に位置する販売と教育を軸にした鞄の拠点となっています。さらに産業としての持続可能性を高めるための人材育成も行っています。

dscf5009_resize

10. <兵庫県・豊岡市>「飛んでるローカル豊岡」プロジェクト

ローカルの価値にこだわり、地域固有の文化や自然環境、人とのつながりなどの地域の資源を活かして都会とは違う豊かさを追求すること、グローバルに通用する地域を作るプロジェクトです。

dscf5018_resize

今回の運営に携わる事業構想大学院大学 研究科長・教授の小塩篤史さんはこうおっしゃいます。

「地域×デザインがプラットフォームとなり皆さんの中で掛け算がどんどん増えていくことを願います。イノベーションとはゼロから作るのではなく、何かと何かの組み合わせで生まれるもの。地域×デザイン×さらに何か。各地域が持っている医療福祉やインフラなどの制約がある中、そこにデザインが入った時に何か新しいものが生まれるのだと思います。
見に来られる方、いろいろなバックグラウンドがあると思います。すでに地域おこしに関わっている方は他の地域はどうやっているんだろう?デザイナーは自分のデザインは地域にどう掛け算できるんだろう?など、着想を得たくて来るもよし。事例として見るだけではなく展示やトークセッションの中で何と何が掛け算されたのか注視して見てみるとなにか新しいものが発見されるはずです」

他の地域を見ることで、自分の地域の良さを再確認できる。みんなそれぞれ生まれた地域や背景が必ずあるはず。

ぜひ、会場に足を運んでみてください。
きっとあなたの中に新しい掛け算が生まれるはずです。

地域×デザイン2017 -まちが魅えるプロジェクト-

文・写真:山口綾子