創業150年の鍛冶屋が叩き、作る。豊かな表情と強さを宿した「鉄鍋」

家族の団らんやハレの日のごちそうに、すき焼き鍋を囲む。

そんな時、牛肉を香ばしく焼き上げ、料理の味わいをぐっと引き立ててくれるのが鉄鍋です。その魅力を、すき焼きだけでなく日々の焼き料理でも楽しみたい。日常で気軽に使えるように、軽くて扱いやすい鉄鍋が欲しい。

そう考えて作ったのが、調理後そのまま卓上に運び、熱々を最後までお楽しみいただける「鍛冶屋の鉄鍋」です。

ものづくりの現場は、名前にあるとおり鍛冶屋さん。今の時代に至るまで技を受け継いできた鍛冶屋で鉄鍋がどのように作られていくのか、工場へおじゃまして見せていただきました。

要望に応えて何でも作る「野鍛冶」からスタート

訪れたのは、「金物の町」として知られる、新潟県三条市。和釘や刃物、作業道具などの金属製品を作る鍛冶職人が多く活躍してきた歴史があり、隣の燕市とともに、世界に誇るものづくりの町としても広く知られています。

この地で農具や鍋・包丁などの製造、修理を請け負う「野鍛冶(のかじ)」としてスタートし、150年以上にわたって技術を受け継いできたのが「近藤製作所」です。

新潟県三条市にある近藤製作所。立派な梁に歴史の息吹を感じる工場の建物は、建て替えとなった中学校の木造校舎を移築したもの

「三条は川が多く流れていて、畑もたくさんあった。野鍛冶として何でも作っている中でも、畑で使う鍬(くわ)の需要が特に高くて、うちは次第に鍬を専門に作るようになったと聞いています」

そう話すのは、近藤製作所の六代目である近藤孝彦さん。

昔から鍬などの道具は、手入れや修理をして永く使い続けるものでした。しかし時代の流れとともに各地の鍛冶屋が減っていき、今では、鍬の修理や製作を行うところは希少な存在に。そのため、鍬専門の鍛冶屋である近藤製作所には全国からさまざまな注文が寄せられるようになります。そんなお客さまの要望に応える形で、技術を磨き、繋いできました。

近藤製作所六代目の近藤孝彦さん。「うちが鍛冶屋をしていたとはっきり分かるのが六代前までで、それ以前にもやっていた可能性はあります」とのこと

「跡取りがいなくて廃業する同業者も多いですし、農機具の機械化や小型化がどんどん進むのを目の当たりにして、このままじゃまずいと思いました」

鍛冶屋の数も注文数もどんどん減少する中で、近藤さんは、「鍛冶屋だからこそできることがある」と、これまで以上に一人ひとりへ寄り添ったものづくりを考えるようになりました。

「使う人の要望に対して、細かに対応することができるのは強みだなと。今こそ野鍛冶としての原点回帰の時だと考えたんです」

そこで2024年、屋号から名付けた自社ブランド「野鍛冶やまご」を立ち上げました。その第一弾の製品はフライパン。日常でよく使う主婦の声を聞き、細部にわたる使い勝手の好さで根強いファンを獲得しています。

何より魅力的なのは、一つひとつ手作業で鉄を叩き鍛造して作ることで、世界にひとつの表情を持つ個性があること。しかも使いながらじんわりと、その人なりの風合いを育てていくことができます。使うほどに愛着がわき、永く使いたくなる。そんな愉しみが鍛冶屋の鉄道具には潜んでいます。

鍛冶職人の技を活かす、プレスと手打ちのハイブリッド製法

鉄製だけど軽くて扱いやすいすき焼き鍋を作りたい。そこに鍬づくりで磨かれてきた鍛造の技術を活かせば、工芸の空気をまとった、永く愛用できる装いになるはず。そんな期待は、実際の製品となって姿を現しました。

野鍛冶の職人が手打ちした不均一な風合いは、そのまま食卓に出してもサマになる佇まいに。いつものハンバーグやナポリタンなども、じゅうじゅうと音を立てる熱々のごちそうへと早変わりします。鍋としてはもちろん、フライパンとしても使える万能選手。永く愛用しない手はありません。

「今回は生産効率などを考えて、プレスと手打ちのハイブリッドに初めて挑戦しました」

プレスの機械

プレスで大まかな形を作った後に、手打ちで叩いて仕上げる合わせ技。手打ちならではの表情や細かい部分の微調整を活かしたまま、生産性を高めることができるハイブリッド製法で、この鉄鍋は作られています。

まず、一枚の丸い鉄の板を熱するところからスタート。600〜700度の高温で赤くなるまで熱し、ちょうどよい色合いになるのを見計らって、プレスをかけていきます。

丸くて薄い鉄板から、丈夫な鉄鍋が作られる
プレスした瞬間、鉄を熱した際にできる酸化皮膜がガラスの破片のように飛び散る
「プレスする金型作りに一番時間がかかりました」と近藤さん。型屋さんとともに試行錯誤を幾度も重ねたそう

火加減で決まる、鉄の表情

プレスした後、火力が安定して熱しやすいコークス(石炭由来の固形燃料)で再び加熱。

「求められた風合いを出すために、火加減の影響もあることに辿り着きました」

火入れの際の火加減が、仕上がりの表情を左右する

熱された鉄を叩くことで生まれる、独特の風合い。素材の個性や職人の叩き方、さまざまな要素によって表情が変化する中で、火入れの温度まで細かく試行錯誤を繰り返し、理想の仕上がりを追求しました。

だんだんと赤く発色していく色味で温度を見極め、冷める前に木槌で何度も叩く。そして次の箇所を熱してまた叩く。その作業を繰り返しながら、全体を鍛えて表情を出すとともに、鍋の形を整えていきます。

赤く熱した部分を木槌で叩くことで密度が増して強度が上がる。油のノリも良くなるそう
外側を叩き終えると、今度は内側からも

「鍛造をし始めた頃は力加減が分からなくて。腕の力に頼って思いっきり叩いていたら、めちゃくちゃ痛くなったんです(笑)」

熱さに負けず、鉄の硬さや温度を感覚で捉え、打ち続ける。そのためには手首のスナップを使った無駄な力を入れないフォームで、正確に、かつ力強く叩く必要があります。

硬い樫の木を使った木槌。変形具合が、熱と衝撃の強さを感じさせる

赤くなった鉄をカーンカーンと叩いて鍛えるたび、煌めきながら四方八方へと尾を引いて飛び散る無数の赤い火の粉。その光景は衝撃の強さを物語るとともに、鍛造の現場の緊張感と熱気を伝えてくれます。

無骨さの中にある、繊細な仕事

この鉄鍋には、他にも多くの鍛冶屋の技術が注がれています。無骨でワイルドなかっこよさに加えて独自の表情をさらに引き出すため、鍋の口を微妙に削り、硬質な鉄に薄さでニュアンスを加えたデザインにしています。この部分はグラインダーで削るのですが、繊細な作業で、匠の技が光るところ。

エッジをきかせるかのような鍋の口。立ち上がりの角度にもこだわってデザインをしている

両側に付けた持ち手は、細い鉄の棒をグラインダーで山なりに丸く削り、プレス機で成型をしてから溶接でしっかりと接合。再び滑らかになるようグラインダーで削り、最終形へと仕上げます。

手ざわりがよくなるまで、砥石を変えながら研磨を繰り返す
角張った細い鉄の棒から作られる取っ手。丸みのあるやさしい仕上がりに
角度を埋めるように溶接棒を中に溶かし込みながら、慎重に、持ち手を真っ直ぐ付ける

グラインダーをかけると断面にバリのような粗いエッジが残るため、「砥石の粗さを変えて、3種類のグラインダーできれいにしていきます」とのこと。

使う人を思い、細部にわたって丁寧で細やかな作業を進めていく。無機質な鉄鍋に風合いだけでなく、温かなやさしさがにじみます。 さらに、ブラストという微粒子の砂を吹き付けて汚れや皮膜を除去。この時細かく入る傷は、最終工程となるシーズニング作業で油がなじみやすくなる効果もあるそうです。

シーズニングのために鍋を軽く温め、油をしみ込ませたクロスで拭くと、赤やオレンジ、青みがかった黒、白っぽい色と次々に変化をしていた色が、すっと漆黒のような深みのある黒色に変わり、重厚な風格を見せはじめます。

再び軽く熱した鉄鍋に油をなじませて、完成
ぐっと深い黒色に仕上がった鉄鍋

見た目の印象よりも軽いことも、この鉄鍋の特徴。薄手の鉄板を叩き、強くして作ることでできる限りの軽さを実現しました。持ち手部分を壁などに掛けて片付けることもできます。

「鉄鍋は扱いが難しいと思われている方も多いようですが、使う前にしっかり熱して油を敷き、一度冷ますと油が定着するので、その後再び温めて使うと焦げ付きにくくなります。使った後もお湯とタワシでさっと洗えるので、お手入れもラク。この鉄鍋で、多くの人に鉄の魅力に気づいてもらえるとうれしいですね」

「現代の野鍛冶」としての可能性

鍛冶屋の仕事は一つひとつが手作業で、大量生産には向きません。その反面、使う人の要望に細やかに対応できる強みがあります。本当に欲しいと思える、自分の作業や暮らしに合う一点ものの道具を作ることもできるのです。

その技をさらに磨くため、近藤さんは「越後三条鍛冶集団」に所属し、仲間とともに技の向上と学びを続けています。

「鍛冶集団の知り合いを通じて、いま、第2のオリジナルアイテムとして包丁づくりを試しているんです。うちはこれまでずっと鍬専門でやってきたので、包丁づくりの設備は揃っていませんが、鍛造まではうち、刃付けは知り合いにお願いするという分業の可能性もあるんじゃないかなと考えるようになりました。ものづくりの町である三条だからこそ、作れるものも、方法も、いくらでもあるように思って」

これまで製作してきた鍬のギャラリー。各地の風土や作物によって鍬の形状が変わるそうで、近藤さんも名前を覚えきれないというほど、さまざまな鍬を作ってきた

鍬づくりを中心としたさまざまな注文に応えるうちに磨かれてきた、近藤製作所の鍛造技術。

「うちの初代が野鍛冶としてお困りごとにお応えしてきたように、原点へ立ち返り、一つからでもお客さまが望むものを作る『野鍛冶』を復活させたいですね。燕三条なら何でも作れると思うので、周りと協力し合って新しい取り組みができればと思います」

そんな近藤製作所と作った「鍛冶屋の鉄鍋」。自在に鉄を成形する鍛冶屋の技があるからこそ実現できました。大切な人と囲む食卓の真ん中で、じゅうっと音を立てるごちそうと一緒に。このいい顔をした鉄鍋が、長く寄り添う道具になってくれたらうれしく思います。

<取材協力>
株式会社近藤製作所

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はじめての鉄

文:安倍真弓
写真:黒田タカシ

【はたらくをはなそう】中川政七商店 店長 島袋悠真

島袋悠真
中川政七商店 アミュプラザ長崎新館店 店長

2022年 中川政七商店 マークイズみなとみらい店 店舗スタッフとしてアルバイト入社
2024年 社員登用 エキスパートスタッフ
2024年 中川政七商店 二子玉川ライズ店
2025年 中川政七商店 金沢百番街Rinto店 店長
2026年 中川政七商店 アミュプラザ長崎新館店 店長


小さい頃から、合気道、書道、空手道など「道」のつくものに親しんできました。どれもすぐに結果が出るものではなく、肝心なのは日々の積み重ねと、それにどう向き合い続けるかという姿勢そのもの。そうした経験を通して、目の前のことに丁寧に向き合い、続けていくことの大切さを自然と学んできたように思います。

はじめて中川政七商店の店舗を訪れたときの接客は、今でも強く心に残っています。

商品そのものだけでなく、産地や職人さんの想い、ものづくりの背景まで丁寧に伝えてもらい、「こんなふうに想いを届けられる販売スタッフになりたい」と感じました。

もともと日本の文化やものづくりに携わりたいという気持ちがあり、その想いと重なった瞬間でした。

現在は店長として、接客をはじめ、スタッフの育成や売り場づくりなど、日々の店舗運営全般を担っています。正直に言うと、店長としてはまだまだ駆け出しです。社員登用の際に「1年以内に店長を目指します」と宣言し、そのちょうど1年後に店長の話をいただいたときは、不安とワクワクが入り混じった気持ちでした。

初めての店長。初めての土地。

それでも、先輩店長や上司に相談でき、きちんと話を聞いてもらえる環境に支えられ、良いスタートを切ることができたと感じています。

仕事をする上で大切にしているのは、こころばです。特に「ベストを尽くすこと」と「楽しくやること」をいつも大切にしています。

どんなときも自分なりに考え、できる限りのベストを尽くす。その上で、楽しみながら取り組む。そうした姿勢こそが、良い店づくりの土台になると考えています。

中川政七商店には、「やってみたい」と声に出せば耳を傾けてもらえる環境があります。これからも新しいことにも挑戦し、視座を高めていきたいです。

そして、「道」で学んできた姿勢を大切にしながら、目の前のお客様やスタッフと誠実に向き合い、日々の接客や売場づくりを積み重ねていきたいと思います。まだまだ道の途中ですが、店長として、お客さまと作り手の想いが届くお店を目指していきたいです。

「日本の工芸を元気にする!」というビジョンに向かって、これからも一歩ずつ進んでいきたいと思います。

<愛用している商品>

野菜がたくさん食べられるひとり土鍋

おすすめ理由:一人暮らしを始めたときに、はじめて購入した土鍋です。野菜をこんもり盛ることができ、そのまま蓋をうつわ代わりにして食べれば洗い物も少なく済みます。土鍋ならではの熱々の状態のまま、最後まで冷めずに食べられるのも嬉しいポイント!冷凍うどんがすっぽり入るサイズ感も使いやすく、気づくとつい手に取ってしまう、お気に入りの土鍋です。

すっきり爽やか 青柳番茶

おすすめ理由:さんち修学旅行で茶畑を訪れたことをきっかけに、飲み続けている番茶です。
実際にものづくりの現場を訪れ、職人さんの話を聞く中で、毎日のお茶時間を大切にしたいと思うようになりました。ティーパックで手軽に淹れられ、仕事の日は水筒に入れて持ち歩いたり、日常の中で気軽においしいお茶が楽しめます。毎日の中で、ほっと落ち着く時間をつくってくれる番茶です。

荒れ性用花梨の化粧水

おすすめ理由:お店のスタッフさんが愛用していると聞き、使い始めた化粧水です。
ベタつきが少ないのに、肌にすっとなじんでしっとりとした使い心地で、毎日のお風呂上がりにも無理なく使えます。



中川政七商店では、一緒に働く仲間を募集しています。
詳しくは、採用サイトをご覧ください。

食卓のうつわはどこから来るのか、どこへ還るのか。ものづくりを未来につなぐ「土」のはなし

私たちが暮らしの中で愛用している、工芸の品々。

なかでも、毎日の食卓を彩るうつわたちは、特に身近な存在のひとつ。

そんなうつわの原料について、深く考えたことはあるでしょうか?

職人の手によって作られていることはわかっていても、その手前の原料となる「土」は一体どこからやって来るのか。逆に、役目を終えたうつわはどこへ還るのか。

美濃焼の産地、岐阜県多治見で「土」をめぐる課題に向き合い、さまざまな取り組みを進めている株式会社井澤コーポレーションの代表 井澤秀哉さんに話を聞きました。

中川政七商店が新たに始動した「“工芸のしまいかた”を考える循環プログラム『C KOGEI(シー コウゲイ)』」を担当する羽端が聞き手を務めます。


枯渇しつつある、世界で唯一無二の奇跡の「粘土」

羽端:昨年、井澤さんたちが主催されている「土談(つちだん)」*というイベントに参加させていただいて、「土」が置かれている危機的な状況を知りました。「土」に対する課題はいつ頃から意識されていたのでしょうか?

※土談:地域の「土」に着目し、その価値や課題を共有しながら、次のものづくりの可能性を探るための新しいコミュニティ。土を知り、土を語り合い、土から学ぶことで、これからのものづくりや地域産業のあり方を考えることを目指す。

井澤:実は私も、2017年に鉱山会社の社長さんから「このままいくと陶磁器に使う『土』、特に『粘土』が枯渇する」という事実を教えてもらうまではまったく意識していませんでした。産地の中でもほとんどの人がそうだったと思います。

土が枯渇するとは誰も知らずに、どんどん掘っていた。そこで、まずはこの事実を産地の中でシェアしないといけないよねと。

今このあたりで掘られている「土」は、琵琶湖の6倍の大きさだったともいわれる「東海湖(とうかいこ)」が存在した時代のもの。その「東海湖」をひとつの産地として捉えると、萬古焼も瀬戸焼も常滑焼も美濃焼も、同じ「土」を使う仲間じゃん!となって、有志が集まりました。

それが「東海湖産地構想」。そして窯業に携わるすべての人に「土」の現状や課題、ポテンシャルを自覚してもらおうと始めたイベントが、羽端さんも参加してくれた「土談」なんです。

株式会社井澤コーポレーション 代表取締役 井澤秀哉さん。
うつわの製造販売からスタートした同社の四代目。雑貨マーケットへの参入や、陶磁器デザイン会社の設立など新たな試みを積極的に展開。「東海湖産地構想」や「セラミックバレー構想」など、「土」をコンセプトにした地域ブランディングの活動にも力を注ぐ。陶磁器という枠を超え、街の課題解決のために複合施設「THE GROUND MINO」を開発し、運営している。
「土」をコンセプトにした複合施設「THE GROUND MINO」 
街・窯業・料理人の3つの課題を解決するための、ショップやギャラリー、陶芸工房、シェアキッチンなどが入る。

羽端:実際に鉱山にも案内していただいて、最初はその規模感に圧倒されて。これだけたくさんの「土」があるのに枯渇するの?という感覚をもったくらいです。でも詳しく伺ってみると、そんなに単純な話ではないということが分かってきました。

中川政七商店 羽端

井澤:ひとつの鉱山から採れる土は、陶磁器用のものだけじゃないんですよね。どんな土でも焼けばそれなりに固まりはしますが、うつわ作りには適していない。陶磁器に最適な「土」となると、形状をキープする可塑性や耐火性が必要になる。

なかでも蛙目(がいろめ)、木節(きぶし)と呼ばれる「粘土」は、世界中探してもこの東海地区でしか採れない貴重なものなんです。陶磁器の「土」は、粘土・長石・珪石の3つの要素からできているんですが、ここに蛙目を少し混ぜるだけでも成形性が良くなる、いわば魔法の「粘土」なんですね。

マグマが冷えて風化した花崗岩が流れていった先に「東海湖」があったおかげでそこに堆積して。奇跡的なプロセスをふみながら何百万年もかけて醸成され、「粘土」へと変化していった。でも、それがこのままだと枯渇するという話なんです。

実際に案内していただいた、多治見の鉱山
かつて「東海湖」の一部だった鉱山にて
500万年前から600万年前とされる貴重な粘土層。蛙目や木節と呼ばれる「粘土」が採れる

陶磁器は、二度と「土」には還らない

羽端:「土」が枯渇してしまうということもそうですが、陶磁器は「土」に還らないというお話も聞いて、さらに驚きました。自然素材なので、それこそ庭に置いておけばいずれ「土」に戻るものだと、なんとなく思っていたので。

井澤:役目を終えた陶磁器の処理も、大きな課題のひとつです。多くの方が「土」に還るイメージを持たれていますが、高温で焼きしめた陶磁器が自然に「土」に還ることはありません。遺跡などで、一万年前の土器が出土しているのはそういうわけなんです。

自治体が回収してリサイクルする仕組みもありますが、現状は廃棄物として埋め立てられているもののほうが多くなっていて。埋立地のスペースを圧迫するだけでなく、微生物などの生物多様性を奪っていくことにもつながると、専門家も警鐘をならしています。

「土」は地球から窯業界に託された素材です。何百万年経っても「土」には還れないことを理解したうえで、「土」を扱い「土」を焼くという責任を、作り手は持たないといけない。ここに向き合わない限り、次の世代につないでいくことはできないと思っています。

「土」のことを語っていくと、自然と環境のことに繋がっていくと語る井澤さん

リサイクル(再利用)からサーキュラー(循環)へ

羽端:「THE GROUND MINO」の入り口に回収ワゴンがありましたが、美濃では、不要食器の持ち込み、回収が日常的におこなわれているんでしょうか。

電化製品やペットボトル、最近ではアパレルなども、回収が当たり前という感覚になっています。それと比べると工芸の世界はまだまだと感じるので、全国的にそうした機運が高まれば良いなと。

「THE GROUND MINO」入り口にある回収ワゴン。地域の人が不要なうつわを持ち込み、使用不可能なうつわは細かく粉砕してリサイクル陶器「セルベン」に。

井澤:美濃では、30年近く前から不要食器の回収・リサイクルの活動があり、不要食器を粉砕したリサイクル陶土(以下、「セルベン」)や、それを20%ブレンドしたリサイクル陶磁器の開発も行われてきました。

ただ、ものづくりを取り巻く状況が変化していく中で、リサイクルという言葉だけに捉われず、資源も含めた循環を意識した「サーキュラーエコノミー」へのアップデートが必要ではないかと話し合っているところです。

サステナブルやリサイクルという機能ばかりに価値を求めすぎるのもいけないというか。たとえば、「セルベン」を調合する割合が20%に満たなくて「リサイクル陶磁器」の定義から外れるとしても、3%でも5%でも、技術的なことも含め無理なく作りやすい調合で「サーキュラー」させていくほうが大事だと思っています。

羽端:なるほど。それぞれの状況に応じた循環をまず実践していくというか。そこにきちんと魅力や価値が生まれていくとなおよいですよね。

井澤:「東海湖産地構想」の仲間とともに、新たな商品の開発なども進めているところです。

また、この「GROUND MINO」を拠点にして、美濃の魅力につながるものを展示したり、地元の若手作家のうつわを販売したり。併設のキッチンスタジオで料理人の方々とコラボしつつ、うつわと料理の関係をみんなで学んだり。エンドユーザーさんに陶芸体験を通して土の価値をお伝えしたり。さまざまなことに取り組んでいければ。

「土」の問題を抜きにしても、全国の窯業の衰退は1990年後半から起きていて、今もその流れは止められていません。もし僕たちの構想がうまく機能した時には、ほかの産地にもその成功体験をシェアする活動ができたらいいなと思っています。

レストランなどのマーケット向けのうつわの展示(THE GROUND MINO)
土の特徴や魅力が伝わる展示もあり、ミュージアム的な側面も(THE GROUND MINO)
陶芸体験ができるスペース(THE GROUND MINO)
「東海湖産地構想」に参画している美濃焼の窯元「晋山窯ヤマツ」が開発した花器「Crunch vase(クランチベース)」。あえて粗く粉砕した「セルベン」を混ぜた独特の表情が人気(2023年グッドデザイン賞 受賞)
晋山窯ヤマツ株式会社 代表取締役 土本正芳さん。作り手として、ものづくりを循環させることと、消費者にとっての価値になることを両立させるために日々思考錯誤を繰り返している。

消費者も、「資源提供者」として工芸の担い手に

羽端:ちょうど、中川政七商店らしいサステナビリティについて議論していた時期でもあり、美濃の話は本当に興味深く、社内でも刺激になりました。

これまで、「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げて産地や作り手さんたちを支援してきましたが、工芸の始まりである「原料」を意識することは少なかったのが正直なところです。

陶磁器以外の商品もたくさん扱っている中で、まずうつわから「C KOGEI」をスタートさせたのは、井澤さんたち産地の方々が自ら課題解決のために発信されていたのが大きかった。昨年の夏から、実際に相談にも乗っていただいていました。

井澤:私たちもプロジェクトを進める中で、情報を産地内でシェアするだけでは、なかなか行動につながりにくいこともあります。中川政七商店さんが「C KOGEI」のような取り組みを始めて、やらなくてはいけないことだと言ってもらえると、まだ行動できていなかった産地の関係者が動き始めるきっかけにもつながっていくんです。ありがたいことだと思っています。

羽端:こうした取り組みをお客さまへどう伝えていくかなど、アドバイスがあればぜひお聞かせいただきたいです。

井澤:そうですね。私たちは最初に「消費者参加型のものづくり」だと伝えています。中川政七商店さんに、割れたり不要になったりした食器を持っていった時点で、そのお客さまはもう「資源提供者」なんです。

そうして受け取った資源を産地に返してものづくりをスタートさせる。お客さまが参加してくださってはじめて「サーキュラー」なものづくりが始まるんです。

羽端:なるほど、そして作り手を経て、再びうつわとなってお客さまの元に還ってくる。難しいことは考えずとも、工芸の担い手になっていけるんですね。

井澤:まだ使えるうつわに関しては、金継ぎなどをして再販もできますよね。

そこにも次の価値が生まれる余地があるなと思っていて。たとえば、古い産地の食器に現代のアーティストが絵を描くと、今までにない面白さが生まれる。一万年以上持つ素材ですから、世代を超えてリメイクしていく面白みが残っていくと思うんです。

羽端:何百万年前の奇跡の「土」で作ったうつわを、現在の私たちが使っているという時点でロマンを感じています。それに手を加えて100年後に誰かの手に渡り、さらに手を加えてずっと継ぎ足されていく。ものづくりの循環に、すごくポジティブに向き合えそうな気がします。

100年単位で遊ぶつもりで「サーキュラー」していく、そんな当たり前の未来を、皆で作っていきたいと思います。本日はありがとうございました。

廃棄される陶器を美濃で粉砕したリサイクル陶土「セルベン」で作った庭

<関連する特集>
「“工芸のしまいかた”を考える、 循環プログラムC KOGEI」

<取材協力>
井澤コーポレーション
晋山窯ヤマツ

文:石田多美
写真:阿部高之

和食器を面白く!愛と情熱の「うつわ研究所」座談会

「大切な人に美味しく食べてもらいたい。ともに楽しい時間を過ごしたい」

昔ながらの和食器には、人を思いやる気持ちが込められています。

そんな和食器を今の暮らしに合わせて再解釈し、あらためてその魅力や楽しみ方を伝えていきたい。そう考えて、うつわを愛してやまない工芸デザイナーが集い、始まったのが「うつわ研究所(うつわ研)」の活動です。

メンバーは、Oji&Design代表の大治さん、中川政七商店の榎本、岩井、大久保。この4名が定期的に集まって議論を交わし、時には産地の現場を訪れながら和食器について考えた結果、第一弾の商品として作ったのは「蓋もの」でした。

今回、今の時代の新たな「蓋もの」として「玉手どんぶり」「おめかし重」という2アイテムが発売されるタイミングで、「うつわ研」のメンバーによる座談会を開催。普段の活動やうつわに対する想い、商品開発の苦労などについて話を聞きました。

「工芸は楽しい!」が伝わるうつわを

—うつわ研がスタートした経緯を教えてください

榎本:社内で今後の「うつわ」作りについて検討していた中で、産地に根ざした手工業デザイナーとして、多くの生活道具を生み出してきた大治さんとご縁があって。なにかご相談できないかなと思ったのが最初ですね。そこからこのメンバーが集まって2025年4月にスタートして。毎月のように集まったり産地を見に行ったりしてきました。

中川政七商店 榎本雄

大治:うつわ研をスタートするにあたって僕から皆に伝えたのは「もっと”中川政七商店らしさ”のあるうつわを作ってもいいんじゃないか」ということでした。

店舗に並んでいる商品を見ていて、産地を応援したいことは伝わってくるし、佇まいも良い。だけど、どこかで遠慮も感じたんですよ。

産地に寄り添いすぎると「この産地はどんぶりを作ってるから、今回も作りましょう」と、手段が目的化してしまう。そうじゃなくて「この時代に和食器を使う意味を考えると、普段のどんぶりじゃなくてこれかも」みたいな提案をしていくというか。そんなことをやりたいなっていう話をしました。

大治 将典(手工業デザイナー/Oji & Design 代表)

日本の様々な手工業品のデザインをし、それら製品群のブランディングや付随するグラフィック等も統合的に手がける。手工業品の生い立ちを踏まえ、行く末を見据えながらデザインしている。

大久保:確かに「この産地はこういう物が得意だから、それを作る」という思考で固まってしまっていたなと思って。

産地の良さを活かすことは大切なんですが、一歩引いて俯瞰で見ることで、本当に必要としていることが分かって、逆に作り手との距離が近くなることもあるんだなと。「うつわ研」の活動を通じて、そんな気づきがありました。

中川政七商店 大久保優希

—第一弾として「蓋もの」を作った理由は?

大治:中川政七商店らしさとはなにかと考えた時に、「工芸を元気にする」ことだという話になって。じゃあ「工芸を元気にする」ために、「工芸は楽しい!」が伝わるうつわを作るのがいいんじゃないかと。

単に「使いやすい」ではなくて、「使いこなしてみたい」もの。手にしたお客さんが能動的に変わっていけるようなものがいいよねって。

「蓋もの」は、電子レンジや冷蔵庫も無かった時代には、食事を保温するために必要だったし、保存容器としても重宝されていたんです。

時代が変わって、そういう和食器ならではの形が必要とされなくなった。でも、たとえば蓋を持ち上げた時、料理の湯気が上がる瞬間には感動がある。そうやって視点を変えれば、うつわの持つ佇まいが喜びや楽しさに変わるようなことはまだまだたくさんあるはずで、それを探していこうよと。

榎本:自分たちで考えていた時は、蓋があるうつわを提案していこうとはまだ思えていなくて。大治さんとご一緒して、その部分が楽しさとか価値になるということに気づけたのは収穫でしたね。

日本人の暮らしと和食との間に距離ができている中で、うつわから入って食事の楽しさに気づくこともあるはずなので、そういったものを作りたいと思いました。

岩井:洗い物もふたつになるし、ものづくりとしても複雑になるし、どちらかと言えばネガティブに捉えてしまいがちなところを、敢えてポジティブに楽しもうという視点にはっとしたというか。すごく腑に落ちました。

中川政七商店 岩井美奈

使い勝手よりも、エモーショナルが少しだけ勝る「和食器」づくり

―「玉手どんぶり」について、どんな風に考えて開発を進めたのでしょうか

大治:「蓋もの」のどんぶりが今の生活にフィットして使えるか考えてみた時に、遅く帰ってくる家族のために、ご飯を盛って蓋をして冷蔵庫に入れておけば「このままチンできますよ」とか。ラップをかけなくても大丈夫とか、そういう便利な方向にも割と使えそうだなと。

被せの蓋なので、小ぶりに見えて意外と容量があることとかも、使い勝手がよい。その辺りは榎本さんがすごく細かい部分のデザインやサイズを突き詰めたからこそ出来上がっていると思っています。

その上で、湯気がブワーッと出る楽しみっていう情緒的な面白いところもあるし。使い勝手も結びつきつつ、最後のところではエモーショナルが勝つような、そこのバランスはとても大事に考えました。

試作検討を重ねて、徐々に出来上がっていった新しい「蓋もの」のかたち

榎本:僕の方ではサイズ感をどこに絞るのかっていうのは結構悩みました。どうしたら手軽に感じてもらえるか。いかに親近感を持ってもらえるか。

形状も切立(きったて)に近くして容量も稼ぎつつ、ご飯の盛りやすさにもつなげたりとか。

大治:普通に見えるけど、ぜんぜん普通じゃないんだよね。

榎本:そうなんです(笑)。この蓋の形自体も気に入っています。ありそうで無い形。やっぱり、蓋が美しいということは、パカっと開けた時の喜びに繋がると思うので。博物館へ行って「奈良茶碗」をリサーチしてみたり、本当に‟研究”しながら作っていきましたね。

実際に料理を入れて使ってみましたが、湯気が出るときは本当に美しくて。ああいう体験を皆さんにしてもらいたいなと思いました。

絵付けも、あえて釉薬がちょっと滲むようなものを意図的に狙っていて。一つひとつが違って見えてくるっていうところをメーカーさんと一緒にできたのは良かったですね。手の跡が感じられるものはやっぱり面白いです。

伝統的なうつわの形状やデザインをあらためて研究

――おめかし重についてはどうでしょうか

大治:苦労しましたね。最初は普段の使い勝手を意識していたけど、最終的に‟ハレ”の方向にギュッと寄せた。

岩井:ハレとケのバランスを取ろうとして、ずいぶんぐるぐる行ったり来たりしました(笑)。

お重というものの性質をあらためて考えてみると、お花見や運動会、おせち料理など、誰かと一緒に楽しむ際に使われてきたうつわなんですよね。

そこに気づき始めた時に、やっぱり‟ハレ”かもって。お正月だけじゃなくて、日常の中の小さな特別の時に使いたくなる‟ハレ”感を出せればと腑に落ちて。

あとは自分でも毎日のように使ってみながら、「これだと小さいかも」「あと5mmあればもうふたつお皿が入るのに」とか、使いこなす楽しみみたいなものを体感しながら開発できました。皆さんにもそういった楽しみを、使いながら見つけてもらえれば嬉しいなと思います。

大治:諦めずに形になって本当に良かった。料理が美しく見えるように蓋の小口を斜めに切って、その角度も蓋がずれない最適な傾斜を追及して。細かいところも工夫が行き届いている。

守破離で言うところの「守」だったお客さんが、「破」にジャンプするためのジャンプ台というか。そんな商品になっているんじゃないかと思います。

誰かを想う気持ちが込められたうつわで、暮らしを楽しくする

―今回、和食器に向き合って気づいたことは?

榎本:和食器の意匠とか形状って、大切な人に食事をどう届けるか、どう一緒に楽しむかということがすごく考えられてきたんだなと思いました。

冷めないように美味しく食べてもらいたいから蓋があって、開けた時の湯気もそうだし、蓋の裏にちょっとした絵が描いてあったりする驚きもあって。誰かを想う気持ちを形にしてきた。そこを深堀りしていくと、新しい価値が生まれるんじゃないかなと。

大治:装飾イコール悪じゃなくて、思いやりみたいなことになったらとてもいいと思うんですよ。こんな感情になってもらいたい、自分もこうなりたい、みたいなことがあるから、その線やデザインが決まっていくわけで。

柔らかい線だったら柔らかい気持ちに多分なるだろうし。

岩井:「おめかし重」も、開発中に家で出してみると、いつもと違うものが出てきた時の「うわぁー!」という反応があって。

大治:喜んでくれるよね。

岩井:喜びがあって、場の空気が変わる。すごい力を持ってるなというのは純粋にありました。でも、なんていうか、それが普段のほかのうつわとなじんでいる状況が豊かだなぁと思ったんです。

ひとつあるだけで空気は変わるけど、違和感が強すぎても無理があるというか。なので少しずつ、ちゃんと愛されて続いていくものを「うつわ研」としてひとつふたつと増やしていけると、健やかに混ざっていくんじゃないかっていうのを感じながらやっていました。

大久保:僕は今回、このチームで色々な現場に行ったり、打ち合わせを重ねたりする中で、デザインに関する考え方が少し変わりました。

デザインを考えるとき「こういう形がきれいだな」という理想をもって進めるんですが、素材の特徴や作り手の個性の影響を受けるので、100%デザイン通りには仕上がりません。その時に、「デザインと違うからこう修正して」ではなく、「こっちの方が(自分のデザインよりも)良いな」と思えたというか。なぜ完成品の方が良いのかを判断できるようになった感覚があります。

大治:よい変化だと思います。デザインしたものをその通りに作ってくださいというのはものづくりではないんですよ。デザインしながら色々な影響を受けて変わって、その結果が良ければ別にそれでいい。受け入れる気持ちがちゃんとあれば、作り手や素材と混ざって、一緒に作るようになっていく。コントロールしながらコントロールしたくないというか。それがいい物を作る時に大事なことだと思っています。

大久保:あとは、誰が使っても馴染むようなものでなくてもいいのかなっていうか。作る人の個性とかが、もっとものに現れてもいいんじゃないかなということを、あらためて感じました。

大治:僕は普段は一人でやっているので、「やっと工芸デザイナー仲間ができた!」みたいな気持ちで。作家や職人、産地のことなんかを話しても「ふーん」で終わってしまうところが、この3人だと「そうそう!」って共感してもらえる。

商品に関しても「ここがちょっと違和感あるかも」と伝えたらちゃんとディテールが修正されて返ってくるし、打てば響くというか。本当に楽しかったなぁ。

榎本:我々も、大治さんがどんな風に産地でコミュニケーションして、ものを作っているのか見ることができてとても勉強になりました。暮らしが楽しくなる手応えは得られた気がしているので、和食器を面白くする取り組みを今後も続けていきたいですね。

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文:白石雄太
写真:阿部高之

【はたらくをはなそう】経営企画室 中田勇樹

中田勇樹
経営企画室

1989年生まれ。
株式会社AOKIで商品開発や新規事業立ち上げを担当し、課題分析から販路構築まで経験。その後、mode株式会社にて多業種のECやデジタルマーケティング支援に従事。2021年に中川政七商店へ転職。


私が中川政七商店に転職した理由は、「日本の工芸を元気にする!」という志に惹かれたからです。大げさに聞こえるかもしれませんが、伝統ある工芸の世界にデータとテクノロジーで貢献できるのは面白そうだと感じました。


入社後にまず驚いたのは、店舗研修で「今商品を買っていただかなくてもいい。それよりも、お客様にお店やブランド、販売員を好きになって帰っていただけるようにしてください」と教えられたこと。中川政七商店ではこの精神を「接心好感」と呼び、お客様の心に接して心地よいブランド体験を提供することを大切にしています。デジタルの世界でこの精神を実現することが、私のミッションです。


そのために、お客様との接点を拡充するためLINE公式アカウントとLINEミニアプリを活用したデジタル会員証を導入しました。会員IDが店頭とECで別だった課題を解決し、ワンタップで会員バーコードを提示できるようにしたことで登録率は3倍となり、LINE経由の売上は4年で8倍に伸びました。さらに独自のブランディングツール「MONJU」で行動データをクラスター分類し、生成AIと組み合わせて最適なコンテンツを届ける取り組みも進めています。一斉配信よりもクリック率が120%から150%ほど向上し、メルマガ作成工数も約50%削減できた時には思わずガッツポーズが出ましたね。


もちろん、AIは万能ではありません。メルマガの件名は人間が考える方が「中川政七商店らしさ」が高かったように、ブランドらしい表現は人が磨く必要があります。だからこそ、デジタルの力で効率化を進め、その結果できた時間で工房や店舗に足を運び、職人の想いや接客スタッフの工夫に触れていきたいと思っています。伝統と革新を行き来しながら、社員同士が気軽にアイデアを出し合える風土も中川政七商店の魅力です。上司や同僚との距離が近く、「こういうことがやりたい」と言えば必ず耳を傾けてくれます。失敗しても次に活かす姿勢が根付いているので、挑戦することが楽しい会社だと感じています。


これからもデジタルと人の力を掛け合わせ、お客様にも従業員にも心地好い体験を提供する仕組みを磨いていきます。日本の工芸の魅力を未来につなぐために、一緒に走ってくれる仲間が増えることを楽しみにしています。

<愛用している商品>

かや織バスマット

おすすめ理由:いろいろなバスマットを試した結果、かや織バスマットのLサイズがベストでした。吸水性がよく、肌触りと予想外にクッション性もあるのが心地好いです。何度か洗うと少し縮んでくるので、我が家ではLサイズがぴったり。クッション性は縮むうちに徐々に感じるようになりました。自宅にいる猫が大好きで、私がお風呂に入っていると、バスマットの上でずっとゴロゴロしています。爪が引っかかるのでボロボロになるかと思っていたのですが、見た目よりも丈夫のようで、2色購入して毎日使いまわししています。

丈夫でへたりにくいキッチンスポンジ

おすすめ理由:1~2か月でヘタってしまうスポンジが多い中、この商品は半年近く使い勝手が変わらずに使えます。泡立ちもよいままなので、替えるタイミングに困るほど。お皿用だったものが、掃除用に変わり1年近く現役のまま活躍しています。

愛用品の“その先”を考える。工芸を未来へつなぐ循環プログラム「C KOGEI」始動

お箸やお茶碗を捨てる時、その捨て方について悩んだことはありませんか?

自分専用のものとして長く使ってきた愛着ある道具たちを、ゴミとしてそのまま捨ててもよいものか。正解が分からずに戸惑い、立ち止まってしまう。そんな経験がある方も多いのではないでしょうか。

工芸に根ざしたものづくりを続けてきた中川政七商店にとって、「長く使い、その後どう循環させるか」ということは以前からの課題でした。

その課題に向き合う第一歩として、2026年2月に “工芸のしまいかた”を考える循環プログラム「C KOGEI(シー コウゲイ)」を始動します。

同プログラムについて、中川政七商店 社長の千石に話を聞きました。

作ったものを次へとつなぐ「C KOGEI」とは?

工芸に使われる原料の多くは、土や木、漆などの自然素材です。端材の活用など、これまでもできるだけ無駄のないものづくりが行われてきましたが、資源には限りがあります。そのため、「作る」だけでなく、「長く使うこと」や「使い終えたあとのこと」について、中川政七商店でも長年議論されてきました。

「日本には、お焚き上げのように、感謝とともにものを手放す文化がありますよね。サステナブルやリサイクルという言葉が生まれる前から、空に返すという感覚も含めての循環の思想があったはずなんです」と千石は話します。

「ものの終わらせかた、しまいかたを中川政七商店らしく考えていきたいと思ったんです」と話す

これを「中川政七商店らしくするなら、どうなんだろう」と考えて形にしたのが「C KOGEI」でした。

“Craft(つくる)”、“Care(つくろう)” 、“Circulation(つなぐ)” 。この3つの「C」を軸に、工芸を次の時代へとつなぐ取り組みです。

「作るだけではなく、大切にして長く使い、手放し、再び作るという循環を実現させる。そのためにも、ものの終わりまでを見据えた“工芸的なしまいかた”を考えてやってみようというものです。方法や価値の見い出し方はさまざまあると思いますが、まずは身近な陶磁器からスタートさせることにしました」

具体的には、ご家庭で使われなくなった中川政七商店の商品を回収し、修復が必要なものには手を入れて、店舗で再販売します。修復が難しい場合は原料へと戻し、新たなものづくりに活かす予定です。将来的には対象を衣類にも広げていくことを視野に入れています。

「陶磁器の金継ぎも、修復させて長く使う日本の伝統文化ですよね。捨てずにものを生かしつつ、新たな佇まいや美しさも上乗せされて、より愛着が深まる。

このような次へのつなぎ方をデザインすることは、おばあちゃんの知恵袋的にもともと日本にあった考え方です。大量生産・大量消費の時代になり、皆そのやり方がわからなくなってしまっていますが、使われなくなったものが古物として新たな価値を見いだす可能性もありますし、捨てられそうなものをアートとして再生することもできる。

私たちがその舵取りをして、将来的には『中川政七商店へ聞けば日本らしいものの終わらせかたが分かるし、信頼して任せられる』となることを目指したいですね」

再販売による売上の一部はメーカーや産地へ還元し、次のものづくりを支える力になることも目指しています。

愛用品を、手放す・直す・つなぐという新たな選択肢

「C KOGEI」最初の回収対象は陶磁器。今回は千石が自宅で愛用してきた品々の中から、プログラムの対象として実際に手放すうつわを選んでもらいました。

自身で丁寧に選んだものがそこかしこに並ぶ
インタビューの様子を不思議そうに見守る、愛犬・福ちゃん
料理が得意なご主人と暮らすキッチンには、長く使われてきた道具やうつわがずらり

「窯元さんや作り手さんを知って『素敵!』と思うと、つい『これください』となるんです。でも収納には限界があるので、夫から『もう入りませんよ』と言われていて(笑)」

そう話す通り、食器棚の中には所狭しとうつわが並びます。

所狭しとうつわが並ぶ食器棚(ほんの一部)

どのうつわにも思い入れがあり、選ぶ手は自然と慎重に。

手にしているのは「伊賀焼のスープボウル」。「本当に便利でおすすめです」と千石

最初に、たくさん揃えていた「産地のうつわ『豆皿』シリーズ」の中から3枚が選ばれました。

「お漬物をちょこんと乗せたり、ペッパーミルのソーサー代わりにしたり。使い勝手がとてもよくて、つい揃えて増えてしまいました。まだ綺麗だけど、『C KOGEI』をきっかけに一旦手放して、次の人に使ってもらえれば。食器棚を少し開けて、いま興味がある新しいうつわを迎えるのもいいですね」

ファッションと同じくうつわにも、ときめきを感じるその時の推しがあったりします。

「今はガラスのものに惹かれるとか、お揃いで欲しいなとか。ライフステージやスタイルによって好みが変わることもあります。少し登場回数が減ってきているものは、手放しどきなのでしょうね」

やちむん、益子焼、瀬戸焼の豆皿3枚が選ばれました

続いて棚からピックアップされたのが、「常滑焼の塩壷」。

「これは試作品で世の中にないサイズなんですけど、ずっと使っていたら縁の部分が少し剥げてきて。自分で金継ぎをしようと思って、ベースの漆塗りまでチャレンジしたんです」

ところどころに見える赤い継ぎ目が、丁寧に使われてきた歴史を物語っています。

「まだ使えるけど、これも次の人に使ってもらうのもいいかな。また少し剥げてきているから、まずは金継ぎをしてもらわないとですね」

丁寧に使い込まれてきたことがわかる塩壷。金継ぎを教えてくれたのは、先代社長のお母様

そう話しながら、合計4点の陶器が回収のために選ばれました。

ものの未来に選択肢を与えて

陶磁器以外にも、手放すとしたらどんなものがありそうでしょうか。中川政七商店でおなじみの「食洗機で洗える漆椀」も候補に挙がりました。

「これは、ほぼ毎日使っているくらい登場回数が多くて」

漆塗りにもかかわらず食洗機で洗えることから人気の高い同商品。

「6、7年くらい使っているわりには綺麗なんですけど、裏側は少し剥げかけているようなところも出てきて。でも、塗り直しをしてもらえたら、まだ長く使えるんですよね」

今回は陶磁器だけですが、今後、他の原料のうつわや衣類の回収も考えていきたいと、その可能性に期待を膨らませています。

福ちゃんのおさんぽなどで、夏場はほぼ毎日着て愛用しているという麻布Tシャツ。衣類の回収が始まれば手放そうと思っていたものの、「まずは染め直しをしたい」とのこと

「実際に回収に出したいものを探してみたことで、手放してもいいかなと思う品もありましたが、直してまだ使いたいと思うものもたくさんあることに気付きました。

これは中川政七商店で買ったものじゃないけど、思い入れがあるから直して使いたいんです」

と見せてくれたのは、少し欠けた部分のある、風合いのよい深皿。

初めて窯元で購入したという作家ものの深皿。色むらや貫入が重なり、味わいが増している。思い入れがあり、金継ぎをして使い続けたいと話す
能登を旅した際に一目惚れして購入した輪島塗のマグカップ。「塗り直しをして一生使い続けたい。漆は本当に長く使える素材だと思います」

「プログラムで回収できるものは、まずは中川政七商店でご購入いただいた商品を対象としています。回収品を安全かつ適正に取り扱うため、現時点では対象を絞って取り組みを進めているところです。

今後、制度や処理体制の整備が進めば、他社でご購入された商品についても、回収の可能性を検討していきます」

「ものの行く先には、本来さまざまな選択肢があるはずです。でも今は、しまい込むか捨てるかしかなくて、その捨て方さえよく分からないのが現状なのかなと。

自分がものとどう付き合い、どう終わらせるのか、あるいはどうつなぐのか。選択肢がなければ考えること自体できないので、まずは中川政七商店が『C KOGEI』でその選択肢を提案する。

その中からそれぞれが『自分はこの道具とどう向き合いたいか』を選んでもらえたらいいと思っています」

まずは、自分の身の回りにあるものと向き合ってみる。長く使い続けるもの、手放すもの。そこを見つめ直してみる小さな一歩が、工芸の未来を支える循環につながっていくのかもしれません。

「C KOGEI」の背景にあった、国際認証「B Corp」の取得

少し話は変わりますが、中川政七商店は2025年8月、国際的に公益性の高い企業を評価する「B Corporation™」(以下、B Corp)の認証を取得しました。

「先代がよく『いい会社でいたいよね』『いい会社と仕事をしたいよね』と話していたのですが、コロナ禍の頃に改めて “いい会社”って何だろう、って考え始めたんです」

‟いい会社”とは何か。社内で議論を重ねるうちに出会ったのが「B Corp」の認証制度でした。

「B Corp」は、ビジネスを通じて社会をより良く変えていくことを目的とし、社会や環境に配慮した公益性の高い企業を認証する制度

「中川政七商店は、『日本の工芸を元気にする!』というビジョンを軸に事業を行う、ビジョンドリブンな会社です。一方で、やりたいことを続けて、成長し続けるために『利益』は欠かせません。さらに、そこに『個別善』と『共通善』が重なる会社こそが、“いい会社”なのではないかと定義しました」

「個別善」とは、自分たちが善いことと考えて実現を目指していること。そして「共通善」とは、環境や多様性など皆で取り組む、社会全体にとって善いことを意味します。

「個別善」に比べて「共通善」は幅が広く、考えるのは容易ではありません。そこで知ったのが、「B Corp」の認証制度でした。

「この外部評価を得ることは、『共通善』の指針になるかもしれない」と感じたことから、2023年より取得を目指しはじめたのです。

2025年現在、唯一出版されているB Corpの日本語解説本が大いに役立ったそう

取得までのプロセスは、一筋縄ではありませんでした。すべてが英語で質問数も膨大。オンライン上で答えていくと、それに合わせて次々と深掘りされ、答えれば答えるほどエビデンスを求められます。最初チャレンジした時のスコアは、わずか24点。合格基準は80点以上。

「恐ろしいほど点数がとれなかった。これはもう果てしないと思いましたね」

特に戸惑ったのは、これまであまり意識してこなかった視点です。

「人種問題や平等な機会、性自認や環境に対する具体的な経営努力など、“日本の工芸を元気にする!”というビジョンのもとでは、あまり深く向き合ってこなかった問いに何度も向きあうことになりました。その過程で、自分たちがいかに考えてない領域が多いのかが分かりましたし、世界基準との距離に気づかされましたね」

と振り返ります。

一方で、評価される部分もありました。

「地方の産地で家族経営を続け、小さな商圏の中でもその土地らしいものづくりを長く続けてきた工芸の在り方は、『巨大な資本主義のルール則ってビジネスをすることだけが正解ではない』というB Corpの思想と、実は近い部分も多くて。日本の工芸文化にも通じるものがあるのが面白かったですし、そこをサポートしている点はとても評価していただきました」

取得までは、学びと気付きの連続で、外部の力も借りながら、包装資材の見直しや社内ルールの改善など一つひとつ行動に落とし込み、2025年8月にようやく認証を取得しました。

B Corpの取得を社内に伝えた当初は、戸惑う空気もあったそう。「でも次第に日常の中で『これってB Corp的にどうなんでしょう?』という声が自然に出てくるようになりました」とのこと

もちろんこれはゴールではありません。環境への配慮だけでなく、経営の透明性や働き方の具現化など新たな課題がすでに見えています。

「むしろ、ここからやらないといけないことがたくさんある。B Corpの基準も今後見直され更新されていきます。『将来をどう考えて、どのようなサービスに落とし込み、世の中にいいことやっていきますか?』という内容を問われる項目もあって。それを中川政七商店のプロダクトで考えた末に浮かび上がったのが、『C KOGEI』という具体的な取り組みでした。

これからも指針としてB Corpを活用しながら、会社も、働き方も、社会との関わり方も、常に足りないことを認識して、アップデートし続けていきたいですね。この視点は今後工芸の世界でも必要になってくると思います。

その時に、いま私たちが経ているプロセスを、工芸の作り手たちとも共有していけたら」

と、先を見据えています。

工芸を未来につなぐ、中川政七商店の歩みは始まったばかりです。

文:安倍真弓
写真:黒田タカシ