たくさんの肯定から生まれた、通年で飾れる新しい縁起物……𠮷勝製作所 𠮷田勝信さんインタビュー

家の中を、自分の好きなもので飾る。

何かが便利になったり、家事の助けになったりするわけではないけれど、そうすることで不思議と気分が上がり、活力が湧いてくる。

それは、日々を心地よく暮らしていくためにとても大切なことだと感じます。

古くから人々は、季節の行事ごとに飾りもので部屋を設えたり、祈りを込めた縁起物を取り入れたりして、家の中を「しつらい」ながら暮らしてきました。

この美しい「しつらい」、飾りものの文化を未来へつないでいくためになにができるだろうか。そう考え、通年で家に飾れるオブジェのような工芸を模索して生まれたのが、こけしや和凧といった縁起物をモチーフとしたインテリア、「鳥こけし」と「飾り凧」です。

今回のプロジェクトでは、東北・山形県を拠点に活動するデザイナー・𠮷田勝信さん(𠮷勝制作所)と協業。フィールドワークやリサーチ、プロトタイピングを得意とする𠮷田さんとともに、こけし文化や凧の起源を深堀りし、縁起物とは?工芸とは?という本質を探りながら制作にあたりました。

どんなことを考え、何を大切にして「鳥こけし」と「飾り凧」が生み出されていったのか。山形県西村山郡にある𠮷勝制作所で話を聞きました。

縁起物は、さまざまなものの関与を受けて生まれる

𠮷勝制作所 𠮷田勝信さん

――最初に「縁起物」というキーワードを聞いた時は、どんな印象を持たれましたか?

「縁起物って立体物であることが多いんですが、その“縁起のよさ”というのは、割と視覚的に表現されていると感じていました。

山形で作られている「削り花」なんかも、そのフワッとした毛先の見た目に縁起のよさが込められていて。立体だけどすごくグラフィカルというか。

そんなふうに、“縁起物を縁起物たらしめているなにか”を視覚的に表現してかたちを作っていくのであれば、プロダクトデザインというよりも、自分の専門領域であるグラフィックデザインとしてアプローチできそうだと思いましたね」

𠮷田さんが収集した縁起物や郷土玩具たち
中央に映っている花のような木地細工が「削り花」

「それと、“縁起”という言葉を調べていくと、外的要因の力を受けてものが立ち上がってしまったこと、というような意味合いがあって。第三者とか、もっと言えば人を超越した力の関与を受けて、制作者も予期していない色や形が生まれたときに、そのものが縁起たらしめられると。それはすごく面白いなと思ったんです。

このプロジェクトでも、職人さんたちの普段の製造工程だったり、使用する素材の特性だったり、中川政七商店の考えや想いだったり、さまざまな関与を受けたものづくりができるといいなと。僕自身もその関与のひとつとして何かが作れたら、それは少し“縁起っぽい”のかな、というところからスタートしています」

――その意味では、作り手の予期しないゆらぎが発生する工芸のものづくりには、もともと “縁起”の要素があるのかもしれません

「今回、榎本さんや渡瀬さん*と会話していて、中川政七商店が考える『工芸』というものが意外と広いということに驚いたんです。

※今回の商品を担当した中川政七商店のデザイナー

僕の中での工芸は、いわゆる伝統工芸的なもの。でもお二人に聞くと、たとえば靴下も工芸であると。靴下工場に行くと、もちろん機械を使っているんだけど、そのオペレーティングには専門の職人さんがいて、いわば道具として機械を使っている。そう考えると、どこからどこまでが工芸っていう線引きは難しいですよね。

僕に近いところで言えば、印刷所もまさにそうで。現代の印刷機は大きくて性能もいいんですが、操作する人は不可欠で、しかも熟練の方かどうかでクオリティがかなり違ってきます。ということは『印刷も工芸なんだ!面白い!』と思って。

伝統工芸的なものではなく、もっと周辺にある靴下や印刷といったものの技術をうまく使って、工芸らしいものや縁起物がつくれたら、工芸の拡張につながるんじゃないかと感じました」

印刷にまつわる機会や道具が並ぶ、𠮷勝制作所の作業場。様々な印刷方法を試したり、山で採集した草木からインクをつくる実験などもおこなっている
自身のバイブルだという「印刷インキ工業史」を読む𠮷田さん。文献にあたって印刷方法やインクのレシピを調べて、実際に試している
クルミやブナなど、山で採取した樹皮の顔料化実験中

原初の凧に込められた「風を見る」祈りをモチーフに

――「飾り凧」はまさに、印刷の技術を用いたプロダクトですね

「『飾り凧』の紙はオフセット印刷で刷っているんですが、流すインクの色を微妙に変えながら印刷するということをやっています。一見すると同じに見えるんですが、実は個体によってむらとか違いが出てくるように設計していて。

要するに、オフセット印刷を工芸的に理解してやってみたというか。足したインクの量とかも職人さんの目分量だし、機械や紙の状態にも左右されるので、印刷物なんだけど、二度と同じものが作れない。

このブレが許容されていくと面白いし、印刷の失敗というものが減るので、資源を大切にするという意味でもいいのかなと思っています」

――風を感じるデザインが印象的です

「凧について調べていくと、はじめは儀礼凧として発生したとされています。見えないはずの風を凧あげで可視化して、その力で幸せを願うというようなものです。その後、幕末の頃になるといわゆる凧あげ遊びのための遊戯凧が爆発的に増え、近代になると電線の影響もあってだんだん飛ばしづらくなっていき、飾る凧が増えていった。

その流れで今回の『飾り凧』は、飾る凧ではありつつ、そこに縁起を込めるもの。

そうなるとモチーフは、最初の儀礼凧にあった、風の力を見るということになるのかなと。 形状は、儀礼凧として考えたときに落ちてしまうと縁起が悪いので、一番飛ばしやすいとされている角凧という形を採用しています」

自然と出来上がった「こけしのようなもの」

――『鳥こけし』のものづくりはどんなふうに進んでいったのでしょうか?

「『鳥こけし』の場合は、まず僕の方でスケッチを描いて、粘土でサンプルを作ってみて。そこからどういう絵付けをするのか、材料の径はどれだけ取れるのか、どの鳥にどの材料を割り当てるのか、といったことを検討しつつ、形をブラッシュアップしていきました」

「そのあと3Dプリンターでモックを出して、それを見本として工人(こうじん)さん*に木地を挽いてもらったんですが、そこでの変化が面白くて。

※こけし工人:伝統こけしを製作する職人

工人さんの手癖なのか、製造工程でどうしても出てしまう形状なのかはわからないんですが、明らかにモックとは違って仕上がってくるんです。でも、その微妙な変化によって、最終的な匂いが不思議とこけしっぽくなっていて、『これはこれでいいか』という感じでGOサインを出したり。そういうことが端々にありました」

3Dプリンターによるモックアップと、仕上がりの比較。くちばしや頭の形状、胴体のバランスなど細かい部分に変化がみられる。サギ(写真左)とフクロウ(写真右)で担当する工人さんが分かれており、絵付けの癖もかなり異なるのが面白い

「こけしを作るための道具や機械で、こけしの工人さんや木地師さんによって木が磨かれていくと、必ずこけしっぽいものが上がってくる。僕としても、敢えてこけしに寄せていくというよりは匂いがつくくらいにしたかったから、それがすごくよかったですね。

結果として、どこの国にあっても不思議ではないものができたというか。日本らしくもあり、欧風でもあり、それでいてこけしの匂いがある、ちょうどよいものができたと思っています」

左から、フクロウ(ケヤキ)/ツル(イタヤカエデ)/サギ(ミズキ)。伝統こけしでよく使用される天然の木材を選定し、絵付けには東北こけし伝統の色絵具を採用。木肌をしっかり見せること、面を塗りつぶしてボーダーを作るといった伝統こけしの意匠にインスパイアされたデザイン

それぞれの解釈や、工芸の匂いを肯定するものづくり

――改めて、今回のものづくりを振り返ってみていかがでしたでしょうか?

「素材の特性とか、職人さんの解釈や手癖、普段つくっている製品に最適化された製造工程を通ることで、産地のフィルターがかかって、デザインに工芸の匂いがついて返ってくる。その『製造工程が持つ個性』がとても面白かったですし、今後もっと多くの製品を作ってみたいと思いました」

「複製性が低い複製の在り方というか、量産品ではあるんだけど、すべて微妙に違っていて選びたくなる。それってすごく楽しいし、“縁起っぽい”のかなと。

逆に、産業技術というのは複製性をどんどん上げていくものだというのがわかってきて、そうすると失敗という概念が現れてくる。複製性を下げてやると、その失敗が見えなくなるというのがよくて、日ごろから自分のプロジェクトでも、たとえば印刷の複製性をどう下げるかといったことを考えています。

まず製造工程を教えてもらって、ものの作り方を決めて。その中で、乱数の入り込む余地を設けておいて、動かしていく。今回の凧で言えば、サイズや形状、オフセット印刷という手法は決めたうえで、流し込むインクの色や量を変えながら印刷してみる。そうやって乱数を取り込むような作り方をよくやっていますね」

吉田さんがはじめて乱数を取り込むことを実践した、山形「ISKOFFEE」のコーヒー豆 パッケージ。各ブレンドのマークを決めておき、店舗スタッフが直接手描きするという仕様。パッケージの中心に描けるように治具を提供し、誰が描いても様になるよう工夫している。ブレンドによってマークの違いが明らかなので少しのブレは許容できて歩留まりもよく、なによりスピーディー

今回、さまざまな関与を受けたものを作りたいというところで、中川政七商店ともフラットに意見を交わせたし、工人さんとも直接話すわけではないですが、“もの”を媒介にしてコミュニケーションが取れて、そうしてプロダクトが出来上がっていきました。

立体物の場合、それぞれの解釈で出てくる小さな差異が全体にすごく影響してくるところがあって、やっぱり面白いなと。そういった解釈とか、匂いを肯定できたのが、すごくよかったことかなと思います」

<掲載商品>
鳥こけし
飾り凧

文:白石雄太
写真:阿部高之

年始のご挨拶。日本の工芸を、世界へ、そして未来へ。

新年あけましておめでとうございます。

旧年中は中川政七商店をご愛顧いただき、心より御礼申し上げます。

2025年の幕開け、本日より中川政七商店はロゴデザインを一新いたします。

今回のリニューアルは、ぱっと見では気がつかないかもしれません。

でも、よくよく見ればすべて進化しています。

たおやかな線を太く引き直し、鹿は力強く安定感を増して。

その背景には、私たちのビジョンとこれからの挑戦が込められています。

日本の工芸を、世界へ、そして未来へ。

中川政七商店は300余年、日本の工芸に根差した暮らしの道具を作り、日本全国へお届けしてきました。

「工芸は暮らしとともにあるものだから、まずは日本全国へ。」

その想いで60を超える店舗を展開し、地域の暮らしに寄り添ってきました。

しかし、私たちが掲げる「日本の工芸を元気にする!」というビジョンは、もっと遠く、もっと広がる未来を目指します。その道は決して平坦ではありません。

それでも、日本の工芸を次の時代に繋ぐため、いま新たな挑戦へ。

2025年、私たちは日本の工芸を「世界へ」広げていきます。

まずは17年間親しんできたロゴを漸新し、日本の工芸を世界中の暮らしの中へ届ける第一歩を踏み出します。

この変化は、私たちの新しい一歩の象徴です。

ロゴに込めたのは、日本の工芸を未来へ繋ぎ、世界中の暮らしに届けるという決意。見慣れた中にも新しい力を感じられるデザインを目指しました。

例えば、海外の方にも読んでいただけるよう、上部にアルファベットで「NAKAGAWA MASASHICHI」を、下部には創業を示す「SINCE 1716 NARA JAPAN」を描いています。

漢字部分についてもフォントを見直し、より力強さや伝統を感じるものに変更しました。

さらに、「七」の周囲には「日本 工芸」の文字を入れました。これまで以上に覚悟を持ち、改めて「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを背負っていく意思を込めています。

そのほか、鹿の描写や麻の葉マークの表現、ロゴ自体の比率など、細かな調整を重ねて、新たなロゴマークが完成しました。

本日以降、順次新しいロゴを使用していきますので、少しずつ皆さまの目に触れる機会も増えてくるかと思います。

新たなデザインへの想い

中川政七商店のクリエイティブディレクションを手掛ける、good design company 水野学氏より、ロゴリニューアルについてメッセージをいただきました。

江戸時代から続く老舗「中川政七商店」に相応しいマークは何かと、
様々な文献を読み漁り、試行錯誤を繰り返し、制作したマーク。
あれから約17年。
成長し続ける中川政七商店と、日本の工芸を元気にするというその志、
そして300年以上も真摯に商いを続けてきた先人の皆様の偉業に
敬意を表しながら、日本の工芸とともに世界へと進出し続ける
中川政七商店に相応しいマークを再編集しデザインを完成させました。

水野学

これまでのロゴに親しんでいただいた皆さまには、見慣れるまで時間がかかるかもしれませんが、日本の工芸を世界へ、未来へ届けるために私たちも一歩一歩進んでいきますので、ぜひ、変わらずご愛顧いただけますと幸いです。

どうぞ2025年も中川政七商店をよろしくお願いいたします。

【はたらくをはなそう】中川政七商店 店長 佐藤美智子

佐藤美智子
中川政七商店 たまプラーザテラス店 店長

2022年 中川政七商店 ルミネ新宿店 配属
2023年 中川政七商店 テラスモール湘南店 配属
2023年 中川政七商店 たまプラーザテラス店 店長


コーラとポテトチップスさえあればいい。


そんな子供時代を、東北の小さな町の仕出し料理店という実家で過ごしました。
学ぶことが好きな私は、大学時代には遊女の美しさを文学から学び、大学卒業後にはアパレルの仕事で9年間、生地作りから販売までを学び、オーガニック食品を扱う小売店ではスローフードの世界を学びました。


そんな私が東京で次は何をしようと思った時にひらめいたのが「住」。これで衣食住コンプリートだな、そんな軽い思いつきが入社するきっかけの第一歩です。コロナ禍に受けた2度のオンライン面談で、和やかな雰囲気の中にも、今まで経験したことがない学びと刺激を得られそうだと感じたことが印象的でした。


「学び続けること」。仕事でもプライベートでも大事にしていることであり言葉です。


中川政七商店の研修では学びの機会が多く、新しい知識や価値観と出会えることに刺激や嬉しさを感じています。そのことを自分だけではなく店舗のスタッフ全員と共有し、目標に向かって試行錯誤しているとまた様々な学びがあり、前に進んでいく楽しさを日々実感しています。


以前、海外のお客様にHASAMIIの赤いマグカップを接客した時のこと。その頃はまだ外国語の翻訳ツールなどは店舗になく、英語圏のお客様との会話は商品のしおりや簡単な英単語を調べてのやりとり。さらに、店舗にご希望のサイズがなく、渋谷店をご紹介することになり、渋谷店の所在地説明なども含めての接客になりました。


後日、再来店され、無事に購入できたことを伝えにきてくださった時は思わず嬉しくなり日々の学びや取り組みが形になった瞬間だと感じました。


いま、コストパフォーマンスや、タイムパフォーマンスを強く意識する機会が多い中、中川政七商店がめざす日々のくらしのあり方は、手間ひまをかけることの豊かさや日本の文化や四季を感じる心地好さにあります。そんな情緒を大切にし、これからも日々の小さな学びや行動を積み重ねて、日本の工芸や日本文化を伝えていきたいと思っています。


でもやっぱり、コーラとポテトチップスも私には欠かせません。


<愛用している商品>

綿麻ガーゼの休日シャツ

シャツのきちんと感、カットソーの柔らかな着心地を同時にかなえてくれます。一枚でも重ね着でも万能で、衣替えせずに常にスタメン選手です。


番茶 大袋 ほうじ番茶

気負わずに淹れて飲める身近さや手軽さが好きで常備しています。朝昼夜とどんな時間帯でも、どんな食事にも合ってしまう相棒のようなお茶なので、大袋がおすすめです。

青森ヒバの消臭ミスト

もともとはヒバの虫除け効果を期待して購入。使ううちに、シュッとひと吹きで包まれるヒバの香りが清々しく、気分転換の目的がメインになりました。部屋の空間にふわーっと漂わせると、森林浴気分になれます。

掃除が楽しく、快適になる卓上ほうき。Broom Craft「国産棕櫚手帚」【スタッフが使ってみました】

「さんち商店街」で好評をいただいている掃除道具ブランド「Broom Craft」。

目利きによって選び抜かれた棕櫚(しゅろ)で作られる使いやすくて美しい箒は、現代の暮らしにもフィットします。

今回、そんな「Broom Craft」の箒を中川政七商店の店舗スタッフが実際に使用し、その使い心地を体験しました。

使用した商品は「Broom Craft 国産棕櫚手帚 レザー(※WEB限定)」。中川政七商店 ルミネ北千住店の高橋さんによるレポートです。

軽くて使い勝手の良い、美しい卓上ほうき

「Broom Craft 国産棕櫚手帚 レザー」ブラウンとブラックの2色

この手帚を手にしてまず思ったことは、とっても軽い!ということ。「持っていないかのような軽さですね!」と驚きを隠せないスタッフがいたくらい、本当に軽いです。

早速、店舗で使ってみました。

普段、店内の棚は使い捨ての掃除用シートで拭いているのですが、食器類など細かなものが多く、掃除しづらいことが悩みでした。木製の棚のため、シートが引っかかりストレスに感じることも。

そんな中、Broom Craftの手箒を使ってお掃除開始。

使ってみてすぐ、その掃き心地に感動しました。写真では硬そうな印象がありましたが、これが程よくしなるため非常に掃きやすいのです。最初のうちはぽろぽろと抜け毛が気になりましたが、数回使うとおさまり、気にならなくなりました。

また、箒の先端に向かって細くなるような形状のため、隙間や棚の隅っこまですっきり掃けるので、とっても気持ちがいいです。

見た目も美しい箒で引っかかりなくさっさっと掃けるため、とてもテンションが上がります(笑)。掃除することがとても楽しくなりました。

佇まいが良く、店舗の雰囲気にも馴染むので、すぐ手に取れる見えるところに置けて、掃除に取り掛かるハードルも下がります。

楽しく掃除ができ、清潔な店内でお客様をお迎えできる。

素敵な箒に出会えて幸せです。

<掲載商品>

【WEB限定】Broom Craft 国産棕櫚手帚 レザー

<関連特集>

【地産地匠アワード】唯一無二の個性を味わう。暮らしの“支障”となった木から生まれた「わっぱのケース/バスケット」

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。2024年の初開催では、4つのものづくりに賞が贈られました。

今まさに日本各地で芽吹きはじめた、4つの新しいものづくりのかたち。この記事ではそのなかから、静岡県で街の“支障木”から生まれた「わっぱのケース/バスケット」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

暮らしの”支障”となった木から生まれた「わっぱのケース/バスケット」

「支障木(ししょうぼく)」という言葉を聞いたことがありますか?

これは、倒木の危険性があったり、私有地から道路にはみ出していたり、文字通り暮らしの”支障”になっている樹木のことを言います。

突発的な伐採が発生すること、樹種や木の状態がさまざまなことから、これまで木材としてはほとんど流通してきませんでした。
この、伐採せざるを得なくなった支障木を活用して生まれたのが「わっぱのケース/バスケット」。それぞれの木の個性を活かすため、着色をせずに仕上げられています。

「わっぱのケース/わっぱのバスケット」。それぞれの木目や木肌を活かし、着色をせずに仕上げられている

「支障木の特性上、流通させられるだけの材料が確保できる樹種は限られています。

その中で、木肌の様子を見て、個性があって魅力的なものとして桜や樫、楓という3つを選びました」

そう話すのは、静岡県静岡市にある木工・家具工房「iwakagu」の岩﨑翔さん。地元・静岡でものづくりをする中で何か地域に恩返しできることはないかと考え、地域の材料を用いた商品の開発を進めてきました。

「薄い木地のわっぱの入れ物って面白いんじゃないかと思って、サイズ感や形状を試行錯誤しました。弁当箱だけじゃないわっぱの新しい価値が出せればと思っています」

iwakagu 岩﨑翔さん。「木つかい」をコンセプトに、木材の環境や経緯、個性などを尊重してものづくりに取り組んでいる

岩﨑さんと共に商品の企画に携わったのは、同じく静岡を拠点に活動するデザイン事務所「OTHER DESIGN」の西田悠真さん。

「あまり用途を限定してしまうことは避けようと考えて、存在感が極力ニュートラルになるようにデザインしています。

パッと見た時に『これはなんだ?』という反応になる。その方が、支障木という素材に目を向けてくれるのかなと思って作りましたね」(西田さん)
まるで木そのもののような佇まいの、シンプルなケースとバスケット。街の中に生えていた木々それぞれの節目や傷すらも、唯一無二の個性として活かされています。

OTHER DESIGN 西田悠真さん。ものづくりをする職人に惚れ込み、グラフィックやプロダクトデザインだけでなく、企画、コンセプト設計など幅広いサポートをおこなう
自然とその素材感に目が向けられる

木工産地 静岡だからこそ実現した、地元の木を活用するプロジェクト

やむを得ず切られてしまう樹木を有効活用する。

言葉で言うのは簡単ですが、その実現には多くの障壁があり、一筋縄ではいきません。

街中にある樹木の活用には、課題も多く残る

支障木を見つけること、木が生えている土地の所有者や行政との調整、切った木の運搬や集積、保管、そして加工、販売。

ある程度の生産量を確保することも考えると、多くの関係者・専門家との連携が必要不可欠となってきます。

「元々、地元の木材を使ってものづくりしたいという想いがあったのですが、静岡では家具に使用する木があまり育てられておらず、流通もしていなくて半ば諦めていたんです。

支障木の存在も最初は知らなくて。そんな時に、西田さんから地元のきこりの方を紹介してもらって、つながることができました」(岩﨑さん)

地元の木材が使えないという課題を抱えていた中で岩﨑さん達が出会ったのが、玉川きこり社の繁田浩嗣さん。

きこりとして山に入り、建築物の原材料調達をベースに活動しつつ、街中の支障木についても要望があれば伐採に行く繁田さん。その活動の中で、魅力があるにも関わらず活用されていない木について、何かできないかと考えるようになったのだと言います。

玉川きこり社 繁田浩嗣さん。「きこりディレクター」として、山の価値を上げる切り口、提案を日々考えている

「静岡って林業は盛んですが、そのほとんどが建材用の杉や檜といった針葉樹で、家具に使えるような広葉樹はむしろ邪魔だということで間引かれてしまっています。

なので山の中にぽつぽつと生えているだけで、量もまとまらないし、流通には乗っていませんでした。

でも、そういった木を製材してみると木目が凄く面白かったりとか、木の魅力が詰まっているなと感じていたんです。

一方で、街中で切る支障木についても、様々な個性を持っているのに活用できていない。処理にかけられる予算が決まっている中で、ただチップ工場に持っていくしかないという状況で、もったいないなと思っていました」(繁田さん)

そこで始まったのが、地元の身近な材料を活用して家具を届けようというプロジェクト「ヨキカグ」。

きこり・製材所・木工工房・家具屋・デザイナー・研究者など、木にまつわる専門家が集結する、木工産地 静岡だからこそ実現したプロジェクトです。

「そこにお声がけいただいて、僕もデザイナーとして協業しています。

身近な地域材を活用しようというプロジェクトで、特に静岡の広葉樹に注目して取り組んでいこうと始まりました。

その中にも色々な理由でやむなく切られている木があり、そのひとつが今回ピックアップした支障木というものになります」(西田さん)

さまざまな専門家の技術と知恵の連携によって、突発的に発生する支障木を用いた商品の中量生産が、徐々に実現できるようになってきました。

iwakaguの工場

「製材所だったり、工房だったり、どこかひとつでも欠けてしまうとそこで木の流れが止まってしまいます。

これだけ各工程の関係者が集まって、ものづくりができるというのは、静岡だからこそで、奇跡に近いと思っています」(繁田さん)

「めんぱ」職人による曲げ木加工

こうして伐採・集積され、製材された支障木をわっぱケースの形にするのは、静岡の伝統工芸品「めんぱ」職人による曲げ木加工。

担当したのはSHIOZAWA漆工所の塩澤佳英さん。静岡県牧之原市に拠点を構え、木材の曲げから漆塗りまでを一人で手掛けています。

SHIOZAWA漆工所 塩澤佳英さん 分業が基本である曲物業界にあって、木を切る以外はすべて自身でこなす。その制作スタイルは、師匠である細田豊氏ゆずり

「静岡に田町っていう職人の街があって、昔は朝から晩まで何かしらの機械の音が響いてたような場所なんですけど。そこで、18歳くらいの時に師匠に弟子入りして、この世界に入りました」 

元々、塩澤さんのご両親が「めんぱ」の弁当箱を愛用していて、塩澤さん自身も小学生の頃から同じものを持たされていたといいます。そこからものづくりに興味を持ち、弁当箱の作者であった師匠の元で「めんぱ」作りを学んだのだそうです。

お湯で材料を柔らかくして、曲げていく
枠に沿って曲げて、固定する。(写真は、普段の檜によるめんぱ作りの様子)

通常、塩澤さんが「めんぱ」の弁当箱などを作る際には、針葉樹である檜を用います。柾目の材料が取れる檜は曲げやすく、加工しやすいのだとか。

一方で、今回使用した支障木はすべて広葉樹。檜と比べると硬く、筋も複雑で、綺麗に曲げることはかなり難しかったと言います。

「広葉樹を曲げることってあまり無いんです。特にこの筒状のやつみたいに綺麗に丸くするというのは珍しいし、面白そうだなと思って取り組みました。

とにかく硬いし、癖があって。それが良さでもあるんですけど、曲げるのは大変でしたね。伸び縮みもかなり発生するので、安定するまで何度も調整する必要がありました。

木の個性がはっきり出ていて、これまで見たことがないというか、かっこいい商品だと思います」

通常の曲物(左)は木ばさみで固定するが、硬くて反発の強い広葉樹は強力な輪ゴムで固定する必要があった
材の選定、木取り・製材、材の厚み調整などをiwakaguで加工後、塩澤さんが本体を曲げる。再びiwakaguの工房で蓋や持ち手を付けて、研磨や仕上げをしていく

プロジェクトを通じて、全国の産地へ良い影響を与えたい

「作ること以外、すべてお願いしたいというか。商品戦略やデザイン、伝えること。自分ができない、得意ではないことの中にも、やりたいことはあって、その辺りを会話しながら確認し合えるので、とても頼りにしています」

岩﨑さんは、西田さんとの関係をそう話します。

「週に一回、岩﨑さんの工場が始業する前に、朝の時間で戦略会議をやるような関係性で、2020年頃から関わらせてもらっています。

iwakaguの主たる仕事であるオーダー家具の営業方法や、店舗・住宅など設計の方々へのコミュニケーション方法など事業の戦略を考えてきました。

また、オリジナル商品については、最初はカタログラインナップの整理やオンラインストアの整備みたいな部分から始まって、見本市への出展だったり、グッドデザイン賞への応募だったりと色々やってきました。

具体的な販売戦略を考えている中で、今回の地産地匠アワードはいいタイミングだったので挑戦することを決めた感じですね」

と、西田さん。二人のように作り手とデザイナーがつながり、そしてその他の専門家やものづくりに関わる人たちも繋がっていく。そこに地域のものづくりが存在感を保ち、継続していくヒントがあるように感じます。

木工産地の専門家同士がつながり、動き始めた支障木の有効活用。岩﨑さんたちは、これからも継続的に商品開発や情報発信を進めていく予定です。

「一つの商品が爆発的に売れるというよりも、この取り組みをきっかけとして木の商品の良さを知ってもらう、興味をもってもらうことが大切かなと。

そのためにも、認知度を上げながらしっかりと継続していくことが重要です。

26歳の時に静岡で工房をスタートさせて、地域の家具職人さんに色々と教えてもらったり、OEMの仕事をいただいたり、環境に恵まれて育ててもらったと思っています。

今まで地域で仕事をさせてもらっていることに対する恩返しというか、何か貢献したい。

支障木という、切らないといけない木を使う。そこに自分の技術や提案を活かすことに、作り手としては使命を感じています」(岩﨑さん)

「支障木を使ったからこそ、こういった価値が出るということを、結果を積み重ねていって認知してもらう。静岡でその活動を続けることで、何か他産地のヒントになれば嬉しいというか。

物が売れることも大切ですが、他の人たち・ものづくりに良い影響を与えられるのであれば、やる価値があるんじゃないかと思っています」(西田さん)

まだまだ全国的には珍しい支障木活用の成功事例を積み重ね、広く伝えていく。そうやって他の産地にも良い波を広げることで、巡り巡って地元の価値も高まっていく。そんな理想を掲げて、岩﨑さん達の活動は続きます。

地産地匠アワードとは:
「地産地匠」= 地元生産 × 地元意匠。地域に根ざすメーカーとデザイナーがつくる、新たなプロダクトを募集するアワードです。

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わっぱのケース平型
わっぱのケース筒型
わっぱのバスケット

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文:白石雄太
写真:阿部高之

【地産地匠アワード】“種”を埋め込んだうつわから、漆の未来が芽吹いていく。会津漆器の弁当箱「めぶく」

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。
そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。2024年の初開催では、4つのものづくりに賞が贈られました。

今まさに日本各地で芽吹きはじめた、4つの新しいものづくりのかたち。この記事ではそのなかから、福島県 会津若松地方でうまれた漆器のお弁当箱「めぶく」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

“漆の種”を埋め込んだ、タイムカプセルのような漆器

「”漆の種”を埋め込んだうつわを作りたい。という構想は数年前から持っていました」

今回のお弁当箱を企画した「漆とロック株式会社」の貝沼さんは、そう振り返ります。

漆とロック株式会社 代表 貝沼航さん

漆や漆器の面白さ、可能性に惚れ込み、会津地方を中心に約20年にも渡ってその魅力を伝え広げる活動を続けてきた貝沼さん。10年ほど前からは原料である樹液を取るための漆の木を育てることにも取り組み、特にこの2年間は「猪苗代漆林計画(いなわしろ・うるしりんけいかく)」という新しいプロジェクトもスタートさせました。

「育てるところから漆の木と対峙してきた時間の中で、改めて、この命をどうやって繋いでいこうかと考えました。

漆の木というのは、人が手をかけてあげないと育たない木で、何もしないと枯れてしまいます。種を植えて、育てて、樹液を採って、また種を植えて。そういう営みを、日本人が縄文時代から繰り返してきたからこそ、漆の木と漆文化が今も残っている。

この先、漆を植えて育てることをやめてしまえば、いずれ漆文化は途絶えてしまいます。でも種さえ残っていれば、遠い未来の人が発掘して、そこから漆を繋いでくれるかもしれない。

それは、あくまでも自然や時間というものに対する遊び心というか、本当にその種が発芽することを期待しているというよりも、種を埋め込むことで、未来に想いを託す。そんなタイムカプセルのようなうつわを作りたいなと思ったんです」

貝沼さん達が植樹を進めている漆林。樹液が採れるまで、約15年が必要。休耕地になっていた土地を利用し、綺麗に整備することで、集落の獣害対策も兼ねた取り組みにできないかと挑戦している

「信玄弁当」をモチーフにした三段重ねの便利な弁当箱

縄文時代の遺跡から非常にきれいな状態の漆器が出土するほど、漆の保護力は優秀です。その保護力、そして未来へ漆をつなぐための種をタイムカプセルに見立てて、うつわ作りがスタートしていきます。

“漆の種を埋め込んだうつわ”。その実現のために貝沼さんは、猪苗代町在住の塗師 平井岳さんに声を掛けました。

塗師であり、漆掻き職人でもある平井岳さん

「最初はびっくりしました。種を埋めたうつわなんて、一度も作ったことないよって(笑)。

でも、未来へ漆をつないでいくストーリーは凄く面白いし、実現できれば確かにいい。種が綺麗に見えるように塗り方も色々と試行錯誤したりして、なんとか使っていただけるものが作れたのかなと。楽しかったですね」

と、平井さんは笑いながら話します。

「この商品の意図するところ、真意をくみ取って作ってくれるのは、平井さんしかいないと思ったんです。漆塗りの職人でありながら、自分で漆自体を採る漆掻きの職人でもある珍しいタイプの作り手さんで、漆林を作る活動でもご一緒しています」(貝沼さん)

漆掻きの様子。自ら漆を採取する職人は多くない

通常、漆器の仕事は分業制で、木を育てる人、漆を採る人、塗る人がそれぞれ分かれていることが一般的です。特に木を育てるのは、昭和の頃までは、山を持っている人や農家さんが副業的に自分の土地に漆を植えて育てるということをやっていましたが、今はほとんどそういう方が居なくなってしまいました。そのようなこともあり、国産漆の供給は危機的な状況にあり、分業だからと言って何もしなければ、いずれ枯渇してしまいます。

既に、国内流通している漆の大部分は海外産。海外の漆がダメなわけではありませんが、あまりに頼り過ぎていると、万が一供給が止まった時に立ち行かなくなってしまう怖さもありました。

「会津地方はもともと江戸時代には百万本くらい漆の木があった漆液の産地でしたが、今はすごく少なくなっていて、毎年、どこかに漆の木が残っていないかと山の中を探し回って、どうにか漆掻きをしています。なので、いつかは自分で木を植えないとなと思っていて、貝沼さんと出会って、ようやく始められたという感じです。

それと最近、『漆を採ってみたい』という若い人たちが増えてきています。それはすごく嬉しいし、『一緒に福島で頑張ろう!』と答えたいのに肝心の漆の木が無くて、このままだと資源の取り合いみたいなことになってしまう。

自分たちで木を育てて資源を増やせられれば、そういった若い人たちも招き入れられるし、僕も次世代に技術を継承していける。そんな想いは強く持っていますね」(平井さん)

「今回は、お弁当箱のデザインも平井さんと一緒に行いました。

何度か改良を重ねて、洗いやすいように内側の形状を工夫したり、コンパクトにしつつ容量もたっぷり入るようにしたり、純粋に使い勝手もいいものが出来たのかなって思います。
何より、平井さんの木地呂塗(きじろぬり)が本当に綺麗ですよね。モチーフにしたもともとの信玄弁当と比べると、どこか愛らしい、現代に馴染む形になっています」(貝沼さん)

「最初はお椀を作る予定でしたよね。

でも、漆林が成長していく過程を色々な人たちが見守る中で、たとえば皆で集まって食べられるうつわがいいよねっていう話になり、お弁当箱になって。

信玄弁当にすれば、ご飯とおかずと、汁物も楽しめるし、今回のポイントである種も上から見える。

後は、このお弁当箱を持って皆でピクニックに来た時にこんな形であれば可愛いなとか、こんなご飯が食べられれば皆満足してくれるかなとか、そんなことをイメージして作りました」(平井さん)

味噌玉などを作っておいて現地でお湯を沸かして汁を入れれば、ご飯におかずにお汁、一汁一菜のお弁当が楽しめる
砥石や紙やすりを用いて、前回漆を塗った際に入った細かな埃やごみを削っていく
塗りの工程。今回は木目が綺麗に見えることと強度とのバランスを考えて、三回塗り重ねて仕上げている
高台部分の塗りが特に難しいとのこと。漆の種は、漆と小麦を混ぜて作ったパテのようなものに埋めて接着している
漆は湿度によって状態が変化する。想定した仕上がりになるように漆の状態を整えることが、塗ることよりも大変で難しい
湿度と時間で漆の状態がどう変化するのか細かく管理して調整していく

漆器との関係性、長い時間をデザインする

そうして生まれた「めぶく」のお弁当箱。

この、未来への想いが込められた漆器をどんな風に世の中に伝えていくのか。購入してくれた人たちとどんなコミュニケーションを取っていけばよいのか。貝沼さんはそんな問いを抱えていました。

「このお弁当箱をこれから迎えてくださる方たちのことを、お客様というよりむしろ仲間だという風に考えていて。

その仲間たちとどういう風に長い関係性を築いていくのか。時には修理をしたりしながら大切に弁当箱が使われて、最終的には土に還るまでの長い時間のデザインをどう考えていけばいいのか。

その探求だったり、コミュニケーションデザインのようなことだったりを一緒にやってくれる人はいないかなと思っていて、佐藤さんにお願いをしました。

基本はデザイナーさんなんですけど、手を動かすというよりは、人と人の関係とか、世界観を考えるというところを一緒に歩んで下さる。そこが一番魅力的な方だなと思っています」(貝沼さん)

Helvetica Design 佐藤 哲也さん

「嬉しい(笑)。貝沼さんとは2019年頃に、福島県の観光の仕事で取材をさせてもらってからの付き合いになります。

今回、僕はデザイナーとして参加はしているものの、なるべくならデザインしない方がいいと思っているんです。

このお弁当箱のプロジェクトは、今の時代に漆がどうあるべきか、暮らしと漆の距離感はどうなっていくのか、そんなことを考え直すきっかけになると思っていて。

その時に、例えば貝沼さんが漆に惹かれたことや、平井さんが自分で漆を採るようになったこと、そういう自然に生まれてきたことを捻じ曲げたり誇張したりせずに、その等身大がより良く見える状態を考えたい。そんなところにデザインがあった方がいいと思っています。

なので、なるべくならデザインしないで、あまり余計なものを付加しないスタンスで関わりたいなと」

平井さんと貝沼さんのありのままの姿を伝えたいという佐藤さん

実際の商品の形や、機能性といったデザインももちろん大切ですが、それ以上に、使う側の受け取り方、心の在り方をどうやってデザインするのか。

佐藤さんが加わったことで、丁寧に対話を重ねながらその部分の考えを深めていくことができたといいます。

「なんていうか、すごく自我の無いデザイナーさんだなというか。本当に暖かく見守っていただいてますよね。

その上で、本質的なものをきちんと伝えて、世界を作っていくためのデザインを一緒に考えていただける方だと思っています」(貝沼さん)

「それ自体を良いと思えるような社会にしていけるかどうか、というのが、残っていける最大の秘訣です。

漆自体が必要とされれば、作る人も増えてくるし、相談事も増えてくる。そういう風に循環のベクトルを変えるというか、そこにタッチしないといけない。

今、生活の一番の課題は時間がないことだと思っています。時短で便利なものが良しとされている時代に、時間が作れるようにどうやってライフスタイルを過ごしていくのか。そういった視点があると、漆を使う機会も手にすることができるのかなと。

僕自身も、漆器の弁当箱を十分に扱うために、例えばなるべく仕事の時間を減らすとか、人との時間と自分の時間のバランスを調整することが必要だと感じています。それが豊かさにも通じてくるのかなと思って、そこを目指しながら漆を使っていきたいと考えています」(佐藤さん)

そんな中、一つの伝え方の手段として今回の地産地匠アワードへの挑戦を決めたのも、佐藤さんのアドバイスがきっかけだったのだとか。

「このお弁当箱のプロジェクトには、縄文時代から続く漆文化をどうやって未来に受け渡していくのか、それをみんなで考えていきたいということがベースにあります。

なので、自分たちだけでやるんじゃなくて、同じ想いを持ってくださるパートナーを見つけて、一緒により多くの方や社会の中に広げていくのが大事だよねと佐藤さんと話していて、今回のアワードの話もその流れで教えてもらいました。

自分たちだけではできないことも含めて、大きな流れにしていけそうだなと思い、応募を決めました」(貝沼さん)

「後は、アワードだと発見される入口が違うのかなと思っています。どこかのお店に置かれているものを目にして、好き嫌いを判断されるというのではなく、僕たちの考え方や活動をまず発見してもらえるのであれば、すごく意味があることかなと思って、貝沼さんを誘いました。

結果、審査会に向けて急ピッチで色々と進めて、プロジェクトが前に進んだのは良かったですよね」(佐藤さん)

想いに共感したコミュニティが、漆を守り続ける土台になる

漆を未来へつなぐ、タイムカプセルのようなお弁当箱が、いよいよ世の中に送り出されます。

「細部のディテールがすごく仕上がっていて、素地でも可愛い」

と佐藤さんが言うように、その愛らしいデザインは、現代の暮らしにもすっと馴染んでくれるはず。

素地の製作は平井さんと同じ30代の木地職人、畑尾勘太氏が担当している

「漆器って、気軽に触っちゃいけないイメージが強いのかなって思うんですが、そんなことはないので、ぜひ手に取ってもらいたい。

持った時の馴染みやすさや漆の質感を大事にしているので、それを感じていただけると嬉しいです」

このお弁当箱をきっかけに、漆器の魅力に気づく人が増えてほしいと、平井さんは期待を寄せています。

商品が出来て終わりではなく、購入されて終わりでもない。そこから、貝沼さん達の想いに触れて共感した仲間たちとの関係が始まり、それぞれの人と漆との関係も始まっていきます。

「このお弁当箱を皆さんが迎えてくださってからの時間も本当に楽しみなんです。

使っていただいている皆さんで会津に集まれるような機会を作っていきたいと思います。漆の植樹祭イベントをやってみたり。秋にはお弁当箱を持って集まって、漆林の活動を一緒に取り組んでいる地域の農家さんのお米でご飯を食べたり。
はたまた平井さんの工房や漆掻きの様子を見ていただくツアーや製作体験のワークショップとか。会津や漆をさらに知って、楽しんでいただけるといいなと思っています」(貝沼さん)

お弁当箱の売上の一部は「猪苗代漆林計画」の植栽活動にも活用されます。貝沼さん達の計画では、毎年100本ずつ植樹をおこなっていき、将来的には数千本規模の漆林を育てることを目指しているとのこと。

「この漆林があるからこそお弁当箱もつながっていく、このお弁当箱があるから漆林も大きくなっていく。そういう循環がこれから始まり、長く続いていくことを目指しています。
このお弁当箱を持っているということが、漆を残していく仲間の証になる。その仲間たちと僕らがこれからつながっていくことで、コミュニティが生まれていく。そのこと自体が、漆を守っていける確かさになる。そんな風に考えています」(貝沼さん)

地産地匠アワードとは:
「地産地匠」= 地元生産 × 地元意匠。地域に根ざすメーカーとデザイナーがつくる、新たなプロダクトを募集するアワードです。

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文:白石雄太
写真:阿部高之