【わたしの産地旅】日本最古の柑橘「大和橘」の産地へ

中川政七商店の制度に2024年度より加わった「産地視察支援金制度」。こちらは日本各地の産地を深く知り、工芸の奥深さを体感できる機会の支援をすることが、ひいてはビジョンの「日本の工芸を元気にする!」につながると考え、はじまったものです。

日本のものづくりへの興味から、日頃からプライベートでも産地へ足を運ぶスタッフが多い当社。この制度を利用しながら産地を訪れたスタッフの声をお届けします。


こんにちは! 

中川政七商店 奈良本店1階にて、奈良の風土を紹介する「奈良風土案内所」を運営している大山と木村です。

突然ですが、みなさんは「大和橘(やまとたちばな)」をご存知でしょうか?

古くから日本に自生していた固有種の柑橘類で、万葉集や古事記にも登場するほど長い歴史を持ち、“日本最古の柑橘”とも言われています。2000年前、不老長寿の妙薬として常世の国から持ち帰られた、なんていう伝説もあるんです。日本のお菓子のルーツとも言われているそう。

雛人形の飾りにある「左近の桜、右近の橘」や、500円玉硬貨にも描かれていたりと、実は意外と身近な存在。でも、実物を見たことがある方は少ないかもしれません。

それもそのはずで、大和橘は現在、準絶滅危惧種に指定されている、とても希少なものなんです。昔は九州から静岡あたりまで、暖かい海流のそばにたくさん生えていたようですが、炭焼きの材料として伐採されたり、食用部分が少ないからと育てる人がいなくなったりと、様々な理由で数が減ってしまったんだとか。

そんな歴史ある大和橘を復活させようと、約14年前に奈良県大和郡山市で立ち上がったのが「なら橘プロジェクト」さん。植樹、育成、収穫を通して、大和橘を守り広める活動をされています。

今回、「なら橘プロジェクト」さんが運営している大和橘の果樹園を訪ねてきました。

果樹園を訪れた5月中旬ごろは、ちょうど大和橘の花が満開の時期。

「柑橘系の花には蜂がたくさん来るから、庭に植えたら大変だよ〜」と母から聞いていたので、ミツバチがたくさん飛んでいるのかな?くらいの気持ちで行ってみたら……なんと! ものすごい数のクマバチが!! 写真だと全然写らないのが残念なのですが、現地ではブーーーーンという羽音が四方八方から聞こえてきて、立っているだけでクマバチとぶつかりそうになるほど。

「なら橘プロジェクト」代表の城さん曰く「原種だからか、とても花の香りが強くて、どこからか虫たちが集まってくるんです」とのこと。クマバチだけでなく、アゲハ蝶やミツバチなど、いろんな虫たちが一生懸命に花粉を集めていました。

クマバチたちにドキドキしながら木に近づくと、爽やかで華やかな香りがふわ〜っと香ってきました(虫さん大量飛来も納得の香り)。

まだ果実は実っていませんが、葉っぱと花弁も食べられるとのことなので、ありがたく試食させていただきました。

葉を噛んでみると、とっても清々しい香り!見た目よりも柔らかく、苦味よりも爽やかさが際立つ感じ。最後にほんのり、ピリッと山椒のような風味がしました。お魚料理と合わせても美味しそうだし、食後にそのまま噛んでリフレッシュするのもいいかも!と思うほど爽やかでした。

大和橘の花弁

花は葉っぱとは違って、口いっぱいに広がる甘いフローラルな香り。少量でも香りが強くて、ジャスミンに似た優しい風味。上品で華やかで、城さん曰く「香水を含んだかのよう」と表現されることが多いんだとか。

これから実になる部分

これから実になる部分もいただきました。小さいのに、噛み締めると香りと味がぎゅっと濃縮されたような、インパクトのある味。苦味が強いのですが、嫌味のない爽やかさと、ほかの柑橘にはないスパイシーさを感じました。

8月ごろに青い実がなり、11月ごろに色づき始め、12月に収穫を迎えます。農薬を使わずに栽培されているため、これからの時期は草刈りが大変なんだとか。

また、カミキリムシの幼虫に幹や根を食われて、木が丸ごと枯れてしまうこともあるそうで…。

収穫量は1本の木からおよそ10キロ前後ですが、年によっては約7キロまで落ち込む時も。同じ柑橘類のミカンの平均が60~70キロ前後と言われており、いかに希少なものかが分かります。

そんな貴重な大和橘を贅沢に使用した大和橘めん、大和橘こしょう、大和橘醤油を、中川政七商店 奈良本店1階の奈良風土案内所にて、6月3日から期間限定で販売いたします。

大和橘醤油
大和橘こしょう
大和橘麺

特におすすめなのは、大和橘麺。袋を開けた瞬間から香りがふわっと漂ってきて、爽やか。茹でてみると麺の黄色がどんどん鮮やかに変化します。

麺のもちもち、つるっとした食感とソースが良く絡み、最後にはふわっと香りを残していく。最初から最後まで香りで楽しませてくれるこちらの麺、ぜひ皆さんにも召し上がっていただきたい1品です。

ジェノベーゼにして食べてみました

このほかにも、奈良エリア限定で、大和橘の葉と果皮を使った「大和橘番茶」も発売中です!ほのかにスパイシーな風味があるのが大和橘ならでは。水だしにするととても美味しいです。

6月からの奈良風土案内所は、大和橘を使った商品のほかにも「涼を感じるうまいもの」をテーマに、奈良の素麺やくずゼリー、シロップなど、夏に食べたくなる奈良の美味しいものをたくさんご用意してお待ちしております。ぜひ奈良にお立ち寄りの際は、中川政七商店 奈良本店へお越しくださいませ。

奈良風土案内所の詳細についてはコチラの記事をご覧ください。
【中川政七商店 奈良本店】中川政七商店による初の観光案内所「奈良風土案内所」がオープン

文:中川政七商店 奈良本店 大山/木村

【はたらくをはなそう】中川政七商店 店長 恒松汐里

恒松汐里
中川政七商店 東京スカイツリータウン・ソラマチ店 店長

2022年 入社 中川政七商店 分店服 グランスタ東京店
2023年 中川政七商店 ルミネ北千住店


大学時代、ずっと好きだった雑貨屋さんでアルバイトとして働いたことで、好きなものに囲まれて仕事をする楽しさを知りました。

就職活動をするにあたり、このまま雑貨に関わるお仕事をするのか、それとも大学で学んだことを活かして別のお仕事をするのか…悩みながら結局、雑貨の販売とはほど遠い職に就きました。

そんな前職でも学びになることはたくさんあり、今の自分の糧になっていますが、働く中でずっと「雑貨を扱うことの楽しさ」「好きなことを仕事にして生きていきたい」という気持ちが消えず、転職を考えるようになりました。

友人へのギフトを探しに立ち寄った中川政七商店のことを思い返したのも、同じころです。

恥ずかしながらそれまでは中川政七商店のことを知らなかったのですが、ふらっと立ち寄ったお店の雰囲気が落ち着き、店員さんの佇まいも素敵だな…と好印象だったことを覚えています。そしてネットで検索してHPにたどりつき採用ページを開き…あれよあれよと「中川政七商店で働きたい!」という気持ちが強くなっていきました。

1番強く惹かれたのは、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンが根底にあることです。

学生の頃から漠然と「日本文化」や「祖父母の昔ながらの日本の暮らし」っていいなぁ…と思っていた私にはその言葉がぴたっと嵌まりました。

「ただ物を売る」のではなく、残したい日本の暮らしや文化があり、繋いでいきたい工芸技術があるから、想いを形にしてお客様に届ける。

その会社としての在り方に強く共感し、中川政七商店に転職することを決めました。

入社して4年目になりますが、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンが会社全体に染み渡っているのだと、社内の方とお会いするたびに感じます。

店長としての立場を任せていただき、日々の店舗運営は目まぐるしく過ぎ去っていきますが、それでもこのビジョンからぶれずにいられるのは、一緒に働くスタッフさん達、今までお世話になったたくさんの先輩方が真剣にビジョンと向き合われているからです。

日本の工芸の現状や、おひとりおひとりが抱えるビジョンへの想いをお聞きするたびに、自分ももっと真剣に向き合わなければと背筋がすっと伸びます。また、作り手さんやデザイナーさんの想いのこもった商品達に囲まれてお仕事ができるのも、私が中川政七商店で働く理由のひとつです。

新商品が店舗に届くときにはいつもワクワクした気持ちになり、ついスタッフさんと「今回も素敵ですね!」とお話が盛り上がることもあります。

そんな瞬間がとても楽しく、お客様とも商品の素敵さを分かち合えることにやりがいと幸せを感じています。

店長としても一販売員としてもまだまだ半人前で落ち込むこともありますが、日本の工芸への想いが詰まった商品への愛情とビジョンへの想いを持ち合わせ、日々精進していきたいと思います。

<愛用している商品>

波佐見焼の保存の器

おすすめ理由:入社が決まり、少しの間 京都伊勢丹店でお世話になっていたのですが、その際に皆さんからいただき個人的にも思い入れのある商品です。保存容器としても食卓の器としても使えて、なにより佇まいが素敵!油汚れやにおい移りしにくいのも使いやすいポイントです。

更麻

おすすめ理由:母にプレゼントしたのをきっかけに自分も使い始めました。お客様からも驚かれるのですが、この薄さの麻生地で、チクチク感が少ない…!夏場は更麻を着ているほうが涼しく感じるほどです。

丈夫でへたりにくいキッチンスポンジ

おすすめ理由:その名の通り、本当に丈夫でへたりにくいです!それまで使っていたものがすぐにモロモロになってしまい困っていたのですが、このキッチンスポンジに変えたところいつまで経ってもへこたれずストレスフリー!片面は少し密度が高めで力を加えやすくなっているところも使いやすいです。


中川政七商店では、一緒に働く仲間を募集しています。
詳しくは、採用サイトをご覧ください。

手仕事とデジタル技術、そして清らかな水から生まれた「手漉き和紙のミャクミャク」【大阪・関西万博 特別企画】

日本全国、そして世界各国から多くの人々が集う、2025年大阪・関西万博。

日本のものづくりの魅力を楽しく感じてもらいたいという思いを込めて、2025大阪・関西万博公式ライセンス商品として、工芸の技で豪華に表現したミャクミャクのオブジェ5種を制作しました。

今回はその中から、「手漉き和紙のミャクミャク」に焦点を当て、その魅力を支えるものづくりの現場をご紹介します。

和紙で作った、素朴な愛らしさをもつミャクミャク

文字を書き記すための道具として、障子や襖紙、提灯などに欠かせない資材として、時には祭礼の道具として。かつては暮らしのそこかしこで重宝されていた「和紙」。

時代が進む中で、いつしか見かける機会が少なくなってしまいましたが、和紙がもつ素朴な風合いや温かみといった魅力は、今だからこそ私たちの心に響くのではないかと思います。

そんな和紙の可能性を追及し、新たな魅力の発見に力を注ぐ愛媛県西予市の和紙工房「りくう」さんとともに、日本国際博覧会(通称:大阪・関西万博)の公式キャラクターであるミャクミャクを作りました。

手漉き和紙のミャクミャク

和紙ならではの素朴な愛らしさをもつミャクミャク。その制作現場の様子をお届けします。

人の手とデジタル技術が作り出すフォルム

りくうでは、デジタルデータをもとに創造物を制作する「デジタルファブリケーション」の技術を取り入れ、立体物で和紙を表現することにも挑戦しています。今回のミャクミャクでは、ベースとなる形状を3Dプリンターで出力。そのベースに和紙を漉いていくという流れで制作が進められました。

出力されたベース。3Dプリンターの構造上、自立するためのサポート材という部分がついた状態で出力されるため、まずはそれを丁寧にカットしていく
素材の種類、色、メッシュの形状など、何十体もの試作を繰り返した

「3Dプリンターの出力データを作る際に、規則的なものであれば、条件を指定してコンピュータに自動で形状を組んでもらうことも可能です。

今回も、一度は規則的な三角形のメッシュ構造で作ろうとしましたが、その場合どうしても仕上がりがカクカクした印象になってしまって、ミャクミャクの丸い愛らしさを損ねてしまう。

そこで、すべての線を一本ずつ手動で引いて、細かい角度も調整して、丸みがきちんと表現できるデータを作成しました。

ベースの素材については、様々な色や材質を検討した結果、透明な樹脂を採用しています」

そう話すのは、主に3Dプリンティングを担当する寺田天志さん。

寺田天志さん
右側が、白い樹脂を用いて三角形の規則正しいメッシュで作成したもの。樹脂の色が目立ちすぎるほか、少しとげとげした印象がある

ミャクミャクのベースを一体出力するためにはおよそ8時間ほどかかり、日中にデータを調整し、夜のうちに出力しておくことで、翌朝に確認することが可能になります。

そこに和紙を漉いてみて、感触を確かめる。そこからまた細かい微調整をして、夜に出力し、翌朝確認をする。この繰り返しで少しずつ、ミャクミャクのベースとしての理想を追い求めていきました。

デジタル技術を活用するとはいえ、素材への理解、扱う道具への理解は必要不可欠で、これも間違いなく職人技であると感じます。

漉いて乾かして、また漉いて。前例にない和紙作り

そしてベースの設計が固まってはじめて、肝心の和紙の工程が本格的にスタート。

「メッシュ状のベースに和紙を漉くのはとても難しいんです。

片面ずつ、漉いては乾かしてを繰り返して、少しずつ厚みを出していきますが、その途中で反対側がぼろっと剥がれて落ちてしまうこともあります。

また、複雑な立体のため、和紙の繊維が溜まりやすい部分とそうでない部分があって、それらを均一な厚みに仕上げていくのに試行錯誤を繰り返しました」

りくうの和紙デザイナー 佐藤友佳理さんはそう振り返ります。

和紙デザイナー 佐藤友佳理さん
小さな容器の中に水を張り、原料の楮を溶かして攪拌させたところに、ミャクミャクのベースをいれて片面ずつ漉いていく。使用している水は、名水百選にも選ばれている地元の湧き水「観音水」
はじめに水にくぐらせた後は、本当に少しずつ丁寧に水をかけて進めていく

これまでも、常識にとらわれない和紙作品を多く手掛けてきた佐藤さんですが、今回のミャクミャクはことのほか難易度が高かったとのこと。

乾かすための専用の治具を手作りしたり、数滴の水を垂らして調整するためにスポイトなどを活用したり、前例にない道具や技法を駆使して仕上げていきました。

専用の治具で乾かしている様子。少しずつ漉いては乾かしてを一日に数回繰り返し、最終的に仕上がるまでに10日以上かかる
ピンセット等を用いて細かく調整して、厚みを均一に仕上げる
別パーツの目や口にもそれぞれ和紙が用いられている

ミャクミャクの神秘的な雰囲気を生み出した、国産楮の素朴な色味と風合い

「使った楮(こうぞ)もすごく良かったんです。地元の保存会が作っている国産の楮を試したところ、一気にクオリティを上げることができました」(寺田さん)

和紙の原料である楮は全国的に生産が激減しており、そのほとんどが海外産になっているという現状があります。

そんな中、今回は愛媛県鬼北町で泉貨紙(せんかし)と呼ばれる和紙の保存活動を行っている鬼北泉貨紙保存会の協力を得て、希少な国産楮を原料として使用することに。

「この地方で栽培された楮を、保存会の方が古式製法にのっとって無漂白で和紙の材料に仕上げてくれています。

和紙の材料として使えるようになるまでにとても手間暇がかかるのですが、素朴な色味と光沢、独特の質感が特徴で、今回のミャクミャクを表現するうえで、非常に大切な役割を担ってくれました」(佐藤さん)

「太陽の光にあてるとすごく神秘的な雰囲気が出ていて、気に入っています」と佐藤さん
少し生成りがかった、和紙ならではの素朴な色味が不思議な魅力を発している

「データ作成には非常に労力がかかりましたが、和紙の風合いと色味、それと透明な樹脂のメッシュが合わさって、キャラクターの愛らしさが表現できたのかなと思います」(寺田さん)

「もともとミャクミャクのことが好きで、その魅力を和紙によってもっと引き出したいと思っていました。

国産楮や3Dプリンターの力も借りて、水から生まれたミャクミャクの清らかさ、精霊のようなイメージをうまくまとめられたのかなと感じています。

手漉き和紙にも欠かせない水は、地上で蒸発して空にのぼって、また雨として降り注いで循環し、脈々と受け継がれてきたものです。清らかな水も、私たちが取り組んでいる和紙作りの技術も、同じように循環して受け継いでいかなければならない。ミャクミャクの制作を通じて、改めてそんな風に感じました」(佐藤さん)

最新のデジタル技術と、丁寧な手仕事に清らかな水、そして希少な原料が組み合わさって、まさに水の妖精のような佇まいのミャクミャクが誕生しました。皆さんにもぜひご覧いただき、その不思議な魅力を直接感じていただければと思います。

<関連する特集>

文:白石雄太
写真:阿部高之

2025大阪・関西万博公式ライセンス商品
©Expo 2025

すべてフリーハンド!熟練の技術が生んだ表情豊かな「硝子のミャクミャク」【大阪・関西万博 特別企画】

日本全国、そして世界各国から多くの人々が集う、2025年大阪・関西万博。

日本のものづくりの魅力を楽しく感じてもらいたいという思いを込めて、2025大阪・関西万博公式ライセンス商品として、工芸の技で豪華に表現したミャクミャクのオブジェ5種を制作しました。

今回はその中から、「硝子のミャクミャク」に焦点を当て、その魅力を支えるものづくりの現場をご紹介します。

硝子で作った、水のように美しい透明感をもつミャクミャク

食器や鏡、窓、照明機器、さらにはデジタル機器のディスプレイなど、身近な素材として私たちの生活を支えてくれている「硝子(ガラス)」。

見た目や用途がまさに変幻自在で、実は「個体ではなく液体」ともされる、ものづくりの中でも不思議な存在です。

今回、そんなガラスの不思議さ・魅力を引き出すものづくりを続けているガラスメーカー「菅原工芸硝子」さんとともに、日本国際博覧会(通称:大阪・関西万博)の公式キャラクターであるミャクミャクをつくりました。

硝子で作った、水のように美しい透明感をもつミャクミャクはどのように生まれたのでしょ

うか。千葉県九十九里町にある「菅原工芸硝子」さんの工房を訪ねました。

菅原工芸硝子の工房。各所でさまざまなガラス商品が作られている

すべてフリーハンドで作られた、技術の結晶

「ガラスで作ればきっと綺麗だろうなと思いました」

菅原工芸硝子の代表取締役社長 菅原裕輔さんは、どこまでの精度でキャラクターを再現できるのかという不安はありつつも、ガラスの魅力を発揮できる機会だと感じて依頼を受けたと言います。

菅原工芸硝子 代表取締役 菅原 裕輔さん

「うちの職人たちも、普段からガラス製品の企画を考えている、新しい挑戦が好きな人たちなので、ミャクミャクの話をしたらその日のうちに試作を始めていましたね。

どうやって作ればいいか普通は想像がつかないと思うんですが、すぐにある程度の形にしていて、自社の職人ながら凄いなと」

あの複雑な形状のミャクミャクをどうやってガラスで作るのか。確かに素人考えでは想像もつきません。


今回の制作を担当したのは、菅原工芸硝子の中でも特に熟練の技術を持ったベテラン職人の塚本さん。ミャクミャクの制作にあたっては型は使用せず、すべてフリーハンド。高温の炉で溶かしたガラスの塊を、何度も温め直しながら伸ばし、曲げ、これまで培ったガラスづくりの経験と技術を注ぎ込んでユニークなミャクミャクの姿を形作っていきました。

ガラス職人の塚本さん
完全にフリーハンドで作られる
形づくるのに適した温度を保つために、何度も何度も温めなおす
時には必要な部分だけをバーナーで温める

「デザインを見て、大まかには作り方のイメージができたんですが、そこから精度を上げていく、作り方を自分の中に染み込ませていくのに苦労しました。

(試作を)30個くらいは作ったのかな。最初のうちは途中で溶けて落としてしまったり。長い時間ガラスを扱うには、温度の保ち方の感覚を自分のものにしないと。パーツによって溶け具合も違うので、それを覚えるために3、4ヶ月練習しましたね」(塚本さん)

ガラスの魅力が詰まった、表情豊かなミャクミャクの誕生

ガラスは約600度まで温度が下がると固まってしまうため、その前に温め直す必要があります。逆に、温めすぎると今度は作った形が溶けて崩れてしまうため、そのバランスを掴むことは至難の業。

作業は2人1組でおこなわれ、パートナーの職人さんが炉から適量のガラスを運んできて、それを塚本さんが受け取り、大小さまざまなミャクミャクの目玉としてボディに取り付けていきます。

ガラスの種を受け取る塚本さん。二人の呼吸が合わないと、たちまち形が崩れてしまう
だんだんパーツが増えていき、温度管理の難易度も上がっていく

「(ガラスの種を)つけてくれる人のタイミングひとつでガラリと変わっちゃうので、パートナーも大切。タイミングが合わないと丸の形も綺麗にならないんですよね。

それから、スムーズに形が作れるようになった後は(ミャクミャクの)表情をしっかり出すことが難しかった。

よく見てみますとね、すごく表情が豊かなキャラクターなんですよ。その豊かさをガラスでいかに表現するか。おなかやおしりの丸み、しずくの部分なんかも全て難しかったんですけど、一番は豊かな表情を出すことでした。

この頃はいい表情が出せるようになってきて、透明感というか、ガラスの良さも感じられる仕上がりになりました。ガラスの面白さが詰まっていると思います」

ガラスづくりにはさまざまな技法がある中で、どれか一つに特化するのではなく、溶けたガラスから形を作るためにあらゆる方法を試したり、開発したりしてきたという菅原さん。その積み上げが今回のミャクミャクに繋がっています。

「本当に色々なものを作っているので、効率を考えるとよろしくない。でも、数や効率では機械に勝てません。大変ですが、人の手で作る意味があるきちんとしたものをこれからも作っていきたいですし、食器以外の空間のためのガラスなど、新たな挑戦も続けていきたいと考えています」(菅原さん)

これまで多種多様なガラス製品を手掛けてきた職人の経験と技術、ガラスという素材ならではの柔らかな丸み、ぽってりとしたフォルム。さらに手仕事の“ゆらぎ”が生み出す、一つとして同じ形のない、硝子のミャクミャクが誕生しました。

ぜひ皆さまもその目で、職人技が可能にした唯一無二の存在感を確かめてみてください。

<関連する特集>

文:白石雄太
写真:阿部高之

2025大阪・関西万博公式ライセンス商品
©Expo 2025

縁起の良い“願掛け”の文字が記された、色とりどりの「だるまのミャクミャク」【大阪・関西万博 特別企画】

日本全国、そして世界各国から多くの人々が集う、2025年大阪・関西万博。

日本のものづくりの魅力を楽しく感じてもらいたいという思いを込めて、2025大阪・関西万博公式ライセンス商品として、工芸の技で豪華に表現したミャクミャクのオブジェ5種を制作しました。

今回はその中から、「だるまのミャクミャク」に焦点を当て、その魅力を支えるものづくりの現場をご紹介します。

丸くて愛らしい縁起物「高崎だるま」のミャクミャク

丸くて愛らしい形状と、転んでも起き上がるイメージで古くから縁起物として親しまれてきた「だるま」。

だるまの一大産地である群馬県高崎市でつくられるものは特に「高崎だるま」として知られ、鶴と亀を表現した眉毛と口髭の意匠や、さまざまな願掛けを込めた文字入れなどが特徴です。

高崎だるま。吉祥や長寿を意味する鶴と亀が眉毛と口ひげに表現されている

今回、高崎で手仕事のだるまづくりを続ける「三代目だるま屋 ましも」さんにお願いし、日本国際博覧会(通称:大阪・関西万博)の公式キャラクターであるミャクミャクのだるまをつくっていただきました。

ミャクミャクの立体感をだるまの中で表現する

「だるまには基本の形状があるので、その中にどうやってミャクミャクの豊かな表情や立体感を落とし込めるか。そこが一番苦労したポイントです」

三代目だるま屋 ましもの代表、真下輝永さんがそう話すように、だるまと言えば誰もが思い浮かべる特有の丸い形をしています。そこに複雑な立体であるミャクミャクのイメージを当てはめるために、デザインを試行錯誤したとのこと。

「三代目だるま屋 ましも」真下輝永さん

「使用しているだるまの型は、鼻の部分が平らになっているタイプのものです。

その型の上できちんと立体感が出せるように何度も検討を重ねて、ミャクミャクのだるまをつくるならこの形・デザインしかない、というところにたどり着けたと思っています」

だるまにもさまざまなサイズや型が存在する

デザインの落とし込みはできたものの、普段のだるまの絵付けとはまったく勝手が違うため、技術の高い絵付師さんにしか再現できないのだとか。

熟練の技によって高い精度で出来上がっていくミャクミャクのだるま。でもそこに手仕事ならではの少しのゆらぎもあって、一層愛着が湧いてきます。お気に入りのものを選ぶ楽しさもありそうです。

手仕事による絵付けの様子
基準となる見本を参照しながら作業を進めていく
左右非対称のデザインで、丸い部分もそれぞれ正円では無いため、さまざまな角度から眺めてバランスが崩れないように絵付けしていく
使い込まれた絵の具入れ。調合にレシピはなく、職人の感覚で色をつくる

高崎だるまの大切な要素「願掛け」を色別に

ミャクミャクだるまのもう一つの特徴は、それぞれの色ごとに異なる「願掛け」の文字が入っていること。青色には“福”、赤色には“勝”など、色のイメージと合わせた縁起の良い一字が記されており、「高崎だるま」らしい、願いの込められた商品に仕上がりました。

それぞれ異なる文字が入った「ミャクミャクだるま」。願いが込められていることが、だるまならでの特徴

「高崎だるまではこの言葉も大切な要素。勢いのある字体で、縁起の良い言葉を入れて願いを込める。やっぱり縁起物ですから、“願掛け”をしているということが重要です」

「2025大阪・関西万博  会場内オフィシャルストア  西ゲート店  KINTETSU」展示用の特大だるまに文字を描く真下さん
特大だるまには「万博」の文字が

「今回のように、だるまをベースにした新しいものを生み出す機会をいただけるとすごく勉強にもなるし、とてもありがたいと思っています。

こういったことをきっかけにだるまのことをもっと知ってもらいたいし、だるまの形状だったり、願いを込めるということだったりは海外でも通用する気がしていて、これからは海外も含めて広げていけると嬉しいですね」

真下さんは最後に、自身の願いをそんな風に話してくれました。

伝統的な「だるま」の中にふしぎな生き物「ミャクミャク」が入り込んだミャクミャクだるま。手仕事の技が光る工芸品として、願いの込められた縁起物として、皆さまのお手元で愛されるものになれば嬉しく思います。

<関連する特集>

文:白石雄太
写真:阿部高之

2025大阪・関西万博公式ライセンス商品
©Expo 2025

【はたらくをはなそう】中川政七商店 店長 福島良子

福島良子
中川政七商店 近鉄百貨店奈良店 店長

2021年入社 中川政七商店 近鉄百貨店奈良店配属
2022年10月 同店 店長


前職まで、複数の企業で衣食住の主に“住”に関する仕事をしていました。その中で後継者不足や業界の衰退などの理由から廃業を余儀なくされる方々を目の当たりにし、寂しさと悔しさを何度も経験しました。

「次の仕事は微力ながら、ものづくりを支える仕事ができないか」。そんな風に考えていた時、数年前に読んだ『日本の工芸を元気にする!』のことを思い出し、それなら中川政七商店しかないだろう!と入社を決めました。

現在は奈良の店舗で店長として勤務しています。

全国の中でも贈りものを承る件数がかなり多い店舗です。贈りものの用途は様々ですが、そのどれもが人生の大きな節目であることがほとんど。感謝やお祝いなどご自身のお気持ちを形に変えてお相手へ贈る、そのお手伝いをするのが我々店舗で働くスタッフの仕事です。お相手の過ごされる時間をお客様とともに想像しながら、その場にふさわしいものを一緒に選ぶ。お伝えしたものの背景や作り手の気持ちに共感して決めてくださった時には、うれしさとビジョンへ繋がる仕事ができたという喜びを感じます。

ビジョンとどのように向き合うかを考えるのも、店長の仕事のひとつ。お客様のために産地や作り手のことを深く知り、スタッフと意見を交わす。同じ思いでビジョンと向き合ってくれていることを知るとやりがいを感じます。

仕事をする上で日々大事にしていることは『正しくあること』です。

正しさは時・人・状況により正解がひとつではありません。心のように形のないないものを正しく判断することに難しさを感じます。

すぐに答えが見つからない時は勤務先の休憩室から見える古墳を眺め、四季の移ろいなどを感じながら考えを整理します。非常に奈良っぽい方法ですが、私の故郷にも世界最大級の古墳があり子供の頃から慣れ親しんできたため、不思議と気持ちが落ち着くのです。古墳を毎日見ながらのんびりできるのは全国でも近鉄百貨店奈良店だけです。百貨店の屋上からは古墳や若草山、東大寺まで一望できますので、ご興味のある方はぜひ足を運んでいただきたいと思います。

<愛用している商品>

雪音晒の四重ガーゼミニバスタオル

おすすめ理由:「早く乾く」が私のバスタオルを選ぶ基準です。その基準を満たし、フワフワよりさらっと感のあるタオルが好きな私の理想を叶えてくれるのがこのタオル。大きすぎないサイズ感も〇。発売当初から買い足し、愛用しています。

漆琳堂越前硬漆 朝倉椀4.5寸

おすすめ理由:ものづくりと向き合うために作り手の元を訪ねる社内の取り組みで、工房を訪ねた際に一目惚れしました。工程を見学し、漆塗り体験もさせていただいたため思い入れもひとしおです。使うたびに作り手の方々のお顔が浮かびます。

植物由来のシャンプー・コンディショナー

おすすめ理由:この商品に出会うまで、洗髪時や寝起きの髪の絡まりが毎日のストレスでした。洗いあがりはさっぱりしているのですが、翌日のくし通りが全然違います。さわやかな柑橘の香りは毎日使いたくなる大切な要素のひとつです。


中川政七商店では、一緒に働く仲間を募集しています。
詳しくは、採用サイトをご覧ください。