あたたかく、肌にもやさしい「やわらウールのインナー」【スタッフが使ってみました】

寒くなる季節、あたたかく過ごすためにインナー選びは重要。ただし、着心地にもこだわりたい。

そんな、あたたかさと快適さ、どちらにもこだわったウール100%のインナー「やわらウールのインナー」が発売されました。

今回、この商品(やわらウールのインナー クルーネック)を中川政七商店の店舗スタッフが実際に着用し、使い心地を体験しました。

中川政七商店 札幌ステラプレイス店 星川さんによるレポートをお届けします。

屋内外の気温差にも対応できる

10月中旬の気温の変化が大きい時期に、仕事中は制服のシャツの下に着用して一日を過ごしました。

北海道では、屋外は厳しい寒さでも屋内は暖房がしっかり効いているため、重ね着しすぎると暑くなってしまうことがあります。このインナーは一枚でしっかりと暖かく、同時にウールがもっている「調湿効果」で蒸れにくく、室内で動いて汗をかいた際にも心地よい温度を保ってくれます。

熱がこもりにくいため、厚手のニットやフリースの下に着ても快適です。

重ね着しやすいデザインとサイズ感

また、八分袖のデザインや襟元の開き具合が非常にバランスよく作られており、アウターの袖口がもたつかず、重ね着スタイルが多い北海道の冬にもぴったり。朝晩と日中の寒暖差が大きいことも北海道の特徴ですが、寒い朝の通勤時から暖かい店内まで、一日を通して温度差に対応できる点が特に優れていると感じました。

季節の変わり目にも使いやすいアイテムだと思います。

八分袖でもたつかない

肌ざわりが柔らかく快適。季節の変わり目にもおすすめ

私は肌が弱く、これまでウール素材のインナーはチクチクしてしまう印象があって避けてきました。この商品もウール100%ということで肌への刺激を少し心配していましたが、実際に着てみると肌触りは想像以上に柔らかく、快適。さらに、洗濯を重ねるうちにより柔らかく馴染むような風合いになり、肌あたりの良さが増したようにも感じます。

 洗濯による縮みもほとんど見られず、型崩れの心配が少ない点も安心です。ウール素材でありながら乾くのが早く、日常的に扱いやすい点も好印象でした。

個人的に特に気に入っているのは襟元のつくりです。鎖骨の上までしっかりと生地があり、冬場にニットなど刺激のある素材を重ねても摩擦を感じにくく、首やデコルテの乾燥やかゆみを防いでくれます。

天然素材ならではのやわらかさや通気性の良さを実感でき、冬場だけでなく季節の変わり目にも活躍する一枚です。これまでウール素材に抵抗があった方にも、自信を持っておすすめできるインナーだと感じました。

中川政七商店札幌ステラプレイス店
星川

<掲載商品>
「やわらウールのインナー クルーネック」

<関連商品>
「やわらウールのインナー タートルネック」
「やわらウールのインナー スパッツ」

暮らしに、森の質感を。木の‟ありのまま”がやさしく寄り添う「木端(こば)の椅子と花台」

身近にあると空気が変わる気がして、深く呼吸をしてみたくなる。心をやわらかくし、森の時間を運んできてくれる。忙しい日々の中でも、部屋に自然の息吹を感じられるものがあると、不思議と気持ちが落ち着くものです。

中川政七商店ではこのたび、広葉樹の特徴を活かしたインテリア家具、「木端(こば)の椅子」「木端の花台」を作りました。

タッグを組んだのは、飛騨高山で広葉樹を用いたものづくりに取り組む「木と暮らしの製作所」さん。そして、素材を活かすデザインを得意とする、日本を代表するデザイナーの一人 倉本仁さん。

岐阜・高山の森で採れた広葉樹を組み合わせ、素朴ながら森の景色を思わせる仕上がりの椅子と花台。木目や手ざわりなど自然の表情を楽しむことができるこの商品を、今回はSNSで素敵なインテリアや日常の様子を発信している松井さんのお宅で、ひと足先に使っていただきました。

好きなものを丁寧に選ぶ暮らし

訪ねたのは、奈良市にある松井さんご夫妻のご自宅。4LDKのマンションを広々としたワンルームにリノベーションし、二人暮らしを楽しんでいます。コンクリートの天井にデザイナーズ家具が並ぶ空間の先には、窓いっぱいに広がる美しい景色が。隣接する緑地の自然が、まるで絵画のように季節を運んでくれます。

自然の光がふんだんに差し込む松井邸

「この景色に一目惚れして物件を決めたんです」

奈良の照明ブランドに勤務する松井さんは、仕事場の環境から“抜け感”や景色の大切さを日々実感し、それを住まいにも取り入れたいと考えたそうです。建築士に好みのテイストや希望を伝えて、ご夫妻のライフスタイルに合った理想の住まいが完成しました。

「家事や片づけをできるだけシンプルにしたくて、壁一面を収納にしました。衣替えもハンガーごと移動するだけ。来客時にはさっと物を隠せます。好きな漫画も収納してすっきり見えるように工夫しつつ、室内には余分なノイズをなくしたくて、床一面にカーペットを敷いています」

すっきりとした空間に、選び抜かれた小物やインテリアの数々が映える松井さん宅。

「基本的に“好きなデザインかどうか”が大前提。この部屋のどこに置いたら合うかをイメージしながら、長く使える意匠のもので、素材のこだわりや背景に物語があるプロダクトを選んでいます」

そう松井さんは話します。

奥のベッドスペースを遮るのは、アルミの断熱シートを短冊状にしたユニークなカーテン。必要な時だけ閉じられるこのスペースはパートナーのお気に入りの場所。

新鮮さをもたらす野趣ある質感

「どちらかというとクールでかっこいいデザインが好き」という松井さんに、今回の「木端シリーズ」を見てどう感じたかを伺いました。

「色や木目など、それぞれに個性のあるところが素敵ですね。自分の仕事でも吹きガラスや大理石など一つひとつ表情が違うものを扱っていて、それと同じ魅力を感じました。ワントーンではない色のニュアンスにも惹かれましたし、脚の取り付け方にも興味を持ちました」

実際の使い道を想像するとどうでしょうか?

「うちは玄関がフラットなので、靴を履くときのスツールとして便利そう。洗面所で髪の毛を乾かす時にちょっと座ることもできますし、来客時の補助椅子としてもいいですね」

フラットな玄関に、靴を履くときなどのスツールとして
ベッドの脇に置いてサイドテーブル的な使い方も

「これまで玄関に直置きしていた花器を置くのにぴったりでした」

と、花台については、すぐに使うイメージが浮かんだそう。

「以前、美容師をしていたので、家族や知人の髪をカットすることがあって。祖母の家の土間で切ると片づけが楽だったので、その発想から我が家もモルタルの床にしたんですけど、この無機質な空間に野趣あふれる花台は馴染みがいいですね。

木の質感に、自然の心地好さを感じます」

収納扉にラワン合板を使うなど、住まいに木の存在はあるものの、小物は無意識のうちに木製を選んでこなかった松井さん。

「室内にはお店で出会ったものや作家さんの作品などを飾っていますが、改めて見ると木のオブジェは置いていませんね。だからこの花台は新鮮でした。カーペットの上でごろごろする時も、癒されながら飲み物や本を置く台として使えそうです」

SNSの発信を見て憧れる人も多い松井さんのコーディネートの中に、「木端の椅子と花台」は見立て次第でさまざまに使える存在として、心地好く溶け込んでいました。

行き先をなくしていた木々が新たな価値をまとい、住まいに自然の景色を運んでくる。そこに生まれるのは、心がほどけるようなあたたかな時間。ぜひご自宅で、その豊かさを感じていただけると嬉しく思います。

<取材協力>
松井さん(instagram:@takayan_yan

<関連商品>
「木端の椅子」
「木端の花台」

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文:安倍真弓
写真:奥山晴日

日本の森林と暮らしをつなぐ。広葉樹を突き詰める「木と暮らしの制作所」のものづくり

「森の国」。そんなふうに言われることもあるほど、豊かな山や森林に囲まれた日本列島。

離れたところから見る山々の風景も圧巻ですが、少し近づいて森に目をやると、一つひとつの木々にそれぞれ違った特徴や表情があることに気が付きます。特に、広葉樹の森ではそれが顕著で、バラエティ豊かな植生に驚かされるばかりです。

中川政七商店ではこのたび、そんな広葉樹の特徴を活かしたインテリア家具、「木端(こば)の椅子」「木端の花台」を作りました。

木端の椅子
木端の花台

作り手は、「森と木と暮らしをつなぐ」をコンセプトに掲げる「木と暮らしの制作所」さん。そのものづくりについて伺いました。

使われていない、個性豊かな飛騨の木々

「使えそうなものも多いのに、なぜ広葉樹の丸太はチップにしてしまうんだろう」

「木と暮らしの制作所」代表の阿部さんは、山で伐採された樹木の丸太が集まる「中間土場」を見た際にそんな疑問を持ったと言います。

木と暮らしの制作所 代表取締役 阿部貢三さん
地元の林業会社「奥飛騨開発」の「中間土場」。「木と暮らしの制作所」はこちらの敷地内に工房を構えて活動している

標高差が大きく、ブナ・クリ・クルミ・ナラ・サクラ・カエデなどをはじめとして、多種多様な広葉樹が育つ飛騨の森。

しかし、一部を除いて、これらの木が家具や建築のための用材として市場に流通することは滅多にありません。樹種が多く、仕分けが難しいことに加えて、雪の重みで曲がったり、太さがまばらになったりしやすく、決まった規格の木材を安定供給することが困難である、というのが大きな理由です。

伐採された広葉樹の多くは一括りに「雑」と仕分けされ、機械でこまかく刻まれて、燃料やキノコ培養向けの「チップ」として安価に取引きされることが通例となっています。

「奥飛騨開発」が広葉樹を伐採している森。険しい斜面に様々な樹種が生育する
山と山の間に丈夫なワイヤーを張り、そこに伐採した木を吊るして下ろしてくる。急斜面での伐採のために考えられた方法。かつては雪の斜面を使って木を下ろしており、冬にしか伐採ができなかったのだそう
丈夫で重いワイヤーを人が背負って山に登る必要があり、非常に過酷で体力を要する仕事

「山の職人さんたちに聞いてみると『知名度が無いから』といった答えが返ってくることが多くて。

結局、販売者やエンドユーザー側の基準をもとに山で仕分けがなされている。

なので僕らは逆に、山側で基準を決めようと。どう見せればそこに価値を出せるのか、やってみようということで、活動を始めました」

チップに加工されていく丸太たち

豊かで魅力ある森林のはずが、ものづくりには活かされず、結果として十分な対価が得られないために山主や林業従事者の負担ばかりが大きくなっている。「木と暮らしの制作所」では、そんな課題に向き合い、‟飛騨らしさ”を活かして広葉樹の活用を広めようとしています。

広葉樹の活かし方を突き詰めて‟飛騨だからこそ”できる家具を作る

「樹種が豊富であることと、変形木が多いこと。これをどう見せるかにこだわって、その先に‟飛騨の木だからこそ”という表情や魅力を出したいんです。

そうすると、たとえば北海道の木との違いとか、地域性も出てくる気がしています」

そう話す阿部さん。まずは自分たちの手の届く範囲の木を活用するための試行錯誤がはじまりました。

まだ使い道が定まらない木も保管しておいて、かっこよくできる方法を常に考えている

多様な表情を見せる広葉樹を活かすにはどんな技術が必要なのか、どんな見せ方をすれば“飛騨らしさ”が魅力として伝わるのか。

「変形木そのままだと少しワイルド過ぎるところに、切り方を工夫して直線的な要素を入れるとか。真っ直ぐに木が育つ地域では必要のない技術なんかもあって、突き詰めるとオリジナリティが出てきます」

複数の木材を接着して一枚の板にしたり、あいてしまった穴を木の粉をブレンドしたもので違和感なく埋めたり。端材を使い切る技術が蓄積されている
接合面を補強する「チギリ」に真鍮を用いてモダンな雰囲気に

広葉樹の伐採や仕分けの目利きに長けた地場の林業事業者とも連携しながら、それまでであればチップになっていた木材を積極的に買い取り、テーブルや椅子などの家具に加工して、その木だからこその表情を価値として伝える方法を模索し続けています。

「木と暮らしの制作所」の工場

広葉樹の佇まいを活かしたスツールとミニテーブル

今回、中川政七商店では、広葉樹の佇まいを活かした家具シリーズ「木端の椅子と花台」の制作を依頼。素材の魅力を発揮しつつも今の暮らしに馴染みやすい、そのちょうど良いバランスを追及しました。

毎回、特徴の異なる材で新たなプロダクトを作るため、その都度作り方を検討し、工夫する

「不定形な素材を用いて一つひとつの個性は大切に、ただし商品としては安定した定形のものを作るという、難しい挑戦でした。木々の個性をしっかり“良さ”として感じてもらえるように工夫を凝らしています」と阿部さん。

まるで飛騨の森から抜け出してきたような、表情豊かなスツールとミニテーブルに仕上がっています。

丸板の部分も、いくつかの端材をはぎ合わせて制作。それぞれの材をあえて斜めにカットしてはぎ合わせることで、違和感のない仕上がりを実現
脚の部分は樹皮そのもののような表情に

阿部さん達の活動を通じて、地場の人たちの意識にも少しずつ変化が見られ、最近では「こんな木が採れたけど、使えるんじゃないか?」と提案されることも出てきたのだとか。

広葉樹はチップという常識を覆し、飛騨の森ならではの個性あふれる木々を活用するという機運が産地内で高まっています。

「たとえば、大きくて太い木は大手のメーカーさんが。そうでないものは、ひとつの材料に時間かけることができる僕たちのような作り手が。さらには個人作家や趣味で家具作りをする人まで。

関わる人が増えると、もっと色々な木が色々な用途で使えます。そのために、山や森への理解が広がると嬉しいですね。

今、広葉樹の山や森に対して、地域の人たちの気持ちが離れてしまっています。『森と木と暮らしをつなげる』と掲げて活動していますが、山の価値を向上させて、もう一度そこをつなげたいと思っています」

飛騨の豊かな森から木をいただく。伐採した木々の下からは新しい芽が出て、何十年という大きなサイクルで森は循環していく

<取材協力>
木と暮らしの制作所

<関連商品>
「木端の椅子」
「木端の花台」

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文:白石雄太
写真:阿部高之

 中川政七商店スタッフが綴る「今日も、土鍋まかせ日記」

10月に新発売した、文筆家・料理研究家ツレヅレハナコさんとつくった「野菜がたくさん食べられるひとり土鍋」。 冷凍うどんが平らに収まる大きめサイズや、たっぷり野菜がしっかりおさまる高さのある蓋、可愛らしいコロンとしたかたち。日々のひとりごはんを心地よく支えてくれる工夫が詰まった土鍋です。

今回、この土鍋を中川政七商店のスタッフ3名に使ってもらいました。
外食が続いてお家ごはんが恋しい日、残り野菜を使い切りたい日、お惣菜でパパッと済ませたい日・・・。そんなリアルな日常の中で、どんな土鍋ごはんが生まれるのでしょう?

コトコト煮込めば、ほろりとほどける。土鍋でつくるごちそう煮込み

平日の夜は「手軽にもう一品」、休日は「じっくりごちそう」に。そんな風に気分や時間に合わせて楽しめるのも、土鍋の煮込み料理ならでは。弱火でじっくり火を通すことで、具材の旨みが染みわたり、ほろりと崩れる食感になります。

◆「丸ごとほろほろ角煮」

◆「肉じゃが」

 残り野菜もごちそうに早変わり。土鍋で味わう、あつあつ鍋

土鍋といえば、鍋もの。肌寒くなった季節には体の中から温まりたいもの。冷蔵庫の残り物や市販のおでんも、土鍋で煮込むだけでごちそうになります。

◆「からだリセット野菜たっぷり寄せ鍋」

◆「土鍋おでん」

◆「野菜たっぷり冷凍ちゃんぽん」

炊き立てもおにぎりも。土鍋が叶える、ふっくらごはんの幸せ

土鍋で炊くごはんは、格別。ご飯粒が立ち上がるように炊けるから、炊き立てはもちろん冷めてもおいしさが続きます。

◆「金目鯛の炊き込みご飯」

◆「きのこの炊き込みご飯」

香りを楽しむ、土鍋エスニックごはん

土鍋は蓄熱性が高く熱をじんわり伝えるから、野菜の水分を引き出しながら旨味を閉じ込めてくれます。無水調理や炊き込みにもぴったり。スパイスや香りが立ち、日を追うごとに深まる味わいになります。

◆「無水スパイスカレー」

◆「土鍋でカオマンガイ」

野菜たっぷり!土鍋が叶える蒸しもの&ヘルシー料理

蒸し料理やノンオイル調理も土鍋におまかせ。野菜がたっぷりいただけます。

◆「秋鮭ときのこの蒸しもの」

◆「油を使わない麻婆茄子」

いかがでしたでしょうか?


気負わず作れるのに、土鍋で仕上げると不思議とごちそうに変わる。その温かさは、お腹を満たすだけでなく、日々の暮らしまでやさしく包んでくれます。忙しい日常でも、無理なく心とからだを整えてくれる、土鍋のある食卓。


次はどんな料理をまかせてみよう?──そんな想像を広げるのも、この土鍋の楽しみ方のひとつになりそうです。

<記事に登場する商品>
野菜がたくさん食べられるひとり土鍋

【地産地匠アワード】38センチに広がる宇宙。伝統から紡がれる新しい景色を映した、久留米絣の「KOHABAG -Ikat-」

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2025年の受賞プロダクトの中から、福岡県八女市でうまれた「KOHABAG -Ikat-」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

世界の人が魅了され集う、久留米絣の織元

 オランダ、スイス、フランス、ドイツ、スウェーデン。世界各国の人々が惚れ込み、引き寄せられるかのように訪れる場所が、福岡県八女市にあります。1948年創業、久留米絣(くるめがすり)の織元である下川織物。ここでは、約100年前に開発されたシャトル織機を今も大切に使い続け、久留米絣を生み出しています。

福岡県八女市にある下川織物
トヨタグループの創始者である豊田佐吉が100年前に開発した動力織機「Y式織機」も現役で稼働中。糸に必要以上の負荷がかからず、やわらかく風合いのある生地を織り上げることができる

「2016年に日本とオランダの国交400年を記念した『九州オランダプロジェクト』という交流事業があり、そこで大使館からの依頼を受けてオランダのデザイナー4名を約3週間迎え入れたことが、大きな転機になりました」

そう話すのは、3代目である下川強臓さん。

元々、住み込みで働く人を受け入れたり、ホームステイのホストファミリーになったりと、オープンに人を迎える気風があったという下川家。

異国のデザイナーたちと交流を深めた経験をきっかけに、SNS上で工房の様子の発信を始めます。すると徐々に、久留米絣の魅力に興味を持ったアーティストやデザイナーからの関心が集まるようになりました。

いまでは国内外からの見学や研修・インターンシップの依頼が相次ぎ、数日から数週間滞在して久留米絣を学ぶ海外のクリエイターも増えているとのこと。下川織物のウェブサイトやSNSには外国人の写真や英語が並び、国内外問わず、ブランドやデザイナーとのコラボレーションも盛んに行って、久留米絣の新たな魅力を生み出す挑戦を続けています。

下川織物の3代目・下川強臓さん。Tokyo2020聖火ランナー、久留米絣協同組合副理事長。海外のクリエイターとの協業や欧州での講義を通じ、久留米絣の魅力を世界に広めている

こうした下川織物と久留米絣の魅力に惹かれたひとりが、テキスタイルデザイナーの光井花さんでした。知人を通じて工房を訪れたとき、下川さんの話や工房で見たものに感動を覚えたと言います。

「機械を使いながらも手作業がたくさんあって、まるで半分手作りの工芸品。それなのに大量生産ができることに驚きました。下川さんもすごくクリエイティブな方で、伝統的な柄にも工夫をしていてその創造性が素晴らしいなと」(光井さん)

テキスタイルデザイナーの光井花さん。株式会社イッセイミヤケでテキスタイルデザインに携わった経験を活かし、独立後はミラノサローネやDESIGNTIDE TOKYOなど国内外で作品を発表。受賞歴も多数あり、現在は多摩美術大学で非常勤講師も務めている

心から感動し、ものづくりの衝動を呼び覚まされた光井さんは久留米絣の虜に。そして誕生したのが、現代的な感性を取り入れた新しい久留米絣のバッグ「KOHABAG -Ikat-」です。

220年以上続く「ゆらぎ」の美と魅力

久留米絣は、福岡県・筑後地方で織られてきた日本三大絣のひとつ。糸を括って染め分け、その糸を織り込むことで模様を生み出す技法で、藍染めした糸を織りあげる時に生じる“かすれ模様”が最大の特徴です。

下川さんが子どものころから遊び、親しんできた矢部川。この川から北にある筑後川までの一帯が旧久留米藩の領地で、久留米絣が作られてきた

「絣の魅力は“ちりちりちり”とかすれた柄の“ずれ”ですね。職人さんは合わせようとするけれど、どうしても“ずれ”てしまう。その自然なゆらぎが綺麗だなと思って」と光井さんが言うように、整いすぎない温もりが独特の風合いを生み出しています。

久留米絣の図案。小さなマス目の中で糸の濃淡を表現し、深みのある図柄が生まれる
織る前に経糸、緯糸をそれぞれ染め分け、糸が染まった部分、染まっていない部分を合わせたり、ずらしたりすることでさまざまな柄や模様を作り出している。部分的に機械を使うこともあるが、昔ながらの機械のため必ずの人の手を必要とするため、久留米絣の面白みや味わい深さが生まれている

もう一つの魅力が、天然藍による深く鮮やかな藍色。染め重ねるほど美しさを増し、使うほど柔らかく肌になじむようになります。さらに経糸(たていと)の間に緯糸(よこいと)を通すために使われる「杼(ひ/シャトル)」の加減によって布に柔らかさと強さが加わり、素朴ながら品格ある仕上がりとなります。

染め上がったばかりの藍染めの糸。独特の芳醇な香りが漂い、藍の美しさも際立っている
染色工場から仕上がってきた糸は糊付けをし、干して乾燥させる。化学染料では出ない天然の藍染めのグラデーションが、川の流れのように美しさを放つ

その高い技術と独自の美しさから、1957年には木綿織物として初めて国の重要無形文化財に指定されました。今も20社弱の織元が伝統を守り、着物から小物、洋服まで幅広く活かされている技術です。

歴史を感じる動力織機。下川織物では20台が現役で稼働している

久留米絣に惹かれ続ける理由は何なのか。おふたりに尋ねてみました。

「制約の中に広がる可能性があるんですよね。久留米絣は幅38センチの平織りで、経糸と緯糸の染め分けだけで表現するのが特徴で面白い。掘り下げれば無限の方法があり、まるで38センチ幅の“宇宙”のよう。しかもアートでありながら今も普通に使える、実用的な布だという点が魅力です」(光井さん)

「220年以上続いていること自体がすごいなと。時代を越えて当たり前のように作り続けられているのは、生活に自然と溶け込み根付いているから。とても大きな魅力だと思います。

久留米絣は“九州の風土が育んだアート”。江戸時代には井戸端で絣について技法や柄を語り合い、工夫を重ねて進化したそうです。この“当たり前のように生活の中にある風景”を作り続けることを、僕たち織元がしていかなければなりません」(下川さん)

職人の手が生むゆらぎと藍の深み、そして生活に寄り添う実用性。220年以上の歴史を持ちながら、久留米絣は今も日常に息づく“市井の芸術”として暮らしを彩り続けています。

伝統から広がる新しい景色と可能性

久留米絣に魅せられた光井さんが最初に取り組んだのは、「もんぺ」。柄のずれやゆらぎも取り入れたデザインで、絣のことを知らなくても楽しめるものを制作しました。

「図案の描き方も全く知らなかったので、下川さんに何度も相談しました。すると『作りたいものを描いてくれたら、方法は考えるから大丈夫』と言ってくださって。そんな言葉に励まされるうちに、やりたいことが次々と浮かんできました」(光井さん)

「KOHABAG -Ikat-」の経糸。この美しい配色に緯糸が重なることで、不思議な錯視効果が生まれる

 東京から八女へ何度も通い、下川さんから技法を学んだという光井さん。

その熱意と創作意欲に触れた下川さんは、

「何かしら共鳴するものがあると、職人の勘で『これは面白い』と感じる瞬間があります。光井さんの発想にはそれを覚えました」と話します。

ふたりは職人とデザイナーとしてしっかりタッグを組み、海外も見据えたさらなる挑戦へ。

「絣は海外で局所的にとても人気があって、ファンがいます。でもまだ見たことがない人にも見てもらいたい、知ればきっと好きになる人がたくさんいると思ったんです」(光井さん)

そこで生まれたのが「錯視」をテーマにしたデザインの生地。絣のズレに縦横のストライプを重ね、思わず目をこすって見てしまうような、視点がぼやけるような効果を表現しました。

「久留米絣の魅力の一つである柄のゆらぎと、錯視効果に共通性を感じてデザインしました。世界中の人が知っている現象に見立てて作品にすれば、久留米絣の技法も何も知らない人に、その魅力を直感的に伝えられると思ったんです」(光井さん)

平面的な織りの中に柄と色の重なりによっていくつかの階層が生み出され、奥行きを感じさせるこのデザインは、久留米絣を理解しつつ客観的な目線で解釈し、今まで気づかなかった新たな魅力を引き出しています。

「KOHABAG -Ikat-」の特徴を説明する光井さん

この生地の使い道の一つとしてバッグに仕立てたのが、今回のアワードで受賞した「KOHABAG -Ikat-」です。久留米絣の小幅生地である約38センチをそのままを活かして無駄なく折りたたみ、丈夫で長く使える鞄に仕立てました。生地の端である“耳”の部分も、そのままアクセントに活かしています。

「縦横の柄の重なりが、錯視効果を生んでいます。そこは光井さんが配色も含めてちゃんと設計しているから生まれたもの。相性やバランスをしっかり調整してデザインしているのが伝わってきます。光井さんのイメージの中には、きっと限られた図版用紙からはみ出した部分にも物語や連続性がある。織り上げて展開していくと、それが明確に現れていますね」(下川さん)

白い部分を目印に折り返していく緯糸の調整。職人技の繊細な感覚が求められる

昨年別のプロジェクトを通じて地産地匠アワードのことを知っていた光井さん。完成したこのバッグはアワードの趣旨にふさわしいのではと応募し、今回見事に受賞しました。

 北欧ファブリックや古典柄を思わせるデザインは、シンプルでありながら深みを放ちます。

「バッグにしたことで、絣の魅力や性質を手にしながら間近に感じてもらえる。着物の幅まで実感できるプロダクトになったと思います」(光井さん)

伝統に根ざしながら新たな景色を描き出す久留米絣。挑戦を受け止めながら、進化を続けて輝きを増す可能性はまだまだ秘められているようです。

当たり前の風景を、未来へつなぐために

伝統工芸の産地で共通する後継者問題。久留米絣も例外ではありません。生産量のピークも、実は約100年前。年間で240万反、着物約240万着分を、すべて手織りで作った記録があるそうです。そこから生産量は減ったものの、他の絣の産地とは違い、組合による分業体制があったことで産地全体が協力しながら存続してきたのだそう。

「久留米絣の組合があって、そこで産地全体の分業をしているんです。織元はそれぞれですが、括りや染めの作業は共同加工事業として行っていて、産地全体の“みんなで作る”意識が根付いています。そこは強みでもあるけど、今後を真剣に考えないと先がなくなってしまう。機械の老朽化も進んでいて、後継者と設備の両面で、全体でどうしてしていくのか課題があります」(下川さん)

国内外の企業や団体、アーティストとのコラボレーションも多数

先代であるお父様も現役で活躍中ですが、次世代のための準備はすでに始まっています。4代目である息子さんも入社し、「継ぎやすいような環境や体制は整えておきたい」と下川さんは言います。

「柄合わせも、耳の揃え方も、織る人によって特性があるのがわかります。その0.1ミリ単位の感覚を掴むには数十年かかります。僕自身も修行中で、感覚が研ぎ澄まされるまでには長い時間が必要です。織機の前に立つだけで、空気の圧や振動から自分の中に入ってくる感覚で、織りの状態を感じ取ることができるようになるには、最低30年はかかる。これをそのまま息子に伝えて継ぐことが正しいのかどうか、迷いながらも思案しています」(下川さん)

先代の下川富彌さん。メンテナンスを丁寧に行い、機械を大切にしている

技術の継承にAIを取り入れる試みも始まっています。その一つが、久留米工業大学との共同開発です。

「職人の手の0.1ミリ単位の微妙な感覚を、AIで数値化できるかどうか研究しています。大学で作ったメタバースラボの中に、下川織物のラボもあって。ここで僕は生徒に講義をすることができるようになっています。さらに織機に振動センサーをつけて、不具合を検知して知らせるシステムの検証も行っています。AIがどこまで職人の感覚に近づけるかは未知数ですが、次の世代を助けるツールになる可能性はあると思っています。工房にこもって技を磨くだけが職人ではない時代になっているように感じています」(下川さん)

「触れることでしか研ぎ澄まされていかない」と、毎日織機に触れ、今も0.1ミリの感覚へ挑む下川さん
大学と共同開発し、下川さんが講義を行うこともあるメタバース

どこまでも前向きな下川さんの姿勢は、これまでも大きなチャンスを切り拓いてきました。冒頭の国際交流も、そのひとつです。

「これまでに交流のあった人とのご縁も含めて、パリ、ロンドン、ミラノなどで講演会と商談会をする、ワールドツアーもしたいと考えています。国内外のアーティストさんが、うちに滞在しながら職人とより深いコミュニケーションを取ってものづくりをおこなっていますが、そうやってお互い一緒にビジネスパートナーとして新しい取り組みをしていく“深耕型コラボレーション”を大事にしていきたいと考えています。

光井さんとの取り組みもその一つ。活躍される原点に、久留米絣もあると胸をはって言ってもらえるためにも、僕たちは久留米絣を作り続けて行く必要があると考えています。当たり前の風景を当たり前に続けていく。その重要性を感じています」(下川さん)

「私の方こそこの活動はとても励みになっていて。難しく思ったり不安に思ったりしても、期待してくださる方がいるから頑張れる。常に自分なりに結果を残して継続していくことは、このコラボレーションを輝き続けさせるためでもあると、やる気が湧いてきます。他の挑戦も重ねて、“やってよかった”と思ってもらえるよう努力したいです」(光井さん)

お互いを認めて信じ、伝統と技術を現代にふさわしい形に変えて伝え、未来へ受け渡す二人。その視線の先には、久留米絣の新しい可能性が広がっています。

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文:安倍真弓
写真:黒田タカシ

【地産地匠アワード】“おいしさ”にフォーカスした、料理の名脇役。形以上の進化を遂げた「大門箸」

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2025年の受賞プロダクトの中から、奈良県下市町でうまれた「大門箸」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

銘木の産地・吉野から生まれる割り箸の現在地

日本の食卓に欠かせない道具のひとつ、お箸。今回はその中でも「割り箸」にまつわるお話をお届けします。

国内には複数の箸の産地がありますが、割り箸の最大生産地は奈良県南部・吉野地方です。

77%が森林というこの地域では、500年以上前から植林が行われ、良質な吉野杉・吉野檜が育まれてきました。製材時に出る端材を有効活用して生まれた「吉野割り箸」は、香りの良さや割れやすさ、滑らかな手触り、まっすぐで年輪が細かい木目の美しさから、高級割り箸の代名詞として知られています。

杉と檜が混在する、吉野の山中。古くから木を密集させてまっすぐに育てるのが特徴。少しずつ間伐を繰り返して密度を調整し、60~100年かけて目が細かく節が無い木を作っていく。

もとは製材時に出る端材を有効活用するために始まった箸づくりですが、その品質の高さから全国の料亭や和食店に広まり、吉野は日本一の割り箸産地へと成長しました。

ところが2000年代以降、安価な輸入品が国内シェアの大半を占めるようになり、技術の継承も危機に直面して、現在吉野の割り箸は厳しい状況に立たされています。

そんな逆風のなかで誕生したのが、今年の地産地匠アワードでグランプリに輝いた「大門箸(だいもんばし)」です。

すらりと美しい、「大門箸」。無塗装で仕上げた木の本来の手触りや香り、木目がやさしさを与える

プロダクトデザイナーの菅野大門さんが監修を手がけ、ご自身の名を冠したもの。地元・吉野の檜を用い、繰り返し使える丈夫さ、すらりと細い形、白木ならではの上質な佇まいを備えており、“使い捨てない、使い捨て箸”という、まったく新しい価値観を持った割り箸として注目されています。

プロダクトデザイナーの菅野大門さん。グッドトイ賞、グッドデザイン賞などの受賞歴もあり、いくつもの人気プロダクトを生み出している

名脇役を目指して昇華した“極細・非対称の美”

「大門箸」を作っているのは、吉野の下市町にある創業約40年の株式会社廣箸。創業者の後を現代表の中磯末紀子さんが継ぎ、吉野杉や檜の端材を使って職人たちが丁寧な手仕事で箸づくりを続けています。

吹き抜ける風も豊かな緑も気持ちがいい、下市にある株式会社廣箸

クリエイターの多い吉野の町で共通の知人もいたことから、なんとなくお互いのことを知っていた菅野さんと中磯さん。とある展示会で挨拶を交わし、お互いの現状を話しているなかで「一度工場へ見学に行ってもいいですか?」と菅野さんが言ったことから、すべては始まりました。

株式会社廣箸の社長・中磯末紀子さん。2代目として父の後を継ぎ、吉野のお箸の新しいブランド「よろしぃおあがり」を立ち上げるなど新しい動きを行っている

「工場を見せてもらうといろんな種類のお箸を作られていて、話を聞けば聞くほど割り箸の市場ってめちゃくちゃ面白いなって思ったんです。そもそもお箸は世界人口の約3割が使っていると言われています。そして吉野では国産の割り箸の約7割を生産している。

本当に大きなポテンシャルがあるし、割り箸ってずっと使われ続ける“最強のサブスク”のようなもので、ビジネスとしても可能性がある。日本文化を映す歴史あるプロダクトなので、今後の価値にも期待できると感じました」(菅野さん)

目が真っ直ぐ美しいのが、吉野材の特徴

さまざまな割り箸を見ていくなかで、菅野さんは「“おいしさ”にフォーカスした割り箸」が無いことに気づきます。

「お箸は料理をおいしく食べるための道具。ならば、主役である料理を邪魔しない“名脇役”を作りたいと思ったんです」

それから廣箸へ通うようになった菅野さん。「こんなのできますか?」と中磯さんに尋ねては「できません」と返される日々。それでも諦めずにオファーし続け、一緒に製造現場にも入りながら素材や形状、細さなどあらゆる試作と試用を重ね、2年ほどの月日をかけて「大門箸」が完成しました。

片方は中太、もう片方は極限まで細くした左右非対称の形は、千利休が考案した「らんちゅう箸(利休箸)」をより持ちやすく進化させたものです。料理の味わいを引き立てる口当たりのよさと、吉野檜ならではの特徴を活かして1膳わずか5gという軽やかさを実現しました。無塗装の白木は品格を備え、晴れの日にも日常にも寄り添って食卓を豊かにしてくれる、まさに“名脇役”です。

6:4の非対称なデザインは所作を美しく見せ、持った時の重心バランスがとてもいいベストなもの。1番太い部分が正方形なのも、持ちやすく揃えやすい工夫ポイント

実際に手にすると、驚くほど軽くて持ちやすい。スッとお箸が抜ける口当たりはとてもやさしく、使うのが嬉しくなるような、温かな佇まいが印象的でした。

「十分な強度があるので、一度使って終わりにするのはもったいない。『使い捨てない、使い捨て箸』『自分のタイミングで使い捨てる使い捨て』という感覚で、寿命がくるまで何度でも使っていただきたいですね」(菅野さん)

「割り箸は、焼却炉で助燃剤のような役割をするそうです。キャンプでも焚き火に入れて活用できるし、子どもの工作や掃除にも使えて、最後の最後まで役に立つんですよ。歯ブラシの替え時と同じように、自分のタイミングで使い切ってもらったらいいと思います」(中磯さん)

さまざまな木材や漆塗装をテストし、さらなる耐久性や美しさのバリエーションも検討中

オリジナルマシンと職人技が支える、唯一無二の造形

廣箸の工場では、先代が独自に設計・改良した機械が今も現役で動いています。箸削り機や角材揃え機、削りくずを利用した乾燥室の装置など、70種類を超えるお箸を美しく、効率的に製作するために、独自の設備を生み出してきました。宮大工もされていたという先代の美意識とこだわりがつまったこれらの機械が連動することが廣箸の技術力につながり、1本1本のお箸がかたちになっていきます。

先代考案の通称「ぶるぶるマシン」。次の工程で切りやすくするため、角材を素早くすき間なくきれいに揃える

「どれも本当によく考えられている機械たちで、感心しました。お箸がきれいに作れるようここまで微調整できる機械なんて、他では見たことがありません。『大門箸』の極細の先端は、まさにこの機械と吉野檜があってこそ。世界でも廣箸にしか作れないお箸だと思います」(菅野さん)

 とはいえ、すべて機械任せで簡単にできあがるわけではありません。

「ただ機械があるだけではなく、職人が図面を見ながらつきっきりでミリ単位の細かい調整をしています。完全オートメーションではない“工芸”とも言える手仕事なんです。どれが欠けても『大門箸』はできなかったでしょうね」(中磯さん)

すべての箸先の削り出しと調整を行い重要な役割を担う水本さん。「調整が本当に大変」と「大門箸」づくりの本音を語る

なかでも要となるのは、箸先を削り出す機械です。円盤状の刃物が回転しながらとても複雑な動きを重ね、角度や当たり方を繊細に調整して仕上げていきます。この調整を担うのは、20年以上の経験を持つベテラン職人の水本さん。

そんな水本さんからしても、「大門箸」は「特に作るのが難しい」と言います。細さはもちろん、非対称なバランスもその要因のひとつ。「硬い檜を細くしなければならないので、どうしても欠けやすいんです。さらに長さと細さが左右非対称なので調子を合わせる工程が二倍になりますし、バランスも悪くなるので、まっすぐなお箸にするのに苦労しています」と教えてくれました。

機械のコンディションによっては1日中調整を続けている日もあるのだとか。

シンプルなようで複雑な動きと調整を経て、極細の「大門箸」が作られる

「外から見ても何をしているのか分からないんです。でも何も言わなくても必ず合わせてくれる、絶対にできるからと信頼しています。気がつくといつの間にか機械が気持ちよく動き出しているんですよね」(中磯さん)

端材をスライスしてから、お箸の原型となる角材へカット

人と、木と、機械と、デザイン。そのすべてが絶妙に重なり合った結果として、「大門箸」は生まれています。

福利厚生の充実や、トイレの整備まで!ものづくり以上、仕組みづくりの重要性

 「お箸の帯のつけ方や帳簿のことなど、聞けば聞くほど労力がかかっていたり整っていなかったりすることが多くて。新商品の生産を始める前にまず会社の基盤を整える必要があると思ったので、自主的に動きました」(菅野さん)

そう菅野さんが振り返るように、当初中磯さんは業務に追われ、何か新しいことや改善案を考える余裕すらない状況でした。そこに、自主的に通ってあれこれ手を付けていく菅野さんの行動力と、それを受け入れる中磯さんの懐の深さが重なり、さまざまな改善が進められていきます。

天日干ししている端材置き場の前で。「何を言ってるのか分からないし宇宙人と思うことにしている」という中磯さんに、すかさず菅野さんがツッコミを入れる感じが絶妙。率直な意見をぶつけ合いながら、よりよい方向へと盛り上げていけるのは、対照的な性格でありながら信頼関係があるからこそ成り立つやり取り

帯巻き作業の機械化に始まり、帳簿・請求書のデジタル化、ネット環境や無線LANの整備、トイレや事務所の改修、ウォーターサーバーの導入、輸送効率の改善、昼食代・交通費補助の制度改正まで。さらに、学生から高齢者まで働ける柔軟な勤務体系も整え、「自分が働くならこうあってほしい」という労働者と経営者の両方の視点で、菅野さんは廣箸の環境を一つひとつ整えていきました。

「働く環境を今のスタンダードにしていかないと、若い人がまず来ないじゃないですか。女性や若い人が働きやすい環境を整えることは、人材確保に直結します。夢を追う若者も、人生を重ねたおじさんも応援する。みんなが気持ちよく働きやすい場所にしたいんです」(菅野さん)

こうした環境面の整備が功を奏し、以前は年配者ばかりだった職場にも、若い人たちが加わりました。手伝いに来てくれていた学生の卒業制作展を見に行ったり、引っ越しを手伝ったり、ともにお風呂で汗を流したり。このような繋がりから新たな仲間が増え、SNSでの発信を通じて遠方から通う人も出てきています。

「一度若い人が集まるとその中で盛り上がるし、環境を整えれば現場から自然にアイデアが出るようになる。それが一番大事だと思っています」(菅野さん)

菅野さんの働きかけで増えてきた、若いスタッフ

社員以上に深い動きを菅野さんは自発的にしたのですが、これらは無報酬で行っていました。

「無報酬というと聞こえが悪いかもしれませんが、夏休みの自由研究みたいなものです。廣箸からすればコストがかからないから、僕は自由に動けますし、誰にも研究の邪魔をされない。今は少しずつ土台ができ、マネタイズしてきました」(菅野さん)

中磯さんはかつて会社の改善を考えてデザイナーやコンサルを探し、講座にも通いましたが、費用の見通しや相性が分からず、依頼に踏みだせませんでした。

「スポットでコンサルや商品開発をして去っていくことを僕はしたくなくて、5年、10年かけて一緒に商品を作り、100年売るくらいのスタンスでいたいなと。それを廣箸さんで実現させてもらっているところですね」(菅野さん)

「一番安い工芸」が秘める、大きな可能性

廣箸では職場環境が整備されていく一方で、もう1つ大きな課題を抱えていました。それは、商品の値付けや生産計画などを自分たちでうまくコントロールできないということ。

「毎日、注文に合わせて作って出荷するだけで精一杯でした。在庫もほとんどなく、やっと家に帰って寝るだけの状態が何年も続いていたんです。自分たちが作ったものがどこでどう使われているのかも分からない状態でした」(中磯さん)

「それなのに作れば作るほど赤字になるような構造になっていたので、『これは仕組み自体を見直さないといけない』と思ったんです」(菅野さん)

そんな問題意識からも、お客さまと直接つながる方法として「大門箸」が生まれました。現在「大門箸」は地道ながら販路を開拓し、小売店や業務用として料亭やレストランでの採用が増えてきているといいます。

成形する前と完成後の2回、厳しい目と素早い手でしっかり検品を行う

「カタログを飲食店に直接送ってみると、ほとんどの方が箸先の細いタイプを選ばれるんです。細いお箸は上品に見えるだけでなく、料理がおいしく感じられるという感覚が本当にあるんだと感じています」(菅野さん)

さらに菅野さんは、割り箸という存在自体の価値も見直してほしいと話します。

「『割り箸』は“日本で一番安い工芸”だと思っています。彼らは工芸として作っている感覚はないですが、機械生産とはいえ、自然のものを扱う以上、その大部分は人の手によって作られるものです。500年続く吉野林業と日本の食文化に根付いている歴史を見てみると、きっと工芸と呼べるものなんじゃないかと思います」

割り箸は、捨てられてしまう丸太の端部分を活用したコロジカルな商品。山を維持するための間伐にも一役買っている

この素材が育まれる森を健全に保つためには、木を伐り、余すところなく使い、再び植える循環が必要です。丈夫な箸を毎日の食事で繰り返し使うことは、環境にとっても大きな意味があります。菅野さんの提案で、今後はお箸づくりからさらに1歩踏み込み、“山”そのものへと視野を広げようとしています。

「将来的には丸太から買って、芯材は建材として販売し、端材を自分たちの箸づくりに活かす。廣箸の3代目となる予定の息子さんには、お箸屋と建材屋を同時にやることも提案しています」(菅野さん)

「実際に丸太を切るところから試したこともありますが、今は端材をもらってきた方がまだ安いんです。ただ、建材側で利益をしっかり出し、その端材でお箸を作る流れができれば、林業にも貢献できると思っています」(中磯さん)

1膳の割り箸が変われば、森も文化もおいしさも変わっていく。

「大門箸」は、その未来への一歩をすでに踏み出しているようです。

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文:安倍真弓
写真:黒田タカシ