新年に欠かせないお正月飾り。その由来や飾り方を聞きました

日本では古来より、季節やハレの日に合わせて様々な行事がおこなわれてきました。

願いや祈りの込められたしつらいを飾り、昔ながらの風習を取り入れて 過ごし、それが家族の思い出として残っていく。忙しい現代人にとっては、立ち止まって色々なことに考えを巡らせたり、一呼吸を置くきっかけになったりもします。

その中でも、もうすぐやってくる「お正月」は、新しい年を迎える節目の行事として特に印象的でなじみ深いもの。

慌ただしい日々を過ごす中で、お正月になればゆっくりと、家族との時間や自分のための時間を過ごそう、という風に考えている方も多いのではないでしょうか。

そんなお正月に欠かせないのが「年神(としがみ)さま」をお迎えし、幸多き年にするためのお正月飾り。 「注連縄飾り」「鏡餅飾り」「干支飾り」「熊手飾り」など、色々な飾り物がありますが、何をどんな風に、どんなタイミングで飾れば良いのか、少し混乱してしまうこともあるかもしれません。

今日は、そういったお正月の「飾り物」の由来や飾り方について、和文化研究家の三浦康子さんにお話を伺いました。

お正月には「年神様」をお迎えする

もともとは飛鳥時代に中国から暦や儀式が伝わったことがきっかけで、はじめは宮廷における新年の儀式として、後に庶民にもなじみのある行事として広まっていった正月文化。

三浦さん曰く、日本 の正月文化の背景にあるのは「年神信仰」と「稲作文化」だと言います。

「五穀豊穣の神様であり、ご先祖様でもある年神様を元日にお迎えし、家内安全などの幸せや、その年の魂(生きる力)である年魂(年玉)を授けてもらう、というのが『年神信仰』におけるお正月 の考え方です。

また、農耕社会における『稲作文化』では『米には霊力が宿る』と考えられていて、お米から作られるお餅はハレの日、特にお正月には欠かせない食べ物でした」(三浦さん)

「新年をつかさどる年神様をお迎えし、一年の力や幸せを授けてもらう」というのがお正月の目的で、そのために、年神様と縁の深いお餅や稲がしつらい、行事食などで大切にされているのだそうです。

「鏡餅飾り」は年神様の宿る場所

まさに、その「お餅」が主役となっているお飾りが「鏡餅飾り」。本物 のお餅を飾ることはもちろん、最近では木製やガラス製など別素材で作られたものも登場しています。

家にお迎えした年神様が宿る場所として、「宿でいうと、布団や座布団 のような存在。鏡餅がないと年神様は家に来ても居るところがありません」とのこと。

手軽に飾れる木製の鏡餅飾り(中川政七商店「鏡餅飾り 中」)

鏡餅飾りは前提として家に何個飾ってもよく、メインのものは神棚か床の間のどちらかが望ましいんだそう。もしくはリビングの中で、年神様が滞在しても落ち着いていられる場所を選んで飾ります。飾る方角は特に気にしなくても大丈夫ですが、玄関に置くのは失礼に当たるので控えるべきなのだとか。

「供えた鏡餅をおろして食べることで力を頂く」ので、本物のお餅の鏡餅を飾った場合は、鏡開きをして食べるのが習わしです。

大小二段になっているのは陰と陽を表す。「橙」(だいだい:代々家が続きますように)や「ゆずり葉」(子孫繁栄)、「裏白」(潔白な心や夫婦円満、長寿)などを添え、三方などにのせて供える。(中川政七商店「漆の鏡餅飾り」)

大掃除をしてから12月28日までに飾っておく、もしくは12月30日に飾り、鏡開きをする1月11日 にしまってください。

結界の役目を果たす「注連飾り」と、目印となる「門松飾り」

注連縄に縁起のいいお飾りをつけた「注連飾り」は、「ここから先は神の領域である」と示すもの。「大掃除を終えて年神様を迎えるのにふさわしい清浄な 場になったこと、ここから先は悪いものが入ってこないことを神様に示す」ために、一般的には玄関先に飾ります。

(中川政七商店「輪飾り」)

「門松飾り」は、「年神様を家にお迎えする目印」で、飾る場所は「最初に年神様の目に入る場所に置くのが基本」とのこと。門がある場合はその外側に、マンション住まいであれば自宅の扉前に、もし外側が無理なら 玄関の内側に置いてもよいそうです。

「外に置くのが基本ですが、神様はお見通しなので、内側でも問題なく気づいていただけますよ 」

いずれのお飾りも、大掃除をしてから28日までの間に、もしくは30日に飾って、松の内が終わる時に外します。

一年中飾っておける「干支飾り」と「熊手飾り」

自分の生まれ年と紐づいていることもあって、私たちにとってなじみが深い存在である「干支」。

「本来、干支は十干と十二支を組み合わせたもので60通りありますが、一般的には十二支のほうで言います。たとえば、2026年の干支は丙午(ひのえうま)ですが、一般的には午年と言っています。」

十二支は、年月日を数えたり、時刻や方角などを表したりするために誕生したといいます。

「字が読めない庶民にも分かりやすいようにと、十二支に動物があてがわれました。やがて、目に見えない気持ちや願いをモノやコトに表す日本人の精神性と結びつき、干支の置きものが『その年の福を呼び込む存在』として飾られるようになりました 」

(中川政七商店「張子飾り 首ふり午」)
(中川政七商店「うれしたのし杉干支飾り 午」)

そんな「干支飾り」は、”不浄”の場所とされるお手洗いを除けば好きな場所に飾ってよく、年末や年明けに出してきて一年間飾っておいて問題ないとのこと。飾った後にしまっておいて、12年後に改めて使用しても大丈夫です。

「縁起熊手(熊手飾り)」は、そもそもは11月の酉の日に、神社でおこなわれる酉の市で入手するもの。農具である熊手に縁起物をたくさん付け、「様々な福をかき集める」と見立てて、商売繁盛や招福の飾りとされました。

「福をかき集めることから、玄関や、縁起のよい方角である東や南に向けて飾ります。また、できるだけ高い場所に飾るとよいとされています」とのこと。

干支飾り同様に一年間飾っておいても問題ありません。

酉の市で授与される熊手飾り。こちらは毎年買い替えるのがよい とされる

歴史や背景を知り、「現代の暮らしにおいてどう考えるか」を判断する

様々なお正月飾りに関する、背景や意味、飾り方などをお聞きしてきました。お正月文化が成立した時代と比べると、私たちの暮らし方は大きく変わっていますし、正月飾りの素材やデザインも移り変わっています。

その中で、「『現代の暮らしにおいてどう考えるか』を自分が判断していくことが大切」だと三浦さんは話します。

正月飾りは年神様をお迎えするための神聖なものなので、毎年、新調するのが本来の考え方です。ただし、最近ではインテリア性の高いお飾りが増え、素材も変わり、一度迎えたお飾りを、再利用したい人も増えています。

「ものを大切にして長く使う」というのも日本的な美徳なので、その気持ちを大事にして再び使う。伝統を重んじて、新しい年を清らかに整えて迎えたい方は新調する。どちらも間違いではないので、 由来や本来の意味を知ったうえで、ご自身の価値観に照らし合わせて、ご判断いただければと思います。

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<監修>

三浦康子/和文化研究家、ライフコーディネーター

古を紐解きながら今の暮らしを楽しむ方法をテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、Web、講演などでレクチャーしており、行事を子育てに活かす「行事育」提唱者としても注目されている。
All About「暮らしの歳時記」、私の根っこプロジェクト「暮らし歳時記」などを立ち上げ、大学で教鞭をとるなど活動は多岐にわたる。
著書:『子どもに伝えたい 春夏秋冬 和の行事を楽しむ絵本』(永岡書店)、『かしこい子に育つ季節の遊び 楽しい体験が心を豊かにする12か月の行事育』(青春出版社)
監修書:『きせつのしつらいえほん』(中川政七商店)、『おせち』(福音館書店)、『季節を愉しむ366日』(朝日新聞出版)ほか多数。

「驚きと喜びのある物づくり」で、人の手のぬくもりと文化を未来へつなぐ。COCHAEと作るお正月飾り

新年を祝い、しつらいを楽しみ、よい一年になることを願うお正月飾り。

今年のお正月は、昔から続くお飾りを、今の暮らしに寄り添うようアップデート。「驚きと喜びのある物づくり」をモットーとするCOCHAEさん(軸原ヨウスケさん、武田美貴さん、長友真昭さん)とともに、運を開くきっかけとなるようなお正月飾りを作りました。

岡山を拠点に活動するデザイン・ユニット「COCHAE(コチャエ)」さんの事務所を訪ね、デザインへの思いやものづくりの背景を伺いました。

伝統の息を今に映す、COCHAEの“あそびのデザイン”

郷土玩具の魅力に惹かれ、「忘れられかけた伝統や地域に根ざした文化を発掘し、継承していきたい」との思いから“あそびのデザイン”をテーマに活動するCOCHAE。その仕事場には、壁一面の本棚にどこか懐かしくかわいらしい人形やパッケージが並び、紙や木などで作られた生き物たちが顔をのぞかせます。

「パッケージのお仕事も多いんですが、専門というわけではないんですよ」と笑う、軸原ヨウスケさん。

COCAEの軸原ヨウスケさん

東京でCOCHAEを結成した後、2011年の震災を機に生まれ故郷の岡山へ拠点を移し、紙のプロダクトや新しい視点を持った玩具・雑貨の開発、商品企画、展示など、幅広い活動を行っています。岡山を訪れたことのある人なら、お土産売り場で軸原さんがデザインした愛らしいパッケージを目にしているかもしれません。

現在はメンバー3人で活動中。今年新たに加わった長友真昭さんは、長年廃絶していた久
米土人形を軸原さんとともに復刻するなど、立体造形の分野でも活躍しています。

COCAEの長友真昭さん

「古い玩具の中にあるモダンで新しいエッセンスを見いだしたくて。逆に、モダンに見えるけど土着的な要素や手仕事を感じるものにも惹かれます。その両方向から近づけるプロダクトづくりやデザインがしたいですね」と軸原さん。

軸原さんのコレクション。「“新しいけど惹かれるような玩具的魅力がある”ものづくりがしたい」と軸原さん

COCHAEが目指すデザインは、手に取った人が幸せな気持ちになり、運を開くきっかけとなるようなもの。その想いに中川政七商店が強く共感したことから、今回の企画はスタート。COCHAEの“楽しいデザイン”に奈良県香芝市の福祉施設Good Job!センター香芝の個性豊かな手仕事が加わり、より楽しくおめでたい、お正月に限らず長く飾っていただける縁起物が生まれました。

中川政七商店ともCOCHAEとも、それぞれ交流があった、奈良の「Good Job!センター香芝」。

「Good Job!センター香芝さんの施設で初めてものづくりを見た時、ものすごく感銘を受けたんです。福祉の現場で地元の素材を活かして、しかもきちんと量産する仕組みが本当に素晴らしくて。あの場に“ネオ郷土玩具” のような空気を感じました」と軸原さんは振り返ります。

郷土玩具の魅力に、自然に惹かれていったという長友さん。今回の企画に関しては、「玩具の実践の場になると思って、挑戦しない手はない」と感じたのだとか

ご神域の杉から生まれた、午の干支飾り

干支飾りは、2026年の干支・午(うま)をモチーフにした木製の置物です。世界遺産・春日大社(奈良市)の境内の杉を使用しています。
(※春日大社の杉の木については、こちらの読みものをご覧ください)

COCHAEさんとGood Job!センター香芝さんは以前にも春日大社境内の杉を用いて「コッパン人形」という人形を制作しており、その技法を、今回の干支飾りにも応用しました。

「コッパン人形」。大正時代中期に生まれた木端(こっぱ)人形を模して作られている

「コッパン人形を作る時も顔はスタンプで描きました。今回、Good Job!センターさんのスタンプ使いがさらに進化していて素晴らしいなと思いましたね」(軸原さん)

干支飾りの模様は、オリジナルのスタンプで表現

「デザインとしては、杉の模様が最初にできました。他にも杉の模様で何かできないかと検討しましたが、もう少しリアルな杉になるとスタンプでの表現が難しくて。杉の木を三角形で抽象化して、そこから模様を展開していきました。色も、微妙なトーンを含めて最後の最後まで意見を出し合い、検討を重ねて決めています」(長友さん)

頭や足の部分の塗分けにはマスキングテープを活用
「頭に塗っている三角形が立体感を生み出すポイントなので、マスキングテープで綺麗に塗ってもらえるのはありがたかった」と長友さん

スタンプの押し方や力加減によって、同じ形でも一つひとつ表情が変わります。また、制作で意識したのは「工程を減らす」こと。色数や手順を整理し、福祉の現場で無理なく“同じに量産できる工夫”を検討しました。

「手仕事のプロダクトとして、きちんとしたもの作る。今回それが実現できたと思います」(軸原さん)

量産の中にも人のぬくもりを感じられる、優しく力強い作品に仕上がりました。

「程よい複製感」を楽しむ、紙と印刷の力

熊手飾りは「福をかき集める」などの意味を持つ縁起物。お正月だけでなく日常にも飾れるよう、普段の暮らしの中でも願いたいモチーフを考えてお飾りを選定しています。

ふっくらとした笑顔で幸福を呼ぶと言われている「お福」を中心に、「鯛」「鶴」などを配置。上部のスペースには、「天神」「富士山」など、自身や家族に合った願いのモチーフを選んで、オリジナルの熊手飾りを作ることができます。縁起物としての本質を大切にしながら、家庭でも飾りやすい形を探りました。 

COCHAEでデザインした、熊手を彩る縁起物たち

「飾りを熊手にただ挿せばいいと思ったら大間違い。(笑)

重なりやバランスを考えてうまく配置しないと、取り付けにくくなるし落ちてしまうんです。モチーフの提案やサイズ感など難産でしたが、最後は中川政七商店さんの方でサイズ調整をしていただいて、うまく収まったのでよかったです」(長友さん)

どんな素材でどのような表現、作り方で仕上げるのかが悩ましく、何度も試作を重ねて構造やサイズを微調整しました。「お福」以外のモチーフは紙製で、ここにもCOCHAEさんの技とアイデアが光ります。

「懇意にしている岡山の印刷会社の凸版印刷機を使うと、面白いものができるはずという直感があって。味気ないものにはしたくなかったので、紙の質感から、インクの色、エンボス(型で押して凹凸をつける立体加工)や箔押し(熱と圧で箔を転写し輝きを加える印刷加工)などを提案して、質感も色も印刷加工も、それぞれ違うものにしています。

子どもの頃に衝撃を受けたビックリマンチョコのおまけのキャラクターシールのワクワク感のように、印刷の面白さが出せたらと思いました」(軸原さん)

古い凸版印刷機の可能性に着目し、印刷会社と共同で紙と印刷、雑貨と喫茶が楽しめる「備前凸版工作所」も運営中

「紙も、つるつるのものやざらざらのもの、金ぴかのものなどがあって。それぞれの紙で使う色の数を決めて、その中にモチーフをはめ込んで印刷をしてもらいました。紙が変わると発色も変わるので、同じ赤でも鯛のツヤが違って見える。そんな見え方なども一つひとつ調整しています」(長友さん)

細部にわたりこだわりをちりばめたモチーフ。昔ながらの凸版印刷を使うことでかすれやにじみ、平面と立体のメリハリがある豊かな表情が生まれました。

かすれやにじみなどの風合いも魅力的な凸版の印刷物

「凸版は手仕事みたいに一枚一枚ガチャンガチャンと印刷しているので、 “程よい複製感”があるんですよね。まるで版画作品みたいな。古い技法ですが、通常の印刷とは違う個性や新しさが出せるところが興味深いです」

そう軸原さんが語る「程よい複製感」が、完全な均一ではなく少しずつ異なる表情の“ゆらぎ”を生み、手仕事と機械の間にある美しさと魅力を与えています。

伝統の先にひらく未来

日本の文化の中で育まれてきた、工芸や郷土玩具。時代が移り変わる中で、残念ながら失われてしまったものも多くあります。

「全国の玩具を見ると、廃絶したものが本当に多くて。それらを復元・再生していく夢もありますし、アーカイブとして残していきたい。まずは紙作家の大先輩の写真集と展示を企画しています。紙なのに彫刻のようで、本当に格好いいんですよ」(軸原さん)

軸原さんが魅力を感じるという、台湾の出版社「漢聲(ハンシェン)」の書籍。「この本を見れば学術的にも技法的にも民衆の工芸を実際に再現できるように作られているんです」と、大いに参考にしている

既に実行していること、今後やってみたいことが盛りだくさんなCOCHAEのお二人。過去の文化をそのまま懐古するのではなく、現代の感性で新しい命を吹き込んでいく。紙や印刷、木、土といった素材を通じて、地域の職人や福祉施設とともに新しい価値を生み出していく。それは人の手のぬくもりと文化を未来へつなぐ試みです。

COCHAEさんが生み出す作品は、懐かしさと新しさが交差する、日本の今のものづくりを静かに映し出しているのかもしれません。

そんなCOCHAEさんと一緒に作ったものをはじめとして、今年もたくさんのお正月飾りをご用意しました。「今までお正月飾りを飾ったことがない」という方にもぜひ手に取っていただいて、晴れやかで幸せな気持ちが一人でも多くの方のもとへ運ばれることを願っています。

<取材協力>
「デザイン・ユニット COCHAE」

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文:安倍真弓
写真:黒田タカシ

手作業とオリジナルの道具から生まれた、個性と温もりが宿るお正月飾り

新年を祝い、しつらいを楽しみ、よい一年になることを願うお正月飾り。

今年のお正月は、熊手と干支飾り、昔から続くお飾りを、今の暮らしに寄り添うようアップデート。晴れやかな毎日を願った、縁起物を作りました。

この製作現場が奈良県香芝市にあるということで、早速訪ねてみました。

あらゆる人が集い、能力が広がる、開かれた空間

お伺いしたのは、「Good Job!センター香芝」さん。障がいのある方たちとともにアート・デザイン・ビジネスの分野を超え、社会参加と新しい仕事づくりを行う拠点として、2016年にオープンしました。木造の建物は温かみのある外観で、中に入ると大きな窓から光が差し込み、カフェやショップ、工房、事務所がゆるやかにつながる見通しの良いワンフロアが広がっています。

外観からも視界の開けた気持ちよさが伝わる、Good Job!センター香芝さん

「福祉施設は社会資源として、公民館のようなコモンスペースの役割も果たせるはずです。仕事を生み出すためにはさまざまな人と関わることが大切。あらゆる人たちが集い、買い物もできる“開かれた場”にしようと、多様性のある面白い空間にしました」と話すのは、同センターで企画製造ディレクターをつとめる藤井克英さん。

別棟には広々とした制作スペースやアトリエも備わり、全国約140の福祉施設や企業とのコラボによる多彩な商品、そしてGood Job!センター香芝オリジナルプロダクトも含めた約2,000種類を扱う流通拠点としての機能も担っています。

Good Job! センター香芝 企画製造ディレクターの藤井克英さん
ものづくりの拠点と地域に開かれたカフェがゆるやかにつながり、さまざまな楽しみ方ができる

ここには10代から70代まで、さまざまな特性を持つメンバー(利用者)が通っています。

「メンバーと施設が、“利用する人”と“支援する人”という2点だけでなく、もう1つの点、“一緒に誰かへ届ける”という共通の目的を持つ。そのことで、関係は線から面へと広がり、対等で協働的なつながりが生まれると思っています」と藤井さん。

そのために力を入れているのがものづくり。環境が整えば、『色を塗る』『テープを剥がす』などそれぞれの能力を発揮して様々なものづくりに貢献できます。

「だからこそボランティアやスタッフも含め、“できるときに、できることを、できるだけ”してもらっています」

現在約45名の利用者が登録し、分業して手仕事をおこなっている

「『障がい』と聞くと、“できないこと”を思い浮かべがちですが、私たちは“できる可能性”に目を向けてきました。『自立』には、できないことをできるようにするだけではなく、“できないことを誰かに託す”という形もある。互いに補い合うことで“できる環境”が生まれ、その選択肢の多さこそが自立の豊かさにつながるように思います」

“できること”を通じて人と社会がしなやかにつながる。その思いが息づく制作の現場は、実際どのように動いているのでしょうか。

作業しやすい仕組みも道具も、オリジナルで作る

現場では、ちょうど午(うま)の干支飾りが制作されていました。マスキングテープで塗り分けを工夫しながら一つひとつ丁寧に色を塗り、終わるとテープを剥がす。作業はできる人が、できることを分担して進められます。

「デジタル工作機なども揃っているので、機械で加工してスタンプを作りました。従来なら筆で職人さんが感覚的に描いていた部分をマスキングをして塗り分けたり、スタンプを使ったりして表現しています。こうした道具があることで、どの部分に何を施すのかが視覚的に分かり、作業しやすくなる。量産のためにも、こういった道具づくりから工夫しています」

本格的なデジタル工作機器を備え、デジタル技術と手仕事を活かした商品を開発している

これまでに培った経験を応用し、デザイナーと相談しながらスポンジ素材を用いて版画のような風合いを生み出しました。完成までには多くの試作を重ねたといいます。

胴体部分は模様のスタンプ、目の部分は雫型のスタンプ、黒目は綿棒を使うなど、パーツによって道具を使い分ける

「工房にはレーザーカッターもあるので、まずはテストピースを使ってスタンプの再現性を確認しました。そこから微調整を繰り返して、ようやく完成形にたどり着いたんです」

サンプルも自作し、まずはこちらで練習をおこなった
張り子で作られる人気の郷土玩具「鹿コロコロ」制作の様子

工房には多くのオリジナル道具や商品パーツが並び、「商品の数と同じくらい道具がありますよ」とのこと。

「塗装したものを乾かすためにホルダーを作って吊るしたり、リンゴ飴のように突き刺してみたり。ちょっとした“遊び心”を加えて、作る工程そのものも楽しめるよう工夫しています」

使用したあとの端材も、他の作品に活用できる
「鹿コロコロ」を乾かしているところ。開きやすい足を固定するジョイントパーツやホルダーも自作。ずらりと並ぶ姿もキュート

作り手に寄り添う工夫と楽しむ気持ち。その想いが商品の温かみにもつながっているのかもしれません。

丁寧な手作業に個性と温もりが宿る

工房の奥では、熊手の主役「お福」の絵付けが行われていました。立体的な形に合わせて作ったオリジナルのガイドで下書きをし、ほっぺや唇は木の棒で作ったスタンプを使って均一に仕上げます。目や髪の毛など細かな部分は、メンバーが一筆ずつ丁寧に描いていました。

自作の透明な立体ガイドで、各パーツの位置が分かりやすい

「今回は顔の表情がとても大事なので、手描きがふさわしい。描き手の技術が要になりますから、目の太さやカーブ、髪の毛の繊細なラインが描けるメンバーにお願いしています」。

集中力が求められる繊細な作業です。

お福の表情を描く西村さん。自身でも絵を描き、オリジナルキャラクターやぬいぐるみなどを制作するなど、創作の幅を広げているそう

西村さんは伝統工芸やこけしに関するレクチャーを受けるなど経験を重ね、今では均一で美しい仕上がりを実現できるまでになりました。センターでは張り子人形の依頼も増え、国内外から注目されています。

春日大社の神域で育った杉の木を使って

午の干支飾りの素材は杉の木ですが、実はちょっと特別な木が使われています。

「世界文化遺産・春日大社(奈良市)の境内で育った杉なんですよ」と藤井さん。

Good Job!センター香芝の運営母体が所属している別団体「あたしい・はたらくを・つくる福祉型事業協同組合(通称:あたつく組合)」に、春日大社が「障害のある人の仕事づくりに役立ててもらいたい」との思いから譲った木だといいます。

2016年、春日大社の神苑「万葉植物園」で、台風などの被害により倒木や枯損木(こそんぼく)となった杉の間伐が行われました。それまでは園内で循環利用されていて、外に出ることはありませんでしたが、活用方法を模索する中で「あたつく組合」に声がかかったそうです。譲り受けたのは樹齢30〜100年ほどの杉、約30本。

春日大社

世界文化遺産のご神域から木を運び出すには、さまざまな許諾を受ける必要がありました。運搬や製材にも多くの費用がかかるため、クラウドファンディングを立ち上げ、「春日大社境内の杉プロジェクト」として活動を開始。

木の管理や活用を検討し、返礼品の制作まで実施。原木はまず2〜3年かけて自然乾燥させ、その後製材・加工を経てさまざまなアイテムに生まれ変わりました。

返礼品となった、枡や名刺ケース、表札

中川政七商店でもこの取り組みを知り、新年を祝う干支飾りにふさわしい素材だと考え、使用させていただくことになりました。一般に出回る植林材と異なり、春日大社の杉は自然のままの木。節や虫食い、色むらもありますが、それこそが唯一無二の個性です。「木目や風合いの違いも楽しんでもらえると嬉しいです」と藤井さんは話します。

自然に育った個性と力強さを宿す、春日大社境内の杉

このプロジェクトを通じて、春日大社をはじめ多くの企業や団体とのつながりが生まれ、思わぬ仕事にも発展しているそうです。

「規格が揃っていない木は敬遠されがちですが、私たちはそこにこそ価値を感じています。端材も含めてすべて無駄にせず活用する予定です。営利目的ではなく、神社の思いを受け継いで取り組めるのは、福祉だからこそかもしれません」

晴れやかな毎日を願った、賑やかで楽しいお正月飾りたち。Good Job! センター香芝の手仕事によるあたたかい作品で、新しい年を迎えてみてはいかがでしょうか。

<取材協力>
「Good Job!センター香芝」
奈良県香芝市下田西2-8-1

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文:安倍真弓
写真:黒田タカシ

あたたかく、肌にもやさしい「やわらウールのインナー」【スタッフが使ってみました】

寒くなる季節、あたたかく過ごすためにインナー選びは重要。ただし、着心地にもこだわりたい。

そんな、あたたかさと快適さ、どちらにもこだわったウール100%のインナー「やわらウールのインナー」が発売されました。

今回、この商品(やわらウールのインナー クルーネック)を中川政七商店の店舗スタッフが実際に着用し、使い心地を体験しました。

中川政七商店 札幌ステラプレイス店 星川さんによるレポートをお届けします。

屋内外の気温差にも対応できる

10月中旬の気温の変化が大きい時期に、仕事中は制服のシャツの下に着用して一日を過ごしました。

北海道では、屋外は厳しい寒さでも屋内は暖房がしっかり効いているため、重ね着しすぎると暑くなってしまうことがあります。このインナーは一枚でしっかりと暖かく、同時にウールがもっている「調湿効果」で蒸れにくく、室内で動いて汗をかいた際にも心地よい温度を保ってくれます。

熱がこもりにくいため、厚手のニットやフリースの下に着ても快適です。

重ね着しやすいデザインとサイズ感

また、八分袖のデザインや襟元の開き具合が非常にバランスよく作られており、アウターの袖口がもたつかず、重ね着スタイルが多い北海道の冬にもぴったり。朝晩と日中の寒暖差が大きいことも北海道の特徴ですが、寒い朝の通勤時から暖かい店内まで、一日を通して温度差に対応できる点が特に優れていると感じました。

季節の変わり目にも使いやすいアイテムだと思います。

八分袖でもたつかない

肌ざわりが柔らかく快適。季節の変わり目にもおすすめ

私は肌が弱く、これまでウール素材のインナーはチクチクしてしまう印象があって避けてきました。この商品もウール100%ということで肌への刺激を少し心配していましたが、実際に着てみると肌触りは想像以上に柔らかく、快適。さらに、洗濯を重ねるうちにより柔らかく馴染むような風合いになり、肌あたりの良さが増したようにも感じます。

 洗濯による縮みもほとんど見られず、型崩れの心配が少ない点も安心です。ウール素材でありながら乾くのが早く、日常的に扱いやすい点も好印象でした。

個人的に特に気に入っているのは襟元のつくりです。鎖骨の上までしっかりと生地があり、冬場にニットなど刺激のある素材を重ねても摩擦を感じにくく、首やデコルテの乾燥やかゆみを防いでくれます。

天然素材ならではのやわらかさや通気性の良さを実感でき、冬場だけでなく季節の変わり目にも活躍する一枚です。これまでウール素材に抵抗があった方にも、自信を持っておすすめできるインナーだと感じました。

中川政七商店札幌ステラプレイス店
星川

<掲載商品>
「やわらウールのインナー クルーネック」

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暮らしに、森の質感を。木の‟ありのまま”がやさしく寄り添う「木端(こば)の椅子と花台」

身近にあると空気が変わる気がして、深く呼吸をしてみたくなる。心をやわらかくし、森の時間を運んできてくれる。忙しい日々の中でも、部屋に自然の息吹を感じられるものがあると、不思議と気持ちが落ち着くものです。

中川政七商店ではこのたび、広葉樹の特徴を活かしたインテリア家具、「木端(こば)の椅子」「木端の花台」を作りました。

タッグを組んだのは、飛騨高山で広葉樹を用いたものづくりに取り組む「木と暮らしの製作所」さん。そして、素材を活かすデザインを得意とする、日本を代表するデザイナーの一人 倉本仁さん。

岐阜・高山の森で採れた広葉樹を組み合わせ、素朴ながら森の景色を思わせる仕上がりの椅子と花台。木目や手ざわりなど自然の表情を楽しむことができるこの商品を、今回はSNSで素敵なインテリアや日常の様子を発信している松井さんのお宅で、ひと足先に使っていただきました。

好きなものを丁寧に選ぶ暮らし

訪ねたのは、奈良市にある松井さんご夫妻のご自宅。4LDKのマンションを広々としたワンルームにリノベーションし、二人暮らしを楽しんでいます。コンクリートの天井にデザイナーズ家具が並ぶ空間の先には、窓いっぱいに広がる美しい景色が。隣接する緑地の自然が、まるで絵画のように季節を運んでくれます。

自然の光がふんだんに差し込む松井邸

「この景色に一目惚れして物件を決めたんです」

奈良の照明ブランドに勤務する松井さんは、仕事場の環境から“抜け感”や景色の大切さを日々実感し、それを住まいにも取り入れたいと考えたそうです。建築士に好みのテイストや希望を伝えて、ご夫妻のライフスタイルに合った理想の住まいが完成しました。

「家事や片づけをできるだけシンプルにしたくて、壁一面を収納にしました。衣替えもハンガーごと移動するだけ。来客時にはさっと物を隠せます。好きな漫画も収納してすっきり見えるように工夫しつつ、室内には余分なノイズをなくしたくて、床一面にカーペットを敷いています」

すっきりとした空間に、選び抜かれた小物やインテリアの数々が映える松井さん宅。

「基本的に“好きなデザインかどうか”が大前提。この部屋のどこに置いたら合うかをイメージしながら、長く使える意匠のもので、素材のこだわりや背景に物語があるプロダクトを選んでいます」

そう松井さんは話します。

奥のベッドスペースを遮るのは、アルミの断熱シートを短冊状にしたユニークなカーテン。必要な時だけ閉じられるこのスペースはパートナーのお気に入りの場所。

新鮮さをもたらす野趣ある質感

「どちらかというとクールでかっこいいデザインが好き」という松井さんに、今回の「木端シリーズ」を見てどう感じたかを伺いました。

「色や木目など、それぞれに個性のあるところが素敵ですね。自分の仕事でも吹きガラスや大理石など一つひとつ表情が違うものを扱っていて、それと同じ魅力を感じました。ワントーンではない色のニュアンスにも惹かれましたし、脚の取り付け方にも興味を持ちました」

実際の使い道を想像するとどうでしょうか?

「うちは玄関がフラットなので、靴を履くときのスツールとして便利そう。洗面所で髪の毛を乾かす時にちょっと座ることもできますし、来客時の補助椅子としてもいいですね」

フラットな玄関に、靴を履くときなどのスツールとして
ベッドの脇に置いてサイドテーブル的な使い方も

「これまで玄関に直置きしていた花器を置くのにぴったりでした」

と、花台については、すぐに使うイメージが浮かんだそう。

「以前、美容師をしていたので、家族や知人の髪をカットすることがあって。祖母の家の土間で切ると片づけが楽だったので、その発想から我が家もモルタルの床にしたんですけど、この無機質な空間に野趣あふれる花台は馴染みがいいですね。

木の質感に、自然の心地好さを感じます」

収納扉にラワン合板を使うなど、住まいに木の存在はあるものの、小物は無意識のうちに木製を選んでこなかった松井さん。

「室内にはお店で出会ったものや作家さんの作品などを飾っていますが、改めて見ると木のオブジェは置いていませんね。だからこの花台は新鮮でした。カーペットの上でごろごろする時も、癒されながら飲み物や本を置く台として使えそうです」

SNSの発信を見て憧れる人も多い松井さんのコーディネートの中に、「木端の椅子と花台」は見立て次第でさまざまに使える存在として、心地好く溶け込んでいました。

行き先をなくしていた木々が新たな価値をまとい、住まいに自然の景色を運んでくる。そこに生まれるのは、心がほどけるようなあたたかな時間。ぜひご自宅で、その豊かさを感じていただけると嬉しく思います。

<取材協力>
松井さん(instagram:@takayan_yan

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「木端の椅子」
「木端の花台」

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文:安倍真弓
写真:奥山晴日

日本の森林と暮らしをつなぐ。広葉樹を突き詰める「木と暮らしの制作所」のものづくり

「森の国」。そんなふうに言われることもあるほど、豊かな山や森林に囲まれた日本列島。

離れたところから見る山々の風景も圧巻ですが、少し近づいて森に目をやると、一つひとつの木々にそれぞれ違った特徴や表情があることに気が付きます。特に、広葉樹の森ではそれが顕著で、バラエティ豊かな植生に驚かされるばかりです。

中川政七商店ではこのたび、そんな広葉樹の特徴を活かしたインテリア家具、「木端(こば)の椅子」「木端の花台」を作りました。

木端の椅子
木端の花台

作り手は、「森と木と暮らしをつなぐ」をコンセプトに掲げる「木と暮らしの制作所」さん。そのものづくりについて伺いました。

使われていない、個性豊かな飛騨の木々

「使えそうなものも多いのに、なぜ広葉樹の丸太はチップにしてしまうんだろう」

「木と暮らしの制作所」代表の阿部さんは、山で伐採された樹木の丸太が集まる「中間土場」を見た際にそんな疑問を持ったと言います。

木と暮らしの制作所 代表取締役 阿部貢三さん
地元の林業会社「奥飛騨開発」の「中間土場」。「木と暮らしの制作所」はこちらの敷地内に工房を構えて活動している

標高差が大きく、ブナ・クリ・クルミ・ナラ・サクラ・カエデなどをはじめとして、多種多様な広葉樹が育つ飛騨の森。

しかし、一部を除いて、これらの木が家具や建築のための用材として市場に流通することは滅多にありません。樹種が多く、仕分けが難しいことに加えて、雪の重みで曲がったり、太さがまばらになったりしやすく、決まった規格の木材を安定供給することが困難である、というのが大きな理由です。

伐採された広葉樹の多くは一括りに「雑」と仕分けされ、機械でこまかく刻まれて、燃料やキノコ培養向けの「チップ」として安価に取引きされることが通例となっています。

「奥飛騨開発」が広葉樹を伐採している森。険しい斜面に様々な樹種が生育する
山と山の間に丈夫なワイヤーを張り、そこに伐採した木を吊るして下ろしてくる。急斜面での伐採のために考えられた方法。かつては雪の斜面を使って木を下ろしており、冬にしか伐採ができなかったのだそう
丈夫で重いワイヤーを人が背負って山に登る必要があり、非常に過酷で体力を要する仕事

「山の職人さんたちに聞いてみると『知名度が無いから』といった答えが返ってくることが多くて。

結局、販売者やエンドユーザー側の基準をもとに山で仕分けがなされている。

なので僕らは逆に、山側で基準を決めようと。どう見せればそこに価値を出せるのか、やってみようということで、活動を始めました」

チップに加工されていく丸太たち

豊かで魅力ある森林のはずが、ものづくりには活かされず、結果として十分な対価が得られないために山主や林業従事者の負担ばかりが大きくなっている。「木と暮らしの制作所」では、そんな課題に向き合い、‟飛騨らしさ”を活かして広葉樹の活用を広めようとしています。

広葉樹の活かし方を突き詰めて‟飛騨だからこそ”できる家具を作る

「樹種が豊富であることと、変形木が多いこと。これをどう見せるかにこだわって、その先に‟飛騨の木だからこそ”という表情や魅力を出したいんです。

そうすると、たとえば北海道の木との違いとか、地域性も出てくる気がしています」

そう話す阿部さん。まずは自分たちの手の届く範囲の木を活用するための試行錯誤がはじまりました。

まだ使い道が定まらない木も保管しておいて、かっこよくできる方法を常に考えている

多様な表情を見せる広葉樹を活かすにはどんな技術が必要なのか、どんな見せ方をすれば“飛騨らしさ”が魅力として伝わるのか。

「変形木そのままだと少しワイルド過ぎるところに、切り方を工夫して直線的な要素を入れるとか。真っ直ぐに木が育つ地域では必要のない技術なんかもあって、突き詰めるとオリジナリティが出てきます」

複数の木材を接着して一枚の板にしたり、あいてしまった穴を木の粉をブレンドしたもので違和感なく埋めたり。端材を使い切る技術が蓄積されている
接合面を補強する「チギリ」に真鍮を用いてモダンな雰囲気に

広葉樹の伐採や仕分けの目利きに長けた地場の林業事業者とも連携しながら、それまでであればチップになっていた木材を積極的に買い取り、テーブルや椅子などの家具に加工して、その木だからこその表情を価値として伝える方法を模索し続けています。

「木と暮らしの制作所」の工場

広葉樹の佇まいを活かしたスツールとミニテーブル

今回、中川政七商店では、広葉樹の佇まいを活かした家具シリーズ「木端の椅子と花台」の制作を依頼。素材の魅力を発揮しつつも今の暮らしに馴染みやすい、そのちょうど良いバランスを追及しました。

毎回、特徴の異なる材で新たなプロダクトを作るため、その都度作り方を検討し、工夫する

「不定形な素材を用いて一つひとつの個性は大切に、ただし商品としては安定した定形のものを作るという、難しい挑戦でした。木々の個性をしっかり“良さ”として感じてもらえるように工夫を凝らしています」と阿部さん。

まるで飛騨の森から抜け出してきたような、表情豊かなスツールとミニテーブルに仕上がっています。

丸板の部分も、いくつかの端材をはぎ合わせて制作。それぞれの材をあえて斜めにカットしてはぎ合わせることで、違和感のない仕上がりを実現
脚の部分は樹皮そのもののような表情に

阿部さん達の活動を通じて、地場の人たちの意識にも少しずつ変化が見られ、最近では「こんな木が採れたけど、使えるんじゃないか?」と提案されることも出てきたのだとか。

広葉樹はチップという常識を覆し、飛騨の森ならではの個性あふれる木々を活用するという機運が産地内で高まっています。

「たとえば、大きくて太い木は大手のメーカーさんが。そうでないものは、ひとつの材料に時間かけることができる僕たちのような作り手が。さらには個人作家や趣味で家具作りをする人まで。

関わる人が増えると、もっと色々な木が色々な用途で使えます。そのために、山や森への理解が広がると嬉しいですね。

今、広葉樹の山や森に対して、地域の人たちの気持ちが離れてしまっています。『森と木と暮らしをつなげる』と掲げて活動していますが、山の価値を向上させて、もう一度そこをつなげたいと思っています」

飛騨の豊かな森から木をいただく。伐採した木々の下からは新しい芽が出て、何十年という大きなサイクルで森は循環していく

<取材協力>
木と暮らしの制作所

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文:白石雄太
写真:阿部高之