瀬戸の職人と『宇宙兄弟』が手繰り寄せた、土人形の温もり

夜空を見上げ、遥か遠くの宇宙に思いを馳せて挑戦し続ける。

途方もないロマンと、人間味あふれるドラマで多くの人を惹きつける『宇宙兄弟』の世界が、手のひらに収まるちいさな焼き物になりました。

『宇宙兄弟』の主人公、ムッタとヒビトをモデルとした「宇宙兄弟 瀬戸焼 兄弟土人形」。

ころりとしたフォルムと素朴な風合い、思わず手で触れて包み込みたくなるような佇まいです。しかしこの愛らしい形が完成するまでには、「作品の魅力をどう表現するか」をめぐる、対話と試行錯誤のドラマがありました。

宇宙兄弟 瀬戸焼 土人形

リアルを目指すことが正解なのか?

作り手は、愛知県瀬戸市の「瀬戸陶芸社」さん。焼き物の産地として名高い瀬戸の地で、70年以上にわたって陶製人形を手がけてきました。

「日本の人形の歴史を考えると、素朴なものから今の精密なフィギュアへと進化してきたわけですけれど……今回は完全に『逆走』したんですよね(笑)」

そう話すのは、瀬戸陶芸社の水野雄介さん。

水野雄介さん。
瀬戸陶芸社ではディレクション等を担当し、同じ瀬戸で約250年続く窯元「瀬戸本業窯」の後継者でもある

当初このプロジェクトは、既存のフィギュア商品をベースに「いかに忠実に、土で再現するか」というアプローチからスタートしました。制作を担当した原型師は、世界基準の精密なフィギュアを幾度も形作ってきた圧倒的な技術の持ち主。最初に出来上がった試作品も、焼き物とは思えないほどの精巧なクオリティに達していました。

しかし、精密さを追求するなかで浮かび上がってきたのは、「なぜあえて土で作るのか」という問いでした。

土で作ることの意義はどこにあるのだろうか。試行錯誤の中で制作チームは一度立ち止まり、作品の本質に立ち返って考えを巡らせました。

「宇宙兄弟」の魅力のひとつは、過酷な宇宙環境でのミッションや試練の合間に、登場人物たちの人間味あふれる温かさが垣間見える「緩急」。ムッタとヒビトの兄弟も、宇宙飛行士といういわばエリートでもありながら、遊び心と優しさに満ちた人柄。これまでの樹脂のフィギュアがキリッとした「急」の部分を表現してきたなら、今回の瀬戸焼では、手で作られた揺らぎを通して作品の「緩」の部分を届けられるのではないか。

そして、「もし瀬戸陶芸社が、宇宙飛行士をモチーフに郷土玩具(土人形)を作ったらどうなるか?」という、作り手側のクリエイティビティを前面に出した新しい解釈へと、大きく舵を切ることになったのです。

100年前の「ビスクドール」とつながった物語

「第一印象として、とても土人形感が増しました。ドイツのドレスデン地方で作られた素朴な『ビスクドール』を彷彿とさせるというか」

瀬戸の土人形らしさを意識して試作を進める中で、水野さんはこんな感想を抱きました。

型から出したばかりの土人形。土らしさをまとったやわらかなフォルムが印象的 

ビスクドールとは、釉薬をかけずに白い土をそのまま焼き上げ、簡素な絵付けだけで仕上げる素朴な人形のこと。約100年前、第一次世界大戦の影響で生産が滞ったドイツ製のビスクドールに代わり、瀬戸製のビスクドールが大ヒット。瀬戸の陶製人形が世界へ羽ばたき、‟セトノベルティ”として一世を風靡するきっかけのひとつになったのだとか。

そんな、瀬戸の人形作りを発展させた原点と、印象が重なり合ったのです。

かつて作られていた素朴なビスクドール
技術力も高まり、瀬戸ではさまざまな陶製人形が作られてきた

「日本の土人形の歴史を遡ると、古くは土偶などにはじまり、季節の節目や新年を寿ぐ干支飾りなど、いつも『願い』や『祈り』とともにありました」(水野さん)

大地からの恵みである土と人間の手仕事によって生まれる土人形には、地球と人間の結びつきや、天(宇宙)への思いが無意識的に感じられるものなのかもしれません。

瀬戸工芸社は神社仏閣に納める土鈴などの縁起物も多く手がけてきた

あえて土の質感や歪みを残すこと。それは、現代のものづくりに対する、小さな挑戦でもありました。

「精密になりすぎると、粘土で作られているという感覚が薄れてしまう。でも、ちょっと素朴な雰囲気に調律することで、『あ、これは土でできているんだ』と伝わる。土を感じるからこそ、その産地の風景や、手掛けた人の温もりが想像できると思うんです」(水野さん)

手にした人が「ほっとできる温かみ」や「目に見えない祈り」を感じられるものを届けたい。技術があるからこそ難しかった「削ぎ落とすこと」を幾度も重ね、土の本質へと遡っていきました。

手仕事のゆらぎを愛嬌に変えて

試作を重ねて方向性が定まれば、瀬戸陶芸社が誇る職人たちの手によって不思議な魅力をもった土人形がどんどんと生み出されていきます。

石膏の型。ここに「泥漿(でいしょう・原料となる粘土を水と混ぜ、泥状にしたもの)」を注ぎ込む
流し込む速度や、乾かす時間の調整に職人の経験と技が必要となる

瀬戸の土人形に使用されているのは、昭和初期に瀬戸で開発された「白雲(はくうん)」という粘土。白くて発色が良く、軽くて輸送時に割れにくいことが特徴。瀬戸の陶製人形が「セトノベルティ」として一世を風靡し、大量に輸出された際にも原材料として活躍しました。

タイミングを見計らって、石膏型を開いていく

型から出され、素焼きされた人形は絵付けの工程へ。

ムッタとヒビトの人間らしいぬくもりを表現するため、100年以上前の瀬戸焼人形を手本に、一つひとつ手作業で絵付けを施しました。

宇宙服に施された「N.MUTTA」の文字やシンボルマークなどの大切なポイントは、当初の精巧さを追求していた段階では均一なプリント(転写)で仕上げる予定でした。しかしここも、あえての手描きへと変更。一つひとつ人の手で描かれることで微かに生まれる「ゆらぎ」。完璧さではなく、その手仕事の揺らぎこそが、この人形の愛嬌となり、物語の持つ優しさを引き立てています。

精巧さを追求したところから、土らしさと「宇宙兄弟」らしさを考え抜きたどり着いた今回の土人形。最終的な仕上がりが決定するまでに担当者間で繰り返された数々の対話。メールだけでもその数は90通を超えていました。

一つの目標に向かって、異なる専門性を持った人たちが情熱を寄り添わせて壁を乗り越えていく。そのチームワークは、どこかJAXAやNASA、民間企業が力を合わせた物語ともリンクしているようでした。

<紹介した商品>
宇宙兄弟 瀬戸焼 兄弟土人形

<関連特集>
中川政七商店×宇宙兄弟

文:小俣荘子
写真:阿部高之

職人の指先から生まれる「小宇宙」。ガラス職人と『宇宙兄弟』、未知の世界への旅路

「ガラスって、透明感があって、ツヤがあって綺麗なんです。でも、それだけじゃない、もっといろんな魅力や可能性が秘められている。日々ガラスと向き合う中で、その可能性を探究しています。偶然性の中にある美しさもそのひとつでした」

そう語るのは、菅原工芸硝子のガラス職人、松浦健司さん。

2026年夏、松浦さんが長年研究を続けてきたガラスの表現技術「void(ボイド)」と、人気漫画『宇宙兄弟』が交差し、新しいガラスの酒器「吹きガラス 月地盃(つきちさかずき)」が誕生しました。

約10年にわたる技法への探求、この酒器が生まれるまでの道のり、そして期せずして宇宙へと繋がったものづくりへの思いを千葉・九十九里の工房で伺いました。

吹きガラス 月地盃(つきちさかずき)
松浦健司さん。伝統工芸士、菅原工芸硝子で製品開発の責任者を務めるガラス職人。ガラス一筋25余年、数々の新商品を生み出してきた

「宇宙の空洞」を意味する名前、偶然性。

松浦さんが「void」と名付けた表現技法を開発し始めたのは、今から約10年前のこと。

目指したのは、「ガラスの表面に凹凸のテクスチャーを施し、新たな風合いと独特の陰影を引き出す」というアプローチでした。

ガラスの中に気泡を閉じ込めるために使われる重曹。松浦さんは、この重曹をガラス表面の加工に活用しようと考えます。

「最初は重曹をガラスのパウダーに混ぜて試したのですが、ガラスが割れてしまったり、シワシワになりすぎたり、気泡が抜けなかったり。試行錯誤を繰り返しました」

ひと口に「重曹」と言っても、食品用から掃除用まで粒子の大きさは千差万別。理想の「クレーターのような凹凸」を求めて粒子を調べ、独自のやり方にたどり着いたのは、職人として15年以上の歳月を重ねた頃でした。

ボイド(void)とは、宇宙科学の分野で「宇宙の空洞」を意味することば。完成したガラスを見たときに、松浦さんが直感的に感じた「宇宙」のイメージがこのことばと結びつき、この技術を用いたシリーズの名前となりました。

ごく少量の重曹を鉄板の上に撒き、成形中の溶けたガラスを板の上で転がして適度の重曹を表面に付着させ、反応させる。という独自の手法で凹凸のあるテクスチャーが生まれる
シェフがお皿の上に塩で仕上げを施すような手つきで、重曹パウダーを鉄板上に撒く松浦さん。真っ暗な空に星を描いているようにも見えてくる?
その日の気温や湿度によって窯やガラスの状態は異なる。状態に合わせて、重曹の加減も変えるのだという

「ガラスが丸く膨らむとき、凹凸も自然の摂理のままに丸く自由に広がっていくんです。同じものは2つとなくて、その偶然性の中に最高の景色が隠れている。だから作っていて本当に面白いんですよ」

地球と月。『宇宙兄弟』のファンだからこそ迷わなかった、一瞬のひらめき

ある日、中川政七商店のデザイナーが、松浦さんの「ボイド」シリーズを見てハッと息を呑みました。そこに無限に広がる宇宙とのつながりを感じたことから、今回の『宇宙兄弟』とのコラボレーション企画が動き始めます。

企画を持ちかけられた松浦さんは、実は大の『宇宙兄弟』ファン。

「お話をいただいて、すぐさま『いいんですか?!ぜひ』と二つ返事でお引き受けしました。どんなものを作るかも、早い段階で『これだ!』と自分の中でイメージがありました。作品を繰り返し読んでいるファンなので(笑)。ボイドの技法で作る、地球と月。迷いはありませんでした」

ファーストサンプルの時点で、「月」と「地球」の色合いはすでに完成していたという
粉末状に砕かれた青の色ガラス
熱したガラスの表面に薄くまとわせる

金属光沢が出る成分を含んだガラスパウダーで表面に薄い色ガラスの層を作ることで、2色の酒器が作られました。

ガラスの透明感と表面の凹凸に光が当たることによって、その時々の色合いと景色が浮かび上がります。「月」のイエローはキラキラとしたゴールドに見えることも。

「地球」は、内側から光を透かすと深いブルーから淡いグリーンへと表情を変えます。

「この盃は、外側から眺めてもグリーンには見えないんです。でも、内側からのぞき込んだ時に、まるで宇宙から見た青い地球のように表情が変わる。この透け感や影の出方こそ、職人として一番見てほしいポイントです」と、松浦さん。

形は、丸みのあるおちょこ型。丸いからこそ、重曹の泡が綺麗なクレーターのように広がるのだと言います

職人は、アスリートのよう。「素手じゃ触れられない」ものと対峙すること

『宇宙兄弟』を読み込む中で、松浦さんは宇宙飛行士たちの姿に、自身が歩んできたガラス職人の生き方を重ね合わせていたと言います。

「吹きガラスの仕事って、製造業なんですけど、アスリートに近いんです。体調を崩したり睡眠を削ったりすると、途端に五感が鈍って、パフォーマンスが発揮できなくなる、ガラス作りが楽しくなくなる。

炎を扱うので、夏は40度を超える環境に身を置くこともあります。なので、健康な体づくりが肝心です。きっと、宇宙飛行士にも通じるところがありそうですよね」

ガラス作りができる体を維持するため、松浦さんは週末以外はお酒を絶ち、徹底した自己管理を続けています。

松浦さんにとって宇宙飛行士と職人を結びつける共通点は、他にもありました。

「人間って、宇宙に行ったら素手じゃ何も触れないでしょう。僕らガラス職人も、1000度を超えるガラスに対して、絶対に素手で触れないんです。だから、自分の手足となる『道具』をすごく大事にしていて、愛着があります」

松浦さんが入社した2000年から、26年間にわたって使い続けている一本の洋箸(ジャック)。だいぶ金属がすり減っているそうですが、松浦さんの手にしっくりと馴染んでいました。

「新しい洋箸も買ってはあるんです。でも、やっぱりこれじゃないとしっくりこない。この道具があるおかげで、指先で感じる細かなタイミングを計り、チームで呼吸を合わせて作品を生み出すことができる。道具こそが、僕たちの命綱です」

ガラスのなかに見る、自分だけの「金ピカ」

日々、1000度の炎と、素手では触れられないガラスに向き合い続ける松浦さん。その姿は、未知なるフロンティアを目指す宇宙飛行士そのもののようでもあります。松浦さんは、自身のものづくりの「核」を、こんな言葉で教えてくれました。

「ガラスの中に宇宙を感じています。宇宙飛行士が未知なる発見のために宇宙へ行くように、天文学者が新たな星を発見するために夜空を見上げるように、私はガラスの新たな美しい表情を発見するために、日々、ガラスと向き合っています。」

まだ誰も知らないガラスの魅力が、きっとある。

それを信じて、その魅力を引き出せるように自分の技術を磨く。松浦さんは「こんなに楽しいことはありません」と少年のように笑います。

作中、主人公のムッタが放った「自分が楽しんだ結果、喜ぶ人がいる」という言葉。松浦さんにとって、まだ見ぬ美しさを追い求めてガラスと対峙する時間そのものが、魂のきらめき……つまり『宇宙兄弟』でいうところの「金ピカ」なのでしょう。

日常の中で、グラス越しに宇宙を覗く

遥かなる宇宙への挑戦の物語と、炎の前で対峙し続けるガラス職人の旅。その二つの軌跡が、小さなガラスのうつわの中で静かに結ばれた「月地盃」。

職人が探り当てた「一瞬の偶然」と、そこに込められた「金ピカ」を、日々の暮らしの中で静かに眺めてみると……。そこにはきっと、あなただけの小さな宇宙が広がっているはずです。

<特集>中川政七商店×宇宙兄弟

菅原工芸硝子のクルーたち。それぞれの「金ピカ」

菅原工芸硝子で、日々ともに熱いガラスと向き合う職人のみなさん。伺ってみると、それぞれの「金ピカ」をお持ちでした。一部、ご紹介します!

桑升桃子さん :「やりたい事、やってみたい事はたくさんありますが、毎日少しずつでもコツコツ積み重ねていく事、それ自体がひとつの挑戦だと考えています。自分のまわりも幸せで、さらに自分達の作った物たちが幸せを広げていけるようなものづくりをしていきたいです」
瀬川千暖さん:「何か困った時や上手くいかなかった時に話せる同期、製造している姿を見て『私もできるようになりたい』と思わせてくれる先輩方はかけがえのない存在です。この職人と言ったらこれ!というような個性ある作品や新製品を作れたらと思っています」
秋山光男さん:「シンプルなグラスをより綺麗に魅力的なものにできるように追求したいと思っています。ガラスに限らず、素材の持つ特徴を洞察力や五感を使いながら、流れのようなものを掴み取って製造するのが理想です。いつかフランスで展示してみたい!」
瀧澤慎仁さん:「就職した時から伝統工芸士になりたいと思っていたので、まずはそこが目標です。仕事を終えたあとの一番の楽しみは、家までの道のりでしょうか。東金・九十九里の田んぼのそばを通るので、季節の移り変わりを感じながら涼しい部屋に向かう開放感が気に入っています」

<紹介した商品>
吹きガラス 月地盃

<関連特集>
中川政七商店×宇宙兄弟

文:小俣荘子
写真:阿部高之

気軽で楽しい“鍋炊きごはん”を実現する「羽釜鍋」開発記

「鍋で炊くごはんのおいしさを楽しんでほしい!」

そんな想いから、中川政七商店では昔ながらの羽釜をアップデートし、「鍋炊きごはん」を気軽に楽しめる新しいごはん鍋を作りました。粒立ちしたおいしいごはんが炊ける工夫を詰め込んだ、鍋炊きごはん初心者のための調理鍋です。

アドバイザーとして参画いただいたのは、日夜ごはんをおいしくいただく方法を探求しているユニット「ごはん同盟」のお二人、しらい のりこさんと、シライ ジュンイチさん。

中川政七商店のデザイナー 渡瀬聡志とともに、「鍋炊きごはん」のハードルを下げ、ごはんの楽しさや喜びを皆さんに届けるべく奮闘した、開発記の一部をお届けします。

自分で、お鍋で炊くからおいしい!その体験を広く届けたい

――開発のきっかけを教えてください

渡瀬:僕自身、炊飯には普段から鍋を使っています。自分で鍋を使ってお米を炊く一連の行為が豊かだと感じているし、そのことによって、お米がよりおいしく感じられる部分もあると思っているんです。

お米を炊くことは、日本人にとっての根源的な調理行為であるし、この体験をぜひ皆さんにも届けたい。そう考えて、今回の「ごはんがおいしい羽釜鍋」を企画しました。

その中で、自分でお米を炊くことの喜びをできるだけ楽しく伝えたくて、ごはん同盟さんにお声がけさせていただいたんですよね。ジュンイチさんは炊飯レシピ担当、のりこさんは鍋の特徴を活かした調理方法やレシピ開発担当ということで、相談にのっていただきました。

中川政七商店 デザイナー 渡瀬聡志

シライ ジュンイチ:最初は、少し悩みました(笑)。

しらい のりこ:私たちで大丈夫かなって思いました。これまでいろいろな道具で炊いてきましたが、道具の製法についてはそんなに詳しいわけではないので。すでにごはんをおいしく炊ける鍋や釜が世の中にたくさんあるし、そこに新しく切り込むものを作るって大変だなぁと。

ただ、この浅い平型の形状は珍しいし、調理視点で見るとすごく使いやすそうだと感じました。炊飯鍋だけど調理もできるというのはいいなと。

ごはん同盟:シライ ジュンイチさん
ごはん同盟:しらい のりこさん

シライ ジュンイチ:そうだね。私たちはこれまでにいろいろな道具を使ってごはんを炊いてきました。その中で、フライパンでも炊いたことがあるのですが、それが意外と粒立ちのいい炊き上がりで。これはこれでおいしいのでは、と常々思っていました。

甘くてもっちりとした味わいとはまた違う、別軸のおいしさを提案できると、選択肢が増えてごはんがもっと楽しくなるんじゃないかなと。なので、フライパン的な形状のもので、調理もできる鍋っていうところには可能性を感じましたね。

渡瀬:ちょうど「令和の米騒動」の頃に初回の打ち合わせをしていたので、古米をおいしく食べるためにどうすればよいかという話が注目されたりもしていました。ピラフだったり炊き込みご飯だったり、鍋で調理ができれば多様なごはんの楽しみ方ができていいよねって話したことを覚えています。

ゆずれなかったのは“おいしく炊ける”こと。たどり着いた「外硬内柔(がいこうないなん)」のおいしいごはん

――特に苦労した点はどんなところでしょうか

渡瀬:ごはん同盟のお二人からキーワードをいただいて、平型で調理もできる、フライパンと羽釜の間のような鍋というコンセプトがすぐにまとまりました。

そのあと一回目の試作でおおよその形状まではすぐに固まったんですが、そこからですね。実際にお米がおいしく炊けるところを目指して炊飯のテストをしてみたものの、最初はあまりうまくいかなくて。試行錯誤を繰り返しました。

シライ ジュンイチ:フライパン自体がそうなんですが、鍋の厚みが足りないと蒸らしのときにお米に熱が入りきらないんですよね。

渡瀬:そうなんですよ。蓄熱性を高めるためにある程度の厚みが必要とか、蓋にも重みが無いと気密性を担保できないとか。ぎりぎりまで調整して。

しらい のりこ:うまくいっていない時期は、胸を張っておススメできるものを出せるのか、不安に思ったときもありました。最終的には「おっ。これならいける!」って(笑)。

外側のデザインについては渡瀬さんに任せっきりでしたが、こまかい角度や厚みをあと何ミリとか、決めなきゃいけないことがいっぱいあるんですよね。ものづくりは凄いなって改めて感じました。

渡瀬:羽釜のつば(羽)を数ミリ伸ばせば見栄えがよくなるとか、持ちやすさはどうだろうとか、IH対応なのでその部分の確認とか、ずっとディテールに向き合い続けていた気がします。でもやっぱり一番ゆずれなかったのは“おいしく炊けること”なので、底の厚みと蓋の重さのところは本当にこだわりましたね。

シライ ジュンイチ:かといって、蓋が重すぎて使いづらいのも避けたいし。

渡瀬:はい。重すぎたので少しだけ軽くして、つまみの持ちやすさも考慮しています。鍋の仕様が固まってからは、水分量や火にかける時間、蒸らしの時間とか、この鍋でおいしく炊くためのレシピ開発をジュンイチさんに担当していただいて。

シライ ジュンイチ:厚みを出した分、余熱でしっかりと熱が入るんですが、じゃあ前半の沸騰状態はどれくらい続ければいいのか。弱火でじっくりなのか、強火で短くなのか。大まかに2つの方向性でさまざまなパターンを試して、強めの火加減で沸騰時間を短くしたらうまくいきました。

時間をかけてしまうとお米の表面がだれてくるというか。なので加熱時間を短めにギュッとしています。粒立ちがよくて弾力のある炊き上がりを目指して、何パターンもの水加減や加熱時間を試してみました。この羽釜鍋なら「外硬内柔(がいこうないなん)」のおいしいごはんが炊けると思います。

粒立ちしたごはんは、炊きたてはもちろん、冷めてもおいしい

渡瀬:「外硬内柔」!これも打ち合わせで教えてもらって、すごく印象に残っている言葉です。粒立ちがよくて、あっさり炊きあがったおいしいごはん。特に金属鍋との相性がよいらしく、今回の羽釜鍋(アルミ製)にぴったりのキーワードだなと腑に落ちました。

調理もできて、ごはんの楽しみが広がるお鍋

――今回の羽釜鍋のおすすめの楽しみ方を教えてください

しらい のりこ:まずは白いごはんを炊いてほしいですね。それから、焼いて調理ができることが特徴なので、そういった使い方。

焼き色もすごくきれいにつくし、なにより炒めてから炊くみたいな「二段階調理」ができるのがすごくいいと思うんです。ピラフとかはおすすめですね。

渡瀬:「二段階調理」、いいですね。きのこと山椒のピラフもすごくおいしかったですよね。

しらい のりこ:きのこを焼き付けられるのがこの鍋ならではですね。平型で、具材が置き放題なのも嬉しい。好きな具材をたっぷり載せられます。煮ものにもすごくいいし、野菜なんかもおいしく蒸せる。おでんとか鍋料理もいけるし、汎用性がとても高い鍋だなと思います。アルミ製で軽くて持ちやすいし、食卓に置いてよそいやすいのも気が利いている。

シライ ジュンイチ:老若男女が使いやすい、炊飯のハードルを下げてくれる鍋だなって思います。

渡瀬:まさに実現したかったのはそこですね。みんなに鍋炊きを体験してもらいたい。

鯛めし/はじめに鯛を焼き付けてから炊くのがポイント
野菜の蒸し煮 /少量の水で蒸せばうまみを逃さない
スペアリブと根菜の甘辛煮/じっくり煮込めばお肉がほろほろに

――最後に、これから鍋炊きに挑戦する人たちにメッセージをお願いします

しらい のりこ:上手にお米が炊ける鍋なので、とにかく怖がらずにチャレンジしてほしいです!ごはんは優しいから、ある程度は絶対においしく炊けます。鍋も助けてくれるので。

シライ ジュンイチ:極論を言えば、水の量だけ気を付けて計ってもらえれば大丈夫なはず。

しらい のりこ:そうだね。そこはきちんと計量してもらって。水位線、しっかり守ってください。

シライ ジュンイチ:火を止めるタイミングは難しいかもしれませんが、多少遅れてもそこまで焦げ付かないし、焦げたら焦げたでおいしい“おこげ”になる。毎回少しずつ炊き上がりがぶれるのも炊飯の面白さだと思うし、その中でちょっとずつ自分の好みを探していく楽しさもあるはずです。ぜひやってみてください!

<関連する特集> 
ごはんがおいしい羽釜鍋

文:白石雄太

“ふわふわ”の向こう側に蓄積された、ものづくりへの情熱と経験。ウールニューマイヤー毛布「SERENE」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。
そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。


「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。


2026年の受賞プロダクトの中から、日本一の毛布のまち・大阪府泉大津市で生まれたウールニューマイヤー毛布「SERENE(セレーン)」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。


※受賞商品「LOOM&SPOOL SERENE (セレーン)」は、2026年10月14日(水)より、中川政七商店 公式オンラインショップおよび、一部の中川政七商店 直営店にて販売中です。

ある時、京都で開催されていた暮らしのポップアップイベントに、ご年配の女性が訪れました。

来場理由を聞くと、「長年、眠る場所にこだわりがなく、ソファや床で適当に寝ていた私の姉が『最近は布団に入るのが楽しみだ』と話してくるの。聞けばこちらのウール毛布を使い始めてからだというので、どんなものか自分の目で確かめたくて来たんです」とのこと。

睡眠に無頓着だった方のライフスタイルが、毛布の心地よさひとつで変わってくる。

この毛布こそが今回の主役、大阪・泉大津生まれの“ふわふわ”ウールニューマイヤー毛布「SERENE」です。

「SERENE(セレーン)」とは、英語で「穏やかな」を意味する言葉

いい素材と高い技術をふんだんに使った「足し算」のものづくり

ニューマイヤー毛布とは、両面を起毛させた軽い1枚毛布のこと。通常は合成繊維で作られることが多いニューマイヤー毛布ですが、「SERENE」では厳選されたウール素材を使用。ふわふわとした極上の肌ざわりがあり、ふんわりと軽く、しっかりと暖かい毛布に仕立てています。

「SERENE」が作られているのは、大阪湾に面した町、泉大津。毛布の産地として知られるこの場所で、テキスタイルデザイナー・廣瀬友子(ひろせともこ)さんが「ふわっふわのウール毛布が作りたい!」と動き出したことからすべては始まりました。

 LOOM&SPOOL 廣瀬友子さん

個人で、眠りと暮らしのライフスタイルブランド「LOOM&SPOOL」を立ち上げて6年目。廣瀬さんは、自身が子どもの頃の日本の毛布には、今とは違う価値があったと感じています。

「昔は日本の毛布って割と良いものだったし、落ち着ける存在であり、心のよりどころでもあったし、自立や引越しする時にもずっと持っていく存在でした」

だからこそ、日本の毛布の良さを今の暮らしにもう一度届けたい。昔ながらの毛布そのままではなく、今のライフスタイルに合うものへ。そんな思いも「SERENE」には込められています。

「ふわふわをぜひ、触っていただきたいです」と廣瀬さん

そして、その思いに応えたのが、泉大津で約80年にわたり国産毛布を製造する・川崎毛織(けおり)株式会社の川崎弘治(かわさきこうじ)さんです。

 川崎毛織株式会社・専務取締役 川崎弘治さん

廣瀬さんが最初に「SERENE」の生産にこぎ着けたのは2020年。しかし、生産を重ねるうちに少しずつ毛足が短くなり、ふわふわ感が薄れてしまうという課題に直面していました。

さまざまな事情が重なって、理想とする風合いから離れていく状況に、「これではいけない」と、2025年、新たな工場を探してたどりついたのが川崎さんでした。

SNSのダイレクトメッセージで「相談に乗って欲しい」と連絡を取り、これまで感じていたことや、作りたい毛布のイメージをすべて伝えたところから、共同開発が始まりました。

川崎さん自身も、長年OEMを中心に毛布を生産してきた中で「20年ぐらい前の毛布の品質が圧倒的にいい」と、感じることが多くなっていたそう。

年々材料費が上がる一方で、コストを抑えるために素材や工程を少しずつ削っていく。そんな「引き算」のものづくりに、職人として思うところがありました。

「グレードがいい素材があれば使いたいし、毛足ももっと長くしたものを作りたい」

そういった歴年で抑え込まれていたジレンマが一気に解放された川崎さん。協力しない理由はどこにもありません。

廣瀬さんの「もっとこうしたい」という思いが、川崎さんにとっては、培ってきた技術をふんだんに使えるチャンスだったのです。

「どこにも負けない風合いを」

大量生産を追うのではなく、他社にはできないものを作る。それが、これからの産地を生き残るためのひとつの道でもありました。

極上のふわふわを生む、天然素材×技術のこだわり

毛布に使用しているのはオーストラリア・ジローン地方の最上級グレードである「メリノウール」。糸の細さや長さまで指定し、糸の商社に買い付けを依頼しているのだそうです。

このこだわりの糸で編まれた約23mmの長さのパイルが、ふわふわの肌ざわりと空気層を生み、ウール本来の断熱性や保温性を引き出します。

また当初は、白糸で編まれた基布がパイピングのない端から見えたり、毛足の間から透けて見えたりすることで、クレームにつながりやすかったのだそうです。

以前は端や毛足の間から白糸の基布が目立っていた(※写真は参考画像)

そこで出てきたのが、基布に使う糸そのものを黒く染めるという発想でした。毛布は通常、ふわふわの毛羽部分(パイル糸)と、土台となる地糸部分(基布)から成り立っていて、パイル糸も基布も白糸のままで編み、必要に応じて後から染めるのが一般的です。

最初から黒く染まった糸で基布を編むことで、グレーの毛のベースとして透けて見えても違和感がなくなり、かえって深みと高級感がプラスされました。

黒染めの基布の場合

理想のために、ひと手間を惜しまない。

「この毛布のためだけにゼロから開発してもらっているんです」と、廣瀬さんも川崎さんとの共同開発を頼もしく感じているようでした。

パイルの密度も、一般的な仕様に合わせるのではなく、理想の風合いから逆算して決めています。密になりすぎるとぎゅっと詰まって毛が立ってしまう。そこで、あえて密度をちょっと少なくする。

そうすることで毛が流れて倒れ、長さも感じられ、空気も含むし、あったかいのだとか。

しかも、この毛布は表面だけでなく、裏面にもしっかりパイルを引っ掻き出して起毛させています。

「1枚で両方からパイルが開くんです。だから軽いのに、空気をたっぷり含んで、あったかい」(廣瀬さん)

表と裏の風合いが少し違っているのも特徴なのだそうです。

天然素材であるウールの良さを活かしながら、さらに職人の技でその魅力を引き出していく。この毛布は、素材と技術の掛け算で生まれていました。

毛布の違いが一番出る「起毛」の工程。数値化できない職人の感覚

ここからは、実際の工場の様子をお届けしていきます。そこには機械だけでは完成しないものづくりの姿がありました。

カールマイヤー機、天井近くの銀の管に糸が通っている

まず、カールマイヤーと呼ばれる経編(たてあみ)機を使い、パイル糸と基布でベースを編み上げます。そこからセンターでカットされ、染めや起毛などの加工を経て、少しずつ毛布らしい表情へと仕上がっていきます。

向いに並ぶ糸、ここから銀の管を通ってカールマイヤー機へ
職人が1本1本、最終的には数100本の糸がカールマイヤー機に通され編み上げられる
編み上がった段階では、まだパイルが表に出ない、いわば段ボールのような状態の生地
センターでカットされ、2枚のパイル糸(毛羽部分)と基布(地糸部分)に別れる
生地が流れていく途中で。カット中にセンターから生地がズレていないかを、糸を抜いて長さをチェック。違いがあればセンターになるよう調整する

たくさんの工程で機械が使われていても、絶えず職人の目と手による微調整が入ります。なかでも川崎さんが大切にしているのが、毛布の違いが一番出るとされる「起毛」の工程です。

以前は外注先に任せていた起毛加工。川崎毛織では約4年前、和歌山で廃業した工場から起毛の機械を買い取り、再び自社に導入しました。そして、一度外注先で加工をかけた生地に、自社で状態を見ながらさらに起毛をかけていく方法へシフト。

和歌山の工場から譲り受けた起毛機

その理由は、「納得のいくものに仕上げたい」という思いがあったから。

川崎さんが目指していたのは、先々代から教えられた「世界一の品質を目指し、お客さまに満足していただける心地よさ」。

1回で足りなければ、もう一度。それでも足りなければ、3回でも、4回でも納得のいくまで繰り返すこともあるそうです。

その判断は、機械まかせにも、数値にもできない職人の感覚の世界です。

起毛工程では、針の硬さや形状を変え、生地の厚みに合わせて圧も調整します。後ろを押さえる力が強すぎれば、前で起毛させる力が足りず、ゴワゴワとした仕上がりになることも。

起毛針の種類や圧の掛け方など、各社それぞれの技術の違いがあり社外秘
硬さや先端の仕様など、さまざまな起毛針を使い分ける

特にウールは難しく、起毛機に通すスピードも半分に落とします。

「SERENE」にいたっては、さらにスピードは遅く、「毛足が長すぎてなかなか針が入らず苦労している」と川崎さんは苦笑い。それを聞いた廣瀬さんは「ふふっ」と笑いますが、その表情からは、全幅の信頼を寄せているのが伝わってきます。

川崎さん自身、若いころから現場に入り、さまざまな素材や加工を経験してきました。年間100種類以上の毛布のサンプルを手がけた時代もあります。

「手で触った時の響き方」などで判断していくその感覚は、今まさに川崎さんから息子さんへ受け継がれている最中です。

自分の中に残っている技術を、感覚ごと次の世代へ渡していくために、機械が空く閑散期などを活用しながら、今もいろいろな糸を使ったアイデアを試している
修行中の息子さん、数値化できない感覚を学ぶ

取材中、試作品を見て「すごい!いいですね!!」と目を輝かせる廣瀬さんに、「なにか考えてよ」と川崎さん。

いくつか見ているうちに、廣瀬さんも「ちゃんと考えよう」とポツリ。

ものづくりの現場で、新しいアイデアが生まれようとしていました。

裁断や縫製、検品の工程にも、職人の目と手が入る丁寧な仕事ぶりが表れていました

泉大津が元気じゃないとやっていけない

国内の工場や地場産業が厳しい状況に置かれる中、泉大津も例外ではありません。

かつて泉大津は、市民の5人に3人が毛布産業に関わるほどの一大産地でした。現在では、日本毛布工業組合に加盟する工場も減り、産地そのものが縮小しています。

作る技術はあれど、自社での開発・販売は難しいところがほとんど。さらには高齢化や後継者不足による廃業など、産地が抱えている課題はひとつではありません。

「私ひとりがいくら頑張っても力は小さく、影響がない。本当に藁にもすがる思いでアワードに応募したんです」(廣瀬さん)

廣瀬さんが求めたのは、泉大津で毛布が作られていることそのものを知ってもらうこと。

その思いは、川崎さんも同じでした。

「タオルと言えば今治なのは、日本人はみんな知っている。でも泉大津=毛布だと知っているのは、本当に限られた人だけ」(川崎さん)

今回の受賞はひとつの希望へとつながったと言います。

川崎毛織は約20年前、以前の工場が火災で全焼する困難にも直面しています。そんな時に支えてくれたのが、普段は競合関係にあった同業者の存在でした。

「立て直すまで外注は全部任せてくれ」

その言葉に背中を押され、川崎さんは事業を続ける決意を固めたと言います。産地が縮小してしまう中、同業者はライバルであると同時に、互いを支える仲間でもあるのです。

廣瀬さんのLOOM&SPOOLもまた、コロナ禍で商品倉庫が全焼するという困難を経験しました。何も考えられない状況の中、泉大津の工場が力を貸してくれて、新たな付加価値をつけて商品が生まれ変わったこともあったそうです。

「泉大津がちゃんと元気じゃないとやっていけないし、泉大津にちゃんと還元したい」(廣瀬さん)

そのために、新商品を作るばかりではなく、同じ商品を長く作り続けることで工場の技術も磨かれていく。

商品を育てることが、産地を育てることにもつながっていくのです。

ふわふわの向こうにある、ものづくりの時間

羊を育て、毛を刈る。

毛を洗い、紡いで糸にする。

糸を編み上げ、染め、起毛させ、裁断して縫う。

そして最後に、人の目と手で検品する。

1枚の毛布ができるまでに、数えきれないほどの人と工程が関わっています。工場を歩いてみると、完成した毛布だけを見ていたときには気づかなかった、ものづくりの長い時間が見えてきました。

廣瀬さんは、「ものが多すぎる時代」だからこそ、安いものを買って使い捨てるのではなく、本当に気に入ったものをひとつ選んで、長く使って欲しいと話します。

それは、そのものができるまでに関わった人や時間を大切にすることでもあります。

大切な人の健康や幸せを願う気持ちが自然と込められるものとして、毛布を贈る。日々の暮らしの中でほんの少し気持ちを上げてくれるお守りのようなものになれたら、そんな思いも語られました。

洗濯ネットや収納、ギフトに使いやすい、福井県のレースカーテン工場に依頼したパッケージ。偶然にもレース用のニューマイヤー機仕立て

「湿気を吸うことが最大の特徴なんです」

川崎さんが語るのは、素材を知り尽くした作り手だからこそのウールの魅力です。

例えば、朝起きた時に布団がズレていることがあるのは、実は蒸れて不快になり、無意識に布団をはずしてしまっている場合が多いのだそう。

「ぜひ布団の内側にウールの毛布を使ってください。湿気を吸うので蒸れにくいから、快適ですよ」

最近では、毛布を布団の上に掛ける場合も多いですが、それは素材によりけり。ウールやコットンは内側に掛けるのに向いているのだそうです。

素材には、それぞれに得意な場所があり、持ち味がある。その違いを知って選ぶことも、毛布との付き合い方を豊かにしてくれるはずです。

ひとりのテキスタイルデザイナーの情熱と、地域でチャレンジを続ける職人魂。

そのふたつが出会い、小ロットでも手間を惜しまず作られた「SERENE」には、泉大津で積み重ねてきたものづくりの時間と、これからへの願いが編み込まれています。

ふわふわの手触りの向こう側に、そんな物語がある。

そう知ると、この毛布がきっともう少し特別に感じられるのではないでしょうか。

・LOOM&SPOOL SERENE ウール毛布

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地産地匠アワード 2026受賞商品展

文:石田多美
写真:黒田タカシ

“通う”ことで、毎日の料理が変わる。新しい菜切包丁「kayoi | 通」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2026年の受賞プロダクトの中から、福井県越前市でうまれた「kayoi | 通」をご紹介します。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。


※受賞商品「kayoi | 通」は、2026年10月14日(水)より、中川政七商店 公式オンラインショップおよび、中川政七商店 奈良本店、渋谷店、ニュウマン高輪店、福岡天神店にて販売しています。

・「kayoi | 通 菜切包丁」
・「kayoi | 通 合刃包丁」

越前打刃物の、昔からある「菜切(なきり)包丁」を新しくする

毎日のように使う道具のひとつである、包丁。いざ選ぼうとすると、三徳、牛刀、菜切、ペティなどと用途によって種類は多く、刃の素材やデザイン、産地による違いなどもあり、迷ってしまいます。一方で、丁寧に作られた使い心地のいい包丁を手にすると、その違いは直感的にわかるもの。

今年の地産地匠アワードを受賞した包丁「kayoi | 通」も、そんな1本です。手にすると、まず「軽い」。実際に野菜を試し切りすると、力を込めなくてもスッと切れ、「あ!」と思わず声が出てしまうほど、その違いと気持ちよさを体感できます。

「kayoi | 通」が生まれたのは、越前打刃物の産地である福井県越前市。企画・製造を担ったのは、刃物の問屋業を中心に、製造販売や修理までを行う山田英夫商店の三代目である前澤峻さん。そして、デザインを担当したTIDSの上島弘祥さんです。

山田英夫商店の三代目・前澤峻さん
 TIDSの上島弘祥さん

土地の風土と手仕事の技が結びつき、和紙、漆器、焼き物、眼鏡など多くの工芸が息づく福井県。越前市で700年余りの歴史をもつ越前打刃物(えちぜんうちはもの)は、京都の刀匠・千代鶴国安が刀剣づくりに適した土地を求めて越前に移り住み、農民のために鎌を作ったことが始まりとされ、その技術が農具や包丁へと受け継がれてきました。

「特に菜切包丁は、この産地でよく作られていたものなんですよ」

そう前澤さんが話すとおり、四角い刃が特徴の菜切包丁は野菜を切るのに適し、かつては日本の家庭で広く使われる定番でした。しかし、昔ながらのイメージや、刃が大きく重いと感じられることに加え、食生活の洋風化とともに肉・魚・野菜を一本で扱える三徳包丁が普及したことで、次第に主役の座を譲っていきました。

「それでも、硬い野菜を切ったり、細かく刻んだりしやすいなど菜切包丁には菜切包丁の良さがあります。その良さはそのままに、もう少し小さいと使いやすそうだなと思って、自分で試作して使っていました」(前澤さん)

理想を求めて前澤さんが自作していた菜切包丁(写真左)
一般的な菜切包丁との比較。「kayoi | 通」(写真下)がひとまわり小さいことや、フォルム、質感の違いがわかる

百貨店の催事などで直接販売も行う前澤さん。お客さまから「もう少しコンパクトな包丁がほしい」という声を聞くことも増えていました。そこで、今だからこそ使いたくなる菜切包丁の開発へ。自身の実感とお客さまの声が、「kayoi | 通」誕生への第一歩となりました。

昔ながらの菜切包丁を見つめ直し、現代の暮らしに合う道具へ

菜切包丁への思いを持っていた前澤さんに転機が訪れたのは、福井県の伝統工芸に現代のデザインや暮らしの視点を取り入れ、新たな商品や価値を生み出すプロジェクト「F-TRAD」への参加でした。

現在、三代目として家業を担う前澤さんですが、大学卒業後は教職に就いており、家業に加わったのは約10年前。祖父から父へ世代交代する時期に仕事を手伝うようになりました。

山田英夫商店の二代目であり代表である西本信博さん。わずかな歪みを調整し、切れ味のいい包丁を世に送り出している
工房に「カーン、カーン」と鳴り響く、銘を切る音。たがねという工具をハンマーで叩き、包丁にフリーハンドで名前を刻んでいく様子は圧巻だ

「父も、これからは卸だけでは難しいということで、オリジナル商品を作っていました。僕も同じように感じ、新しい自社商品を持ちたいと考えていた矢先に『F-TRAD』のお声がけをいただいたので、やってみようと思ったんです」(前澤さん)

参加したのは、福井県内の伝統工芸の職人と、福井県外を拠点とするデザイナーの協働により商品を生みだすプロジェクト。そこで出会ったのが、上島さんでした。

「最初の打ち合わせで、前澤さんから『菜切包丁を作りたい』というお話があり、自作の試作品も見せていただいたので、目指すものはすぐに決まりました。普段の商売での実感やお客さまの声もすでにあったので、僕はそれを形にしていく役割でした」(上島さん)

「僕らには構想はあってもそれを形にする力がないので、上島さんの力がとてもありがたかったです」(前澤さん)

1970年創業の山田英夫商店。越前打刃物の流れを汲み、卸問屋として商品を販売するだけでなく、研ぎ直しやメンテナンス、刃物の仕上げ、オリジナル商品の開発なども展開する

受け継いできたものから自然に生まれたかたち

「kayoi | 通」を作るにあたり、大前提にあったのは、前澤さんのオーダーでもある「ちょっと小さめな菜切包丁」にすること。

上島さんはまず、生活者として包丁を見つめ直しました。

「僕自身、包丁を頻繁には使っていなかったので、いざ買おうとすると、何を手掛かりに選べばいいのか分からなかったんです。だから、包丁の魅力にたどり着くための『入口』や、ふと目に留まって意識に残るフックが必要だと思いました」(上島さん)

リサーチするなかで見えてきたのは、都市部を中心にキッチンやまな板がコンパクトになっていることや、スーパーではカット済みの野菜も増え、家庭で食材を切る量や機会が変化していることでした。

「だからこそ、コンパクトで手軽だけれど、本格的に切れる包丁が今の暮らしには合うんじゃないかと思いました」(上島さん)

いくつかの工程を分業して作りあげられる「kayoi | 通」の刃。外注により原型ができたあと、刃付けは職人の技で前澤さんが行う
刃付け後は、「中子(なかご)」と呼ばれる柄の中に入る軸の部分を赤くなるまで熱していく
中子を差し込む柄の穴が大きすぎるとゆるくて抜けやすくなるため、穴を小さめに作り、熱した中子で穴を焼いて焦がしながら入れ込んでいく。ぴったりと合うようになる昔ながらの工夫なのだそう
最後は木槌で柄尻を叩くと、まっすぐしっかり中子が入っていく

前澤さんが日々の商いの中で感じていた実感と、上島さんが生活者としてリサーチした視点が合致し、そこから刃、柄、質感、パッケージまで、細部にわたって検証を重ねていきました。

菜切包丁は、幅の広い刃だからこそ薄さと適切な断面角度を作ることができ、力で押し切らなくても刃の重みを利用して自然に刃を落とせます。

「千切りやみじん切りもしやすいですし、特に硬めの根菜もストンと楽に切れますよ」(前澤さん)

柄の固定と防水のためにすき間へ入れるのは、なんと溶かしたロウソク。後にメンテナンスがしやすくなることもあり、前澤さんはあえてこの昔ながらの方法を採用した

それでいて、「kayoi | 通」を手にした人の多くが最初に口にするのは「軽い」という言葉だそう。その感覚を支えているのが、自然と刃元に近い位置を持ち、少ない力で扱えるよう工夫された柄の形です。

少し丸みを帯びた柄は目を引くだけでなく、無駄な力をかけず、切る部分へしっかり力が伝わるよう設計されています。上島さんが3Dプリンターで何十通りもの試作品を作り、くぼみの深さやカーブ、厚みを少しずつ変えながら検証しました。

前澤さんのリサーチや体験から見えてきたニーズを、いかにそのまま魅力として商品に落とし込むのか、翻訳家のような立場でクリエイションを進めていった上島さん。フォルムを決めるまで3Dプリンターを使った試作を繰り返し、握り心地を探っていった

その過程で大切にしたのが、作り手が受け継いできたアイデンティティを、デザインによって顕在化させることでした。

「前澤さんがお客さまに包丁の持ち方や力の入りやすい位置を伝えていることが印象に残っていましたし、先代が作った包丁にも、柄に指がかかって持ちやすくなる特徴的な形がありました。そうしたものを今回の菜切包丁にも取り入れたいと思ったんです」(上島さん)

当初は、指の位置がはっきり分かるくぼみも試しました。しかし、形が「ここを持ってください」と指示しているように見え、毎日使う道具としては少し理屈っぽく感じたといいます。

暮らしや空間、所作など、日常に「溶け込む」デザインを大切に、最適な形を検証。それは触り心地や素材にもおよび、朴の木を採用した

そこで、自然な所作のなかで無理なく手になじむ形を探り、緩やかな曲線のなかにくぼみを作る現在の形へ。実際に握って「これだ」と思うものは、二人とも自然とすぐに一致しました。

刃と同様に、絶妙な加減を調整するため、柄の仕上げを行うのは前澤さん。マット感のあるナチュラルな仕上がりになるよう、ヤスリの粗さや回数なども調整を重ねた。耐久性と強度を持たせるため、仕上げにガラスコーティングを施している

手のひらで包み込みたくなるようなフォルムと、自然に指先が柄の先端へ導かれる緩やかなくびれ。こうして生まれた柔らかな曲線は、握りやすさを支える機能であると同時に、「ちょっと触ってみたい」と思わせる、この包丁の顔にもなりました。

研ぎ直して気持ちよく使い続けることまで、デザインする

現代の生活環境や食材のあり方に寄り添ったサイズ感、しっかりと力が入る握り心地、優れた切れ味、暮らしに溶け込むフォルム。そして「kayoi | 通」には、もうひとつ大きな特徴があります。

それが、「研ぎ直しをする仕組み」までデザインしていること。

「kayoi | 通」というネーミングには、刃先まで力が“通う”ことと、作り手と使い手が“通い合う”ことという二つの意味があります。その思想を象徴しているのが、パッケージです。

シンプルな美しさが宿るパッケージ。包丁がすっきりと収納でき、研ぎ直しの通い箱にもなる優れもの

「普段から包丁の研ぎ直しはしていますが、店頭でお客さまのお声を聞いていると、『どこに出せばいいのか分からない』という方が多いんです。送るとなると送料もかかるし、梱包も面倒です。心地よく使ってもらうには研ぎ直しが大切なので、できるだけ気軽に利用してもらい、長く使い続けてほしいと思っていました」(前澤さん)

その思いを受け、上島さんが考えたのが、パッケージそのものを「通い箱」にすることでした。

「kayoi | 通」は、ボール紙でできた箱に入っています。購入後もこの箱を取っておけば、そのまま研ぎ直しの返送箱として使える仕組みです。発送までの手順も箱に記載され、コンパクトなためレターパックにも収まり、余計な手間やコストをかけずに送ることができます。

「のりなどを使わず、1枚の紙を展開して作っているので、無駄なコストを抑えたパッケージになりました。刃物なので、輸送時に飛び出さないよう設計するのは大変でしたね」(上島さん)

さらに、メンテナンス方法や研ぎ直しのタイミングを生活のなかで思い出してもらえるよう、QRコード入りのマグネットカードも同梱。冷蔵庫など目につく場所に貼ることで、いい状態で長く使い続けるためのきっかけになります。

研ぎ直しの目安やお手入れ方法がわかるQRコード入りのマグネットカード。包丁と同様に生活へ溶け込むようデザインされた

「店頭で、うちで研ぎ直しをしていることをお伝えすると、それなら安心して買えるというお客さまもいらっしゃいます。研ぎ直しへのアクセスがあるのとないのとでは、やっぱり違うと思います」(前澤さん)

「kayoi | 通」のラインアップは、菜切包丁と現在一般的に人気の高い合刃包丁の2種類。この区別を付けるシンプルなパッケージデザインが「僕たちでは思いつかないもので、一番気に入っています」と話す前澤さん

包丁そのものだけではなく、売ったあとの動線やコミュニケーションまでデザインする。食を作る人、食べる人、そして研ぐ人。それぞれの心が通い合う包丁を作りたいという思いは、「kayoi | 通」という名前にも、シンプルですっとなじむロゴにも込められています。

「通う」ことの先にある、新しい広がり

取材中にもお客さまが次々と訪れるほど、前澤さんのもとには日々、研ぎ直しの包丁が持ち込まれます。なかには何十年も研ぎ続け、元の姿が想像できないほど小さくなった包丁も。

下の包丁は、元々上の包丁とほぼ同じ形状だったとのこと。質のいい包丁は、研ぎ直しをしながら、長く愛用することができる証拠だ

「研いでいけば、こんなに小さくなっても使えるんです。だから、できるだけ長く使ってほしいですね」(前澤さん)

上島さんが前澤さんと出会った時、特に印象に残ったことがあるといいます。

「たくさん売りたいということより、よさを理解して買ってくださったお客さまに、長く大切に使ってほしいという強い気持ちをよく話されていました。普段からお客さまと対面して、使う側の声を聞いている。人とのつながりや使う人の気持ちを大切に商売やものづくりをされていると感じたので、この商品も、人とのつながりを大切にできればという風に思いました」(上島さん)

そんな思いから生まれた「kayoi | 通」は、発売後、二人の想像を超える使われ方を始めています。

「ロールケーキやババロアが潰れずに切れたとか、自家製うどんの麺を切るのにちょうどいいとか。スパッときれいに切れるので『サラダの味が変わった』『もはや切れ味が調味料になる』など、僕たちが想像していなかった声もたくさんいただいています」(上島さん)

昔からある菜切という道具を、今の暮らしに合う形で提案し直したら、今度は使い手から新しい使い方が返ってくる。それもまた、「kayoi | 通」という名前によく似合います。

「最初に上島さんと『菜切フィーバーが起こるといいよね』と話していたんです。本当にそうなって、いろいろなものが通うように輪が広がってくれると嬉しいですね」(前澤さん)

包丁は、一度買えば長く使うものです。だからこそ、買う瞬間の美しさだけでなく、切ること、手入れすること、研ぎ直すこと、そして再び手元へ戻ってくることまで考えることは、使い手にとっても大きな意味があります。

刃の素材には、高硬度、高耐摩耗性のステンレス刃物鋼・VG7を採用。切れ味のよさに定評があり、独特の刃付けをしている「kayoi | 通」の研ぎ直しも、安心して行える

刃先に力が通う。使い手と作り手の間を道具が通う。そして、越前の地で受け継がれてきた技術が、今の暮らしへと通っていく。

「kayoi | 通」がもたらしたのは、プロダクトとしての新しい包丁だけではありません。毎日の料理をほんの少し気持ちのいい時間に変えること。そして、よい道具を手入れしながら長く使うことを、もう一度身近にするための仕組みです。

約700年続く越前打刃物とこれからの暮らし。その間に、新しい「通い」が始まっているようです。

・「kayoi | 通 菜切包丁」
・「kayoi | 通 合刃包丁」

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文:安倍真弓
写真:黒田タカシ

「東京手描友禅」を普段着に。精彩な筆致とデジタル捺染の融合が叶えた「友禅アートブラウス」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2026年の受賞プロダクトの中から、「友禅アートブラウス」をご紹介します。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。


※受賞商品「友禅アートブラウス」は、中川政七商店 公式オンラインショップおよび、中川政七商店 奈良本店、渋谷店、ニュウマン高輪店、福岡天神店にて販売しています。

・「友禅アートブラウス」

友禅だけど着物じゃない

「東京手描友禅」なんて聞くと、少しハードルが高いと感じる人がいるかもしれません。

でも今回、地産地匠アワードを受賞したのは、友禅は友禅でも着物ではなく、洋服。デニムにさっと合わせたり、Tシャツの上にふわっと羽織ったり。カジュアルに着こなすことのできる日常着「友禅アートブラウス」です。

「僕が想像しているのは、たとえばファッションに興味のある若い子たちが、このブラウスを着て表参道や明治通りを楽しそうに歩いている姿。そんなふうに日本の伝統工芸が、日常にあたり前のように溶け込んでいる未来になればいいと思っているんです」

そう話すのはファッションブランド「カルマ・カリーナ」デザイナーであり、クリエイティブディレクターの北迫秀明さん。

舞台や映画の衣装デザインを手がける傍ら、日本のものづくり、なかでも衣服産業に興味を持ち、さまざまな産地を訪れたといいます。そんな北迫さんが各地で目の当たりにしたのは、失われつつある伝統工芸の姿だったとか。

フランスの「エスモード・パリ・インターナショナル」を卒業後、劇団四季や松竹の衣装デザインから、海外ブランドの企画・デザインを経て、2018年に自身のブランド「カルマ・カリーナ」を立ち上げる

「以前、京都で丹後ちりめんの工房を訪れたんです。着物を着る人が減り、生産量は軒並み縮小。職人もどんどん少なくなっているというお話を聞いて……。

同じようにほかの産地でも過疎化が進んだり、地場産業が成り立たなくなっていく現状を知りました。このままでは本当に日本の伝統工芸は失われてしまうのではないか、と。

ルイ・ヴィトンが家紋を見てモノグラムに応用したり、マルジェラが足袋のブーツを創作したりと、海外のハイブランドが日本の伝統工芸に着想を得て多彩な商品に昇華しているのに、日本ではそういった事例が見られないのはどうしてなんだろうって、ずっと思っていたんです。

日本の伝統工芸は海外ブランドと肩を並べるだけの力がある。それを活かすためには職人とデザイナーが二人三脚で取り組むことが必要なんじゃないか……ということを、はじめてお会いしたときに熱く語ったのを覚えています(笑)」

北迫さんが熱弁を振るったお相手は、ユキヤ株式会社の町田久美子さんと大野深雪さん。東京手描友禅を手がける染め職人のお二人です。

町田久美子さん。東京都工芸染色協同組合理事を務める伝統工芸士。日本の古き良き古典柄から、時流に合わせた現代柄まで「同じ人が描いたとは思えない」と言われるほど多彩な筆致の持ち主
大野深雪さん。東京都工芸染色協同組合正会員。美大で建築を学んでいたものの、京友禅作家の森口華弘さんの画集に衝撃を受けて、この道へ。百鬼夜行を題材にした作品や愛嬌のある妖怪柄がすこぶる人気

出会ったのは2年前の夏。東京都が主催する異業種交流会でのことでした。

「確かに熱かったですね(笑)。でも、東京手描友禅の未来については私たちも常に考えていること。自分たちがどういうものづくりをしていくか、どんなアプローチが必要なのかといったことは目下の課題でしたから、北迫さんの話には共感しかありませんでした」と町田さん。

「今はまだ着物を買ってくださる方はいるんですけど、正直な話、それだけでは立ち行かないところに来ているのかなとは思っていて。東京手描友禅を一つのブランドとして守り、残していくために、作家としてできることをしていかなければ」と大野さんも言います。

お二人はこれまでも、伝統工芸を受け継ぐ作家集団「そめもよう」を立ち上げ、着物を通じて“着られるアート”を提案したり、もっと多くの方に東京手描友禅に触れてほしいとプリントブランド「some-pri」を発足。作家が丁寧に染め上げた友禅を生地にプリントし、半衿や帯、スカーフ、小物などに展開するなど多様な活動に取り組んできました。

半幅帯はブランド「some-pri」の人気商品

同じ思いを持つ三人はすぐに新しいものづくりに向けて出発。その最中、北迫さんが地産地匠アワードの広告を見つけたと言います。「これだ!と思って、すぐさま二人に『出しませんか』と提案したんです。そうしたら二つ返事で『やりましょう』ということに」。

ここから、このプロジェクトは実用化に向けて本格的に動き出します。

一人一人違う、奥深き筆致の妙

そもそも東京手描友禅(東京友禅)とは京都の京友禅、金沢の加賀友禅と並ぶ日本三大友禅の一つです。江戸時代に、京都の友禅染が伝わったことが始まりとされています。華やかで雅な京友禅、美しく繊細な加賀友禅に対し、江戸の町人文化の中で独自に発展してきた東京友禅は都会的で、どこか“粋”。鮮やかな色彩やすっきりとした絵柄が特徴です。

下絵描き。青花液という露草花の汁を筆ににじませ、白生地に絵を描いていく
「何を描こうかしら……」と言いながら、サラサラと桜を描く大野さん

「ほかの産地と違うのは制作のほとんどを一人で手がけることでしょうか。図案から染色、仕上げに至るまで分業することなく、作家がすべてを行います」(大野さん)

東京友禅づくりは大きく分けて13工程。まずはどんなデザインにしようか、図案を考案します。それを元に白い生地に下絵を描いていく。「このとき型を使わず、手描きするのも東京友禅ならではかもしれません」

下絵を描いたら糸目を引きます。これは下絵に沿って糊をのせる作業で、色を挿したときにほかの部分の色と混ざらないようにするための工程です。

これが糸目引き
色を挿した絵の上に伏せ糊をする。「きちんとしないと地色が柄を潰すことになるので、伏せはとても重要」(町田さん)

「で、絵に色を挿したら、今塗った色がにじまないように伏せ糊をして、今度は生地を塗る地入れ(引染)へ」(町田さん)

伸子(しんし)という独特の道具を使って生地をピンと張り、大きな刷毛で染料などを均一に塗っていく。その後、染料を定着させるために生地を蒸して水洗い。さらに湯のしをして生地を伸ばしたら、最後に金箔や銀などの仕上げを施すなどして、ようやく1枚の反物が出来上がります。

細い竹棒の両端に針がついた伸子(しんし)という道具を使って、生地をピンと張る
フノリを溶いたものを塗り広げてから、染料を入れていく

一人の職人がすべての工程を行う東京手描友禅。だからこそ、個性的で多彩、豊かな表情が描かれる。東京手描友禅の魅力はまさに「そこにある」と北迫さんは言います。

「職人による手描きにはグラフィックなどでは決して真似できない深みがあるんです。筆のかすれ具合や繊細なタッチ、日本画ならではのぼかしや揺らぎといった美しさ。こうした筆致の豊かさを、きちんと伝えられるものづくりをしなければ、と考えたんです」

毎日着たくなる友禅のかたちとは?

目指したのは東京手描友禅が、日本の日常に溶け込む未来です。

「そのためには何を作ろうかという相談から始まりました。ワンピースやロングジレという案もあったんですけど」と話す北迫さんに、町田さんは「自分が着る身になったら袖は欲しいよねっていう話になって(笑)」、「お尻も隠したい……」(大野さん)といった意見も受けて、北迫さんは背面が長く、美しいフレアをもつブラウスをデザイン。

水色のブラウスに使用した原画

柄は北迫さんのブランドが基調としている花柄にすることで意見は一致。三人で花の図鑑を眺めながら「縦のラインが美しい花が欲しいよね」「和花だけでなく洋花も入れたい」「女性のシンボルでもあるミモザもいいなあ」など、あれやこれやと話し合い。

悩んだのが素材です。

「はじめは自然素材がいいんじゃないかという話になったんですけど、現代人はみんな忙しいですよね。忙しい人たちが丁寧に手入れするかね?という話になって、だったら誰もが気軽に着られて、お手入れも簡単な国産のポリエステルがいいんじゃないかと」(町田さん)

日常で使い倒せる軽快さを重視し、着物に似た質感で、柔らかく上品な雰囲気の生地を使うことになりました。

日本画の如き原画を再現するデジタル捺染

さて、大変だったのはここからです。

友禅アートブラウスは描かれた原画を、高精細のスキャンで取り込んでデータ化。そのデータを使ってデジタル捺染するという手法をとっています。デジタル捺染とはデジタルデータを元にしながら布に直接インクを吹き付けて模様を印刷する方法です。

黒色のブラウスに使用したのはこちらの原画

東京手描友禅の肝となる原画の美しさを、いかにデータ化するのか。ぼかしや陰影、グラデーションなど、繊細な筆致を再現するために何度も、繰り返しテストを重ねたといいます。

実際に使用する生地に捺染したところ。鮮やかに、筆致が再現されている

さらに面白いのは原画を配置した服の型紙ごとデジタル捺染する、という特殊な方法です。

「これなら着物の柄入れを踏襲した、柄の入れ方ができるんです。普通は図柄の入った生地に型紙をのせて裁断するんですけど、それだと意図しないところに図柄が出たり、見切れてしまうこともある。でもパターン上にあらかじめ図柄を配置してプリントすれば、職人の思い通りに柄を配置することができる」(北迫さん)

服の型紙に柄を配置している様子

それだけではありません。このやり方なら「再現性も非常に高い。簡単に言えば、型紙に添って生地を裁断したら、あとはそのまま縫製すればもう服になるんです」と北迫さん。

「本格的なアパレルは初めてでしたし、私たちはあくまでも着物メインの直線裁ちの人間なので、洋服のパターンとか、パーツがどこにどう組み合わうのかといったことは、まったく分からなくて。もう北迫さんに頼りきり(笑)」と大野さんと町田さんは口を揃えます。

「そこは任せていただいて(笑)。国内最高峰の縫製工場にご協力いただいて、細かなミシンステッチからボタンホールに至るまで、ディテールもかなりこだわって仕上げています」

カジュアルに友禅を愉しむ

地産地匠アワードの審査会でも、審査員がこぞってこのブラウスに腕を通し、その着心地を楽しんだそうです。

こちらもウズウズ……失礼して、実際に羽織ってみました。

まず軽い。さらさらとして柔らかな生地感は、思わず腕を通してみたくなるのも分かります。多様な世代や体型、男女問わず使えるワインサイズということもあり、ふんわり着られる心地良さ。かといって大きすぎるという印象はまったくありません。着物のように縦にストンと落ちるデザインゆえなのでしょうか。たっぷりとしたフレアは歩くたびに風に揺れる姿もまた美しい。

いつものジーンズに羽織ってカジュアルに着こなすこともできるし、綺麗目なパンツやスカートに合わせればオケージョナルなシーンにも活用できそうです。

「友禅には夏には夏の、秋なら秋の着こなし方や、季節ごとに着物と帯の組み合わせを変えてコーディネートするといった楽しみ方もあるんですよ。たとえば夏なら流水柄の着物に鮎をモチーフにした帯留めをつけるといったように。ちょっと粋でしょう?」(町田さん)

「もちろん最初から着物を着るのはハードルが高いかもしれないので、今回のブラウスみたいなアイテムを通して、友禅に少しでも興味を持っていただけたら。そしてもっと気軽に楽しんもらえたら嬉しいです」(大野さん)

伝統を残すためにハードを変える

「このプロジェクトを通してやりたかったのは新しい仕組みをつくること。今までは描いて染めたらもう終わり、みたいな感じだったんですが、一度つくれば、ずっと職人さんたちの収益になるようなシステムを作りたくて」

「ここ40年くらいの間で着物の生産量は8分の1程度に減っているというデータがあります。着物がなくなることはないでしょうけど、着物を作る技術が残せるかどうかは別問題。技術をどうやって残していくかと考えたとき、着物というハードウェアだけに頼っていてはダメだなと。

着物というハードウェアに東京手描友禅というソフトをインストールするのではなく、ハードウェア自体を変えていかないといけないと考えました」(北迫さん)

伝統工芸の技術を未来に残し、さらに発展させることができるようなハードを生み出すこと。
 
「友禅にはまだまだいろいろな表現の可能性がある。その一歩が今回の友禅アートブラウス。今後もシリーズ化していきたいと思っています」(北迫さん)

「今度はパンツをつくろうか、スカートもありかな……」(町田さん)

「セットアップにしてもいいかもね」(大野さん)
 
なんて楽しそうな……取材後も、次の商品に向けての話し合いが止まらない三人なのでした。
した。

・「友禅アートブラウス」

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文:葛山あかね
写真:田ノ岡宏明