およそ350年前の江戸時代。その素朴でハイカラなお菓子「丸ぼうろ(丸房露・まるぼうろ)」は佐賀の地にやってきました。
頬張るとなぜだか、みな「懐かしい」と口にする。はじめて食べた人も「食べたことのある味」と言う、なんとも不思議なお菓子。驚いたことに、その製法は江戸時代からほぼ変わっていないとか。
ということは、つまり。
江戸時代に暮らした人々と、令和という現代に生きる私たちが、同じ菓子を口にしていることに。こんなにすごいこと、あります?
手仕事が生む、素朴で優しい味
丸ぼうろーー。佐賀県佐賀市を代表する伝統的な銘菓として名高い郷土の味。今では市内の菓子店それぞれが独自の味を生み出していますが、その元祖といわれるのが1639(寛永16)年創業の「鶴屋菓子舗」です。
徳川三代目将軍にあたる徳川家光の治世の元、佐賀三十六万石の城下町に鶴屋は誕生。御菓子司(おかしつかさ)として佐賀藩主の鍋島公に菓子を納めてきた歴史をもちます。
「丸ぼうろがつくられるようになったのは、二代目・太兵衛の時代です。長崎の出島で、南蛮菓子である丸ぼうろの製法をオランダ人に直接学び、佐賀に持ち帰ったのが350年前と言われています」
そう話すのは、家業に入って11年経つ、営業部長の堤一博さん。
当初の主な原材料は小麦粉と砂糖と水。「今とは違い、もっと硬いクッキーのようなものだったそうですが、江戸時代後期になるとようやく卵が入手できるようになり、しっとりとして柔らかい『丸房露』ができたとされています」
小麦粉と卵、砂糖などでつくられる生地は、見るからにトロントロン。水や牛乳などは使わず、卵のもつ水分だけで生地をまとめて練り上げる。生地が硬すぎれば、ふっくらとした食感にはならず、反対に、緩すぎればきれいに成型することさえままならないとか。
材料の分量は決まっているものの、その日の温度や湿度によって、生地の配合具合を微妙に変えていく。そのとき一番いい状態の生地になるよう微調整しているそうです。
「長年培ってきたデータもありますが、最後はすべて職人の勘や感覚が決め手。手作業でしか、この味わい、この食感は生み出せないものなんです」
表面はサクッとして、中はふっくら、しっとり。こうばしい風味の中から、なんとも懐かしくやさしい甘味がふわりと広がる。素朴ながらも上品なお菓子です。
古文書から生まれた、「丸房露のためのマーマレード」
そんな伝統の味をもっと多くの人に届けたいという想いから、中川政七商店の経営再生支援を受けた堤さんが、改めて見直したのが同店に残る4冊の古文書。
「250年くらい前から先代が書き記してきたもので『鍋島様の城に丸房露を何十個納品』『値上げのお願いにうかがう』といった日記もありますが、そのうちの1冊が1750年代に記された『菓子仕方控覚(かししかたひかえおぼえ)』。今で言うレシピ帳だったんです」
「丸房露」に関する表記はもちろん、これまで手がけてきたいろいろなお菓子のいろはがずらりと並びます。そのなかで目に留まったのは、ある三文字。
三柑漬ーー。
「三柑とはみかんのこと。これを砂糖漬けしたもののことで、つくり方を見てみると現代でいうところの“マーマレード”だったんです」
温暖な気候に恵まれた佐賀県は、みかんの一大生産地。地元の果物を使って「丸房露」に合う味ができないだろうか……ということで早速、マーマレードづくりに着手しました。
使用したのは日本では佐賀県藤津郡太良町にある数軒の農家でしか栽培されていない希少品種“クレメンティン”。濃厚な甘味とスッキリとした後味が特長の柑橘です。
そして試行錯誤の末にできたのが、これ。
ごろりとした果皮が見えます。スプーンですくって頬張ると濃厚な甘さのなかに、やさしい酸味とほのかな苦味。歯応えのある果皮の食感もなかなかにおいしい。
これを「丸房露」につけてみました。はじめは少しだけ。んん? おお、おお! なるほど。次いでたっぷり添えてみると……んんっ!うん!合いますよ、これ。マーマレードの甘酸っぱい味や香りが、素朴な「丸房露」をより一層引き立てます。個人的には、少し温めた「丸房露」に「丸房露のためのマーマレード」をたっぷりのせるのが好みです。
佐賀っ子ならではの思い出も新製品のヒントに
「丸房露」に“ちょい足し”して楽しめるものは、ほかにも。
実はマーマレードは冬季限定。夏には「丸房露」に合わせる「丸房露のためのアイスクリーム」が販売されます。
「子どもの頃、朝ごはんに『丸房露』を牛乳と一緒に食べていたんです。浸して柔らかくしたり、小さく砕いてフレークのようにしたり。『丸房露』にバターを塗って食べるのも好きでした。だから乳製品が合うことは感覚的に分かっていたんです。
で、夏になると『丸房露』の消費量が落ちることもあって、これを打開するためにはどうしようかと考えていたときに思いついたのが、ミルクアイスでした」
こちらは佐賀県唐津にある「村山ミルクプラント」の、コクのあるまろやかな牛乳を採用。さらにここでも“三柑”にこだわり、上品な香り漂う“みかん蜜”で甘味をプラス。
かすかに柑橘の香りのする「丸房露のためのアイスクリーム」を「丸房露」につけると、冷たいアイスクリームが「丸房露」の生地をしっとり柔らかな食感にして、優しい甘さを引き立てます。
丸房露は生きている
最後に堤さんは言います。
「丸房露は生きているお菓子です」
「日に日に表情が変わるんです。焼きたてはこうばしくふっくらとしていて、だんだんサクッとしてきたと思ったら、翌日には水分が戻ってしっとり。それを過ぎると少しずつ硬くなっていく。
僕は意外と硬くなりはじめの頃が好きで(笑)。わざとトースターで焼いてカリカリにしてバターを塗ったり、マーマレードを塗って食べたりしますね。夏場のアイスクリームなら、ちょこっとつけて味わってもいいし、2枚の『丸房露』でサンドしてもおいしい。
そんなふうに多様に楽しめるのが『丸房露』のいいところ。自分の好きな表情や味わい方を見つけて楽しんでほしいですね」
とりあえず。まずはそのまま。お茶の供に、いただこうかな。
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<取材協力>
合資会社鶴屋菓子舗
佐賀県佐賀市西魚町1番地
https://marubouro.co.jp
※この記事で紹介した商品は、鶴屋菓子舗のオンラインショップにてご購入いただけます
文:葛山あかね
写真:藤本幸一郎
<掲載商品>
鍋島虎仙窯 鍋島青磁 煎茶碗
鍋島虎仙窯 鍋島青磁茶托 1個入