開け!未知への扉。1泊2日で楽しむ燕三条の旅

こんにちは。さんち編集部です。
8月の「さんち〜工芸と探訪〜」は新潟県の燕三条特集。燕三条のあちこちへお邪魔しながら、たくさんの魅力を発見中です。
今日は、いよいよ秋には一大工場見学イベント「燕三条 工場の祭典」を控える、燕三条特集のダイジェスト。さんち編集部おすすめの、1泊2日で燕三条を楽しむプランをご紹介します。お祭りより一足先に、見どころを巡ってみましょう!


今回はこんなプランを考えてみました

1日目:目で舌で、ものづくりの町の歴史と文化に触れる

・燕三条Wing:行きの情報収集に便利な駅ナカお土産店
・燕市産業史料館:工場見学の予習復習に
・玉川堂:ものづくりの町・燕の中心的存在
・杭州飯店:工場の町の職人に愛される、燕背脂ラーメンの元祖
・ひうら農場:異業種を巻き込み、燕市の「ものづくり」を発信する農家
・ツバメコーヒー:燕のメディアを目指すお店で、自家焙煎の本格コーヒーを
・FACTORY FRONT:燕三条のものづくりを発信するオープンファクトリー
・嵐渓荘:ものづくりの町の奥座敷にある、とっておきの隠れ宿

2日目:話題の包丁からご当地パンに地酒まで。旅の出会いを我が家へお持ち帰り

・スノーピーク:人気アウトドアブランドの生まれる場所へ
・庖丁工房タダフサ:併設のファクトリーショップも必見
・三条スパイス研究所:東京の人気スパイス料理店が地域の「えんがわ」に?
・山田ベーカリー:三条で愛されるご当地パン「サンドパン」
・福顔酒造:三条市唯一の日本酒蔵元
・燕三条地場産業振興センター:燕三条産の金物製品が圧巻の品揃え

では、早速行ってみましょう!


1日目:目で舌で、ものづくりの町の歴史と文化に触れる

1泊2日の燕三条旅は、エリアの中心に位置する上越新幹線・燕三条駅からスタートです。見どころは各地に点在しているので、移動には車が便利。駅からレンタカーを利用すると、ちょっと遠くまで足を伸ばせます。

【朝】行きの情報収集や帰りの買い物に便利な駅ナカお土産店
燕三条Wing

上越新幹線の燕三条駅に降り立ったらまず立ち寄りたいのが構内にある観光物産センター「燕三条Wing」。新幹線の改札階にあり、広々とした休憩スペースのある観光案内所もあって、駅に着いてすぐの観光相談にも応じてもらえます。観光マップやパンフレットも各種備えられているので、ガイドブックには載っていない地元情報もここで集めて、いざ町へ!

燕三条Wingの情報はこちら

【午前】工場見学の予習復習に。美しいスプーンコレクションも必見
燕市産業史料館

燕市の主要産業である金属加工の歴史の全体像を、本館と別館、新館に分かれて知ることができます。一帯の工場見学に出かける前にまずここを訪ねると一層理解が深まるはず。

燕市産業史料館の情報はこちら

【午前】ものづくりの町・燕の中心的存在
玉川堂 (ぎょくせんどう)

玉川堂

1816年創業の鎚起銅器の老舗。前庭のある工房兼店舗は、築100年以上の日本建築で、国の登録有形文化財にも指定されています。建物奥の工房は、常時見学が可能。銅を叩く音がこだまする畳敷きの空間で、一枚の銅板から徐々に器が形づくられていく伝統の技の美しさを感じられます。

銅を叩く音がこだまする畳敷きの工房
銅を叩く音がこだまする畳敷きの工房
前庭に面した店舗に美しい銅器が並ぶ
前庭に面した店舗に美しい銅器が並ぶ

玉川堂の情報はこちら

>>>>>関連記事 :「燕三条に見る産業観光の未来」
「わたしの相棒 〜1つの湯沸かし、20の鳥口〜」

【お昼】工場の町の職人に愛される、燕背脂ラーメンの元祖
杭州飯店 (こうしゅうはんてん)

お客さんの9割9分はこの背脂ラーメンを食べに来られるとか

お腹がすいてきたら、ぜひ地元の職人に愛される工場飯を。杭州飯店は燕背脂ラーメンの元祖で、昼時や休日は行列ができる人気店。高度経済成長期に工場での残業夜食の出前に愛用され、お客さんの要望に応えながら進化し、親しまれている燕伝統の味をぜひおためしあれ。

厨房にて。豚の背脂をたっぷりかける

杭州飯店の情報はこちら
>>>>関連記事 :「燕背脂ラーメンの元祖、金属工場の町で育まれた杭州飯店の中華そば」

【午後】異業種を巻き込み、燕市の「ものづくり」を発信する農家
ひうら農場

実はお米をはじめとした農作物も豊富な燕三条エリア。燕市吉田地区にあるひうら農場は、現当主・樋浦幸彦さんで27代目という800年続く歴史ある農場。「燕三条 工場の祭典」にも2015年から参加し、食べ物も金物も含めた燕市の「ものづくり」を発信しています。農場では畑・田んぼ見学、きゅうり収穫体験、きゅうり・お米購入などが楽しめます。(要予約、内容は予約時に要確認)

樋浦さんが丹精込めて育てる田んぼは、日本屈指のパワースポット・弥彦神社が鎮座する弥彦山を望むロケーション

ひうら農場の情報はこちら
>>>>>関連記事 :「27代続く農家が拓く、800年目の米づくりとまちづくり」

【午後】燕のメディアを目指すお店で、自家焙煎の本格コーヒーを
ツバメコーヒー

一息つきたい時には、ぜひこのお店へ。店主の田中辰幸さんが一杯一杯丁寧に淹れる、自家焙煎の本格コーヒーが味わえる。大きな本棚のある店内は居心地がよく、併設の生活道具のショップには地元燕の製品も充実。美味しいコーヒーとともに燕の今の空気を味わおう。

コーヒーを待つ間に買い物が楽しめる併設のショップ。地元燕の製品も充実
看板犬の黒スケ

ツバメコーヒーの情報はこちら
>>>>>>関連記事 :「燕のメディアを目指す、ツバメコーヒー」

【午後】燕三条のものづくりを発信するオープンファクトリー
FACTORY FRONT

mgn 名刺入れ

1日目最後の工場見学先は、名刺入れ専門店「mgnet」のショップが併設された、株式会社MGNET (マグネット) のオープンファクトリー施設。

ショップには金属製の名刺入れはもちろん、定番の革製、珍しい木製の名刺入れ等、専門店ならではの品揃えに加え、燕三条のものづくりに関する情報やアイテムも充実。製造の現場を目の当たりにすると、ますます欲しくなってしまいます。

ワークショップなども行われるオープンファクトリー
ワークショップなども行われるオープンファクトリー

FACTORY FRONTの情報はこちら
>>>>>関連記事 :「金型屋がなぜ名刺入れを作るのか?ものづくりの町の若き会社MGNETの挑戦」

【宿】ものづくりの町の奥座敷にある、とっておきの隠れ宿
嵐渓荘

1日目は主に燕エリアの見どころを巡ってきましたが、宿はぐぐっと三条の奥座敷・しただ温泉郷へ。渓流沿いに建つ旅館・嵐渓荘は、ゆったりできる温泉、山の幸がいっぱいの料理、落ち着いた雰囲気の客室が魅力。登録有形文化財である木造三階建ての本館は風格あるたたずまいです。

結婚式や宴会、法事、日帰り湯などさまざまな形で地元の人たちにも親しまれるとっておきの隠れ宿で、旅の疲れを癒しましょう。

妙泉 (みょうせん) と言われる濃厚でなめらかな温泉
妙泉 (みょうせん) と言われる濃厚でなめらかな温泉
現在は国登録有形文化財に指定されている『緑風館』
現在は国登録有形文化財に指定されている嵐渓荘の中心『緑風館』

嵐渓荘の情報はこちら
>>>>>>関連記事 :「ものづくりの町の奥座敷。渓谷の隠れ宿、嵐渓荘」

*宿でくつろぐ前に、土地らしいお店で一杯やりたいなあという人は、ぜひ三条随一の繁華街、「本寺小路 ( ほんじこうじ ) 」へ。


2日目:話題の包丁からご当地パンに地酒まで。旅の出会いを我が家へお持ち帰り

【午前】人気アウトドアブランドの生まれる場所で、実際の使用シーンまで丸ごと体感
スノーピーク

広々とした環境が気持ち良い

機能性の高さとスタイリッシュなデザインの製品で熱心な愛用者も多いアウトドアブランド、スノーピーク。新潟県三条市にある本社には一般の人も利用出来るキャンプ場と直営ショップが併設されています。

ショップでの買い物を楽しむもよし、時間のある人はスノーピーク製品を利用してのキャンプを満喫するもよし。広大な自然に囲まれながら「人生に、野遊びを」を掲げるスノーピークの世界観にじっくりと浸ってみては。

スノーピークの情報はこちら
>>>>>>>関連記事 :「本社はキャンプ場のなか。スノーピークに教わる、今さら人に聞けない『キャンプの基本』」

【午前】併設のファクトリーショップも必見
庖丁工房タダフサ

三条産包丁の代表的メーカー、タダフサの工房では、鍛冶の現場を間近で見学できます。ものづくりの熱気に触れたあとは、併設のファクトリーショップへ直行。プロ向けから蕎麦切りパン切りなど、あらゆる種類の包丁が揃うので、自然と新しい包丁で料理の腕をあげようという気分になるかも。

ファクトリーショップの外観
こうしてタダフサの包丁が生まれる

庖丁工房タダフサの情報はこちら
>>>>>>>>関連記事 :「職人に教わる、包丁の手入れ」

【お昼】東京の人気スパイス料理店が地域の「えんがわ」に?

三条スパイス研究所

入り口の大きな暖簾がお店の目印

三条でランチを食べるならぜひここに。東京・押上の人気店「スパイスカフェ」の伊藤シェフがメニュー開発に参加し、2016年春に誕生したスパイス料理店。カレーやビリヤニなど、スパイスと旬の食材を調合=ミクスチャーしながら食べるセットメニューが充実。

ナチュラルな雰囲気の木造の建物は地域のイベントスペースとしても利用され、近所の人たちに「えんがわ」の愛称で親しまれています。

木のあたたかさを感じる店内
TOP写真のビリヤニセット1,500円(税別)
ターリーセット1,200円(税別)

三条スパイス研究所の情報はこちら
>>>>>>>>>関連記事 :「東京の人気スパイス料理店と新潟の金物の街が出会って生まれた、三条スパイス研究所とは?」

【午後】三条で愛されるご当地パン「サンドパン」の人気店
山田ベーカリー

人気のサンドパン。オリジナルの包装ビニールもレトロで愛らしい

さて、ここからお買い物を一気に加速させていきましょう。山田ベーカリーは、創業80年を超える三条の町のパン屋さん。約40種類あるパンのなかでの一番人気は「サンドパン」。新潟県内ならどこのパン屋さんにもあるご当地パンです。コッペパンにバタークリームを挟んだパンはナチュラルな味わい。帰りの新幹線の中のおやつにちょうどよさそう。

柔らかい雰囲気の店舗外観
パンには好きなクリームを塗ってもらえる

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【午後】三条市唯一の日本酒蔵元
福顔酒造

お酒好きならお土産に地酒は欠かせません。三条市唯一の日本酒蔵元である福顔酒造は明治30年の創業。地元産の上質な酒米と超軟水である五十嵐川の伏流水を用いた日本酒は、丁寧に手をかけ伝統を重んじたまじめな造り。純米酒、大吟醸を始め地元産の洋梨を使ったリキュール「ル レクチェのお酒」など品揃えも豊富。各種試飲しながら選べるのも嬉しい。

酒蔵を模した店舗外観
左から「特別純米酒 越後五十嵐川」、地元産の洋梨を使ったリキュール「ル レクチェのお酒」、「純米酒 越後平野」「ウイスキー樽で貯蔵した日本酒」
キャップには“福顔”恵比寿さんマークが

福顔酒造の情報はこちら

【夕方】燕三条産のあらゆる金物製品が揃う
燕三条地場産業振興センター

さて、そろそろ1泊2日の燕三条旅もおしまいが近づいてきました。上越新幹線燕三条駅のほど近くにある燕三条地場産業振興センターは、燕三条産のあらゆる金物製品が揃い、その広さと品揃えの豊富さは圧巻の一言。ぜひ時間に余裕を持ってじっくりと旅を締めくくるお買い物を楽しみたいところです。

館内の「レストラン メッセピア」では、地元産食材と燕三条の食器・カトラリーを用いた食事を楽しむこともできるので、小腹が空いた人は最後にこちらへ駆け込んでも。

800平米の広大なスペースに約10,000点の洋食器・刃物などが展示・販売されている
800平米の広大なスペースに約10,000点の洋食器・刃物などが展示・販売されている
「レストラン メッセピア」では好きなカトラリーを選べるサービスも

燕三条地場産業振興センターの情報はこちら


日本有数の金属加工の「工場」の町でありながら、お米や野菜を耕す「耕場」、生活用品からプロ仕様の道具まで購入できる「購場」までが揃う燕三条の町。毎年10月の「燕三条 工場の祭典」では、普段は公開されていない工場もその門戸をあけ、町全体がものづくりの熱気に包まれます (2017年は10月5日 (木) ~8日 (日) 開催) 。

ふと思いたった時に行くもよし、10月のイベントめがけてプランを練るもよし。日常に刺激が足りないなと思ったら、暮らしの道具を見直したいなと思ったら、ものが生まれる瞬間を覗きに、燕三条を訪れてみてはいかがでしょうか。

さんち 燕三条ページはこちら

撮影:神宮巨樹、小俣荘子、丸山智子
写真提供:庖丁工房タダフサ

三十の手習い「茶道編」九、夏は涼しく

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。

そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。第一弾は茶道編です。30歳にして初めて知る、改めて知る日本文化の面白さを、習いたての感動そのままにお届けします。

◇滝の前に花を活ける

7月某日。
今日も神楽坂のとあるお茶室に、日没を過ぎて続々と人が集まります。木村宗慎先生による茶道教室9回目。

実は毎回生徒の中から一人、当番制で教室が始まる前にお花を活けます。今回はいよいよ私に順番が回ってきました。お茶室に入ると、舟の形をした花入 (はないれ) が、ずいぶん低いところにつられています。

花を活けているところ
どうしたら格好良いか‥‥。悩みながら活けていきます

床の間には上の方にわずかに2行ほどが書かれた、ほぼ白紙の掛け軸。何か関係があるのかと考える余裕もなく、人生初の夏着物と揺れる花入にあたふたとしながらどうにか花を入れ終えると、もっと花入に水を、と先生から声がかかりました。

もっと、もっとと最終的にはこぼれてしまうんじゃないかというくらいに花入に水をうって、お稽古が始まりました。

床の間の様子
最後は先生にも手伝っていただいて、なんとか花を入れ終えました

「今日の掛け軸は白紙賛 (はくしさん) 。ま白き本紙に滝の歌を書きつけて、掛け軸の余白を滝に見立てているんです。歌は、

涼しさはたぐいも更に 夏山の峯より落る音なしの瀧

 

とあります」

滝、と言われた瞬間に、目の前の掛け軸と頭の中に描いた滝が重なりました。ドドドドドド、と音まで聞こえてくるようです。

活け終えた花の様子
掛け軸が滝なら、この花入は‥‥

滝の手前に低く吊られたその名も釣り舟という花入は、さながら水辺に浮かぶ舟に、さっきまで手にしていた花は水しぶきを受けて岩場に咲いている野草に。先ほど「もっと水を」と先生が言った理由がわかったように思いました。

花自体にもたっぷり露が打ってあります

「夏はあまり華美な軸を掛けても暑苦しく感じてしまうので、こうしたちょっと息がつけるような軽やかなものをかけます。

釣り舟の花入も、普通はもう少し高く、軸の真ん中より少し下にかかるくらいの高さにするのですが、今日はわざと、ぐ~っと低くしてみました。その方が、舟から滝を見上げているようでしょう。

茶事など、正式なお茶会ではだいたい床の間を2~3箇所拝見しますが、順番に違った部屋に通され、その床の間を拝見するごとに、掛け軸がどんどん抽象的になっていくんですね。待合 (まちあい) と呼ばれる最初の部屋は、短冊とか軽いもの。でなければ季節の景物 (けいぶつ) を描いた絵が掛けられます。それから茶室に通ると、今度は墨で文字だけ書かれた軸が、といった具合。

茶の湯の世界では、古い名物を除けば、具体的に絵で描かれたものよりも、禅僧などが文字だけを墨書したものを格が上だと考えます。それには理由があります。

例えば今日の掛け軸も、どこかの滝を写生するように絵に描いたら、何人の人が見ても、同じ滝しかイメージしないでしょう。でも、白い紙に滝を思いおこさせるメッセージをわずかな文字で記してあるだけだと、見る人は自由に滝の姿を想像することが出来る。

ここにいる10人が、10人とも違う滝を思い浮かべる。そうした豊かさや、広がりを求めるなら、きっちり写実的に描かれた絵画よりも、文字だけの抽象的な掛け物のほうが上、と考えたのです。

日本人が好む「余白」の美、そのひとつの答えですね。こうしや余白を好む美意識というものは、質量ともに不足があった時代に、それを逆手にとってなんとか幸福を求めた結果の産物だろうと思います」

さらに、掛け軸の横には柳の下で舟遊びをする人たちを描いた掛けものが飾られています。

たなびく柳の下で、舟遊びをしている様子はなんとも涼やかです

「涼しげでしょう。中国から日本にもたらされた貝殻と漆の細工で出来たものです。何百年も前に作られたものなんですよ。“螺鈿 (らでん) ”とか“青貝 (あおがい) ”とか呼ばれるもののひとつで、『掛け屏(かけびょう)』と言います。座敷に掛けてたのしむ小さな屏風、という意味です。貝がらのキラキラと、漆の黒がなんとも涼しげだと思いませんか」

さっきまで額に汗していたのがすっとおさまった心地がして、お話の続きに集中します。

夏は涼しく

「今日の掛けものやしつらえに関連して、これが分かればおもてなしの達人、という七つの教えのお話をしましょう。千利休が人に乞われて説いたという教えです。

お茶は服の良きように立て
炭は湯の沸くように置き
夏は涼しく
冬は暖かく
刻限は早めに
降らずとも傘の用意を
相客 (あいきゃく)に心せよ

ーというものです」

尋ねた方が『そんなの当たり前すぎる』と不服を言ったら、利休は『本当にこの7つ全部ができているなら、私はいつでもあなたの弟子になりましょう』と言い返したと言います。有名な利休七則(りきゅうしちそく)です。

「相客に心せよ、というのが面白いでしょう。平たくいえば、仲の悪い人同士や自分と話の合わない人、今日のお茶会の趣旨を理解しないであろう人は呼ばないように、誰を呼ぶか、よくよく考えなさいということです。

しかし、この戒めの本質は、単にお客の組み合わせを説いたものではないと思います。相手の中にある答えをちゃんと紐解き、見抜いた上でもてなしを考えなさい、ということではないかと思います。答えは相手の中にある。もちろん自分の中にも。

ーというわけで、今日は『夏は涼しく』。

7、8月の盛夏の頃は昼にお茶事をしません。暑い中に四畳半のお茶室に火をおこして何時間もこもっていたら、熱中症で倒れかねない。ですからお茶会を開くときは、朝茶事。朝6時くらいには来てもらって朝ごはんを出して、9時すぎには終わりたい。

昔はエアコンもありませんから、どうやって涼感を呼び込むのかが大切なことでした」

先生の言葉を待ち受けたように、今日のお菓子が運ばれてきます。

「京都にある鍵善良房さんの甘露竹 (かんろちく) です」

甘露竹が積まれた様子

竹筒の後ろに穴が空いていて、コンコンと叩くとつるんと水羊羹が現れました。

つるん、と水羊羹が!

「水羊羹に竹の香りがうつって爽やかでしょう」

先生の言葉に頷きながら、あっという間に平らげてしまいました。

運ばれてくるお茶碗で目を引いたのが、その口の広さ、平たさ。こうした平たい茶碗を使うのも、涼感を得る工夫のひとつだそうです。

平たいお茶碗でお茶を点てます

さらに、お点前に使われていた棗 (なつめ) は柿の木をくりぬいて作られたもの。その木目のうねりを波に見立てて、波間に千鳥と水車の蒔絵と螺鈿 (らでん) があしらわれています。

美しい蒔絵と螺鈿が施された棗
柿の木の木目を波に見立てています

一度きりに心を尽くす

さらにもうひとつ、この時期ならではの道具が用意されていました。先生が取り出されたのは、茶杓。

箱付きの茶杓

「裾が焦げているのがわかりますか」

茶杓の様子

「京都は今日あたりから祇園祭一色です。毎年今頃には神輿洗 (みこしあらい) と言って、八坂神社のお神輿を鴨川の河川敷まで出してきて、松明で囲みながら神輿を清める、という神事が行われます。

この茶杓は、そのお神輿を照らす松明の竹で作った茶杓です。だから裾が焦げているんですね。八坂神社に縁のある宮司さんが銘をつけて道具に仕立てたものです。

上方を中心にお祭りが盛んな夏の間神事にゆかりのエリアに住む茶人は、関係者を招いて茶会を開いたものです。京都なら祇園祭、大阪なら天神祭。今ではそうした人も随分減ってしまいました。

祇園祭の趣向のお茶会なら、裾の焦げた松明の竹で出来た茶杓は何よりの御馳走です」

先月は手紙が掛け軸に変身していましたが、今月は神事のお松明が茶杓に姿を変えています。しかも祇園祭というこの時期しか味わえない時候の挨拶を添えて。

言葉で語るよりも速く、スマートで、心得ている人同士でこそ成立する濃密なコミュニケーション。毎回このお茶室の中で、自分の知っている世界がどんどんと広くなっていきます。

「七則の他にも利休の教えをまとめた『利休道歌』に、こんな歌があります。

水と湯と茶巾茶筅に箸楊枝 柄杓と心あたらしきよし

これはあるお茶人が利休にお茶事に使う道具を整えて欲しいと頼んだ際に、利休がただ新しい茶巾を送って『これでお茶ができる』と答えたというエピソードに通じます。

どんな名品のお茶道具を集めたお茶会をしていても、ピンとしたいい茶巾と、真新しい削りのきれいな茶杓、美しい作りの確かな茶筅が置いていなければ、格好悪いものです」

消耗品こそちょっといいものを使ってみると、その意味がわかりますよ、と先生が次に取り出されたのは茶筅。それもひとつではありません、次々と畳の上に少しずつ形の違う茶筅が並べられていきます。

次々と並べられていく茶筅

「煤竹 (すすたけ・竹の種類)、薄茶用の和穂 (かずほ・穂先の種類。本数による) の煤竹、天目茶碗用、遠州流、藪内流‥‥」

先生が解説している様子

「どれでやってもお茶は立ちますが、色かたちは流派やお茶人さんによって変わります。自分で竹の種類や紐の色などを選んで、マイ茶筅を作ったっていいのですよ」

茶筅アップ

「大切なのは、お茶を点てようと思ったときに、消耗品だからとおざなりにせず、ちゃんといい茶筅でお茶を点ててみること。知る喜びと知る不幸との、両方を知ることができます。一度ちゃんとしたものを使ったら、それ以上のものしか使えなくなりますから」

茶筅は、一度使うと閉じられた穂先が開いて二度と戻らないのだと教わりました。だからこそ、お茶会で一組のお客さんに使うのはたった一度だけ。

「決して遊びでこれだけの種類があるわけではないのです。たった一度きりの消耗品に、これだけの情熱を傾け、入念な美しさを求めることに、茶の湯のひとつの本質があります」

夏は涼しく。今日、この場この瞬間のお茶会のために、一度きりの真新しい、美しい道具を。

「これからお点前のお稽古をしていくときに、決してそれがただの形式に陥らないよう、どうぞ今日お見せした茶筅のことを、覚えておいてくださいね。

–では、今宵はこれくらいにいたしましょう」

◇本日のおさらい

一、夏は涼しく

一、日々使う道具こそ、いいものを


文:尾島可奈子
写真:山口綾子
衣装協力:大塚呉服店
着付け協力:すみれ堂着付け教室

【倉敷のお土産・さしあげます】須波亨商店のスイカかご

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
わたしたちが全国各地で出会った “ちょっといいもの” を読者の皆さんへのお土産にプレゼント、ご紹介する “さんちのお土産”。今回は、先日、連載「日本全国、かご編みめぐり」でそのものづくりをご紹介した倉敷の「スイカかご」をお届けします。待ってました!という方も、多いかも?

「以前、料理家の土井善晴 (どい・よしはる) さんがスイカの持ち歩きに使ってくださっているという話を伺いましたが、今ではスイカを入れて使う人は、中々いないですね」

そう語るのは古くからのい草の産地であった倉敷で、かつては畳表 (たたみおもて) や「花むしろ」を、そして今ではい草の余りを活用した土地独特のかご「いかご」を倉敷で唯一作る、「須浪亨 (すなみとおる) 商店」5代目の須浪隆貴 (すなみ・りゅうき) さん。

もともと暮らしの中で使われていた形を現代でも使いやすいようリメイクした「スイカかご」は、その見た目の可愛さから最近ではお出かけ用のバッグとしても人気を集めています。

こんな風に、布バッグを入れて使っても
こんな風に、布バッグを入れて使っても
意外と大容量です
意外と大容量です

全部で10種類作っているという「いかご」の中でも、スイカかごは売る時期が限られるので作る数量はごくわずか。同じい草を使った買い物かごと比べると、年間の製造量は買い物かご「9」:スイカかご「1」程度だそうです。

「お出かけに使うバッグがこれである必要は、本来は全くないわけですけれど、ローカリティみたいなものが受けているんでしょうね。コーヒーを飲みたい時に、スタバに行くんじゃなくて町の喫茶店に行くような」

現代風にリメイクしているとはいえ、どこか素朴な佇まいが人を惹きつけるのかもしれません。もちろん、現役でスイカ入れにも使えます。

普通サイズのスイカがすっぽり入るスイカかご (小)
普通サイズのスイカがすっぽり入るスイカかご (小)

「大玉はぴったりすぎるかもしれません。普通サイズか小玉がちょうどいいと思います。他にも果物を入れたり、中に巾着やあずま袋を入れたり。みかんをたくさん入れて、干すために使われる方もいらっしゃいましたよ」

今回は普通サイズのスイカがすっぽり入るスイカかご (小) をプレゼント(すみません、スイカはついてきません)。隆貴さんのアドバイス通り布と合わせれば通年使えるかごバッグに変身。ぜひいろいろな使い方を楽しんでみてくださいね。

ここで買いました。

須波亨商店
http://maruhyaku-design.com/
*通信販売や直営店販売は行っていないため、ご購入の際は公式サイトからお近くのお取扱店をご確認の上、ご利用ください。

さんちのお土産をお届けします

この記事をSNSでシェアしていただいた方の中から抽選で1名さまにさんちのお土産 “スイカかご”をプレゼント。応募期間は、2017年8月29日〜9月12日までの2週間です。

※当選者の発表は、編集部からシェアいただいたアカウントへのご連絡をもってかえさせていただきます。いただきました個人情報は、お土産の発送以外には使用いたしません。ご応募、当選に関するお問い合わせにはお答えできかねますので予めご了承ください。
たくさんのご応募をお待ちしております。

文・写真 : 尾島可奈子

金型屋がなぜ名刺入れを作るのか?ものづくりの町の若き会社MGNETの挑戦

こんにちは、ライターの小俣荘子です。
突然ですが、クイズをひとつ。
「完成したら手元に残らないけれど、日常的に手に入る様々な商品を作るのに欠かせないもの、なぁんだ?」
PC、オーディオ機器、車、カトラリー‥‥私たちが日々触れる様々なものが生まれる時に使われるものです。さて、何でしょう。

答えは「金型 (かながた) 」です。
金型とは、製品を作るために使う、金属でできた型のことを言います。クッキーを作るときの抜き型やワッフルプレートなどを思い出していただくと少しイメージしやすくなるかもしれません。ものづくりには欠かせない、製品ごとにオリジナルの形をした道具のようなものです。

工場の様子を映した動画などで、大きな四角い金属の板が、機械の間に挟まれプレスされると一瞬にして様々な形に切り出されたり、立体的な形に変化する様子を目にしたことは誰しもあるのではないでしょうか。一瞬の内に魔法のように素材の姿を変える金属の型。あまり身近なものではありませんが、製品を均質に生産する上でなくてはならないものです。
そんな金型ですが、日本の技術は精度が高く、世界一を誇っています。今日は、ものづくりの縁の下の力持ち、金型を作る会社の挑戦をご紹介します。

まずはこちらの動画をご覧ください!

精度の高い金型作りを誇る、株式会社 武田金型製作所の技術を一目で伝える技術サンプルです。つるりとした金属の塊から「mgn」のロゴが飛び出し、また消えたかのように元に戻ります。パーツ同士が高い精度でピタリと合っているのでこんな風に見えるのです。武田金型製作所と、その子会社である株式会社MGNET (マグネット) による、「金型のすごさをどうやって伝えよう?」という試行錯誤の末に生まれました。この技術サンプルは、インターネットを始めテレビなどのメディアで数多く取り上げられ、世の中を驚かせています。

燕三条のものづくりを発信するFACTORY FRONT (ファクトリー フロント)

見えない技術、どうやって伝えよう?

取材に訪れたのは、ものづくりの町・新潟県の燕三条にあるFACTORY FRONT。MGNETが運営するオープンファクトリー型施設です。ものづくりを身近に感じられる町の案内所として、燕三条で生まれた商品のセレクトショップ、作業を見られるファクトリーをオフィスに併設。ワークショップの開催など、一般の人々がものづくりに触れられる機会、産業を盛り上げる場を作っています。

FACTORY FRONT内のセレクトショップ
ワークショップなども行われるオープンファクトリー

この施設や、ものづくりの場としての発信アイデアは、金型屋としての課題から生まれました。
MGNETの親会社である株式会社 武田金型製作所は、精度の高い金型技術に定評のある金型工場。1987年の創業以来、主に自動車・家電・オーディオメーカーから依頼を受け、精密機械内部の金属部品や精緻な技術が必要なプロダクトの外装部品など、様々な製品をプレス成形する金型を設計・製作してきました。
米国のアップル社など、世界的なメーカーとも一緒にものづくりを行ってきた同社ですが、その凄さは一般にはあまり知られていませんでした。

金型は製品が出来上がると目には見えないもの。自社で作った金型はメーカーの工場に納品されるので実物も手元に残りません。金型自体が日常生活において馴染みのないものであり、その技術を業界の外に広く伝えるのは難しいことです。
技術の魅力を凝縮して自らの手で世界に発信していくには‥‥と試行錯誤してきたのが、武田金型製作所の跡取り息子として生まれ、MGNETを立ち上げた武田修美 (たけだ・おさみ)さんでした。

MGNET社長の武田修美さん

息子にすら理解できない自社製品

「うちが何を作っているのか、やっと理解できたのは高校生の頃でした」と語る武田さん。燕三条は、ものづくりに携わる家庭が多く「うちはハサミを作ってる」「うちはカトラリーを作ってる」などと、子どもたちは口にします。しかし金型はプロダクトではないため、理解が難しく、「うちは何を作っているんだろう?」とずっと思っていたのだそう。
また、「将来は家業を継ぐこと」が当たり前という空気が流れていることにも違和感を覚えていたと言います。「子どもの頃から家業は継ぎたくないと思い続けてきました。父の仕事が嫌だったということではなくて、当然のように家業を継ぐものと思われていることへの反抗心が大きかった。そして、家の取引先と競合する自動車メーカーのディーラーとして就職しました」
そんな武田さんでしたが、23歳と25歳のとき、2つの大病に襲われ、車を運転することはおろか、めまいがしたり、立っているのも難しい状況に。退職を余儀なくされ、土地柄、在宅の仕事も無く、かといって実家の工場で働くことも体調的に難しい状態に陥ります。「そんな中、父が『うちを手伝えば?』と言ってくれました。あれだけ反抗していた息子なのに、親の優しさだったのでしょうね」と当時を振り返ります。

デザインやソフト事業に興味があった武田さん。
「製造業に対して漠然と、このままじゃだめなんじゃないか?と思っていました。製造業は技術とこだわりを追求するプライドの世界。難しい技術も、当たり前のように見せる美学があり、その価値を知らない人に凄さを伝えるのが苦手です。そこの橋渡しというか、この価値を広く伝え届ける仕事なら自分にできるのではないか?と考えていました」

「とにかく、できることをやろう」と、ベッドで横たわりながらwebサイト作りやマーケティングについてなど独学で学び、家業に役立てようと奮闘します。

父に託されたプロダクト作り

「家業を手伝い始めて間もない頃、『最近こんなものを始めたんだ』と、マグネシウム合金でできた名刺入れを見せられました。金型屋の技術が体現されたプロダクト。金型屋の価値の伝わりにくさを僕はずっと感じていましたが、父も何か新しいことをやってみなければという危機感があったようです。動けない僕がインターネットを使ってこの名刺入れを売ってみることになりました」

父から渡された名刺入れ。金型の技術を生かしたプロダクトだった

技術を伝えるメディアとしての名刺入れ

「父から見せられた名刺入れの感想は『ふ、普通すぎる‥‥』という感じでした。
名刺入れって、ビジネスマンの多くが日々使っているものですよね。だけど、形がシンプルで機能寄りというか、さほど嗜好性も表れないものです。当時、『名刺入れといったらここ!』というブランドもありませんでした。開拓のしがいがある市場、ここを取りにいこう!と考えました。機能性・技術レベルの高い美しい名刺入れを作る。その名刺入れを通して金型屋の技術を広く伝えていこうと思ったのです」

試行錯誤を重ねて生まれた名刺入れ。ブランド名「mgn (エムジーエヌ) 」として展開中

「軽くて強度のあるマグネシウム合金を使った美しく機能的な名刺入れ作り。この素材を綺麗に成形するには、高い技術力が必要です。それを実現し、さらには、同じ金型で異なる性質の素材の名刺入れも作れるようにしました」
カラーバリエーションを豊富にしたり、表面の加工で味のある物を作るなどデザイン面でも磨きをかけます。数々のトライアンドエラーを繰り返しながら展開される名刺入れは、少しずつ市場に認められるようになり、今ではネット販売だけでなく、ファッション性の高いセレクトショップや百貨店の婦人服フロアにも置かれるまでになりました。

職人がプライドを持って輝ける環境づくり

名刺入れが売れ始め、体調も回復していった武田さん。あるとき、協力会社の職人さんたちが「またあそこのバカ息子が面倒なものを持ってきた」と、後ろ向きな陰口を言っているのを耳にしてしまいます。

「うちの製品をよく仕上げてくれる人たちが、影でそんなことを言っていると初めて知りました。この人たちにはプライドがないの?と、すごく悔しかった。本来、プライドがあれば、わけのわからない共感できない仕事は引き受けないですよね。仕事は一緒にやりたい相手とするものと、断れる。だけど、悪口を言う対象にもいい顔をしなければならない。そんな状況にあることを目の当たりにしました。
その人たちは、本当に良いものを作る腕利きの職人さんたちでした。この人たちに対して何かできることはないのか‥‥と、考えるようになりました。

1つの仮説として、ポジティブな環境をデザインすることができたら働く人の姿勢や意識を変えられないか?と思い立ちました。気持ちが変われば、もっと職人1人1人が自分を輝かせることができるんじゃないかと。
名刺入れの成功を通じて自分たちが学んだことは、価値を伝えるコミュニケーションの方法でした。これをもっと生かせたら、世界中の製造業を変えるきっかけにすらなるんじゃないかと思ったのです」

武田さんは、武田金型製作所の1部門として展開していたMGNETをこのタイミングで独立させます。
「金型屋なのに名刺入れの売り上げが大きすぎるという経理上の問題もあり、事業を切り離す必要があったのですが、平行して僕自身、起業したいという意識の高まりがありました。そこで、マグネシウム製品をネット販売している『MGNET』から、『Make good networks (より良い環境を作る)』 =『MGNET』という意味合いに変えて、ものづくりをしやすい環境を整えることを使命とする会社を立ち上げました。

ものづくりしたい人を呼び込める環境、ものづくりに携わる人が仕事しやすい環境を作り、それぞれが自分の一仕事の価値を認められる、肯定的に捉えられるようにしたい。さらにはその価値を次世代につないでいく。ものが作れるだけじゃなく、価値を理解して伝えられる環境を広げていこうと思っています」
こうして始まった武田さんの取り組みにより、冒頭でご紹介したFACTORY FRONTも誕生し、ものづくりの町を発信する拠点となっています。

「父はハード (製品) のための金型を作っていますが、僕はソフトの金型を作っていると言われてハッとしました。やはり親子なのですね」
価値を伝えるコミュニケーションのフォーマットという、武田さんの金型。目には見えないけれど重要な役割を果たすものですね。

最後に、今開発中の新しい名刺入れを見せていただきました。

手前が新しいもの

この新製品は、既存の名刺入れと同じ構造となっています。形を変えるのではなく、金型の精度に一層の磨きをかけたことでより美しい姿に仕上がったと言います。見比べるとその違いに驚きます。

左側が新しい商品。角のシャープさ、蓋の合わさり具合が高まっていて、同じサイズにも関わらず一回り小さく見えるほど
反対側から見ても、シャープさが伺えます。 (左が新しいもの)

見た目だけでなく、使い心地も変わっています。蓋を開く際に、これまでは蓋を止めている突起を外す「カチャッ」という音がしていました。新しいものは、突起ではなく、ピタリと蓋とケースが密着していることによって閉まっているので、開ける時の抵抗感が少なく音もしません。
力なくスルリとなめらかに開けられるので、名刺を出す所作がエレガントになりますね。発売前ですが、すでに既存のお客さまから「欲しい!」という声が上がっているほどなのだそう。 (発売は2017年10月頃の予定)

現行品の留め具の様子
新しいものには凹凸がありません

金型技術の飛躍的な向上に、新製品を開発しながら武田さんも驚いたと言います。経験による技術向上に加え、大きく変わったのは職人さんたちのモチベーション。
「最初の金型を作った時は嫌々やっていた人たちが、すごく前向きに取り組んでくれています。そのおかげで思っていた以上のレベルの製品ができました」と武田さんは誇らしげです。
職人さんのものづくりへの熱い想いが、今日も難度の高い独自技術を生み続けています。

<取材協力>
株式会社MGNET
住所:新潟県燕市東太田14-3
電話番号:0256-46-8720

文・写真:小俣荘子

食卓を彩る手のひらサイズの金属製品、燕市でつくられたプチカトラリー

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

—— なにもなにも ちひさきものは みなうつくし

清少納言『枕草子』の151段、「うつくしきもの」の一節です。

小さな木の実、ぷにぷにの赤ちゃんの手、ころっころの小犬。

そう、小さいものはなんでもみんな、かわいらしいのです。

日本で丁寧につくられた、小さくてかわいいものをご紹介する連載、第9回は新潟県燕市でつくられている「プチカトラリー」です。

手のひらにすっぽりと収まる、まるまるとしたカトラリー

フルーツやアイスクリームをほおばる時、お弁当と一緒に持ち出す時、手のひらサイズのカトラリーを用意するとなんだか心が躍りませんか?

食べる楽しみに不思議なワクワクを加えてくれるミニサイズのカトラリー。大きさだけでなく、フォルムも可愛らしいものを見つけました。

金属洋食器の生産地として有名な新潟県燕市。その技術は世界にも認められ、ノーベル賞の晩餐会で使われるカトラリーも燕市の企業が作っています。そんな燕の技術で作られたまんまるで愛らしいカトラリーです。

普通サイズのカトラリーと並べると親子のようになりました

ミニスプーン作り体験

カトラリーはどんな風に作られているのでしょうか?こちらのカトラリーの製作現場は公開されていませんでしたが、一般の人も気軽にスプーンづくりを見学・模擬体験できる場所を見つけました。燕市にある「燕市産業史料館」です。さっそく伺って、ミニスプーンづくりを体験してきました。

スプーンの製造工程の動画の展示も

燕市の産業について展示している燕市産業史料館。カトラリーについても、その歴史や生産方法など、詳しい解説と展示がされています。ここでは、手動の機械を使ったスプーンづくりが体験できます。

スプーンができるまで
いざ体験へ!
まずは、金型でスプーンの形を切り出します
スプーンの形に切り出された板が出てきました!
いくつかのプレス機にかけて徐々に形を整えていきます
柄の先に同史料館の英語名の頭文字を取った「TIMM」を刻印
最後はスプーンの皿のへこみを作ります
できあがりました!

長さ5㎝ほどの可愛らしいスプーンの完成です!

ストラップにして持って帰ることも

よくよく考えるとカトラリーの形って不思議です。スプーンを作りながら改めてそのフォルムを見ていて、先人たちが考えてきた食べやすさの工夫を感じました。
毎日訪れる「食べる」時間。その時々に合わせたお気に入りを用意して楽しみたいものですね。

<掲載商品>

プチ スプーン(ミニスプーン)(やまに)

プチ フォーク(ミニフォーク)(やまに)

プチ アイススプーン(ミニスプーン)(やまに)

プチ キャディスプーン(茶さじ)(やまに)

プチ バターナイフ(ミニバターナイフ)(やまに)

<取材協力>

燕市産業史料館

新潟県燕市大曲4330-1

0256-63-7666

文・写真:小俣荘子

9月 葉の美しさを競う「ソング オブ サイアム」

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
日本の歳時記には植物が欠かせません。新年の門松、春のお花見、梅雨のアジサイ、秋の紅葉狩り。見るだけでなく、もっとそばで、自分で気に入った植物を上手に育てられたら。

そんな思いから、世界を舞台に活躍する目利きのプラントハンター、西畠清順 (にしはた・せいじゅん) さんを訪ねました。インタビューは、清順さん監修の植物ブランド「花園樹斎」の、月替わりの「季節鉢」をはなしのタネに。

植物と暮らすための具体的なアドバイスから、古今東西の植物のはなし、プラントハンターとしての日々の舞台裏まで、清順さんならではの植物トークを月替わりでお届けします。

9月はソング オブ サイアム。どこかエキゾチックな名前ですが、秋の入り口、ブライダルシーズンも始まるこの時期にぴったりの植物なのだそうです。今回も清順さんが代表を務める「そら植物園」のインフォメーションセンターがある、代々木VILLAGEにてお話を伺いました。

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◇9月 葉の美しさを競う「ソング オブ サイアム」

ソング オブ サイアムはドラセナという植物の一種で、世界でもそら植物園でしか扱いのないオリジナルの植物です。

4月に紹介したオリーブが平和の象徴であるのは有名ですが、ドラセナ類も古くからいろいろな民族にとって幸福の象徴とされていて、例えばポリネシアの人たちは庭の玄関の前に植えたりします。

縁起が良くて育てやすいので、ドラセナは観葉植物として世界的に人気です。中でも知名度が高いのが、ソング オブ インディアとソング オブ ジャマイカ。サイアムは、ここ10年で発見された新種なんです。実は俺が命名しました。

ソング オブ サイアムを手元に寄せる清順さん

どこで見つかったかというと、タイの王族が管理する植物園の中。突然変異から生まれたんですね。俺がその王族の方から譲り受けることになって、ソング オブ サイアムと名付けました。サイアムは、タイの古い呼び名なんです。

インディアは黄色、ジャマイカは緑色なのに対して、サイアムはちょうどその中間。斑入りの葉色がなんとも美しいです。ちょっと置いておくだけでもかっこいいんですよ。

ベランダに置いてある様子

日本では江戸時代後期に、こうした葉に特徴のある植物が愛好家の間で爆発的な人気になって、葉の形や模様を愛でる「葉芸 (はげい) 」が流行したと言われています。

キリッとしたソングオブサイアムの葉っぱ

ヨーロッパで植物を愛でる時には、だいたい花や香りを楽しむんですね。葉の表情を鑑賞するというのは、日本独特の価値観です。

そんな葉芸の風情を楽しんで欲しくて、今月の植物に選びました。育てやすくて何より幸福の象徴なので、ブライダルの時期に向けて、結婚のお祝いに贈ってもいいですね。

それじゃあ、また来月に。

<掲載商品>

花園樹斎
植木鉢・鉢皿

・9月の季節鉢 ソング オブ サイアム(鉢とのセット。店頭販売限定)

季節鉢は以下のお店でお手に取っていただけます。
中川政七商店全店
(東京ミッドタウン店・ジェイアール名古屋タカシマヤ店・阪神梅田本店は除く)
遊 中川 本店
遊 中川 横浜タカシマヤ店
*商品の在庫は各店舗へお問い合わせください

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西畠 清順
プラントハンター/そら植物園 代表
花園樹斎 植物監修
http://from-sora.com/

幕末より150年続く花と植木の卸問屋「花宇」の五代目。
日本全国、世界数十カ国を旅し、収集している植物は数千種類。

2012 年、ひとの心に植物を植える活動「そら植物園」をスタートさせ、国内外含め、多数の企業、団体、行政機関、プロの植物業者等からの依頼に答え、さまざまなプロジェクトを各地で展開、反響を呼んでいる。
著書に「教えてくれたのは、植物でした 人生を花やかにするヒント」(徳間書店)、 「そらみみ植物園」(東京書籍)、「はつみみ植物園」(東京書籍)など。


花園樹斎
http://kaenjusai.jp/

「“お持ち帰り”したい、日本の園芸」がコンセプトの植物ブランド。目利きのプラントハンター西畠清順が見出す極上の植物と創業三百年の老舗 中川政七商店のプロデュースする工芸が出会い、日本の園芸文化の楽しさの再構築を目指す。日本の四季や日本を感じさせる植物。植物を丁寧に育てるための道具、美しく飾るための道具。持ち帰りや贈り物に適したパッケージ。忘れられていた日本の園芸文化を新しいかたちで発信する。

文・写真:尾島可奈子