仏像修復のプロ集団、京都・美術院が考える「良い修理」とは

例えば京都の三十三間堂の千手観音像や、奈良の東大寺南大門に立つ金剛力士像。

数百年前の名作を今、私たちが目にできるのは、ある「仕事」のおかげです。

文化財修理。

個人の仏師さんや工房が修理を担うケースもありますが、中でも国宝指定の仏像の修理を日本で唯一許されているのが「公益財団法人 美術院」。

美術院

明治31年、文明開化に沸く国内で、日本美術の復興を指導した岡倉天心がその母体を作りました。

現在は京都、奈良の国立博物館内と京都市内に修理所を構え、総勢40名の技術者が所属。修理の対象は仏像をはじめ能面や絵馬、石灯籠まで幅広く、年間50〜60の案件を受け持ちます。

驚くべきはその作業に費やす時間。

一度の依頼でまとめて数件を頼まれることも多く、1年から数年をかけて修理を行うのが通常。中でも昨年修理を終えた三十三間堂は、千体に及ぶお像の作業を終えるまで、実に45年の歳月を費やしました。

普段は閉ざされている修復の様子を今回は特別に、見せていただけることに。京都市内にある修理所を訪ねました。

京都、文化財修理の現場へ

白い作務衣をきて、相談し合う女性二人。

美術院

美術院の技師、高田さんと浜田さんです。

今まさに修理中のお像について、高田さんに浜田さんが指示を仰いでいます。

美術院

「仙寿院宮 (せんじゅいんのみや) さまという、江戸時代の尼僧の方の坐像を修理しています」

こちらが仙寿院宮坐像
こちらが仙寿院宮坐像

所蔵は、金閣寺、銀閣寺とともに臨済宗大本山相国寺の山外塔頭 (さんがいたっちゅう。本山の敷地外にある子院) を成す眞如寺 (しんにょじ) 。京都市にあり、五山十刹のうち十刹のひとつに数えられた古刹です。

その仏殿にはお寺にゆかりのある4名の尼僧像があり、2014年から順に修理がスタートしました。

仙寿院宮坐像はその最後の1体。来年3月の完成を目指しているといいます。(※修復は2019年4月に完了しています)

「これまでやってきた中でも、尼門跡のお像を4体も続けて修理することは初めての経験でした。不思議なご縁で、修理も女性二人でさせてもらっています」

尼僧像が複数まとまってひとつのお寺にあるのは、全国的にも珍しいことなのだそうです。

なぜ修理が必要になるのか?

「現地確認に伺った際は、どのお像も表層の剥落が目立っていました。今残っている当初の彩色をこれ以上失わないよう修理し、剥落してしまったところを補彩 (ほさい) するのが、今回の主な修理です」

像は木彫りの上に、膠 (にかわ) で溶いた顔料で彩色されています。この膠が年とともに劣化し、木自体も痩せていくことで、彩色した層が剥がれ落ちたり、ひび割れてしまうのです。

手前の写真は修理前の様子。剥がれ落ちた表面の彩色片が、膝の部分に見受けられる
手前の写真は修理前の様子。剥がれ落ちた表面の彩色片が、膝の部分に見受けられる
手前の写真では表面のひび割れや彩色の剥落が確認できる
手前の写真では表面のひび割れや彩色の剥落が確認できる
すでに修理を終えた尼僧像の中には、このように一度解体してから修理を進めたものも
すでに修理を終えた尼僧像の中には、このように一度解体してから修理を進めたものも

「だいたい膠はもって100年。彩色の層などを見ると、このお像も17世紀に作られてから100年サイクルで修理がされてきたようです」

つまり、おそらくは今回が4回目となる、21世紀の修理。

技師は自ら現場に赴き、こうした像の状態を確認します。修理所までの運搬も、基本は自分たちでするそうです。

作られた当初の姿を見つけ出す

修理を始めてわかったのは、前回の修理とお像が作られた当時の肌色の差。

修理前の仙寿院宮像の頭部
修理前の仙寿院宮像の頭部

「前回の修理は江戸〜明治の頃にされたようなのですが、肌は真白く塗られていました。ですがその下から、より実際の肌色に近い色層が出てきたのです」

美術院が修理の上で重んじているのは「作られた当初の姿を大切にすること」。

この仙寿院宮像の場合は、江戸期に施された色層を除去して、元々の肌色に近い色を作るところから修復が始まりました。

「この色づくりが大変で。多くの時間を使います」

今回は、衣部分の下に隠れて色が後世に上塗りされていなかった、首まわりの色だけが頼り。

えりあわせの部分に、元々の色彩が残されていました。ここに近づけるため、白い板の上で色を試作していきます
えりあわせの部分に、元々の色彩が残されていました。ここに近づけるため、白い板の上で色を試作していきます

ちょうど肌色を作っていた作業台には、緑や青の顔料も並んでいました。理由を浜田さんが説明してくれます。

美術院、作業台の顔料

その工程、まるでお化粧のよう

「こうして自分の手を見てみても、血管の上は緑や青っぽい色に見えたりします」

美術院

「なので彩色をするときも、少し青系の色を混ぜたりするんです」

修理所の壁にずらりと並んだ顔料
修理所の壁にずらりと並んだ顔料
こうしてできた色で、肌の部分をムラなく塗り進めていく
こうしてできた色で、肌の部分をムラなく塗り進めていく

このお像に限らず、肌色を作るときには通常5種類以上の色を使うそうですが、今回はさらにひと工夫を加えたそうです。

「通常は継ぎ足しながら使う顔料も、今回は女性らしい肌色を作るということで、くすみが出ないように全て新しいものをおろしました」

こうして肌色が整えられた仙寿院宮像。ふっくらと柔らかな印象
こうして肌色が整えられた仙寿院宮像。ふっくらと柔らかな印象

それってまるで‥‥

「お化粧みたいですよね」

すでに修理が済んでいる3体は、高田さん、浜田さんの手によって無事に「お色直し」が済み、修理前とはまるで別人のような姿に生まれ変わっています。

先に修理が完了したお像のひとつ。見違えるほど表情は生き生きと、衣は色鮮やかに
先に修理が完了したお像のひとつ。見違えるほど表情は生き生きと、衣は色鮮やかに

「後世の彩色で埋まってしまっている彫刻の線などもあったのですが、例えばシワの一本一本、彫刻に沿って再現すると、より表情が豊かになっていきます。

だんだんお顔が生き生きとされてくるのを見ると、やはり嬉しいですね。眉や唇も、どうしたら女性らしく、元のお姿に近づくか考えながら彩色しています」

先の3体の修理を思い返す高田さんの表情は、とても楽しそうです。

お像に命を吹き込むように

顔の彩色は、お像に命を吹き込む大切な作業。

当初の姿に近づけるために、伝来の肖像画なども参考にします。表情を決める顔のパーツはいきなり描かずにまず和紙を貼り、その上から色や形を試すそうです。

生前の肖像画がこちら。眉や目元、口元をこれらの資料をもとに仕上げていく
生前の肖像画がこちら。眉や目元、口元をこれらの資料をもとに仕上げていく
美術院

「こうして絵を見ると、衣も実際に着ておられたものを再現しているのだとわかります」

衣の部分のクローズアップ
衣の部分のクローズアップ
実際の坐像の様子。肖像画と同じ金色の模様がわずかに見てとれる
実際の坐像の様子。肖像画と同じ金色の模様がわずかに見てとれる

肖像画は、衣部分の修復にも重要な資料です。表層が剥落して模様が欠けてしまっている部分は、こうした資料や周辺の図柄を根拠にして補うそう。とてもクリエィティブです!

背中の欠けた模様を、周辺の図案も参考に、映し紙などを駆使しながら補っていく
背中の欠けた模様を、周辺の図案も参考に、映し紙などを駆使しながら補っていく
色味もこうして再現
色味もこうして再現
残された手がかりをもとに、完成した時の姿を想像しながら彩色していくそう
残された手がかりをもとに、完成した時の姿を想像しながら彩色していくそう

「お像の様子を見ていると、彩色もお顔の表現も、生前のお人柄まで映しだそうという思いで施してあったんだろうなと想像できるんですね。

例えばこちらの方は、亡くなった翌年にお像が作られたことがわかっています」

美術院で修復された真如寺の尼門跡坐像

「きっと面影がすごく残っている状態で彫刻をしたのではないかなと。でなければここまで写実的には彫れないんじゃないかと思うんです。

そういう思いで作られた当初のお姿に戻っていただくのが、いい修理ではないかなと思っています」

美術院の目指す修理とは

高田さんの目指す「いい修理」は、修理の見学後に美術院所長の陰山さんに伺ったお話とも、符合していました。

所長の陰山さん。昨年まで現場で技師を務めていらっしゃいました
所長の陰山さん。昨年まで現場で技師を務めていらっしゃいました

「作られた当初の姿を大切にして、文化財を守り伝えることが我々の仕事です。

そのためには『ものに学んでいく』ということが、一番大切なところだと思います。

上から覆い隠すのではなく、そのものの一番いいところを引き出す。

そのために修理は手作業で行なうことを重んじています。

作った当時の作者と同じ苦労をしてみることで、得られる気づきがあるからです」

例えば今日修理していたお像には、金泥 (きんでい。金粉を膠で溶いたもの) が何層にも焼き付けられていたそう。高田さんは「きっと衣の金の刺繍の立体感を表しているのだと思う」と語り、同じように修復を施します
例えば今日修理していたお像には、金泥 (きんでい。金粉を膠で溶いたもの) が何層にも焼き付けられていたそう。高田さんは「きっと衣の金の刺繍の立体感を表しているのだと思う」と語り、同じように修復を施します

「体や道具の動きをなぞって感じ取った作者の意気込みや思いを、修復する手先の一つ一つにのせていけば、それがきっと後世にも伝わる。それが、いい修理なのではないかと思います」

美術院

「だからこの仕事をする人には、そのものの本来のいいところを見ようとする『目』が大事なんです」

実は技師の高田さんも浜田さんも、ご実家などにゆかりのある仏像がこの場所で修理される様子を見学したのをきっかけに、この仕事を志したと言います。

二人の心に深く残った当時の技師の方はきっと、今のお二人のように静かにひたむきに、数百年以上前の作者と向き合っていたのだろうと思います。

「修理は、ここではなくお寺に戻られたときがやっと完成ですね。

あるべき場所に、あるべき姿でお戻しできると、お像がどこかホッとされたようなお顔に見えるんです。その瞬間が一番安心しますね」

最後にそう語った高田さん。

現在の眞如寺には、仙寿院宮坐像に先駆けて高田さん、浜田さんが修理を手がけた坐像が3体、静かに並んでいます。

ご住職のご厚意で、その修理後のお像の様子を実際に見せていただけることに。

次回は、修理の依頼主である眞如寺を訪ねて、お像の由緒や修復プロジェクトの背景に迫ります。

※後編の記事はこちら:「まるで生きているよう。100年ぶりに蘇った「ある女性たち」を訪ねて、秋の京都へ」

<取材協力> *掲載順
公益財団法人 美術院
http://www.bijyutsuin.or.jp/

眞如寺
京都市北区等持院北町61
https://shinnyo-ji.com

*こちらは、2018年10月22日の記事を再編集して公開しました

「熊野筆」の選び方をプロに習う。最初の1本にはチークブラシがおすすめ

化粧筆といえば熊野筆。1本は持ってみたい憧れの化粧道具のひとつです。

熊野は地名ですが、どこにあるかはみなさんご存知ですか?

正解は広島県。

人口24000人ほどのこの町には、約100社の熊野筆メーカーがあります。なぜそんなにたくさん?どうやって選んだらいいの?今回は熊野筆の秘密と魅力に迫ります。

熊野筆のルーツをさぐる旅。山あいの村が全国一の産地に

熊野筆 広島

熊野筆は広島県・熊野町で作られる筆の総称です。名乗るためには以下の条件をクリアしなければなりません。

①穂首を熊野で製造すること。
②使用する原毛は、獣毛、化繊毛、植物繊維、羽毛、胎毛等。
③製造は熊野町内。但し、外注先は周辺地域も可。
①~③の条件を満たす、書筆、日本画筆、洋画筆、化粧筆、刷毛。

<熊野筆セレクトショップ公式サイトより引用>

中でも100年以上継承された技術や原材料により熊野町内で製作した書筆、日本画筆は、国の「伝統的工芸品」に指定されています。

今では全国で生産されている書道用の毛筆、画筆、化粧筆いずれも、その8割以上が熊野町産。しかし、もともと筆づくりに適した土地だったかというと、どうやらそうでもないようです。

熊野町は四方を山に囲まれた盆地の小さな村。平地が少なく農業だけでは生活が厳しかったために、農閑期を利用して、古くから奈良方面へ出稼ぎに行っていたそうです。

奈良は古くから墨や筆づくりが盛んな地域。村の人は出稼ぎ先で得たお金で墨、筆を仕入れ、帰りながらそれを売り歩くことで生計を立てていたのだとか。

江戸末期には、本格的に他の地域で筆づくりを学んでくる人も現れ、村の産業に発展しました。

ただ、筆づくりの原材料がもともと豊富だったわけでも、土地の条件が筆づくりに適していたわけでもありません。

次第に他の産地が近代的な工業へ生業を移し替えていく中でも、山あいの熊野町には新しい産業が入らず、筆づくりが受け継がれました。そうして一途に継承されてきた技術が、今の日本一の筆産地を生み出したと言えそうです。

初めての熊野筆を選ぶ。化粧道具のプロのおすすめは?

今も24000人の住民のうちおよそ1割の2500人が筆作りに携わり、地域内には約100社もの熊野筆メーカーが軒を連ねます。とはいえ、そんなにたくさん種類があったら、選ぶのに迷ってしまいそう。では、熊野筆はどう選んだら良いのでしょう?

実は、熊野町が運営する熊野筆のセレクトショップ「筆の里工房」が全国に4店舗あります。うち3店舗は広島県内、1店舗は東京銀座です。

数十あるメーカーさんから、銀座店では7社の熊野筆が置かれています。今では通販でも買える熊野筆ですが、せっかくならはじめの1本は、化粧道具のプロから説明を受けておすすめを選びたいところ。

早速伺ってみると、フェイスブラシ、リップブラシ、チーク用、アイブロウ用と様々な化粧筆がずらり。熊野筆ではじめの1本を買うなら、まず何を買ったらよいのでしょう?

店員さん:
「筆の質の良さを体感しやすいチークブラシがおすすめです。柔らかくチークを入れたい人は、繊細なリスの毛を使ったブラシがいいですよ」

試しにと手の甲に筆を滑らせてもらうと、もうずっと触れていたくなるような柔らかな肌ざわりです。

はっきりと色をのせたい人や固形のチークを使う人は、より固い毛質の、山羊の毛のブラシがおすすめだそう。同じチークブラシでも用途によって使う毛の種類が違うのですね!

「そうですね、筆を選ぶポイントは今言った毛質の他に毛量・穂先の形・軸(手に持つ部分)のデザインがあります。筆の作り方もメーカーさんによって微妙に違うんですよ」

なるほど。まずはどんなお化粧をしたいかを考えて、最後はデザインも含めて、自分の好みで選ぶ。筆選びに迷った時は今回のように相談したら良いのですね。

せっかくなので熊野筆をもうひとつ、より手軽に普段のお化粧にも取り入れやすそうなものを見つけました。リップブラシ。

熊野筆 リップブラシ

これはほとんどのメーカーさんがイタチの毛を使うのだとか。持ち運びもしやすいですし、いつでも良い化粧道具を携帯していると思うと、気持ちも豊かになりそうです。

手作業にこだわる熊野筆。機械化できないそのワケとは

毛筆の選毛工程
毛筆の選毛工程

お店に伺って実感したのが、今更ながら多くの筆が動物の毛でできているということ。そして用途に応じてベストな毛質のもので作られているということでした。

例えばイタチの毛はコシが強く毛先がよくまとまるため、リップブラシのように細い線をくっきり出すのに向いています。対して、山羊の毛は材料の含みが良く耐久性もあるので、はっきり色をのせたいお化粧や固形の素材にも相性が良いそうです。

熊野筆を作る工程のほとんどは今も手作業。その理由は、生き物の毛の質を見分け、同じ質のものを集め、揃えて、油分や汚れを取り、束ねてひとつの筆先(穂先)にまとめ上げるという一連の工程が、機械ではできないため。

自分の髪に置き換えてみると分かりやすいですね。1人の人間でも、箇所や年齢によって生え方のクセや色も様々に異なります。それを異なる材料から選り抜いて1本の筆の穂先としてまとめ上げるまでを想像すると‥‥その手間隙たるや。

実は町では以前、毛筆で「動物の毛の油分を抜き取る工程」の機械化を研究したのですが、結果として「機械化は難しい」との結論に至ったそうです。

はじめて選んだ熊野筆。ずっと触っていたくなる触りごこちに気の遠くなるような工程を重ねて、大事に使おう、と思い致すのでした。

<取材協力>
筆の里工房
http://fude.or.jp/jp/


文:尾島可奈子
*こちらは、2017年1月5日の記事を再編集して公開しました

連載「キレイになるための七つ道具」

美しくありたい。クレオパトラや楊貴妃のエピソードが今に伝わるほど、いつの世も女性の関心を集めてやまない美容。

様々な道具のつまった化粧台は子供の頃の憧れでもありました。そんな女性の美を支えてきた化粧道具を七つ厳選。「キレイになるための七つ道具」としてその歴史や使い方などを紹介していきます。

雨の日のプレーは靴下で変わる?アスリートに愛されるスポーツソックスづくりの現場

例えばサッカーの試合では、サポーターは「12人目の選手」と呼ばれるほど心強い存在。それと同じくらい、選手の身につけるウェアや道具もパフォーマンスを支える大切な「相棒」です。

古都・奈良にある株式会社キタイさんは、世界的なスポーツブランドの靴下も手がける、スポーツソックスづくりのスペシャリスト。日本のプロサッカー選手にもファンがいるといいます。

アスリートを足元から支えるキタイさんに、知られざるスポーツソックスづくりのお話を伺いました。

代表の喜夛(きた)さんが開発の極意を語る前編と、そのスポーツソックスの技術を駆使して実際に作られた靴下にせまる後編の、2話でお届けします。

※後編の記事はこちら:スニーカーでもパンプスでも「脱げない」フットカバー。プロサッカー選手も認める靴下メーカーの挑戦

複雑な靴下の機械
複雑な靴下の機械

「雨が降っても試合をするか」で、靴下の設計は変わる

訪れた奈良は、全国の生産量の5割を占める日本有数の靴下産地。数ある靴下メーカーの中でも、キタイさんはその高い技術力で早くからスポーツソックスづくりを得意としてきました。

インタビューに応じてくださった代表の喜夛(きた)さん
インタビューに応じてくださった代表の喜夛(きた)さん

「うちのメイン商品であるスポーツソックスはニッチなマーケットですが、ゴルフ用、サッカー用、ランニング用、それぞれに要求があって、靴下に求められる役割が異なります」

実際に工場で製造中だった靴下。つま先を綴じる前の状態
実際に工場で製造中だった靴下。つま先を綴じる前の状態

「雨が降っても試合をやめないサッカーのようなスポーツもあれば、雨天では中止する野球のようなスポーツもある。

雨の中でも試合をするなら、素材には水をよく吸う綿を使ってはダメですよね。水は吸わず、かつ晴れの日も快適な履き心地の、全天候型の靴下が必要になります」

試合をするコンディションを想定することから製品の設計が始まるんですね!確かに競技によって求められる機能も違いそうです。

「靴下づくりには、生地を編んでいく専用の特殊な機械を用います」

見るからに複雑なつくりの靴下編み機

「編み機そのものの性能がいいことももちろん必要ですが、ニーズに応える機能性を生み出せるかどうかは、機械の動きを設計するプログラムのアイディア次第です」

編み立て機の操作盤に差し込まれていたUSB。この中の設計図を読み取って靴下が編まれる
編み立て機の操作盤に差し込まれていたUSB。この中の設計図を読み取って靴下が編まれる

「ところが開発途中っていくつも壁に当たるんですね。『こういう靴下を作りたい』という強い思い入れがないと、つまづいた時に次を考えるエネルギーって生まれてこないんです。

その編み機をどう使い、何を作りたいのか。ノウハウと思い入れ、どちらも深いほど高付加価値の製品が生まれてくると思います」

実際のプログラム画面。組織図や機械への指示が細かく書き込まれている
実際のプログラム画面。組織図や機械への指示が細かく書き込まれている

機械の性能を熟知し、最大限のパフォーマンスを引き出すプログラムを考える。実際に作ってみたら、あとはひたすら試し履き。

その上でもし、その編み機で解決できない問題点にぶつかったら、それをクリアする新しいシステムを考えてくれないか、と機械メーカーにオーダーを出すこともあるそうです。

「そうすると、100の性能だった機械から、110、120というレベルの製品が作れるようになりますよね。これによって、世界中でもキタイにしかできないような、競争力のある製品を生むことができるんです」

実はこのスポーツソックスのづくりの高い技術を生かして、キタイさんが問題解決に取り組んだ靴下がありました。

それはこれからの季節に活躍するフットカバー。

ぬげにくいくつした

フットカバーの困りごとといえばやはり、脱げやすさです。次回、この「脱げやすい」フットカバーをキタイさんの誇る最新技術で「脱げにくく」した、その開発物語をご紹介します。

<掲載商品>
ぬげにくいくつした(2&9)

<取材協力>
株式会社キタイ


文・写真:尾島可奈子


*2017年4月の記事を再編集して掲載しました。

父の日に贈る、中川政七商店の「靴のお手入れ道具」

たとえば1月の成人の日、5月の母の日、9月の敬老の日‥‥日本には誰かが主役になれるお祝いの日が毎月のようにあります。せっかくのお祝いに手渡すなら、きちんと気持ちの伝わるものを贈りたい。

この連載では毎月ひとつの贈りものを選んで、紹介していきます。

父の日の贈りもの、中川政七商店とコロンブスが作った「靴のお手入れ道具」

今回のテーマは「父の日に贈るもの」です。

もともとアメリカで母の日が始まった後、せっかくならお父さんに感謝する日も、と始まった記念日。

すでに当日なのでもうプレゼントは買ってある、という人も多いかもしれませんが、今回はわたしが以前に父の日用に探して、つい自分も欲しくなったものをご紹介します。

それが中川政七商店とコロンブスが作った「靴のお手入れ道具」。

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国内トップシェアを誇る靴のお手入れアイテムの老舗、コロンブスと中川政七商店が「初めての人でもまずこれだけあればOK」な基本セットとして作ったのが、今回の「靴のお手入れ道具」です。

働くお父さんなら仕事上、ベーシックな色の革靴を何足か履きまわす、という人も多いのではと思います。もともと持っている愛用のものに磨きをかける道具なら、好みを選ばず喜んで使ってもらえそうです。

靴のお手入れクリームの秘密

内容は、靴のほこりを払うブラシ、汚れを落とすクリーナーに保革クリーム。付属のカットクロスにつけて使います。

中川政七商店「靴のお手入れ道具」

この靴を手入れするクリーム、何からできているかご存知ですか?実は動植物の、様々な成分のミックスでできているのです。

革用クリームの開発は、革の開発との追いかけっこ。

トレンドに合わせて新しい質感の革が開発されると、革用のクリームもそれに合ったものが作られます。

コロンブスさんの製造現場の様子
コロンブスさんの製造現場の様子

今回の「お手入れ道具」に入っているのは、靴以外にもハンドバックや革小物にも使えるオールラウンドタイプのクリーム。

主な成分は「カルナバ」「スクワラン」「コーンスターチ」。カルナバは南国に生息するヤシの木、スクワランはサメから抽出された保湿成分、そしてコーンスターチはとうもろこしです。

自然界ではおよそ出会うはずのなかったもの同士がミックスされて、それぞれ靴のツヤ出し、保湿、表面をサラッとさせる、などの効果を発揮します。

革ごとに適切な成分を選び抜き、目指す効果を最大に発揮できる塩梅で組み合わせるのが、開発メーカーの腕の見せどころ、というわけですね。

プロに聞くお手入れのコツ

中川政七商店「靴のお手入れ道具」

営業の窪田さんに、靴のお手入れのコツを伺いました。

「革製品は、しっかりとお手入れすることで長持ちします。大切な靴を長く履き続けるにはビフォアケア、つまり履く前にコンディションを整えておくことが重要です。

革も人間の肌と同じです。革の組織の中には15~18%の水分が含まれていて、そのままにしておくと表面から油や水分が抜け、カサカサ肌になってしまいます。

ひどくなるとケバケバが出たりひび割れを起こします。人間なら薬などで治りますが、革は一度なってしまうと修復不可能です。

そのため革本来の風合いや潤いを守るには、ケアする事がとても大事になるのです。

きちんとお手入れすれば、天然皮革に勝る素材はありませんよ!」

また、「靴につく汚れは水性なのか油性なのかわからない場合があるので、このクリーナーは両面の汚れに対応できるように作られています」とのこと。

日常生活に密着したお手入れアイテムのお話は面白く、奥深く、使う人の生活を親身に考えて開発されているのがうかがえました。

「いい靴を履くと、その靴がいい場所へ導いてくれる」

これは、イタリアの格言だそうです。

よく手入れされた靴は見た目の印象をよくするだけでなく、履いて過ごす時間や気持ちをぐっと充実させてくれるように思います。

父の日の贈りもの。

「ありがとう」と面と向かって言うのはなかなか照れくさいですが、使う人の日常を思って選んだものなら、きっと喜んでくれるはず。

贈った後に一緒に使ったら、家族の会話も増えそうですね。

<取材協力>
株式会社コロンブス
東京都台東区寿4-16-7(本社・ショールーム)
http://www.columbus.co.jp/

<掲載商品>
靴のお手入れ道具(中川政七商店)


文:尾島可奈子


*2017年6月掲載の記事を再編集して掲載しました。湿気の多い梅雨から日差しの強い夏に向かうこの時期。寒暖差の激しい今から、しっかり靴のお手入れをしておきたいなと思います。

お茶を美味しくする茶器の選び方

こんにちは。細萱久美です。

みなさんは珈琲とお茶で言えばどちら派でしょうか。私は、外では珈琲も飲みますが、家だとほとんどお茶ばかり飲んでいます。

最近では、勢いのある珈琲に押され気味なお茶ですが、日本では温暖な地域を中心に複数の産地で相当数の銘柄のお茶が作られています。また、お茶を淹れる急須の産地もいくつかあり、常滑、萬古、信楽などの陶器から有田の磁器、鉄の南部鉄器あたりが有名です。

むしろ日常で当たり前に出てくることも多いお茶ですが、それだけ日本には古くからお茶文化がある訳で、個人的に好きなこともありますが、改めてお茶の美味しさ、楽しさを提案したいと思います。

お茶を楽しむために欠かせない茶器選び

ひとくくりにお茶と言っても、煎茶、ほうじ茶、紅茶、フレーバーティー、雑穀茶、ハーブティーなどあらゆるお茶を、時間や気分によって飲み分けています。

珈琲にも産地やブレンド、焙煎などで多種多様な種類と飲み方がありますが、お茶も種類によって形状から違いがあり、香り・味・水色(すいしょく)もそれぞれに特有なものがあります。そこを上手に引き出すのが、お茶を楽しむ醍醐味と言ってよいかもしれません。そしてその醍醐味を味わうには、お茶に合わせて茶器、とりわけ注器を選ぶことが、美味しさを引き出すポイントになります。

そこまでこだわるのは面倒‥‥と感じるかもしれませんが、これをきっかけに、まずはお茶を急須でていねいに淹れてみようと思っていただけると嬉しいです。

ちなみにハーブティーは別として、日本茶・紅茶・中国茶などの「茶」はすべてカメリア・シネンシスというツバキ科の茶の樹から作られており、それが土壌や気候、特に製法によってさまざまな種類のお茶になります。

烏龍茶に代表される中国茶は実に1000種を超えると言われており、日本茶とは文化も飲み方も異なるので、今回は日本茶を基本に、私個人がおすすめする茶葉と注器の組み合わせをご提案いたします。写真の器は私物ですが、形の参考としてご覧ください。

日本茶で一般的に普段よく飲まれているのは煎茶、ほうじ茶、番茶、玄米茶などでしょうか。特に緑茶のうま味が好きな方は玉露やかぶせ茶も飲まれると思います。うま味を引き出すには低めの温度、香りや渋味を引き出すには高めの温度が向いているので、玉露は60度、煎茶で約80度、ほうじ茶や番茶、玄米茶は100度に近いお湯で淹れます。お湯の温度は、注器の種類にも関係してきます。

急須

急須(作家:伊藤雅風)

煎茶に向いている注器は、ご存知「急須」です。急須は、注ぎ口と直角に持ち手が付いていて、基本の持ち方は、急須を持つ手の親指で蓋を押さえながら、最後の一滴まで絞り切るので、形・サイズなどの持ちやすさは必ず確認しましょう。

陶器と磁器だと、どちらかと言えば陶器がおすすめです。陶器の粘土素地によって雑味が取れ、角のない味のお茶になると言われています。実際に香りは残りやすいので、洗剤の使用は避けましょう。

急須の有名な産地、愛知の常滑や、三重の萬古焼はいずれも陶器製です。形、サイズも様々ですが、茶葉にお湯が回りやすいことと、洗いやすさの点では、蓋がやや広めの形状が使いやすいと思います。

絞り出し

絞り出し
絞り出し(産地不明)

絞り出しという持ち手のない注器もおすすめの形です。持ち手が無いので置き場所もコンパクト、茶漉しも無く洗うのも簡単です。

こんなミニマムな茶器があると気軽にお茶を淹れられます。ただし、手に持つので熱湯で淹れるお茶には不向き。玉露や煎茶を低温で淹れるのに適しています。玉露などの産地でもある宇治では古くから使われている形です。

絞り出し急須(萬古焼 カモシカ道具店)
絞り出し急須(萬古焼 カモシカ道具店)

こちらは、「絞り出し」に持ち手が付いたタイプ。持ちやすく、お茶を絞り出しやすく、洗いやすい形に工夫されています。絞り出すとは、お茶の旨味を最後の一滴まで絞り出すこと。美味しいお茶を、日々気軽に淹れるには便利な急須です。茶葉も煎茶や玄米茶、ほうじ茶など比較的万能です。

土瓶

土瓶(手前が作家:小川甚八に金継ぎ 奥が京焼き)
土瓶(手前が作家:小川甚八に金継ぎ 奥が京焼き)

熱湯でたっぷりと淹れたいほうじ茶や番茶には、土瓶タイプの注器がおすすめです。

土瓶は、上部に蔓形の持ち手が付いていて、名前からも分かるように、陶器が多いですが磁器の土瓶もあります。比較的大振りなものが多く、茶葉の大きなお茶は入れやすく、茶葉も広がりやすいので美味しく淹れることができます。

厚手だと保温力にも優れ、お代わりも熱いまま。我家の夕食後は、雑穀茶がお決まりで、土瓶にお湯を足しながらたっぷり飲みます。姿もゆったりとおおらかなので、リラックスタイムにはぴったりです。

今ではわずかになった直火にかけられる煎じ土瓶が始まりで、良質な耐火土が採れる伊賀は土瓶や土鍋の産地として有名です。煎じ土瓶は私も使ったことがなく、特殊ではありますが、ちょっとした憧れもあります。

ポット

ポット(作家:加藤財)
ポット(作家:加藤財)

注器の形状で言うと、あとはポットがあります。ポットは、注ぎ口と正反対側に縦のわっかの持ち手がついたもの。ティーポットと言うと紅茶のイメージですが、中国茶を入れる小さめの注器もポットの形状が主流です。

今は、色々なデザインのポットがあって、何専用ということもありませんが、適したサイズ感はあると思います。最近では和紅茶も流行っており、紅茶はポットの中で湯が対流することで茶葉がよく開くため、ある程度大きく、丸みのあるポットが最適です。耐熱ガラスのポットだと、対流がよく見えて楽しいですよ。

番外・耐熱グラス

耐熱グラス(HARIO)
耐熱グラス(HARIO)

注器ではないので番外になりますが、耐熱グラスです。二重構造なので、熱いお茶も普通に持てて便利です。やはり手軽さが魅力のティーバッグもよく飲みますが、ティーバッグでも、きちんと蒸らすと蒸らさないでは味も香りも変わります。

おおまかではありますが、それぞれのお茶に適した注器の紹介をさせて頂きました。お気に入りの茶器を見つけたら、何度か淹れてみてお好みの味わいを見つけましょう。

お茶を淹れることはさほど難しいことではなく、人に淹れてあげる気持ちで淹れるといつもより少し美味しくなるかもしれません。

お茶は喉の乾きを潤す以外に、「お茶の時間を愉しむ」といった、お茶を介して時間や空間を愉しめるものだと思います。ちょっと凝り始めたら、お茶と茶器を取り合わせた気軽なお茶会も楽しいですよ。自分に合ったお茶時間をお愉しみください。

<掲載商品>
かもしか道具店
しぼり出し急須

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

ホームページ
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文・写真:細萱久美

※こちらは、2017年1月14日の記事を再編集して公開しました。お家で過ごす時間が少しでも楽しいものになるように、茶器にこだわってみてはいかがでしょうか。

茶道の「型」を身につける意味。既にあるものを自分の体に沿わせていく

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

着物の着方も、お抹茶のいただき方も、知っておきたいと思いつつ、中々機会が無い。過去に1、2度行った体験教室で習ったことは、半年後にはすっかり忘れてしまっていたり。

そんなひ弱な志を改めるべく、様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」を企画しました。第一弾は茶道編です。30歳にして初めて知る、改めて知る日本文化の面白さを、習いたての感動そのままにお届けします。

◇掛け軸に隠されたメッセージ

8月某日。
今日も神楽坂のとあるお茶室に、日没を過ぎて続々と人が集まります。木村宗慎先生による茶道教室10回目。床の間には涼しげな掛け軸が。うちわに孔雀の羽が描かれています。

床の間の様子

「これまで帛紗、茶杓、茶筅と道具ひととおりを見てきましたね。そろそろ、所作をできるようになっていってもらおうと思います。

極端なことをいえば、お点前をしなくてもお茶は飲めます。でも、動作自体も一つのおもてなしのサインとしてお客さんに受け取ってもらおうと思えば、話が変わってきます。

なんでもないような帛紗さばきも、ものをゴシゴシと拭いて汚れを拭い去ろうというものではなく、絹の帛紗を使い、きちっとした清らかな動作を通して、ものを清めているわけですね。

神社で神主さんが厳かな動作で出てきて御幣 (ごへい) を振る、その一連の動作がいかにも頭を垂れるにふさわしい雰囲気をまとっているのと、一緒です。

今日の床の間の掛け軸も、孔雀の羽にうちわで涼しそうですね。‥‥でもいいですが、実はその奥にもうひとつ物語がありますから、そこまでを汲み取ってこそ。京都なら先月使った方がいいくらいの掛け軸です」

孔雀の羽が描かれた真白いうちわ

「この絵は、祇園祭の山鉾 (やまほこ) 巡行でお稚児さんがかぶる『蝶とんぼの冠』を飾る孔雀の羽を表しています。残暑きびしき折に軽い感じで掛ければそれはそれ、でも祇園祭の頃に掛けたら気づく人もいるであろう、ということですね。

興味を持って接すれば、物事にはそこに見える以上の奥行きがあります。それを紐解いて使っていくことが大切です」

◇見て、学ぶ

改めて心得を伺いこれからいよいよ実践、と緊張が高まる中、それを和らげるように今日のお菓子が運ばれてきました。

菓子鉢は涼しげな江戸切子の器。江戸時代に作られたものだそうです
菓子鉢は涼しげな江戸切子の器。江戸時代に作られたものだそうです

お茶もいただいて、二服目はいよいよ自分たちでお茶を点てていきます。

「体全部の関節を駆使しているようなイメージで体を使えるようになると、本当にきれいですよ」との先生の指導とお手本の所作に全神経を集中させて、見よう見まねでやってみます。

先生の言葉と身振りを必死に体で再現します
先生の言葉と身振りを必死に体で再現します
柄杓ひとつ持つのも美しく
柄杓でお湯を入れたら‥‥
柄杓でお湯を入れたら‥‥

「柄杓は長いので、昔は弓矢を作る人が作ってくれていたものなんです。だから所作でも弓矢の扱いと似通わせているところがあります。器にお湯を入れたら、そのあとの所作はひきしぼっていた弓矢をパッと放つ時の手の形をします」

弓矢を放つように、とはなかなかうまくゆきません
弓矢を放つように、とはなかなかうまくゆきません
お茶を点てることに必死になっていると、顔はまっすぐ、と先生から指導が
なんとか一服、点てられました

「みなさんも見学ですよ。自分がやるときのことを思って、見て学ぶんです」

先生の声がけにお茶室内の空気がさらに静まって、澄んでいくようです。

2服目でいただいたお菓子は、先生が萩のお土産で持ってきてくださったもの。夏みかんの砂糖漬けです。銀のお皿はわざと木の皮(へぎ)のように見える細工がしてあります

一人、また一人とお点前を終え、新しいことをやってみる緊張とできたときの嬉しさで教室全体が熱気を帯びる中、先生から思いがけない提案が。

「今日は真夏のことなので、最後は氷水でお茶を点ててみましょう」

◇型を体に沿わせる

「冷水点て」の一式
こちらが「冷水点て」の一式
たっぷりの氷で冷やされている様子は、見るだけですっとします
涼しげな棗は、バカラのもの。もともとお化粧用のパウダー入れとして作られたものだそうです!

全員が氷水でのお点前も終えたところで、最後に生徒が活けたお花を先生が少し手直ししてくれします。

先生の手直しの様子

「突き刺すように入れてはダメですよ。お花はいくつ入れても、一本の枝からでているように見えないといけません。花材を買う時は、事前に今日行きますからこういう花材を用意しておいてください、と伝えておけば、いいものをお花屋さんが選んでくれますから」

紫の花弁が凛と映えます

花には花の「型」がある。お茶を学びながら、少しずつそのまわりへと気づきが広がっていきます。

「今日はひと通りお点前を経験してもらいました。せっかくこうしてお稽古にきているのですから、大切なのは帛紗をたためるようになることよりも、何かひとつの物事をする時に、何気ないこともおろそかにせず、きちっと向き合って取り組む癖を、身につけることです。

そこに既にある型を自分の体に真剣に沿わせていくこと。その癖をつけるという意味では、帛紗さばき一つにも意味はある、と思います。

–では、今宵はこれくらいにいたしましょう」

◇本日のおさらい

一、見学は、自分ごとにして「見」て、「学」ぶ

一、事に当たる時に大切なのは、まず型を体得しようとする心構え


文:尾島可奈子
写真:山口綾子
衣装協力:大塚呉服店
着付け協力:すみれ堂着付け教室

※こちらは、 2017年9月28日の記事を再編集して公開しました。