街全体で工芸ファンをお出迎えする1ヶ月。松本市「工芸の五月」が開幕

風薫る5月。長野県、松本の街は工芸に染まります。

こんにちは。編集室いとぐちの塚田結子です。

「工芸の五月」公式ガイドブックや、クラフトフェマまつもと機関誌『掌(たなごころ)』の企画制作をしています。今回は、「工芸の五月」の魅力を3回にわたってご案内していきます。

松本・工芸の五月・クラフトフェア
松本・工芸の五月・クラフトフェア
松本・工芸の五月・クラフトフェア

「工芸の五月」は、毎年5月に行われる約1ヶ月のイベント。松本市を中心に、街中の美術館、博物館、ギャラリーなどで工芸にまつわるさまざまな企画を開催します。そして5月の最終週末には“あがたの森公園”で、人気イベントの「クラフトフェアまつもと」も。

なぜ、松本で工芸か

松本は、江戸の頃から城下町に集められた職人たちによるものづくりが行われ、昭和に入ると、そうした素地と戦後復興とが相まって、柳宗悦らが提唱した民芸運動がよく根づきました。

暮らしに手仕事が溶け込み、自然の恵みが豊かな松本には、いつしか作り手が集まります。そして彼らによって1985年にはじめられたのが「クラフトフェアまつもと」です。

5万人の工芸ファンが全国から集まる

たった45人の出展ではじまった初回から開催30回を超え、280人の出展者と5万人の来場者を数えるまでになりました。全国から集まる工芸ファンを松本の街全体でお迎えしようと、2007年にはじまったのが「工芸の五月」です。

松本・工芸の五月・クラフトフェア
松本・工芸の五月・クラフトフェア
松本・工芸の五月・クラフトフェア
(C)モモセヒロコ
松本・工芸の五月・クラフトフェア

5月最終週末の2日間から5月まるごとの1カ月間へ。あがたの森公園から街なかへ。「クラフトフェアまつもと」から「工芸の五月」へと会期も会場も広がって、工芸にふれあえる機会がぐっと増えました。

中心市街の、50の会場と70の企画

今年は約50の会場で、約70の企画展やワークショップが行われます。ほとんどの会場が中心市街に近接し、歩いて回ることができます。

松本・工芸の五月・クラフトフェア
松本・工芸の五月・ほろ酔工芸
(C)モモセヒロコ

JR松本駅からあがたの森公園までが1.5㎞、徒歩にして20分ほど。市街は駅と公園の間に広がります。ちなみにJR新宿駅から松本駅までは、中央線を走る特急あずさで3時間弱です。

「工芸の五月」が地元にも定着したここ数年は、独自の企画が商店街ごとに行われ、道には露店が並び、夜ともなれば屋台に火が灯り、どこを歩いても街はにぎやかです。そしてあちこちに湧水が湧き、せせらぎが水音を立て、街歩きに興を添えます。

松本・工芸の五月・ほろ酔い工芸

28人が手作りした椅子が並ぶ、「はぐくむ工芸 子ども椅子展2018」

さて、ゴールデンウィークとともにはじまる「工芸の五月」。5月初旬の企画をいくつかご紹介します。

あがたの森公園では、連休に合わせて「はぐくむ工芸 子ども椅子展2018」が行われます。長野県内の木工作家28人が手作りした椅子が60脚ほど芝生の広場に並びます。

松本・工芸の五月・はぐくむ工芸 子ども椅子展2018
松本・工芸の五月・はぐくむ工芸 子ども椅子展2018
松本・工芸の五月・はぐくむ工芸 子ども椅子展2018

形も風合いも、手触りもさまざまな椅子は、ひとつとして同じものはありません。お気に入りを見つけたら、購入することができます。なかには後日配送となるものもありますので、スタッフまでご確認を。

椅子の展示に合わせて「光るどろだんご」作りやけん玉遊び、音楽隊の演奏や絵本の読み聞かせが行われます。広々とした公園ですから、小さなお子さん連れでも気兼ねなく楽しめます。

ゴールデンウィークに参加したい企画が目白押し

また、連休に合わせてオープンする「信毎メディアガーデン」は、長野県が誇る新聞社の新社屋ですが、誰でも気軽に立ち寄れる複合施設でもあり、新たな会場に加わります。

ここを起点とする人気ツアー「水のタイムトラベル」では、松本在住の建築家が水や工芸、歴史などに着目した街歩きにご案内します。

3階キッチンでは「井戸端プリント」による「zine(ジン)」と呼ばれる小冊子作りのワークショップが行われます。

また、普段は閉ざされた“池上邸”の木戸が開き、蔵が一般公開される貴重な特別企画もあります。ここを会場に行われる「池上喫水社」は、松本在住のガラス作家、田中恭子さんが制作した装置を使い、L PACKという男性2人組が松本の湧水を8時間かけてコーヒーに変換するというインスタレーションです。

薄暗い蔵のなか、天井から吊られたガラス器から、細く長いガラス管を水が伝い、やがて木の床に置かれたガラス器にコーヒーが滴る。
水とガラスとコーヒーが織りなす空間で、光と香りと微かな音を感じたら、蔵の持ち主、池上さんが丹精する庭先でコーヒーを味わいましょう。

工芸の五月松本・工芸の五月・池上喫水社
松本・工芸の五月・池上喫水社
松本・工芸の五月・池上喫水社
松本・工芸の五月・池上喫水社

ほかにも松本市美術館では「草間彌生」展が、松本市内の各ギャラリーでは企画展が行われます。また、市街から少し離れますが、松本民芸館もおすすめです。館が一押しする名品が松本民芸家具で統一された館内に並びます。

 

くわしくは「工芸の五月」公式サイトまで。また、企画を網羅した公式ガイドブック“工芸の五月2018オフィシャルガイドブック”もあります。よかったら手にとってみてくださいね。

まだまだある「工芸の五月」の見どころ、続きは第2回をお楽しみに!

【工芸の五月】
期間:2018年4月29日(日)〜5月31日(木)
会場:松本市ほか、安曇野市、長野市の美術館、ギャラリーなど
オフィシャルサイト:http://matsumoto-crafts-month.com

【はぐくむ工芸 子ども椅子展2018】
期間:2018年5月1日(火)〜6日(日)10:00〜17:00(1日は13:00〜、荒天中止)
会場:あがたの森公園 平和広場(長野県松本市県3-2102-4)
オフィシャルサイト:http://matsumoto-crafts-month.com/guide/exhibition/4112.html

 

編集室いとぐち 塚田結子
「編集室いとぐち」所属。長野市・善光寺門前にて長野県の暮らしや工芸まわりの編集・執筆を行う。

文 : 塚田結子
写真:松本クラフト推進協会

宮城「首振り仙台張子」のひつじを求めて

日本全国の郷土玩具のつくり手を、フランス人アーティスト、フィリップ・ワイズベッカーがめぐる連載「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」。

連載8回目は未年にちなんで「首振り仙台張子」を求め、宮城県仙台市にある「高橋はしめ工房」を訪ねました。それでは早速、ワイズベッカーさんのエッセイを、どうぞ。

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宮城県仙台の風景

仙台。朝の7時。ホテルの部屋の窓から。これから次の十二支の動物に会いに行く。

未(羊)

小さな愛らしい未!インターネットではじめて見たときすぐに惹かれてしまった。

干支の動物の木彫り人形

お盆の上に、仲間と一緒に乗っている。こうしてみると、美味しいお菓子のようで、食べたくなってしまう!

制作工程

生まれてくるときは、コロコロした小さな胴体だ。

道具

メス、ピンセット、ハサミ‥‥。手術室で、彼らを形づくるために必要なものだ。

制作工程

さて。辛抱強く、何を待っているのだろう?

制作工程

むろん、頭だ。

制作工程

‥‥そして角!

制作工程

とても可愛らしい。でも、お友達だったクジラが、愛好者が少ないという理由でつくられなくなったことを、ちょっと悲しんでいるのかもしれない。

話はそれるが、この小さな台、大好きだ。

掃除機の管を利用した、吸引のシステム。素晴らしい!

11時50分。取材は終わり、そろそろお腹もすいてきた。

近所に安くて感じのいい食堂があった。

食べ物は美味しく、その上、罫線好きの私にぴったりの場所だった!!

──

文・デッサン:フィリップ・ワイズベッカー
写真:フィリップ・ワイズベッカー
翻訳:貴田奈津子

フィリップ・ワイズベッカー

Philippe WEISBECKER (フィリップ・ワイズベッカー)
1942年生まれ。パリとバルセロナを拠点にするアーティスト。JR東日本、とらやなどの日本の広告や書籍の挿画も数多く手がける。2016年には、中川政七商店の「motta」コラボハンカチで奈良モチーフのデッサンを手がけた。作品集に『HAND TOOLS』ほか多数。

「かっこいいだけ」では国の豊かさが無くなる。梅原真、ローカルデザインの流儀

土地に根差す人々に目を向け、その土地の物語に耳を傾ける。

そうして土地の風景が浮かび上がるようなデザインを作ることで、一次産業に新風を吹き込んできたデザイナーがいる。

高知県で生まれ育ち、今も高知市に拠点を置く梅原真さんだ。

一本釣りの風景を消したらいかんぜよ

1980年に事務所を設立してから38年。「一次産業×デザイン=風景」をテーマに掲げ、地域で埋もれていた産品にデザインの力で光を当てて、数々のヒット商品を生み出してきた。

今や日本を代表するデザイナーのひとりとして知られる梅原さん。その原点は、1988年の仕事にある。代表作のひとつ「土佐一本釣り・藁焼きたたき」のデザインだ。

梅原真デザイン「土佐一本釣り・藁焼きたたき」
「土佐一本釣り・藁焼きたたき」のパッケージ。(写真提供:梅原デザイン事務所)

ある日、かつおの一本釣りの漁師が梅原さんを訪ねてきた。その漁師は、梅原さんに率直に窮状を訴えた。

かつおを一網打尽にする巻き網漁船が主流になって、効率が悪い一本釣りのかつおは価格を高く設定せざるを得ない。そのうえ原油が高くなって、漁に出るだけでお金がかかるのに、巻き網漁で魚が減っていてかつおが釣れない。

魚を食べる人が減って、かつおの魚価も下がっている。このままではかつおの一本釣りはできなくなる。

かつおの一本釣りといえば、高知の風物詩。漁師の話を聞いているうちに、梅原さんの脳裏にはふたつの光景が思い浮かんだ。漁船に乗り込んだ17人の漁師が、次々とかつおを釣り上げる勇壮な姿と、その家族の姿だ。

漁師たちは日本全国の海を回ってかつおを釣るため、一年の大半は海の上。だから2月に高知から出港する時には、漁師の家族が港に集まり、「いってらっしゃい!」と見送る。手を振り、無事を祈る家族の横顔―。

「あの風景がね、消えるんやと思って。それはいかんぜよと思ったね」

大企業と仕事をしない理由

すぐに、漁師からの依頼を受けることに決めた梅原さん。2時間を超える打ち合わせの間に、ある思い出が蘇った。

子ども頃、梅原さんの祖母は藁でかつおのたたきを焼いてくれた。香ばしい匂いが漂い、口に含むとかつおのうま味がじゅわっと染み出してきた。梅原さんは、漁師にその場で伝えた。

「藁で焼きましょうや」

すると、漁師は一瞬の戸惑いも見せずに、「よっしゃ、やろう!」と答えた。

このやり取りから「一年の半分、港に入り浸り」という濃密な交流が始まり、「土佐一本釣り・藁焼きたたき」のデザインが生まれた。この商品は、8年をかけて売り上げ20億円を超える大ヒット商品に成長し、かつおの一本釣りの漁師を守ることにもつながった。

梅原真氏
「漁師と打ち合わせた時もこのテーブルだったな」と振り返る梅原真さん

この仕事は梅原さんのその後にも大きく影響した。著名なデザイナーでありながら、梅原さんは基本的に大企業の仕事を受けない。そのきっかけとなったのである。

「僕がこうしましょうやって言うと、彼は即座に対応する。それくらいパワフルな人でしたからね。その副作用で(笑)、企業の部長さんが来て、帰って相談してきますっていうのが許せなくなったんです。決定権がない人とは仕事をしたくない。だから、必然的に小さな会社の社長が来られるようなことになる。かっこつけて大きいところと仕事しないって言ってるんじゃないですよ」

「土佐一本釣り・藁焼きたたき」のデザイン以来、梅原さんが仕事をする上で「土地の風景を守ること」が大きなキーワードになった。そこには、危機感がある。

「大きく言えば日本がフラットになってしまって、青森も鹿児島も岐阜もみんな一緒になっちゃった。バイパスができて、ラーメン屋とハンバーガー屋なんかがいっぱいできて、そんなんどこでも一緒やないか。土地の個性を知らせてくれるのが自然現象だけですよ」

梅原さんにとって、その土地ならではの風景を失わせるフラット化は、阻止すべきもの。土地の風景を守るためには、クライアントとケンカすることもいとわなかった。

村長とケンカ

日本屈指の清流、四万十川に面した十和村(2006年に窪川町、大正町と合併し四万十町に)の総合振興計画書の作成に携わった37歳の時のこと。

梅原真デザイン「十和村の総合振興計画書」
十和村の総合振興計画書(写真提供:梅原デザイン事務所)

四万十川には増水すると水の下に沈む沈下橋(ちんかばし)が47本かかっているのだが、十和村では町をあげて、もっと大きくて便利な橋に変えようと動いていた。

しかし梅原さんはひとり反対し、沈下橋の近くに引っ越した。

「利便性を求めて大きな橋をかけたら、大阪の郊外にある橋と一緒になるわけですよ。フラット化への反対ですよね。でも、高知市内に住んでいながら、沈下橋を残しませんかと言っても、村の人からしたら、何言うてんかってなるのは当然だと思う。

村長とケンカもしました。だから、よそ者がじゃなくて“うちら者”になって楽しく反対したらええんやと思って、十和村に引っ越して、5年住みました」

総合振興計画書の作成に携わりながら、村民が願う新しい橋をかけることに反対して、村長とケンカする。デザイナーの仕事の領域を明らかに超えているが、当時からそれほどまでにフラット化の危険性を感じていたのだろう。

ちなみに、バブルの崩壊などもあって残された沈下橋は、今では旅行者が大型バスで乗り付ける観光名所になっている。

“暮らしはさておきのデザイン”

梅原さんは、日本のフラット化がデザインの世界にも及んでいると指摘する。

「地方のデザイナーも東京的なものに憧れて、東京並みのデザインをしたいと思っているし、行政は東京で認められるデザインをしたくて、東京のデザイナーに依頼する。デザイナーも行政も爪先立ちで東京の方ばかり見ているから、地に足がついていない。

そういうデザインには、一番大切な暮らしの匂いを感じないんだよ。デザイナーが作ったスプーンって、かっこええけど使いにくいのがたくさんあるじゃないですか。僕はあれを、“暮らしはさておきのデザイン”と呼んでいるんだ」

デザイナーがデザインを通じてフラット化に抗うためのヒントは、「暮らし」にある。「暮らし」という生活に密着したデザインがヒットすれば、経済的な恩恵をもたらすだけでなく、その土地の風景を守ることにもつながるからだ。

例えば、梅原さんがプロデュースした「しまんと地栗 渋皮煮」。これは、旧十和村で長らく放置されていた山の栗を使った商品である。

梅原真デザイン「しまんと地栗 渋皮煮」
大ヒットしてさまの再生にもつながった「しまんと地栗 渋皮煮」(写真提供:梅原デザイン事務所)

「農協のにいちゃんに山に連れていかれてね。この栗はどうにかならないかと言われたんだけど、栗を見た瞬間にやった!と思ったね。だって、無農薬無化学肥料やんか。

農協には暮らしの発想がないから、中国産に値段で負けると言っていたけど、僕らは、安全なものであれば高くても買うという暮らしがあることを知っていますからね。

この貴重な栗に『四万十地栗』と名付けて、地元でもともと作られていた渋皮煮にして一瓶3000円で東京のデパートで売り出したら、1週間で500万円を売り上げました」

「しまんと地栗 渋皮煮」のヒットは、四万十地栗を使った様々な商品の誕生のきっかけとなった。そのため栗の需要が急増し、栗の植樹が始まって、荒れた山の再生にもつながった。

現在、多くの移住者を集めて全国的に注目されている島根県海士町(あまちょう)のキャッチフレーズ「ないものはない」。

これも、地方創生ブームにさきがけて2011年に梅原さんが考案したものだ。

梅原真デザイン海士町のポスター
2011年に制定された際に大きな話題を呼んだ海士町のキャッチフレーズ(写真提供:梅原デザイン事務所)

「もともと、海士町のキャッチフレーズは『LOVE ISLAND AMA』だったんですよ。Mのところにハートがあってね。

ええかげんにしなさい、と言いました。やっぱり、きちんと本当のことを言う方が好感度があって、ないものはないと言ったほうが海士町らしい。それが海士町の暮らしだし、風景なんだから」

この潔いキャッチフレーズと、「ない」という割にどこか楽し気なデザインが海士町のブランディングに大きく貢献したのは確実だろう。

土地の力を引き出すデザイン

これまで一貫して地方の仕事を受けてきた梅原さんは「地方が豊かでないと、その国は豊かでない」と語る。

「東京とかパリとかニューヨークとか、大都市を比較する時は指標が経済になるじゃないですか。でも、ローカルで大切なのは経済じゃなくて、いかにその人たちがここに住みたいと思って住んでいるか。

フランスの地方は、豊かですよ。個性的な風景があって、みんなでワインやら何やら自分で作って楽しんでいるじゃないですか。

日本だって、もともとは豊かな地方がありました。だから、僕は日本の風景を作り直したいんですよ」

梅原真氏
郷土愛が強く「生まれ変わっても高知に生まれたい」という梅原さん

雑誌に取り上げられるようなおしゃれなデザインを得意とするデザイナーは、たくさんいるだろう。

しかし、「土地の風景を守る」「日本の風景を作り直す」という幕末の志士のような志を持ち、実践するデザイナーは、梅原さんぐらいではないか。

だからこそ、今も梅原さんのもとには地方の小さな企業や団体からの依頼が絶えない。

「僕の仕事を総括すると、土地の力を引き出すデザインだと思う。その土地の人とよそから来た人が素敵だねと思うような価値観をどうやって見つけ出すか。

“暮らしはさておきデザイン”じゃなく、暮らしを中心にしたデザインを、ローカルでやっていく必要がある。そのためには、その土地での暮らしを知ることが大事なんですよ」

最近、梅原さんは「竜馬がいく」という名のお菓子のデザインを手掛けた。その包装紙には、梅原さんの熱い想いが隠されている。

梅原真デザイン「竜馬がゆく」
包装紙を触ると坂本龍馬の言葉が浮かび上がっているのがわかる。(写真提供:梅原真デザイン事務所)

このお菓子を目にしたら、ぜひ手に取って見てほしい。ぱっと見ではわからないが、包装紙にはエンボス加工で坂本龍馬の言葉が記されている。

「日本を今一度 洗濯いたし申し候」

<取材協力>
梅原真デザイン事務所

文・写真: 川内イオ

テーブルと椅子で学べる茶道、「茶論」の稽古を体験

掘りごたつのテーブル席に、運ばれてくる美味しそうな和菓子。

掘りごたつ
和菓子

今日やってきたのは最近できたおしゃれな喫茶店‥‥ではありません。

実はこれからこのテーブルの上で、茶道のお稽古をするところなのです。

やってきたのは奈良に4月24日にオープンしたばかりのお茶の新ブランド「茶論 (さろん) 奈良町店」。

お茶道具にも用いられる「奈良晒」の商いで奈良に創業した中川政七商店グループが運営する、お茶の稽古・喫茶・茶道具のお店です。

「茶論(さろん)」の茶道風景
テーブルで行なう「稽古」
「喫茶」
器との取り合わせも楽しい「喫茶」
お茶道具を購入できる「見世 (みせ) 」
お茶道具を購入できる「見世 (みせ) 」

総合監修は、茶人・芳心会(ほうしんかい)主宰の木村 宗慎(きむら そうしん)氏。

テーブルと椅子で気軽にお茶を学べると聞いて、いったいどんなものなんだろう、と90分の体験稽古に申し込んでみました。

手ぶらで茶道のお稽古へ

古都・奈良らしい風情を残す奈良町エリアのとある路地。中川政七商店が運営するテキスタイルブランド「遊 中川 本店」奥にお店があります。

大きく「茶論」と染め抜かれた白い暖簾を翻して、

「いらっしゃいませ」

茶論 奈良町店店長の西さん
茶論 奈良町店店長の西さん

店長で、今日の稽古を受け持つ西さんが笑顔で迎えてくれました。

お店に入り口からすでに、今まで持っていた「茶道教室」や「先生」のイメージと全く違います。

「茶論では、師匠とお弟子さんという師弟関係がないんです。講師と生徒さんという間柄で稽古が進みます。

部活動で言えば監督やコーチというより、先輩くらいの距離感でしょうか。一緒に茶道文化を学んでいけたらと思います。

それでは、これから初級コースの体験稽古にご案内しますね。こちらへどうぞ」

お店が入っているのは、奈良町の伝統的な町家建築。案内された暖簾の奥は、元々居住スペースだったそうです。

人の家にお邪魔するような気持ちで靴を脱いで板の間にあがると、すぐ立派なお庭が目に飛び込んできました。

庭

お庭を臨む一室が今日の稽古場所。なんとお座敷ではなく、掘りごたつです。

稽古する部屋

正座するとすぐに足がしびれてしまう私には、とても嬉しい環境。

ほどなくシソを浮かべた「香煎 (こうせん) 」と、華やかなお茶菓子が運ばれてきました。

香煎は、お菓子をいただく前に口を湿らせて食べやすいように、との心遣いなのだそうです。またお点前の前に心を落ち着かせるという意味も
香煎は、お菓子をいただく前に口を湿らせて食べやすいように、との心遣いなのだそうです。またお点前の前に心を落ち着かせるという意味も

「お菓子は講師の合図があるまで少しお待ちください」

アナウンスの通り香煎だけいただいて待っていると、スッと襖が開きました。

西さん

先ほど入り口で出迎えてくれた西さんが、お稽古の「講師」として登場。

きれいなお辞儀に、場の空気がキリッと引き締まりました。

着席と同時に、テーブルの上に四角い木箱が置かれます。

茶箱

これは…?

蓋を外すと‥‥
蓋を外すと‥‥

箱の中に入っていたのはお茶を点てるための道具一式でした。ピタリと箱の中に収まっている姿がなんとも格好いい。こうした道具が一式入った「茶箱」でするお点前を茶箱点前と呼ぶそうです。

道具を卓上に並べ終えると、西さんが抹茶をすくうための「茶杓」を手にとって、

「お菓子をどうぞ」

一礼

かしこまった挨拶に、こちらも少し緊張しながら頭を下げます。

食べ方に決まりはあるだろうか、と不安になって聞いてみると、「どうぞ気にせずお召し上がりください」とのこと。

お茶菓子は全て、奈良の和菓子の名店「樫舎 (かしや) 」さんが手がけているそう
お茶菓子は全て、奈良の和菓子の名店「樫舎 (かしや) 」さんが手がけているそう

ただただ美味しくお菓子をいただく間に、西さんが流れるような所作でお茶を一服点ててくれます。

お点前
部屋にはシャカシャカシャカシャカ‥‥という音だけが響きます
部屋にはシャカシャカシャカシャカ‥‥という音だけが響きます
お点前
お点前

甘味のあとのお抹茶の美味しいこと。自分もこんな風にお茶を点てられたら、と憧れます。

スライドで学ぶ茶道の歴史

お点前を終えたところで、ここからは座学の時間。なんとスライドを使って、茶道の歴史について教えてくれました。

お茶はいつ日本に来たと思いますか?など会話を交えながらレクチャーが進みます
お茶はいつ日本に来たと思いますか?など会話を交えながらレクチャーが進みます

西さんの解説によると、おもてなしとしての茶道ができる以前は、お茶は薬として重用されたり、なんと味を当てる賭け事に使われた時代もあったとか。

「おもてなしの心だけではなく、お点前などの型と、こうした知識、『心・型・知』3つをバランス良く学ぶことを茶論では大事にしています」

西さん

「想いがあっても、伝わらなければもったいないですよね。見えない『心』を、伝わる形にするのに『型』と『知』が必要になります。

知識は今のようにスライドを使って目と耳で覚えて、型はやってみて体で覚えるのが一番です。それでは、早速やってみましょう」

いよいよ今度は、自分でお茶を点ててみます!

お茶を美味しく点てるコツ

「茶筅 (ちゃせん) はこう持つんですよ」

茶筅

「ほとんど力を入れずに、手首だけを動かして‥‥」

一緒に練習します
一緒に練習します

見よう見まねでやってみると、

お抹茶をすくうのも緊張の一瞬です
お抹茶をすくうのも緊張の一瞬です
シャカシャカシャカシャカ‥‥
シャカシャカシャカシャカ‥‥

私もお茶を点てることが‥‥できました!

私も点てることができました!
私も点てることができました!

「初級コースはまず、お茶を美味しく点てることを目標にします。全6回で、お抹茶を中心に煎茶など日本茶全般を美味しく淹れる方法を学んでいきます」

お抹茶に加えて他の日本茶のことも学べるのは嬉しいところ。しかも月謝制でなく都合の良い時に予約できるチケット制というのも、茶道教室としては珍しいように思います。

どうして、これだけ一般的な茶道教室と変えているのでしょうか?

茶道文化の入り口として

「今日、お稽古の初めにお辞儀ひとつで空気が変わったように、茶道の中で得た型は、日常の中でも活きます。

もしそれが、正座の辛さや敷居の高そうなイメージから敬遠されてしまっていたらもったいない。

そんな思いから、茶論は『茶道文化の入り口になる』ことを目指して始まりました。だから茶論をきっかけに、他の茶道教室に通っていただいてもいいんですよ。

例えば今日来るお客さんのためにどんな花を飾ろうとか、お菓子は何にしようとか。そんなおもてなしの力量を上げたい人におすすめです」

ちなみに、アクセサリーを外しておけば、服装はどんな格好でもOKだそう。

「ただ、茶論の日はこういう格好、と自分でモードを決めて臨むのもいいと思います。

自然と背筋がしゃんとするような服を選ぶと、気持ちが変わりますよ」

お辞儀で空気を変える。装いで気分を変える。自分なりのおもてなしで相手が喜ぶ。お茶のお稽古の先にそんな未来が待っていたら、毎日がちょっと楽しくなりそうです。

茶論 奈良町店
〒630-8221 奈良県奈良市元林院町31-1(遊中川 本店奥)
0742-93-8833

営業時間
【お稽古】 10:00~18:30
【喫茶・見世】 10:00~18:30 (LO 18:00)
定休日 毎月第2火曜(祝日の場合は翌日)

 

茶論
https://salon-tea.jp/

文:尾島可奈子
写真:今井晃子

帰りにはお隣の喫茶スペースで「くずやき団子」をいただきました。このケースも、お菓子を監修している樫舎さん特注品だそう
帰りにはお隣の喫茶スペースで「くずやき団子」をいただきました。このケースも、お菓子を監修している樫舎さん特注品だそう
茶論の物販スペース「見世 (みせ) 」では、お茶道具を購入することができます。通うとどんどん欲しくなってしまいそう‥‥
茶論の物販スペース「見世 (みせ) 」では、お茶道具を購入することができます。通うとどんどん欲しくなってしまいそう‥‥
懐紙入れなども色柄がたくさんあって選ぶのが楽しそう
懐紙入れなども色柄がたくさんあって選ぶのが楽しそう

和紙の使い道を考え抜いた「土佐和紙プロダクツ」100のアイデア

想像してみる。

こだわりの品が取り揃えられた素敵なショップで買い物をして領収書をもらう時、それがコンビニで売られているような一般的な領収書ではなく、活版印刷が施された手漉きの和紙の領収書だったら。

和紙ならではの手触りや風合いにほっこりした気持ちになりそうだし、領収書にまでこだわるショップの心遣いに驚くだろう。一方のショップからすれば、お客さんに感謝の意を表すための印象的なツールになるに違いない。

日本三大和紙・土佐和紙づかいの製品に

「伝える」ということをテーマに、実際にこの手漉き和紙と活版印刷を組み合わせた領収書を作っている人たちがいる。

高知市内のデザイン事務所「タケムラデザインアンドプランニング」、「d.d.office」、活版印刷を手掛ける「竹村活版室」が組むプロジェクトチーム「土佐和紙プロダクツ」だ。

土佐和紙の職人や土佐和紙の産地であるいの町・土佐市などの機械漉き工場から仕入れた和紙を使って、領収書、カレンダー、ご祝儀袋など日常で使う様々なものを企画、製作している。

活版印刷を施した土佐和紙の領収書
活版印刷を施した土佐和紙の領収書。温かみを感じる

土佐和紙の用途の変遷

土佐和紙プロダクツが誕生した経緯は、土佐和紙の歴史と紐づいている。平安時代から高知の一部地域で作られてきた土佐和紙は、越前和紙や美濃和紙と並んで日本三大和紙のひとつとされる。

破れにくく、軽く、柔らいなどの特徴を持ち、江戸時代から明治にかけては、土佐藩の下級武士が着用した「紙衣」、和紙を重ねて漆を塗った弁当箱、髪を結ぶ「元結」など幅広い用途で使われてきた。

土佐和紙に原料である雁皮(がんぴ)、三椏(みつまた)、楮(こうぞ)
土佐和紙に原料である雁皮(がんぴ)、三椏(みつまた)、楮(こうぞ)

しかし、時代の流れとともに手漉きの工房も減り、現在は高知県のいの町と土佐市に数えるほどしか残っていない。現代の土佐和紙は主に美術品の修復、版画や水墨画の用紙、書道紙、ちぎり絵の材料などの用途に使われているが、需要が先細りするなかで新たな使い道を開拓しようと立ち上げられたのが、土佐和紙プロダクツ。タケムラデザインアンドプランニングのメンバーで、竹村活版室も主催する竹村愛さんは、このプロジェクトの成り立ちについてこう振り返る。

「土佐和紙は高級品で気軽に使いにくいものというイメージがありますよね。それで、いの町からもっと身近に使える方法を考えて展示してほしいと相談を受けました。

それから、日常生活のなかで気軽に使えるものを作ってみようということで、高知県内の作家やデザイナーに声をかけて、100案出そうというところから始まりました」

持ち寄られた100のアイデアを50に絞り、土佐和紙職人と組んで製作したものが展示されたのが、2009年にいの町の紙の博物館で開催された「使える和紙展」。この時に生まれたアイテムのひとつが、冒頭に記した領収書だ。

土佐和紙プロダクツの「使える和紙展」の様子
「使える和紙展」の様子(写真提供:土佐和紙プロダクツ)

職人との微妙な距離感

50のアイテムは「使える和紙展」に向けて作られたもので、役割はあくまで土佐和紙の新たな可能性を世に提示することだった。しかし、この展示でタッグを組んだタケムラデザインアンドプランニングと「d.d.office」のメンバーは、商品化に向けて動き始めた。

「これまでも、同じようなイベントは何度も開かれていたと思います。一度きりのイベントだと、職人から『またか』という思われてしまうかもしれない。それは悔しいし、せっかくこれだけ案を出したのに、展示で終わらせてはもったいない。だから持続可能な方法で、商品化してみようということになったんです」

最初の一歩として、土佐和紙プロダクツのホームページを作り、ネットショップで販売を始めた。さらに、「紙漉き」の現場を知ろうと、デザインチームが職人のもとに出向き、定期的に紙漉きの体験をするようにした。

そうするうちに職人とデザインチームの距離が近づき、次第に「伝える」というプロジェクトの幹となるテーマが固まっていった。

紙漉き体験の様子
紙漉き体験によって和紙職人の仕事の大変さを実感したという(写真提供:土佐和紙プロダクツ)

このテーマに沿ってラインナップを絞り、現在は「真心を伝える」「言葉を伝える」「祝福を伝える」「伝統を伝える」という4つのカテゴリーで商品が販売されている。

例えば、「真心を伝える」のカテゴリーでは4種類の領収書、「言葉を伝える」ではレターセットや原稿用紙、「伝統を伝える」では、A4サイズで家庭用プリンターでも使用できる和紙などが並ぶ。

最近、新しく作られたのが「祝福を伝える」のカテゴリーにある、ご祝儀袋。シンプルながらも、手漉きの和紙ならではの温かみと品の良さが際立つ注目の逸品だ。

ネットショップでも人気のご祝儀袋
ネットショップでも人気のご祝儀袋(写真提供:土佐和紙プロダクツ)

職人の変化

土佐和紙プロダクツの商品は少しずつ売れ始め、今では青森から九州までセレクトショップに商品を卸すほどになった。竹村さんは「課題は発信力」というが、宣伝などしなくてもネットショップのリピーターが増え続けており、外国からの注文も入る。

この変化によって、これまでどちらかといえば裏方だった職人自身にも光が当たるようになった。

「以前、ある職人さんは、自分が漉いた和紙が最終的にどう使われているのかわからないと言っていました。でも、土佐和紙プロダクツの商品は誰の、どの和紙を使っているのかわかるので、これだけ売れたよと伝えると喜んでくれます。

県内のセレクトショップなどにも置かれているので、あそこで見たよ、とか知り合いに声をかけられることも増えたそうで、それも嬉しいみたいですね」

職人にとっては、付き合いのある業者から注文をもらい、期限までに収める仕事と違い、土佐和紙プロダクツは顔と結果が見える仕事だ。

土佐和紙の紙見本を兼ねたカレンダー
土佐和紙の紙見本を兼ねたカレンダー。六人の若手職人たちが漉きあげた和紙に活版印刷が美しい

その分プレッシャーもあるだろうが、意気に感じているのだろう。当初は明らかに乗り気ではなかったという職人から「万年筆専用の和紙を作ったらどうかな?」など希望やアイデアが出てくるようになったそうだ。

海外からの観光客にもおすすめの土佐和紙プロダクツ

土佐和紙プロダクツの活動がきっかけとなり、東京の企業と新製品も開発した。

「2014年にプラチナプリントの写真を和紙に焼く方法ができて、東京のPGIというと企業から土佐和紙でプラチナプリント専用の和紙を作れないかという話がきました。普段お世話になっている職人に呼び掛けて、1年ぐらいかけて完成しました。これは職人とPGIで直接やり取りしてもらっていますが、今も定期的に注文があるそうです」

「使える和紙展」から9年。土佐和紙の魅力は確実に全国に広まっている。それはきっと、土佐和紙プロダクツのメンバーの想いも「伝わって」きたからだろう。

追い風も吹いている。

高知市では、高知新港を訪れるクルーズ船が急増しており、2015年度には8隻だった寄港数が2016年度に30隻、2017年度には40隻に増えた。これによって日によっては4000人の外国人旅行者が高知市の町を歩いているという。

竹村さんによると、彼らはアンテナショッや土産屋で土佐和紙を購入しているそうだ。そのなかで土佐和紙プロダクツが目指した「日常生活のなかで気軽に使える土佐和紙」も、続々と海を渡っている。

<取材協力>
土佐和紙プロダクツ

文・写真: 川内イオ

テーブルと椅子でする茶道のかたち。なぜ新ブランド「茶論」は立ち上がったか

茶道は、敷居が高い?

突然ですが、「茶道」と聞くと、どんなイメージが浮かびますか?

正座が辛い。
ルールが多く、むずかしそう。
道具が高価。
敷居が高そう。

ちょっと取っつきにくいイメージを持たれている方も多いのではないしょうか。

中川政七商店プロデュースの茶論(さろん)・袱紗さばき
茶道にはたくさんの「型」があります。帛紗(ふくさ)さばきもその一つ

それこそ茶道に触れたことのない人にとっては、自分とは一切関係のないものと感じるかもしれません。

けれど、実は知る機会がなかっただけで、茶道は愉しい。けっして私たちと「無関係」ではなく、日常やビジネスの場にすらつながる魅力があるのです。

そんな「茶道の入り口になる」ことを掲げて2018年4月から始まった、お茶の新ブランドがあります。

木村宗慎氏・中川政七商店による、新しい茶道の提案

自己紹介が遅れました。宮下竜介といいます。

お茶の新ブランド「茶論 (さろん) 」の立ち上げに携わっています。今日、無事に1号店が奈良にオープンしたばかりです。

茶論のお店では、茶道の世界に気軽に触れることのできる3つの体験を用意しています。

おもてなしの力量を上げる「稽古」、心に“閑”を持つ「喫茶」、オリジナルの茶道具を販売する「見世(みせ)」。

茶人・芳心会(ほうしんかい)主宰の木村 宗慎(きむら そうしん)氏をブランドディレクターに迎え、茶道とゆかりの深い奈良晒で創業し現在もお茶道具を商う中川政七商店のグループ会社「道艸舎(みちくさや)」が運営します。

good design company制作の茶論(サロン)ロゴ
日本で最初のお茶の専門書「喫茶養生記」の書体を参考にして作った茶論のロゴ(制作:good design company)

テーブルと椅子でも茶道はできる

「茶道は敷居が高そう」と感じてしまう理由の一つに、普段の生活様式との違いがあると思います。

茶道は、畳で行われることがほとんどです。ただ、現代で畳の部屋を持つご家庭が、どれだけあるでしょうか?

茶道には日常でこそ活かせる学びがたくさんあります。そこで、茶論ではお茶の稽古を、テーブルと椅子で行います。

稽古で本当に大切なことはただ闇雲に「型を守ること」ではないと考えているからです。おもてなしの「心」があるからこそ、「型」が活きてきます。そして、そこにお茶の点て方やトレンドなどの「知」(知識)をバランスよく身に着けることで、学びが深まります。

茶論(サロン)道具写真

はじめてのお稽古で変わった、僕の茶道イメージ

さて、かくいう僕が持っていた茶道へのイメージも、はじめに挙げたようなものでした。敷居が高そう、難しそう。

それでも、ちょっと勇気を出して実際にお稽古に足を運んでみたところ、そこには慌ただしい日常ではなかなか感じられない密度の濃い世界が待っていたのです。

 

ちょっとここで、僕が感じた、茶道の愉しさをお伝えします。

一つ目は、茶室でのコミュニケーションには「普段あるものが無い」ということです。

たとえば、友人とご飯にいくときや、会社でミーティングをするとき。そこでは、基本的に声を出して、身振り手振りも含めてコミュニケーションをしますよね。

ところが茶室では、それがありません。ゆったりと動く空間の中で小さく響くのは、畳を歩くスロスロという音、釜の湯が沸くシュンシュンという音、湯を注ぐチョロチョロという音。

お茶を飲むまでの間も、ほとんど会話がない中で進みます。

無駄が削ぎ落とされている分、物や人の所作のひとつひとつが、“際立つ”と言えばいいでしょうか。

「普段あるものが無い」中だからこそ愉しめるコミュニケーションだと感じました。

 

「茶論(さろん)」の茶道風景

二つ目は、物を大切にするということ。

僕たちの暮らしの周りは、ものが溢れて不足するということがほとんどありません。買い替えがきくものは、壊れてもまた取り換えればいい。そういう気持ちになるのも、自然なことなのかもしれません。

一方で、茶室で扱うものの中には、壊れては取り返しがつかない道具もあります。

今、お茶を出していただいたこのお茶碗は、いつ、誰によって作られ、誰の手を渡ってきたのか。そんなことに想いを馳せてみると、自然とものを大切に扱おうとする気持ちが湧いてきました。

何気なく、ではなく“気”をもって、ものに接すること。茶論でも、ものを真剣に扱うことを体で感じていただけるよう、お稽古道具や茶器も各地の作り手さんとともに上質なものを用意しています。

生活が変わる、茶道の教え

茶論では、茶道を「修行」ではなく「学び」ととらえています。

少し大げさに聞こえるかもしれませんが、茶道での学びを日常に取り入れることで、日々の暮らしはきっと変わります。

茶室で感じる濃度の高さが、生活に取り込まれていくような感覚でしょうか。

たとえば、普段の生活の中で、風景や音の”美しさ”を感じる瞬間が増えました。そこに当たり前のようにあるものも一期一会であるという茶室での学びでしょうか。

また、“もの”の扱い方が変わりました。お茶碗を持つ時、おじぎをするとき、茶道の丁寧な所作を意識するようになったのです。普段の何気ない動きではありますが、それだけで日常に少いピンと張り詰めた心地よい緊張感が生まれたように思います。

 

茶論のコンセプト、以茶論美

茶論のコンセプトは、「以茶論美」(茶を以て美を論ず)です。これは、お茶を通じて自分の美意識を磨く、自分の物差しを持つ、ということ。

これはまさに、僕が先ほど書いた体験にもつながります。何を美しいと思うのか、何が正しいと思うのか。お茶を通じて、自分の物差しを持つことが、日々の愉しさを変化させていきます。

「茶論」が伝えたい茶道は、僕が感じているような“もの”に対する接し方や、日本のこころの部分。ぜひ一度、「茶論」の世界を覗きにきてください。

おいしいお菓子とお抹茶を用意してお待ちしております。

 

茶論 奈良町店
〒630-8221 奈良県奈良市元林院町31-1(遊中川 本店奥)
0742-93-8833

営業時間
【お稽古】 10:00~18:30
【喫茶・見世】 10:00~18:30 (LO 18:00)
定休日 毎月第2火曜(祝日の場合は翌日)

 

茶論
https://salon-tea.jp/

文:宮下竜介
写真:山平敦史