わたしの一皿 琉球の白いマカイ

2ヶ月も連載が空いてしまいました。家族の環境の変化で原稿書きが追いつかずご心配お掛けしました。もうすっかり大丈夫。みんげい おくむらの奥村です。

隣国中国の少数民族の多い地域の手仕事を探し求めた拙著「中国手仕事紀行」がいよいよ1月末に発売開始です。日本の工芸とは違ったり、同じだったり、きっと「さんち」をご覧の方にも読みがいのある本になっています。ぜひ手にとってご覧ください。

さて、2020年第一回目の連載は昨年中国を巡り歩いて出会った味を再現。昨年は秋に中国の福建省で日本の手仕事の展示会を行いましたが、その福建省で覚えて帰ってきたスープ。

なんと真っ黒なスープで、初めて食べた時は「???」という感じ。色からは想像が付かない味。コクがあって、後味がややフルーティーで果たしてなんの素材かわからなかった。

じわじわと旨くて、三杯、四杯と飲んでしまって、作り方まで聞いてきた。それからわずか数ヶ月だけど、何回作っただろうか。簡単で美味しいのです。

黒にんにく

主役は「黒にんにく」。よく青森の物産展とかで売ってるあれです。

黒にんにくと骨つきの肉など(現地で食べた時は豚の軟骨やスペアリブだった)を水から炊く。それだけ。なんて簡単な。コツはアク取りと、スープが真っ黒になるまでじわじわ炊くぐらい。

今日は中国雲南省の有機の黒にんにくを使っています。日本のものよりも小玉でかわいらしい。もちろん日本のものでも同じように出来上がります。

わたしの一皿

福建省と言えば台湾や沖縄とも文化的に繋がりが強いので、今日は沖縄のうつわ。うちの開店当初からお世話になっており、今の沖縄の焼物(やちむん)の人気を引っ張る窯元、北窯(きたがま)のうつわを使いました。

北窯は四人の親方からなる共同窯。各親方のところに弟子がいて、四つの工房で一つの登り窯を焚く。今日はその一つ、松田共司工房のマカイ(沖縄の碗のこと)。

北窯(きたがま)のうつわ

マカイはご飯茶碗でもあり、汁椀でもあり、大きなサイズなら麺丼でもある、お碗の総称。独特の形状だけれども、慣れると使いやすい。

今日は染付けも何もない、シンプルな白だけのマカイにした。形の差は多少あれど、琉球の歴史の中でずっと作り続けられてきている伝統的なうつわ。

通常は、鉄分の多い黒っぽい原土を包み込むように白い土が掛けられているのだけれども、これは沖縄では希少な白土だけを使ったもの。白といっても、沖縄の土は柔らかい黄色味がかった白で、この温もりのある色合いがたまらないのだ。

染付けをしてしまえばそこに目がいってしまう。逆に言うと白のものは形にしか目がいかない。作り手たちに聞けば、白だけで世に出すのは自分のろくろ技術がバレてしまうので怖くもあるのだそうだ。

この白は松田共司さんご本人がろくろを挽いたもの。普段と土も違うので、のんびりはしているけれどどこかシャープな感じもある。

一年を通して、かなりの数の焼き物を扱うけれど、たまに手放したくないなと思うものがある。これもその一つだった。

もう食器棚は飽和状態だし、特にご飯茶碗サイズなんて日替わりで使っても一ヶ月分はあろうかというのに、また増えてしまった。これは2019年のとっておきの一枚。

サイズ的にはご飯でも汁物でもいい。手にすっぽりと収まる優しいうつわだ。スープを口に含んだ時も、繊細すぎず、ぽってりすぎず、適度な厚みが口に心地よく感じられる。

調理風景

そうそう、スープはじっくりと炊いて、最後に塩を。これだけで味が決まりますよ。

わたしの一皿

今日もスープは良い味になった。今日は鳥のなんこつを使ったので豚のものよりも少しあっさりした味になった。これもいい。当然おかわりです。

福建は琉球と中国の交易の拠点だったため、琉球から色々なものが運ばれていった。いつか中国の骨董屋で古い琉球のマカイに出会うことがあるだろうか。そんな出会いがあったらうれしいな。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文・写真:奥村 忍

【わたしの好きなもの】気持ちが整うポケット付きのシャツ

こんなところに、ポケットが?


これは、懐紙を入れる為に作られたポケット。このシャツは、お茶のお稽古にそのまま行ける日常着として作られました。



懐紙を入れる斜めの胸ポケットの他にも、左脇には帛紗(ふくさ)を下げるループも付いていて、お稽古で必要な着物の要素が詰まっています。



懐に何も入れなければ、定番のシャツとして着ることもできる万能さ。



背中にはタックがあり、腕を動かす可動域も申し分なく、腕まわりのゆとりがあることは、心の余裕にもつながっている気がします。



着ているだけで緊張するようなシャツが苦手な私にとって、なくてはならないアイテムになりました。



茶道で使われることが多い懐紙ですが、お皿の代わりや汚れを拭う時に使われる、いわば現代のティッシュのような役割をしてくれるもの。

そんな懐紙がスイッチとなって、心を整える時間がスタートする。

この気軽さも、私のお気に入り。

敷居が高いと思われがちな茶道ですが、いつもの白いシャツを着て、季節のお菓子と美味しいお茶を頂けば、ほっこり温かな気持ちと余韻を楽しむことができます。

もちろん着物を着て楽しむお茶もいいものですが、こういうアイテムがあれば、やってみようかなと背中を押してくれますね。



では、一服いただきます!

茶論 ショップディレクター 藤本

漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで

「北欧と北陸は似ている」


そんな気づきから、2020年1月にあるブランドが誕生しました。
名前は「RIN&CO.」(りんあんどこー)。

北陸の地で育まれたものづくりの技術をもとに、さまざまなプロダクトを展開する総合ブランドです。

立ち上げたのは、福井県のとある漆器メーカー。なぜ漆器の会社が新たなブランドを手がけることになったのでしょうか?

漆器の老舗が始めた新たな挑戦

「RIN&CO.」を立ち上げたのは、創業1793年の老舗「漆琳堂」。

多様な伝統工芸が息づくものづくりの集積地、福井県鯖江市で、江戸時代から代々受け継がれてきた塗りの技術を生かし、さまざまな越前漆器を手がけています。


▲漆琳堂本社。工房にはショップが併設され、多くのお客さんが訪れる

代表は8代目となる塗師の内田徹さん。

赤や黒といったこれまでの漆器のイメージを覆した自社ブランド「aisomo cosomo」「お椀やうちだ」を展開するなど、業界に新風を吹き込む取り組みを進めてきました。


▲色とりどりの漆を使った「aisomo cosomo」


▲毎日の暮らしの中で使い続けるお椀を提案する「お椀やうちだ」


▲漆琳堂代表の内田徹さん

「自社ブランドを通して、これまで漆器に馴染みのなかった若い方にも知っていただけるようになりました。特に『aisomo cosomo』は新商品を生み出す仕組みがないまま、業績が予想以上に伸びている状態です。このまま同じことを続けていても先細りする。自分もまだまだ新しい挑戦をしてみたいと思い、新しいブランドを立ち上げようと2年前から構想を練り始めました」



パートナーとしてタッグを組むことになったのは、熊本のゆるキャラ「くまもん」をはじめ、幅広いジャンルのデザインやブランディングを手がけている「good design company」の水野学さん。

ヒアリングに1年以上の月日を要し、新ブランドのコンセプトを決めていきました。

漆器の未来から、北陸の工芸の未来へ

当初は漆器のブランドを考えていた内田さんでしたが、北陸の産地をリサーチしているなかで、さまざまなものづくりを扱う総合ブランドにすることを決めたそう。

「北陸にはいろんな産地があるものの、下請けや部材で終わっているものが多く、最終製品としてなかなか世に出ないという課題がありました。

すばらしい技術をもっと多くの人に知ってもらいたいという思ったんです。それに、ゆくゆくは新ブランドでショップ展開、となった時に漆器だけじゃつまらないじゃないですか。北陸の工芸を熱く語れるようなお店の方が面白いですよね」


▲「実際に産地を巡ることで、あらためて北陸の可能性を感じました」と内田さん

また、“北陸の風土”も新ブランドのヒントとなりました。

「山に囲まれた湿潤な気候は漆器が固まるのに適しているし、豊かな雪解け水は和紙や繊維に欠かせません。豊富な木や土があったからこそ木工や焼き物も発達してきました。この地だからこそ息づいてきたものづくりがある、そんな想いをブランド名に表現しようと思ったんです」

新たなブランド名は「RIN&CO.」に。

「RIN」は「Reason In Northland(北陸の地である理由)」の頭文字から、「CO.」は「産地や地域の仲間たち」という意味が込められています。

つながりが生まれたきっかけは「RENEW」

「RIN&CO.」は漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、北陸各地の産地が手がけたプロダクトを展開しています。

内田さんは産地の枠を超えて、どのようにつくり手たちの協力を得ていったのでしょうか。

「一番大きなきっかけは私のお店もある鯖江市河和田(かわだ)地区で行われた『RENEW』というイベントです。漆器だけでなく、眼鏡や和紙、打刃物、箪笥、焼き物など、ものづくりの現場を一般の方に見て知っていただくイベントで、事務局を担当したことからつくり手の方とのつながりが生まれました」


▲普段入ることのできないものづくりの現場を一般公開する「RENEW」


▲期間中はなんと全国から3万人以上の方が訪れる

「RENEW」に関わるまでは、同じ地区にいても異業種だとあまり接点がなかったそう。事務局としてさまざまなつくり手とやりとりするなかで交流が生まれ、今回の「RIN&CO.」でも内田さんの思いに共感する仲間を見つけることができました。

商品のコンセプトは「北欧」!?

次に考えたのは、商品コンセプト。デザイナーの水野さんが北陸に足を運んだり、お互いに何度も打合せする中で、あることに気づいたそうです。

「雪が多く曇天が多い北陸の気候は“北欧”に似ている、という話になったんです。北欧も白夜で冬は雪深い。自然と家のなかにいることが多くなるから、普段の暮らしを楽しめるようなプロダクトやデザインも発達している。ものづくりのメーカーが多いところも似ているなと感じました」

思わぬところで北陸と北欧の共通点を感じた水野さんと内田さん。これまで和の文化のなかで使われることが多かった工芸品に北欧のテイストを取り入れることで、洋の文化にもマッチするプロダクトが完成しました。

漆琳堂の硬漆シリーズ

ここからは「RIN&CO.」の第一弾として発売する商品を少しご紹介します。

まずは内田さんが代表を務める「漆琳堂」の硬漆シリーズから。福井県、福井大学との産学官の連携により開発された、食器洗い機にも耐えうる漆を使った漆器です。


▲まるで漆器とは思えないほどの繊細で美しい色合い

独特の刷毛目が目を引く漆器は、職人の手塗りによるもの。塗り直しがきかず、熟練の技術が求められる技法です。

色は7種類。現代の食生活にも合う独自の形状と美しい色合いは、まるで洋食器のよう。指紋や傷がつきにくく、普段使いできる食器です。

宮吉製陶の白九谷シリーズ

石川県を代表する焼き物といえば「九谷焼」。その特徴は華麗な絵付けですが、「RIN&CO.」ではあえて絵付けを施さず、白磁の透けるような美しさを際立たせた食器をつくりました。


▲独自の釉薬でつくる美しい白磁の九谷焼

強度にすぐれた白磁の九谷焼は、漆の世界でも長年、漆の保存容器として使われてきました。「RIN&CO.」の硬漆シリーズと同じ形状で展開し、九谷焼の新たな一面を打ち出します。

瀧ペーパーのポチ袋

越前和紙は言わずと知れた、日本を代表する和紙の一つ。もともとはお殿様に献上する奉書紙として漉かれていました。「RIN&CO.」では、奉書紙のように“大切なものを届ける・渡す”文化を残したいと、越前和紙のポチ袋をつくりました。



手がけるのは産地でも珍しい、和紙の生産から加工までを手がける福井県越前市の「瀧ペーパー」。さまざまな世代に好まれるやわらかな色合いとかわいらしいデザインが特徴です。

井上徳木工の隅切りトレイ

福井県鯖江市河和田地区にある井上徳木工が手がけるのは、木目が美しい白木のトレー。木地のなかでも重箱やお盆などをつくる「角物師」としての技術が生かされたプロダクトです。



木の特徴を見極め、緻密に計算されて組まれた木地。シンプルだからこそ、美しく仕上げるのが難しいトレーは、日常のどんなシーンにも溶け込みそうです。

エーリンクサービスのトートバッグ

繊維の産地としても有名な北陸では、多湿な気候と豊かな川の水から、品質の高い織物の産業が息づいてきました。「RIN&CO.」では繊維のなかでも雑貨用バッグの企画・製造・加工で国内シェアトップを誇る福井県鯖江市の「エーリンクサービス」とオリジナルバッグを制作。



繊維業界も時代とともに多様化するなか、最新の設備と技術を用いてつくられるバッグで北陸の繊維産業を盛り上げていきます。
※近日発売予定

山中漆器工芸の丸盆

全国の挽物産地の中でも、群を抜いているのが石川県の山中漆器。ろくろを用いて木を削り加工する木地は、美しい山中漆器に欠かせません。そんな高いろくろ技術を用いて作られたのが山中漆器工芸が手がける「丸いトレー」。



木の美しさを最大限に引き出したトレーは、なめらかな曲線が特徴。越前漆器とはまた違った高い技術を感じることができるプロダクトです。


これらの商品を皮切りに、「RIN&CO.」では北陸のさまざまなものづくりの魅力を発信していくそう。

「北陸にはまだまだ素晴らしいつくり手がたくさんいます。RIN&CO.をきっかけに、もっともっと知ってもらう機会を増やしていきたいですね」

内田さんの挑戦は今まさに始まったばかりです。


<オンラインショップ特集ページ>
「RIN&CO.」の特集ページはこちら
 

尾道の“泊まれる”文化発信拠点「LOG」。昭和30年代の鉄筋アパートが新しい町の顔になるまで

銅製の網戸に映る夕日を眺める至福の時

昼訪れたら夜に。夜訪れたら昼に。また来たくなってしまうのが尾道にあるLOGのカフェ&バーだ。

尾道にあるLOGのカフェバー内観

明るい室内から尾道の街並みを眺めながらのティータイムもいいが、夜、わずかな街明かりを背にカウンターで静かに飲むひとときも心地いい。

「ぜひ、日が沈む頃にいらしてください。夕日が銅の網戸に反射して、すごくきれいなんです」というスタッフの言葉どおり、日が沈む数十分間はまるでシアター。ただ黙ってそこにいるだけで、映像を見ているような至福の時間を味わうことができる。

長い石段を上がっていくと息が切れる。それでも、あの場所に身を置きたいがために坂道をあがって通いたくなる。

LOGまでの道にある石階段

数時間を過ごすだけのカフェ&バーに魅了されるくらいなのだから、宿泊すれば、どうなることだろう。

LOGの宿泊スペース
LOGの宿泊スペース
LOGの宿泊スペース

白いベッドルーム、青いプライベートダイニング、緑のライブラリー‥‥と、部屋ごとに室内の色合いが変わる。和のようであり洋、洋のようであり和。

LOG内のインテリア

新しいようで懐かしい、不思議な調和が漂い、初めて訪れた場所なのに自然にくつろげる宿泊施設がLOGだ。

立派な門構えに、どんなお屋敷だろうかと門をくぐり進むと、そこには優しいピンク色の3階建ての建物が現れ、意外な取り合わせに驚く
立派な門構えに、どんなお屋敷だろうかと門をくぐり進むと、そこには優しいピンク色の3階建ての建物が現れ、意外な取り合わせに驚く

昭和30年代の鉄筋造りのアパートを再生

1963(昭和38)年に山の手エリアの中腹に建てられた鉄筋コンクリートの〈新道アパート〉をリノベーションし、宿泊施設としてよみがえらさせたのがLOGだ。

山の手エリアの中腹に建てられた鉄筋コンクリートの新道アパート
山の手エリアの中腹に建てられた鉄筋コンクリートの新道アパート

再生を手掛けたのは、〈ONOMICHI U2〉などを運営する地元企業のせとうちホールディングス (現ツネイシホールディングス)。ビジョイ・ジェイン氏が率いるインドの建築集団、スタジオ・ムンバイ・アーキテクツ (以下、スタジオ・ムンバイ) が建築の指揮を執った。

人の「手の力」を取り入れる─。大地からの素材を用い、人の手で空間を創り出すのがビジョイさんの建築の特徴だ。

LOGのプロジェクトでは、スタジオ・ムンバイとの共創を通じて、自然や景観への配慮はもちろん、過去から現在、そして未来を構想する視点で尾道のまちと調和する持続可能な場所づくりを進めてきた。

作家の手で生み出されたLOGならではの空間

1階にはレセプションとショップ、ダイニング、2階にはカフェ&バー、プライベートダイニング、ギャラリー、宿泊者専用の3階には6つの客室とライブラリーがある。

外階段
内観
宿泊者以外でも気軽に立ち寄れるショップ。尾道につながりのある土産品や工芸品が並ぶ
宿泊者以外でも気軽に立ち寄れるショップ。尾道につながりのある土産品やLOGで実際に使われている工芸品が並ぶ

客室 (広さ42平方メートル) は土間→寝室→縁側というしつらい。縁側の開放感溢れる大きな窓越しに尾道の街並みが広がる。

客室
客室から見える風景

ベッドルームの床、壁、天井に使われているのは和紙で、床にはガラスコーティングを施している。

張り巡らされた和紙は音を吸収するので、ベッドに横たわって交わす会話の声も穏やかに伝わり、心地よい。外光がやわらかく差す室内は、まるで繭の中にいるような安心感を覚える。

ベッドルームの床、壁、天井に使われているのは和紙で、ガラスコーティングを施している

こうした手漉きの和紙を使った内装を担当したのが和紙職人のハタノワタルさん。個展、展覧会を通じて京都・綾部の黒谷和紙の魅力を世界に発信しており、2007年に京もの認定工芸師に認定。ダイニングに置かれた壁と同色のテーブルやカフェ&バーのカウンターも和紙を貼ってつくられたものだ。

和紙にベンガラを塗ったカウンター
和紙にベンガラと漆を塗ったカウンター。暗い赤みを帯びた色合いが印象的

LOGを特徴づけるのが色。建物の外観からダイニング、ライブラリーなど室内の彩色を手掛けたのは、イギリスのカラーアーティスト、ムイルネ・ケイト・ディニーンさん。

様々な色見本

彼女は尾道に滞在し、LOGのメンバーと現場で色の検証を繰り返し、114色に及ぶカラーレシピをつくりあげた。

ライブラリーの壁の色に、向かいに見える島々の緑を思わせる、セージグリーンを選んだのも彼女だ。

庭の木々を思わせるグリーンの壁色

スタジオ・ムンバイにあるビジョイさんの書斎をイメージしてつくられた空間には、書棚に哲学、詩、動物、料理といった多彩なジャンルの書籍が並び、知の豊かさが漂う。

階段の壁にあるカラーモザイク。塗料にケミカル素材が含まれていることが分かり、使われることはなかった
階段の壁にあるカラーモザイク。塗料にケミカル素材が含まれていることが分かり、使われることはなかった

幾つもの苦境を乗り越えて

LOGが完成したのは2018年12月。

リノベーションを始めたのは2014年。実に5年の歳月をかけて完成している。

江戸後期から明治初期の歴史的建造物を宿泊施設として再生した〈せとうち 湊のやど〉が1年、〈ONOMICHI U2〉が1年半と、同社がこれまでに手掛けたプロジェクトに比べると随分と時間がかかっている。

「昭和30年代の建物ですから耐震補強などもされておらず、立地も車が入れない坂道にあるので資材を運ぶのも人力。

自分たちでできることは自分たちで、というスタンスでやってきましたが、工事にお金がかかり、資金面で苦しい時期もあり、実際に1年ほどプロジェクトがストップしていたこともありました」

LOGへ通じる石段の道
LOGへ通じる石段の道

とLOG支配人の吉田挙誠さんは振り返る。

LOG支配人の吉田挙誠さん

さらに、工期が終盤に差し掛かった時期に起きた2018年の西日本豪雨災害も影響した。10日間の断水で工事は止まり、家具が冠水して仕上げ作業は困難をきたした。幾多の困難を乗り越えて完成したのがLOGなのだ。

LOGのロゴマーク

尾道にランタンのような明かりをともす活動拠点として

LOGの原型となった〈新道アパート〉は尾道の山の手に建つ鉄筋コンクリートのアパートという新しさも手伝って、尾道の新婚夫婦の住まいとして人気があった。商店街の60代、70代の店主の中には新婚時代をアパートで過ごしたという人も少なくない。

新道アパートの様子
新道アパートの様子

LOGとは「Lantern Onomichi Garden」の意味。尾道にランタンのような明かりをともす活動拠点に、との思いが込められている。

「LOGには記録や航海日誌という意味もあるんです。尾道に残る古い町並み。その面影を大切にしながら今ある建物を再生し、年を積み重ね、過去、現在、未来をつなぎ、町と人をつなげていく取り組みがLOGのプロジェクト。

木が年月とともに成長し、年輪を重ねていくように、この地で重ねた歴史を記録し、次に進んでいく存在でありたい」と吉田さん。

LOG支配人の吉田挙誠さん

変わらず、手を止めず

人が住まなくなり廃墟のようになっていた鉄筋コンクリートの建物を、人の手で生まれ変わらせたプロジェクトは、建物の完成が終わりではなく、むしろ、これから。

LOG

建築物という「点」で尾道と人を結ぶのが同社の役割と吉田さん。

ここを拠点に人の交差、交流、賑わいをつくりだしていくことがLOGの目指すところだ。
住環境と観光ツーリズムの展開にはまだまだできることがある。

ビジョイさんの思いを「咀嚼する」

プロジェクトがスタートした当初は、ビジョイさんの「哲学」を咀嚼しプロジェクトメンバーとの意思疎通をはかるのに時間がかかった、という。

言葉ひとつとっても、英語の会話をただそのまま訳したのではスタッフや職人には伝わらない。

尾道で指揮を執るビジョイさんの思いを汲み取り、理解し、それを日本語に翻訳して伝える必要があり、英語に堪能なだけでは乗り越えられない難しさがあったという。

尾道滞在中のビジョイさんの通訳兼サポート係として、共に仕事をした小林紀子さんは、ビジョイさんの言葉を出来る限りまっすぐ伝えられるようにと、細かな言葉ひとつ確認を取りながら、対話を重ねてきたそうだ。

通訳兼サポート係として、共に仕事をした小林紀子さん

一方で、作業現場ではビジョイさん自ら職人とともに手を動かし、通訳を介さずにジェスチャーを交え、対話した。

こうして「なぜ、いいのか」「なぜ、悪いのか」を意見しあう中で、プロジェクトの焦点が定まってきた。ビジョイさんの思いを「咀嚼する」時間はかかったが、若いスタッフにはその時間と経験こそが財産になった、と吉田さんは言う。

LOG支配人の吉田挙誠さん

こうしてつくりあげてきたプロジェクトの軌跡をLOGでは、ギャラリーとして宿泊者向けに展示している。

LOGのギャラリー

荷物を抱え坂道を上り下りし、関係者と折衝し、意見を戦わせながらLOGをつくっていった時間はもう戻ってこない。

「汗しかかいてない」と振り返る吉田さんだが、その汗がしみついた素材サンプルや図面、スケッチを燃やさず残しておくことは、プロジェクトが前に進むための小さな「明かり」になるのではないだろうか。

LOG
LOG
LOG

スタジオ・ムンバイと重ねてきたプラクシス(実践・検証)の過程をともにしたスタッフや関係者ばかりではなく、ここを訪れた宿泊客にとっても。

尾道と人、尾道の人と尾道を訪れる人をつなぐ「グルー」に

私たちは“手をつなぐ係”だと、吉田さんは言う。

LOGのプロジェクトは、尾道に建つ古い建築物に、スタジオ・ムンバイをはじめとする国内外のクリエイターたちの手が加わり、その手はさらに建物をつくる職人やサービスを提供するスタッフへと広がり、幾つもの人の手が重なり、形づくられてきたものだ。

そして、今、この手はLOGを訪れた宿泊客へとつながり始めている。

以前LOGに1週間滞在した海外の陶芸家は、帰郷後にLOGをイメージした器を制作し、自国で展示会を開催したという。

こんなふうに、作家の手で創り出されたLOGの環境やしつらいが、今度はLOGを訪れた誰かの創作意欲をかき立て、新たな作品や文化を生み出す。

尾道という土地の魅力がLOGという空間とあいまって、そこを訪れた人の感性を刺激する。目には見えないが、LOGの存在が人の心に小さな明かりをともし始めている証ではないだろうか。

「坂道」「ノスタルジー」「人情」など、尾道を語る言葉は幾多あるが、それにとらわれず、でも、尾道という地に根を下ろしながら、LOGは新しい言葉で語られる場になろうとしている。

LOG

「人と人、人と尾道、尾道の人だけでなく尾道を訪れる人をつなぐ、グルー(のり)の役割を果たすのがLOG。そういう存在でありたいです」と吉田さん。

どこを見ても、どこから見ても洗練されたイメージの宿泊施設だが、LOGの魅力は、それだけではない。

体温。人のぬくもりを感じる心遣いが、そこここに垣間見れる。
取材中にも大きな枝を抱えたスタッフに通りかかった。

大きな枝を抱えたスタッフ

自宅の庭にある花や枝を切り、LOGの一室に飾る。LOGに飾るといいんじゃないか。お客様に喜んでもらえるのでは?

そんな気持ちで20代から70代の幅広い年齢のスタッフがLOGに通っているようだ。共通するのは、LOGを大事にしたいという思い。

人の手はあたたかい。人の手が加わったものも、またあたたかさや熱を帯びる。そんなことを感じるLOGの空間だった。

LOG

<取材協力>
LOG
広島県尾道市東土堂町11-12
0848-24-6669
https://l-og.jp/

文:神垣あゆみ
写真:福角智江

「能面」の意味と種類。笑ったり泣いたり、実は表情豊かな能面の秘密

「能面」の役割とは

能の舞台で使われる「能面」。その役割と、実は豊かな表情の秘密に迫りました。

まずは「能」について簡単に触れておきましょう。

能は、能面をかけて演じる一種の仮面劇です。人ならざるものを演じる主役 (「シテ」といいます) は多くの場合、能面を身につけて登場します。

物語の冒頭に登場するワキと呼ばれる脇役によって、観客はシテのいる異界へと誘われる形で能楽の鑑賞が始まります。能のストーリーはシンプルで象徴的。話の筋を追うというよりは、物語の主題となる「悲しみ」などの感情や、クライマックスに向かって演じられる舞の「高揚感」そのものを味わいます。

※詳しくは「古典芸能入門 『能』の世界を覗いてみる 」をご覧ください。

能ではなぜ仮面をつけるのか?

主役のシテは神様や鬼、幽霊など異界の者であることが多く、私たち観客はシテを通じて「あちら側の世界」を垣間見ることになります。

こちら側とあちら側 (異界) を繋ぐ役割となるシテは、舞台上で生身の人間としてではなく、異界の者になりきることが求められます。連載の「能の回」でお話を伺った能楽師の山井綱雄 (やまい つなお) さんは「能舞台に立つにはトランスフォーメンション (変身) が必要です」とおっしゃっていました。

装束を身にまとい、全ての支度が済んだ演者は、「鏡の間」と呼ばれる舞台のすぐ奥に位置する特別な部屋 (揚幕1枚を隔てるだけで舞台と地続きの空間は、演者にとって舞台の一部。演者が精神を統一する空間です) で、鏡の前で厳かに能面を身につけます。

ちなみに、能面を身につけることは「つける」ではなく、「かける」と表現されます。魔法にかけられるような「変身」「憑依」の意味合いが感じられますね。

能面は、面 (オモテ) とも呼ばれますが、オモテに見せる顔をつけることで、演者はそのウラの暗闇の中に姿を隠すのだそうです。

日常生活において、お化粧をすることでシャキっと気合いが入り、モードが切り替わったり、振る舞いに差が表れたりといった経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。さっきまで部屋でダラダラとしていた自分はどこへやら。素顔と異なる顔で覆うだけで別の人格が姿を表すというのはなんとも不思議です。

能の世界でも、面をつけることは見た目としての変身に加えて、演者本人が内面から変身するための重要な役割を担っているというのにも頷けます。

若い女性の面「小面 (こおもて) 」
若い女性の面「小面 (こおもて) 」 写真提供:新井達矢

能面は無表情ではない?

ところで、「能面のような顔」という表現は、無表情で何を考えているかわからない様子を指しますが、能面は本当に無表情なのでしょうか。たしかに、展示されている能面を眺めると、女面などは表情が読み取りにくく感じます。

しかし不思議なことに、物理的には変わることのないはずの硬い木でできた能面を通して、舞台上で私たちは豊かな表情を見つけることができるのです。

例えば、一般的に怖いお面のイメージを持たれることの多い「般若 (はんにゃ) 」からは、怒りだけでなく、鬼になってしまった女性の悲しみや苦しみが感じられ、せつなくなります。

女性の怨霊を表現する面「般若」
女性の怨霊を表現する面「般若」

「小面」などの無表情に見える女性面も、悲しみのあまり涙を流しているようにすら見えたり、舞がクライマックスに向かう部分で恍惚とした表情が浮かび上がったり。様々な表情の移り変わりに驚かされます。

「曖昧な表情」「非対称な作り」に秘密。能面にも「利き顔」?

演者によって命が吹き込まれること、観客が投影する心情による効果は大きいですが、実は、能面の「曖昧な表情」や「非対称な作り」にも秘密があります。

この「曖昧な表情」は「中間表情」などと呼ばれることもありますが、おそらくはあらゆる「表情の元」を少しずつ備えているのではないかと言われています。これが演者の表現と結びつくことで多様な表情が浮かび上がります。

能面は左右が「非対称な作り」になっています。その違いは「陰と陽」とも呼ばれます。私たち生身の人間の顔も左右非対称で、カメラに向ける「利き顔」とも言うべき好きな角度がある方もいらっしゃいますね。

左右非対称に作られている女面。左右で目尻や口角の向きなど見比べてみてください。あからさまな違いはないですが、このわずかな差によって多様な表情が浮かび上がります。 写真提供:新井達矢
左右非対称に作られている女面。左右で目尻や口角の向きなど見比べてみてください。あからさまな違いはないですが、このわずかな差によって多様な表情が浮かび上がります。 写真提供:新井達矢

加えて、顔の上下の動きでも表情は変化します。能では、やや仰向けにすると高揚した様子(「照ル」といいます)、少しうつむくと陰りのある様子 (「曇ル」といいます) が表現されます。ほんの少しの角度の違いで、喜びや幸福感、いじらしさや悲しみに暮れる様子、恥じらいや絶望など様々な表情を感じさせるのです。

在原業平の顔を表したといわれるアンニュイなハンサム面「中将 (ちゅうじょう) 」
在原業平の顔を表したといわれるアンニュイなハンサム面「中将 (ちゅうじょう) 」

面をわずかに傾けるだけでも表情が変化します
面をわずかに傾けるだけでも表情が変化します。少し険しい表情?

無表情に見える能面に何か不気味さや怖さを感じている方は、ぜひ一度、能舞台の上で能楽師の顔にかかった能面をご覧になってみてください。

畏怖の念を抱くことはあるかもしれませんが、演者と一体になった能面からは、生きた多様な表情をきっと受け取ることができるでしょう。

※本日掲載した能面は、全て新井達矢 (あらい たつや) さんの作品です。こちらの記事では、面に魅入られその才能を日々磨き続ける若き職人・新井さんを訪ねています。ぜひご覧ください。

<参考文献>
『お能の見方』増補改訂版 新潮社 著者・白洲 正子、吉越 立雄 (1993年)
『能って、何?』 新書館 編集・松岡 心平 (2000年)

文・写真:小俣荘子 (「小面」写真提供:新井達矢)
こちらは、2017年9月23日の記事を再編集して公開しました。

【わたしの好きなもの】TO&FRO ORGANIZER AIR

荷物が多いわたしを救ってくれた、旅の相棒。


どこへ行くにも、とにかく荷物が多いのが長年の悩み。
PCや充電器はもちろん、癒しのアロマオイルやお菓子、仕事で使うデジタルカメラに紙の資料や文庫本…
「もしかしたら使うかも」という物まで含めてアレもコレもと大量に持ち運ぶその鞄の重量は、一時期10kgを超えていました。

そんな私に運命の出会いが訪れたのは、2019年5月。
石川県の繊維メーカーがつくる、世界最軽量オーガナイザー「TO&FRO ORGANIZER」に「AIR」なる究極版が登場したのです。
※オーガナイザーとは、整理整頓するためのポーチのこと。



魅力はなんといってもその軽さ!
一番小さいサイズは約9gで、その名の通り空気のように軽く、鳥の羽のように柔らかいのが特徴です。
宙に放つとふわふわと静かに落ちてゆくほど、恐ろしく軽いのです。

撥水機能があるからどこへだって連れていけて、くしゅくしゅと畳めば手のひらに収まるサイズに変身。

中身が透けて見えるほど薄い生地なのに、丈夫で長く愛用できるのは、繊維メーカーの皆さんの熱いこだわりが感じられます。



開発を重ねて誕生したその生地は、世界でいちばん小さくて軽い鳥・ハチドリの英名「Humming Bird」が名付けられています。
そんな生地を生み出したカジレーネ株式会社は、日本3大繊維産地・石川県の地で、世界中のアウトドアブランドや
大手アパレルメーカーから信頼を集める企業。なるほど、業界の方々は既にその技術力を知っていたのです。



このオーガナイザーが最も本領を発揮するのは、旅支度の瞬間です。
Sサイズであれば1週間分の靴下とハンカチは余裕で収納できて、
Mサイズならシャツが6枚入る大容量設計。
1gでも荷物を軽くしたい私にとって、とにかく最高の相棒です。



ただのオーガナイザーと侮るなかれ。
これは、心まで軽やかにしてくれるオーガナイザーなのです。


編集担当 広報 佐藤