デニムには「日常着」という言葉がぴったり似合います。いつからか、その軽やかさは一つのスタイルとして定着しました。
世の中に求められるうち、あるいは紡績の工夫が高まるにつれ、さまざまなデニムが店頭を賑わせるようになりました。ストレッチが効くもの、デニム生地なのに軽いもの‥‥今日紹介するのは、おそらくどれとも異なる履き心地、けれども“デニムらしさ”をしっかり備えた一本。
さらっとした肌ざわりと、しなやかさが心地よい、麻だけで織られたデニムです。
なぜ、麻だけのデニムはなかったのか?
このデニムを手がけたのは、「暮らしの道具」を取り扱う中川政七商店。現在こそ広範な商品を扱うブランドですが、もとは1716年に創業し、伝統工芸である奈良晒の製法を使った麻織物を作り続けてきた出自があります。
たとえば、綿と麻を合わせた「コットンリネン」など、麻が一定の割合で編まれているデニム生地は、これまでにもありました。その中で、麻という素材への思いを大切にしてきた中川政七商店が取り組んだのは、綿のようなしっかりしたデニムを麻で実現することでした。
中川政七商店のデザイナー・河田めぐみさんは、このデニムを企画したときのことを、こう振り返ります。
「デニムの定番は厚みのある生地です。あれは目を詰めて織っているからしっかりとした生地になるんです。
一方で麻糸は柔軟性がなく、糸にフシがあったり太さにムラがあるため、なかなか目を詰めて織れません。扱いの難しい素材なんです。仮に目を詰められたとしても、ムラの出やすい糸なので隙間ができたり、織り上がっても厚みが足りなかったり。織るスピードもゆっくりにしなければいけないから、大量生産にも向きません。
だからこそ、綿のようにしっかりした生地感の麻のデニムは、今までなかなか世の中になかったんですよね」
しかしながら、麻生地は、吸水、吸湿、速乾性に優れているのが魅力。もし、麻だけのデニムが実現できれば、夏場のように汗をかきやすいシーズンでも、さらりと着られるものが出来上がります。
さらに、綿には無い光沢感も、麻生地の特長。
「カジュアルになりすぎないので、年齢を重ねても長く履けるデニムになるはずと思いました」
世代を選ばず、軽やかに日々を楽しみたい人に勧められる一着になるという確信がありました。
ほどよい「ワーク感」のある麻生地を求めて、滋賀へ。
試作を重ねる中で、大切にしたのがほどよい「ワーク感」。
「麻100%の生地で試作してみても、いわゆる一般的な麻のパンツのようになってしまったりして。ちょっと柔らかすぎたんです。麻らしい柔らかな風合いは残しつつ、日常的に履いてもらうには、しっかり目が詰まった丈夫さも欲しい。
これ、という生地にはなかなか出会えませんでした」
そんな折、河田さんが生地の展示会で出会ったのが、明治30年に創業以来、滋賀県の近江湖東産地で、4代に渡って麻を織り続ける「林与」さんでした。
「展示会にデニムの生地を一つ出していらっしゃったんですけど、本当に麻だけで織っているのかな?と思えるくらい目もしっかり詰まった、まさに『デニム生地』だったんです。そこで改めて、林与さんの社屋を訪ねました。
倉庫を含めて“生地の山”でしたね。そこに、きれいなインディゴ染めの麻デニム生地を見つけたんです。目の詰まり具合も生地の柔らかさもちょうど良く、これならイメージしていた麻のデニムが作れると思いました」
河田さんが出会った理想的な麻デニムの生地。その生まれる現場を、私たちも見に行ってみることにしました。
「麻織物の本場」で伝統を守り続ける4代目
「近江麻布」をはじめ、麻織物で古くから知られる滋賀県の近江湖東産地ですが、高齢に伴って廃業する工場も多いなか、林与ではそれらの工場から織機を移設し、産地ならではの麻織りの文化を守り続けているメーカーです。
林与の4代目を務める林与志雄 (はやし・よしお) さんは、産地に息づく伝統を胸に、コレクションブランドや百貨店ブランド向けのリネンや麻素材を織り続けてきました。
「ただ、2000年くらいを境に、アパレルも売れない時代が長くなってきました。僕としても、自分にできるこだわりのものを作ってみたりしないとあかんと動き出したんです。
これまではアパレルメーカーのリクエストに沿った柄生地を織っていたところから、機械を調整してどこまで高密度に織れるだろうか、太い糸で織れないだろうか‥‥と工夫し出したんですね」
ストールブームがもたらした、「ゆっくりしか織れない」織機との出会い
そのきっかけになったのが、10年ほど前に訪れた「ストール」のブームに応えるために導入した「シャトル織機」でした。糸を織物にするための機械(織機)の中でも、古くから使われていたシャトル織機は、現代的な織機に比べてスピードが遅く、生産性の観点では劣ります。
いずれ時代の波に消える機械となるはずでしたが、その「ゆっくり」とした動作こそが、ストールに求められる独特の風合いや柔らかさといった特徴をもたらしました。
ゆっくりなら、切れやすい麻の糸とも相性が良く、目を詰めて丈夫に織ることができることもわかりました。シャトル織機に新しい生地づくりの可能性が見え始めたのです。
その後、林さんは非常に糸の細いアイリッシュリネンの生地を織るプロジェクトや、麻糸をうつくしく藍染めできる協力企業との出会いなどを経て、「麻でデニム生地を織る」という新しいチャレンジにも成功。
それも、古くからのシャトル織機を自ら調整し、向き合い続けた林さんだからこそ織れる生地でもありました。
「全ての糸のテンションが均一にならないと織れませんから、糸が切れないギリギリのところまで調節します。はじめは調子よく織れていても、途中でテンションが変わってくることもある。
機械に問題が起きれば、地べたに油がついていようが、織機の下にもぐって調整します。僕が仕事を始めた頃、同じように織機の下にもぐることを厭わない職人の姿を見て、『これこそが仕事なんだ』と感じたのを思い出しましたね。
ちゃんと“織る”という覚悟のある人でないと、これは織れないんですよ」
いまだかつてないほど「麻なのに目の詰まった」デニムの誕生
一日に織れる速度はゆっくり。織り始める前にも、織り始めてからも、糸の様子を見ながら調整を繰り返す。ただ、あきらめずに、完成形を追求し続ける──林さんの職人としての意気込みがあるからこそ、いまだかつてないほどの麻デニム生地が生まれていました。
「売り場には良いものがあふれていて、みんなが競争している。そういうふうな状況もわかります。
でも、その中だからこそ出来る仕事があるというか‥‥自分から仕事を生み出していくという意識も必要なんですよね。それができないことには、残っていけない業種ですから」
林与さんの生地だからこそ、しっかりとデニムのスタイルを楽しめて、それでいて麻の良さを十二分に感じられるものが出来上がりました。
かつてないほど「さらっと」着られるデニムには、「さらっと」は織れない職人の創意工夫が込められていたのでした。
<掲載商品>
麻デニムパンツ(中川政七商店)
<取材協力>
株式会社 林与
0749-42-3245
http://www.hayashiyo.com/
文:長谷川賢人
写真:尾島可奈子
*こちらは、2019年3月20日公開の記事を再編集して掲載しました。デニムを履きたいけど暑い‥‥ゴワゴワするのは苦手‥‥そんな悩みを解決するアイテム、ぜひチェックしてみてください。
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