「さらっと着られる」麻デニムパンツを中川政七商店が作りたかった理由

デニムには「日常着」という言葉がぴったり似合います。いつからか、その軽やかさは一つのスタイルとして定着しました。

世の中に求められるうち、あるいは紡績の工夫が高まるにつれ、さまざまなデニムが店頭を賑わせるようになりました。ストレッチが効くもの、デニム生地なのに軽いもの‥‥今日紹介するのは、おそらくどれとも異なる履き心地、けれども“デニムらしさ”をしっかり備えた一本。

さらっとした肌ざわりと、しなやかさが心地よい、麻だけで織られたデニムです。

なぜ、麻だけのデニムはなかったのか?

このデニムを手がけたのは、「暮らしの道具」を取り扱う中川政七商店。現在こそ広範な商品を扱うブランドですが、もとは1716年に創業し、伝統工芸である奈良晒の製法を使った麻織物を作り続けてきた出自があります。

たとえば、綿と麻を合わせた「コットンリネン」など、麻が一定の割合で編まれているデニム生地は、これまでにもありました。その中で、麻という素材への思いを大切にしてきた中川政七商店が取り組んだのは、綿のようなしっかりしたデニムを麻で実現することでした。

中川政七商店のデザイナー・河田めぐみさんは、このデニムを企画したときのことを、こう振り返ります。

「デニムの定番は厚みのある生地です。あれは目を詰めて織っているからしっかりとした生地になるんです。

一方で麻糸は柔軟性がなく、糸にフシがあったり太さにムラがあるため、なかなか目を詰めて織れません。扱いの難しい素材なんです。仮に目を詰められたとしても、ムラの出やすい糸なので隙間ができたり、織り上がっても厚みが足りなかったり。織るスピードもゆっくりにしなければいけないから、大量生産にも向きません。

だからこそ、綿のようにしっかりした生地感の麻のデニムは、今までなかなか世の中になかったんですよね」

麻デニム

しかしながら、麻生地は、吸水、吸湿、速乾性に優れているのが魅力。もし、麻だけのデニムが実現できれば、夏場のように汗をかきやすいシーズンでも、さらりと着られるものが出来上がります。

さらに、綿には無い光沢感も、麻生地の特長。

「カジュアルになりすぎないので、年齢を重ねても長く履けるデニムになるはずと思いました」

世代を選ばず、軽やかに日々を楽しみたい人に勧められる一着になるという確信がありました。

ほどよい「ワーク感」のある麻生地を求めて、滋賀へ。

白のカラーバリエーションも。

試作を重ねる中で、大切にしたのがほどよい「ワーク感」。

「麻100%の生地で試作してみても、いわゆる一般的な麻のパンツのようになってしまったりして。ちょっと柔らかすぎたんです。麻らしい柔らかな風合いは残しつつ、日常的に履いてもらうには、しっかり目が詰まった丈夫さも欲しい。

これ、という生地にはなかなか出会えませんでした」

そんな折、河田さんが生地の展示会で出会ったのが、明治30年に創業以来、滋賀県の近江湖東産地で、4代に渡って麻を織り続ける「林与」さんでした。

「展示会にデニムの生地を一つ出していらっしゃったんですけど、本当に麻だけで織っているのかな?と思えるくらい目もしっかり詰まった、まさに『デニム生地』だったんです。そこで改めて、林与さんの社屋を訪ねました。

倉庫を含めて“生地の山”でしたね。そこに、きれいなインディゴ染めの麻デニム生地を見つけたんです。目の詰まり具合も生地の柔らかさもちょうど良く、これならイメージしていた麻のデニムが作れると思いました」

河田さんが出会った理想的な麻デニムの生地。その生まれる現場を、私たちも見に行ってみることにしました。

「麻織物の本場」で伝統を守り続ける4代目

「近江麻布」をはじめ、麻織物で古くから知られる滋賀県の近江湖東産地ですが、高齢に伴って廃業する工場も多いなか、林与ではそれらの工場から織機を移設し、産地ならではの麻織りの文化を守り続けているメーカーです。

林与の4代目を務める林与志雄 (はやし・よしお) さんは、産地に息づく伝統を胸に、コレクションブランドや百貨店ブランド向けのリネンや麻素材を織り続けてきました。

「ただ、2000年くらいを境に、アパレルも売れない時代が長くなってきました。僕としても、自分にできるこだわりのものを作ってみたりしないとあかんと動き出したんです。

これまではアパレルメーカーのリクエストに沿った柄生地を織っていたところから、機械を調整してどこまで高密度に織れるだろうか、太い糸で織れないだろうか‥‥と工夫し出したんですね」

ストールブームがもたらした、「ゆっくりしか織れない」織機との出会い

そのきっかけになったのが、10年ほど前に訪れた「ストール」のブームに応えるために導入した「シャトル織機」でした。糸を織物にするための機械(織機)の中でも、古くから使われていたシャトル織機は、現代的な織機に比べてスピードが遅く、生産性の観点では劣ります。

いずれ時代の波に消える機械となるはずでしたが、その「ゆっくり」とした動作こそが、ストールに求められる独特の風合いや柔らかさといった特徴をもたらしました。

ゆっくりなら、切れやすい麻の糸とも相性が良く、目を詰めて丈夫に織ることができることもわかりました。シャトル織機に新しい生地づくりの可能性が見え始めたのです。

その後、林さんは非常に糸の細いアイリッシュリネンの生地を織るプロジェクトや、麻糸をうつくしく藍染めできる協力企業との出会いなどを経て、「麻でデニム生地を織る」という新しいチャレンジにも成功。

それも、古くからのシャトル織機を自ら調整し、向き合い続けた林さんだからこそ織れる生地でもありました。

「全ての糸のテンションが均一にならないと織れませんから、糸が切れないギリギリのところまで調節します。はじめは調子よく織れていても、途中でテンションが変わってくることもある。

機械に問題が起きれば、地べたに油がついていようが、織機の下にもぐって調整します。僕が仕事を始めた頃、同じように織機の下にもぐることを厭わない職人の姿を見て、『これこそが仕事なんだ』と感じたのを思い出しましたね。

ちゃんと“織る”という覚悟のある人でないと、これは織れないんですよ」

いまだかつてないほど「麻なのに目の詰まった」デニムの誕生

一日に織れる速度はゆっくり。織り始める前にも、織り始めてからも、糸の様子を見ながら調整を繰り返す。ただ、あきらめずに、完成形を追求し続ける──林さんの職人としての意気込みがあるからこそ、いまだかつてないほどの麻デニム生地が生まれていました。

「売り場には良いものがあふれていて、みんなが競争している。そういうふうな状況もわかります。

でも、その中だからこそ出来る仕事があるというか‥‥自分から仕事を生み出していくという意識も必要なんですよね。それができないことには、残っていけない業種ですから」

林与さんの生地だからこそ、しっかりとデニムのスタイルを楽しめて、それでいて麻の良さを十二分に感じられるものが出来上がりました。

かつてないほど「さらっと」着られるデニムには、「さらっと」は織れない職人の創意工夫が込められていたのでした。

<掲載商品>
麻デニムパンツ(中川政七商店)

<取材協力>
株式会社 林与
0749-42-3245
http://www.hayashiyo.com/

文:長谷川賢人
写真:尾島可奈子

*こちらは、2019年3月20日公開の記事を再編集して掲載しました。デニムを履きたいけど暑い‥‥ゴワゴワするのは苦手‥‥そんな悩みを解決するアイテム、ぜひチェックしてみてください。

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【わたしの贈りもの】新築・転居のお祝いに選んだ暮らしの道具


新築・転居ラッシュというほどでもないけれど、ここ数年で立て続けに友人たちが新たな住まいに移りました。「ぜひ遊びにきて!」と誘われ、手ぶらで行くことはもちろんありませんが、大切な友人が立派に新居を構えたとなると、お菓子や消耗品などの“消えもの”だけでなく何か形として残るものを贈りたいところ。
 
そこで今回は私が実際に新築・転居のお祝いに贈った3つの品をご紹介します。「高価すぎず、新たな暮らしの中で確実に役立つ、感じのいいもの」という自分なりのものさしで選び、後から振り返っても贈ってよかったな、と感じているものばかりです。




すごく喜ばれたのが「出しっぱなしにしておけるコロコロ」こと、カーペットクリーナー。今や一家にひとつは必ずある粘着クリーナーですが、インテリアにこだわる人ほどその見た目に納得いっていないはず。木と真鍮、レザーという素材の組み合わせがシックなカーペットクリーナーは、家具のような佇まいで玄関にも堂々と置けるのが魅力です。けれど6,500円(税抜)という価格は、自分で買うとなるとちょっと悩みますよね? ということは、贈ってもらえたら嬉しいということ。 “ほしいけど、ちょっと贅沢”という品はプレゼントに最適なんだな、と実感した贈りものでした。




結婚と同時に転居が決まった後輩に贈った、かもしか道具店のすりバチ。実はこれは後輩からのリクエストでした。すり鉢にあるはずの溝がないのが特徴で、実際自分も使ってみてこれは便利!と感動したアイテムです。内側が素焼きの状態で、ざらっとした土の質感を利用してゴマなどをすれるようになっています。ちゃんとすれるのはもちろん、すったゴマが溝に入り込まないので、無駄なくゴマが使える・洗うのが圧倒的に楽・食器としても使えるといいことづくめ。すぐに使えるようにすりこぎもセットにして、お祝い感のある「南都最上麻ふきん」を1枚添えました。




すごくシンプルで、贈りものとしては地味なのかもしれませんが、後々贈ってもらってよかった、と思ってくれることを願って選んだのが美濃焼の箸置き。新居に移った後は身内や友人を家に招いて食事をする機会も多く、きちっと人数分揃った箸置きがあると重宝します。箸置きのセットというと5個で1組のことが多いのですが、家族+来客となるとちょっと心許ない。7個入りという数も決め手になりました。小さな品なので見た目のボリュームを考え「THE 醤油差し」、ふきんと組み合わせて贈りました。


大人になればなるほど人それぞれ暮らしぶりが違うことを実感し、贈りものには無難なものを選ぶことが多くなりました。けれど、新たな暮らしを応援する意味も込めて贈るお祝いの品ならば、こんな暮らしの道具もきっと悪くないはず。時間をかけて友人の暮らしになじみ、便利に使い続けてくれたらいいなと思って選んだ、私なりの贈りものです。

 

幻の薬用酒「サフラン酒」を求めて長岡へ。創業者が財を投じた「日本一の鏝絵 (こてえ) 蔵」も必見

美味しいお米と越後の山々の清らかな雪解け水が、多くの銘酒を生み、蔵元数日本一と言われる酒どころ新潟。

そんな新潟で、明治時代、日本酒ではないお酒が誕生し、一世を風靡したのをご存知でしょうか。

その名も「サフラン酒」。

機那サフラン酒本舗

サフランとは西南アジア原産のクロッカス属の花。

「サフラン酒」はお酒といっても、サフラン、はちみつ、桂皮、丁子、甘草など20種類以上の植物などを調合した薬用酒で、あの養命酒と人気を二分したとも言われています。

今回はこの「サフラン酒」で巨万の富を得た人物と、彼の夢を形にした美しい館のお話です。

世にも珍しい日本一の「鏝絵蔵(こてえぐら)」

訪ねたのはJR長岡駅からひと駅、信越本線宮内駅を出て徒歩10分ほどのところにある摂田屋(せったや)地区。

この辺りは江戸時代、天領地(江戸幕府の直轄地)だったため、特別に自由な商いが認められてきたこともあり、醸造の技術が発達してきました。

今も県内最古の酒蔵「吉乃川」をはじめ、酒、味噌、醤油の蔵が並ぶ醸造の町として知られています。

そんな街の一角にあるのが、明治20年創業の「機那サフラン酒本舗(きなさふらんしゅほんぽ)」です。

機那サフラン酒本舗

母屋の隣には立派な蔵。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

一階部分は海鼠壁(なまこかべ。壁面に平瓦を張り、その目地に漆喰をかまぼこ型に盛り付けて塗る方法)、扉には色鮮やかな装飾が施された「鏝絵蔵(こてえぐら)」です。

江戸末期にはじまった左官技法「鏝絵」とは?

鏝絵とは、漆喰の壁に鏝を使って施す漆喰装飾の一つで、江戸末期に活躍した左官職人・入江長八が作ったのがはじまりと言われています。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
羊と菖蒲

全国的に見ても、これだけ多くの鏝絵が施された蔵は珍しく、また保存状態も極めてよいことなどから「日本一」とも言われています。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

扉(戸前・とまえ)に描かれた鏝絵は、十二支、鳳凰、麒麟など縁起物尽くし。

日本一というのも納得の豪華な蔵です。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
右:犬と牡丹。犬には安産祈願の意味もある/左:馬と桜。シャレのような取り合わせがおもしろい
機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
こちらは牛と紅葉。牛の体の色は紅殻(ベンガラ)が使われている
窓には鳳凰。軒下には2匹の龍。軒下にまで鏝絵があるのは珍しいそうです

大仕掛けの行商でサフラン酒を売り歩いた男

これだけの蔵を建てたのはどんな人物だったのでしょうか。

「機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会」の平沢政明さんにお話を伺いました。

「こちらがサフラン酒の生みの親、吉澤仁太郎さんです」

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

1863(文久3)年、摂田屋の隣村で農家の次男として生まれ、19歳の時、奉公先の薬種屋(やくしゅや。現在の薬屋)で薬酒の製法を学び、21歳で「サフラン酒」を開発。

「自分で調合したサフラン酒を竹筒に入れて、行商から始めたと言う話です」

行商の仕方も大仕掛け。

宿の近くの薬屋にサフラン酒のサンプルを置かせてもらい、宿に帰って自分が腹痛を起こすと「サフラン酒を持ってきてくれ」と頼み、飲むとたちどころに治ってしまうというもの。

まるでガマの油売りのよう。

「そんな話を聞けば話題になる。昔の人はそういうのを喜んだのかもしれませんね」

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

女性がお酒を飲む機会がなかった時代。でも「薬なら」。女性をターゲットにしたサフラン酒は人気となり、瞬く間に売り上げを伸ばしていきます。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
琥珀色がきれいなサフラン酒。現在はリキュールとして新潟銘醸株式会社が製造している

当時、サフランは輸入品で高価なものだったそうです。

「どうやって手に入れたのかわかりませんが、情報通で噂を聞きつけたんでしょう。

効能だけでなく、ハイカラで、いかにも女性が好きそうですよね」

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
サフランの花と球根

富を得て、興味は商売から趣味の世界へ

明治27年、現在の摂田屋に移転。31歳で「機那サフラン酒本舗」を創業した仁太郎さん。

一代で大成功を収め、大地主となります。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
広告には新潟県出身の歌手、三波春夫を採用
機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
当時のチラシ。店の前には高さ12m、彫刻が施された大看板があった(現在、本舗の土蔵に保管)

やがて、仁太郎さんの興味は商売だけでなく、建築や造園、古銭蒐集など趣味の世界に広がっていきます。

自作の打ち上げ花火でお寺が全焼

高価なものを見栄え重視で惜しみなく使うのが仁太郎流。

「たぶん、人を驚かせたかったんでしょうね。打ち上げ花火も自分で作っちゃうんですよ」

打ち上げ花火?

「打ち上げて、400mくらい離れたところにあったお寺を全焼させたとか、家の建前の時には屋根から小判をまいたとか、派手な逸話の多い人ですね」

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
大黒天。打ち出の小槌からは小判が。仁太郎さんそのもののような構図

まるで絵に描いたような豪商ですが、地元の人たちには愛されていたのではと平沢さんは言います。

「不景気の時には、職にあぶれた人たちを呼んで庭の草取りをさせ、日当を払っていたとういう話も残っています」

仁太郎の夢を叶えるため、商人から左官職人となった河上伊吉

人をあっと言わせたい。先ほどの鏝絵蔵にも、仁太郎さんの心意気が感じられます。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

鮮やかな色彩は岩絵の具を使ったもの。

一際目を引くブルーはラピスラズリ。サフランの花の色にも似ています。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

そんな仁太郎さんの夢の館を、今に残る「日本一の鏝絵蔵」に仕上げたのが、左官職人・河上伊吉(かわかみ・いきち)です。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
鏝絵の端には、左官・伊吉を表す「左伊」の文字

「鏝絵蔵を作ってみないか?」

仁太郎さんから伊吉へそんな誘いがあったのかどうか、きっかけは定かではありませんが、伊吉は富山へ左官の修行に出ます。

もとは近所に住む商人で、酒・味噌・醤油・薪炭の行商をしていました。

「仁太郎よりふた回りほど年下で、親子ほど年が違いましたが、とても仲が良かったようです」

左官の技術を身につけると仁太郎の元へ戻り、鏝絵蔵をはじめ吉澤家の13の建物づくりに携わりました。

伊吉の鏝絵の特徴は立体感。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
恵比寿
機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

「盛り上がり方がダイナミックですよね。背景を黒くしているのは、絵を浮き出たせて立体的に表現するためじゃないかと言われています。

左官屋さんに聞くと、鏝絵だけでなく、壁の仕上げや細かいところまできっちり仕事をしているようです」

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
右:うさぎと松、左;鶏と菊。軒下にはレリーフが施されている

それだけの腕前を持っていたのに、伊吉が携わったのはサフラン酒本舗だけ。

「しかも、左官の仕事をする合間にサフラン酒の行商もしていたようです」

左官職人になりたかったわけではなく、仁太郎の元で働きたかった。

一緒に鏝絵蔵を作りたかった。

「ふたりは好きなものが同じだったんだろうと思います」

世代を超えて同じ趣味を持つもの同士、よほど気があったのかもしれませんね。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
鏝絵蔵より10年前に造られた衣装蔵。伊吉30歳の作品。一階部分には、当時は輸入品で高級建材だった波鉄板で覆われている
機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
伊吉が手がけた初期の鏝絵

窓を閉めたのは空襲の時、一度だけ

仁太郎さんと伊吉の夢が詰まった豪華な鏝絵蔵。きっとサフラン酒や高価なお酒がたっぷりと入っていたんでしょうね。

「いえいえ、違います。これは見せるための蔵です」

見せるため?どういうことでしょうか?

「この蔵、窓だらけでしょう?普通は蔵にこんなにいっぱい窓はつけません」

確かに!

「蔵には防火や泥棒よけの役割があります。火事から守るための土蔵なのに、この蔵は窓だらけ。きっと鏝絵の窓をつけたかったんでしょうね」

鏝絵があるのは窓の内側で、閉めると見えなくなってしまうため、雨の日も閉めることはなかったと言います。

「冬は雪囲いをしていたようです。閉めたのは長岡空襲の時、一度だけだったそうです」

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

執念というかなんというか。まさに見せるための蔵。

「実際は事務所に使っていたようですが、使いづらかったでしょうね(笑)」

手本としたのは江戸時代末期に越後で活躍した石川雲蝶!?

作品作りには目を養うもことも必要。

ふたりは度々、魚沼の小出方面に出かけていたと言います。

小出には、先日さんちでご紹介した越後のミケランジェロこと「石川雲蝶」が手がけた作品が多く残されており、それを観に出かけていたのではないかとのこと。

石川雲蝶作の天井彫刻「道元禅師猛虎調伏図」(赤城山西福寺開山堂所蔵)
石川雲蝶作の天井彫刻「道元禅師猛虎調伏図」(赤城山西福寺開山堂所蔵)

石川雲蝶は彫刻だけでなく鏝絵も手がけています。

もしかしたら雲蝶の作品を手本にしていたのかもしれません。

ちなみに、こちらは雲蝶作の彫刻「羊」(貴渡神社所蔵)。

サフラン酒本舗鏝絵蔵

こちらが伊吉作の鏝絵「羊」。どちらもヤギっぽいところが似ているような。

サフラン酒本舗鏝絵蔵

*石川雲蝶については魚沼で越後のミケランジェロ「石川雲蝶」の世界に酔いしれるもぜひお読みください。

震災後、現代によみがえった夢の館

こうして一代で築き上げたサフラン酒本舗ですが、昭和16年に仁太郎さんが亡くなった後は衰退の一途を辿ります。

「昭和40年頃までは裕福だったようです。その後は建物や庭の管理が行き届かなくなって荒れ果て、忘れ去られていったという感じですね」

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

サフラン酒本舗が再び注目されるようになったのは、2004年の中越地震の後のこと。

地域で摂田屋に残る歴史的な建造物などの保存活動をする中、仁太郎さんの豪邸の一部も保存されることになったのです。

鏝絵蔵は、全国から寄せられた復興基金によって修復。その後、地域の人たちや大学生のボランティアが庭園や室内の清掃を繰り返し、2015年より機那サフラン酒本舗の一般公開がはじまりました。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
現在、2013年に発足された「機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会」が保存活動、公開を行っている(写真提供:機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会)
機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
伸び放題だった草を刈って、ようやく庭の全貌が見えてきた(写真提供:機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会)

多くの方に見ていただけて、仁太郎さんたちもうれしいでしょうね。

「きっとそうだと思います。そのために作ったんでしょうからね。仁太郎さんの想いを大切に活動しているので、来て、見て、喜んでもらえるとうれしいですね」

さて、仁太郎さんの人となりが溢れる夢の館。いかがでしたでしょうか?

鏝絵蔵のほかにも、奇想天外な庭、豪華絢爛な離れ座敷など、まだまだ見所はたくさんあります。

みなさんもぜひ、仁太郎さんの創り上げた世界へ足を運んでみませんか。

お土産には、香り豊かなサフラン酒をどうぞ!

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵

<取材協力>
機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会
新潟県長岡市摂田屋4-6-33

機那サフラン酒本舗の公開
[公開日時]土曜日・日曜日・祝日の10:00~15:00
※詳細情報はFacebook「醸造の町摂田屋町おこしの会」

文・写真 : 坂田未希子

*こちらは、2018年8月3日公開の記事を再編集して掲載しました。新潟・長岡に行ったら圧巻の装飾をぜひその目でご覧ください。もちろんお土産にはサフラン酒を忘れずに!

まるで本物。日本生まれの「究極の猫クッション」は毛色ごとの手触り

究極の猫クッション「Fabrico (ファブリコ) NEKO」シリーズ

世の中に猫クッションは数あれど、毛色ごとに手触りを変えているのはこのクッションだけかもしれません。

しかもずっと触っていたくなる心地よさ。

「Fabrico (ファブリコ) 」というファブリックアイテムブランドの「NEKO」シリーズです。

「Fabrico (ファブリコ)  NEKO」シリーズ

シリーズというだけあって毛色は3色。なんと、それぞれに触り心地が違います。

「Fabrico (ファブリコ)  NEKO」シリーズ白
「Fabrico (ファブリコ)  NEKO」シリーズ黒
「Fabrico (ファブリコ)  NEKO」シリーズグレー

まるで本物の猫のような再現力。

その秘密は生産している産地にありました。

あの国会議事堂の椅子も、この産地生まれ

Fabricoの生まれ故郷は和歌山高野口。

霊験あらたかな高野山の麓に広がるこの一帯は、世界唯一の「特殊有毛パイル織物」の産地です。

ゆったりと流れる紀ノ川ぞいに街並みが広がる高野口町
ゆったりと流れる紀ノ川ぞいに街並みが広がる高野口町

ものづくりの歴史は江戸中期にまでさかのぼり、国会議事堂や新幹線の椅子張りから、世界的なブランドのドレスやコートにいたるまで、国内外で高野口のパイルファブリックが活躍しています。

以前パイル織物製造の現場にお邪魔した様子はこちら:「世界遺産・高野山から生まれた『最高峰』のパイル織物」

それほどの実力を誇りながら、生地産地である高野口の名前は表に出ることはありませんでした。

「世界唯一の実力を、『知る人ぞ知る』ではなく、もっと多くの人に知ってもらいたい」

そんな思いからFabricoを立ち上げたのが、杉村繊維工業株式会社の杉村さんです。

杉村繊維工業株式会社の杉村さん
代表の杉村さん
一度途絶えた「再織 (さいおり) 」という技法を使った織機
一度途絶えた「再織 (さいおり) 」という技法を復刻させるなど、これまでも産地の活性化に取り組んで来ました

高野口の誇るフェイクファーの技術を活用して、他のメーカーとも協業しながら薄型でクッション性の高いチェアパッドを開発。

杉村繊維工業株式会社が他のメーカーとも協業して開発した薄型のチェアパッド

さらに、滑らかな手触りを活かし満を持して登場させたのが猫クッションです。

Fabrico

ふわふわの触り心地を出すには、生地を織った後の仕上げがとても大切なのだとか。

記事の仕上がり比較
右が織っただけの状態。上の黒いブラシで、左のような仕上がりに!

糸の素材、生地の織り方、毛の長さ、仕上げを微妙に変えることで、毛色ごとに違う手触りを実現しているそうです。

最近では猫型ドアストッパーも人気とのこと。

猫型ドアストッパー
猫型ドアストッパー
ぶつかっても、起き上がり小法師のようにゆらゆら揺れてしっかり安定。本当に猫がいるような存在感です

猫を飼っている方はもちろん、「猫は好きだけどペット禁止の家で飼えない‥‥」という方への贈り物にも良さそう。

究極の猫クッションは、究極の技術のたまもの。世界に誇る産地の看板猫でもあるのでした。

<掲載商品>

Fabrico NEKO
Fabrico NEKO door stopper
Fabrico チェアパッド

<取材協力>
杉村繊維工業株式会社
http://fabricofabrico.jp/

文:尾島可奈子

タイルカーペットの新定番。パズル感覚で組めるDIYカーペットの誕生秘話

子どもが自然に寝ころぶカーペット

きっもちいい~と言いながら、娘がいきなりゴロンッ。二子玉川のショップ「DIYファクトリー」の店内にディスプレイされたカーペットの上で、大の字に寝ころんだ。

お、いいねえ!と言いながら娘の写真を撮る僕を、ほかのお客さんが不思議そうに眺めている。

人目も気にせずくつろぐ娘の姿を見た妻も、靴を脱いでカーペットの上に。そして頷く。

「うん、うん」

7月26日、1962年創業のカーペットメーカー・堀田カーペットの新作、DIYカーペット「WOOLTILE」が、DIYファクトリーにて初公開された。100パーセントウールで1枚50センチ四方、カラーは8色、パターンは4つ。

堀田カーペットの新作、DIYカーペット「WOOLTILE」

パズル感覚で、好きなカラーや模様を並べて置く。裏側には滑り止めがついているから、ズレる心配もない。部屋の形に合わせて、ハサミやカッターで簡単にカットすることもできる、今までありそうでなかったカーペットだ。

堀田カーペットの新作、DIYカーペット「WOOLTILE」
カーペット使用イメージ
堀田カーペットの新作、DIYカーペット「WOOLTILE」

マンション住まいの我が家は最近、下の階の住人から「お子さんの足音がちょっと‥‥」と言われていた。

それからは足音に(それまで以上に)気を付けるようになったけれど、育ち盛りで元気いっぱい、踊ったり歌ったりするのが大好きな4歳に、「走らないで!」「ドンドンしないで!」と言い続けるのは、こちらもつらい。

注意されるたびに足音を殺して忍者のようにソロソロ歩いている娘をみて、防音マットを買わなきゃなと決意した。

でも、どこで売っているのかわからない。仕方ないからネットで探せば山ほど出てきて、どれがいいのかわからない。

価格とデザインを見て適当に選び、「これどう?」と妻に見せると、「う~ん‥‥」。

わかる、その気持ち。もともとぜんぜん欲しくないものを買って家に置くって気乗りしないよね。

はて、どうしよう。早く買わなきゃという焦る気持ちと欲しいものがないという諦めを抱えていたタイミングで取材に行ったのが、大阪・南部、和泉市にある堀田カーペットだった。大阪は全国シェア8割を誇る、カーペットの一大産地だ。

堀田カーペット

希少で優秀なウール100パーセントのカーペット

一大産地のなかでも堀田カーペットは糸から開発している稀有な企業で、すべての商品にウールを使用している。

イギリス発祥の「ウィルトン織機」で織られたそのウールカーペットは誰もが名を知るような有名ブランドのブティックや高級ホテルで採用されている。

3代目社長の堀田将矢さんが、カーペットについて知られざる事実を教えてくれた。

堀田カーペット3代目社長の堀田将矢さん

「世の中にあるカーペットで実際に糸を織って作られているものはほとんどなくて、日本のカーペットの99パーセントが布に刺繍され、ファブリックや樹脂を貼り合わせた工法ですね。

それに対して僕らが作っているのは、経糸と横糸を縒り合わせてつくる伝統的なカーペット。技術的に難しいうえに、織機自体がもう日本に20台ぐらいしか残っていないので、この方法でカーペットを作っている会社は日本に数社しかありません」

カーペットの断面
工場の風景

なるほど、堀田さんのところで作るウールカーペットは、そのもの自体がレアなのだ。

もうひとつ、目から鱗だったのは、ウールの機能性。

調湿機能が高く、夏は冷たい空気を、冬は暖かい空気を均一に保つ働きをする。そのため、湿度の高い日本の夏や梅雨にもさらっと快適とのこと。

堀田さんのご自宅。お風呂とトイレ以外、すべてカーペット敷き
堀田さんのご自宅。お風呂とトイレ以外、すべてカーペット敷き

衛生面でも、優秀だ。「カーペットはホコリをため込むので不衛生」というイメージを持っている人もいると思うが(僕もそうだった)、大きな誤解だった。

一本一本の毛がホコリをからめ取るのは事実ながら、だからこそフローリングよりもホコリが舞い上がらず、むしろ部屋の空気をきれいに保つ。

しかも、ホコリを絡めとっているのはカーペットのなかに織り込まれている「遊び毛」で、普通に掃除機をかければすんなりと吸い込まれていく。

動物の毛なので油分を含んでいて汚れや液体を弾くので、例えばコーヒーをこぼしてもすぐに拭き取れば沁み込まない。

カーペットに液体をこぼしてもすぐに拭けば大丈夫

織機を使ったウールカーペットの希少性、堀田カーペットにしか表現できない織りの技術力、一本の糸から開発する企画力に加えて、ウールの機能性も高く評価されているから、引っ張りだこなのだろう。

オフィスやショールーム、個人宅からの依頼も多く、堀田さんは日々、飛び回っている。

日本唯一の技術を使ったカーペットを開発

ちなみに、堀田カーペットのメインの事業はフロアや部屋全体に敷き詰める「敷き込み」なのだが、一部のお客さんからの依頼に応じられないことが何度か続いて、モヤモヤしていた時期があったそう。

カーペットを部屋にビシッと敷くのは職人の仕事で、事前にドアの高さや部屋の間取りなどチェックしなければいけないことがいくつかある。

それを一軒、一軒を見て回るのが難しかったのだ。このもどかしい思いを晴らすために開発したのが、DIYカーペット「WOOLTILE」だった。

「うちには敷き込み工事が必要なwoolflooringというブランドと、COURTというラグのブランドがあったんですけど、その中間がなかった。

それで、お客さんが自分で敷けるようなカーペットをつくればいいんじゃないかって。そうしたら、これまでなかなか請け負えなかった小さなスペースもカーペットになる。

うちのカーペットをたくさんの人に体験してらうことができるじゃないですか。思いついた時、これはもう絶対にいける!って感覚がありましたね(笑)」

開発に当たり、カギを握ったのが「アキスタイル」というタイルカーペット専用の織機だった。

「アキスタイル」というタイルカーペット専用の織機

あるウィルトンカーペット最大のメーカーが独自に開発したもので、精密なデザインをミリ単位で表現できる日本唯一のマシンである。

以前からアキスタイルに注目していた堀田さんは、2017年にその会社が倒産した際、「この技術だけは引き継がなくては」と買い取ることを決意。

使い方をわかる人が同社にしかいなかったため、働いていた職人も一緒に雇い入れた。

「もちろん、リスクも考えましたよ。でも、ウールカーペット産地を維持していくためにも、引き継いでいくことが重要だったんです。

会社としても、新しい分野を開拓したいという想いもありましたし、なによりも『うちでしかできないものづくり』ができるのは面白い、楽しいという感覚があったんです」

職人の作業風景
工場外観

堀田カーペットにしかできないものづくり

デザイナーと相談しながら進めた「WOOLTILE」のイメージは「男っぽくも女っぽくもない、かわいくもかっこよくもあるもの」。

完成したのは8カラーに4パターンの、カジュアルでありながら品の良さを感じさせるデザインだった。

「WOOLTILE」使用イメージ
「WOOLTILE」使用イメージ

無地のもののほかに、斜めに一本のラインが入っているもの、まんなかを横切るラインが入っているもの、縁取り的にラインが入っているものがある。

これを並べると、どれをとってもラインがビシッときれいにつながる。これこそ、アキスタイルの真骨頂。購入者が自由にラインを組み合わせることで、DIY感も出した。

堀田カーペットの新作、DIYカーペット「WOOLTILE」
堀田カーペットの新作、DIYカーペット「WOOLTILE」

ウールはもともと衝撃吸収力が高いけど、キッズスペースや子ども部屋で使われることも想定して防音性能も高めた。

ネットでタイルカーペットと検索すれば、数えきれないほどの商品が出てくる。しかしウール100パーセント、なおかつデザイン性の高いものはほかにない。

まさに堀田カーペットにしかできないものづくり。堀田さんに手ごたえはありますか?と尋ねると、「自信がある」と力強くうなづいた。

DIYファクトリーで「WOOLTILE」を見た妻が気にいったのは、デザイン性だった。防音のために仕方なく買わなきゃいけないものから、「リビングを彩るもの」に意識が変わったのだろう。

その後は店に敷かれたカーペットに座ったまま、何色にするか、どのデザインにするかの会議が行われた。

その間、娘は足を延ばして座ったり、また寝転んだりとウールカーペットの気持ちよさを楽しんでいた。

「WOOLTILE」の本格発売は2019年9月。堀田カーペットのECサイトで購入できる。堀田さんはその日をドキドキしながら待っている。

<取材協力>
堀田カーペット株式会社
http://www.hdc.co.jp/

「WOOLTILE」ECページ
https://shop.hdc.co.jp/pages/wooltile

<関連商品>
COURT(堀田カーペット)

文:川内イオ
写真:中村ナリコ、商品写真:堀田カーペット提供

「すりこぎの材質は山椒の木が最適」。その理由を益子の竹工房せきねで知る

こんにちは。細萱久美です。今年も、日々の暮らしを楽しく、豊かに彩る工芸や食を探訪し、「さんち」に発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

前回、頼れる知り合いがいることで縁の深まった岐阜の「のぼり鯉」を紹介しました。今回も、友人や仕事のご縁もあって、ここ数年で定期的に訪ねるようになった益子町から暮らしの良品を紹介いたします。

益子町は益子焼でも有名で、以前からかなり気になる地域でもあった割に行く機会がほとんどありませんでした。

東京から車だと約2時間で小旅行感覚ですが、電車だと約3時間かかり、ペーパードライバーの私には少々腰が重たかったかもしれません。秋葉原から直行のバスがあることを知ってから、行きはヨイヨイで笠間の知り合いを訪ねては、作家さんの工房や美味しい店に連れてもらっています。

益子のすりこぎ工房へ

中川政七商店に勤務していた当時に、益子のすりこぎ工房にお世話になりました。

すりこぎ屋がつくったツボ押し
開発商品は、すりこぎを作る技術で作った「ツボ押し」。通常のすりこぎ作りには足りない細めの枝を利用して作りました。部分的に木の皮を残すので手になじみやすく、固すぎず柔らかすぎない木の触感が肌当たりも良く仕上がりました

ご相談に乗っていただいたのは、「竹工房せきね」の関根さん。

ホームページだとすりこぎがメイン商品になっていますが、精巧な竹細工の商品も様々作られています。工房での製作と、春から秋にかけては全国のクラフトマーケットを巡回することをお仕事の二大柱にされています。

山椒の木からつくられる「竹工房せきね」のすりこぎ

工房を訪ねたのは2018年2月。まだ雪の残る寒い時期でしたが、すりこぎの材料である山椒 (さんしょ) の木を採りに入る近くの山まで案内してもらいました。

特に整備されていない野生的な山で、少しの見学で終わりましたが、伐採時期は10月〜2月の真冬なので、木を切って担いで降りるのはどれだけ大変な作業だろうと想像しました。

雪が無ければまだ良くて、雪が降ると当然足もとられるし、山の麓まで行くのさえアイスバーンで危険との隣り合わせだそうです。

平地の畑に植樹も始めたそうですが、太く育つのに10年かかると。なんて気が遠い話‥‥。

すりこぎの原料となる山椒の木の植樹

そして伐採した山椒の木はすぐには使えず、約1年間しっかり乾燥させてからカットや削りの工程を経て仕上げます。

真っ直ぐとは限らず、太さもまちまちな山椒の木を1本1本加工するのも大変ですが、何より伐採作業は体力・気力無しでは続けられないことです。それもあってか、国産の山椒の木のすりこぎをここまで安定的に、専門で作る工房は他には無いかもしれません。

すりこぎの原料となる山椒の木
山椒の木を研磨機にかけて磨く様子

アケビやマタタビなどの籠やざるの産地・東北でも聞いた話を思い出しましたが、天然材料による商品作りは、当然ながら材料が無いと始まりません。

その収穫が過酷であればあるほど従事者が減少し、高齢化も重なって、製品の種類や量が減っていくのも仕方がなさそうです。

まだまだお元気な関根さんではありますが、無理はせずに続けていただきたいなと思っています。

すりこぎの材質は、なぜ山椒の木が最適?

天井から吊り下げられたすりこぎ

ところですりこぎに山椒の木が最適なのは、木に解毒作用があり、擦った際の木の粒子が、冷蔵庫の無い時代には食あたりを防ぐとされていたそうな。

現代にその必要はなくとも、自然の凸凹がしっかり握りやすく、すりこぎはやはり山椒の木が最適であると感じます。

竹工房せきねでは、直径35ミリメートル、長さ20センチメートル程度の一番人気のMサイズから、大きなものは長さ40センチメートルまで製造しています。

ただ、乾燥工程の今の時期、在庫は品薄で5月位からある程度潤沢にお届けが可能になるそう。気になる方はご予約をおすすめします。

「竹工房せきね」関根さんのすりこぎ

もしお訪ねの際は、関根さんお一人で作業されているので、事前にご連絡を。
大きいけれど温厚なワンもおります。

車でしたら、「さんち」の益子紹介スポットを回られても楽しそうです。

「竹工房せきね」の関根さん

<取材協力>
竹工房せきね
住所:栃木県芳賀郡益子町七井1162-2
電話:0285-72-4434

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

Instagram

文・写真:細萱久美

*こちらは、2019年2月12日公開の記事を再編集して掲載しました。なにげなく使っていた道具でも、丁寧に職人が作っている背景を知るとより一層愛着が増しますね。