「何を基準に服を選ぼう?」
「どんな服を着よう?」
見た目が好みか、自分に似合うか、だけを基準に服を手に取っていた若い頃から、最近は、もう少し別のものさしも持つようになりました。
例えば、着心地。
やわらかで、動きやすく、ストレスなく着られるか。長く大事に着たい服だからこそ、無理なく着られることをとても大事にしています。
また、もう一つ気になるのは、ものづくりの姿勢です。
せっかく迎えるなら、素敵だな、応援したいと感じるつくり手さんのものを手にしたい。最近は、そんなふうにも思うようになりました。
もちろん、纏うことで自分の気持ちが晴れやかになることも大切。なんだかんだ言いつつも、直観的に心を動かされるデザインは服を選ぶうえで譲れない視点です。
そうやって迎え、クローゼットに並んだお気に入りの洋服たち。たくさん持っていたあの頃よりはいささかスッキリしましたが、どれも着るたびに少し強くなれそうな、そして今日も自分らしく過ごせそうな力を、私にくれるのです。
今回ご紹介するのは、中川政七商店の洋服づくりの頼りとなるつくり手の一社・A-GIRL’S(以下、エイガールズ)さん。ニットの生地開発を行うテキスタイルメーカーで、和歌山に拠点を持ちながら、国内はもちろん世界のメゾンからも信頼されるつくり手さんです。
どんなものづくりの矜持があるのか知りたくて、和歌山まで訪ねました。
老舗ファクトリーを背景にテキスタイル開発を行う、和歌山のニッター
JR和歌山駅から電車で2駅。ホームに降りると、木々の緑に染まる山を背景に、小さな工場や民家を抱いた街並みが広がります。穏やかな景色が続く道を、のんびりした気持ちで歩くこと4分。昔ながらの工場や住宅地のなかで、ひときわ目を引くクールな建物に出会ったら、それはきっと、今回ご紹介するエイガールズでしょう。
手前にショールームがあり、奥に見えるのがエイガールズの本社。窓が大きく、コンクリートむき出しの壁に、すっきりと手入れされた庭の植栽が印象的です。清々しい気持ちを受け取りながら扉を押すと、取締役の尾崎孝夫さんと、中川政七商店担当の西秀敏さんが迎えてくださいました。
ところで皆さんは、そもそも「ニット」とはどんな生地を指すかご存知でしょうか。多くの方がまず思い浮かべるのは、毛糸で編まれた、冬によく着る暖かいあの生地かもしれません。もちろんそれも間違いではないのですが、ニットというのは、一本の糸で輪を作りながら編まれた生地全般のこと。生地の作り方には主に、経(たて)糸と緯(よこ)糸で構成される「織り」と、一本の糸をループにして絡ませ、布地に仕立てることを基本とする「編み」があり、ニットは編みの技法を使ってつくられます。
伸縮性や着心地が良いのがニット全般の特徴ですが、さらには「経編み」「緯編み」に大別され、緯編みのなかにも「よこ編み」「丸編み」と技法があって、それぞれ仕上がりも異なります。経編みは主に合成繊維を使うことが多く、伸びが少なくしっかりした生地に仕上がるのが特徴。例えばセットアップやパンツ、レギンス、スポーツアイテムなどによく利用される編み方です。
一方よこ編みでつくられた生地は伸縮性があり、主に採用されるのはセーターやマフラー、靴下など。そして丸編みは風合いがやわらかく伸縮性にも富むのが特徴で、ジャケットやパンツ、インナー、Tシャツなどさまざまなアイテムで広く使われます。意外なところだと、スウェットも“ニット”なんですよ。
なかでもここ和歌山は丸編みニットの産地で、1909年にスイスから5台の編み機が入ったことから、編みの生地づくりがスタートしたといわれる地。国内の丸編みニットの40%ほどが和歌山でつくられており、地場産業として知られています。
「ひと口にニットと言っても、編み方も糸もさまざま。産地によって得意とするものづくりも違っていて、例えば北陸はポリエステルやナイロンなどの合成繊維を扱うのが得意です。また尾州(愛知・岐阜エリア)はウールが得意な地。一方で和歌山は綿を得意としています。これは、すぐ近くに流れる紀の川付近で綿花を栽培していたのがはじまりと言われていて、そこからものづくりが広がったそうです。
とは言え、和歌山は世界の丸編み産地と比べても技術力が高く、インナーからアウターまでいろんな生地を編み立てる技を持っているのが強み。例えば綿とポリエステルとか、綿とウールなどの組み合わせでの生地づくりもしています。うちでも綿糸を基本に長く続けていますが、最近では天然繊維全般、例えばウール糸やカシミヤ糸などを使った生地も扱っています」(尾崎さん)
バブル期には150社ほどのニット関連企業があった和歌山ですが、ここ最近では縮小して50社程度に。それでも、市内には今もニット関連企業や染屋さん、縫製屋さんなどが点在し、少し歩いたら編みのものづくりに関わる企業に出会うほど。そんな営みの地で、エイガールズも創業から長く、丸編みニットを専業として事業を展開してきました。
80年以上続く老舗ファクトリーのヤマヨテクスタイルをグループに持ち、創業以来、工場は持たずにテキスタイルの企画・開発を進めてきた同社。今も企画した布の70%ほどは県内のグループ工場でつくり、その他の製造も近隣の工場と取り組むことがほとんどだといいます。
「編み、染め、縫製まで車で40分圏内くらいで完結するので、うちの丸編みニットは完全にメイドイン和歌山。今風に表現すると、サスティナブルですよね」(尾崎さん)
世界のメゾンからも厚い支持
2004年以来、パリで毎年2回開かれる、世界最高峰の国際的なテキスタイルの見本市「プルミエール・ヴィジョン」に出展しているエイガールズでは、売上の40%を海外が占めます。和歌山の本社には、国内のハイブランドや世界的なメゾンなど、さまざまな企業からお客様が訪れるそう。
国内外問わず厚い信頼を集める同社ですが、とはいえ、生地をつくる編み機は国内の他メーカーも、海外のつくり手も、ある程度は共通のもの。何が差別化のポイントとなるのか不思議に思い尋ねると、「編み機を扱う技術が違うんですよね」とのお返事がありました。
「一般的には難しいと言われるような編み機と素材の組み合わせでも、当社の関連工場や、和歌山のつくり手さんは、培ってきた高い調整技術でそれを可能にするんです。例えば同じ編み機でも、使う素材が天然繊維の場合は、合成繊維に比べて編むうちにケバがたつので針が折れやすい。だから、機械を扱うには熟練の技術が必要となるんですよ。他には切れやすくて扱いの難しい極細糸を使った編みにも強いので、さまざまな表情の生地がつくれるんです。
あとは先ほどお話しした通り、染めなどの工場も近隣にあるので、一貫して日本の高い技術で風合いの良い生地を仕上げられる。それらがお取引先さんから支持を頂いている大きな理由ですね」(尾崎さん)
いわく「差別化とこだわりのポイントは風合い」なのだそう。特に、同社が得意とするニットの一つ・カットソー生地は肌に直接あたるもののため、風合いが非常に大切なのだといいます。他には真似ができないような手ざわりや、纏った際に自分の気持ちが上がるラグジュアリーな素材感を目指すのが、エイガールズ流のものづくりです。
「すべての生地の風合いにこだわっていて、他には体感できないようなやわらかさや肌ざわりを追及しています。それはお話ししてきたように、糸の原料から編み方、染めの技術まで一貫してこの地で進めるからこそ実現できること。日本の生地づくりは基本的に分業なんですけど、その分業ならではの良さって、それぞれが“匠”であることなんですよ。それを和歌山で最初から最後まで手がけられるのが、この産地のいいところですね」(尾崎さん)
またそのこだわりは糸にまで及びます。ものづくりに臨む際には糸から開発する場合も多々あるそうで、原料は基本的に別注。つまり、綿(わた)から選んでつくることもよくあるのだと続けます。
「日本はもちろんですが、インドなどの海外からも糸の原料を仕入れ、オリジナルの糸をつくっています。糸も編みも加工も、組み合わせ次第で表現は無限。主には自分たちで開発した生地をお客様に提案していますが、お客様のオリジナル生地づくりもしています。また弊社の生地で製品までつくってから収めることもしていて、ご要望に応じて様々な提案をさせていただいています」(西さん)
他社にはまねできないような表現の幅や、それを可能にする技術を、協力工場と共に叶えるエイガールズ。とはいえ創業当初は他と変わらない、いちテキスタイルメーカーだったと振り返ります。転機は20年ほど前にパリで開かれるプルミエール・ヴィジョンに出展したこと。国際的なテキスタイルの見本市ではありますが、当時はまだ、日本からは4社ほどの参加でした。
「早い時期に海外のお客様とお付き合いをはじめたことで、どんな生地がどんな場所で求められるのか、またどんな技術がそれを可能にするのかの知見が溜まっていったことは大きいですね。国によって求められるものって全然違うんですよ。日本では反応が悪くても、海外では支持されるものもあります(笑)。そうやって続けてきたことが、いろんなご提案をできる基礎になっているんだと思います」(尾崎さん)
そう話す尾崎さんも、実は世界的な賞の受賞歴がある、テキスタイルのプロ中のプロ。2016年には「最も影響力のある6人のテキスタイルデザイナー」の1人に選ばれたほどです。
和歌山ニットを世界へ
そんなエイガールズが旗を振り、2022年から始まったのが「WAKAYAMA KNIT PROJECT(和歌山ニットプロジェクト)」。グループ会社に老舗ファクトリーを持つ同社ではありますが、近年は新たに、産地の別工場とも仕事に取り組んでいます。
「どこの産地も一緒ですが、後継者がいなかったり、若い人が入ってこない問題でシュリンクしているじゃないですか。このままだと、うちのものづくりは続いても、和歌山という産地自体が存在しなくなる。
僕たちは自社工場を持っていないので、ものをつくる実際の工程は(グループの工場はあるものの)他の企業さんにお願いするしかないんですね。でも、このままだと5年後、10年後には産地がなくなってしまう可能性がある。そうなると自分たちのものづくりができなくなると危機感がつのっていました。
最近では海外から輸入されたテキスタイルや製品が、国内市場の多くを占めています。このままだと、どんどん苦しくなっていきますよね。『今のままではマズい、自分たちだけでなく業界を盛り上げなくては』と、和歌山のニッターでやる気のある若手の社長さんたちを誘って、一緒にものづくりをする取り組みを始めたんです。これは単に一緒に生地をつくるだけじゃなくて、それを一つのブランドとして進める試みです。
アプローチ先として国内はもちろんですが、中心に見据えているのは海外市場。売上はあまりないかもしれないけど、まずは和歌山という産地を知ってほしいのが目的です。日本のものづくりは海外で高く評価されているので、海外から発信してこのブランドを知ってもらうことが、産地を知ってもらう近道なのかと思って。
そうしていくことで若い方が、産地を魅力的に感じてくれる可能性があります。私たちは20年前から海外に出ているので、ある程度知識もあるし、これを進めることが産地の存続に繋がるんじゃないかと考えました。
私はアドバイザーという立場で入っていて、プロジェクトに参加する各工場それぞれに、強みのある編み機や技術で生地をつくっていただきます。先日はプロジェクトとしてはじめて、海外でも展示会に出てきたんですよ。とても好評で、次もやっていきたいという声が上がっています」(尾崎さん)
この日は同プロジェクト参加企業の一社で、エイガールズと中川政七商店による「裏毛ジャカードシリーズ」に使う生地の開発・製造もしていただいた、丸和ニットの代表・辻雄策さんにも話が伺えました。
「弊社の裏毛ジャカード編み機は当初、車のカーシート用の量産生地を編む設備として導入したのですが、時代の移り変わりとともにファッション衣料品用生地を編む設備となり、個性的な技術の生地づくりをしています。
もともとノウハウや技術はあったのですが、お客様のニーズを意識した最終製品に活かす視点が弱くて。それをWAKAYAMA KNIT PROJECTが契機になって、エイガールズさんにアドバイスなども頂きながら、着用されるお客様の反応まで見える生地がつくれました。
いつもは生地の技術や、問題なく完成したかどうかに意識がいきがちだったのですが、お客様が着る服を想像して糸から製品まで考える姿勢はすごく勉強になりました。つくり上げた柄に対するお客様の反応もとても良く、生地をつくるときの視野が広がったように思います。技術だけじゃなくて、デザイン性とか、誰に向けて提案するかとか、その大切さがよくわかりました」(辻さん)
「和歌山のいいところって、最新の技術も取り入れながら、職人の手仕事で今も稼働し続けるヴィンテージの機械を使うこともして、唯一無二の生地づくりを可能にすることなんですよ。それをもっと国内外の多くの方々に知ってもらって、魅力的な商品をつくり続けることが、和歌山ニットをこの先に繋げていく一助になると思うんです」(尾崎さん)
ところで社名の「A-GIRL’S」とは、創業時に代表が「トップ(=A)の女性に支持される、良い素材づくりをしよう」との思いでつけたものだそう。
安きに流れず、価値のわかる企業と質の良いものづくりを続けて、仲間を巻き込んで産地を存続させていく。
纏う人の心地好さ、唯一無二の生地の表情、そして産地の未来を背負ったエイガールズのものづくりには、それを選びたい理由が詰まっていました。
<関連商品>
中川政七商店では、エイガールズさんとつくった「裏毛ジャカード」シリーズを販売中です。袖に入った柄はプリントではなく編みによるもの。軽くてやわらかな生地の風合いに加え、たくさん着て、たくさん洗っても崩れない、その編みの表情もぜひお楽しみください。
<関連特集>
取材協力:
株式会社エイガールズ
和歌山県和歌山市三葛3-2
https://www.agirls.co.jp/jp
丸和ニット株式会社
和歌山県和歌山市和田1164
https://maruwa-knit.com/
文:谷尻純子
写真:直江泰治