「今年の母の日は何を贈ろうか」。そんな風に悩むひとときも、相手の暮らしを想う大切な時間。作家・文筆家の安達茉莉子さんによる、母の日のエッセイをお届けします。
私の母は、もっとも贈りものに困る人だ。こだわりが強いとか、好みがうるさいとかそういうわけではない。いつ聞いても、特にほしいものはないそうなのである。
母はどこか不思議な人だ。私の実家は九州の山間の集落にあり、家には田んぼや畑がある。文学少女だった母は、インドア派で、家にはいつも母が集めた絵本やミステリー小説が多くあり、私もそれらを読んで育った。茉莉子という私の名前も、作家の森茉莉さんからとったという。

生き物が好きで、珍しい鳥や金魚、亀、猫、犬、なんでも育ててきた。いつかはアボカドを種から育てていた。今は元保護猫を飼って、大事にしている。死んでしまったまた別の猫にも、毎日遺影に向かって話しかけているという。
何かを育てるのが好きだが、見返りは求めない。贈りもの以前に、母は何もほしがらない人だ。特別無欲というわけではなく、私の目から見ると、母はなんだかいつも満たされているように見える。今あるもので十分足りているし、特にほしいものはないという。
記憶をたどっても、母に何かを求められたり、頼まれたりされたことはない。私が大学進学で上京する前、実家にいたときは、もちろんゴミ捨てや洗濯物の片付けなどの家事はやってと言われていたが、母個人に対して何かやってほしいとお願いされたことはない。マッサージや、冬に家の外にストーブの灯油を入れにいく作業くらいだろうか(母は寒いのも暑いのも嫌いだ)。

プレゼントに何がいいか聞くと、いつ聞いたって、「何もいらないよ」としか言わない。それでも何かあげたいので、頭を悩ませて探す。だけど母はこだわりがない。「なんでもいいね、これでいいね」が口癖。清貧を好む思想というわけではなく、ただ単に欲や執着がない。もしかしたら、何がほしいか考えるのも少し面倒くさいのかもしれない。
さらに、こだわりはないようでいて、好きと嫌いのセンスは、母ワールドにはっきり存在しているようで、贈っても結局大して使われないことも多い(娘は気づいている)。私のセンスは微妙に母とずれていて、私が良いと思ったものを贈っても、なんだかいつも、的を外している気がする。
それでは母の生活や趣味に有益なお役立ちグッズを贈ろうと思うと、母は自分に必要なものは、大抵既に揃えてしまっている。ストレスや不快なことが嫌いなので、早々に自分で適当に見繕ってしまうのだろう。贈りものをする隙が、ない。全方位にとっかかりがないのだ。

あまりにも難しいので、昨年、誕生日のプレゼントは何がいいか聞いたら、珍しく明確な回答があった。「何もいらないけど、しいて言うならバラかな」と。バラの花束かと思いきや、欲しいのはバラの苗だそうだ。
母は花も好きで、せっせと世話をしている母ガーデンに植えるという。そう来たか。バラの苗、そんな、誰が贈っても同じそうなものを‥‥。ちなみに、娘がくれたから特別喜ぶという性質は母には恐らくない。バラはバラ。どんな苗にも公平に分け隔てなく接する母だ。
だけど、その時に気づいた。母は、特別なものは求めていないが、母が日々愛でているものは、たしかに存在する。ならば、不足を補うという発想で贈りものを選ぶのではなく、ただ美しかったり、かわいかったり、美味しかったりする、普遍的に素敵なものを贈れば、ただ愛でるように、喜んでくれるかもしれない。

そういえば、以前、母が拙著『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)を読んで感想をくれたことがあった。「まりの本を読んで、家の食器を新調してみたよ」とあった。あまり何かに影響されることのないマイペース・マイワールドの母にしては、珍しい。
よくよく考えると定番の贈りものかもしれないけれど、食器や、身の回り品を贈るのもいいかもしれない。きっと、今あるものですでに問題なく暮らしは回っている。でも、私が贈る、新入りのものたちを、猫や生き物たちのように、ただ可愛がってくれるかもしれない。よし、日々の暮らしが華やぐような、母のいる風景に合いそうだと思ったものを、贈ってみようか。
今年も母の日がやってくる。どんなに考えても結局悩ましいのだけど、母の日の贈りものをどうしようと考えるこの幸福な悩みが、ずっと長く続くことを、いつも、いつも願っている。



安達さんが選んだ母の日ギフト:

・奈良藤枝珈琲焙煎所 ドリップパック アソート珈琲
・BARBAR 蕎麦猪口大事典 エキゾチックショート 色絵、同 小皿
・かや織の色あわせストール 黄
・000 政七別注スフィアプラスシルクリネン ホワイト 80cm
プロフィール:
安達茉莉子
作家・文筆家。大分県日田市出身。著書に『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)『臆病者の自転車生活』(亜紀書房)『世界に放りこまれた』(twililight)などがある。
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