【わたしの好きなもの】落ち着いたピンク色が着まわしやすい「極薄綿のチュニック 桜」

あっという間に大好きな桜の季節が過ぎ、新緑のまぶしさに目を細める時期となりました。最近の奈良は日中だと半袖で過ごせるような日も多く、いよいよ暑い夏が来るぞ‥‥と既に心は夏へ向かっています。

この季節はいつもの道に小さな息吹が次々と咲き、外を歩けば晴れやかな気持ちに。花がそれぞれの色を装うように、私自身もまた、明るい色を身にまといたくてうずうずしていました。

そんな気持ちで最近迎え、夏まですごく使えそう!と周りにもおすすめしているのが「極薄綿のチュニック 桜」。昨年、この「わたしの好きなもの」の連載で同じ部の同僚がおすすめしていて、「なになに‥‥これは気になるな」と、ひそかに狙っていたお洋服の色違いです。

こちらのモデルさんは「濃紺」を着用

購入するぞと決めてはいたものの、悩んだのは色味。いつもの私ならベーシックな「濃紺」や「ライトグレー」を選ぶのですが、今回はええい!と春の勢いで「桜」を選びました。

実は、大人になって避けるようになっていたピンク色。もともとレースやピンク、花柄が大好きだった私ですが、30代半ばになってからは「かわいすぎるかな?」「自分に似合っているのかな?」と不安な気持ちが勝ってしまう。かわいいとは思いつつも遠ざかるようになっていたけれど、こちらは落ち着いたピンク色なので「私にも着られるかも」とちょっと勇気を出してみたのです。

着てみてまず驚いたのは、生地の気持ちよさ。極細の糸を編み立てた極薄綿は、さらさら・しっとりした肌触りで着ていて本当に快適です。

風通しがよくひんやりした肌触りなので、春にはカーディガンと合わせてレイヤードしたり、夏にはキャミソールの上からさらりとかぶって涼しく着たりと、長いシーズン着られそうなのもお気に入りです。

以前に取材へ伺った、世界のメゾンも愛する和歌山のニット生地メーカー・エイガールズさんが作った生地なのも、頼もしい限り。
ストレッチ性がよく動きをじゃましないので、どんな場面にも気兼ねなく着て行けます。

洗いにくい服は極力着たくなく、だからといってカジュアルすぎる綿Tシャツばかり着るのはちょっと飽きてしまうしなぁ‥‥という悩みも、形態安定加工を施すことで洗濯してもヨレにくく作られている、この服があれば解決。

上品な透け感で繊細な雰囲気がありつつも、じゃぶじゃぶ洗えるので「どの服を着ようかな」と朝クローゼットで悩むときパッと手に取りやすい気軽さがあります。

コーディネートが難しいかも?と少し心配していたピンク色も、大人っぽい色味とシンプルながら二の腕や肩を華奢に見せてくれるデザインもあってむしろ使いやすく、ある日はデニムスカートと合わせて着たり、

またある日はちょっとハードな印象のサロペットスカートと合わせて着たりと、手持ちのいろんなアイテムと合わせて楽しんでいます。どちらもスカートに裾をインして着ていますが、生地が薄いのでもたつきがなく、すっきりと着られるのも嬉しい!

中川政七商店のお洋服と合わせるなら、個人的には「播州織の高密度テーパードパンツ 生成」がおすすめ。どちらとも着心地がよいので休日にゆったりと着るのはもちろん、ストールやブローチを足してお出かけ服としても楽しみたいです。

おうち仕様はこんな感じでゆるりと
お出かけ仕様では「リネンキュプラの格子ストール」「小さな工芸のブローチ 籐」「ラッセル編みのショルダーバッグ」を合わせて。チュニックなのでお尻もすっぽり隠れます

※ちなみに私は身長160cm、普段のお洋服サイズはS~Mです

シンプルで着まわしのきく服は贈りものにも喜ばれそう。私も大活躍のピンクに続いて、次の色はどうしようかな‥‥と、実はもう一枚狙っています。

編集担当:谷尻

花のある豊かな暮らしを、もっと気軽に。花のEC「LIFFT」が伝えたい価値

色とりどりの花を眺めると気分が晴れやかになり、自分のために誂えられた花束からは贈り主の想いが伝わってくる。

入学や卒業、就職や結婚にお店の開店など、祝いの場には、私たちの心に感動を与えてくれる花の存在が欠かせません。

その一方、何気ない日常の中で花を購入して飾ったり、プレゼントしたりする機会はそこまで多くないような気もします。日本人が一年に花を購入する回数は、平均すると1〜2回程度という調査結果もあり、多くの人にとってはあくまでも特別な「イベント」になってしまっているようです。

こうした状況に課題を感じ、もっと気軽に、日常的に花を楽しむ文化を根付かせたいと、奮闘している企業があります。

花や植物を気軽に贈る・飾るカルチャーが、日本を豊かにする

2014年に創業した「株式会社BOTANIC」。

都内に複数店舗を構える花と緑の専門店「ex.(イクス) flower shop & laboratory」や、オンライン通販で最高の顧客体験を追求する「LIFFT(リフト)」など幾つかの花のブランドを運営し、「花や植物に関わるすべての人々を幸せにする」ために活動を続けています。

「ex. flower shop & laboratory 中目黒店」

その想いの源泉はどこにあるのか。花にはどんな可能性があるのか。代表取締役CEOを務める上甲友規さんにお伺いしました。

BOTANIC 代表取締役CEO 上甲知規さん

「私がBOTANICの代表になった2021年は、ちょうどコロナ禍の真っ只中。

外出のハードルが上がっている中で、会えない人にプレゼントしたり、自宅で楽しんだりと、お花に注目が集まるポジティブな影響もありました。

お花の持つ可能性を感じられた一方で、それがカルチャーとして定着したかというと、そうではなくて。日常的に花を飾り、贈り合う文化が根付いているヨーロッパなどと比べると、まだまだ差があるのが現状です」

ヨーロッパ諸国をはじめとする、切り花文化が盛んな国々。実際にそうした国を訪れてみて、まさにカルチャーショックを受けたという上甲さん。

日本にも、花や植物を気軽に贈ったり飾ったりする文化をつくりたいと強く考えるようになります。

「ヨーロッパは切り花文化で、たとえばどんなカフェに入ってもお花が飾ってあるし、花売りの人を街の至る所で見かけます。

普段の買い物の最後にはお花屋さんに寄ることが多くて、小さい頃からお母さんの買い物についていって、お花を買うことが当たり前になっている。ほかにも、旦那さんが毎週金曜日にお花を買って帰るのが定番になっていたり、気軽にプレゼントする習慣もある。

必需品ではないけど、すごく美しくて、枯れていく儚さもある。感性価値の度合いが非常に高いお花を楽しむのはとても豊かなことだなと感じます。

お花がもっと売れるようになれば、日本の豊かさにもきっと繋がるはず!というのを海外で実感しました」

“最適な流通、適切な情報、最高の鮮度”を追求したオンライン通販「LIFFT」

当初は、実店舗型の「ex.(イクス) flower shop & laboratory」の運営からスタートした「BOTANIC」。次第に、花の魅力をより多くの人たちに届けるためには、従来の花屋のあり方とは違った仕組みが必要だと気付くようになります。

「『最適な流通で、適切に情報を提供しつつ、最高の鮮度のお花を届ける』ことで、花本来の魅力を体験していただきたい。それには、実店舗だけでは難しい部分もありました。

もちろん、無駄な在庫を減らしたり、季節感や旬の産地を重視した仕入れを考えたりとやってきました。それでも、たとえば悪天候の日が続くと客足が遠のいてしまって、お花が売れ残ってしまう。鮮度が落ちたお花は廃棄するしかなく、フラワーロスが発生します。

こうした問題に対して、オンラインだからこそ解決できるはず、と取り組んだのが『LIFFT(リフト)』です」

“Farm to Vase 農園からお手元(花瓶)へ”というコンセプトを掲げているオンライン通販の花屋さん「LIFFT」では余分な流通過程を出来る限り省略。

オーダーをいただいてから採花し、フローリストが花束にして速やかに配送することで、鮮度の良い状態で花を届けています。中間流通を省き、フラワーロスも最小限に留めることで適正な価格での提供も実現。

花の魅力を気軽に体験できる入口として、最適なサービスになっています。

「私たちが実際に農園に行き、直接話をして、素晴らしいと確信した生産者の方々にご協力いただいています。採花した花の梱包方法なども日々改善して、お花の品質を追求し続けているところです」

花の魅力をより深く伝える、紙の「Journal」

継続的に旬のお花が届く『定期便』メニューもあり、そこには『BOTANIC Journal』という冊子を同梱。届いた花の特徴や生産者さんの裏側の想い、さらにケアの仕方から飾り方まで、花を楽しむための情報が掲載されています。

「対面での接客の良さもあれば、こういった紙面を自分で読む良さもあると思っています。

特に、定期便は継続的に情報をお送りできるので、深いコミュニケーションが取れるのかなと。

飾り方やケアの仕方など、忙しい中で自分から積極的に学ぶのが難しい方も多いと思いますが、そんな時に、冊子をめくると欲しい情報がすぐに見つかるので、『いつも参考にしています』というお声もいただいています。

お花の情報の深掘りだったり、生産者さんの声だったりを楽しみにしてくださっているお客様も多いです。

お花を楽しむ体験に、毎回何か新しい発見を付け加えられるといいなと。撮影から執筆まで大部分は社内スタッフがおこなっていて、なかなか大変ですが、引き続きがんばって作っていこうと思います」

筆者個人としても、花を購入してきちんと飾れるのか不安だった時に、この冊子があるおかげでとてもスムーズに花瓶に入れることができました。書かれてある通りにケアをしてあげると、想像以上に長持ちさせることもでき、今後も花を楽しもうという意欲が湧いてきます。

花にまつわるストーリーも面白く、実際の花の魅力と、知識を獲得する楽しさが合わさることで、とても豊かな体験ができるのだなと感じています。

花の生産者、そしてフローリストの価値を伝えたい

ご両親の実家がどちらも農家をされていて、もともと農業に関心があったという上甲さん。その他の農業と比較して、花業界はまだまだ新しいアクションが足りていないと話します。

「他の農産物のビジネスには、新しくベンチャー企業が参入するような動きがありますが、お花業界はそれが少ないと感じています。なので、やりがいはありますよね。

他の農業も同じだと思いますが、日本の花農家さんは家族経営が多い印象で、跡継ぎ問題なども大きな課題です。物理的に土地が必要だし、ノウハウの習得も一筋縄ではいかないので、新たに外から入ってきて花農家をやるハードルはとても高い。

お花の品質は世界的にみてもトップクラスだと思いますし、凄く良いお花が流通している。若い世代を中心に、新たな取り組みを始める生産者さんも出てきていますし、私たちももっと花業界を盛り上げていきたいですね」

生産者の方々の素晴らしい仕事、そしてそこから生まれる花自体の魅力。それともう一つ、世の中に届けたい価値があるそうです。

「花屋の仕事に関わるようになって、フローリストの技術の高さに凄く驚いたんです。

花屋さんの仕事って、お客さんが選んだ花をぎゅっと束ねて包んでいるだけでしょって、そんな風に思われている人もいるかもしれませんが、実は全然そんなことはなくて。

花束を作るにしても、ディスプレイするにしても、繊細かつ高度な技術と専門知識をもって取り組んでいます。

ヨーロッパだと、国によってはマイスター制度や国家資格がしっかりある職業なのに、日本ではそこまで認知されていません。労働環境や賃金も決して良くない状態です。

『将来はお花屋さんになりたい』という子ども達が夢を諦めなくて済むように、もっとその価値を発信して、弊社がロールモデルとして変えていければと思っています」

花は暮らしを豊かにする

花を気軽に贈り、飾る暮らし。我が家も花を飾り始めて数か月ですが、既に色々な変化が起きています。

まず真っ先に「いい匂いがする!」と花に興味を示した子ども達。「実はこんなの持ってるよ」としまい込んでいた花器を出してきた妻。そして自分も、毎朝花の様子を見て、前日との違いに気づいたり、上手く飾れた時はなぜか誇らしい気持ちになったり、見たことが無い花が届くと冊子にかじりついて知識をため込んでみたり。毎日の生活に新しい刺激が加わりました。

自分の親や友人にもこの体験をしてもらいたい、今度何かプレゼントしてみよう。そんな風にも思っています。

暮らしを豊かにしてくれる花の魅力。そして、その魅力を作り出している生産者やフローリストの素晴らしい仕事。これらすべてを世の中に伝えていくために、これからも「BOTANIC」の取り組みは続きます。


<取材協力>
BOTANIC

文:白石雄太
写真:中村ナリコ

日本の森を“食べて”未来へ繋ぐ。山に眠る草木に新しい価値を創出する日本草木研究所【奈良の草木研究】

工芸は風土と人が作るもの。中川政七商店では工芸を、そう定義しています。

風土とはつまり、産地の豊かな自然そのもの。例えば土や木、水、空気。工芸はその土地の風土を生かしてうまれてきました。

手仕事の技と豊かな資源を守ることが、工芸を未来に残し伝えることに繋がる。やわらかな質感や産地の景色を思わせる佇まい、心が旅するようなその土地ならではの色や香りが、100年先にもありますように。そんな願いを持って、私たちは日々、日本各地の作り手さんとものを作り、届けています。

このたび中川政七商店では新たなパートナーとして、全国の里山に眠る多様な可食植物を蒐集し、「食」を手がかりに日本の森や林業に新たな価値を創出する、日本草木研究所さんとともにとある商品を作ることになりました。

日本の森にまなざしを向ける日本草木研究所と、工芸にまなざしを向ける中川政七商店。日本草木研究所さんの取り組みは、工芸を未来へ繋ぐことでもあります。

両者が新商品の素材として注目したのは、中川政七商店創業の地である奈良の草木。この「奈良の草木研究」連載では、日本草木研究所さんと奈良の草木を探究し、商品開発を進める様子を、発売まで月に1回程度ご紹介できればと思います。

今回は、ご一緒するパートナー・日本草木研究所さんについてお届けします。



都会に広がる「食べられる庭」

JR五反田駅や都営高輪台駅から徒歩10分強。少し歩けば昼夜問わず、賑やかに人が行き交う場所にあたる。そんな都会に、日本草木研究所が拠点とする「食べられる庭」はあります。静謐な空気をまとう大きなお屋敷と、その横に広がる傾斜のついた山庭。250坪ほどあるその庭には、松や椿に、梅、木蓮、クロモジ、ホウノキ、桜、柚子など、様々な樹種の木々が生き生きと茂ります。

もともとは島津藩の領地だったこのエリアは、都会にあるとは思えない閑静な住宅地。昭和初期から建っているというお屋敷も、代々いろいろな人の手に渡りながら大切に守られてきました。現在はとある方の所有のもと、日本草木研究所が庭の管理を任され、探究活動の場としても活用しているといいます。

「あのクスノキは樹齢300年ほど。お屋敷に寄りかかっちゃってるんですけど、品川区から保存樹登録されているので切れないんです。あっちにあるのは、赤松と黒松。女松と男松の対比として、一緒に植えるのが昔から日本の庭の定番でした。去年の年末には赤松の内皮を材料にお餅を作って、お餅つきをしたんです」

案内をしてくれたのは、日本草木研究所代表の古谷知華さん。2年3か月ほど前に同組織を立ち上げ、以来、日本各地の山に分け入っては、枝葉や木の新芽、樹皮を摘み集め、様々な調理法でその可食性を探ってきました。

生み出すのは森の爽やかな香りがふわりと鼻に抜けるシロップやジン、ほんのりと感じる和の刺激で料理の風味を増す、草木を使った塩・胡椒など。森に新たな価値を見出すとともに、林業従事者にも新たな機会を創出するその活動が今、注目を集めています。

日本の森に眠る、スパイスやハーブの存在を知る

日本草木研究所の活動は、古谷さんがそれ以前から取り組んでいたクラフトコーラの元祖「ともコーラ」にはじまります。大学卒業後に広告代理店に勤めていた古谷さんでしたが、趣味として作り始めたクラフトコーラが友人経由で飲食店のオーナーたちに広まり、正式なプロダクト化に至ったそう。自身の名を冠した「ともコーラ」ブランドを立ち上げ、しばらくは会社員との二足の草鞋を続けていました。

「私の母が食への興味が深い人で食育家庭だったんです。それでお母さんなりのルールがあって、コーラは飲んだ経験がなかったんですよ。

でも大人になって食の文化史を読んでいた時に、コーラは昔、いろんなスパイスやハーブを混ぜて作られてて、薬のような存在だったって話があって。そのコーラなら私も飲めるかもと思って家で作りはじめたのが『ともコーラ』のきっかけなんです。

もともと実家はハーブとかスパイスをホールのままで使うことが日常的にあったので、人よりはちょっと、スパイスやハーブに詳しくて」

当時から古谷さんには、“ハーブとスパイスの師匠”がいたといい、その方から、実は日本の森にもシナモンや胡椒の実があると、話を受けていたといいます。その時は「そんなわけない」と思ったものの、ともコーラの活動を進めるなかで偶然にも、日本のスパイスたちに出会うこととなっていきました。

「ハーブやスパイスは海外でとれるイメージがあるじゃないですか。だから師匠から聞いたときは本当なのかなって思ってて。でもクラフトコーラを作っているうちに、各地域でご当地コーラを作ってほしいって依頼を頂くようになって、そこで出会ったんです。

ご当地コーラを作るために、そのエリアの植生とか果物のリサーチでいろんな場所に行くんですけど、本当にシナモンが高知県の森に生えてたりとか、千葉県の山の方に胡椒が生えてたりとかするんですよ。師匠がまことしやかに言ってた植物たちを、自分の手で持って香りをかぐことができて。

『こんな面白いものがあるんだ!』と思ったんですけど、でも、市場流通はしてないんです。そもそも日本の市場に流通しているスパイスやハーブって海外産のものばっかり。どうしてこれらが流通しなかったんだろうって、文化的な背景でも、味の面でも興味を持ち始めたのが日本草木研究所のきっかけです」

師匠は万葉集に出てくるような和のスパイスやハーブの存在も教えてくれたそう

確かに言われてみれば、森で草木の香りを楽しみ、ひと息ついて目や心を潤すことはあるものの、そこに生えているものを「食べてみたい」と思った経験は、私自身あまりありません。春の山菜や、紫蘇・山椒などの和ハーブのような、食べられると知っている一部の草木を食する経験に留まっていると気づきました。

「何で食べられてこなかったのかの答えは明示されてないんですけど、私が思ったのは、そもそもスパイスやハーブを使う料理を日本が作ってこなかったことが大きいんじゃないかなと。それ自体が西洋文化の到来でしたよね。

あとは私たちの民族が肉食じゃなかったのもあると思います。スパイスやハーブは肉のくさみを消すために使われてたので。胡椒が初めて使われたのって江戸時代なんですけど、それって牛肉を食べ始めた頃と一緒なんですよ。牛肉を食べる時に胡椒をまぶして食べたのが、日本人が初めて胡椒に出会った時だったんです。

肉食の文化が弱かったのと、出汁とか味噌のような繊細な“さしすせそ”の世界で生きてたから、使う料理がなかったんだと思うんです。その後、食文化が西洋化したり多様化するなかでハーブやスパイスも使うようになったんだけど、その食文化自体を持ってきたのが海外だから、材料も海外のものを使うようになったんじゃないかなって」

植物仙人や相棒山の山主と、可食植物を探る日々

「日本の森に眠る可食植物の可能性を探り、和製スパイスやハーブとして活用してみたい」。そんな想いから、日本の森の可食性を専門に扱う日本草木研究所を古谷さんは立ち上げます。

最初に同社で開発したのは、自分たちが各地の山々で蒐集したヒノキや赤松、黒松などの木々を蒸留して作る「フォレストシロップ」。「日本の森を飲む」というインパクトある商品は、始動早々から関心を集めました。

「日本の草木に関して、最初はほとんど知識のない状態からスタートした」と振り返る古谷さんですが、徐々に林業従事者や、自身が「植物仙人」と呼ぶその道のエキスパート、また植物学者などの賛同を得て、協力者も増えていきました。

「一番は、私たちに協力してくれる山主さんたちから教わるものが大きいですね。日本草木研究所ではご協力いただいている山々を“相棒山”って呼んでいるんですけど、その山主さんたちって私たちに協力してくれるくらいなので、普通の林業従事者とはちょっと違った感性の人たちで、変な人なんですよ(笑)。その人たちが毎日山に入るなかで『この時期にはこういう植物があって』とか、『実はこれもおいしいから草木研さん使いませんか?』みたいなことを、提案してくださるんです。

だから、私ひとりで学んだり開拓したんではなくて、いろんな人に教えてもらったり提案してもらったりしています」

笑顔で話す古谷さんのやわらかい表情からは、各地の協力者との良好な関係が伺えます。けれど、どんな場でも新しい挑戦に対する批判はつきもの。試みを進めるなかで否定や批判を受けたことはなかったのですか、と伺うと、意外な答えが返ってきました。

「林業従事者って5万人ほどしかいないんですけど、そのなかで草木研って超有名なんですよ(笑)。先日、東京ビッグサイトで日本中の林業従事者たちが集まる展示会があって、そこにトークイベントの登壇者として招いていただいたんです。その後各社さんのブースを回ったら『草木研の人たちですね!』みたいに、どこのブースに行っても言っていただいて。林業業界の有名人みたいな感じなんです(笑)。それにびっくりして。

たぶん林業って携わる人も少なくて、クリエイティビティがこれまではほとんどない業界だったので、『森を題材に、ある程度若い人たちが、何か林業っぽくないことをやってるぞ』って興味を持っていただいているのかもしれません。

だから林業従事者のなかだけでは有名で、ご協力もたくさんいただけるんです。例えば私がSNSで『奈良のヒノキを使いたいです』って投稿したら、15分くらいでフォロワーの山主さんからご連絡を頂いたり。

もちろん活動に懐疑的な方も業界内にはいらっしゃると思うんですけど、そういった方はそもそも私たちに関わられないので、実際にお会いしたことはなくて。声をかけてくださる方は『面白いことやってるから何か一緒にやりたい』って、好意的な方がほとんどなんです」

食べられる草木への興味から、森が持つ課題への責任感に

現在は日本の森に育つ可食植物の商品化に加え、月に一度「食べられる庭」で参加型イベントを実施したり、また山主が見つけたユニークな素材を飲食店向けに卸したりと、活動の幅を広げている日本草木研究所。

その取り組みを進めるなかで、新たな課題感と責任感も生まれていると古谷さんは続けます。

「活動をはじめた頃は森のことも全くわからないし、ただ『スパイスを集めたい』くらいだったんですけど、林業の方々と関わって見えてきた課題がたくさんあって、今はそれに自分たちがどう貢献できるのかについてすごく考えてます。

例えば産業レベルの課題だと林業従事者が少ないこと。あとは収入源の問題もあります。林業の収入源って木を切って売るのと、きのこを栽培する仕事の2種類なんです。今まではそれで回ってきたんですけど、木材の需要も減ってきているなかで、その2つ以外の稼ぎ方を見つけていかなくちゃいけない。

他にも、そもそも木を植える時の樹種にも問題があって。基本的には杉とヒノキを植えるんですけど、どっちも花粉症の原因になるから『これ以上増やしちゃダメだ』って、国が言ってるんです。でも木を切ったらその上に何か植えないと土砂崩れが起きちゃう。商売の話じゃなくて森林保全のために、木は植え続けなきゃいけないんですよ。

じゃあ何を植えるかってところが課題で。林業業界には『杉安牌(すぎあんぱい)』って言葉があるんです。木って育つのは60年後だから、世の中の需要がどうなってるかわからないですよね。60年後でもある程度お金になる木って考えたら、結局杉が安牌だよねって意味です。お金になる樹種じゃないものを植えたら、本当に赤字をたれながしているだけになりますし。

そんなふうに業界人口の問題だったり、仕事の種類が少なかったり、扱う樹種だったり、あとは林業が危険な仕事なので、年を重ねると続けにくいっていうのもありますね。そういった課題に、私たちの活動で何かアプローチが出来たらって思うんです」

その一つの取り組みが、草木を提供する山主たちへしっかりと対価を支払っていくこと。

通常ではほぼ取引価格がつかない木材(丸太)以外の枝葉や実などの部位も、日本草木研究所は、業界では破格の高価格で買い取ります。

同社の商品を多くの人に手に取ってもらうことが、林業が未来に残る手だてとなる。そこには健やかな循環があります。可食植物への興味からはじまった活動は、日本の森を未来へ繋ぐことに想いを馳せるようになりました。

「森の仕事って今は2種類だけど、それが幅広くなって面白そうなイメージを作れたら、もっと林業に興味を持ってくれる方が増えるかもしれないって思うんです。私たちはクリエイティブなアプローチが少し得意で、それが役に立つかもしれない。自分もそうですけど、おしゃれな場所で働きたいとか、クリエイティブな仕事に就きたい気持ちって、あったりするじゃないですか。

林業従事者のなかには『樹木医』って木の博士の資格を持っている方もいるんですが、その人たちも普段は肉体労働が中心で。だけど最近は日本草木研究所に、森の中でのツーリズムとか収穫しながら作って食べるみたいな体験設計の依頼を各所から頂いたりするから、例えばそのなかで森を案内するとか、観光業に携われたりすると、仕事の幅が出て楽しいんじゃないかなと考えたりしています。

そうやって仕事の幅や新しいイメージを作ることに貢献できて、それが豊かな日本の森を残していくことに繋がったらって、林業従事者と関わるなかで思うようになりました」

最後に古谷さん、日本の森ならではの面白さって、どこにあるのでしょう?

「日本って北海道と沖縄で気候も全然違うし、森の多様性って視点だと国が三つあるくらいの植生なんですよ。その土地ごとに全然違う森に出会える面白さがあるのに、森っていうと一概に『花粉が』みたいな言われ方をしたり、国土の7割も占めているのに、そこに経済的な価値はあまりないと思われたりしています。

でも、経済的な価値も捉え方だなと思ってて。例えば森に入ったらすごく癒されたり、ストレスが軽減されたりしますよね。研究によると森に一度入った効果って3か月続くともいわれてるんです。そういう森にいろんな場所で出会えて、お気に入りの森があるのって、楽しいですよね。

それぞれの個性がある日本の森に私たちは食べるところからアプローチして、森への解像度や見る目を変えて、最終的には森の経済価値がちゃんと上がることに繋がったらいいなって思いますね。

もっといろんな視点で価値付けがされて、森が自分たちの暮らしに大事な存在になったり、森へ出かける機会が増えたりしたらいいなって。その一端を超微力ながら支えられたら嬉しいです」

取材当日はまだ冬の顔をしていた食べられる庭の草木たち。これから夏に向けてぐんぐんと成長し、最盛期には庭からお屋敷が見えないほどに繁茂するそうです。

「食べられる」と謳いつつも、実は食べられない植物も生えているといいますが、そこはあえてそのままに。「食べられないからって、昔の人たちが意図して植えたものを自分たちの都合で全部駆逐しちゃうのは何か違うなって。昔を継承しながら新しいものを植えていくってことが出来たらいいなと思ってるんです」と話しながら、古谷さんは庭に植わった木々について魅力いっぱいに教えてくれました。

自分たちの思い通りだけにはしないこと。すくすくと育つ健やかな自然と、過去に暮らした人々の想いに敬意をはらうこと。そのうえで、新しい価値へ楽しく真面目に踏み出していくこと。庭に広がる木々への姿勢は、日本草木研究所の活動そのものでした。



<次回記事のお知らせ>

中川政七商店と日本草木研究所のコラボレーション商品は、2024年の夏頃発売予定。「奈良の草木研究」連載では、発売までの様子をお届けします。

次回のテーマは「草木っておいしいの?」。草木“素人”の中川政七商店スタッフが、日本草木研究所さんに教えていただきながら、草木を食べることについて話を繰り広げます。ぜひお楽しみに。

<短期連載「奈良の草木研究」>

文:谷尻純子
写真:奥山晴日

【わたしの好きなもの】麻100%で春夏にさらりと巻ける「やわらかリネンストール」

三寒四温とはよく言ったもので、暖かくなったと油断して薄手の服で出かけると、「しまった‥‥」と後悔することもあり、毎年のことですが春を迎えるこの季節の服装には本当に悩みます。

日中だけ出かける日なら何を着るかまだ考えやすいものの、朝早く家を出て日が落ちてから帰路につく日などは、着るものに迷い途方に暮れることもしばしば。学ばない私は、毎年「今年こそ薄手のコートを買うんだ!」と決意するのですが、いざ季節が近づくと「ちょっとお値段もはるしな、あんまり着る機会もないかな」と思って買わず、ちょうどいい着るものがなくて後悔し‥‥を繰り返していました。

そんな私が今年買い、愛用しているのが「やわらかリネンストール」です。結局コートではないのですが、寒さが不安な日に心強いアイテムとして、買ったそばからとても活躍しています。

何といっても持ち歩きやすい

これまでもストールを持っていなかったわけではないのですが、主張の強い柄入りで特定の服装にしか合わせられなかったり、大判すぎて持ち歩きの際じゃまになるのが気になり、あまり使わなかったり。

その点こちらのストールは、広げると幅36cm・長さ180cmとしっかり肩を覆ってくれますが、薄手でまったく嵩張らないため、畳むと“ちょっと大きめのハンドタオル”ほどまでコンパクトになるんです。

荷物の多い私もこれならめげずにカバンに入れることができ、結果、毎日のお守りのように持ち歩く春を過ごしています。

小さめサイズのバッグにも難なく入ります
文庫本と並べると、コンパクトさが伝わるでしょうか

夏も使える麻素材

「リネンストール」の名のとおり素材は麻100%。麻本来の素材感を活かした、シンプルで上質な生地感です。吸湿性・速乾性にすぐれた麻は、夏に重宝される素材。目が粗いため通気性もよく、寒い日はもちろんですが、さらりとした肌触りで少し汗ばむような日も巻けそうです。

暑いと思って薄着で外出したら冷房にやられ、ぶるぶる体を震わせることも実は多い夏。かといって、厚手の上着や巻物を持ち歩くのは季節外れで、ちょうどいいものがなく困っていました。これなら、春だけでなく気温が上がってからも何かと使えそうだなと今から心強く思っています。

軽くてやわらかな肌あたり

私は少し敏感肌で、毛糸の衣類などを身につけると肌がチクチクと刺激され、赤くなってしまうことがよくあります。首元も同じで、ウール素材のマフラーなどを巻くと痒さが出てしまい、自分に合ったものを探すのに少し苦労していました。

あくまで個人的な感想ですが、このやわらかリネンストールはそのチクチクが全然ない!おまけにとっても軽いので、肩も凝りません。肌へのストレスが限りなく控えめで、巻いていることも意識しないほどの自然な巻き心地。そんな安心感もあって、クローゼットに控える選手のなかでも、つい手が伸びるのがこの子になっています。

春の装いを楽しめる、爽やかな色合い

昔から柄ものや個性的なデザインが好きで、小物類は特に、ポイントのあるものやクセが強めのものを買ってしまいがちでした。もちろん全部とってもお気に入りではあるのですが、結局はコーディネートに合わせづらく、かわいいなぁと思いながら箪笥の肥やしにしてしまう経験も一度や二度ではすみません。

そんな失敗を繰り返し、また中川政七商店で働くようになり、作り手さんの技術や思いに触れる機会も多くなったことから、最近は長く付き合えるものを迎えて、お手入れしながら大切にたくさん使いたいと思うようになりました。

でも、やっぱりちょっとはアクセントもほしい。その点このストールは、真ん中で緯糸の色を変えて織り上げることで、一枚で2トーンの色合いとなり、シンプルだけどシンプルすぎなくてお気に入りです。

私が迎えた「生成/若葉」の他にも、春夏に使いやすい爽やかな4色をラインアップしているので、お手持ちのお洋服と相談しながら、たくさん使えそうな一枚を選んでいただけたらと思います。

春は気持ちもうきうきして、服装にも明るい彩りを取り入れたくなる季節。洋服で色ものを買うには少し勇気がいるものの、ストールならそのハードルも低いですよね。私はというと、普段の洋服ではあまり着ない若葉色をあえて選んで、ちょっと新鮮な春の装いを楽しんでいます。

<紹介商品>
やわらかリネンストール(4,950円) 

編集担当:谷尻

【暮らすように、本を読む】#09「ゆうべの食卓」

自分を前に進めたいとき。ちょっと一息つきたいとき。冒険の世界へ出たいとき。新しいアイデアを閃きたいとき。暮らしのなかで出会うさまざまな気持ちを助ける存在として、本があります。

ふと手にした本が、自分の大きなきっかけになることもあれば、毎日のお守りになることもある。

長野県上田市に拠点を置き、オンラインでの本の買い取り・販売を中心に事業を展開する、「VALUE BOOKS(バリューブックス)」の北村有沙さんに、心地好い暮らしのお供になるような、本との出会いをお届けしてもらいます。

<お知らせ: 「本だった栞」をプレゼント>

先着50冊限定!ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。



人生の断片を語る、11の食卓の記憶

ひとり暮らしを始めてから、スーパーで買う旬の野菜のおいしさや、深夜まで開くチェーン店のありがたさを実感した。お酒が飲めるようになってからは、ひとりで食べる自由さと、大切な人と食べるたのしさを知った。子どもの頃の記憶をたどる時、学生時代の思い出を語る時、未来の約束をする時、思えばいつも中心には「食卓」があります。

料理雑誌『オレンジページ』にて連載された、作家・角田光代さんによる短編小説『ゆうべの食卓』。年齢も家族構成もさまざまな登場人物たちによる、11の食卓に登場するのは、珍しいごちそうではなく、慣れ親しんだ料理ばかり。

元夫のひとり住まいの家で食べる手作りカレー
小学5年生女子ふたりのスイミング帰りの買い食い
こたつの上で作るひとり用ホットプレートの手抜きごはん
実家を売却することになった兄弟のささやかな宴会

著者によると登場する料理は、掲載時の雑誌の特集にあわせて決めていったそう。フライパンや鍋のままテーブルに出す「卓ドンごはん」や、週末に作り置ける「手作りミールキット」、ふたりで楽しむ「ちいさなおせち」、炊飯器でつくる「失敗知らずのスイーツ」など、特集の内容を想像しながら読み進めるのも本書のたのしみ方のひとつです。

連載がはじまった2020年6月は、パンデミックがはじまって間もない頃。現実世界とリンクするように、物語のなかでも、コロナ禍によって変化する生活を強いられる登場人物たちがいて、私たちと同じように家ごはんのたのしみ方や、手抜き料理のコツを覚えていきます。連載をリアルタイムで追っていた読者にとって、不安を乗り越えていく等身大の姿に、励まされた人も少なくなかったのでは。

「充足のすきま」は、なかでもお気に入りの短編です。主人公がはじめて入るバルが、“アタリ”だった時、気になる人の顔を浮かべるシーンがある。「あたらしい服を買いたくなったら恋の予感だったのは、二十代までなのかも。おいしいと言い合いたいと思ったら恋、と、三十代の今、上書きすべきか」。わたしなら迷わず上書きを選ぶよ、と心のなかでワインを掲げた。

ご紹介した本

・角田光代『ゆうべの食卓』

本が気になった方は、ぜひこちらで:
VALUE BOOKSサイト『ゆうべの食卓』

先着50冊限定!ご紹介した書籍をVALUE BOOKSさんでご購入いただくと、同社がつくる「本だった栞」が同封されます。買い取れず、古紙になるはずだった本を再生してつくられた栞を、本と一緒にお楽しみください。詳細は、VALUE BOOKSさんのサイトをご覧ください。

VALUE BOOKS
長野県上田市に拠点を構え、本の買取・販売を手がける書店。古紙になるはずだった本を活かした「本だったノート」の制作や、本の買取を通じて寄付を行える「チャリボン」など、本屋を軸としながらさまざまな活動を行っている。
https://www.valuebooks.jp/

文:北村有沙
1992年、石川県生まれ。
ライフスタイル誌『nice things.』の編集者を経て、長野県上田市の本屋バリューブックスで働きながらライターとしても活動する。
暮らしや食、本に関する記事を執筆。趣味はお酒とラジオ。保護猫2匹と暮らしている。


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【はたらくをはなそう】商品部 青野洋介

青野洋介
商品部 商品一課


大学で建築とプロダクトデザインを学び、2018年に新卒で中川政七商店に入社。
以来、商品部でデザイナーとしてバッグを中心に、素材や製品のジャンルを問わず幅広い商品の開発に携わっています。



小さなころの夢は農家か大工でした。農家である田舎の祖父の存在が身近だったこともあり、暮らしに必要なものを自分の手で作ることに憧れがあったのだと思います。その後も漠然と「何かものを作る人になりたい」と思い続け、建築とデザインが学べる大学に進学しました。授業で工業デザインを中心に学びながら、様々な出会いを通して工芸や手仕事の領域に興味を深めていきました。

そのなかでも印象的だったのが、ゼミの活動で訪れた民藝の陶芸家・河井寛次郎の記念館。かつての住居兼仕事場であるその空間からは、地に足のついた実直な暮らしと仕事から、自然と美しさが生まれる光景が見て取れて、心に深く響きました。土地の素材と人の手から生まれるもの、その土台にある連綿と続いてきた豊かな文化風習。これを失ってしまうには惜しい。日本のものづくりや文化を残したいという思いを強くした瞬間です。そんな時に出会ったのが中川政七商店。幅広い暮らしの道具を作り、ものづくりを通して工芸や文化を守り育てていこうと取り組む姿勢に共感しました。

そうして入社してからは、陶磁器のうつわやガラスのコップ、木の掃除道具、帆布や革のバッグに小物、テキスタイル、ハンカチや香水など、幅広いものづくりに取り組んで来ました。なかでもやりがいを感じているのが、暮らしに近い道具を作ること。工芸の道具を使うには時にコツや手間も必要ですが、人とものの関わりのなかに生まれる喜びや愛着を伝えていきたいと思っています。できるだけ手に取りやすいデザインに落とし込み、入口のハードルは下げながら、先にある楽しさや価値を感じてもらえるようにものづくりに取り組んでいます。

デザイナーとして最も大切にしているのは、作り手である前に一番の使い手であること。生活のなかでものを使い、経験する物事をよく観察しよく知ること、とも言えます。暮らしの道具を作るうえで、作り手自らの生活の実感から生まれるアイデアや課題意識、「こんなものが欲しい」という素朴な欲求が、何よりも大切で共感を生むと考えているからです。

二つ目は、ものを深く理解すること。ご一緒する作り手さんたちの産地や現場に、どんな素材や設備、技術、経験があり、どんな人がどんな思いで作るのか。また素材や加工の特性に加え、その“もの”にはどんな歴史や文化があるのか。ものづくりは知れば知るほど面白く、無理のない自然な設計をすることがクオリティに繋がります。

そして人と関わり、生活の背景にある社会で起こる出来事をよく知り考えること。購入は投票だとたびたび言われますが、作ることもまた強い投票です。複雑な社会のなかで、明るい未来に繋がる選択ができるように心がけています。

仕事をするなかで楽しいのは、ものづくりがドライブするのを感じる瞬間。達成すべき要素や制約について、どうすればうまく繋がるのかを模索していくのですが、考えあぐねた末に奇跡の1ピースを見つける瞬間があります。メーカーさんの得意不得意に合わせてデザインを調整したり、逆にこちらの意図を汲んで新しい提案をしてくださったり。アイデアが人との関わりを通してよりよいものになっていく。ぐるんぐるんとエンジンが回り始めた時はたまりません。

時には意図したものとちょっと違うな‥‥というサンプルが上がってくることもあるのですが、それをうまく活かしていくのも、人と一緒にものを作る面白さの一つ。ひたすら合理的にデザインしてコントロールするのではなく、対話しながら両者のいい落としどころを探っていく。人の至らなさや弱さも含めた人間らしさを包括したところに、美しさや愛らしさが生まれると思っています。

そして苦労して作った商品が人に届き、喜んでもらえた時の喜びはひとしおです。目の前の人はもちろん、いつか、何十年後か古道具屋に出ても、人の手を渡りながらどこかで誰かの暮らしを豊かに彩るものを作りたいと励んでいます。


<愛用している商品>

うつわになる硝子の片口浅漬鉢

数日で食べきれる適度な量の浅漬けを手軽に作れる機能性と、なんといってもこの見た目の美しさ。ずっしりとした肉厚なガラスの氷のような存在感、ゆらぎあるテクスチャー、片口型の愛らしい佇まい。もう一品浅漬けでも作ろうかと、怠惰な自分を勇気づけてくれます。かぶらと柚子で作る千枚漬けは我が家の冬の定番。食卓に欠かせない道具です。

伊賀焼のスープボウル

火にかけられるうつわって、なんだかロマンがあります。タフで気負わず使えて、食卓でぐつぐつとしている様は臨場感たっぷり。そしてアイコニックな持ち手とコロンとした佇まいの愛らしさ。質感は豊かながら、国籍をあまり感じない形なので、和食にも洋食にも、アジア料理にも合わせやすいです。半人前だけどよく働く「土鍋の弟分」みたいな存在感がお気に入りです。

こはぜ留めのコンパクト財布

自分が担当した商品のなかでも、特に気に入っている商品の一つ。コンパクト財布のライトユーザーに向けた、程よい落としどころを提案しました。持っていることを忘れるほどのコンパクトさ、それでいて必要十分な使い勝手と、幅広いシーンに馴染むきちんとした佇まいがとても気に入っています。「わたしの好きなもの」の記事ではより詳しく書いたのでよろしければこちらもご覧ください。



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