料理を作る、食べる、保存する。
日々の食生活の中で、私たちは様々な道具を利用しています。
昔から日本の食生活に寄り添ってきた工芸の道具には、使い勝手の良さに加えて、その存在自体を愛することができる自然な風合いと手ざわりがありました。
愛すべき道具との出会いは、食生活をより豊かにし、暮らしに新しい楽しみを与えてくれます。
日本の工芸に学び、佇まいの良さと機能性を両立した、今の食卓に馴染む道具を作りたい。
そんな風に考えて、今回、「暮らしに定着すること」を大切に多くの商品を手掛けてきたプロダクトデザイナー 柴田文江さんとともに、新たに台所道具を作りました。
暮らしの中での“ひと手間を楽しみたくなる”二つの道具はどのように生まれたのか。開発の経緯や普段の台所仕事について、柴田さんにお話を聞きました。
■暮らしに簡単に取り入れられる「ぬか漬け」の魅力
ーー柴田さんご自身も、ご自宅でぬか漬けを漬けられていると伺いました。
「私がちゃんとぬか漬けを始めてから、ちょうど3年くらいになると思います。
それ以前にもやってみたことはありましたが、休みの日にしか料理をしていなかったこともあって、なかなか長続きしませんでした。
コロナ禍になって、だんだんと家でご飯を作る頻度が増えてきて、『こんなに毎日作っているならぬか漬けもやれるかも』と思い、改めて始めてみたんです。
色々なものを漬けてみて、ゆで卵とか、山芋とか、そんな変わり種も美味しかったんですが、今ではやっぱり定番のカブやきゅうりの出番が多くなりましたね」
ーー自宅でぬか漬けを漬けるのは、少しハードルが高いようなイメージもあります。
「家でぬか漬けと聞くと、とても真剣にやっているように捉えられるかもしれないんですが、そんなことはないんです。慣れてくると、冷蔵庫に入れて結構ほったらかしにできるというか。
朝起きて、その日の夜ご飯は家で食べようという時は、お米を研いでから出かけるんです。その時に、ぬか漬けも冷蔵庫から出しておくとちょうどいい具合になるし、外で食べる日は入れたままにしておく。そんな風にしています。
長い出張の時は、古漬けになってもいいようなものを冷蔵庫に入れていったりします。さすがに少しすっぱくなり過ぎたなと思っても、細かく刻んで鰹節に混ぜたりするとすっごく美味しい。
その辺の塩梅というか、調整できるんだっていうのが分かってきました。きっと、皆さんが思っているよりもずっと簡単です」
■かき混ぜやすさを解決した、佇まいのよい「ぬか漬け容器」
ーー今回、ぬか漬け容器をデザインすることになったきっかけを教えてください。
「ぬか漬けは、定期的に底の方からかき混ぜてあげることが大切です。
これまでは四角い容器を使っていたんですが、単純に混ぜにくいのと、どうしても四隅にぬかが溜まってしまって、もったいないなと感じていました。その部分のぬかが役目を果たしていないなって。(笑)
野菜は基本的に丸っこい形だし、容器にも丸みがあった方が効率よく漬けられそう。そんな風に漠然と思っていて、ある時SNSでその気持ちをつぶやいたんです。
そうしたら中川淳さん(※)がすぐに反応してくださって、その流れでデザインする機会をいただきました」
(※中川政七商店 会長 13代中川政七)
ーーかき混ぜやすさと、見た目の美しさと、どのようにバランスを取ってデザインされたのでしょうか。
「まずは目測でアールの角度をある程度決めてから、3Dプリンターで形を出して、実際に手を入れてみながら修正していきました。
かき混ぜやすい丸みをつくるために、通常の、真円のアールでは底が絞られ過ぎてしまって安定感を損ねてしまいます。なので、細かくアールの角度を変化させて安定感を確保した上で、十分な丸みをつけるように工夫しています。
微調整したアールのおかげで、和風過ぎず、極端にモダンでもなく、どこか懐かしい雰囲気を残した佇まいになったかなと思っています。
■ぬか漬けをカジュアルに取り入れられる、ニュートラルなデザイン
ーー容器本体は、野田琺瑯さんがつくる琺瑯製、蓋は木の蓋を採用されています。
「お料理って、もちろんご飯を食べるためにやるんですが、半分は楽しんでやっているものなので、せっかくなら使う道具の質感も含めて楽しみたいんです。
そういう意味で、今回は琺瑯がいいなと思って選びました。におい移りしないとか、塩や酸に強いといった特徴もあるので、機能的にもぴったりだと思います。
蓋は、せっかく新しく作るなら、和風でも洋風でもないものができたらいいなと考えて、主張しすぎない木質の材料を選んでいます。
私はアボカドを漬けてパスタに入れたりもするし、セロリを漬けてピクルスみたいに食べたりもしていて、和食に限らないんです。そんな風にカジュアルにぬか漬けを毎日のご飯に取り入れるには、こういう見た目もいいなって思います」
「コロナ禍になって価値観が変わったのか、身体が心地よいもの、ほっこりしたご飯が食べたい、そんな風に思うようになりました。
誤解されたくないのは、そんなにちゃんとした料理をつくっているわけではないんです。
たとえば昨日は少し忙しかったので、簡単にうどんでも食べようと思って冷凍うどんを温めて、卵くらいは入れたりして。そこでもう一品なにか作るって大変ですけど、カブを漬けていたので一緒に食べたらとてもいい感じで。
自分でつくるぬか漬けが本当に美味しくて、炊きたてのご飯があって、お漬物があればそれで済んじゃうというか。洗って切るだけで一品できちゃうのでとても簡単です」
「失敗してもぬかが一気に悪くなることはないし、上澄みを取って色々やっていたらまた復活したりして。そんなに真剣にやらなくてもぜんぜん大丈夫だと思います」
■金具を使わない、お手入れのしやすいガラスの保存瓶
ーー 「吹きガラスの保存瓶」 についてはいかがでしょうか。
「元になった理化学用のガラスを見た時に、実験道具の印象が強いと感じたんです。なので、素材の美しさは生かしつつ、いかにニュートラルにできるか、という部分にこだわって全体をデザインしています。
いい感じに懐かしく、いい感じに現代的で、梅を漬けたりする手仕事にももちろん使えるし、キャンディーやフレーバーティーなんかを入れてもいい。ちょうどよい塩梅の瓶に仕上がりました」
「最初はもう少し底の方を絞った形にしようと思っていたんですが、中川政七商店さんから安定感についてのフィードバックをいただいて。修正してみると『あ、確かにこれもいいよね』となりました。そんな風にやり取りを重ねて良いものを作れたのも楽しかったです。
暮らしに馴染む、長く使っていただけるものになったんじゃないかなと思います」
ーー金具がない保存瓶というのが新鮮に感じました。
「金具とバネで止めているものって、毎日開け閉めしていると意外と大変だったりしますよね。これはすりガラスの摩擦で蓋を止めているので、すっと開けられて中のものを取り出しやすい。煮沸もできてお手入れも簡単だなと思います。
サイズ的には、一人か二人暮らしで梅やフルーツシロップを漬けて、ちょうどよいタイミングで使い切れるくらいの感覚です。私は朝にナッツを食べたりするんですけど、この瓶に入れておいたら密閉できて取り出しやすくて、見た目もきれいでいいなと思っています。
ーー今回、二つの台所道具をデザインされていかがでしたでしょうか。
「ぬか漬け容器は特にそうですが、私自身が本当に使いたいもの、使えるものが作れるということで、すごく面白く、ありがたい機会でした。
二つとも凄く良くできていますし、これからどんな風に使おうかなというのが楽しみです。
琺瑯のぬか漬け容器に木の蓋、そしてガラスの保存瓶。素材はそれぞれ違うけど共通の世界観が出せたと思っていて、この道具がキッチンに並ぶと、雰囲気が優しくなるんじゃないかなと。
形自体に強い主張があるデザインではないので、和洋関係なく、どんなキッチン・台所にも馴染んでくれると思います」
< プロフィール>
柴田文江:プロダクトデザイナー/Design Studio S代表
『エレクトロニクス商品から日用雑貨、医療機器、ホテルのトータルディレクションなど、国内外のメーカーとのプロジェクトを進行中。
iF金賞、毎日デザイン賞、Gマーク金賞、アジアデザイン賞大賞などの受賞歴がある。
多摩美術大学教授、2018-2019年度グッドデザイン賞審査委員長を務める』
文:白石 雄太
写真:元家 健吾