【工芸うんちく旅】大分県別府市「温泉」

こんにちは。
中川政七商店ラヂオのお時間です。

「工芸うんちく旅」は、工芸好き男子ふたりが、日本の工芸産地をめぐり、職人さんや地元の方々から聞いてきたうんちくや小ネタ、地域の風習、食文化などを紹介する番組です。

大分県別府市/温泉

大分県別府市といえば温泉!日本古来の養生として根付いていた湯治文化について掘り下げていきたいと思います。今回お話を伺ったのは、「日常に深呼吸を届ける」をミッションに、当時をコンセプトとしたライフスタイルブランドHAA(ハー)を立ち上げられた池田佳乃子さん。

1ヶ月の半分を東京で、もう半分を別府で過ごす池田さんが語る、湯治文化の成り立ちや別府温泉の魅力。湯治文化が今なお色濃く残る鉄輪(かんなわ)温泉について、などなど。そこに、実際に現地に行ったナビゲーターふたりも加わり、別府トークを繰り広げます。

「毎日が地獄です!!」ってなんだ?ぜひお楽しみください。

プラットフォーム

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ナビゲータープロフィール

高倉泰(たかくらたいら)

中川政七商店による産地支援事業「合同展示会 大日本市」のディレクター・バイヤー。
大学卒業後、店舗デザイン・設計の会社を経て、2014年に中川政七商店に入社。日本各地のつくり手と共に展示会やイベントを開催し、商品の仕入れ・販売・プロモーションに携わる。
古いものや世界の民芸品が好きで、ならまちで築150年の古民家を改築し、 妻と2人の子どもと暮らす。山形県出身。日本酒ナビゲーター認定。ほとけ部主催。
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引地海(ひきじかい)

Pomalo 株式会社 クリエイティブ・ディレクター。大学卒業後、広告代理店を経てフリーの編集者に。雑誌やWEBサイト、イベントの企画・制作・プロデュースを手がけ、2019年よりコンテンツ・エンジニアリング・カンパニー Pomalo(ポマーロ)に参加。11歳から17歳までをアメリカ・サンディエゴで過ごした帰国子女。2児のパパで、趣味はお弁当づくりとキャンプ。
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ご質問・ご感想を募集しております

パーソナリティへの質問や、ご視聴の感想、ここに行ってほしい!といったリクエストなど、お聞きしたいこと、お伝えしたいことがあれば、お気軽にコメントをお寄せください。

皆さまからのお便りをお待ちしております。

次回予告

次回「工芸うんちく旅」は、3月10日(金)配信を予定しています。

「中川政七商店ラヂオ」では、別番組「季節の手ざわり」も配信中です。
こちらは、月に一度、季節ごとの風習や、暮らしに取り入れたい日本の文化についてお届けしています。
次回は4月7日(金)配信予定です。

お楽しみに。

中川政七商店ラヂオのエピソード一覧はこちら

手仕事の愉しみを次世代につなぐ、スタジオジブリと日本の工芸の出会い

アニメーターという職人集団の手から生み出される、スタジオジブリの映画。その圧倒的なクオリティと、一作一作に全精力を込めて製作に臨むジブリの姿勢は、とても工芸的であると感じます。

その一方で、「ジブリ映画で何が好き?」

こんな質問が誰に対しても成立してしまうほどに広く知られ、愛されているジブリのアニメーション作品たち。

そんな「ジブリの世界」と、「日本の工芸」がコラボレーションすることになりました。

この取り組みを通じて「日本の工芸」をもっとオープンなものへと近づけていきたい。そして、人の手で作られるジブリ作品や工芸の魅力を次世代につなげていきたいと、私たちは考えています。

今回、商品開発を担当したスタジオジブリ 商品企画部の市川浩之さん、中川政七商店のデザイナー 榎本雄に、インタビューを実施しました。

※コラボレーション特設ページ

コラボレーションの経緯、どんな想いで商品を開発したのか、そして今後の展望まで。何度も密にやり取りをしながら商品を完成させた2人の話から、スタジオジブリと中川政七商店のものづくりに対する想いを感じていただければと思います。

ものづくりへの”熱意”が第一の判断基準

ーースタジオジブリのキャラクターグッズ開発について、どんな方針を持たれているのか教えて下さい。

【市川さん】「まず大前提として、ジブリとしてはグッズを沢山売って欲しいわけではないんです。ありがたいことに日々多くのご提案をいただきますが、『こんな販路を持っています』『年間これくらいの売上を見込んでいます』といった、“売ること”を先にアピールされてしまうと、そこが一番大切なわけではないと感じてしまいます。

少し抽象的ではありますが、ものづくりへのこだわり、情熱を伝えていただけると、こちらとしても直接お会いしてみようかとなりますね」

スタジオジブリ 商品企画部 部長 市川浩之さん

ーー中川政七商店から最初に提案を受けた時の印象はどうでしたか。

【市川さん】「最初に送付されてきた企画書を拝見して、本当にびっくりしました。

通常、最初にお送りいただくものって会社概要のパンフレットだったり、その会社が普段作っている既存品のサンプルだったりが多いんです。『このアイテムで、トトロを作りたい』というようなご提案ですね。

中川政七商店さんの場合はまったく違いました。

企画書の冒頭から、『千と千尋の神隠し』を宮﨑監督がどんな想いで作ったかという製作意図の一説が引用されていて、すごく記憶に残っています。さらに読み進めていくと、本当に1ページ1ページ、イラストなどを交えながらすべてジブリへの提案のために作りこまれた小冊子になっていました。

これは、すごく時間をかけて検討されたんだろうな、会わないわけにはいかないなと」

【榎本】「これまでの人生でジブリさんから受け取ったものも多くて、個人的に思い入れも強く、コラボレーションはぜひ実現したいと思っていました。そこでどういうご提案をしたら双方にとって良いのだろうというのを、ずっと1年間くらいは悩んでいましたね。ジブリさんとつながりがあったわけではないので、最初はどこに連絡したら良いのかもわらからない状態で企画を練り始めました(笑)。

社内メンバーと一緒に考えて考えて、形としても表した方が僕たちの熱意が伝わるだろうということで、小冊子に加えて今回実現した木彫り人形の試作もお送りしました」

中川政七商店 デザイナー 榎本雄

悲哀を背負ったアシタカを、武者人形にはできない

ーーそこから直接のご提案を経て、商品開発がスタートしたわけですが、最初はお互いのイメージや想いをすり合わせるのにとても苦労したと伺っています。

【榎本】「企画の骨子のイメージはあったのですが、最初は僕がジブリさんの合格ラインというか、基準を上手くつかめていませんでした。こちらの思いが空回りしていた感じですね。何度も市川さんとやりとりを重ねる中で、少しずつコラボレーションのあるべき姿が見えてきたという感覚です。

ジブリさんがどういうものづくりを目指しているのかを想像しながら、中川政七商店としても譲れない部分を形にしていきました」

【市川さん】「いろんなご提案をいただいた中で、ジブリとしてこれは難しいです、ということでご遠慮いただくものもたくさんありました。

たとえば、アシタカの武者人形を作りたいというご提案に対しては、それは絶対にアシタカにならない、という理由でお断りしています。

子どもたちに贈られる武者人形は、少し幼いというか、いわゆる子どもらしい表情をした人形です。一方でアシタカはどちらかと言えば悲哀に満ちた、さまざまなものを背負っているキャラクター。それを武者人形で表現するのは、ちょっと違うという判断になりました。

また、千尋とハクを中心に据えた雛飾りのご提案もありました。その他の神様たちも勢ぞろいして、確かに飾りとして見た目は華やかですが、果たしてそれが映画の世界観としてあり得るかというと、そうではない。千尋は神様ではないですし、一番偉い感じで雛飾りの真ん中に2人が座っているのは、やはりおかしいんです」

大切なのは高畑勲や宮﨑駿の世界観から外れないこと

【市川さん】「高畑勲や宮﨑駿 、宮崎吾朗といった原作者がどういった意図でその映画を作ったのか、そのキャラクターを描いたのか。その世界観から外れないことを大事にしなければなりません。

とはいえ、映画に出てくるままでは書き込みが細かすぎて商品化できないこともあります。たとえば、どの程度であれば線を省いてもよいのか、デフォルメをしてもよいのかなど、その都度悩みながら監修をしています。

そこがマニュアル化できない部分で、ジブリ内でも意図を読み違えてしまうこともありますし、その感覚を榎本さんとすり合わせるのに時間がかかりましたね」

【榎本】「すごく難しかったです。映画をもう一度見直したり絵コンテ集を読み込んだりしながら、宮﨑監督の意図をもう一度自分の中に取り込んでみて、そこからズレていないかというのをかなり意識してデザインしました。

工芸を作られている方々は手仕事を特徴とされている場合が多く、何を“好し”とするかの哲学は職人さんによってそれぞれです。今回の企画はそういう方々とあらためて出会っていくというコラボレーションでもあるので。

素材の風合いや個体差を消してしまうと工芸としての良さが薄れてしまいます。その味を活かしつつ、監督の意図を汲みつつ、職人さんにいい仕事をしていただく。市川さんに都度ご確認いただきながら進めたというところですね」

【市川さん】「僕の前任が、ジブリのキャラクターグッズを何十年も監修してきた大ベテランで、宮﨑監督や鈴木プロデューサーに何度も怒られながら、“ジブリの商品はこうあるべきだ”ということを作ってきた今井という人なんです。

ジブリの商品づくりの考え方は今井しか知らないといっても過言ではないというか。でもそこにマニュアルがあるわけでもないので、今井の日々の業務、メーカーさんとのやり取りを横で見ながら、自分の中でひとつずつ判断基準を蓄えてきたというイメージですね。

そうやって約8年間やってきて、最近は今井抜きで自分が監修している商品でも、良いものが出来たと実感することもあります。ただ、力不足を感じることも多々ありますし、いつまで経っても100%完璧だなんて思えるはずがないんです。

常に勉強しながら、常に悩み続けながら、この先もやっていくべきなのだろうと思います」

工芸の質感をまとったトトロの誕生

ーー最終的に、今回のコラボレーションの題材は「となりのトトロ」に絞られました。

【榎本】「その土地の風土に寄り添い、人の手でつくられた工芸の魅力を特に子ども達に向けて伝えたい。その想いがある中で、トトロは日本の里山の自然を舞台に、風土や暮らし方へのまなざしが描かれている。

僕たちの想いを伝えるのには、まずトトロだけのコレクションに絞るのが良いんじゃないかという風になりました」

ーー完成した商品を見て、率直な感想はいかがでしょうか。

【市川さん】「非常にいいものができたなという印象です。どのアイテムも、工芸のことをきちんと知ってらっしゃる皆さんだからこそのご提案だったんだろうなと感じましたね。

この注染のTシャツなんかも、裏表が無くてどちらでも着れるというものは初めて見たので、とても面白いなと思いました」

【榎本】「僕自身も、子ども達に工芸を伝えるという中で、日々の暮らしの中での背景になるようなものを届けたいと思っていました。

意識にはあまりのぼらないけれど、心のどこかにはしっかりと残っていく手触りみたいな。それこそトトロのような存在。宮﨑監督も、ジブリの映画は何度も繰り返し見るものではなくて、一度でもいいからその子の人生の大切な一時期に心に残るようなものでありたいと仰っていますよね。

大人になって、ふとそういうものがあったな。救われていたな。なんて思ってくれたら嬉しい。

僕らの中でそんな風に想い描いていたストーリーみたいなものがあって、今回、その願いを込めたものが揃えられて良かったなと。皆さんに届けられるのが楽しみです」

【市川さん】「そう、商品一つ一つにストーリーがあるのもすごく素敵ですよね。

和紙の紙箱なんかも、最初に手に取った瞬間、小学校の頃に使っていたお道具箱のような懐かしさがあって。それを、子ども達が自然の中で見つけた宝物を入れる、蒐集道具として使ってほしいというストーリーがある。

ただ売れるからではなく、こんな風に使ってもらいたいという想いで商品化されているところが素晴らしいと思います」

「八尾和紙の型染宝箱」

ーー商品化する上で特に大変だった商品などありますか?

【榎本】「いや、本当に全て大変でした(笑)。

市川さんと僕とでイメージを固めていっても、最終的に形にするのは個々の職人さんたちです。その段階で色がうまく出なかったり、形がうまくいかなかったり、難しかったですね」

【市川さん】「でも、井波彫刻の木彫りのトトロなんて、本当に良くできたなと思います。トトロのふかふかの毛並みとか、生き物らしいフォルムとか、木彫りでよく表現できたなと。

フィギュアとか造形物で商品化する時って、どうしてもある程度のデフォルメが必要になるんですが、あの木彫りのトトロはどちらかと言えば映画の中のトトロに近いものが出来上がっていると思います」

「井波彫刻 くすの木のトトロ」

【榎本】「富山県南砺市井波地区の伝統工芸品である井波彫刻。その伝統を受け継ぐ『トモル工房』の田中孝明さんが、僕らの思いとトトロの本質をこういう形で表現してくれました。

本来、トトロに近づけた表現を追及するとしたら、身体の面をグレーに塗るとかそういうことまで求められたと思うんです。でも、市川さんの方で、木目をそのまま活かして大丈夫という風に言っていただけた。

僕たちが伝えたい、工芸の素材感とか、自然に近い温かみを残してトトロを表現できたことが、すごく嬉しかったです。

小田原鋳物の鈴にしても、鋳物の型を砂でつくっていて、その砂の質感が独特の温かみにつながっています。そういった質感をキャラクターの表現として良しとしてもらえたことが、今回のコラボレーションで一番良かったところかなとも思っています」

「小田原鋳物のお守り鈴」

作り過ぎず、売り過ぎない。キャラクターを消費しない、長いスパンでのものづくり

ーー第二弾、第三弾と、どんな商品開発を考えているのでしょうか。

【市川さん】「やっぱり、『千と千尋の神隠し』など、日本が舞台の題材が良いのかなと思います。

中川政七商店の商品づくりの良さが活かせる作品を考えながら、今後も進めていきたいですね。

先ほどお話した注染Tシャツのように、自分たちの知らない工芸の手法を用いた商品がまだまだあると思っていて、そういったものに出会えるのはジブリとしても嬉しいですし、ご提案を楽しみにしています」

【榎本】「仰っていただいたように、一つひとつの商品に想いをきちんと載せた上で、いいものづくりをしていきたいなと思っています。

工芸の文化的な厚みは日本ならではのものです。昔の人が大切に育てて来たその背景があるからこそ、ジブリさんのアニメーションも生まれてきたと僕は解釈しています。中川政七商店の活動もまさにそうですね。今に引き継がれてきた工芸の根っこのようなものを、ポジティブなかたちで次の世代にも伝えていきたい。

全国各地にある工芸の種。そこに技術とアイデアを重ね合わせて、ジブリのキャラクターとともに広く伝わっていくようなものが、作っていけたらと思っています」

【市川さん】「今回、中川政七商店さんとはじっくり時間をかけて一緒にものづくりができました。

ジブリとしては、あまりグッズが売れてしまうのも良くないという考えがあるんです。ジブリパークの開業や、宮﨑駿監督の新作の話など、2022年は大きなトピックがあったので、グッズの売上もそれに比例して、たくさんの方にお買い求めいただきました。

そうなると、ジブリでは「こんなに売れてしまっていいのだろうか」という懸念が出てきます。実際にメーカーさんのところへ行って、「2023年はもう少し生産を絞っていただきたい」というお願いをしたりもしているんです。

キャラクターグッズが世に出回りすぎると「キャラクターの寿命を縮める」という考えがあって。やはりジブリでは、安くたくさん売るのではなく、長くちゃんと愛される、使ってもらえるものを大事にしていきたい。そんな風に考えています。

なので、御社との取り組みも、あまり発売日の予定なんかを厳密に立てずに、お互いが納得のいく商品をつくって届けていく。そういうやり方ができれば一番嬉しいなと思っています」

< プロフィール>
市川浩之:スタジオジブリ 商品企画部 部長

『ミュージシャンを志す傍ら、縁あって三鷹の森ジブリ美術館のアルバイトスタッフに応募。約2年間のアルバイト勤務ののち、正社員に。2009年、プロデューサー室に異動となり、鈴木敏夫プロデューサーのもと、「借りぐらしのアリエッティ」「コクリコ坂から」の宣伝活動に従事。さまざまな映画製作の現場を間近で見たことで、ジブリでの仕事を続ける決意を固める。その後、ジブリ美術館のフロア責任者を経て、2015年から商品企画部に在籍。前任の部長 今井知己の下でキャラクターグッズ開発の仕事を学ぶ。』

榎本雄:中川政七商店 デザイナー

『20代に高畑勲氏、宮﨑駿氏、鈴木敏夫氏の書籍を読みスタジオジブリのものづくりの姿勢に衝撃を受ける。その後、ものづくりの道に。2006年、東京を拠点とするデザインオフィスに入社。文具、バッグ、アパレルなどデザインの経験を積む。2014年中川政七商店入社。日本各地の工芸のつくり手と様々なものづくりを行っている。』

文:白石雄太
写真:中村ナリコ

【作り手さんに聞きました】くすの木のトトロに命が吹き込まれるまで

「となりのトトロ トトロ トトロ トトロ 森のなかに むかしから住んでる ♪ 」
(『となりのトトロ(作詞:宮﨑駿)』より引用)

この歌を口ずさむ時はいつも、心にゆとりがあり、楽しく心地好い気持ちに包まれているような気がします。

森を見守るように、やさしいまなざし。誰もが一度は触れたいと願う、あのふかふかな毛、大きなおなか、繊細なヒゲ…目が合えばきっと歌いだしたくなる。
映画から飛び出してきたかのような、「くすの木のトトロ」を作りました。

一本の木から、一人の木彫刻家の手によって、丹念に命が吹き込まれています。「くすの木のトトロ」がどのように生まれているのかをお届けしたくて、富山県南砺市、井波彫刻の産地を訪ねました。

産地を訪ねて、日本一の木彫りの町・井波へ

木槌のトントン、カンカンという音があちこちから聞こえてくる井波彫刻のふるさと、富山県の「八日町通り」。木造の町屋が並ぶ通りを歩けば、木彫刻の工房やノミを売る商店などが立ち並びます。

「人口約8000人のうち200人が木彫り職人なんですよ。僕の橫の家も、斜め向かいの家も、木彫り職人の家です」

そう話すのは、「くすの木のトトロ」を彫る、田中孝明さん。

町全体が、木彫刻美術館と称され、日本遺産にも登録される井波。町のシンボルとも言える、瑞泉寺が江戸時代中期に火災で焼失した際、京都から招かれた彫刻師が地元の宮大工に木彫りの技を伝えたことが、井波彫刻の始まりとされています。

八日町通りを登った先にある、瑞泉寺。井波彫刻の粋を集めた、町のシンボルです

持ち家率全国No.1で、家を大事にする土地柄の富山県において、明治時代以降は和風住宅の「欄間(らんま)」が広がり、町の産業として発展してきました。

通りを歩けば、いたるところに木彫刻が飾られており、美術館と称されるのも頷ける景観です。

そんな木彫りの町の一角に、田中さんが構えるトモル工房はあります。

自然と向き合いながら表現するもの

井波彫刻と言えば、神社仏閣に端を発するだけあって、写実性のある力強い印象をもっていましたが、田中さんの作品を見て感じたのは、やさしさ、でした。

擬音で表現するなら、「ふわり」。
少し浮いているんじゃないかと思う、重力を感じさせない、やさしくおだやかな佇まい。思わず、ほっと力が抜けて、自然と周囲に目が向くような気持ちにさせてくれます。

「何で人形を彫っているんですか?と聞かれることが多いんですけど、僕としては人形を作っているつもりでもなくて。
自然や庭の中で感じたことを何か形にできないかなと思って表現した時に、それが、たまたま人の形をしたものだったんですよね。
見てくれた人がこれは何だろう、と感じる余白を残しつつ、自分なりの表現を形にするために作っています」

依頼のお仕事や節句人形を彫るだけでなく、自身の表現を形にする作家活動を行う田中さん。
作品に共通するコンセプトは、「平常心」や、「自然からのなにか」。一つひとつ形は違えど、作品を作り始めてから、そのコンセプトは変わっていないのだと言います。

「今回のトトロは依頼のお仕事で、その姿形を誰もが知っていて。自分の感じるままにはもちろんできないんですが、自然に向き合うような気持ちで彫っていたのは、同じかもしれません。

子どもの頃はトトロと言えば愛らしいイメージをもっていたんですが、今回くすの木を彫る中で、木そのものなのかもしれないと感じながら彫り出していきました」

360度どこから見ても、トトロらしくあるように

「彫りながら、トトロとはなんぞやということは、ずっと考えていました。それは、目に見える形としてもそうだし、トトロという存在自体についても。
形で言えば、映画は2Dなので、3Dに起こした時にどこから見てもトトロらしくあるように、という難しさはやっぱりありました」

「設定資料なども沢山拝見したのですが、生き物なので、シーンによってシルエットとか鼻の位置とかが結構違うんですよね。でもみんなトトロに見える。その理由を今でも知りたいと思ってるんですが、
そういえば、作ってる最中に、たまたまアメリカのご家族が工房に立ち寄られたことがあって。まだすごい荒彫りの状態の物が並んでたんですけど、それを見て“トトロだ!”と、小さな女の子が言ってくれたんです。
トトロになるんだよと言ったら、もうトトロだって言ってくれました。それだけシルエットが世界中に浸透していることがよく分かる出来事でした」

世界中に浸透しているということは、その分、トトロのシルエットへの期待があるとも言えます。荒彫りの状態でも分かるようなトトロらしさは、どのように作りだしたのでしょうか。

「横から見た時のシルエットにはこだわりました。中心の芯をしっかりとりつつ、お腹がぼーんと出るように。だらしなかったり、どちらかに倒れるような感じにはしたくなかったので、足の位置を少し後ろに持ってくることで安定感を出しています。どっしりしつつ、たぷっとした感じも出るように心がけて彫り出しました。

あとは、もこもこした印象を出せるように、全体的にあえてノミ跡を残しています」

ノミ跡を残すことで、木という素材でありながら、ふかっとした印象に仕上げている

そしてついつい見入ってしまうこの表情。間近で見ると分かるのですが、目は立体的に彫り出されています。

「顔は、宮﨑さんが描かれたトトロの設定資料を忠実に守って彫っています。

目尻目頭が必要とか、獣であることが必要だということを言われていて。動物であり、だけど可愛らしさもあり、ちょっとだけ気持ち悪さのようなものもあり、みたいなところを出来る限り再現したいなと。

身体は毛に覆われているので自由度が高いらしくて、トトロらしさをしっかり見せるには、やっぱり顔が大事だなと思ったので、慎重に彫り出していきました。
最初の頃は、目を彫るのが本当に怖くて…失敗したらやり直しが効かないので、少しずつ刃を入れていましたね」

目は口ほどに物を言う。そんな言葉があるように、仏像や獅子頭を作る上でも、やはり最後の目入れは、気を配る部分なのだそうです。

「黒目の部分は、ただただ黒いと少し怖い感じになってしまったので、ほんの小さな白い点を入れて、生きた感じが出るようにしました。間近で見ないと分からないような点なのですが、目に力が入ったと思います」

黒目にほんの小さな光をいれる、その誠実なものづくりは、すべてに通じています。

例えばヒゲは、弾力性に富む椿の木を細く割って作っているそうです。削り出して作ると折れやすくなってしまうので、ある程度細くなるまでは割っていき、そこから少しだけ削ることで、出来る限り折れにくいようにしています。

白目は真っ白ではなく、ほんの少しだけ黄色を混ぜて自然な色に。お腹はなるべく明るくなるように一度脱色して、光らないようにうっすらアイボリーを混色して。
頭の上に乗る葉っぱは、側面を鋭角に尖らせることで、間に空気を感じさせるように。
聞けば聞くほど、丁寧に作られたことが伝わってきます。

自分のとなりにいるかもしれない、不思議なもの

物としてのトトロらしさの追及はもちろん、彫る中で、トトロとはなにか、ということについても思いを馳せる日々だったと言います。

「くすの木は、もともと大好きな素材で、自分の作品でもお世話になっていたんですが、今回彫る中で、トトロがくすの木そのもののような気がして、くすという素材がより身近なものになったように感じています。

もしかしたら神様かもしれないし、すごい生き物かも、あるいは生き物じゃないかもしれない。でも身近にいるような。それこそ“となりのトトロ”と言うように、思っている以上に、自分のとなりには、カテゴリーに属さない不思議なものが近くにいるんじゃないか。それが、半ば具現化したものかもしれないと思ったり、見えるものがすべてじゃないなと感じたり…。
トトロを、というよりも、くすの木を彫りながら、そんなことを考えていました」

最後に、「くすの木のトトロ」を迎える方に届けたい言葉はありますか?と聞くと、

「うーんと…そうですね、安心して暮らしてださい、というのが近い感覚ですかね。
神様でもなく仏様でもなく、でも家族をいつも見守ってくれる存在にはなると思うので。木そのものみたいな感じなので、穏やかに見守られながら暮らしていただければいいなと思います」

自然そのもののような、お守りのような、「くすの木のトトロ」は、こうして、一人の木彫刻家の手によって、誠実に丹念に命を吹き込まれて生まれました。

映画『となりのトトロ』を見ると沸き起こる、宝物のように大事にしたくなる感情。この記事を読んでいるかたは、きっと誰もが一度は受け取っているのではないでしょうか。

自然と、自分の外に目を向けてみれるような、世界へのまなざしがすこし変わるような。
今回作ったものが、映画と同じように、心の余白が生まれるきっかけになり、皆さまの暮らしに温かい時間をお届けできるものであれば幸いです。


<木彫実演会のご案内>

2023年3月4日(土)、5日(日)には、中川政七商店 渋谷店にて、田中孝明さんによる、木彫りの実演会を開催いたします。
くすの木がもつ温かみと彫りたての木っ端の香り、井波彫刻という産地の歴史がつなぐ技、田中孝明さんという一人の木彫刻家がもつ世界へのまなざし。
私は今でも、工房にお邪魔した時のことが時折頭に浮かびます。中川政七商店に集う皆さんなら、きっと私たちと同じように、素敵ななにかを受け取っていただける時間になるのではないかと思います。お時間許す方、お近くにお住まいの方、どうぞぜひ足をお運びください。

<掲載商品>
井波彫刻 くすの木のトトロ

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写真:阿部高之
文:上田恵理子