一年を通して多くの観光客で賑わう、京都 嵐山。
古くから桜の名所としても知られるこの場所で、「桜餅」を看板商品に掲げ、長年にわたって地元の人々や観光客に愛されてきた和菓子店があります。
嵐山最初の桜餅専門店「鶴屋寿」
JR嵯峨嵐山駅から徒歩数分。観光地の喧騒からは少し離れた静かな通りに店を構える「鶴屋寿(つるやことぶき)」。
京都の老舗菓匠「鶴屋吉信」から暖簾分けをされ、嵐山で最初の桜餅専門店として1948年に創業しました。
同店の代表銘菓「嵐山 さ久ら餅」は、桜が咲き誇る春にはもちろん、それ以外の季節にも一年中買い求める人が絶えない、嵐山の名物と言える商品です。
嵐山を、京都を代表する桜餅はどのようにして生まれたのか。「鶴屋寿」二代目店主 野村 紳哉さんにお話を聞きました。
料亭文化から生まれた異色の桜餅
一般的に桜餅は、朝つくってその日のうちに売り切ってしまう“朝生(あさなま)”と呼ばれる和菓子で、簡易的な包装しかされないことが多いのだとか。それを、お茶席で出されるような“上生菓子”としてつくっているのが、こちらの桜餅の特徴のひとつ。
「全国探しても、桜餅に化粧箱を用意してるのはうちだけやと思います」
専用の化粧箱と掛け紙を見せ、笑いながらそう話す野村さん。
このこだわりには、当時の「吉兆嵯峨支店」(現:京都?兆 嵐山本店)など、名だたる高級料亭の存在が大きく関係しています。
現社長の先代が、吉兆グループの創業者 湯木貞一氏と懇意にしていたこともあって、吉兆などの料亭から注文を受けるようになった鶴屋寿。
「料亭からお客様がお帰りになるときに、手土産としてお渡ししていたんです。やはり吉兆様などのお客様が相手ですから、変なものはつくれないので、とにかく一所懸命に頑張っていました」
料亭の手土産としての格を損ねないように、専用の化粧箱が用意された桜餅。当然、品質の部分でも様々な工夫が凝らされていきます。
二種類の道明寺が生む究極の舌触り
鶴屋寿の桜餅に使われているのは、道明寺(どうみょうじ)と呼ばれる素材。もち米を一度蒸してから乾燥させて、細かく砕いてつくられます。
「よく、長命寺(ちょうめいじ)とどうちゃうの?と言われます。長命寺はブランド名で、道明寺は材料名。昔大阪に道明寺というお寺があって、そこで一番最初につくられたいわゆる保存食です。30分ほど舐めていると、柔らかくなって膨らんできます」
豊臣秀吉の時代、戦時には竹筒に入れて持ち歩き、空腹時に水を入れてふやかして食していたとも言われる道明寺。
関西風の桜餅によく使われますが、通常は一種類だけ。鶴屋寿では細かいものと粗いもの、二種類の道明寺を組み合わせて使用。それによって独特の舌触りを生み出し、その食感と餡との絶妙な取り合わせを実現しています。
道明寺に使用しているもち米は、特定の産地にこだわらず、日本全国からその時々で良いものを選んでいるとのこと。
「国産のものを使うことは徹底していますが、産地はその時々によって変わります。どこのお米を使っても、どんな気候であっても同じ品質が出せるように調整しています。
難しいのは、乾燥した道明寺を戻す際の水の配合で、同じ品質に調整できるようになるには、10年は修行が必要です」
一種類でも難しい水の調整。当然、二種類の道明寺を使うことでより難しくなりますが、そこにこだわってこそ鶴屋寿の桜餅であると、先代の頃からの製法を守り続けています。
一年中楽しめるように。白い桜餅がうまれた理由
化粧箱もさることながら、その見た目でまずほかと違うのが、桜餅といいながら“白い”こと。実は、白い桜餅にするようにアドバイスしたのは、先述した吉兆の湯木氏。
その理由はとてもシンプルで、「白くすれば一年中楽しめるのでは」ということだったそう。
「湯木氏のアドバイスを受けて、道明寺本来の色をそのままいかした色合いになりました。やっぱり一年中違和感なく提供できますし、着色料を使ってないので安心してもらえる部分もあります」
手土産にする側としても、季節感が出すぎないのでいつでも利用しやすく、通年で求められる商品になりました。
おすすめの食べ方とは
桜餅を食べる際に気になるのが、桜の葉を取るべきなのか、そのまま食べるべきなのか。
野村さん曰く「作っている側とすれば、なるべくお取りくださいと、申し上げてます」とのこと。
一緒に食べなくても、すでに桜の葉の香りはしっかり染み込んでいるんだそう。
「葉そのものはちょっと苦味があるので、お取りいただいて、道明寺の風味、食感を楽しんでほしいなと思います」
もちろん、葉自体も食べられるようにはなっているので、「好きな方は一緒に召し上がっていただいて問題はありません」とのことでした。
地元の人に愛されてこそ
桜餅を看板商品に!という先代の想いからスタートした鶴屋寿。
料亭での手土産のニーズが縮小したあとも、そこで定めた水準を下げることなく、菓子づくりを続けてきました。
「やっぱり、心からおいしいと思えるものをつくる。そして地元の方たちに認めていただかないと駄目だと思います。
観光客の方ももちろんですが、地元の方も多くご来店いただいています。地元の、京都・嵐山の名物として自信を持ってお手土産にしていただける商品であり続けたいと、日々精進いたしております」
同じ地域に住む人たちの声を聞き、その人たちが誇りに思えるような商品をつくる。
季節を問わない白い桜餅は、これからも嵐山の名物として人々とともにあり続けるのだと思います。
<取材協力>
御菓子司 鶴屋寿
http://www.sakuramochi.jp/index.html
文:白石雄太
写真:直江泰治