伊賀で目にうつる全てのことはメッセージ

こんにちは、BACHの幅允孝です。
「さんち」の不定期連載も4回目。今回も中川政七さんと日本全国の工芸産地を巡ろうと旅に出たのですが、訪れたのは三重県伊賀市でした。
のっけから伊賀牛に舌鼓を打ち、まさかの忍者修行もこなし、苦労性の松尾芭蕉を知り、突然坂倉準三建築に出会いと、あいかわらずの行きあたりばったりの愉しい旅路で。是非ゆるりとご覧ください。

伊賀って、行かないよなぁ。これが比較的近所(愛知県西部にある津島市)で生まれた僕の、伊賀に持つインプレッションである。三重県には伊勢神宮もあれば、松阪牛もいるし、真珠も黒アワビも志摩の方では獲れるし「何とも贅沢な県」というイメージがあるけれど、海側のそれらとは逆サイド、内陸の伊賀には行ったことがなかった。多分、忍者になりたいと願ったことがなかったからだろう。
しかし、「いや、伊賀はめっちゃいいとこですよ」という中川政七さんの言葉に釣られ、今回は伊賀ヴァージンにさよなら告げることを決意。新幹線を降りた名古屋駅からレンタカーで90分、伊賀市内の芭蕉街に到着したのである。
当日は本社のある奈良から車で向かった中川さんが随分早く到着。なんでも奈良市内から50分車を走らせたら直ぐについてしまったのだという。実は8年前の市町村合併で奈良市と伊賀市は隣接したのだが、その事実を知らなかった中川さんの驚きに僕らも驚きつつ(知らなかったの!?)、京都や奈良からもかなり行きやすい立地に伊賀があることが判明した。

さて、というわけで最初は伊賀牛である。三重には松坂牛という世界的に有名なブランド牛が存在するけれど、伊賀牛も侮ってはいけない。濃厚でサシのたっぷり入った松坂牛と比べ、伊賀の牛は肉質が細く柔らかいことが特徴なのだとか。今回は、そんな伊賀牛を真昼間から堪能するため100年前から伊賀牛を扱う「金谷本店」を訪れた。ここは4代に渡って優れた血統を持つ伊賀牛をさらに改良、吟味したエリート伊賀牛たちを販売する精肉店であり、一方で老舗店舗の2階に上がれば肉料理が愉しめる。

しゃぶしゃぶ、ステーキ、バター焼きなど伊賀牛料理なら何でもござれの老舗店。しかしながら、一番の名物は「寿き焼(すきやき)」というから僕らは迷わずそれを注文。割り下を使わず、砂糖と醤油のみで炊くスタイルの関西風すき焼きが登場したのだが、その様子に驚愕したのが関東地方生まれの同行スタッフだった。

オーケイ、ここで整理してみよう。鍋を熱し、牛肉を焼くところまでは関東風も一緒。ただ、この後にネギを投入、割り下をひたひたになるまで注ぎ、順次ほかの野菜を加えながら煮えたところから溶き卵につけて食べるのが東のすき焼きである。(これではすき「焼き」ではなく、すき「煮」ではないか? というのが生粋の奈良人中川さんの疑問。)
しかし、ここ伊賀を含む関西風は、焼いた肉の上にどさっと砂糖を直接かけ、ひと呼吸おいたら醤油をちょろり。その濃厚な1枚の肉を頬張るところからスタートする。その最初の一口は「1枚目の喜び」という至福なのだ!と僕や中川さんなど関西風に慣れ親しんだ者はご満悦だが、同じ料理でもここまで調理方法が違うのも確かに妙な話である。

さて、「金谷本店」では一頭買いした雌牛しか使わないのだが、盆地で寒暖差が大きく水の綺麗な伊賀の牛様は、僕らの想像をはるかに超える味わいであった。脂の旨味で舌を唸らせる肉ではなく、淡白な赤身がじんわり尻上がりに口内に広がってくる肉とでもいおうか。正直なところ、人も40歳を超えると胃腸が脂をそんなに受け付けてくれなくなるのだが、この伊賀牛こそが上品な大人が食す三重の肉なのかもしれない。

小豆島の「まるきん醤油」をちびりとかけ、野菜も少しずつ足していく。金谷本店のスタッフの方にはこんな声を掛けざるを得ない。
「おかあさん、白めし先にください!」
関西風は、徐々に出てくる野菜の水分に合わせ砂糖と醤油で味を調整するから、家庭によって味もさまざまになる。かつて中川家では親父さんが砂糖を入れすぎるのを息子が嫌がっていたというエピソードも聞こえてきたが、それ、幅家も一緒だったなぁ。

というわけで、のっけから第4楽章を聴いたような伊賀牛祭を満喫したのだが、旅はまだエンディングではない。ここで終わってもいい!というぐらいお腹いっぱいだったのだが、腹ごなしに散歩すると伊賀の城下町では、つどつど面白いものを見つけるではないか。

いかにも老舗という出で立ちの井本薬局のショーケースには猿頭霜( えんとうそう )と呼ばれるタイワンザルの頭を黒焼きにした漢方薬が飾られている。

町の広報看板には「第9回伊賀流手裏剣打選手権大会」のポスターが貼られている( どんな大会だ!? )。

ある月極駐車場の看板は立派すぎるくらいで、一方踏切の片隅に置かれている手描きの交通看板にある「とまり、きき、みて、とおれ」という文字は味がありすぎて微笑んでしまう。

さらに歩くとザ・モダニズムという体の建築物が現れたのだが、その伊賀市役所は何と坂倉準三の名作建築というではないか。

玄関に飾られた「伊賀市は『忍者市』を宣言しました」という横段幕の言葉に「後悔はないのだろうな?」とひとつ突っ込みを呈したあと屋内に入る。

思った以上に広々とした空間が気持ちよい。4〜5メートルはあろう天高の下でもらう住民票は格別なものなのかもしれない。
2階に登ると差し込む光が実に美しく、細やかな採光ひとつとっても坂倉の腐心が伺える。

そして、この場所でまさかこの人に出会うとも思っていなかった。知る人ぞ知る前衛画家であり絵本作家の元永定正( もとながさだまさ )の作品が階段の踊り場など数カ所に展示されているのである。受付の方にお聞きすると元永はなんと伊賀出身。世界的に再評価が高まる日本の美術運動「具体」の中心的人物の抽象絵画が、市役所で観れるとは思いもよらなかった。元永は作品づくりのテーマで「未知」というコンセプトを掲げ( 1955年刊『具体』誌 第3号 )、初めて世界と向き合うような生々しい驚嘆を描こうとした人。だから、大人も子どもも彼の作品に対峙した時、頭ではなく五感に響いてくる何かがある。実際、彼はジャズピアニストの山下洋輔と共作した不思議すぎる絵本『もけらもけら』や、この連載の豊岡回で紹介した決して大人には決して理解できないカニ絵本『カニ ツンツン』を生み出した人なのだが、いやはや伊賀で出会うとは驚いた。

伊賀の町を歩くと、なんだかすべてが引っ掛かる。これぞ荒井由美がかつて唄った「目にうつる全てのことがメッセージ」状態ではないか。さすが、日常の機微を詠み詩人としても世界中で賞賛される松尾芭蕉を生み出した伊賀である。

という流れで、次に(伊賀の)上野公園内にある芭蕉翁記念館を僕らは訪れた。1959年に城戸武男によって建てられたこれまたモダンな平屋建築には、芭蕉筆による様々な作品や手紙が収蔵されているという。俳句というと、なんだか縁遠いと感じる読者も多いかもしれないが、記念館の情熱的な学芸員・馬岡さんの説明を聞き、僕は俳句の面白さや松尾芭蕉という人物に俄然興味を持つことになった。

まず驚いたのが、芭蕉がとても苦労しながら俳諧師として成長していったことだ。彼が生まれた1644年の当時、伊賀の農家の次男坊が江戸に出て俳諧師として食べていくのは只事ではなかった。芭蕉は北村季吟( きたむらきぎん )の弟子として、やっとのことで免許皆伝ともいえる「俳諧埋木」を受け取ったそうだ。しかも、上京後も「業俳(職業俳諧師)」として食べていけないうちは神田上水道の工事に従事しながら機をうかがっていたともいう。あの松尾芭蕉が水道工事ですよ、すごい根性である。

また1675年に初めて使った号「桃青(とうせい)」は、尊敬する中国の詩人・李白に影響を受けたものだが、「李(すもも)」が白い先人に対して、自身はまだまだ青い「桃」だとへりくだっていた点も彼の人となりを想像させる。

もうひとつだけ芭蕉の俳句のイメージを覆された話をしよう。俳句といえば花鳥風月を詠むものとあなたは思うことだろう。だが、松尾芭蕉(桃青)の作品に今回触れて、彼が詠みたかったのは民衆という人だったということが実によくわかったのだ。風景よりも庶民の喜怒哀楽を詠む松尾翁。例えば、「夕顔に米搗き( こめつき )休むあはれ哉( かな )」という句をむかし本で読んだことがあったのだが、実のところそれは労働歌だったと学芸員の馬岡さんに教えられ目から鱗が落ちる思いをした。

ちなみに少しだけ基本を整理しておくと、「俳諧」と「俳句」は別のものである。俳諧は「俳諧連歌」ともいう歌を連ねる世界。その始発点となる句を「発句」と呼び、芭蕉の登場以降は発句のみを鑑賞することも多く、それが近代文芸における「俳句」となっていく。松尾芭蕉の作品としては現在では、彼の書いた発句が有名になっているが、本当のところ彼は俳諧の方を好んだということも教えてもらった。そして、自分の発句に付句をする弟子たちと連歌を通して心を通わせたのである。
実は、当時の俳人の多くがそうだったように句集、文集、伝記は自分では出版せず、弟子たち周囲が書くことによって伝承される。松尾芭蕉はそんなに多くの弟子を取ったわけではないが、当時としては珍しくたくさんの女性の弟子も取り、富める者も貧しき者も分け隔てなく接したといわれている。実際、芭蕉庵が火災で焼失した時は、お金だけでなくモノを寄付する現物支給の弟子もいたのだとか。松尾芭蕉は愛されキャラだったのである。

さてさて、初日最後は同じく伊賀上野公園内で忍者体験である。冒頭に書いたように忍者に対する憧憬がまったくなかった僕は、まさか40歳を過ぎて忍者衣装に袖を通すことになるとは思いもしなかった。先輩忍者に促されるまま着付けが始まり、思ったよりもたくさんのパーツが次々に体へと貼り付けられる。オーバー40のルーキー忍者2人の姿には失笑していただくしかないが、ここで僕と中川さんが感銘を受けたのが手裏剣打ちだ。

先ほど町中で見かけた「第9回伊賀流手裏剣打選手権大会」。これこそまさに伊賀流忍者博物館が仕掛けた大会なのだが、ずっしりとした手裏剣を打つのは、なかなか得難い体験だった。だって、普通は刃物なんて投げちゃいけない!

僕たちは手裏剣大会でも使う「公式球」ならぬ「公式手裏剣」を使ったのだが、それは岐阜県の関市で作られひとつひとつにナンバリングが施された工芸品としての手裏剣。その重みのある凶器を7メートル離れた畳に向かって投げると、ぷすりと畳に綺麗に刺さる感触がだんだん癖になってくる。実際の忍者たちはその刃先に毒を塗り、徐々にターゲットを死に至らしめたようだが、こんなものが飛んでくる時代に生まれなくてよかったとしみじみ感じてしまった。

ちなみに中川政七忍者はどうも手裏剣打ちの筋がよいようで、次々と的に手裏剣を打ちつけていく。最後は先輩忍者からしきりに大会出場を勧められていたけれど、まさか中川政七商店の経営者から華麗なる転身ということもあったりして‥‥

旅は2日目を迎え、翌日は伊賀焼の窯元 長谷園へ。中川政七商店でも扱っている長谷園の土鍋「かまどさん」、愛用している読者も多いのではなかろうか?

伊賀焼には1300年の歴史があるが、その中で長谷園は185年続いている窯元だ。現在伊賀には19軒の窯元が存在し、そのうち15軒が作家活動をしているというが、そのなかでも長谷園は最大の規模を誇る。今日は、そんな長谷園の8代目当主・長谷康弘さんに話を聞いた。東京で働いていた長谷さんが地元に戻ったのはちょうど20年前の1997年。伊賀という産地が本当に落ち込んでいた時だったという。そこからどのように復興を遂げていったのかを静かに丁寧に長谷さんは語ってくれた。

伊賀の土の特徴は、高い温度で長時間焼かないと焼き締まらないのだが、その耐火性を生かした土鍋が今は大人気だ。なんでも元々は琵琶湖の底だったこの辺りの土には当時の地圧に耐えた微生物や植物が土のなかに堆積しており、火を加えたときにそれらは気泡になるという。その気泡を含んだ陶器は蓄熱しながらゆっくり均等に熱を伝える特性があり、まさに土鍋のような作り物が向いているのだ。当時の微生物に大感謝である!実際、天然素材で鍋がつくれるのは現在のところ伊賀焼しかないらしい。

かつて、この辺りでは近隣の大産地である信楽焼や京焼の下請けをする業者も多かった。陶器の産地には質のよい粘土と腕のいい職人の他に、できあがった陶器を売る商人がいて産地が形成されるのだが、残念ながら伊賀にはその商人が育たなかったのだという。ゆえ、伊賀焼の知名度は他の近隣産地に比べ低い時代が続いていたが土の特性を見抜き、向いている用途を絞った方向性が功を奏し伊賀焼の復活に至ったのだという。

現在の伊賀では土鍋などの雑器とお茶道具の2本を柱としながら、伊賀焼でしかつくれないものづくりを目指している。近年は毎年ゴールデンウィークに開かれる窯開きに3万人もの人が訪れ、最寄りのインターから窯開き渋滞ができる程になった。長谷園の長谷さんは「うちの窯だけがうまくいっても仕方がない。産地全体で盛り上がっていかないと」というが、伊賀焼がいま善き流れにあるとは感じている。昔は何をやっても見向きもされなかったが、いまは自分たちのアクションがきちんと世の中に届いている気がするという。

最近、長谷園は土鍋のパーツ販売を始めた。例えば、上蓋だけが割れてしまって使えなくなってしまった土鍋が1割程あるという声を聞いての英断だった。正直、窯元としては新しいものを売ったほうが利益になるわけだから、発送の難しさも含め大変なことのほうが多いという。けれど、長谷さんは買ってもらうことよりも、使い続けてもらうことの方が大切だと力説する。自分たちの伊賀焼が本当に喜んで使ってもらっているのか?その心持ちを忘れなければ、伊賀焼という産地から生み出されるものは、もっともっと広がっていく気がした。

さて、この旅の最後に訪れたのは長谷園から車で数分「ギャラリーやまほん」である。ギャラリーの主・山本忠臣( やまもとただおみ )さんが田んぼの真ん中につくったこのギャラリーからは不思議な引力と放熱が感じられた。
ものすごく長閑な田園風景の中に、よく手入れがなされたシンプルなエントランスがゲストを迎え入れる。ギャラリーの中に入ると、外の暑さと比べて少しだけ温度が下がったような気がする。

僕らが訪れた日は伊賀・丸柱で作品づくりを続ける作家・植松永次( うえまつえいじ )さんの展覧会をやっていた。1949年生まれの植松さんは、土と火を素材にして作品をつくる人。焼成されたそれは器としての機能を持つものもあるが、空間のなかに息づくインスタレーション作品をつくったりもする。本人は「陶芸家の人から見たら、“なにしてるんや”となるし、現代アートをやってる人からみたら“陶芸やろ”となる」と別のインタビューに答えているが、既存の枠組みに当てはまらない彼の創作には確かに観る者を魅了する力が感じられる。

この植松さんに代表されるように、「ギャラリーやまほん」で扱われている作品や道具には、自然の根っこみたいなものを直感させるオブジェが多い。「器好き」に付随する世のステレオタイプが「ほっこり」とか「あたたか」だとしたら、「ギャラリーやまほん」にある物ものは、もう少し剥き出しで、でも嘘がない作品が多いというのだろうか。

元々、実家が伊賀焼の窯だった山本さんは家業を手伝い、つまり土を触りながら自身の「ものの見方」をつくりあげてきた人だ。兄が美術の道を選んだのとは対照的に忠臣さんは建築の道を目指すのだが、17年前に故郷に戻りギャラリーを開いた。今では約1ヶ月ごとのインターバルで展覧会を開いているが、最初の何年かは事業として継続していくのが大変だったという。

確かに20年近く前には、地方で高価なアートピースを買うというアイデアなど存在していなかった。各地域の産地では安価な伝統工芸品をお土産として売っていくしか道がないと思われていた。そんな中でも山本さんは長く付き合える作家を見極め、然るべきタイミングを探し、工芸とアートの間を縦横無尽に行き来する猛者たちを愚直に紹介し続けてきた。それが長い時間をかけて実を結び、今では展覧会初日に100人ものゲストが並ぶ人気展もあるそうだ。

「ギャラリーやまほん」で紹介する作り手たちは一様に「自然の素材と真摯に向かい合っている」者たちばかりだが、この伊賀の磁場で作品を鑑賞することで、その魅力は間違いなく増していると僕は思う。季節によって風景が移りかわる田んぼの真ん中では、自然の力を吸いあげてつくられる作品にエネルギーが充ちる。東京銀座の小さなホワイトキューブで鑑賞するのとは、随分違った体験ができる。それは現代においては忘れられがちな、プライマルな自然感覚を呼び起こすことかもしれない。

実際、山本さんも東京だとノイズが多く目移りしてしまうという。確かに、東京は街を歩くだけで様々なものが目につき、無意識にインプットされる。けれど、伊賀に暮らしていると、向き合うのが情報ではなく自然なのだと山本さんは説いてくれた。しかも、Natureの「自然」だけではなく、あるがままの「自然(じねん)」が伊賀にはあるという。

ギャラリーを出ると、そよ風が気持ちいい。そういう些細なものを受け止めることと、「ギャラリーやまほん」にある作品を見ることは、ほとんど同じことのような気がしてくる。「自然」の場所で「自念」する山本さんが、次に何を紹介してくれるのか愉しみで仕方がない。

今回の本たち

ぷくぷくお肉

32篇のお肉にまつわるアンソロジー。阿川佐和子や開高健、村上春樹がすき焼きについて語ります。ちなみに阿川家のすき焼きは「けっこう甘い」そう。

 

すきやき / はらぺこめがね
すきやき / はらぺこめがね

ちいさな女の子(はらぺこちゃん)とちいさないきもの(ぺろ)がすき焼きができるまでを冒険。鍋に具を投入する臨場感がたまりません。

 

大きな声 ― 建築家坂倉準三の生涯
大きな声 ― 建築家坂倉準三の生涯

ル・コルビジェの弟子から1937年のパリ万博における日本館設計、そして戦後のモダニズムを牽引した坂倉準三の全記録。

 

もこもこもこ / 著:谷川俊太郎 絵:元永定正
もこもこもこ / 著:谷川俊太郎 絵:元永定正

詩人の谷川俊太郎さんと共作した絵本。「もこもこ」「にょき にょき」「ふんわふんわ」…元永さんのアートと谷川さんのオノマトペが、子供達の心を離しません。

 

もけらもけら / 著:山下洋輔 絵:元永定正
もけらもけら / 著:山下洋輔 絵:元永定正

ジャズピアニスト山下洋輔さんとの異色のコラボレーション絵本。言葉のリズムに合わせて心地よく展開する元永さんの絵は、まるで2人のセッションを聴いているよう。

 

とっぴんぱらりの風太郎 / 万城目学
とっぴんぱらりの風太郎 / 万城目学

伊賀出身の「ニート忍者」風太郎。京の都でなぜか育てる羽目になったひょうたんを機に壮大なスケールの物語に飲み込まれていきます。

 

忍者の里を旅する / 産業編集センター
忍者の里を旅する / 産業編集センター

忍者をテーマに日本全国に点在する「忍びの里」(伊賀、甲賀、戸隠、雑賀、甲斐、風祭)を紹介。周辺のみどころや忍者グルメ(!?)の紹介も。

 

忍者の兵法 / 中島篤巳
忍者の兵法 / 中島篤巳

『万川集海』『正忍記』『忍秘伝』という三冊の秘伝書を紐解きながら、今まで知られていなかった忍者の実像に迫ります。忍者好きにはたまりません。

 

月とお日さまの間 / 植松永次
月とお日さまの間 / 植松永次

ギャラリーやまほんで見た植松永次さんの作品集。収録のエッセイでも、日々作陶を続ける植松さんの真摯な人柄が滲み出ています。


幅允孝( はばよしたか )
www.bach-inc.com
ブックディレクター。未知なる本を手にする機会をつくるため、本屋と異業種を結びつける売場やライブラリーの制作をしている。最近の仕事として「ワコールスタディホール京都」「ISETAN The Japan Store Kuala Lumpur」書籍フロアなど。著書に『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』(晶文社)『幅書店の88冊』(マガジンハウス)、『つかう本』(ポプラ社)。

文 : 幅允孝
写真 : 菅井俊之、幅允孝( 猿頭霜・元永定正 )

二〇一七 文月の豆知識

こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱久美です。
連載「日本の暮らしの豆知識」の7月は旧暦で文月のお話です。

文月の由来は、短冊に願い事や詩歌を書いて笹に吊り、書道の上達を祈った七夕の行事にちなみ、「文披(ふみひら)き月」が転じたとする説が有力と言われています。ただ文月は現在の7月下旬から9月上旬頃にあたるので、新暦の七夕は7月7日だから時期が合わないなと思いました。そこは、七夕も旧暦による太陰太陽暦では、今の暦のだいたい1カ月程度遅れの8月くらいに行われていたことで辻褄が合います。旧暦は月の満ち欠けにより月日が決まるので、七夕の日にちも毎年変わっていたとのこと。実際、現在も8月の方が夏空が安定し、織姫星や彦星、天の川もよく見えるそうな。益々、伝統的な日本の行事は旧暦で考える方が理にかなっていると感じます。

さて、新暦に戻って7月の七夕の頃は、二十四節気で小暑にあたり、梅雨が明けてこれから本格的な夏が始まる!という暑さに備える頃です。今年の夏も猛暑の予報が出ており、年々どれだけ暑くなるのかと恐ろしい話ですが、暑さに負けないよう用心したいと思います。と言いつつ、夏の日差しを避けるファッションアイテムの、帽子や日傘はあまり持つ習慣がなく、かさ張らず気軽に持てる「扇子」を少しずつ集めています。よく考えると、とても完成度の高いアイテム。開くと扇げて、閉じると非常にコンパクトになる機能美に加え、小さな世界に様々なデザイン性が凝縮しています。扇骨と呼ばれる骨組みの上に紙や布を貼りますが、色や柄によってイメージが全く変わるので選ぶ楽しさがあります。中国伝来の物事が多い中で、扇子は大凡1200年前の平安時代に京都で誕生したと言われており、現在でも京都で作られる京扇子は国の伝統工芸品指定を受けた確かな品質を誇ります。

私が扇子を選ぶのは、やはり京都にある扇子専門メーカーの「宮脇賣扇庵(みやわきばいせんあん)」。創業文政6年と200年近い老舗です。京都市街の中心部にありながら、古き良き京の面影を残す町家そのままの店構え。老舗ならではの風格を感じ、一見敷居が高そうにも見えますが、入ってしまえばゆったりとした雰囲気と、キリッと気持ちの良い接客で迎えていただけます。ずらりと並ぶ扇子は、自由に広げてじっくり色柄を見て選ぶことが出来ますが、種類が余りに多いので迷った時には店員の方に相談してみましょう。高価な扇子もありますが、意外とお手頃な価格の扇子も多いのです。

宮脇賣扇庵の扇子は、熟練の職人さんが一本一本仕上げていますが、一本の扇子を作るのには、何と87回も職人の手を通るとのこと。扇面の多彩なオリジナルの絵の多くは、手描きされています。中には、一番外側の太い骨にも蒔絵などの装飾がある扇子もあって、それを描く職人さんは相当限られるそうです。実用で使うのが勿体無いほど美しく、いつか手に入れたい憧れの扇子です。

ところで私の母方の祖母は、京都生まれ京都育ちの、生粋の京女でした。物や食などを選ぶ上で、京都ブランドを贔屓にしつつ、更に一品につきご贔屓ブランドがひとつ、というような強いこだわりがあったと記憶しています。気に入ったら一筋、逆に品質が落ちたら離れるという厳しさもあったかもしれません。まだまだ優柔不断なモノ選びをしている私としては、見習いたい気もします。そして、その祖母が扇子と言えば、宮脇賣扇庵をご贔屓にしていました。日本舞踊や茶道も嗜んでいたこともあり、常に着物で扇子も必需品だったようです。「久美」と名入りにしてくれた扇子は今でも大切に持っています。

普段使いには、好きで食器や文具などいろいろなアイテムを持っている「鳥獣戯画」を描いた扇子や、ちょっとモダンな幾何学模様の扇子を使っています。ピシャっと気持ちの良い閉まり具合が心地よく、暑い夏も小粋に乗り切りたいと思わせる文月の暮しの道具です。

<掲載商品>
宮脇賣扇庵
鳥獣戯画扇子/名入り別注扇子

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文:細萱久美

はじめてのお中元

こんにちは。さんち編集部の西木戸弓佳です。
夏も本番。世間では「お中元」という言葉をあちこちで聞くようになりましたが、若い世代の方は特に、まだお中元を贈ったことがないという方も多いのではないでしょうか。
そもそもお中元は、普段お世話になってる方へ日頃の感謝を伝える贈りもの。伝統的な風習だからと敷居を高く捉えず、友だちに誕生日プレゼントを贈るよう、もっと身近に捉えてみませんか。初めてのお中元を贈るにあたり、いつ?誰に?どんなものを?などの疑問を、ギフトコンシェルジュの真野知子さんへお聞きしました。真野さんおすすめの贈りものと併せてご紹介します。


真野知子さん
ギフトコンシェルジュ、セレクターとして活動。手土産から記念品まで贈りものの多彩なシーンに合わせたギフトのセレクトを軸に女性誌などで連載、商品・売り場・フェアの企画プロデュース、各種選考委員など多方面で活動。


( 以下、真野さん )

この季節になると「お中元」の広告を見かけるようになります。
子どもの頃、実家に届くお中元を楽しみにしていた。なんて記憶ありませんか?
けれど、自分が大人になったいま、誰かにお中元を贈った経験がまだないという方も少なくないと聞きます。
自分が結婚しているか、していないか。子どもがいるか、そうでないか。
そういったことも、“ 贈る or 贈らない ”の選択肢に少くなからず影響はあると思いますが、ちょっとした心遣いの品物を贈ることで、誰かの暮らしに彩りがうまれます。
今年は贈ってみようと思う相手の顔が浮かんだなら、それがタイミング。
「お中元」というと、かしこまり過ぎてなんだか面倒…。そんなふうに感じてしまうのであれば、あまり堅苦しく考えずに季節のご挨拶と考えれば、もっと気軽に贈ることもできますよ。
夏の暑さの中、誰かからお中元が届く。それだけでちょっとココロが浮き立ちますよね。そして、その品物があるからこそのひとときがうまれます。家族で食卓を囲む時間、または一人でホッと一息つける時間、コレがあるなら「そうだ!あの方たちを招こう」。 そんなふうに日々の暮らしに夏の彩りを加え、日常に至福の時間すら贈ることができます。そういうことが“贈って嬉しい、もらって嬉しい”の素敵な連鎖の始まり。

——どんな方へ贈ったらいいのでしょうか

「お中元」といっても、あまりかしこまって考え過ぎず、「夏のご挨拶」として、1年の上半期にお世話になった方への感謝の気持ちを託すもの。
遠方にお住まいの方や、日頃は慌ただしく暮らしていて、なかなか会えないけれど、お元気にされているかどうか気になる方達、たとえば実家のご両親、ご兄弟、ご親類、恩師や友人など、大切なご縁で繋がっている方達に、ぜひ気持ちを形にして贈ってみてはいかがでしょうか。

——どんな物が喜ばれますか

お中元に贈る品物は、夏休みや帰省など子どもも大人も集まるタイミングがあるので、皆でテーブルを囲んで楽しめる食品、お菓子、飲み物が主流です。大人が喜ぶ定番が安心という人もいれば、毎年のことだから、たまにはちょっと冒険してヒネリを効かせた物を贈ってみたい。そんな方もいるはずです。その季節にしか味わえない旬の味や涼感のある物も風流ですし、そういった夏をのりきる暑気払いの物も、この季節ならではの贈りもの。
また、受け取り手にとって、いただきものには自分では買わない物との出会いがあり、そこから「新たな世界を知る」そういう喜びも一緒にいただくということがあります。
相手の家族構成や年齢、健康状態など分かる範囲の情報をうまく推し量って、一人暮らしの方には賞味期限の長いものを選ぶ、お子さんがいるご家庭には子どもも喜ぶ物を選ぶなど、ちょっとした配慮もあるとよりよい贈り方ができますよね。内容のバラエティが豊かだとより楽しんでいただけますし、思わず笑みがこぼれそうな物など夏の記憶に刻まれる一品との出会いを楽しみたいもの。ただし、季節のご挨拶なので相手にも負担にならいない程度の予算と品物を。

・お国自慢の味
・涼感のあるもの
 そうめん、アイスクリーム、ゼリーなど見た目にも涼し気なもの
・この時期にしか食べられない旬のくだもの
・暑気払い 鰻などせいのつくものや、ビール、ジュース、アイスコーヒーに紅茶&緑茶など冷たくして楽しめるドリンクなども。
・名店の夏季限定のものなど
・食べ物以外ですと、水うちわ、お香、ガラスの茶器や酒器など夏の暮らしに彩りがプラスされるものがおすすめです。

上記のラインナップにあげた分野(これだけに限りませんが)から、どこのメーカーの何を選ぶかということで、自分のオリジナリティや相手の暮らしや好みにあった物を選ぶこともポイント

——どう渡すのがいいでしょうか

遠方にお住まいの方や、近隣の方でも重量のあるものや冷凍物など温度にデリケートな物は配送で。
目上の方には熨斗があった方が失礼にならないことは確かですが、友人などへ夏の贈りものとして気軽に贈りたい場合は必ずつけなければいけないということでもありません。
いずれにしても、より気持ちが伝わるのはメッセージを添えることです。
贈りものにはさまざまな意味が込められています。
なぜ、その品物を選んだのかということも伝えること。
相手の好みだと思ったからなのか、自分が美味しいと感じたから食べて欲しいと思ったからなのか、などなど、はっきりその意味が分かるものもあれば、もっと漠然としたものもあります。
特別な意味を込めて贈ってくれていたのに受取手はその意味に気づかない、
なんていうこともめずらしくありません。そうならない為にメッセージカード、一筆箋などお手紙は添えた方がより気持ちが伝わるので、そういう手間は惜しまないこと。
夏の贈りもので考えるとすれば、夏らしい画が入っていたり(風鈴や、朝顔、花火などなど)季節ならではを感じられる物を選ぶようにすると風流ですよ。

ギフトコンシェルジュ真野さんおすすめの、はじめてのお中元

水うちわ ( 家田紙工株式会社 )

美濃の和紙でできたうちわにニス加工された透明感のあるうちわ。霧吹きでさっと水を吹き付けた後に仰ぐと、ぐっと涼しさが増します。

家田紙工の水うちわ
水うちわ( 小判金魚 ) / 7,560円 ( 税込 )

水引ワインバッグ ( 和工房 包結 )

お酒やジュースなど、こんなバッグで差し上げると、さらに素敵な贈り方ができますよ。

水引ワインバッグ
水引ワインバッグ / 5,940円( 税込 )

ディフューザー ( 薫玉堂 )

香りの記憶はいつまでも残るもの。蒸し暑い日本の夏も香で優雅に過ごしていただきたい方にどうぞ。

薫玉堂のディフューザー
ディフューザー / 5,400円

そうめんくらべ ( 中川政七商店 ) ※現在は販売終了しました

夏の定番といえば、素麺もそのひとつ。産地の違う5種類の素麺の食べ比べができるセット。
木箱に入った素敵な装いと、贈る相手によって選べる2タイプの容量があるのも嬉しいです。

中川政七商店そうめんくらべ
そうめんくらべ / 小:2,160円( 税込 )・大:5,400円(税込)

サマーセット( PALETAS )

暑い日に届く、ひんやりスイーツは嬉しさ倍増。人気メゾンのものならなおさらです。友人やファミリー層におすすめ。

パレタス・サマーギフト
サマーギフトセット / 3,410円( 税込 )

ラッサム ( スパイスカフェ )

夏はスパイスの効いた物がたべたくなりますよね。複雑なスパイスの香りで深い味わいのレトルトカレー。単価は安いので、いくつかセットにして贈ると一人暮らしでも、ファミリー層にも贈れます

スパイスカフェのラッサム(レトルトカレー)
ラッサム(レトルトカレー) / 540円 ( 税込 )

フレッシュゼリー ( サン・フルーツ )

果実そのものが器になっていることで果汁がたっぷりでみずみずしい味わい。子どもから大人まで楽しめます。

はじめての御中元・サンフルーツ
フレッシュゼリーAセット / 3,672円(税込)

贈りものには「答えはひとつではない」というところに、それぞれの想いを託せる許容の広さと、多彩さのある面白みがあります。
自分の気持ちをカジュアルにもフォーマルにも託せるもの。時には言葉以上に気持ちを物語ってくれる場合もあります。ビジネスの場においては潤滑油になってくれますし、プライベートな場では、自分や他の誰かのアンテナを送受信する機会であることも。相手がこうきたから、こちらはこう返そう!そんなふうに一種のゲームのように楽しむことだってできます。多彩なセレクションの中で、自分の気持ちにピタリと合う物を選ぶ楽しさ、相手を想う気持ちを託せる一品との出合い、それも贈る側の醍醐味です。そして贈られる側も、その気持ちに贈って答える。 “贈答”はさまざまなシーンにおいてコミュニケーションの潤滑油としての役目も果たしてくれます。
いまはFacebookやtwitterなどSNSで人と簡単に繋がれる世の中ですがどんなに時代が進んでも、なくなることのない人とのつながりのかたち、そのひとつがGift & giving(贈答)ではないかと考えています。

掲載商品
水うちわ ( 家田紙工株式会社 )
水引ワインバッグ ( 和工房 包結 )
ディフューザー ( 薫玉堂 )

サマーセット( PALETAS )

ラッサム ( スパイスカフェ )
フレッシュゼリー( サン・フルーツ )

文 : 真野知子、西木戸弓佳
写真協力
家田紙工株式会社
和工房 包結

PALETAS

スパイスカフェ
サン・フルーツ

1泊2日で楽しむ伊賀の旅

こんにちは。さんち編集部です。
6月の「さんち〜工芸と探訪〜」は三重県の伊賀特集。伊賀のあちこちへお邪魔しながら、たくさんの魅力を発見中です。
今日は伊賀特集のダイジェスト。さんち編集部おすすめの、1泊2日で伊賀を楽しむコースをご紹介します。


1泊2日の伊賀の旅

1日目:米粉の絶品ピザと伊賀の焼き物

iga piza(イガピザ) :伊賀産の材料を使ったモチモチの米粉ピザランチ
長谷園 :「一番美味しくお米が炊ける道具」と話題の土鍋を求め、伊賀焼の窯元へ
ギャラリーやまほん :いま見るべき陶芸が揃う場所
鹿の湯ホテル : 絶景の温泉で旅の疲れを癒やす

2日目:くみひもと文豪、そして伊賀の郷土料理

和菓子工房 まっちん : 日本の自然素材を活かした、体が喜ぶお菓子を求めて
松島組紐店( くみひもstudio 荒木 ) : 伊賀の伝統工芸、組ひも体験
元祖 伊賀肉 すき焼 金谷 : 100年の歴史を持つ老舗で伊賀牛を堪能
芭蕉翁記念館 : 17文字に込められたわびさびを感じに。
上野高校明治校舎 : 1世紀以上前のクラシック建築と大正の文豪
田楽座わかや : 伊賀の郷土料理、豆腐田楽に舌鼓み


1日目 : 米粉のピザと伊賀の焼き物

1泊2日の伊賀旅スタート。初日はできれば、お昼には伊賀に着いていたいです。それが土日ならなおさら。大自然の中でいただく美味しい米粉ピザからスタートです。

【 12:00 】iga piza( イガピザ )
伊賀産の材料を使ったモチモチの米粉ピザランチ

木工作家さんとボタン作家さんのご夫婦が営む「iga piza( イガピザ )」。週末と祝日だけオープンするピザ屋さんです。大自然の中にあるウッドハウスでいただく、伊賀の食材を使ったモチモチの米粉ピザは絶品です。

<旅のこぼれ話>ピザ屋さんのすぐ裏にある山にはツリーハウスやハンモックがあり、大自然を満喫することができます。ロープでしか登れないツリーハウスですが、登りきると宿泊の権利をいただけるかもしれません。( いただきました。ただし、日頃から運動をしていないと翌日に筋肉痛が襲ってきます。それでもツリーハウスの上から見る大自然の絶景は登る価値ありです)

ツリーハウスを制作した木工作家の山本さん
ツリーハウスを建てた木工作家の山本さん
イガピザのツリーハウス

iga pizaの情報はこちら

>>>関連記事 :「ツリーハウスにハンモック 大自然の中で作られるボタンと米粉ピザ」

【 14:00 】長谷園
「一番美味しくお米が炊ける道具」と話題の土鍋を求め、伊賀焼の窯元へ

伊賀に来て、伊賀焼の窯元は外せません。iga pizaから車で約15分。「一番美味しくお米が炊ける道具」と評された「かまどさん」の他、たくさんの機能的な土鍋を販売されている長谷園さん。商品を見ているとあれもこれも欲しくなってしまいますが、お買い物だけでなく観光地としても楽しむことができます。1832年に築窯された「登り窯」、伊賀焼の販売所である「主屋」、休憩スペースとなっている「大正館」などは、国の登録有形文化財。自然の中にある壮大な敷地を、ゆっくり散歩するのがおすすめです。見渡すと美しい山々が広がっていますし、耳を済ますとたくさんの鳥の声が聞こえます。ゆったりとした自然を感じながら、ぐるりと一周してみてください。

長谷園の情報はこちら

>>>関連記事 :「18億の負債を抱えた企業が、商品入荷待ちの人気メーカーになるまで」

【 16:00 】ギャラリーやまほん
いま見るべき陶芸が揃う場所

長谷園さんから車で5分足らず。陶芸好きなら、ここはマストです。
ショップ( 常設展 )とギャラリー( 企画展 )を備えた「ギャラリーやまほん」さんへ。じっくりと時間をかけて向き合いたい作品が並びます。ギャラリーで行われる企画展や商品のセレクトをするオーナーの山本忠臣さんのセンスに惚れ込み、日本全国、はたまた世界各国から足を運ぶコアなファンも多いようです。きっと、長く大事にしていきたい陶芸品と出会うことができます。

ギャラリーやまほんの情報はこちら

>>>関連記事 :「気ままな旅に、本 ( BACH 幅允孝 )」

財布の紐が緩むとはこのこと。魅力的な作品たちを前に、物欲は駆り立てられるばかりですが、一度冷静になって判断しなくては、という時には敷地内に併設された「cafe noka」がおすすめです。白を基調としたモダンな空間で、美味しいコーヒーや手づくりのケーキをいただきながら、ゆっくりと休憩をすることができます。

【 19:00 】鹿の湯ホテル
絶景の温泉で旅の疲れを癒やす

あっという間に夜。お宿は、伊賀市から少し離れた温泉街へ向かいます。市内から車で約1時間半、菰野町( こものちょう )にある「湯の山温泉」へ。
志賀直哉、松本清張、丹羽文雄などの作品の舞台として描かれたことでも知られる湯の山温泉。伊勢湾へ続く三滝川の渓谷に、約20軒ほどのホテル・旅館がひしめき合います。温泉街から少し離れたところにある奥田政行さんのイタリアンレストランや辻口博啓さんの洋菓子店が併設された宿泊温泉施設、「アクアイグニス」もおすすめですが、今日は温泉街「鹿の湯ホテル」へ。地元食材を使った美味しい料理と、鈴鹿山脈や伊勢湾を眺めながら入浴できる温泉で旅の疲れを癒やし、明日の旅に備えます。

鹿の湯ホテルの情報はこちら


2日目: 伊賀の伝統を体験する一日

【 10:00 】和菓子工房 まっちん
日本の自然素材を活かした、体が喜ぶお菓子を求めて

旅のおやつとお土産を求め、朝一番に訪れたのは「和菓子工房 まっちん」。和菓子職人の“まっちん”こと、町野仁英さんがはじめた和菓子店は、開店時間と同時に地元や他府県からお客さんが訪ねてくる人気店です。

和菓子工房 まっちんの情報はこちら

【 10:30 】松島組紐店( くみひもstudio 荒木 )
伊賀の伝統工芸、組ひも体験

メガヒット映画「君の名は。」で登場し、いま再び話題となっている「組紐( くみひも )」ですが、松島組紐店の工房ではくみひもづくりの体験をすることができます( 予約が必要です )職人さんのていねいな指導の元、畳に座って実践。はじめは難しいですが慣れてくるとどんどん編むリズムが楽しくなっていきます。簡単なブレスレットやキーホルダーなら1時間ほどで完成。手作りのくみひもは旅の思い出として持ち帰ることができます。

松島組紐店の情報はこちら

>>>関連記事 :「忍者の里で受け継がれる伊賀くみひも」

【 12:00 】元祖 伊賀肉 すき焼 金谷
100年の歴史を持つ老舗で伊賀牛を堪能

城下町らしい趣のあるお座敷で、伊賀牛のすき焼きに舌鼓み‥‥着物の中居さんが、完璧に仕上げてくださいます。お醤油とお砂糖だけのシンプルな味付けのすき焼き。その「出汁」となるものは、最高級の伊賀肉です‥‥なかなか県外へは出回らないという伊賀牛は、ここでしか味わえない伊賀の秘宝。ご堪能をおすすめします。

すき焼き 金谷の情報はこちら

>>>関連記事 :「気ままな旅に、本 ( BACH 幅允孝 )」

<旅のこぼれ話> 金谷から次に向かった上野公園まで道のりは、寄り道ポイントがたくさんありました。
車を停めて、次の目的地までしばらく散歩です。金谷の周辺は、江戸時代や明治時代から残る建物が並ぶ城下町。ゆっくりと散歩しながら向かいます。

老舗の薬局があったり
ちょっとした商店街があったり

モダンな建築に惹かれ伊賀の市庁舎に立ち寄ると、中は気持ちのいい空間が広がっていました。建築は坂倉準三によるもの。上野城、芭蕉翁記念館、俳聖殿、伊賀流忍者博物館などが集まる上野公園に向かうまでの道のりにありますので、道草してみてはいかがでしょうか。

伊賀市庁舎の二階

【 14:30 】芭蕉翁記念館
17文字に込められたわびさびを感じに。

伊賀で生まれた松尾芭蕉の作品に触れに、芭蕉翁記念館へ。松尾芭蕉の真蹟( しんせき )をはじめ、近世から現代に至る俳諧連歌に関する資料が保存されています。うかがった日は「芭蕉の生涯」という企画展が行われており、若い頃から亡くなる直前までの、芭蕉の作品を見ることができました。

芭蕉翁記念館

芭蕉翁記念館の情報はこちら

>>>関連記事 :「気ままな旅に、本 ( BACH 幅允孝 )」

伊賀上野城。白壁が美しい城郭を眺めながら、上野公園を散歩。約30メートルの高石垣は、日本有数の高さなのだそうです。この高い石垣を、忍者ならどうやって登るんだろうと想像してしまいます。

【 16:00 】上野高校明治校舎
1世紀以上前のクラシック建築と大正の文豪

見学の予約をしていた「横光利一資料館」へ。そこは、1世紀以上前に建てられた上野高校明治校舎の中にあります。入母屋( いりもや )の屋根のクラシックな校舎。上野高校の吹奏楽部の練習場所として使われているようで、ちょうど訪れた頃には管楽器の音が鳴り響いていました。校舎の風景と相まって、とてもノスタルジックな雰囲気です。

横光利一

【 17:30 】田楽座わかや : 伊賀の郷土料理、豆腐田楽に舌鼓み

伊賀旅の最後の晩餐は、伊賀の郷土料理である豆腐田楽をいただきます。豆腐田楽の専門店・田楽座わかやさんの創業は1829年(文政12年)。200年近く続く、老舗の人気店です。3年仕込みのオリジナルのお味噌が塗られ、炭火で1本ずつ焼き上げられる田楽。甘く香ばしい香りが店内を漂っていました。

田楽座わかや

田楽座わかやの情報はこちら

>>>関連記事 :「産地で晩酌 〜伊賀編〜 江戸時代から受け継がれる濃厚な豆腐田楽」

「忍びの国」と言われる伊賀。忍者のイメージが強くある方も多いと思いますが、焼き物、文豪、郷土料理、大自然とたくさんの魅力がありました。次の旅先には、伊賀を訪れてみてはいかがでしょうか。

さんち 伊賀ページはこちら

写真 : 菅井俊之・川内イオ
写真提供 : 鹿の湯ホテル

きものを今様に愉しむ きもので町歩き 初夏の浅草へ

こんにちは。ライターの小俣荘子です。
私はここ数年、洋装と和装それぞれ半分ずつくらいの割合で外出するようになりました。慣れてしまうと思いのほか楽しく快適なものですが、出かける先々で「大変でしょう」と労いの言葉をかけられてしまったり、不安を口にされつつも興味を持ってくださる方にたくさん出会いました。きものは現代の装いとして身近なものではなくなっている一方で、いつかは着てみたいと興味を持っている方も多いようです。
洋服と同じようにきものも日常に取り入れられたら、毎日はもっと彩り豊かになるはず。連載「きものを今様に愉しむ」では、きものとの付き合い方や、愉しむヒントをご紹介してまいります!

第1回では、「きもの やまと」会長できもの文化育成にも多大な貢献をされている矢嶋孝敏 (やじま・たかとし) さんにお話を伺い、「きものはもっと自由でいい!」ということを知り、勇気づけられました。

第1回 「歴史を知り、自由にきものと向き合う」はこちら

案ずるよりも、まずは纏ってみる

きものの大きなハードルとして、持っていない、着付けが自分ではできないという点がよく挙げられます。しかし、最近ではカジュアルに楽しめる着付け付きレンタルサービスが様々な形で展開されており、活用すると気軽にきものでお出かけできるようになりました。
今回は、「まずはきものを纏って出かけてみよう!」と、レンタルサービスを利用してきもの姿で浅草の町を散策してみることにしました。
浅草や鎌倉、京都や金沢など、昔ながらの日本の街並みの残る地域では、きもののレンタルサービスが数多く展開されています。今回は、浅草駅直結の商業施設、EKIMISEの4階にある呉服店「なでしこ」のレンタルサービス「えきレン」を利用させていただきました。レンタルの方式はお店によって様々ですが、こちらのお店では、きものの着付込 (ヘアセット無し) で5,400円 (税込) 、レンタルしたきものは気に入ればそのまま持ち帰ることができます (追加料金はかかりません。小物や帯は要返却) 。着替えた洋服などの預かりサービスもあり、身軽に出かけられるのも嬉しいところ。電話またはWEBで事前予約し、約束の日時にお店を訪れます。

EKIMISEの4階にある「なでしこ」

スタイリングの愉しさを知る

とりどりの色や柄のきものがずらり

レンタルできるきものは、なんと約60種類ほど。様々なデザインの中から自分のお気に入りが選べます。

迷ったら、好みや似合うものなどお店の方に相談してみましょう。取材の際は、本社プレスの青木さんが色々と教えてくださいました

洋服とはまた違った柄や色が似合ったり、いつもとは少し違う自分に変身できるのもきものの魅力。可愛らしく着てみたり、はんなりとした雰囲気を纏ってみたり、いつもより少し大人っぽい装いを試してみたり。迷ったらお店の方に相談してみましょう。思いがけない似合うものを教えてもらえたり、イメージに合うスタイリングを提案してもらえます。

提案していただいたものから絞っていきます

少しずつ候補を絞っていき、鏡の前で合わせてお気に入りの一着を選びます。洋服では無地のシンプルな着こなしがお似合いのモデルさん。今日は、提案していただいた花柄にチャレンジです。ちょっと派手かな?と思うような大柄でも、きものだと自然と着こなせることがよくあります。洋服ときもの、両方を選択できるとおしゃれの幅も広がりますね。

きものから覗く衿 (半衿といいます) も好みのものをセレクト

きものでは、お洒落のひとつとして半衿 (はんえり) とよばれる衿をインナーの長襦袢 (ながじゅばん) につけて重ね着します。
半衿は、白い無地の他、刺繍が入っているものや柄があるものなど様々です。こちらのお店では半衿も好みのものを借りられます。今日はドット柄を合わせました。

着付けが終わると、次は帯合わせ

ささっと着付けていただき、次は帯を選びます。同じきものでも帯を変えるだけで雰囲気ががらりと変わります。どんな風に着たいか気分に合わせて選びます。

実際に当ててみて、イメージに合うものを探していきます

今日は、可愛らしさのある花柄に締め色となる濃いめの紫の帯を合わせて、柔らかさの中に少し落ち着きのある雰囲気に。初夏の爽やかな気候にもぴったりの装いとなりました。

あっという間に着付けていただけました
きものと帯に合わせて帯揚げと帯締めもセレクト

きものと帯にあわせて帯揚げ (おびあげ) と帯締め (おびじめ) も選びます。この部分の色合いを変えるだけでも雰囲気が変わるので、1着のきものでもスタイリングは無限大です。

装履 (ぞうり) も色々なデザインのものが並んでいました

こちらのレンタルサービスでは、足袋とバッグ以外は全て借りることができます。足元も装いに合わせて好きなデザインのものを選んで、全身のスタイリングの出来上がりです。
きもの選びから着付けまで30〜40分ほど。楽しんでいる内に、あっという間に完成しました。お会計と荷物を預ける時間を含めて1時間くらいを見ておくと安心です。

さあ、町歩きへ!

「きものは、マキシ丈のスカートを履いているようなもの。階段では裾を少し引き上げたり、歩幅に気をつけて歩くと美しく過ごせますよ」と、プレスの青木さんがアドバイスしてくださいました。なるほど、スカートだと思うと身のこなし方がわかりますね。
さて、ここからは私たちの「きもので浅草町歩き!」にお付き合いくださいませ。

お蕎麦屋さんを見つけて

まずはどこかでランチでも、とお店を眺めながら歩きます。浅草の町は、昔ながらの洋食店や、天麩羅、牛丼やすき焼きなど名物グルメの銘店がたくさん。今日はお蕎麦屋さんに入ることにしました。

浅草で有名なお蕎麦屋さん「並木藪蕎麦」にて

きものは袖が長いので、たもとを押さえて手を動かしたり、自然と仕草がていねいになります。食事の際にも少しゆったりと優雅に。それだけで普段と違う時間が訪れるように感じます。お蕎麦のつゆなどのはねが心配な場合は、大判のハンカチや手ぬぐいを用意しておいて、膝の上に敷いたり、帯や衿に掛けて汚れを防ぐなど、ナフキンのように使うと安心です。

非日常感を味わう

人力車で吾妻橋から川沿いを走りました

せっかくのきもの姿での浅草散策。思いっきり満喫するのであれば、人力車もおすすめです。爽やかな風を切って車道を駆け抜ける人力車。走っている間も座席は安定していて乗り心地はとても快適。慣れないきものでも安心ですね。
この日乗せてくださったのは、浅草の老舗人力車「時代屋」の鈴木芳昭 (すずき よしあき) さん。この道11年のベテランの方でした。お話も面白くて、オススメの撮影スポットやお店なども紹介していただきました。人力車を操る車夫の方々は、みなさん気さくで観光知識も豊富。最近では海外からの観光客の方も多く、外国語が堪能な方もいらっしゃるのだとか。乗る体験だけでなく、頼れる観光相談役でもありました。

優しいエスコートで乗り降りも安心です

人力車の乗り降りは段差もありますが、踏み台を用意してくださっていて、ていねいにエスコートしていただけました。どこかの姫君になったような….なんだかドキドキしますね。

雷門までやってきました

浅草を訪れたからには外せないのが雷門。ここからは仲見世通りを通る王道ルートで浅草寺へ。

大勢の人で賑わう仲見世通り
焼きたての美味しそうなお煎餅の香りがただよいます
仲見世通りには工芸品を扱うお店もたくさん

仲見世通りには、お土産物屋さんや、うちわや扇子、履物などの工芸品のお店、人形焼やお煎餅、お団子屋さんなどが軒を連ねていて、歩いているだけでその賑わいを楽しめます。平日のお昼間の撮影でしたが、この日もたくさんの観光客で賑わっていました。

種類豊富な揚げまんじゅう
仲見世通りではおやつも楽しみのひとつ

こちらは名物の揚げまんじゅうのお店。現在、仲見世通りでは、食べながらの歩行は禁止されていますが、こちらのお店はお店の前での飲食はOKとのこと。私たちも1つ頂きました。ホクホクで美味しい。

浅草寺でお詣り

頭が良くなりますように
しばし祈りの時間

お詣りのあとは、花やしきの前を通って、六区ブロードウェイから浅草演芸ホールへと歩きました。
「きものは高価なもの、汚してしまったら大変!」という先入観があると、なかなかアクティブに扱えなくなってしまいますが、化繊の洗えるきものは、ネットに入れて自宅の洗濯機で気軽に洗う事ができます。歩き回って汗をかいてしまったり、食べ物や煙のにおいなどが付いてしまったり、裾が汚れてしまった時も、ワンピースのような感覚でお手入れすれば問題ありません。化繊の洗えるきものに限らず、きものでも素材次第で必ずしも難しいお手入れが必要なわけではありません。カジュアルなきものでのお出かけは、思いっきり愉しんでしまいましょう!

レトロモダンを愉しむ

美味しそうなものを見つけました

たくさん歩き回ってたどり着いたのは、レトロな雰囲気が素敵なお店「アンヂェラス」。創業70年以上の浅草の老舗喫茶店でした。

レトロモダンな店内にきものがよく映えました

お酒好きの創業オーナー考案の「梅ダッチコーヒー」や、洋酒をふんだんに使ったケーキ「サバリン」などが有名です。お酒を効かせた看板メニューは作家・池波正太郎や手塚治虫など、多くの著名人にも愛されてきたそうで、机にはサイン入りのイラストが飾られていたり、愛して通った方々の気配がありました。

ショーケースで目の合ったメロンソーダを注文しました。綺麗なグリーンに、爽やかで懐かしい甘み。純喫茶での幸せな時間です
スカイツリーを臨む、吾妻橋からの景色も気持ち良い眺めでした

町歩きの最後は、吾妻橋へ。川の風を感じながらスカイツリーを眺めて記念写真を撮りました。帰りはレンタルでお世話になった「なでしこ」へ戻ります。着替えて、レンタル品をお返しします。きものはその場でたたんで包んで頂き持ち帰ることができます。きものを始めるきっかけになりますね。

気に入れば、きものは持ち帰る事ができます

映る世界が変わって見える

昔ながらの街並みや、純喫茶などのレトロ空間にきもの姿で訪れると、時空を超えたどこかに迷い込んだような、物語の世界に入り込んでしまったような不思議な気分になって色々と想像が膨らみます。出かける場所によって気分が変わることはもちろんのこと、自分自身の装いによっても気持ちは大きく変わります。それは、普段と違う歩幅だったり、仕草に表れる変化がもたらすものかもしれないし、ガラスや鏡に映るきもの姿を見た時の特別感が連れてくるものかもしれません。自分の知らない自分に出会えると、行動や発想にもきっともっと自由で新しいことが生まれるはず。たまには少しおしゃれして出かけよう、そんな思いの選択肢にきものも加わると日々はもっと彩り豊かになるのかもしれません。
これから訪れるゆかたの季節。ゆかたはカジュアルきもの以上に気軽に、初めての方でもハードル低く始められる装いです。レンタルサービスを活用してみたり、着付けレッスンに出かけてみたり、ちょっとしたことで思いのほか簡単に始められるものです。「いつかはきものを着てみたい」そう思っている方は、ぜひこの夏からきものの世界に一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。
きっと愉しい、新しい世界が広がっていますよ。

<取材協力>
株式会社やまと
東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目27番3号
株式会社 時代屋
東京都台東区雷門2丁目3番5号

文・写真 : 小俣荘子

忍者の里で受け継がれる伊賀くみひも

こんにちは。ライターの川内イオです。
今回は伊賀の伝統的工芸品「伊賀くみひも」についてお届けします。

昨年に公開されたメガヒット映画『君の名は。』。日本と海外での興行収入を合わせると約3.5億ドル(約385億円)に達し、世界で最も稼いだ日本映画となった。この映画で、一躍脚光を浴びた日本の伝統的工芸品がある。主人公の男女をつなぐ重要なアイテムとして登場する「組紐(くみひも)」だ。

組紐とは、3本以上の糸や糸の束を組みあげた紐のことを指す。その歴史は古く、縄文時代の土器にも組紐でつけた文様が施されている。また、奈良時代には仏具や経典、巻物の飾りつけに使用されていた。
その後、歴史の移り変わりとともに武具、茶道具、印籠、たばこ入れの飾り紐、そして和装束の帯締めや羽織紐として用途を広げていった。

組紐のシェアトップは伊賀

仏教の伝来とともに京都に伝わり、のちに江戸でも発展した組紐には現在、量産に対応するために製紐機(せいちゅうき)などの機械で作るものと手で組みあげる手組紐があり、現在、国内でトップシェアを誇るのが三重県の伊賀が産地の「伊賀くみひも」だ。

50玉以上の糸を組んで作られている帯締め

その伊賀の伝統工芸士、松島組紐3代目の組紐職人、松島俊策さんは若かりし頃には京都で修業した経験を持ち、伊勢志摩サミットの際、各国代表団とプレス関係者に配られたバッグの取手部分に付けられた組紐飾りを手がけた。

松島組紐3代目、松島俊策さん

伊賀で組紐が発展した理由

産業としての組紐の歴史を紐解くと、組紐の三大産地は東京、京都、伊賀で、伊賀には最後に伝わった。ほかにも小規模なところがあるが、松島さんによると東京、京都という大都市と肩を並べるほど伊賀の土地に馴染んだのは、いくつかの要因があるそうだ。

「明治中期に廣澤徳三郎という人物が東京の組紐の技術を持ち帰ったのが伊賀組紐の始まりです。伊賀の組紐が発展したのは、京都と大阪、名古屋に近いという便利さがひとつ。もうひとつは、当時、伊賀に主だった産業がなかったことですね。組紐はほとんど一般の家庭で家庭内手工業的に作られてきたので、農家の女性の内職として広がりました。あとは、伊賀は忍者の里というぐらいで秘密を厳守する地域性だったこと。もともと組紐の技術は伏せられていたので、伊賀の文化に合ったのでしょう。いまでも門外不出の柄がありますから」

松島さんが京都で修業をしていたのはバブルの真っただ中で、高級な和服がよく売れたために質の良い帯締め、羽織紐も人気があった。しかし、バブルが弾けると和服業界は一気に冷え込み、組紐業者も大打撃を受けた。
そうして京都、東京の組紐業者が激減していくなかで、大都市に近く、高品質な手組紐と量産できる機械組のどちらもニーズにも応えられる伊賀に注文が流れてくるようになってきて、伊賀のシェアが拡大した。

ちなみに、松島組紐の工房では1965年から製紐機を導入しており、「マシンメイドもできるし、手組もできるという環境にあったから、いままで続けられた」と振り返る。近年は、売り上げも両方のバランスのとれた状態に落ち着いた。

町中から離れたのどかな集落にある工房

いまでも着物の帯締めは主力の商品で、特に女性が成人式に着る振袖用の帯締めは年間を通して注文が入るそうだが、最近では紋付き袴の羽織紐の注文も増えているという。松島さんが手掛けたものを見せてもらうと、フワフワで光沢のある毛先の広がりが美しい。

男性用紋付きの羽織紐

「ポリエステル、レーヨン、ナイロン繊維などいろいろな繊維を取り寄せて試作してみることからスタートして、10から20種類は試しましたね。そのなかでポリエステルを選びました。ポリエステルにもいろいろな種類があるので、その中で一番合うものを使っています」

帯締め1本に4日間

取材に訪れた日には、松島さんの奥さんのひろ美さん、長男の健太さん(26)と次男の康貴さん(25)が手組の作業を見せてくれた。
紐を組む道具には「高台」と「丸台」があり、それぞれ特徴がある。

左側が高台、右側が丸台。特に丸台の技術の継承者が少ないという

大掛かりな木製の高台は使う糸の数が多く、しっかりとした組紐ができ、美術工芸品や絹の帯締めなどフォーマルなものを作ることが多い。丸台は普段使いのカジュアルなものを作るのに使うが、柔らかく、伸縮性がある紐ができるので、着物を着慣れた人は、丸台の紐を好むそうだ。

3人のなかで一番手慣れた様子のひろ美さんは、松島さんのお母さんから手ほどきを受けて7、8年。この日は60玉の糸を使った、長さ1メートル55センチの帯締めを作っていたが、驚いたのは完成までの日数。「1日高台に座っていたとして、3、4日ぐらいです」。松島さんが「よっぽど好きじゃないと、この仕事はできません」と言っていた意味が分かった気がした。

ひろ美さんの作業の様子。滑らかな手つきがに思わず見入ってしまう

ふたりの息子さんは、奥深く、決して楽ではないこの仕事を継ごうとしている。
「ずっとこの家の仕事を継ぐんだろうなと思いながら育ってきた」という健太さんは、昨年、自動車販売の営業を辞めて実家の仕事を手伝うようになった。この日、健太さんが組んでいたのは、52種類の糸を使った帯締め。「(組んだ目を)叩く力、角度、糸の引っ張り方次第ですぐに歪んでしまう。指がうまく動かないし、糸の順番を間違えることもある。まだわからないことばかりです」と苦笑する。

日々、試行錯誤続ける健太さん

弟の康貴さんは、大阪のデザイン専門学校を卒業し、京都市でデザイナーとして働いた後、実家に戻った。「組紐のこともまだまだ知らないことがあるので、勉強しつつ、やりたいことがもっとできたらいい」と語る。

組紐の照明作品などを手掛ける康貴さん

健太さんが「僕と弟は全然違う。自分はアイデアがわいたりするタイプではないから、弟が考えたものを僕が作りたい」というと、康貴さんは照れたように俯いた。その様子を見ていた松島さんとひろ美さんは、静かに微笑んだ。近い将来、松島さんからふたりの息子に門外不出の柄が継承される日が来るのだろう。

<取材協力>
松島組紐店
伊賀市緑ヶ丘西町2393-13
TEL 0595-21-1137
FAX 0595-21-8061

くみひも studio 荒木
伊賀市荒木160番地
090-5879-8002
http://www.iga-kumihimo.com/

文・写真:川内イオ