『ぐりとぐら』『おばけのバーバパパ』『だるまちゃんとてんぐちゃん』『おおきなかぶ』‥‥
「絵本」は、いつの時代も子どもたちの心を育んでくれます。
子どもの本専門店のスタッフが選ぶ、「工芸」に触れられる5冊の絵本
我が家の4歳になる娘も絵本が大好き。絵本の中で絵や文字に触れることで、彼女の世界観にも広がりが出てきたように感じます。
「もっともっと、いろんな絵本に触れてほしい」そんな思いから、今日は、書店員さんがおすすめする「工芸」に触れられる作品を紹介したいと思います。
訪れたのは東京・青山にある、子どもの本の専門店「クレヨンハウス」。
1976年創業の子どもの本の専門店です。
「工芸に関わる絵本というひとつのジャンルを見つめ直す、とてもいいきっかけになりました」
そう話すのは、子どもの本売り場の馬場里菜(ばば りな)さん。
いつもはお店のスタッフとしてお客様の選書のお手伝いもしているそうです。
どんな絵本が登場するのか楽しみです。
染色の世界を楽しむ『せんねん まんねん』
「最初にご紹介したいのは、『せんねん まんねん』です」
「工芸に携わる方の絵本と考えた時に、真っ先に染色家の柚木沙弥郎(ゆのき さみろう)さんが手がけた本をご紹介しないわけにはいかないと思いました。
柚木さんは民芸をアートに昇華させた第一人者でもありますが、絵本を出されたのは70才を過ぎてから。あかちゃん向きの絵本から、大人もたのしめる詩の絵本まで、全部で10冊ほど手がけています」
「本作は命のつながりや、万物の時の流れを感じられる絵本で、子どもたちに伝えていきたいテーマだと思い、選びました」
いつかのっぽのヤシの木になるために
そのヤシのみが地べたに落ちる
世の中のあらゆるものごとは、繋がり合い、連動している。まどさんの詩の世界の中で、柚木さんの絵がたゆたい、踊っているようにも見えます。
「言葉と絵が響き合っている作品です。柚木さんの絵がほんとに素晴らしくて、色使いや、色彩のにじみかたも含めて、柚木さんの染色家であられるところが存分に出ている作品ではないでしょうか」
リアルなわにの存在感は木版画の力『わにわにのおふろ』
2冊目は、子どもたちに大人気の「わにわにのえほん」シリーズ。
お風呂が大好きなわにわにがお湯をため、湯ぶねにつかり、おもちゃで遊んだり、あぶくをとばしたり、歌をうたったりする楽しい絵本です。
「版画家で絵本作家の山口マオさんが手がけた作品で、木版画で描かれています。
木版ならではの無骨さが、わにのゴツゴツした肌感にぴったりだなと思います」
「文章の小風さんから、可愛らしいワニではなく、ワニらしいワニを描いてほしいと言われて、ワニ園に行って研究されたそうです」
確かに、本物のワニみたいです。
「わにわにの姿がパッと目に飛び込んでくるのは、木版画で刷りを重ねているからこその、立体感かなと思います」
子どもたちに大人気のシリーズですが、実は刊行当初、親御さんたちの評判があまりよくなかったのだとか。
「身体も洗わずに湯ぶねにつかっちゃうし、タオルの上に横になってからだを拭いちゃう(笑)。でも、子どもはお風呂が楽しくなるようですね」
うちの娘もわにわにが大好き。特に好きなのは「洗面器をかぶって歌うところ」なのだとか。
きっと、自分も同じようなことをしているので親しみがわくのでしょう。
作家さんのこだわりや想いは、作品を通してきちんと子どもたちに伝わっているのだと感じられました。
絵本は、工芸やアートに触れられるひとつのメディア
柚木さんの染色にしても、山口さんの木版にしても、美術館に行かなければ見られないような工芸作品に、知らず知らずのうちに出会えるのが絵本の魅力でもあります。
「絵本は、小さなお子さんから大人まで、工芸やアートに身近に触れられるひとつのメディア」だと馬場さんは言います。
「美術館でなければ見られないようなアート作品や文学に、0歳の頃から触れられて、それを好きな時に読めるというのは、実はすごいことなんじゃないかと思うんです。
日々目にしている絵本を通じて、知らず知らずのうちに小さい頃から読書体験を重ねることで、目を養い、心を育てることにも繋がるのではないかなと思います」
手作りの道具の温かみを感じられる人気シリーズ『14ひきのこもりうた』
3冊目はこちら。
30年以上に渡る人気シリーズなので、読んだことがある方も多いのではないでしょうか。
「絵本に描かれている木の器やかごといった道具類は、すべて手作りの工芸品。ぜひご紹介したいと思いました。
私も子どもの頃にこの絵本を読んでいて、14ひきのかぞくが入浴している薪で炊くお風呂がすごく気持ちよさそうで、憧れていたことを今でも思い出します」
確かに、実際に使ったことがないものや見たことがないものもたくさん描かれていますが、どこか懐かしい感じがします。
「描かれているのは、いわむらさんのご出身である栃木県の里山の風景です。生活に密着した風景を丁寧に描いています。
ねずみの家族が使っている生活雑貨は手作りならではの温かみがあって、それが自然と作品の魅力にもつながっているんだと思います」
文章は少なく、ページいっぱいにねずみの家族の生活が生き生きと描かれ、見ているだけで楽しくなります。
「子どもたちはページのすみずみまで絵をよく見ていて、文章に書かれていないことも読み取っています。
大人が気づかないようなささやかなこと、例えば登場人物のしていることや部屋の間取り、ものの配置にも気が付いているんですよ」
道具を大切に使う想い『ひまなこなべ』
4冊目は、アイヌに伝わる儀礼「熊送り(イオマンテ)」をテーマにした昔話を描いた『ひまなこなべ』。
「絵本作家のどいかやさんが実際にアイヌ地方に足を運んで、語り継がれてきた物語の聞き取りをしながら描かれた作品です。
主人公たちが着ている民族衣装や、飾り絵として描かれている文様などからも、アイヌ地方の伝統工芸に触れることができると思います」
可愛らしい絵が物語の世界観と調和しています。
アイヌでは、自然と共に暮らす中で、すべてのものに命があると考えられています。
「道具にも命が宿っているということを語り継いできたアイヌの民話は、ものを大切に使うひとびとの心に繋がっています。
アイヌの文化や工芸に触れながら、自然とともに暮らす知恵も一緒に学びたいですね」
作り手にも読んでほしい一冊『満月をまって』
最後にご紹介いただいたのは、かご職人の父親と息子の物語『満月をまって』。
「作り手の想いが、どのように次の世代へ繋がっていくのか。時代の流れの中で失われ、それでも変わらないものは何なのか、読むたびに深い作品だなと思います」
もうすぐ満月になる。
とうさんがつくるかごみたいに、まんまるい満月に。
そんな冒頭の一文が大好きだと言う馬場さん。
「お父さんが作るかごへの憧れと、喜びと誇りが感じられて、ぐっときます」
今から100年ほど前のアメリカ合衆国の実話がもとになったお話。
満月になると、手作りのかごを売りに行く、父。9歳になって、はじめて一緒に出かけることを許された、少年。
ところが、初めて見る都会はまぶしく、父さんの作るかごもどこか古ぼけて見えてしまう‥‥。
読んでいて胸がいっぱいになりました。
「父親と同じかご職人を目指す息子の視点で語られた物語から、手作りのものに対する愛情と情熱を感じます。
時代の移り変わりの中で、手作りのかごがプラスチックやビニールに代わっていく。そんな時代の流れも写しとった作品です」
「森の恵みから生まれてくる、ひとつの“かご”が丁寧に描かれていて、職人たちの自然との対話や、ものづくりへの情熱を感じられる本だと思います」
作り手にも染み入る本ですね。
「工芸品を作る職人さんだからこそ、通じることがあるかもしれません。読む人によって感じ方が違うのも、絵本の魅力だと思います」
親子三代にわたって親しまれる本屋に
2018年12月に創業43年を迎えたクレヨンハウス。
作家の落合恵子さんが、文化放送アナウンサー時代、海外で目にした書店に憧れ、日本にも座り読みのできる本屋さんを作りたいという思いから始まりました。
現在は本だけでなく、オーガニック食材をつかったレストランや野菜市場、安心安全な木製玩具のフロアや、オーガニックコスメやコットンを扱うミズ・クレヨンハウスなどもあり、子どもや女性の視点から文化を発信しています。
親子三世代にわたってお店を訪れる方も多いそうです。
「子どもの頃に読んだ本に再会される方や、お子さんに読んであげていた絵本をお孫さんに買っていかれるお客さまなど、日々、絵本が世代を超えて読み継がれている様子を感じます」
常備している子どもの本はなんと5万冊。どのように選定しているんでしょうか?
「毎月、スタッフ全員で、その月に出版された新刊絵本を読む“新刊会議”をしています。子どもの本だけでも毎月300冊ぐらい新刊が出版されていますが、全部をスタッフが読み込んで、その中から、お店に置く本を選んでいます」
毎月300冊!大変な作業ですね。
「子どもが読んで、純粋に心踊るもの、面白いなと感じられるもの、大人の目にも耐えうるような文学性やアート性の高いものを選んでいます。
長く読み継がれている本もたくさんありますが、新しい作家さんが生まれてこないと、子どもの本の文化は育っていかないと思っているので、新しい作品や作家に出会える“新刊会議”は楽しみでもありますね」
大切なのは親子で楽しむ時間
「絵本に年齢制限はありません」と言う馬場さん。
「1冊の絵本でも、その時々によって絵本の感じ方が違うと思うので、子どもも大人も、年齢にとらわれず、お気に入りの絵本に何度も触れて読んでいただきたいなと思います」
読み聞かせのポイントはあるのでしょうか?
「子どもにとっておはなしの内容はもちろんですが、 “読んでもらった”体験を積み重ねることが大切なので、上手に読もうとか肩肘を張らずに、一緒にその時間を楽しむことが一番だと思います」
お店でも、表紙を見て「この本、小さい頃に読んでた!」という、大人の方の声をよく聞くといいます。
「それは、誰かに“覚えておいてね”と言われたわけではなくて、大切な人に読んでもらって、小さな心が動いたからこそ、表紙を見ただけで記憶が蘇るんだと思います」
「どう思った?」などと答えを求めないことも大切。
「子どもの絵本の楽しみ方は、大人が考えるよりずっと自由だと思うんです。その子自身が何かしら感じているものがあると思うので、余韻を残してあげるといいですね。
どんなことが、その子の人生や心の糧になるかわからないので、長い目で見ていただけたらいいのかなと思います」
「子どもは絵本で体験したことと、自分の体験が重なりながら、心が育っていきます。感受性を耕すものの一つが絵本なのかなと思います」
工芸のもつ温かみや、作る人の想いを感じることができる。
絵本を通して工芸に触れてみたら、また違った世界が広がっていきました。
みなさんも一冊、手に取ってみてはいかがでしょうか。
<紹介した絵本>
『せんねんまんねん』
『わにわにのおふろ』
『14ひきのこもりうた』
『ひまなこなべ』
『満月をまって』
<取材協力>
クレヨンハウス東京店
東京都港区北青山3-8-15
03-3406-6308(子どもの本売場直通)
営業時間:平日11:00~19:00 土・日・祝日10:30~19:00
定休日:年中無休 (年末年始を除く)
文 : 坂田未希子
写真 : カワベミサキ
※こちらは、2019年5月15日の記事を再編集して公開しました。