実は、長崎だけのものではないちゃんぽん
「ちゃんぽん」 —— そう聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、きっと長崎だと思う。当然ながら、そうだろう。なんと言っても、長崎はちゃんぽん発祥の地であるのだから。
ただ、少し待ってほしい。実は、ちゃんぽんは長崎だけのものではない。全国には「ご当地ちゃんぽん」がいくつも点在するのだ。
例えば、熊本県には水俣、天草にそれぞれ固有のちゃんぽん文化が存在する。
また、福岡県には北九州市・戸畑に蒸し麺を用いたちゃんぽんが根付く。愛媛県・八幡浜市にもご当地で愛されてきたちゃんぽんがあり、そのほかにも、滋賀県・彦根市、栃木県・高根沢町といったように、全国のさまざまな地域でちゃんぽんは愛されている。
なぜ、ちゃんぽんは、そしてちゃんぽん文化は各地へと広がっていったのか。ちゃんぽんについて考えるにあたり、まずはその出自について掘り下げてみたい。
明治・大正時代の四海樓。中国語に加え、英語でも表記されている点に、海外に開かれた町・長崎を感じることができる
ちゃんぽんは果たして誰がもたらしたのか
ちゃんぽんが長崎にもたらされたのは1899(明治32)年。その年に開業した「四海樓(しかいろう)」の創業者・陳平順(ちんへいじゅん)さんによる功績であることはご当地・長崎では有名な話だ。
陳さんは中国から日本へと渡ってきた留学生たちに安く、栄養価の高い食事を楽しんでほしいという願いを込めて「支那饂飩(しなうどん)」というメニューを考案。
これは福建料理の「湯肉絲麺(とんにいしいめん)」がルーツになっているそうで、四海樓の代表取締役社長・陳優継さんは「麺を主体に、豚肉やシイタケ、タケノコ、ネギなども入ったあっさり味のスープです。これを初代がアレンジし、ボリュームをつけ、さらに濃い目のスープにし、豊富な具材を加えて、独自のコシのある麺を日本風にアレンジしました」と教えてくれた。これこそが現在の「ちゃんぽん」だ。
以降、ちゃんぽんという食べ物は、長崎市内、そして長崎県内、近隣、そして遠く離れた地へと広がり、それぞれの地域に浸透していく。
現在の四海樓。優雅な空間で発祥の味を堪能することができる(出展:四海樓)
ちゃんぽんはその生まれた時から大きく姿、形は変わっておらず、今もその味において、当時を感じることができる。
その具材は肉(基本的に豚肉)、キャベツやタマネギ、ネギといった野菜、かまぼこなどの魚肉の加工品といったような具材に加え、時にはエビなどの海鮮の食材も入る。
これらを中華鍋で豪快に炒め、豚骨や鶏ガラでとったスープを合わせて、仕上げに“ちゃんぽん用の中華麺”を投入し、煮込んで仕上げる。
ちゃんぽん用の中華麺、とあえて断り書きを入れたのには理由があり、長崎では、唐灰汁(とうあく)という長崎独自のかん水を入れて製麺していて、これが長崎におけるちゃんぽんの最大の特徴だ。
四海樓のちゃんぽん。この一杯こそが長崎のちゃんぽんのスタンダード
なお、ちゃんぽんの由来は、当時の長崎華僑同士の挨拶言葉だった「吃飯(チーファン)」(ご飯食べた?という意味)の福建語発音が「シャポン」または「ジャッポン」という音だったということから「ちゃんぽん」と呼ばれるようになったという。つまり、ちゃんぽんとは、当時の長崎華僑の挨拶言葉が起源なのだ。
ちなみに、長崎でちゃんぽんを注文しようとすると、メニューに「そぼろ」という聞き慣れない言葉が度々登場することに気付く。
実は、「そぼろ」とは長崎の方言で「特上」の意味。“鶏そぼろ”のようなものがトッピングされるわけではない。ちょっと張り込みたい時は「そぼろ」を注文してみてほしい。
長崎独自のそぼろちゃんぽん。具沢山で食べごたえあり (出展:長崎県観光連盟)
愛のかたまり、ちゃんぽん
長崎市内では町の小さな中華料理屋から大型の中華レストラン、喫茶店や食堂まで、実に様々な場所でちゃんぽんが提供されている(出展:長崎県観光連盟)
なぜ、ちゃんぽんは、そしてちゃんぽん文化は各地へと広がっていったのか —— 先の問いに対するぼくなりの答えは、ちゃんぽんの根っこにある「安く、栄養価の高い食事を楽しんでほしい」という思いだ。
この思いが大前提にあり、そしてそれぞれの地域に合った食材や製法によって、ご当地ちゃんぽんが育まれていったように感じている。というのも、スープ、麺、肉や野菜、海鮮といった具材の3つから成り立つちゃんぽんは、その3つの構成要素のおかげで、地域性も表現しやすい。全国へと広がるポテンシャルは十分だ。
前述のとおり、ちゃんぽんは注文ごとに具材を鍋で振り、スープで煮込むという「調理」が発生し、例えば、席についてすぐに料理が提供されるということは、まずない。
そして、肉、野菜、そして魚介という具沢山なビジュアルがデフォルト。店によっては具材が山盛りになっていて、その「たーんと食べていって」という気持ちと対峙した際には、あわせる手の密着が自ずと強まる。
価格においても一般的にラーメンやうどんの倍するということはない。下世話な話だが、食材が多い分、結構、原価率も上がるものだし、昔に比べると野菜の価格が高騰しがちな昨今だからこそ、それでもちゃんぽんを作り続けるということは、つまり愛なのだと言い切ってしまいたい。
そんな愛のかたまり、ちゃんぽん。長崎でちゃんぽんを食べるなら、まずは、先に挙げた発祥の店「四海樓」を押さえておきたい。
そして、四海樓は一度、行ったことがあるという人には、地元っ子が愛してやまない「群来軒(ぐんらいけん)」がおすすめ。
思わず目尻が下がる美しい佇まいのちゃんぽんは、まずスープが美しい。清楚な色白美人を思わせるその色目は、食欲を静かにかき立ててくれる。
長崎の中華街は、どちらかというと観光客が多いイメージがあり、それでいうと「群来軒」は地元の大衆中華の店という位置付け。
ランチタイムはいつも地元の方々で満席という人気ぶり。日常的に長崎で親しまれているちゃんぽんの姿がここにはある。
長崎県大村市の「協和飯店」もまた、「群来軒」同様に地域密着の名店。周りに飲食店が集中しているわけでもなく、ポツンと立っているような、加えて、別段変わったところもない極一般的な中華料理店の佇まいだが、昼は待ちが出るほどの大賑わい。
この店のちゃんぽんはスープがかなり力強く、質感としてはかなりずっしりしており、濃厚だ。このパワフルなスープをまとった麺は箸を持つ手を止めさせない。一度、食べ始めるとノンストップ。記憶にしっかりと刻まれること請け合いだ。
協和飯店のちゃんぽん
長崎県内でもちゃんぽんは様々
これまでは一般的な長崎のちゃんぽんを紹介してきたが、長崎県平戸市には、平戸ちゃんぽんという食文化があるので触れておきたい。
戦前に長崎から伝わったとされる平戸のちゃんぽん。地元の製麺所「もりとう」の麺を使うという特徴があるが、もう一つ忘れてはならないのが、独自のスープだ。
長崎では一般的に主に豚骨や鶏ガラによってスープをとるが、平戸では特産であるアゴ(トビウオ)を用いる。
「手打ち蕎麦 冨喜」の外観
その提供店の一つ、「手打ち蕎麦 冨喜」では、平戸産の焼きアゴと昆布でとった出汁に、豚骨スープを“重ね着”させたWスープがウリ。
もともと蕎麦屋ということもあり、アゴ出汁の質はお墨付き。焼きアゴの風味が際立つよう、あえて具材に海鮮を入れない徹底ぶりも好印象だ。
仕上げに焼きアゴの削り節をかけるため、香りもいい。ぜひ食べる前に丼に顔を近づけ、大きく深呼吸してほしい。ただし、むせないようにご注意を。
冨喜のちゃんぽん
佐賀に必食のちゃんぽん文化あり
長崎のお隣、佐賀県のちゃんぽん文化も見逃せない。
大きく2つの潮流があり、一つは武雄市に見られる武雄ちゃんぽん、そしてもう一つが佐賀市内に浸透している食堂系ちゃんぽん。
武雄におけるちゃんぽんはソウルフードである。かつて炭鉱産業で賑わっていた武雄・北方エリアでは、長崎でのちゃんぽんと同じ理由、つまり「安く、美味しく、お腹いっぱいになる」という三拍子揃った料理として支持されてきた。
現在では国道34号線が道路沿いにちゃんぽん提供店が集中していることから“ちゃんぽん街道”と称されている。
その代表格が創業68年の老舗・井手ちゃんぽん本店だ。元々、その原点にはカツ丼があり、初代がカツ丼のタレを学ぶという目的で大阪で修業を積み、戦後にこの店を食堂として開業したところ、ちゃんぽんの人気に火が付く。
1980(昭和55)年には現在のちゃんぽん専門店に。ここのちゃんぽんは一度食べると絶対に忘れないくらいに強烈なインパクトがある。野菜が文字どうり“山盛り”なのだ。
かつての炭鉱夫たちの胃袋を十二分に満たしてきたちゃんぽん。その当時のあり方が、今、目の前で体感できるという点において、生ける歴史遺産とも言える一杯だ。
井手ちゃんぽんの内観
佐賀市内のちゃんぽんは、食堂の味
佐賀市内の食堂系ちゃんぽんとは、いわゆる大衆食堂においてちゃんぽんが提供されているスタイルのことであり、しかも、極めてハイレベルなクオリティなのだ。
「池田屋」はそんな食堂スタイルを今も大切に守る一軒。元々、ちゃんぽんが苦手だったという初代店主だったが、今はなき、佐賀ちゃんぽんの名店「中村食堂」の味に惚れ込み、その味を受け継ぐ。
池田屋
そんな池田屋のちゃんぽんは、昆布の旨みを土台とし、さらに削り節数種を合わせたという和風だしが味の決め手。
まろやかで、口に含むほどにやさしい味わいが膨らんでいくスープには、大盛りの野菜からのエキスもしっかりと溶け込んでいた。
池田屋のちゃんぽん
最後に、もう一軒紹介するなら、老舗「春駒(はるこま)」へ。大正11年の創業以来、佐賀市民の胃袋と心を満たしてきた名店だ。
ただ、名店ではあるが、一切偉ぶった様子はなく、例えば近所の人が小さな鍋を持ってきて、ちゃんぽんを買いに来るというようなことも珍しくないという。
春駒の外観
ここで食べておきたいのが、名物の「皿うどん」。ちゃんぽんじゃない?そんな声が聞こえてきそうだが、長崎ではちゃんぽんと同じように愛されている独自の麺料理であり、ちゃんぽんがもたらした副産物的な食文化といえる。
主に使われる食材は豚肉や野菜、魚介類というように、ちゃんぽんと同じだが、麺が2通りあり、その違いによって大きく料理の在り方が異なる。一つが細い中華麺を油で揚げたパリパリタイプ。そしてもう一つが、ちゃんぽん麺を事前に蒸す、焼く、茹でるといった下準備をしておき、その麺にスープを吸わせるもっちりタイプがある。
こちらの皿うどんは後者。そのスープは、思いの外、力強い。アットホームな店ゆえに、味わいもやさしいかと思っていると、バシッと脳に届く出汁の旨味に心が踊る。
“濃厚”という言葉を使いたくなるが、とはいえ脂っこい感じではなく、毎日食べたくなるような絶妙な塩梅だから、感激しきりだ。
春駒の皿うどん。今やちゃんぽんを凌ぐ人気者に。
ちゃんぽんとは“底なし沼”!?
長崎、佐賀エリアのちゃんぽんをずらりと紹介してきたが、数を挙げれば挙げるほどに、その実体が掴めなくなる。ただ、それがちゃんぽんなのだろう。
スープが変わり、麺の形状が変わり、そしてその土地ごとの地域の食材が加わり、さらには作り手の趣味嗜好が合わさることで、無限の広がりを見せる。ちゃんぽんとは、どこまでも美味しい底なし沼だ。
文・写真:山田祐一郎
山田祐一郎 福岡県出身、現在、福津(ふくつ)市在住。日本で唯一(※本人調べ)のヌードル(麺)ライターとして活動中。麺の専門書、情報誌などで麺に関する記事を執筆する。著書に「うどんのはなし 福岡」。 http://ii-kiji.com/
掲載店舗
< 四海樓 > 長崎市松が枝町4-5 095-822-1296 営業時間 : 9:30~18:30 定休日 : 不定休http://shikairou.com/
< 群来軒 > 長崎市江戸町5-11 095-826-3618 営業時間 : 11:30~14:30 / 17:00~21:00 定休日 : 水曜日
< 協和飯店 > 長崎県大村市森園町1590-2 0957-52-6143 営業時間: 11:30~13:30 / 17:00~21:00 定休日 : 火曜日Facebook
< 手打ち蕎麦 冨喜 > 長崎県平戸市魚の棚町332-1 0950-22-3303 営業時間 : 10:00〜14:00 / 17:00〜24:00 定休日 : 日曜日
< 井手ちゃんぽん 本店 > 佐賀県武雄市北方町志久1928 0954-36-2047 営業時間 : 10:30~21:00 定休日 : 水曜日(水曜日が祝日の場合は翌木曜日)http://www.ide-chanpon.co.jp/
< 池田屋 > 佐賀県佐賀市赤松町241-39 0952-22-7508 営業時間 : 11:00〜15:30 / 18:00〜21:00 定休日 : 月曜日http://www.ikedaya-saga.com/
< 春駒食堂 > 佐賀県佐賀市高木町3-1 0952-23-5329 営業時間:[月~木・祝] 11:00~16:00 [土・日] 11:00~16:00 / 17:00~19:00 定休日 : 金曜日