愛しの純喫茶〜山形編〜 OCTET(オクテット)

こんにちは。さんち編集部の西木戸弓佳です。
旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもく。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、山形の老舗ジャズ喫茶「OCTET (オクテット) 」です。
そこは、自分だけの秘密にしておきたいようなとても居心地のいい空間でした。

8月初旬、糸や織物のメーカーさんを訪ねて訪れた山形。
夕方、東京へ戻ろうとしたら終電まで新幹線が満席という危機です。どうやらスポーツの大きな大会と重なって新幹線がいっぱいなのだとか。困りました。

一杯やろうかとすぐに頭をよぎりますが、それにはちょっと申し訳ないほどの明るさで、散歩がてら喫茶店を探すことに。
駅前の大通りから少し入った小道、気になる佇まいの喫茶店に出会いました。おそらく駅から5分足らず。本当はもっと散歩するつもりでしたが、ちょっとだけ入ってみようと中へ。

山形・octet(オクテット)

少し重たい扉を開けて、そうっと中へ入ります。中は思ってたよりも薄暗く、喫茶店にしては大きなボリュームで音楽が流れていました。

山形・octet(オクテット)

「いらっしゃいませ。お好きなところに」と入口で声をかけられ、誰も座ってないカウンターの端に座ります。それほど広くない店内には5席ほどのカウンターとテーブル席が3つ。
壁にはずらりとレコードやCDが並びます。ターンテーブル、大きなスピーカー、真っ黒なピアノ、たくさんのライブのフライヤー‥‥ここだけ時間が止まっているような、ザ・ジャズ喫茶です。

山形・octet (オクテット)
迎えてくれたのは、1977年のzoot sims (ズート・シムズ) の山形ライブ。このライブもOCTETが主催している

私の他に、先客が2名。
離れたテーブル席に座るおふたりはどちらとも、流れる音楽の向こう側に参加してるかのように目を閉じたりリズムを取ったりして音楽に聴き入っています。

こんなオールドスクールな純喫茶に、音楽が流れている間に話しかけると嫌がられるかもしれない、と黙ってると「メニューはそこよ。何にしますか?」と話しかけてくれたのはマスターのほうでした。

堅物そうに見えたマスターは話してみるととてもチャーミングで気さくな方。そしてジャズのことを話しだすと止まらない、愛おしいジャズマニアでした。
のちに、山形のジャズ界を牽引するすごい方だということを知らされます。

山形・octet(オクテット)
マスターの相澤栄さん。コーヒーは一杯ずつドリップしてくれる

頼んだコーヒーをいただいている間、マスターの電話が鳴りました。
電話の向こうの方はお知りあいのようで、何かのライブの打ち合わせをしている様子。
話し終えて教えてくれたのは、相手は渡辺えりさん。ベテランの女優、演出家でもあり、シャンソン歌手でもある彼女のライブが明後日山形で行われるのだとか。
「へぇ、どこでライブされるんですか?」
「ここでするんです」
「え、ここで?」と驚きましたが、店内にはたしかにピアノもあるし、音響も整っている。でも、なぜここで?

山形・octet(オクテット)
JBLのスピーカーにピアノ。ライブの日は、ここがステージになる

なんでも、マスターはジャズのオーガナイザーでもあって、国内、海外からアーティストを呼んで定期的に山形でライブを開催しているのだそう。OCTETでのライブの他、山形市内の大きなホールでのライブも行っています。

渡辺貞夫さん、スコット・ハミルトンさんなどジャズにそんなに明るくない私でも分かるほどの大物たちの名前が書かれたフライヤーやポスター。それらのライブの主催は、すべてOCTETでした。

山形・octet(オクテット)

OCTETがオープンしたのは1971年。ジャズマニアのマスターが脱サラしてはじめたお店です。
末広がりの「八」と、お店を作るとなった時に力を貸してくれたのが8人の協力者だったことから、OCTET(八重奏の意味)となったそう。
古いレコードだけでなく現代のジャズも集まるコレクション数はなんと約1万5000枚!
市場には出回っていないような貴重なレコードも多く、ある音源を求めて県外からわざわざ来られる方もいらっしゃるのだそうです。

山形・octet(オクテット)

「この奏者は元々‥‥」「この曲はアレンジされてて‥‥」「この年代の‥‥」とていねいに解説してくれるマスター。本当に愛おしそうにニコニコと話されるので、こちらがにやけてしまうほど。
いい音楽と音響、そして愛のこもったジャズ講座に、すこしだけ休憩するはずだったのに、気付けば電車の時間に!マスターにお礼を伝え、走って駅に向かいました。

山形・octet(オクテット)
「山形のジャズ喫茶誕生秘話」マスターの相澤さんが出されているOCTETの誕生話
山形OCTET・オクテット
周年の際に常連さんから贈られたお酒

OCTET
山形市幸町5番8号
023-642-3805
11:00-21:00

文・写真 : 西木戸弓佳

わたしの一皿 旅を盛り付ける

酷暑の台湾、台北に行ってきました。みんげい おくむらの奥村です。
南国台北の夏は色とりどりのフルーツや、緑の濃い野菜の季節。おいしいものをしこたま食べて台北から帰っても、まだ台湾気分が続いているので今日はそんな料理を。

日本は世界中の食材が手に入るし、それを盛り付けるうつわもこれまた世界中のものが手に入る。ということで、今日は台湾気分を、これまた日本のうつわだけど異国感のあるうつわに盛り付ける、という試みを。

ところで、僕らが子どものころと今と、八百屋やスーパーに並ぶ野菜の種類が全然ちがいませんか?どれだけ種類がふえるんだろう、と思うぐらい野菜はふえた気がする。今の小学生に知っている野菜の名前を言わせたらきっとシャレた野菜の名前が出てくるんだろうなぁ。

今日の素材は「空芯菜 (くうしんさい) 」。これも夏の野菜。アジア各国を夏に訪れると、まず食べたい食材の1つ。この野菜も僕が子供の頃は日常ではなかったのに、いつのまにか毎年夏には手に入りやすくなりました。とにかく食感が気持ちよく、定番の炒め物もよいし、おひたしやスープにもよい万能の食材です。

空芯菜

うつわは、栃木県の益子で作陶される伊藤丈浩 (いとう・たけひろ) さんのスリップウェアのうつわ。スリップウェアというのはヨーロッパなどで古くから見られるもので、泥漿(でいしょう)でうつわに装飾をするものです。日本に伝わり、今やすっかり日本の焼き物に根付いたと言ってもよいかもしれません。細かに描かれるもの、大胆に描かれるもの、動物など具体的な意匠をもつもの、と様々ですが、個人的にはこんな大胆でシンプルなものが好きです。

伊藤丈浩さんの器2皿

一見、日本のうつわという感じはしないなぁと思うものの、和食にもよく合うし、今日みたいな料理にもよい。こんな風に料理とうつわの組み合わせを楽しむのが日本人らしい食の楽しみかな、と思ったり。

余談ですが、益子には益子参考館という美術館があります。民藝運動で知られる濱田庄司の自邸・工房を使い、彼の生前の蒐集などを展示しています。益子に行くと必ず立ち寄るのですが、日本と世界の民藝が場所や時代を超えて集められ、調和している様は見事。益子に行ったらぜひ立ち寄ってみてほしい場所です。

さてと料理は、空芯菜の腐乳炒め。台湾や中国で一般的に使われる腐乳(沖縄の豆腐ようみたいなもの)。よく中国では朝食のおかゆのお供なんかに出てくるあれです。発酵調味料らしい、奥行きのある味わいはミルキーでコクがあり、ちょっと大人の味。肉なんか入れなくてもご飯は進むし、ビールにもワインにもよい。くせになるんですよ、これ。

空芯菜は軽く洗ってざく切りに。油を引き、きざんだニンニクを入れ、空芯菜を茎、葉の順で炒めます。今日の腐乳はもともと辛味のついたもの。辛味がない場合は赤唐辛子も入れるとよいでしょう。空芯菜がしんなりしてきたころに、腐乳を少しお酒で伸ばしたものを入れます。腐乳に塩気がありますが、もし塩気が足りなければ塩を足す。ささっと炒めて腐乳が全体にからんだらおしまい。空芯菜は火が通りやすいので、本当にパパッとできちゃう簡単料理。このうつわとの相性もすこぶるよい。

調理の様子

アツアツを食べながら、ぼんやり思った。空芯菜ってストローみたいな野菜。昔、ちくわでストロー遊びをした日本人としては、台湾や中国、アジア各国の子供が空芯菜でストロー遊びをするのかも気になるところ。はたしてどうなんでしょうね。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

【燕三条のお土産・さしあげます】ツバメコーヒーの「ドリップバッグ」

こんにちは、ライターの丸山智子です。
わたしたちが全国各地で出会った“ちょっといいもの”を読者の皆さんへのお土産にプレゼント、ご紹介する“さんちのお土産”第14回目は、8月の特集エリアである燕三条からのお土産です。

金物加工の産地・新潟県燕市の吉田駅から徒歩約15分ほどのところに現れる、かわいいツバメの看板。

美容室「PARIS RAVISSANT」のサインを目指していくと、かわいいツバメが現れます

ここは、美容室に併設した店舗に大きな焙煎機がどっしりと構え、“生活が少しだけ豊かに感じられる”雑貨も販売する、個性あふれるコーヒー店・ツバメコーヒー。

漂うコーヒーの香りと空間の心地よさに思わずのんびりしたくなります
使いやすいキッチングッズや味わいのある雑貨、オリジナルグッズなどが揃うショップ

こちらでいただけるコーヒーは、マイルドな「ツバメブレンド (中煎り) 」とほろ苦の「イヌワシブレンド (深煎り) 」の二種類。

全国的にも有名なコーヒーロースターである徳島のアアルトコーヒーさんの助言をきっかけに、店主の田中辰幸さんがコーヒー屋さんで修行することなく焙煎機を購入し、2012年11月に開いたお店です。
お店の詳しいストーリーは是非、燕のメディアを目指すツバメコーヒーをご一読ください。

店主の田中さん。哲学的な本からお料理の本まで、タイトルを眺めるだけでも楽しい本棚を背景に
ドリンクにはクッキーがつく嬉しいサービスも

田中さんがコーヒーに見いだす価値、それが「コーヒーが“ある時間”を提供する」ということ。
「コーヒーは人が集う場で会話を引き立てたり、人をもてなしたりしてくれる存在です。特にドリップバッグは持ち運びができて手軽に飲めるので、登山した時の山頂や旅行先など『ここでコーヒーを飲みたい』という出掛けた先のシーンで、利用してもらえるといいのではないでしょうか?」

ドリップバッグ。青いほうがツバメブレンド、茶色がイヌワシブレンド

ツバメコーヒーのドリップバッグをかばんに忍ばせて、お出かけしてみませんか?
そしてコーヒーを淹れながら、たくさんの工場が集う燕三条にちょっと思いを巡らせてもらえたら、嬉しいです。

ここで買いました。
ツバメコーヒー
新潟県燕市吉田2760-1
0256-77-8781
http://tsubamecoffee.com

さんちのお土産をお届けします

この記事をSNSでシェアしていただいた方の中から抽選で1名さまにさんちのお土産 ツバメコーヒーの“ドリップバッグ” をプレゼント。応募期間は、2017年8月20日〜9月3日までの2週間です。

※当選者の発表は、編集部からシェアいただいたアカウントへのご連絡をもってかえさせていただきます。いただきました個人情報は、お土産の発送以外には使用いたしません。ご応募、当選に関するお問い合わせにはお答えできかねますので予めご了承ください。
たくさんのご応募をお待ちしております。

文・写真:丸山智子

古典芸能入門「日本舞踊」の世界を覗いてみる

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

みなさんは古典芸能に興味はお持ちですか?

独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

「踊ってみたい!」人々の思いから生まれた芸能

「踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら 踊らにゃ損々!!」

阿波踊りの一節です。美しい振り付けを見たり、リズムが聴こえてくると、人は不思議と身体を動かしたくなるもの。

現代の日常生活でも、アイドルの振り付けを仲間と再現した動画をSNSでシェアしたり、星野源さんの「恋ダンス」を真似して踊ってみたり。先日電車に乗っていると、1人の男の子が「PPAP」を踊りながら歌い始めたのをきっかけに、その車両中で子ども達が真似を始めて大合唱となりました (おそるべしピコ太郎さん!) 。

各地で開催される昔ながらのお祭りをはじめ、今年は渋谷のスクランブル交差点で開催された盆踊り大会も多くの方が参加し話題を呼びましたね。

さて、本日ご紹介する日本舞踊。実は、江戸庶民の「真似して踊りたい!」という思いから生まれた芸能なのです。

江戸時代のエンターテイメントとして大流行した歌舞伎。憧れの大スターである歌舞伎役者の真似をしてみたい‥‥。そんな江戸庶民たちの思いに応え、歌舞伎の踊りの部分を習える形にしたのが日本舞踊でした。

現代においても、お茶やお花のお稽古同様に、日本舞踊もお稽古ごととして広く門戸が開かれています。全く踊りに縁のなかった人でも飛び込める身近な世界であることも魅力です。

一方で、芸を追求し続けるプロならではの奥深い世界も存在します。歌舞伎の流れを汲むものだけでなく、新作や多様な表現が生まれています。

進化し続ける日本舞踊。その世界を覗きにでかけました。

今回は、国立劇場で開催された「親子で楽しむ日本舞踊」という企画にお邪魔してまいりました。小学生のお子さんから年配の方まで、たくさんの方々で賑わう公演。

古典作品の上演の他、日本舞踊家の花柳大日翠 (はなやぎ・おおひすい) さんによる解説 (衣裳やかつらの付け方、舞台装置の解説、上演作品の背景解説や会場全体で振り付けの実演など盛りだくさんの内容でした) 、衣裳や小道具の体験コーナーもあり、初めてでも楽しみながら日本舞踊の世界に入り込める企画となっていました。

衣裳の試着コーナー。華やかな衣裳を身にまとう子ども達で賑わっていました

日本舞踊の魅力、見どころ

この日上演されたのは、「子守 (こもり) 」 と「玉兎 (たまうさぎ) 」 。

どちらも歌舞伎舞踊として伝わるものです。動きの美しさに加え、ストーリー性の存在によって、その時々の登場人物の心情も描き出され惹きつけられます。
2作品とも、三味線音楽の一種である「清元節 (きよもとぶし) 」が伸びやかな旋律を奏で、お囃子が多彩なリズムを響かせており、踊りに一層の情緒を与えます。

「子守」 出演・五條詠絹 (ごじょう・えいきぬ) 写真提供:国立劇場

「子守」は、赤ん坊の面倒を見る少女の様子が描かれたお話です。

豆腐屋にお使いに行った帰り道、トンビに油揚げを取られてしまう少女。慌てて取り返しに追いかけますが転んでしまい、驚いた赤ちゃんが泣き出します。子守唄を歌ったりしながら一生懸命にあやします。

赤ちゃんが眠った後は、人形遊びなど一人遊びに興じる様子が描かれます。まだ幼い少女の想像力を通して、様々な役柄を演じる様子を楽しめます。少女のいじらしさや愛らしさ、故郷への思いなど心情を読み取りながら味わっていると思わず涙腺が緩んでしまう作品です。

「玉兎 (たまうさぎ) 」 若柳吉優 (わかやぎ・きちゆう) 写真提供:国立劇場

「玉兎」は、月の兎が餅つきをする伝説と、当時の団子売りの様子を合わせた少しナンセンスなファンタジー。後半では、かちかち山のストーリーが描写され、踊りから様々な登場人物の様子が浮かび上がります。美しい動きの中にコミカルな様子も描かれ見ていてフッと笑いがこみ上げる場面も。

今回の公演で解説を勤められた、花柳大日翠さんにお話を伺うことができました。記事の後半ではインタビューの内容をお届けします。

細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『高峰秀子 暮しの流儀』

こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱です。
生活と工芸にまつわる本を紹介する連載「細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚」の4冊目です。今回は、暮しにポリシーがあり、身の回りのモノにこだわりを貫いた女性の本です。

高峰秀子さんはご存知でしょうか。昭和を代表する有名な女優さんですが、1979年55歳の時に引退されたので、シニア世代には当時のファンも多いのでしょうか。

高峰さんは5歳で子役としてデビュー以後、300本を超える作品に出演されているので、昭和の邦画がお好きな方もご存知だと思います。

私は女優としての高峰さんはほとんど知らないのですが、女優を引退後エッセイストとして活躍されたので、ここ数年で名著を何冊か読み、高峰さんへの関心が強まりました。

この本は3者の共著で、高峰さんのご主人で映画監督だった松山善三さん、養子となった斎藤明美さんも文章を寄せています。高峰さんが愛する家族と、淡々と積み重ねてきた普段の暮しを知ることが出来る内容です。

日々を切り取った秘蔵写真や、衣食住にかかわる日用品、身辺に置いて慈しんだ宝物など、素敵なモノがたくさん掲載されており、眺めて楽しい本でもあります。

本を読み出してから、高峰さんの女優としての半生も気になって調べましたが、若かりし頃の美しいこと!昭和時代の大女優さんには日本らしい美しさと、近寄れないオーラを感じる方が多いですが、高峰さんもその1人。

彼女は、実は芸能界という華やかな世界で、人前に出ることは好きではなかったそうです。むしろ、引退後の普段の暮し、日々のいとなみにこそ彼女にとっての本当の喜びがあったことがこの本からも伝わってきます。

夫婦揃って大の食いしん坊だったそう。表紙にもなっているように、食卓のスナップやキッチンで楽しげに料理されている高峰さんの姿が印象的です。

大女優さんではありましたが、引退後は小さな家に建て替え、不要な家財を処分し、必要以上の人間関係も持たず、自分らしく自由に生きられる時間を心から幸せに感じたそうです。

ただ、骨董などモノは好きだったらしく、女優時代の一時、ご自分で骨董店を営んでいたほど。20代の頃から、パッと見て選んだモノが一流の骨董店も唸らせる審美眼があったそうです。

センスとこだわりがあったのでしょうけど、驚きのエピソードは、ご主人の松山さんが新婚当初に高峰さんに贈った反物を、早々に店に取り替えに行ったとか。

外からの贈りものも多かったと思いますが、好意は頂戴して、家に合わないモノを無理して使うことはしなかったそうです。

徹底した「整理整頓型」で、自分の美意識や心地よさを追及されていました。

本の中で、高峰さんがご自身のことを「いいかどうかはわからないけど、趣味はあるね」と仰っています。好みの線引きを明確に持っている方で、養女の明美さんも言っていましたが、高峰さんの生き方は、暮しと寸分違わず潔かったそう。

飾らないけれど、丁寧で知性のある生活振りを感じ、格好良い方だなと思います。

本に掲載されているモノは、骨董などは高そうにも見えますが、価格や希少性で選ばれた感は全くなく、センスとして現代の我々でも欲しいと思うモノが多いです。

アナログで温かみのある工芸品や、暮しの中でヘビーに使っていたであろう機能美のある道具が多くて参考になります。

自分のために、自分が心地よい生活空間を作り、自分なりにきちんとした生活を送りたいと心がけているので、引退後の高峰さんの流儀ある暮しぶりにはとても憧れます。

ぶれない審美眼にはまだまだ適いませんが、以前よりも嬉しくないモノはそばに置かないようになりました。

よく、「使える」「使えない」で評価することもありますが、使えなくてもそばにあって嬉しいモノは、むしろ必要なモノだなと思う今日この頃です。

<今回ご紹介した書籍>
『高峰秀子 暮しの流儀』
高峰秀子・松山善三・斎藤明美/とんぼの本 新潮社

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文・写真:細萱久美

3年に1度の本祭りがいよいよ開催!ワッショイの声響く「深川八幡祭り」

こんにちは。ライターの木村一実です。
夏祭りや花火大会が各地で開催されており、色とりどりの浴衣を目にすることの多い季節になりました。

東京・深川でも毎年8月15日を中心に富岡八幡宮例祭、通称「深川八幡祭り」が開かれます。今年は3年に1度の本祭りの年。

8月11日から15日まで氏子によっておこなわれる行事の中から、12日の神幸祭でおこなわれる「鳳輦渡御(ほうれんとぎょ)」、そして翌13日の水かけ祭りとも呼ばれる「各町神輿連合渡御(みこしれんごうとぎょ)」をご紹介します。

12日 本祭り限定の鳳輦渡御(ほうれんとぎょ)

鳳輦渡御とは、地域住民の繁栄を願い、氏子地域一帯を八幡さまの乗り物である鳳輦が渡御(出かけていくこと)することを指します。富岡八幡宮の氏子地域にはお台場や豊洲なども含まれるので、鳳輦渡御は湾岸の地域にまで及ぶ広範囲を渡御します。

昭和の初め頃は牛車に引かれていた御鳳輦でしたが、現代では装飾されたトラックの荷台に乗せて運ばれており、神主さんなどたくさんの人々がお供をし、神さまが氏子地域をくまなくまわることで神の力を授けてくださるそうです。

13日 観客が参加できる水かけ祭り。見せ場は朝一番から

鳳輦渡御に感謝しておこなうのが各町神輿連合渡御です。神さまからの授けを受けた氏子地域がお神輿を出すことで謝意を表すそうで、今年は8月13日におこなわれます。

赤坂日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭とともに江戸三大祭のひとつとされる深川八幡祭りは、「神輿深川、山車神田、だだっ広いが山王様」と言われるように、何と言ってもお神輿が特徴のお祭りです。

朝一番から注目したいのが、はんてん姿の担ぎ手たちと53基の大神輿が八幡宮前に一同に集結する出発風景です。伝統的な「ワッショイ、ワッショイ」という掛け声に担ぎ手たちの気迫が表れ、出発の花火が鳴り響くといよいよ始まる神輿連合渡御に観客側も気持ちが高ぶります。

大鳥居前の永代通りは、担ぎ手とお神輿でいっぱいになります

担ぎ手たちへのお清めの水として、また、真夏におこなわれる祭事で体を冷やすために水をかけるところから「水かけ祭り」としても名が知られています。観客が担ぎ手に水をかけてお祭りに参加できるところも魅力ですね。

観衆もびしょぬれになりながらお祭りに参加

午後最初の見どころは隅田川にかかる永代橋

お神輿が行き交うごとに揺れを感じる永代橋

日本橋と深川をつなぐ永代橋の周辺は観衆が多く集まる場所です。
担ぎ手は永代橋の手前でお昼の休憩に入り、力を蓄えて後半戦をスタート。橋にさしかかったところでは見せ場として、腕を伸ばしお神輿が高く持ち上げられます。お神輿を「差し上げる」の意味から高く上げることを「差す」と言うそうで、お神輿を差す担ぎ手たちの力強い様子を間近で見ることができます。

さらに永代橋からは手古舞(てこまい)と呼ばれる女性たちや木遣り歌がお神輿を先導します。手古舞とは、辰巳芸者と呼ばれた深川の芸者さんたちが得意とした芸能のこと。男まげ、片肌脱ぎの襦袢(じゅばん)、たっつけ袴(ひざから下が細く、すねの部分に布を巻いた袴)、わらじという個性的な格好をし、右手に金棒を左手には提灯を持ち、木遣り歌と呼ばれる労働歌を歌いながら練り歩きます。

永代橋を渡り終えたところにある佐賀町、永代出張所前、不動堂前でも立て続けに見せ場がやってきます。荷台にブルーシートを張って水をためたトラックからの豪快な水かけや消防団による放水はかなりの迫力!沿道の見物客もホースやバケツなどで水かけに参加し、担ぎ手と観客が一体となり神輿連合渡御は最高潮を迎えます。

たかだかと上がる消防署の放水は迫力満点

人情と粋の町“深川”で愛される江戸最大の八幡様

お祭りを楽しんだあとは、しっかりとお参りをして帰りたいですね。
最近までおこなわれていた改修工事で、鮮やかな朱色になった大鳥居や本殿、新しく生まれ変わった手水舎など八幡さまも準備万端で本祭りを迎えてくれています。

お祭りの準備の様子もワクワクします。

八幡さまに訪れる際、是非みておきたいのが日本一の黄金神輿と呼ばれる一の宮神輿です。
鳳凰の胸には7カラットのダイヤ。目、狛犬、小鳥などにもダイヤがほどこされ、鶏冠にはルビーが2,010個、屋根には純金が24キログラム使用されているという豪華さ。あまりの重さに担ぐことが難しく、軽量化した二の宮神輿が作られたそうで、こちらは本祭りの翌年に渡御されています。

展示されている一の宮神輿と二の宮神輿

まだまだあるお祭りの見どころ

お神輿を担ぐ53の町会は、全部で7つの部会に分けられています。お神輿が出る順番はこの7つの部会が毎年くじを引き決定しているそうで、決定した順番は駒番表と呼ばれる相撲の番付のようにして発表されます。

神輿連合渡御の最後尾とされる「しんがり」。今年のしんがりを担ぐのは「深濱神輿保存会」です。
かつて漁師町だった深川の漁師仲間で作られたという深濱神輿保存会は、大漁旗とともに渡御する姿が格好良く、今年もその姿を見ることができそうです。ほかにもお神輿の修復や何十年ぶりに化粧直しをおこなったという町会もあるようで、各町のお神輿を見てまわるのも楽しみのひとつです。

各町の神酒所や神輿小屋にも個性がありました

お神輿の担ぎ手たちが集まる各町会の神酒所(みきしょ)は、本来は神さまにお供えするお酒をまつる場所。お神輿が一時的に置かれる神輿小屋なども各町会ごとに違いがあり、そこにいる氏子の方々との交流もまたお祭りの楽しみではないでしょうか。

いよいよ15日には今年の大詰めを迎える深川八幡祭り。暑い夏、東京下町の人情と粋を感じに、水かけ祭りへお出かけするのはいかがですか。

開催日:2017年8月11日(金)〜15日(火)(12日神幸祭、13日各町神輿連合渡御)
富岡八幡宮:東京都江東区富岡1-20-3
アクセス:東京メトロ東西線「門前仲町」駅徒歩3分、都営地下鉄大江戸線「門前仲町」駅徒歩6分、JR京葉線「越中島」駅徒歩15分、JR「東京」駅車で15分
公式サイト:http://www.tomiokahachimangu.or.jp/

文・写真:木村一実