伝統画材ラボ PIGMENTの岩泉さんに教えてもらう日本の画材 プロローグ 日本の伝統画材って?

こんにちは、さんち編集部です。
みなさんは、最後に絵を描いたのはいつですか?趣味で毎週末には描いているよ、という方もいれば学生時代の美術の授業が最後、という方もいるのではないでしょうか。全国の作家・アーティストの間で話題の伝統画材ラボが東京・天王洲アイルにあると聞きつけ、早速お邪魔することに。でも、日本の伝統画材ってどんなもの?

天王洲アイルの伝統画材ラボ「PIGMENT(ピグモン)」

伝統画材ラボ PIGMENTは、日本をはじめとするアジアに古来より伝わる4,500色に及ぶ顔料をはじめ、200を超える古墨、50種の膠(にかわ)といった希少かつ良質な画材を取り揃えた画材店。2015年にオープンしました。今までになかった、単なる画材屋さんではなく、画材も販売するけれど知識や技術を提供する「伝統画材ラボ」という形はもちろん、建築家・隈研吾さんによるインテリアデザインも日本だけでなく世界中で話題になりました。取材中も海外からのお客さまがたくさん。

竹の簾(すだれ)をイメージした天井が印象的(写真提供/PIGMENT)
竹の簾(すだれ)をイメージした天井が印象的(写真提供/PIGMENT)

学校の授業で使ったことがあるのは水彩絵の具やボトル入りの墨汁。日本の伝統画材なんて、見たこともさわったこともない!ということで、画材の研究で博士号を取得しPIGMENTの所長を務める岩泉慧(いわいずみけい)さんに日本の伝統画材のいろはを教えてもらうことになりました。教えて、岩泉さん!

今日の先生、岩泉さんです
今日の先生、岩泉さんです

すべての色の源、顔料

お店に入ってまず目に入ってくるのが、4,500色に及ぶ色とりどりの顔料たち。この美しい顔料たちが、実際の絵の具の原料になっていきます。

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「顔料は主に3つの種類に分けられます。うちのお店でいちばん多いのが有機顔料。いわゆる岩絵具と呼ばれるもので、天然の石や陶磁器で使用する釉薬を焼いたものを砕いてつくられます。それに対して合成無機顔料は人工的に作られた色の物質です。金属を酸化させたり、何かと化合させたり。石油系の染料を化学変化で顔料にさせた有機顔料なんかもあります。合成無機顔料でいちばん有名なのは本朱(ほんしゅ)ですね。硫黄と水銀を加工させたもので、水銀朱とも呼ばれるのですが、神社仏閣や仏像などにも使われている、あの朱色です。最後にパール顔料。キラキラと光るもので、よくお化粧品に使われています」

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このグラデーションに並んでいる岩絵具たちは、同じ原料からできているのですか?

「岩絵具はひとつのかたまりを砕いてつくられています。同じ石からできていても、粒子の荒さで分けていて、粒子が大きくなればなるほど色が濃く、小さくなればなるほど色が薄くなっていきます。また、粒子の大きさによって実際の絵の具にした時の質感も変わってきます。特に、天然の石はそのグレード(質)によって色や質感が大きく異なります。同じ粒子の大きさでも、同じ種類でもそれぞれが全然違う。金額も何倍かになったりもしますが、一概にどれが良い悪いではなく、使い手の方が自分の作品にあったものを選んでいかれます」

同じ種類の石からできていてもグレードによって色が全然違う
同じ種類の石からできていてもグレードによって色が全然違う

同じ種類でも、宝石に使われるような質が良いものはキラキラしていますね。

天然の接着剤、膠(にかわ)

次に紹介してもらうのは膠(にかわ)です。えっと、そもそも膠ってなんですか?

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「膠は動物の皮を煮出してつくられる天然の接着剤です。つくり方はいわゆるゼラチンと同じですね。魚やお肉の煮こごりで、あれを乾燥するとこれになる。口に入れても大丈夫ですが、お腹の保証はしません」

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「多く使われているのは牛や豚ですが、地域によって違います。昔はその地域ごとに膠をつくっていたので、山の地域だと熊、鹿、イノシシとか。逆に海の地域だと魚が多いですね。基本的に食べたものの余った皮を膠にします。なので、ヨーロッパだとうさぎが多かったり。変わったところだと使い古したカバンや靴、和太鼓(!)を膠にすることもあり、それはそれで個性のあるものができます」

どんな風に使うのでしょう?

「画材としては、顔料と混ぜて日本画の絵の具をつくります。絵の具は今ではチューブが当たり前のように流通していますが、本来的には絵の具は油絵の具にしても何にしても自分でつくっていました。ダヴィンチもミケランジェロも、大理石の板の上で顔料を混ぜて自分たちの色をつくっていた。そこに各工房のレシピがオリジナルであったので、同じ顔料でもそれぞれの個性のある絵の具ができたのです。チューブの絵の具ができたのは産業革命以降です。だからといってチューブの絵の具がダメだという話ではなくて、あれができたおかげで印象派の人が外で描けるようになった。チューブがなかったら印象派は生まれなかったともいえます」

ラピスラズリを好んで使ったというフェルメール・ブルーも、そうやって大理石の上で生まれたのですね。

「また、固形の墨には必ず膠が使われています。墨は硯(すずり)でするので、水に溶けなきゃいけない。他の人口的な接着剤では無理なんですね。だからといって他のものだとあの形に固められない。そのふたつの条件を満たすのが、唯一膠だけなのです」

一度溶かした膠は冷蔵庫で冷やし、また湯煎で溶かして使います
一度溶かした膠は冷蔵庫で冷やし、また湯煎で溶かして使います

画材以外の使われ方もあるのですか?

「今だと様々な接着剤があるけれど、昔は強い接着剤といえば膠だったので、大工さんや家具屋さんなど幅広く使われていたそうです。ヴァイオリンの製作には今でも膠が欠かせません。ヴァイオリンは、とりわけ質の良いものになればなるほどメンテナンスすることが前提。なので、いつか剥がさなきゃいけない。その時にボンドを使っているとうまく剥がれなかったり、板についたボンドを無理に削ると痛んで音色が変わってしまう。対して膠で接着していると、お湯で溶かして剥がすことができるので、木を痛めずに修理ができます」

水溶性であること。それが膠の弱点でもあり、長所でもあるのですね。

無限の色を持つ、墨

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「ところで井上さん、墨の色って何色ですか?」
黒…ですかね。
「そう。そう思いますよね。でもね、ただの黒じゃないんです」

「中国の古い言葉で “墨には五彩がある” という言葉があります。これは5色という意味ではなくて、無限にいろんな色が出せるという意味なのです。そのこころを科学的な視点も合わせてお話していきますね」

「墨には、大きく分けると2つの種類があります。ひとつは油煙墨(ゆえんぼく)。もうひとつが松煙墨(しょうえんぼく)です。このふたつはススの採取方法が違って、油を不完全燃焼させてできたススからは油煙墨、松のチップを燃やしてできたススを集めてつくるのが松煙墨です。それぞれ油煙墨が茶墨(ちゃぼく)、松煙墨が青墨(せいぼく)とも呼ばれるように、色が違います。ススの特性で、粒子が細かいほど赤っぽく、逆に粒子が大きくなると青っぽく見える。なので、油煙墨の方が粒子が細かいというわけです。試してみましょう」(もちろん例外もあります)

こちらが油煙墨
こちらが油煙墨
こちらが松煙墨
こちらが松煙墨

実際にそれぞれの墨を試してみると、色が全然違う。この違いが粒子の大きさで生まれた違いなのですね。

「それぞれの方法で採取したススを先ほどの膠と混ぜて墨をつくっていくわけですが、膠はタンパク質なので、食べものと同じように劣化していきます。つくったばかりの墨は、粒子同志がくっついている状態だったものを膠がひとつひとつの粒子を引き剥がしてくれている状態なのですが、それが劣化してくっつき始めると、しだいに粒子が大きくなり、すなわちそれが色が変化を生みます。墨屋さんは、きちんとしたものに限りますが、墨を100年持つように設計してつくっています。100年後にこの墨がどんな色を出すのか、そこまで想定してつくっているのですね。ワインと同じように、寝かせ方ひとつで色が変わる。そこがまたおもしろい」

硯(すずり)と墨の切っても切り離せない関係

「墨には切っても切り離せない重要な道具があります。硯(すずり)です。」
そう言って見せてもらったのはたくさんの硯の原石。こんなに種類があるんですね。

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「硯は墨にとってヤスリの役目を果たします。同じ1本の墨でも、硯の目の細かさで、磨(す)った墨の感じが全然違ってきます。また、同じ石の種類でできた硯でも、天然の石を使っているのでそれぞれ個体差がありますね。硯選びは墨を扱うときにはとても重要です」

意識したことはありませんでしたが、硯もこう見ると美しいですね。

「墨とか硯は中国が発祥なのですが、もともとは字を書くための道具です。当時、字を書くことができるのは一部の特権階級の人たちだけでした。字を書く道具を持ってること自体がステータスになる時代ですね。そういった背景から、装飾としての彫り物がある硯ができたり、石の模様にこだわるようにもなりました」

たかが水、されど水

「墨にとってもうひとつ重要な要素が、水です。たかが水ですが、水ひとつで墨が変わります。ちょっと試してみてください」

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同じ墨と硯を使って、硬水と軟水、それぞれ磨ってみます。硬水の方は、カリカリと音がして、削れているような感触。軟水の方はヌルッとなめらかな感触です。

「そうなんです。ここでも膠の特徴が影響していて、硬水にはあまり膠が溶け出さない、浸透しないのでガリガリと粒子が立った墨ができあがります。濃い色がはっきりと強く出る反面、薄い色だとすすけた感じになります。それに対して軟水には膠が溶け出しやすく、潤滑油になる。硯とのあたりが柔らかくなり、出来てくる粒子もなめらかです。濃い色はあまり強く出ない代わりに、やわらかく、薄くしていくと透明感のある綺麗な色が出てきます」

「こういったところから、水は文化にも影響を与えました。墨を使って絵を描いていた作家たちは、どういう絵にしようか、色を見て描いていた。中国でも硬水の地域に住んでいた作家は力強い印象の水墨画を描き、湖のほとりに住んでいた作家はやわらかい作品を残すようになった。日本も軟水なのでやわらかい作品が多いです。水ひとつが文化に大きく影響しているとも言えます。」

「これは料理の世界でも同じで、日本でお出汁の文化が発達した理由もそこにあります。実は、同じ日本でも水質は違うのですよ。これは東京と京都を行き来しはじめて改めて実感したことなのですが、関西の方が若干軟水です。昆布だしを綺麗にとって、その旨味を殺さないように薄口の醤油で味をつける。そうして京料理が生まれたのではないでしょうか」

水は文化を考えて行く上で実は結構重要な課題なのですね。

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「墨は、ススと膠という単純な組み合わせでできているけれど、条件ひとつで色が変わる、とてもデリケートな画材です。色を出すまでにいろんな要素が関わってくるので、無限の色、五彩があるといわれるようになりました。古代からたくさんの作家たちが、単なる絵の具の黒ではない墨の奥深さに魅せられてきました」


岩泉さん、ありがとうございました。はじめてのことばかりで、とっても勉強になりました。

「せっかく “さんち” ですから、もしよかったらそれぞれのつくり手さんのところに行ってみませんか?顔料と、墨と、日本で特に発達しているといわれている筆・刷毛もぜひ見てもらいたい。ご案内しましょう」

ぜひぜひお言葉に甘えて。ということで、次回はそれぞれの工房へお邪魔することに。日本の伝統画材たちが現代でどのように生まれているのか、とても楽しみです。

伝統画材ラボ PIGMENT
東京都品川区東品川2-5-5 TERRADA Harbor Oneビル 1F
03-5781-9550
pigment.tokyo

文・写真:井上麻那巳

【金沢のお土産】落雁 諸江屋の「オトギクヅユ」

こんにちは、さんち編集部です。
わたしたちが全国各地で出会った “ちょっといいもの” を読者の皆さんにご紹介する “さんちのお土産”。今回は古都・金沢のお土産です。

加賀百万石の城下町として発展し、藩政時代には江戸や大坂、京都に次ぐ規模の大都市だったという金沢。古くから茶の湯の文化も発達し、同時に茶の湯に欠かせない和菓子の文化も育まれてきました。その中で、金沢和菓子の老舗、落雁 諸江屋(もろえや)のオトギクヅユが今回のお土産です。

左から、桃太郎、金太郎、カチカチ山、花咲か爺さん
左から、桃太郎、金太郎、カチカチ山、花咲か爺さん

落雁 諸江屋は江戸時代末期の嘉永2年(1849年)に創業以来160余年にわたり金沢の菓子文化を守ってきた、落雁を看板商品とする和菓子店。諸江屋の落雁は姿も美しく、古くから金沢の茶席を彩ってきたといわれています。落雁以外にも百万石ゆかりの菓子も多く取りそろえ、昔ながらの製法にこだわっている諸江屋。その一方で、生落雁にチョコレートを合わせたりといった現代にも愛される和菓子作りへの挑戦も忘れないという、古都金沢が誇る存在です。

“オトギクヅユ” という名の通り、箱にはおとぎ話のイラストが版画タッチで描かれています。手のひらにおさまるサイズ感も相まって、なんともレトロな味わいがかわいらしい。

箱の中の包装も愛らしい
箱の中の包装も愛らしい

中に入った粉末状の葛をあらかじめあたためておいたカップに注ぎ、熱々のお湯を少しずつ加え、ていねいに溶かします。溶けきってトロトロになったら、口の中をやけどしないようにそうっと一口。ほんのり甘い、上品な葛の風味におとぎ話のモチーフをかたどったあられがかわいらしいです。もともと落雁がルーツの諸江屋らしく、すっきりとしたシンプルな甘みがおなかにも心にもやさしいお味。

葛湯は栄養価が高く、身体があたたまると言われています。まだまだ寒いこの季節、北国の一杯であたたかく過ごしてください。

ここで買いました

落雁 諸江屋
石川県金沢市野町1-3-59
076-245-2854
moroeya.co.jp

文・写真:井上麻那巳

二〇一七 弥生の豆知識

こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱久美です。
連載「日本の暮らしの豆知識」の3月は旧暦で弥生のお話です。弥生の由来は、「弥生(いやおい)」が変化したものと言われています。「弥」は「いよいよ」という意味、「生」は生い茂ると使われるように、「草木が芽吹く」ことを意味します。草木がいよいよ芽吹く月という意味ですね。

そんな旧暦3月は、他にも「桜月」「早花咲月」「花見月」など、花に関連した異称も多く、桃やスミレ、沈丁花など春の花が次々と咲き始めます。そこまで花を愛でるタイプではない私でも、近所の庭先に花が増えてくるとちょっと足をとめて眺めたりします。また3月下旬にもなると、関東あたりでは桜も開花し、待ちに待ったお花見シーズンですね。暖かい日差しと穏やかな春風に誘われて、お散歩やピクニックに出る機会も増えるのではないでしょうか。

今回、ご紹介する暮らしの道具は、そんな春のお出かけに持っていきたい「コリヤナギのバスケット」です。作られているのは、兵庫県豊岡市の女性の職人さん。なんと材料のコリヤナギも自ら育てていらっしゃいます。

豊岡は、千年もの伝統をもつ鞄の産地で、奈良時代から始まる柳細工を起源とし、江戸時代には柳行李生産の隆盛をむかえ、大正以降は新素材の開発とミシン縫製により、鞄の生産地となりました。兵庫県鞄工業組合が定めた基準を満たす企業が生産し、審査に合格すると「豊岡鞄」として認定されるという厳しい管理の下、地域ブランドとしての価値を高めています。

そして、豊岡鞄の起源である柳行李を改めてブランドとして掲げた「豊岡柳」は、非常に希少ではありますが、今も尚栽培されているヤナギコリを、技術を継承する職人と、現代の鞄を生産する企業が共に発信することで、現代の生活に残しています。

柳と聞くと、枝を垂れる柳を思い浮かべますが、コリヤナギは大地から天を仰ぐように真っ直ぐに育ちます。肥沃な土壌の豊岡で育つコリヤナギは昔から品質が高いと言われています。
春からスクスク育てて年末に刈り取り、冬ごもりを経て4月頃にようやく加工が出来る状態になるそうです。そして下処理はまだ続き、1本1本皮を剝ぎ、川で綺麗に洗って、風通しの良い場所で干すといよいよ編み始めることが出来ます。なんと気の遠い作業……

このコリヤナギで作る、伝統的工芸品の代表作ともいえるのは「飯行李」。これに入れると、通気性に富むのでおひつのご飯のように美味しいおにぎりがいただけます。
また、今回のバスケットは鞄の産地ならではのアイテム。江戸時代の柳行李は、荷物を入れて運搬するのに使われていた、まさに現代の鞄です。明治の頃には、柳行李に革の持ち手が付いて鞄の形に発展し、更に製法も応用されてバスケット型も作られるようになりました。
この形、私もですが懐かしいと思われる世代がありそうです。現皇太子が子供の頃に愛用され「なるちゃんバスケット」と呼ばれ、多くの幼稚園で採用された経緯があります。素材やデザインは異なりますが、「大正バスケット」と呼ばれ当時大流行した、蓋付きカゴも数多く豊岡で作られていたそうです。

幼稚園児にはお弁当が入るくらいの小さなサイズが適当ですが、もう少し容量のある大人サイズで、中にも生地を貼って頂き、使いやすい仕様にお誂えをしました。
素材としては軽いのですが、しっかり編みこまれていてとても丈夫です。何十年と大事に使って、経年変化も楽しみたいと思います。(あとは姪っ子に譲りましょう。)
このバスケット、実は家で収納カゴとして使っており、まだ外出時に使えていません。カゴにお弁当や水筒を入れてピクニックに行くことに憧れたまま、未だ実現出来ずにおります。まずはピクニックの予定をたてて、今年は「なるちゃんバスケットのピクニック」を実現させたいとひそかに願う、弥生の暮らしの道具です。

<掲載商品>
問い合わせ先:japan source
コリヤナギのバスケット

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文・写真:細萱久美

雪を愛でる、日本の雪柄手ぬぐい

こんにちは。さんち編集部の杉浦葉子です。
この冬の、のこり雪を楽しむ「雪・雪・雪」企画。前回は、加賀の片山津で「中谷宇吉郎 雪の科学館」を訪れ、雪の結晶をたくさん満喫してきました。あれからどうにも、雪柄が気になって気になってしょうがない。今回は、日本の各地でつくられている手ぬぐいの中から、雪柄のものを探してみました。手ぬぐいは夏のイメージがあるでしょうか?この季節、雪柄の手ぬぐいを持って温泉なんていかがでしょう。雪見露天風呂気分になれるかもしれません。

260年の歴史を刻む「越後亀紺屋 藤岡染工場」の雪市松

新潟県・阿賀野市(旧水原町)で江戸時代にあたる寛延元年(1748年)に創業し、現在は8代目。さまざまな染めの技術を持つ「越後亀紺屋 藤岡染工場」の手ぬぐいは、「注ぎ染め」という技法でつくられています。型を起こし、布に重ねて糊を置き、そこに何度も染料を注いで、最後にバシャバシャとのりを落とす。時間をかけて仕上げた布は、しなやかな風合いに。こちらの雪柄は「雪市松」。伝統の市松模様に雪をイメージしたモチーフは、濃紺できりりと引き締まる伝統の色に染め上げられています。

老舗の安心感と確かな技術を感じさせるデザイン。
老舗の安心感と確かな技術を感じさせるデザイン。
シンプルな幾何学模様に、やさしい雪の華。お花のようにも見えます。
シンプルな幾何学模様に、やさしい雪の華。お花のようにも見えます。

地元の老舗とコラボした「hickory03travelers」の雪模様

「日常を楽しもう」というコンセプトで、さまざまなモノやコトをつくりだしている新潟の「hickory03travelers(ヒッコリースリートラベラーズ)」。新潟の老舗や伝統工芸品、地元のお店などとのコラボ商品も多く、新潟だからできることや、人と人とのつながりを大切に活動しています。実は、ひとつめにご紹介した「越後亀紺屋 藤岡染工場」と「hickory03travelers」とのコラボ商品が、こちらの雪模様の手ぬぐい。染工場の若い職人さんと一緒に、伝統ある文化を残したいという思いでデザインされたそう。同じ土地に住み、同じ志をもってつくられた手ぬぐいには、新潟愛が詰まっています。

「越後亀紺屋 藤岡染工場」の帯をまとった「hickory03travelers」の雪模様。
「越後亀紺屋 藤岡染工場」の帯をまとった「hickory03travelers」の雪模様。
柔らかなタッチの雪の結晶は、ほっこりあたたかい雰囲気。
柔らかなタッチの雪の結晶は、ほっこりあたたかい雰囲気。

種から育てた藍で染める「藍色工房」の藍染雪花

徳島県山川町は、日本で最初に藍を産業的に栽培した町といわれています。「藍色工房」は、伝統の阿波藍を残すために自ら農園で藍を育て、藍を生かしたものづくりを続けてきた工房です。しかし、この山川町の藍農家としてはなんと最後の1軒。徳島県全体では10年前まで90軒あった藍農家も今や30軒ほどに減少。藍は日本人が大好きな色ですが、農家の現状はとても厳しいものになっているのだそう。そんな貴重な種から育てた藍を使い、有松絞りの細やかな手仕事で布いっぱいに雪花の模様を染めた藍染手ぬぐいです。天然の藍がつくる色あいには、凛とした透明感があるように思います。

約400年も前から愛知県の有松に伝えられる「有松絞り」の技法で染められた雪花。
約400年も前から愛知県の有松に伝えられる「有松絞り」の技法で染められた雪花。
生地は「伊勢木綿」。やわらかな糸で織られた生地は使い込むほどに風合いが増すのだそう。
生地は「伊勢木綿」。やわらかな糸で織られた生地は使い込むほどに風合いが増すのだそう。

庶民の粋を守り続ける「戸田屋商店」の雪輪・雪だるま

東京日本橋で創業して140余年。手ぬぐいや浴衣など、日本の文化に欠かせない庶民の粋と伝統を守り育ててきたという「戸田屋商店」。手ぬぐいは鎌倉時代に誕生し江戸時代に広く普及したといわれていますが、近年では歌舞伎や舞踊の世界にも深く関わりがあることから、こちらでは「梨園染(りえんぞめ)」として知られています。梨園染の特色は「注染」であることと、その生地を独自に織っていることで、晒木綿の上質さも自慢なのだそう。職人の経験と技で染められた生地は、柄がくっきり生き生きと浮き出しています。

雪の結晶に見られる六角形の輪郭を意匠化した「雪輪」は、桃山時代の能衣装などによく見られた文様。よく見ると、地がほんのりとぼかし染めされていて深みのある色合いに。
雪の結晶に見られる六角形の輪郭を意匠化した「雪輪」は、桃山時代の能衣装などによく見られた文様。よく見ると、地がほんのりとぼかし染めされていて深みのある色合いに。
こちらは可愛い「雪だるま」。雪合戦や雪だるまづくり、子どもの頃は手が冷たくなるのも気にせずに遊びました。
こちらは可愛い「雪だるま」。雪合戦や雪だるまづくり、子どもの頃は手が冷たくなるのも気にせずに遊びました。
何か、もの言いたげな雪だるまくん、海苔を貼ったようなおにぎり顏がチャーミングです。
何か、もの言いたげな雪だるまくん、海苔を貼ったようなおにぎり顏がチャーミングです。

作り手への思いを込めた「あひろ屋」の六花・斑雪

「あひろ屋」は、野口由(のぐち・ゆき)さんが営む手ぬぐい屋さん。野口さんはちょっと面白い経歴をお持ちで、10代で着物の手描き友禅に携わったあと、自営業、会社勤めなどを経て(当時、会社にいながら)立ち上げた手ぬぐい屋が「あひろ屋」でした。野口さんがデザインし、日本各地の染工場さんで染めています。手ぬぐいづくりには染工場だけでなく、型紙屋さんや糊屋さん、生地屋さんなどそれぞれの技術が欠かせません。野口さんとつくり手の思いが込められた「あひろ屋」の手ぬぐい。今回の雪柄は浜松の染工場さんが「注染」で染めているものです。

一つとして同じ形はないといわれる雪の結晶「六花(りっか)」。白銀の世界を思わせます。
一つとして同じ形はないといわれる雪の結晶「六花(りっか)」。白銀の世界を思わせます。
「斑雪(はだれ)」は、降りつもった雪が消え残り、まだらになったもの。春先に溶けゆく儚い雪模様です。
「斑雪(はだれ)」は、降りつもった雪が消え残り、まだらになったもの。春先に溶けゆく儚い雪模様です。
地色のブルーの濃淡に白い雪がうつくしく浮かびあがります。(※2017年2月入荷分から、仕様変更により部分ぼかしは無くなります)
地色のブルーの濃淡に白い雪がうつくしく浮かびあがります。(※2017年2月入荷分から、仕様変更により部分ぼかしは無くなります)

広重の世界観を手ぬぐいに「広重美術館」の雪

最後にご紹介するのは山形県天童市の「広重美術館」のオリジナル手ぬぐい。江戸時代後期、江戸で有名な浮世絵師であった歌川広重(1797~1858)は、縁あって天童織田藩のために肉筆画を描いたのだそうです。広重の生誕200年にあたる1997年、天童に誕生した広重美術館。その10周年を記念して制作した手ぬぐいは、まさにしんしんと降り積もる雪をあらわしたもの。「広重が描く雪は、周りのすべてを静寂に包むような趣があり、雪国に住む私たちにとってもなじみ深く、しみじみと共感できます。」と、副館長の梅澤さんが教えてくださいました。「広重ブルー」とも称されるという、独特の美しい藍色のぼかし。手ぬぐいの上に広重の世界が広がります。

畳まれていると、一見、水玉模様のようにも見えますが・・・。
畳まれていると、一見、水玉模様のようにも見えますが・・・。
広げると一気に雪景色!しんしんと降り積もる雪の様子が「広重ブルー」によって、より白くうつくしく感じられます。右下には「広重美術館」のマークが染め抜かれています。
広げると一気に雪景色!しんしんと降り積もる雪の様子が「広重ブルー」によって、より白くうつくしく感じられます。右下には「広重美術館」のマークが染め抜かれています。

ひとことに雪柄手ぬぐいといえど、その産地やつくられた経緯、素材や技法もさまざまです。しかし雪の意匠を手ぬぐいの上に表現したいと思わせたのは、やはり雪が持つ魅力のせいでしょうか。ときには結晶、ときには雪玉、雪だるま。あたたかな春が来ると溶けてなくなってしまうのも、また一層愛おしいものです。
さてさて、雪への思いはますます募るばかり。次回は、雪の和菓子をご紹介します。春が来るその前に、もうしばらく雪道楽におつきあいくださいませ。

<取材協力>
「越後亀紺屋 藤岡染工場」
http://kamekonya.com

「hickory03travelers」
http://www.h03tr.com

「藍色工房」
http://aiironet.com

「戸田屋商店」
http://www.rienzome.co.jp

「あひろ屋」
http://www.ahiroya.jp

「広重美術館」
http://www.hiroshige-tendo.jp

文・写真:杉浦葉子

デザインのゼロ地点 第1回:醤油差し

はじめまして。THEの米津雄介と申します。
THE(ザ)は漆のお椀から電動自転車まで、あらゆる分野の商品を開発するものづくりの会社です。例えば、THE JEANSといえば多くの人がLevi’s 501を連想するような、「これこそは」と呼べる世の中のスタンダード。THE〇〇=これぞ〇〇、といったそのジャンルのど真ん中に位置する製品を探求しています。

ど真ん中というのは市場にある製品の平均点という意味ではありません。世の中には様々なデザインの製品がありますが、それらを選ぶときに基準となるべきもの、その製品があることで他の製品も進化していくようなゼロ地点、つまり本来在るべきスタンダードはどこなのか?といったことを考えようという試みです。

今日から月に1回、「デザインのゼロ地点」と題して、世の中の様々な製品のゼロ地点を探す旅にお付き合い頂けたらと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

さて、第1回目のお題は「醤油差し」。
器やカトラリーのように食卓で目立つ存在ではありませんが、日本であればどこの家にも1つはあると思います。ところがひとたび買おうと思うと、インテリアショップから量販店や100円ショップまで、材質も陶磁器やガラス、プラスチックなど、選択肢が多くて困ってしまいます。
商品を選ぶ、または開発するとき、僕らは5つの項目で評価をしています。

「形状」「歴史」「素材」「機能」「価格」

商品はこの5項目がそれぞれ密接に絡み合って出来ています。例えば、機能から生まれた形状だったり、歴史的背景のある素材だったり。
そんなことを考えながら、醤油差しの世界を覗いていきましょう。

醤油が生まれた経緯は諸説ありますが、文献上で歴史を辿ると700年代には既に醤油を扱う「主醤」という職業名があったとされています。
当然、保管や輸送方法もその時代背景によって大きく変わっています。
江戸時代より前は甕(かめ)による保管が一般的で、江戸時代に入り醤油が工業的に生産されるようになったタイミングで、割れやすく重かった甕から丈夫で軽い杉樽に変わったと言われています。このころ一般の人々は徳利や壺などを持って醤油を買いに行き、自宅でそのまま保管したり自宅用の甕に移し替えたりしていたそうです。

しょうゆ徳利(とっくり)ともに野田市郷土博物館所蔵
しょうゆ徳利(とっくり)ともに野田市郷土博物館所蔵
コンプラ瓶 キッコーマン国際食文化研究センター所蔵
コンプラ瓶 キッコーマン国際食文化研究センター所蔵
結樽(ゆいだる)キッコーマン国際食文化研究センター所蔵
結樽(ゆいだる)キッコーマン国際食文化研究センター所蔵

明治を経て大正時代にはガラスの自動製瓶機が普及し、醤油の保管や輸送もガラス瓶が一般的になります。おなじみのキッコーマンが会社として設立されたのが大正6年。その後間もなく一升瓶入りで販売を開始していたそうです。

キッコーマンしょうゆ1.8L瓶
キッコーマンしょうゆ1.8L瓶

つまり、醤油の輸送は陶製から木製へ、そして家庭用容器は陶製からガラス製へと歴史的背景によって形状や素材を変えてきました。

では食卓の醤油差しはどのような系譜を辿ったのでしょうか。
磁器の醤油差しの名品、白山陶器の「G型しょうゆさし」は1958年(昭和33年)の発売。森正洋さんがデザインしたこの醤油差しは今でも多くの人に愛されています。

陶製の醤油差しいろいろ
陶製の醤油差しいろいろ

「G型しょうゆさし」が生まれた3年後の1961年(昭和36年)、日本人なら誰もが知っているであろう赤いキャップの「キッコーマンしょうゆ卓上びん」が誕生します。それまで大きな瓶で買って自宅の醤油差しに移し替えていた醤油を、買った状態でそのまま食卓に置くことができるデザインに変えたのは、当時20代だったキッコーマンの商品開発者と、後に日本の工業デザイン界の第一人者と呼ばれることになる榮久庵憲司さん(同じく当時20代!)でした。
ガラスで中身が見えることや、液だれしにくいという機能、そして商品パッケージとしての役割を果たすこの「キッコーマンしょうゆ卓上びん」は発売から50年で4億本以上販売し、今では海外でも人気を博しています。

 キッコーマン「しょうゆ卓上びん」1961年〜 倒れにくさや手で持つ仕草を考慮してデザインされた。パッケージとしての価格帯にも関わらず、液だれしにくい構造にチャレンジし、実現しているのは本当に素晴らしい!
キッコーマン「しょうゆ卓上びん」1961年〜

倒れにくさや手で持つ仕草を考慮してデザインされた。パッケージとしての価格帯にも関わらず、液だれしにくい構造にチャレンジし、実現しているのは本当に素晴らしい!

さらに近年では、液だれしないことや量の調節がしやすい利点のあるスプレー式や、1滴1滴垂らすことのできるスポイト式、セラミックとシリコンを組み合わせたもの、パッケージ容器では「ヤマサ 鮮度の一滴」から始まった2重構造の真空ボトルなど、プラスチック製を筆頭に安価で機能的な製品も数多く発売されています。

ポーレックス「セラミックしょうゆ差し」 ボトル部分はセラミック、口元がシリコンで出来ている。シリコンはガラスや磁器に比べて液体に対する摩擦係数が高いのか、かなり液だれしにくい。磁器の質感の良さと液だれ防止機能がうまく両立している。
ポーレックス「セラミックしょうゆ差し」

ボトル部分はセラミック、口元がシリコンで出来ている。シリコンはガラスや磁器に比べて液体に対する摩擦係数が高いのか、かなり液だれしにくい。磁器の質感の良さと液だれ防止機能がうまく両立している。

 スプレー式の容器 便利ですが「お醤油らしさ」に欠けてしまい、使うのは少し抵抗があるかも!?
スプレー式の容器

便利ですが「お醤油らしさ」に欠けてしまい、使うのは少し抵抗があるかも!?

 ヤマサ「鮮度の一滴」2009年〜 醤油差し、とは呼べないかもしれませんが、開封後もほぼ真空状態を保ち酸化を防ぐ、という逆止弁を使ったパウチ容器は画期的でした。最近の新商品は180日間も鮮度を保つとのこと!
ヤマサ「鮮度の一滴」2009年〜

醤油差し、とは呼べないかもしれませんが、開封後もほぼ真空状態を保ち酸化を防ぐ、という逆止弁を使ったパウチ容器は画期的でした。最近の新商品は180日間も鮮度を保つとのこと!

キッコーマン「いつでも新鮮シリーズ」ボトルタイプ 2011年〜 キッコーマンはプラスチック製の逆止弁付きの2重構造ボトルを開発し、密封状態を保つ商品を発売。中身が減っても外観形状は変わらず、内側の袋状の容器が醤油の量に応じて収縮する。前述の卓上しょうゆ瓶の進化版といっても良いかもしれません。
キッコーマン「いつでも新鮮シリーズ」ボトルタイプ 2011年〜

キッコーマンはプラスチック製の逆止弁付きの2重構造ボトルを開発し、密封状態を保つ商品を発売。中身が減っても外観形状は変わらず、内側の袋状の容器が醤油の量に応じて収縮する。前述の卓上しょうゆ瓶の進化版といっても良いかもしれません。

こうして市場の様々な製品の遍歴を振り返ってみると、醤油差しのデザインのゼロ地点はどこにあるべきか、といったことがある程度見えてきます。

僕らの考えたゼロ地点の条件は、

・液だれしないこと
・倒れにくいこと
・醤油の容器だと認識しやすいこと
・中に入っている量が認識できて、安心して差せること
・鮮度を保ってくれること

これらをできるだけ満たしていること。

そう考えるとキッコーマンの「卓上しょうゆびん」は鮮度の面は譲りますが50年以上前から変わらないデザインで醤油差し業界のゼロ地点を担ってきたような気がします。

近年、環境配慮から商品パッケージも簡易包装化が進み、2重構造ボトルの普及に伴って国内の売場では「卓上しょうゆびん」を見かけることが少なくなってきました。もちろん包装資材削減は素晴らしいことですが、一方で醤油にまつわる食卓の風景が少しずつ減っている気がして、少し寂しい気持ちにもなります。

そんなことを想いながら、僕らの考えるゼロ地点に程近いものを、江戸時代創業の老舗ガラスメーカー・石塚硝子さんと作りました。

その名もTHE醤油差し。
こちらも是非ご覧頂けたら幸いです。

醤油差しのデザインのゼロ地点、如何でしたでしょうか?
次回もまた身近な製品を題材にゼロ地点を探ってみたいとおもいます。
それではまた来月、よろしくお願い致します。

<写真提供>
野田市郷土博物館
キッコーマン株式会社
ジャパンポーレックス株式会社
ヤマサ醤油株式会社
(掲載順)

米津雄介
プロダクトマネージャー / 経営者
THE株式会社 代表取締役
http://the-web.co.jp
大学卒業後、プラス株式会社にて文房具の商品開発とマーケティングに従事。
2012年にプロダクトマネージャーとしてTHEに参画し、全国のメーカーを回りながら、商品開発・流通施策・生産管理・品質管理などプロダクトマネジメント全般と事業計画を担当。
2015年3月に代表取締役社長に就任。共著に「デザインの誤解」(祥伝社)。


文:米津雄介

2月14日に贈る 日本一の靴下

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

たとえば1月の成人の日、5月の母の日、9月の敬老の日‥‥日本には誰かが主役になれるお祝いの日が毎月のようにあります。せっかくのお祝いに手渡すなら、きちんと気持ちの伝わるものを贈りたい。この連載では毎月ひとつの贈りものを選んで、紹介していきます。

連載第2回目のテーマは「バレンタインに贈るもの」。愛を伝える日、贈るものの定番は何と言ってもチョコレートですが、実はヨーロッパでは、恋人探しにあるアイテムの力を借りる風習があるそうです。それは靴下。男性が女性と話しながら脚を組み、チラリと靴下を見せたらそれは彼女を愛しているサイン。値段も手頃で何足あっても困らないので、異国のお話にあやかって贈りものにするのもいいかもしれません。

そんなわけで2月の贈りものは靴下に決定。今日は靴下を編み続けて生産量日本一の奈良県に、贈りものにぴったりの靴下を探しに行きましょう。最近は履く人や季節、目的に合わせて様々なタイプの靴下が作られているようですよ。

———

奈良県の靴下生産量は国内シェア約34%(平成24年統計)で全国第1位。ソックス丈に限ればなんとシェア率約56%(同上)にものぼります。県内では北西部の大和高田市、広陵町、香芝市一帯にその生産が集中。もともと綿織物の産業が発展していたこの一帯に、明治に靴下の編み立て機が持ち込まれ、次第に農家の閑散期の副業として靴下作りが広まっていったそうです。

そんな日本一の靴下産地の技術を生かして商品開発をしている靴下ブランドがあります。奈良の県番号から名前を取った「2&9(ニトキュウ)」。ブランド名の示す通り、商品づくりを奈良県内の靴下工場に限定。「しめつけないくつした」「ぬげにくいくつした」など機能や履き心地を追求した靴下を、県内の各メーカーさんとオリジナルで開発しています。2&9のアイテムを例に、日本一の靴下産地ならではの個性豊かな靴下をいくつか追ってみましょう。

しめつけないくつした

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ストレッチ性の強い糸を極力使わずに、細い糸を2本合わせて編むことで足をしめつけないように作られた靴下。通常履き口に入るゴム糸をあえて少し低い位置に入れることで、ずり落ちを防ぎならゴム跡がつきにくい仕様に。昨年11月にさんちが取材した御宮知靴下さんと何ヶ月も試作を繰り返したという、2&9のデビューアイテムにして一番の人気シリーズです。

ぬげにくいくつした

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靴の中でするんと脱げてしまいがちなフットカバー。スポーツソックスを得意とし、世界的な大手スポーツブランドの靴下も手がける株式会社キタイさんと「どうしたらぬげにくくなるか」を研究して生まれました。2cm刻みの細かなサイズ対応や足の形にフィットするポケット状のかかとなど、キタイさん最新の立体成型技術を駆使して作られています。「もっとぬげにくくなりました」と自信を持って改良版の「2」を新たに出すところに、メーカーさんと一対一で商品開発をしているファクトリーブランドらしさを感じます。

におわないくつした

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インパクト大なネーミングの靴下には、越前和紙のふるさと福井県産の和紙繊維が編みこまれています。綿に比べて吸水性が高く匂いを分解する効果がある和紙繊維は、消臭・抗菌に優れ丈夫なので、何と宇宙滞在用の服にも採用されているそう。和紙繊維が靴下の内側で水分量を調節して、蒸れにくくさらりとした履き心地を保ってくれます。父の日にも人気が高いそうです。

しめつけるくつした

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「しめつけないくつした」の逆を行く「しめつけるくつした」は、足首に強めの圧をかけ、ふくらはぎにかけて圧がゆるやかになる構造。血の流れをサポートしてむくみを防いでくれます。土踏まず部分にはゴム糸が入っていて、足裏を刺激して足の疲れを和らげてくれるそうです。敏感肌の人でも履きやすいよう、糸は人間の皮膚に近く蒸れにくい絹糸が採用されています。立ち仕事をしている女性に人気があるそうで、バレンタインを機会にお世話になっている女性に贈るのもいいかもしれません。

山を登るくつした

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その名の通り、山登りやハイキングの足元を考えて作られた靴下。疲れとともに指先が上がりづらくなるのを、つま先立体構造が助けてくれます。足袋型なのは親指に力を入れやすいように。生地は長時間の歩行による足の疲れを和らげるよう、クッション性のあるパイル編み。春先のお出かけシーズンに向けて「一緒に行こう」と贈ったら、先の楽しみがひとつ増えそうですね。

足の形は人によって千差万別。合わせる靴や体調によってもコンディションが変わります。だから「機械に合わせて靴下を作るというより、靴下に合わせて機械をセッティングします」とは、以前さんちでご紹介した御宮知靴下さんの工場長、山下さんの言葉。その時工場に伺って感じたのは、糸の素材、太さ、編み方、デザイン、作る機械など、靴下は無数の条件のかけ算で作られている、ということでした。一つひとつの条件を変えていくことで、全く顔の違う靴下が生まれる。それはひとえに履く人を思ってこそ。

大切な人の足元を包むもの。ぜひ、贈る人を想いながら「これ!」というひと品を見つけてみてくださいね。

<掲載商品>
2&9商品一覧
しめつけないくつした
ぬげにくいくつした
におわないくつした
山を登るくつした


文:尾島可奈子

※掲載商品は、2017年2月時点のものです。