漆器屋と紙メーカーが作る「ポチ袋」?異色コラボの理由は“北陸”にあり

冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸では、独自の風土がさまざまな工芸技術を育んできました。

そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(りんあんどこー)。

漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。

RIN&CO.
RIN&CO.
RIN&CO.
RIN&CO.

今回は「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんとともに、プロダクトの製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。


*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」

紙漉きから加工まですべて行う会社

今回ご紹介するのは、越前和紙でつくられたポチ袋。

RIN&CO. ポチ袋
色は4色。柄は5種類あります

ポチ袋はお子さんにはもちろん、大人同士でもちょっとしたお礼やお心づけに使える便利なアイテムの一つです。

和紙ならではの少しざらざらした手触りにやわらかい色合い、そしてワンポイントのイラストが目を引きます。

おめでたい意味が駄洒落に込められています
フグのイラストは「福」、昆布は「よろこぶ」、伊予柑は「いい予感」など、おめでたい意味が駄洒落に込められています
 RIN&CO.

この商品を手がけているのは、福井県越前市のTAKIPAPER(瀧株式会社)。

TAKIPAPER

1500年以上続く越前和紙の産地で、紙漉きから印刷、加工まで一貫生産を行う会社です。

越前和紙をメインに封筒や名刺、貼り箱、ちぎり和紙のラベルなど、多種多様な紙製品を受注生産。

よく目にする表彰状もここでつくられています
よく目にする表彰状もここでつくられています
和紙の封筒や葉書は人気商品の一つ。オリジナルのデザインにも対応しています
和紙の封筒や葉書は人気商品の一つ。オリジナルのデザインにも対応しています

TAKIPAPERの創業は、美術や工芸に使われる「揉み紙」の生産からスタート。

揉み紙には手作業で揉んだ和紙に裏紙を張り合わせる工程があり、機械を導入しながら試行錯誤していきました。

「意外かもしれませんが、当社で紙漉きをはじめたのは創業からしばらく経ってのことなんです。糊を張り合わせる機械から次は印刷の機械も入れようか、紙も自社で漉こうか、と設備を整えているなかで、すべての工程を自社で行うようになりました」

と語るのは、TAKIPAPER3代目の滝道生(たき・みちお)さん。

TAKIPAPER3代目の滝さん
TAKIPAPER3代目の滝さん

TAKIPAPERのように、製紙から印刷、加工まで手がけている会社は和紙の産地のなかでも珍しく、全国各地から寄せられる幅広いニーズに応えています。

圧倒的な和紙のノウハウ

越前和紙のポチ袋はどのように誕生したのでしょうか。「RIN& CO.」を立ち上げた内田さんに聞いてみました。

「私は越前市の隣、鯖江市で漆器をつくっていますが、TAKIPAPERさんの技術の高さは、ものづくりのジャンルは違えど噂に聞いていました。まずは越前和紙でどんなものをつくることができるのか。そこから滝さんに相談したんです」

「RIN&CO.」を立ち上げた内田さん(左)
「RIN&CO.」を立ち上げた内田さん(左)

内田さんが訪れた時のことを滝さんも振り返ります。

「北陸のさまざまな工芸がコラボレーションしていく、というブランドのコンセプトを聞いてワクワクしましたね。さまざまな和紙の製品を手がけていますが、普段、うちの名前が表に出ることはほとんどありません。そういう意味でも、産地が活気づく取り組みだなと感じています」

「漆器を手がける内田さんが立ち上げたのも面白いなと思いました」と滝さん
「漆器を手がける内田さんが立ち上げたのも面白いなと思いました」と滝さん

とはいえ、越前当初はほとんど和紙について知らなかったという内田さん。滝さんとの商品づくりのなかで技術やその背景を教わり、次第に越前和紙の奥深さを感じていったそう。

「このあたりは山々に囲まれている雪深い土地。だからこそ、豊富な雪解け水があり、越前和紙の産業が栄えていったことを知りました。北陸の風土がものづくりを支えてきた背景は、和紙も漆器もも同じだなと感じましたね」

内田さんと滝さん

TAKIPAPERの膨大なサンプルを見せてもらいながら、打ち合わせを重ねること数回。次第に内田さんのなかで少しずつあるコンセプトが見えてきました。

「越前和紙は1500年もの長い歴史のなかでも、『奉書紙(ほうしょがみ)』という身分の高い人に送られる公文書として使われてきました。大切な人に伝える・贈るコミュニケーションツールとして、和紙の価値を今の時代にも伝えたい。そんな思いもあり、ポチ袋をつくってみることになりました」

ポチ袋といっても、和紙の種類や加工、印刷方法など選択肢は無限大。

滝さんのこれまでのノウハウから、越前和紙の良さを引き出せる紙質や印刷方法などを吟味していきました。

ポチ袋の紙は、中身が透けないよう少し厚みのある紙を選択。紙を漉いた時にできる漉目(すのめ)をあえて出し、和紙らしさを表現
ポチ袋の紙は、中身が透けないよう少し厚みのある紙を選択。紙を漉いた時にできる漉目(すのめ)をあえて出し、和紙らしさを表現

「漉目のある凹凸の和紙に美しく印刷するのは簡単ではありません。協力会社と連携を取りながら、その都度最適な印刷方法を選択しています」と、滝さん。

色ムラが少なくなるよう、印刷しやすい配色同士で版を作る工夫も
色ムラが少なくなるよう、印刷しやすい配色同士で版を作る工夫も
印刷した和紙をポチ袋の型に抜く打抜機
印刷した和紙をポチ袋の型に抜く打抜機
ポチ袋の形に沿って切り目をつけているところ
ポチ袋の形に沿って切り目をつけているところ

TAKIPAPERでは機械の加工だけでなく、最後の仕上げは人の手によって行われます。

「どんなに機械やコンピュータが発達しても、人の手に勝る価値はない」と語る滝さん。

和紙の切り取りや貼り合わせなど、多くの人によるきめ細やかな作業が商品の品質につながっているのです。

不具合がないか目視しながら、丁寧に和紙を外していきます
不具合がないか目視しながら、丁寧に和紙を外していきます

越前和紙の良さとは

滝さんが考える越前和紙の魅力とは何なのでしょうか。

「和紙の良さは、“佇まい”だと思っています。同じポチ袋をつくるのも、和紙と上質紙やコート紙ではまったく仕上がりは異なります。商品を通じて和紙ならではの質感や風合いを感じてもらいたい。そのためにも、私たちは品質の確かなものをつくり続けるだけです」

ポチ袋の和紙を持つ滝さん

長年培われてきた技術と人の手により誕生した越前和紙のポチ袋。

親しい人の喜ぶ姿を思い浮かべながら、あなたならポチ袋にどんな思いを込めますか。

 RIN&CO.

文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店

<掲載商品>
RIN&CO.「越前和紙 ポチ袋」
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639669827/

<取材協力>
TAKIPAPER(瀧株式会社)
福井県越前市岩本町2-26
http://www.takipaper.com

洋食やスイーツも似合う漆器「RIN&CO.」の硬漆シリーズが気軽に使える理由

冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸では、独自の風土がさまざまな工芸技術を育んできました。

そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(りんあんどこー)。

漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。

RIN&CO.
RIN&CO.
RIN&CO.
RIN&CO.

今回は「RIN&CO.」の第一弾として発表されたプロダクトをご紹介。製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。


*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」

洋食器の佇まいを持つ漆器

今回ご紹介するのは、漆器の技術を使った「硬漆シリーズ」。

「RIN&CO.」硬漆シリーズ

見た目は洋食器そのもの。これが漆塗り?と思わず疑ってしまうほどです。繊細な色合いで大小さまざまなサイズがあり、どんなシーンで使おうかと想像がふくらみます。

この商品を手がけるのは、越前漆器の産地、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区で、200年以上の歴史を持つ漆器の老舗、漆琳堂(しつりんどう)。

漆琳堂
1793年創業の漆琳堂
1793年創業の漆琳堂

代表の内田徹さんは、「RIN&CO.」を立ち上げたご本人でもあります。

漆琳堂8代目の内田徹さん
漆琳堂8代目の内田徹さん

「漆器を購入する人は50代以上の方がほとんどで、“敷居が高い”“手入れが大変”と思われることも多かったんです。もっと幅広い世代に漆器を使ってもらいたいという想いから、今回のプロダクトを考えました」

RIN&CO.

「漆器というとお椀のイメージがあるかもしれません。しかし、硬漆シリーズでは和食器に多い『高台』(お椀の底につけられた輪状の台)をつけず、現代の食生活にも合うよう、シンプルでこれまでの漆器にはない形状を目指しました」

このように、通常の漆器は高台が付いているのが一般的
このように、通常の漆器は高台が付いているのが一般的
こちらが硬漆シリーズのうつわ。洋食器を思わせるデザイン
こちらが硬漆シリーズのうつわ。洋食器を思わせるデザイン

色も定番の赤と黒だけでなく、青、グレー、ピンクなど全10種類。

例えば同じ青でも、数えきれないほどのカラーバリエーションから試作を重ね、どんな料理も引き立つような色を選んでいったそう。

重ねるとグラデーションのようになり、色の美しさが際立ちます
重ねるとグラデーションのようになり、色の美しさが際立ちます

塗りは一つひとつ職人の手作業によるもの。よく見ると、器の表面に独特の筋が入っています。

刷毛目の美しさが際立つ「RIN&CO.」硬漆シリーズ

「これは刷毛目 (はけめ) という、漆を塗った時の刷毛の跡なんです。

通常の漆器は“真塗り”といって刷毛の跡が目立たないように漆を塗りますが、ツルツルして光沢がある分、指紋や傷が目立ちやすいのが難点。しかし、硬漆シリーズではあえて刷毛目を残すことで、凹凸により指紋や傷がつきにくくなっています」

RIN&CO. 刷毛目の美しさが際立ちます
刷毛目の美しさが際立ちます

塗師の手の跡が器に刻まれる

工房にお邪魔すると、ピンと張り詰めた空気のなか、漆塗りの職人である「塗師(ぬし)」がまさに漆器の塗りを行っている最中でした。

漆琳堂では内田さんのほかに4名の塗師が塗りを手がけています
漆琳堂では内田さんのほかに4名の塗師が塗りを手がけています
RIN&CO.

通常、漆器は木の器に漆を塗る準備をする「下塗り」、漆器の土台となる「中塗り」、仕上げの「上塗り」と漆を重ねていきますが、硬漆シリーズでは刷毛目をより際立たせるため、磨いた状態の器に直接上塗りを施していきます。

刷毛目を残す伝統技法は、上塗りのなかでもとても高度な技術だそう。

「刷毛の筋が少しでもブレると塗り直しになります。力加減も常に一定でないと、均一の模様にはなりません。職人の手の跡がそのまま商品となる、まさに一発勝負の商品なんです」

息を止めて見入ってしまいます
息を止めて見入ってしまいます

それにしても不思議なのは、塗り始めも塗り終わりが見えないこと。つまり、刷毛の跡がずっとつながっているように見えるのです。

「RIN&CO.」刷毛目の塗り終わり

「これも刷毛目の技術の一つ。塗り終わりの跡がつかないよう、器からシュッと刷毛を抜ききることが大切なんです」と内田さん。

器一つひとつに美しいラインを描いていきます
器一つひとつに美しいラインを描いていきます
底面は、黒の刷毛目で
底面は、黒の刷毛目で

食洗機にも使える独自の漆

塗り終わった漆器は、「むろ」と呼ばれる漆器専用の乾燥室に入れます。

漆が乾くメカニズムは、一般的な「乾く」という概念とは大きく異るもの。通常は水分が空気中に出ていくことで乾くのに対し、漆は空気中の水分を取り込むことで、液体から個体に硬化していくのです。

山に囲まれ、湿潤な地域が多い北陸は、漆器をつくるにはまさにうってつけの環境。この風土が産業を大きく発展させてきました。

漆器をかわかす「むろ」

さらに、これまで天然素材であるがゆえに熱に弱いと言われていた漆でしたが、硬漆シリーズでは、漆琳堂と福井大学、福井県の産学官が連携して開発した独自の漆を採用。

*関連の読み物はこちら:「『食洗機が使える漆器』が漆の常識を変えた。開発秘話を職人が語る」

食洗機にも耐えられる高い耐熱性を実現し「手入れが大変」というイメージを払拭した普段使いしやすい漆器が誕生しました。

日用品としての漆器を再び

「漆器は工芸品ではありますが、誕生した大昔から日常で使われてきました。特別なものではなく、使ってもらってこそ価値があるのだと思います」

と語る内田さん。

今後もカラーバリエーションを増やしていくそう
今後もカラーバリエーションを増やしていくそう

毎日の食卓にも気軽に使えて、手塗りのあたたかみも感じられる硬漆シリーズは、時代とともに忘れられていた「日用品としての漆器」の魅力を再び引き出したプロダクトなのかもしれません。

深皿はパスタやラーメンにちょうど良いサイズ。普段のおかずも色とりどりの小皿に盛りつけて並べるだけで、ぐっと華やかになりそうです。

 RIN&CO.
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 RIN&CO.
 RIN&CO.

あなたならどんな料理に合わせますか?

文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店

<掲載商品>
RIN&CO.「硬漆シリーズ」
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/e/ev0164/

<取材協力>
株式会社漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
https://shitsurindo.com/

富山「能作」のスゴい工場見学。年間10万人が集まる人気の秘密とは

鋳物の町・高岡を代表するメーカー能作で工場見学

社屋移転からわずか2年、たった3人のスタッフからはじまったツアーが、今や全国から年間10万人を動員する大人気観光スポットに。

1000度の熱気を感じる大迫力の鋳造場。
職人の手作業による鋳物の加工技術。
語られる鋳物の町・高岡の歴史。

たった60分で子どもから大人まで魅了する、すごい工場見学があるという噂を聞きつけ、富山県高岡市へ向かいます。

北陸新幹線・新高岡駅から車で約15分。さまざまな企業が集まる「オフィスパーク」の一角にある、「株式会社能作(のうさく)」に到着しました。

えんじ色の建物が目印
えんじ色の建物が目印

高岡市は江戸時代から続く鋳物の産地。能作は大正5(1916)年に仏具を製造する鋳物メーカーとして創業し、その後、茶道具や花器、酒器などさまざまな商品を展開しています。

真鍮 (しんちゅう) の花器
真鍮 (しんちゅう) の花器
酒器をはじめとしたテーブルウェアなど、幅広く展開しています
酒器をはじめとしたテーブルウェアなど、幅広く展開しています

なかでも、金・銀についで高価な錫(すず)を使った曲がる器「KAGO」シリーズは、大きな反響を呼び、今や高岡を代表とする鋳物メーカーとして全国から注目を集めています。

曲がる器「KAGO」シリーズ
曲がる器「KAGO」シリーズ

2017年に本社工場を移転し、規模を拡大した能作。約4000坪の敷地内には、オフィスや工場はもちろん、ショップやカフェ、体験工房まで備えています。

開催しているファクトリーツアーはなんと毎日5回行われ、無料で参加可能。動員数は年間10万人以上にのぼります。

真鍮でできた「能作」の文字が目立つエントランス
真鍮でできた「能作」の文字が目立ちます

「木型」が待ち受けるエントランス

エントランスに入ると、まず飛び込んでくるのが、能作の製品づくりに欠かせない「木型」。こちらはディスプレイではなく、実際に木型の倉庫として、職人たちが普段から利用しています。

能作の製品づくりに欠かせない「木型」

壁一面にずらりと並ぶ木型は約2500種類!カラフルなのは演出ではなく、木型のメーカーごとに色分けされているから、職人は色ですぐに必要な木型を見分けることができます。

能作の製品づくりに欠かせない「木型」
真鍮でつくった大きな日本地図のプレートも存在感があります
真鍮でつくった大きな日本地図のプレートも存在感があります

ここだけで、すでに期待が高まってきました。

大満足の60分!鋳造の現場に潜入

能作ファクトリーツアーの様子

ファクトリーツアーは約60分。アテンドをするスタッフの説明を聞きながら、まず向かったのは加工の現場へ。

すぐそばでは職人さんが実際に作業をしていて、機械で磨く音やろくろで削る音、溶接で飛び散る火花など、ものづくりの臨場感を感じられます。

能作の職人たち
職人の平均年齢は32歳。まったくの異業種から職人になった人も多いそう
能作の職人
べテランの職人が担当するろくろ。長年の経験で、寸分の狂いもないかたちに仕上げていきます
能作の職人(女性)
約60名の職人のうち、女性は5名。小さい頃に訪れた能作の工場見学がきっかけで
入社を決めたという人も

作業の内容はもちろん、高岡の歴史や文化なども踏まえて案内してくださる能作のスタッフ。

小さな子どもや「鋳造」という言葉にはじめて出会った人でもとてもわかりやすい内容で、ものづくりの世界に誘ってくれます。

アテンドは外部に任せず、すべて社員で行い、どの部署の社員でも案内ができるようになっているそうです。

小さな子どもには紙芝居形式で紹介したり、電車ごっこをしながら工場内をめぐったりすることもあるそうで、こちらも社員からの自発的なアイデアだったとか。

60分間のツアーのなかでも、スタッフ同士の連携の強さやホスピタリティの高さを感じるシーンが何度もありました。

能作ファクトリーツアーの様子
多い時には1人で100名近い見学客を案内することもあるそう

ツアーで一番の見どころ。大迫力の鋳込みシーン

ツアーの中でも、大迫力の鋳造シーンを見学できると人気なのが、金属を流し込む鋳物場。

真鍮、錫と金属によって工程が分けられ、見学者は2階からも作業の様子を見学できます。

独特な雰囲気の鋳物場。上から覗くと人の動きや作業の流れがよくわかります
独特な雰囲気の鋳物場。上から覗くと人の動きや作業の流れがよくわかります

能作の鋳物は真鍮・錫・青銅を使った3種類。

先ほどエントランスにあった木型に鋳型用の枠を乗せ、その周りを砂で固め、再び木型を外すことで鋳型をつくる「生型鋳造」という製法を見ることができます。

いよいよ今度は1階に降りて、間近で見学です!

砂と型がくっつかないよう貝殻の粉末をまきます
砂と型がくっつかないよう貝殻の粉末をまきます
体重をかけて砂を押しかためていくと‥‥
体重をかけて砂を押しかためていくと‥‥
きれいな型の完成!
きれいな型の完成!

鋳型が完成したら、早速金属を流し込む「鋳込み」の工程です。

鋳物場の中央にある炉に注目!

作業工程がわかりやすいよう真鍮製のサインが掲げられています
作業工程がわかりやすいよう真鍮製のサインが掲げられています

真鍮の材料である銅と亜鉛が溶かされた炉では、職人がぐつぐつと液状になった金属をゆっくりとかき混ぜています。炉の温度は1000度以上。しかも、液体状の金属はとても重いため、かなりの重労働なのだそう。

2メートル近い棒で炉のなかをかき混ぜています
2メートル近い棒で炉のなかをかき混ぜています

炉で溶かした金属をバケツ型の容器に移し、型に流し込んでいきます。職人たちが数人がかりで行う大事な作業なので、緊張感が漂います。

もうもうと煙があがり、迫力満点!
もうもうと煙があがり、迫力満点!
鋳込みはベテランの職人たちが担当
鋳込みはベテランの職人たちが担当

金属を慎重に流し込んでいきます。ほんのり緑色の光を放つ真鍮。あっという間に温度が下がっていくため、スピーディーな作業が求められます。

鋳型から溢れ出る直前まで流し込むのがポイント
鋳型から溢れ出る直前まで流し込むのがポイント

1000度以上の温度で溶ける真鍮に比べ、錫の溶解温度は200度程度と少し低め。コンロで溶かした錫をこちらもゆっくりと型に流し込みます。

錫を型に流し込む様子

真鍮とつくり方はまったく同じですが、異なるのは冷めるまでの速さ。錫は流し込んだそばから固まっていくので、数分後には型から取り出すことが可能です。

一つひとつリズミカルに型から外していく職人。崩れた砂のなかから、銀色に輝く錫の製品があらわれました。

5分も経たないうちに次々に型から取り出していきます
5分も経たないうちに次々に型から取り出していきます
型から取り出した錫

ここから加工場に運ばれ、バリを取って縁をなめらかに磨いて整えていくと製品の完成。

温度とスピード、そして仕上げの細かさ、1つひとつの工程はシンプルですが、常に緊張感のある作業に思わず見入ってしまいました。

能作の工場見学おさらい

・工場見学は要予約(無料)。
・時間は11時~、13時~、14時00分~、15時00分~、16時00分~。
・日曜・祝日の工場見学はお休みです。

あるお母さんの一言からはじまった本気の工場見学

鋳造の現場をしっかり堪能して工場見学は終了。熱気とホスピタリティに満ちたあっという間の60分間でした。

それにしても、どうしてここまで工場見学に力を入れるようになったのでしょうか。

能作の「産業観光」を担う、専務取締役の能作千春さんに話を伺いました。

能作千春さん
能作千春さん

「この建物は2017年に移転してできたものですが、工場見学は旧工場の頃から受け入れていました。工場見学にここまで力を入れるきっかけになったのは、お子さんと製造現場の見学に来てくださっていた、あるお母さんの言葉でした。

『ちゃんと勉強しないと、将来こんな仕事をする人になってしまうのよ』

お子さんに言った何気ない一言を聞いて、社長は、産業の素晴らしさを伝え、職人の地位を高めていかなければと決意したそうです。

それが生きたものづくりの現場を見に来てもらう『産業観光』という発信の仕方に結びついていきました」

ものづくりの現場を見てもらって、ひとつのものが生まれるまでの「こと」や「こころ」に触れてもらいたい。

社屋の移転に向けて「産業観光」に力を入れるため、千春さんに産業観光部立ち上げの白羽の矢が立ちました。

準備期間わずか半年。産業観光を支える5つの柱は見学ツアー、体験、カフェ、ショップ、観光案内

産業観光部が立ち上がったのは、実は移転のわずか半年前のこと。当初のメンバーは第二子を産んだばかりの千春さんと、経理担当、物流担当だった社員の計3名。

3人とも観光のことは全くの門外漢でしたが、アイディアをブラッシュアップさせながら、少しずつ方向性を定めていきました。

ただの観光ではなく、背景にあるものづくりをさまざまな世代のお客様に伝えるにはどうすればいいか。

千春さんたちは、「産業観光」を実現するために、ファクトリーツアーを含めた5つの柱を考え出しました。

まず、最優先で計画したのが、「体験工房」。実際に錫製品の製作を体験してもらうことで、ファクトリーツアーで見たものへの理解がより深まるはず、と考えたそうです。

能作の体験教室

こちらは有料ですが、ファクトリーツアーと体験をセットで利用するお客さんはとても多く、満足度も高いと大評判。体験といえど、職人と同じ作り方でつくるため、難しさや大変さもより理解できます。

ペーパーウェイトや箸置き、ぐい呑みもつくれます
ペーパーウェイトや箸置き、ぐい呑みもつくれます

さらに、製品の良さを知ってもらおうと、能作でつくられている錫の食器を使ったカフェも新設。

「IMONO(鋳物)KITCHEN」
その名も「IMONO(鋳物)KITCHEN」

熱伝導率の高い錫のカップで冷たい水を飲むと、カップもキンキンに冷えるだけでなく、錫が持つイオンの効果で味がまろやかになるのだとか。

並べられた錫のコップ

おいしさはもちろん、思わず写真におさめたくなるような、見た目にも楽しいメニューが揃います。

▲ベーグルやタルトはもちろん、社長考案のベーコンが自慢の「職人カレー」も密かな人気
ベーグルやタルトはもちろん、社長考案のベーコンが自慢の「職人カレー」も密かな人気

そしてファクトリーショップ。見学ツアーでものづくりの現場を知り、体験工房で実際につくり、カフェで使い心地を試す。能作の製品の価値を理解したからこそ、手に入れたくなるのもわかります。

能作ファクトリーショップ

「観光案内」にも力を入れました。

高岡まで来ていただいたなら、その後の過ごし方も提案したい‥‥と、能作の社員がおすすめする富山の観光情報をオリジナルのカードにして並べたコーナーを新設。

能作がおすすめする富山の観光情報「TOYAMA DOORS」
能作がおすすめする富山の観光情報「TOYAMA DOORS」
▲カードなので一目瞭然。千春さんをはじめ、産業観光部のみなさんが実際に取材して制作してます
カードなので一目瞭然。千春さんをはじめ、産業観光部のみなさんが実際に取材して制作しています

マルシェ、ツアー企画、錫婚‥‥新しい企画は常に「サザエさん」一家をイメージ

5つの分野を柱に、「産業観光」という方向に大きく舵を切った能作。移転から2年経ち、どんな変化があったのでしょうか。

「単なる売り上げよりも、目に見えない効果がすごく大きいと思いました。毎日さまざまなお客様に来ていただけることで、今までにはない出会いがありますし、職人たちの意識も変化し、日々の仕事を超えてスタッフ同士の結束もより強くなりました。

ただ、年々求められるレベルが高くなっているのも事実。たとえ無料の工場見学であっても、サービスは徹底しなければ、と今もどんどんテコ入れしています」

産業観光を担う能作千春さん

2018年は来場者が10万人を超え、2019年は12万人を目指す能作。マルシェやコンサートを開いたり、ぐい呑みを作って富山の酒蔵を回るツアーを企画したりなど、千春さんの頭のなかでは常に新しい企画がどんどん生まれています。

「新しい企画を考えるときは、常に『サザエさん』をターゲットにしているんです。子どもがいて、おじいちゃんやおばあちゃんもいる。そんなサザエさん世代の人たちに楽しんでもらえたら、子どもから大人まで幅広く愛されるような場所になるはず」と、ご自身も子育て世代である千春さんは言います。

次なる一手はありますか?と伺うと「あります!」と千春さんが即答したのが、ブライダル。

現在、能作で新しく進めている企画の1つが『錫婚』です。

「実は以前から工場見学に来られたご夫婦のなかに『結婚10年目の錫婚の記念に来た』という方が多かったんです。それならここで錫婚式や結婚式ができるのではと思って」

鋳物場で挙式、ほかにはない思い出深い1日になりそうです
鋳物場で挙式、ほかにはない思い出深い1日になりそうです

工場見学といえば、小学生の時に課外授業で行ったきり、という方もいるかもしれません。

それが今や、子どもが将来の夢を見つけたり、大人の節目を祝う場にも。

ひとつのメーカーの挑戦が生んだ新しい工場見学のかたち。その熱気はぜひ、現場で体感してみてくださいね。

文:石原藍
写真:浅見杳太郎

<取材協力>
株式会社能作
富山県高岡市オフィスパーク8-1
www.nousaku.co.jp

*こちらは、2019年3月15日の記事を再編集して公開しました。ものづくりの現場を間近に感じられる工場見学は、旅の思い出づくりにもおすすめです!

デザインとアートの間を行く福井「ataW (あたう) 」の審美眼

「さんち必訪の店」。産地のものや工芸品を扱い、地元に暮らす人が営むその土地の色を感じられるお店のこと。
必訪 (ひっぽう) はさんち編集部の造語です。産地を旅する中で、みなさんにぜひ訪れていただきたいお店をご紹介していきます。

今回は福井県越前市にある「ataW (あたう) 」です。

福井の必訪店「ataW」とは

北陸自動車道・鯖江ICを降りて車で東に約10分。越前漆器の産地として有名な福井県鯖江市河和田地区の玄関口に位置するのが、2015年11月にオープンしたataWです。

田んぼが続く道に突如現れるataWの建物。何のお店だろうと通る人の目を引きます
(画像提供:ataW)
(画像提供:ataW)

木枠の引き戸を開けてなかに入ると、むき出しになった木の梁と白い壁。大きな窓からは陽の光が差し込みます。

福井でつくられたものはもちろん、国内外の作家による食器や洋服、日用品、家具、デザインプロダクトなど、さまざまな商品を扱うataW。

越前和紙で作られた小箱「moln (もるん) 」
地元福井の繊維技術を使ったkna plus (クナプラス) のエコバッグ「PLECO (プレコ) 」

普段使いできるものから、これはどんな使い方をするのだろうと考えてしまうようなものまで、一つひとつ商品を眺めながら店内をじっくり回っていると、あっという間に時間が経ってしまいそうです。

砂時計ならぬ泡時計「awaglass」 (左) は泡によってポコポコ刻まれる時間を楽しむためのもの。植物をとじ込めたリトアニアの万華鏡 (右) は光に透かすと四季折々の美しさを感じることができる
お花が並ぶアクリルの板。お花は1cm間隔で並び、定規にもなるのだとか (画像提供:ataW)

商品のセレクトを担当しているのは、関坂達弘 (せきさか・たつひろ) さん。1701年から続く漆器の老舗「株式会社関坂漆器」の12代目です。なぜこの場所にこんな素敵なお店を始めることになったのでしょうか。

老舗漆器メーカーの12代目が商うセレクトショップ

「もともと関坂漆器は学校や病院、機内食などで使われる『業務用漆器』を中心に企画・製造・卸を行っている会社です。この場所は漆器屋の小売店として、漆器を中心とした商品を販売するお店だったのですが、正直言うと、僕は当時の雑多な感じがあまり好きではなくて‥‥」

関坂達弘さん

大学で東京に行ったことを機にデザインに触れ、卒業後もオランダの学校でデザインを学んだ関坂さん。帰国後はしばらく東京で働いていましたが、2014年に地元福井県に戻ってくることになりました。戻ってみると、地元の様子が少し変わっていたことに気づきます。

「ものづくりに注目した若者がこのあたりに移住していることを知りました。彼らと話をすると、ものづくりに対するデザインの考え方などとても意気投合して、今まで僕が思っていた地元と変わりつつあるなと思ったんです。そんな彼らに刺激を受けたこともあり、ちょうどお店が10周年になるのを機に、リニューアルすることになりました」

以前の店名は、関坂漆器の先祖の名前である「与十郎 (よじゅうろう) 」。その「与」を訓読みした「与う (あたう) 」から名前を取り、店名を「ataW」にしました。ataWの末字を「u」ではなく大文字の「W」にしているのは、「内」と「外」をつなぐ地域にとっての窓 (window) のような存在でありたいという思いが込められています。

モノが溢れる時代だからこそ大切にしたいこと

冒頭にご紹介したように、ataWに並べられている商品のなかには、どうやって使おうか、と見るものの想像力をかき立てるものも。一体、どんな視点で商品をセレクトしているのでしょうか。

関坂漆器独自のプロダクトも。イギリスのデザイナーIndustrial Facility (インダストリアル・ファシリティ) と協働で作られた「STORE (ストア) 」は、業務用漆器の技術を活かした多目的容器。何を入れるかは使う人次第

「基本的に作家さんのものづくりの考え方や手法、ストーリーなどを重視していますが、そもそも機能とか便利さとかにはあんまり興味がなくて。それよりも、“もの自体の持つ力”に興味がありますね」
と言う関坂さん。

オランダで勉強をしていた時に、日本のように『これはデザイン、これはアート』といった境界がない自由な感覚で学んでいたことも影響しているのだそう。

「日本では機能がないものはアートに分類されがちですが、もっとふんわりとした中間の存在があってもいいんじゃないかなと思い、商品を選んでいます。お店を始めた当初は、一緒に運営している家族から『置いてある商品の意味がわからない』と言われたこともありましたけどね (笑)」

しかし、ataWが出来たことで、若者がこの店に集うようになったり、遠方からわざわざこの店目当てに訪れるようになったりと、まちの様子は確実に変わりつつあります。

「今の生活のなかでものは十分すぎるくらいにあって、今更必要なものなんてもうないのかもしれません。だからこそ、僕はどこか情感をゆさぶられたり、感覚をハッとさせられるものに惹かれるのだと思います。ちょっとした視点の違いや発想の転換で、違う景色を見せてくれる、そういう商品を通して、店に来てくれる人に少しでも新たな発見や気づきを見つけてもらえたら嬉しいですね」

“美術館とお店の間のような存在でありたい”と言う関坂さん。
私たちのまわりにあふれているものとは何なのか。普段なかなか考える機会はないかもしれませんが、ataWに訪れると、立ち止まって考えるきっかけを与えてくれるかもしれません。

ataW
福井県越前市赤坂町3-22-1
0778-43-0009
営業時間 11:00〜18:00
定休日 水曜日、木曜日、年末年始 (※定休日でも祝日は営業)

文:石原藍
写真:上田順子

*こちらは2017年9月3日の記事を再編集して公開しました。ここでしか出会えないものが手に入りそう。福井を訪れた際はぜひチェックしてみてください!

RENEW2019 開催決定!

ataWも参加する鯖江発・体験型マーケット「RENEW」が今年も開催されます!

RENEW 2019
普段出入りできないものづくりの工房を開放し、実際のものづくりの現場を見学・体験できる参加型マーケット
開催:2019年10月12日(土)~14(月)
会場:福井県鯖江市・越前市・越前町全域
https://renew-fukui.com/

TSUGI・新山直広さんに聞く、いま地方でデザイナーが求められる理由

「場所」にとらわれず、都心以外のさまざまな地域に拠点を置き、ひと・もの・ことをつなぐ「地方デザイナー」が、今注目されています。

仕事の内容やクライアントとの関わり方など、都市部と地方ではどのような違いがあるのでしょうか。さんちでは各地域で活躍するデザイナーにインタビューし、それぞれの取り組みや働き方についてうかがっていくことにしました。

今回、登場いただくのはTSUGIの新山直広さん。2009年に大阪から人口約4,200人の町、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区に移住しました。

現在は、企業のブランディングや全国でのPOPUPショップの出店、体験型マーケット「RENEW」の開催、オリジナルアクセサリーブランド「Sur」の制作・販売など、“産地直結型”のクリエイティブカンパニーとしてさまざまな活動を行っています。

TSUGIが展開するアクセサリーブランド「sur・サー」
TSUGIが展開するアクセサリーブランド「Sur」
全国の商業施設で地元の産品を販売する「SAVA!STORE」

地方に可能性を見出した、自称“意識高い系”

新山さんと河和田の最初の接点は、「河和田アートキャンプ」。関西の大学生が毎年1ヶ月ほど河和田に滞在し、地元の人たちと関わりながらアート作品の制作やワークショップを行うプロジェクトです。

その運営団体である「応用芸術研究所」への就職をきっかけに、24歳で河和田に移住。「これからは地方が熱い」と、意気込んでいたそうです。

河和田地区は三方山に囲まれた中山間地域

「恥ずかしながら当時の僕は、めっちゃ“意識高い系”でした。大学で建築を学んでいたくせに、建築に対して斜に構える部分もあって。『建築よりもこれからは地方が熱い』と尖っていましたね。

2008年が日本の人口のピークで、これからは建築の着工数も下がっていくのが統計的に予想されていたんです。そこにリーマンショックも重なり、もう新しく建てる時代じゃないなと。

それよりも今あるものをどう生かすかが重要だと思い始めていました。また、大学で学んだ『コミュニティデザイン』に影響を受けたこともあり、地方に興味が移っていきました」

地域で足りないものはデザイナーだった

移住当初は慣れない地方暮らしや地域との板挟みから、大きな挫折を味わったという新山さん。しかし、河和田地区の伝統的工芸品「越前漆器」の調査をきっかけに、デザイナーになろうと決心します。

「越前漆器は商品としては素晴らしいのにパッケージや見せ方がはっきり言って“ダサい”。このままじゃほかの産地に勝ち目はないと思いました。河和田で頑張っている職人さんのことを考えると悔しかったですね。結局のところ、河和田は漆器産業を中心に経済が回らないと成り立たない。まちづくりはおろか、産地としての存続も難しいと感じました。

自分にできることは何かと考えたときに、河和田で必要とされている職業はデザイナーだと思ったんです」

tsugi新山直広さん。鯖江の工芸である漆器

地域に根ざす「町のデザイナー」に

その後、鯖江市役所の臨時職員としてデザイン業務に携わっていた新山さんは、河和田に移住した同世代の仲間たちと2013年にTSUGIを結成。

当初は「河和田暮らしを面白くしたい」という目的でつくられたグループでしたが、2015年に法人化し、本格的にデザイナーの道を歩み始めます。

TSUGIはめがね職人や木工職人、NPO職員のメンバーも活躍

TSUGIの事業は主にデザイン、イベント、プロダクトの3つ。仕事のフィールドは福井県内がほとんどで、河和田エリアだけでも約15社の仕事に携わっています。

鯖江・tsugiのデザインワーク
グラフィック、パッケージ、ロゴ制作、ブランディングと、TSUGIは幅広くメーカーと関わる
tsugiが展開する、越前漆器の産地である福井県・鯖江で生まれた、ランチタイムを楽しむブランド・Bento_to(ベントウト)
TSUGIが展開する、越前漆器の産地である福井県・鯖江で生まれた、ランチタイムを楽しむブランド・Bento_to(ベントウト)
鯖江・tsugi、ろくろ舎
ろくろ舎によるブランド「TIMBER POT」のパッケージデザイン
鯖江市tsugiのデザイン。絵ならべろうそく
福井市の小大黒屋商店が展開する「絵ならべろうそく」の商品・パッケージをデザイン

「福井は個人事業主や家族経営の会社が多いので、社長と直接打ち合わせみたいなことも日常茶飯事です。だからこそ、顔が見える距離はとても大事な気がしています。

自分たちに言い聞かせているのは、『いくらいいものをつくってもそれがちゃんと売れなければ意味はない』ということ。売るところまで責任を持つぐらいの覚悟で、お客さんのブランディングをワンストップで手がけています。

……ほかの地域から依頼が来たらどうするか、ですか?悩みますね(笑)。河和田でやっていることを別の産地に生かせないわけではありませんが、やはり地元を大事にしたいという思いは強いです」

インターネットや交通が発達し、今や全国どこにいても仕事を受けられる時代ですが、気兼ねなくデザインのことを相談できる新山さんのような存在は、関係性を大切にする地域にはなくてはならないのかもしれません。

これまでデザインのことを後回しにしがちだった地元の企業やメーカーも、身近に相談できる相手ができたことで、情報発信や展示の仕方など「見せ方」に意識を向けるように。TSUGIは町のお医者さん、ならぬ「町のデザイナー」として、産地全体のアウトプットの質を底上げしています。

人口4,200人の町に3万人の来場者が集まったイベント「RENEW」

新山さんたちを中心に、河和田の人たちを巻き込み開催された体験型マーケット「RENEW」は2015年にスタート。初年度は2,000人足らずの規模で行われたイベントが、2017年にはなんと約3万人の来場者を記録し、県内外から多くの人たちが河和田に訪れました。

福井県鯖江市で行われたrenew×大日本市博覧会
福井県鯖江市で行われたrenew×大日本市博覧会
福井県鯖江市で行われたrenew×大日本市博覧会
福井県鯖江市で行われたrenew×大日本市博覧会
福井県鯖江市で行われたrenew×大日本市博覧会
福井県鯖江市で行われたrenew×大日本市博覧会
RENEW当日、地域の嬉しい変化に思わず涙する新山さん

「僕らだけでやってることではなく、一緒に戦ってくれる仲間がいたのはとても心強かったです。当初は『よそものが何かやり始めたぞ』と嫌がる方もいましたが、売りに行くことだけではなく、産地に来てもらうことの両輪が必要なんだということを、とにかく誠意を持って伝えていきました。

1年目に参加した企業やメーカーは約20社でしたが、2017年はその4倍以上の85社に参加していただきました。地元企業やまちの方も、一緒になって協力してくださったのが本当にありがたいです。みなさん、腹をくくってくださったんだと思います」

これからの10年を見据えて

新山さんが河和田にやってきて8年。その間に移住者が増え、大きなイベントも開催されるようになり、河和田の景色は大きく変わりました。新山さんが目指す「これからの産地の姿」について、語っていただきました。

「現在、伝統工芸に関わる職人の約7割が60歳以上です。10年後には職人の数は半分以下になり、売り上げも1/3くらいにまで落ち込むのではないかと言われています。

職人の数が減ると、ものづくりの全行程を担えなくなる産地も出てくると思うんですね。そうなると、外部の人たちと技術を共有しないと産地の存続自体が危ぶまれます。今、越前漆器と言っていますが、今後いつ『北陸漆器』とかになってもおかしくないと思うんですよ。もう産地というくくりが変わるかもしれません」

だからこそ、「若者の力」はこれからの産地にとって大事な布石だと新山さんは言います。実は新山さんが移住して以降、ものづくりを志す若者を中心に、のべ60人以上が移住している河和田。若者の熱意で産地のベテラン職人たちも積極的になり、ともに地域の未来を考えていけるような姿を目指しています。

「RENEW」を通して生まれた新しい夢

ところで、今回の「RENEW」を通して、新山さんには新しい夢ができたそうです。それは「河和田に新しい宿をつくる」こと。

「河和田くらいコンパクトなまちだと滞在時間はせいぜい2時間くらいなんです。このまちの良さを見てもらい、地域にちゃんとお金が落ちるような状況をつくりたいですね。

ものづくりができる場所、食べる場所、住む場所は「PARK」ができたことで叶えられましたが、あとはこの町に滞在するための宿泊施設があればと思って。実現するのは先の話になるかもしれませんが、まだまだ僕たちにできることはたくさんあるはずです」

鯖江のコミュニティスペースPARK
2017年10月にコミュニティスペース「PARK」がオープン。人が集まる場所になっている

新山さんが目指すのは、半径10キロ圏内の人たちが楽しく暮らせる持続可能なコミュニティ。しかし、自分ごととして地域と向き合ってきた取り組みは、今や県を飛び超え、全国から注目が集まっています。

デザインを通して地域に寄り添う新山さんの働き方を知ると、地方であってもアイデアや関わり方次第でさらに面白くなりそうな予感がします。河和田には都市部とは違う大きな可能性に満ち溢れていました。

新山直広(にいやま・なおひろ)
1985年大阪府生まれ。京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。2009年福井県鯖江市に移住。鯖江市役所在職中に移住者たちとTSUGIを結成し2015年に法人化。グラフィックデザインをベースに、地域のブランディングを手掛ける。“支える・作る・売る” を軸に、アクセサリーブランド「Sur」の企画製造、福井の物産ショップ「SAVA!STORE」、体験型マーケット「RENEW」の運営など、領域を横断しながら創造的な産地づくりを行っている。

RENEW2019 開催決定!

新山さんたちが河和田で始めた体験型マーケット「RENEW」が今年も開催されます!

RENEW 2019
普段出入りできないものづくりの工房を開放し、実際のものづくりの現場を見学・体験できる参加型マーケット
開催:2019年10月12日(土)~14(月)
会場:福井県鯖江市・越前市・越前町全域
https://renew-fukui.com/


聞き手:西木戸弓佳
文:石原藍
写真:上田順子、RENEW×大日本市博覧会、TSUGI

*こちらは2017年10月19日の記事を再編集して公開しました。

めざせ職人!金沢には未経験から伝統工芸を学べる「職人大学校」がある

ものづくりが好きな方であれば、一度は「職人」に憧れたことがあるのではないでしょうか。

しかし、伝統工芸の技を一から学ぶのは簡単なことではありません。師匠に弟子入り?下積みに何年かかるの?さまざまな疑問が頭をよぎります。

そんななか、まったくの未経験から伝統工芸の技術を学べる塾があるという噂を聞きつけた、さんち編集部。今回はその現場を訪ねるため、石川県金沢市にやってきました。

受講料無料!3年間で伝統工芸の技を学ぶ「金沢職人大学校」

到着したのはJR金沢駅から徒歩15分の場所にある「金沢市民芸術村」。金沢市が市民の芸術活動を支援する目的でつくった総合文化施設で、伝統文化の継承技能者養成を目的とする「金沢職人大学校」が併設されています。

赤レンガが特徴的な建物は、旧紡績工場倉庫群を改修したもの。広々とした芝生が広がり、敷地はなんと約10ヘクタールに及びます

この「金沢職人大学校」内で行われているのが、今回お邪魔する「希少伝統産業専門塾」(以下、専門塾)です。

国の「伝統的工芸品」に指定されている金沢の工芸品は、金沢箔や加賀友禅、金沢漆器など6種類。これらの業種以外にも金沢表具や竹工芸、加賀象嵌、二俣和紙など、さまざまな希少伝統工芸が息づいています。

しかし、なかには技術者の高齢化や後継者不足によって、存続が危ぶまれる業種も。そこで、金沢市は約20年前から希少伝統工芸の後継者育成を目的に、この専門塾を開校しました。

現在開講しているのは「加賀象嵌」「竹工芸」「木工」「二俣和紙」の4つのプログラム。週1回行われる実習に3年間参加し、専門的な知識や技術を学んでいきます。(二俣和紙は2年間。2018年10月にプログラム終了)

驚くのは、なんと受講料が無料だということ!(別途材料費はかかります)基本は金沢市内在住者が対象ですが、3年間の実習に意欲と熱意を持って取り組める方であれば、まったくの未経験者でも参加することができるそうです。金沢市の本気度の高さを感じます。

道具の使い方から手入れまで、基本をしっかり学ぶ

この日は半年前から第7期がスタートした「木工」の実習が行われていました。トントンと木を削る音が鳴り響くなか、さまざまな年代の受講生が作業を進めています。

図工室のような教室で熱心に作業を進める受講生たち

開講当初から木工の授業を担当しているのが、福嶋則夫先生です。金沢市内で2人しかいない木工芸の職人として数々の作品を生み出しています。

石川の伝統工芸展や現代美術展で数々の賞を受賞している福嶋先生

実習では、まず何から学ぶのでしょうか?

「最初はのみや鉋(かんな)の使い方から教えていきます。受講生のなかには、はじめてのみを持ったという人も多いんですよ。道具を買ったからといってすぐに使えるわけではありません。刃物の研ぎ方や調整の仕方など、自分の手に馴染みやすい道具にするための手入れの方法をしっかりと学んでいきます」

木工に欠かせない刃物。研ぐ作業は何より重要です
鉋も台の調整や刃の角度など、微妙な違いで仕上がりが大きく変わるそう
木は一つひとつ表情が異なります。反りはないか、加工しやすいかなど、素材の見極め方も学んでいきます

専門塾では、刃物で木をくりぬいて加工する「刳物(くりもの)」から始まり、木の板を組み立てて加工する「指物(さしもの)」を学びながら作品をつくっていきます。一つの作品が完成するのに半年〜1年。3年間のプログラムで2〜3個つくるのがやっとです。

一枚の木の板をのみで削る「刳物」。盆や盛器などに加工されることが多い技法です
木の板を組み合わせる「指物」は箱や机、箪笥などに取り入れられています

「刳物は木工のなかでも一番原始的な方法です。自分の手で少しずつ削っていくからこそ、自由なかたちになるんですよ。一方、指物は0.01ミリの微妙な調整が必要な繊細な技法。同じ木工でも、その振り幅が大きいのが面白いですよね」と福嶋先生。

刳物は仕上がりを頭の中でイメージすることが大切だそう。手で厚みや感触を確かめながら刳りぬいていきます

授業の進め方は、受講生が各々自由に作品づくりを進めていくスタイル。それぞれの進度に応じて先生がアドバイスをくれるので、初心者でも経験者でも無理なく技術を磨くことができます。

「私が修行していた頃は、手取り足取り教えてもらうことはありませんでした。ずっと下積みをやってるなかで師匠や職人がやってるのを見て覚えろってね。でもここでは初心者でも初回から実際に手を動かしつくっていきます。

3年間のプログラムは長いように感じるかもしれませんが、週1回5時間なので短いくらいです。受講生のなかには3年間のプログラムが修了したあとも、継続して受講する人もいるんですよ(最長9年間まで受講可能)。卒業生のなかには、実際に金沢漆器やほかの産地の木地師として独立した人もいます」

未経験者から研究者や漆器の職人まで。受講生が木工を始めた理由とは

では、専門塾にはどんな人たちが参加しているのでしょうか。受講生に話をうかがいました。

もともと職人のからだの動きを計測する研究をしていた関規寛(せき・のりひと)さんは、ものづくりする人の教え方に興味があり、木工を始めました。

しかし通っているうちに作品をつくる楽しさに目覚めたそう。最初の3年間が終わった後も継続して学び、現在で通い始めて8年目になります。

通い始めて3期目になる関さん

「この塾は自分のつくりたいものに挑戦できる自由度の高さがいいですね。
今つくっているのは栃の木を使った銘々皿。木工の機械は大型のものが多のですが、小型の丸ノコでミニチュア版のようなものに仕上げようと思っています」

ただでさえ緻密な指物の技術。作品が小さくなるほど、難しくなりそうです

半年前から専門塾に通い始めた金山麻里(かなやま・まり)さんは、金沢市民芸術村内にある「アート工房」に勤務。木工はまったくの初心者でしたが、木の材質が好きだったことから入塾しました。

アート工房でTシャツなどをつくっている金山さん

「木工は鉋がけ一つにしてもわずかな刃ので具合によって変わるので調整が難しいですね。これまでは現代アートが好きだったのですが、木工を始めてから伝統工芸にも興味を持つようになりました」

「次はこんなのを作りたいんです」と金山さんに見せてもらったのは、なんと人間国宝の作品。インスピレーションを得るため、さまざまな人の作品を見ることも多いそうです。

「木工はシンプルなものほど難しいですね」と金山さん

専門塾で一番のベテランが栂坂美紀子(とがさか・みきこ)さん。美術大学出身でもなく、仕事も木工とはまったく関係がなかった栂坂さんですが、昔から職人に憧れていて「いつか自分でも‥‥」と漠然とした思いを持っていたそうです。

新聞でこの塾のことを知り、3期9年受講した栂坂さん。福嶋先生の助手として受講生の作品づくりのサポートをしながら、自らも作品をつくり続けています。

真剣な表情で作業を進める栂坂さん

「今も平日は仕事をしながらものづくりを続けています。9年通ってもまだまだ勉強することはたくさんありますね。この場所は実習がない日(週3回)も夜の9時まで使うことができるので、仕事が終わったあとに制作を行うことも多いんですよ」

すぐにアドバイスをもらえる先生との距離の近さも、この塾の魅力の一つ

鶴田明子(つるた・あきこ)さんは、なんと現役の職人。金沢の伝統工芸である金沢漆器づくりに携わっています。

「漆器づくりは分業制なのですが、下地となる木地をつくる職人が金沢では一人しかいなくて、このままでは漆器づくり自体が成り立たないのではと思っていました。そんな時に『自分で木地もつくってみては?』とすすめられ、この塾に通うことになったんです」

普段は蒔絵職人として漆器づくりに携わっている鶴田さん

木地から漆塗り、蒔絵まで一人ですべてできる日も遠くないかもしれません。

「木工は体力が必要。蒔絵とは違った難しさがありますね」

工芸の技術を絶やさないために

ものづくりに興味がある人は多いものの、なぜ後継者が少ないのでしょうか。その理由を福嶋先生に尋ねました。

「時代の変化に伴い、工芸品の需要の減少や職人の高齢化などさまざまな問題があります。職人として続けていくためには体力や根気が必要ですしね。しかし、それ以外にも理由があります。木工は機械や道具を揃えないといけないし、音の問題もある。木を削る音や機械の音が大きいので広い場所が必要など、環境の面からも独立しにくいのです」

金沢市ではこれらの問題を解消するために、工房を開設する際や工芸品の開発促進のための助成など、専門塾以外にも職人を目指す人たちのサポートにも力を入れていますが、まずはものづくりの楽しさをより多くの人に知ってもらうことが大切だと、福嶋先生は語ります。

機械も工具も揃っているなかで、しっかり木工の技術を学べるのは石川県のなかでもここだけ。もちろん、音を気にすることもありません。

希少伝統産業専門塾は開講中のため現在受講生の募集は行っていませんが、見学はいつでも可能とのこと。なんとなく面白そう!と思った方はぜひ見学してみてはいかがでしょうか。

始める理由は何であれ、ものづくりに興味を持つ人が増えていく。そうすれば自ずと工芸の未来がつながっていくのかもしれません。

<取材協力>
金沢市経済局営業戦略部クラフト政策推進課
希少伝統産業専門塾
問い合わせ先 craft@city.kanazawa.lg.jp

文・写真:石原藍

*こちらは、2018年5月10日公開の記事を再編集して掲載しました。伝統工芸を後世に受け継ぐ“きっかけ”を生み出す取り組み、さんちは今後も応援していきます!