高知県 安芸市「山のくじら舎」
「子どもがお風呂で遊べる、木製のおもちゃが欲しい」
そんな知人のお母さんの声から作った手作りのおもちゃが、あっという間に口コミで人気となり、起業。今や全国にファンを獲得する木のおもちゃメーカーがあります。
高知県の安芸(あき)市に工房を構える「山のくじら舎」。
高知県は森林率84%を誇る森林県。昔から耐水性・耐久性に優れた「土佐ひのき」が豊富で、寺社仏閣にも使われてきました。
そんな高知の木を生かしたおもちゃは、起業から10年後には皇室ご愛用の栄誉にもあずかることに。
山と海のちょうど真ん中に位置する小さな町で作られる木のおもちゃ誕生のお話を、代表の萩野和徳さんに伺います。
田舎暮らしを求めて両親の故郷、高知へ
代表の萩野和徳さんは大阪府出身。新聞社に勤務し、毎日忙しく働くなかで、田舎暮らしへの思いがつのり2000年、夫婦で安芸市に移り住みました。
「毎日あくせく働くなかで、十分な給料をもらっても自分はなんのために生きているのかなと思って。高知は両親の故郷なので、小さい頃から遊びに来ていました。こういう田舎っていいな、と心のどこかで漠然とした想いがあったのだと思います」
田舎暮らしをするにも、生きていくためには働かなければなりません。ものづくりが好きだった萩野さんは移住後は大工として働くべく、会社を退職後、和歌山の大工訓練校に1年間通いました。
卒業後、すぐに高知に移りましたが、ここで大きな誤算がありました。それは思ったより大工の仕事が少なかったということ。
「アルバイトはあったのですが、弟子をとるほどではないというところがほとんどでした。だいたい親子でやっているところが多かったですね」
そこからアルバイトで大工や農業、木工の下請け、養鶏場、ゆず農家の手伝いなどさまざまな仕事を転々とし、2年が経った頃、萩野さんに大きな転機が訪れます。
ママ友からの口コミで大きな話題に
その頃、自分の子どもが遊ぶ用にと、木でおもちゃを作っていた萩野さん。奥さんである陽子さんのママ友達から「子どもがお風呂で遊べる、高知の木で作ったおもちゃが欲しい」と相談を受けました。
プラスチック製のおもちゃは世の中に溢れているが、割れると先が尖って危ない、高知らしい木のおもちゃがあれば……との親心から手作りしたおもちゃ。これが口コミで大きな話題となり、注文が殺到するように。
萩野さんと陽子さんの2人だけで作るには対応できない量の依頼が来るようになり、次第に事業として形を模索し始めます。
調べてみたところ、森林県である高知は製材屋は多いものの、木材を加工するメーカーが少ないことを発見。
これはチャンスだ!と萩野さんは2001年に会社を立ち上げます。ただものづくりを行うだけでなく、世間に知ってもらうための努力も怠りませんでした。
「大きく伸びたきっかけは高知空港のお土産店に商品を置かせてもらったことですね。空港は外から来る人にとって一番はじめに『高知』に接する窓口。空港での出品を機に県外のメディアに紹介してもらう機会が増えました」
皇室の方に使っていただけた!5年越しの想い
県外での知名度も次第に高まっていく中、2006年、秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁親王が誕生。萩野さんには「悠仁さまにも使っていただきたい!」という新たな夢が生まれます。
望みを託したのは、高知県で皇室が宿泊される高級旅館『城西館』。この宿に商品を置いてもらい、目に止まる日を待ちました。
それから5年ほど経った2010年。紀子さまと秋篠宮殿下が来られた時に、悠仁さまへのお土産に購入されたと連絡が入りました。
「知らせを聞いた時は本当に嬉しかったですね。待っていてよかったと思いました」
皇室ご愛用は何よりの品質の証。我が子や友人のお子さんに高知らしい豊かな恵みをと思いを込めた木のおもちゃたちは、こうして全国的な支持を得ていくことに。
その「選ばれる」おもちゃづくりの原点は、「我が家」の中にありました。
アイディアの源泉は我が家から
「うちの息子は4月現在、高校1年なのですが、彼が0歳の頃からずっとおもちゃを作り続けてきました。息子の反応も、今のものづくりに大いに生かされています。実際に商品化されたものもありましたね」
起業する以前、我が子のためにおもちゃを作っていた時代から、木には子どもの感性を育てる力があると実感していたそうです。
あたたかみのあるデザインは、陽子さんが担当。これまで描きためたスケッチには、商品化するまでの道のりが残されていました。
「自分の子どもが男の子なので、男の子向けが多かったかな。でも結局は、自分が小さいころに夢中になったものがアイディアの元になっていますね」
陽子さんがデザインし、萩野さんがブラッシュアップして商品化するというのが、起業当時から変わらない基本スタイルです。
さらに木のおもちゃには「手ざわり」も大切なポイント。ここにも、「山のくじら舎」のおもちゃが愛される秘密が隠されています。
陽子さん曰く、
「削り方はイメージしながらやっていく感じ。作業する者の『感覚』でやっています」
とのこと。
かわいらしい平面のデザインが、どのような『感覚』を通して立体のおもちゃになっているのか。
後編は「山のくじら舎」のものづくりの現場を訪ねます。
<取材協力>
山のくじら舎
0887-34-4500
http://yamanokujira.jp/
文:石原藍
写真:尾島可奈子
※こちらは、2018年4月9日の記事を再編集して公開しました。