古典芸能入門 「歌舞伎」の世界を覗いてみる

こんにちは。ライターの小俣荘子です。
みなさんは古典芸能に興味はお持ちですか?
独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。 気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

今回は、「歌舞伎」の世界の入り口へ。
国立劇場にある伝統芸能情報館で開催中の企画展示「かぶき入門」を訪れました。

※国立劇場では、古くから日本に伝わる芸能を「伝統芸能」という言葉で表現されています。今回の記事では、それにならった記事表現を行なっております。

今年50周年を迎える国立劇場。奈良の正倉院を思わせる校倉造風の建築です。
50周年を迎えた国立劇場。奈良の正倉院を思わせる校倉造(あぜくらづくり)風の建築が印象的です

国立劇場では、歌舞伎や文楽をはじめ数々の伝統芸能の公演のほか、公演の記録、貴重な資料の保存や展示、伝承者の養成や調査研究も行われています。専門性の高い内容だけでなく、今回の展示のように、これから歌舞伎について知りたい、観てみたい!という方に向けた企画も展開されています。

伝統芸能情報館、展示室。
伝統芸能情報館 展示室

歌舞伎の世界を体感してみる

この日は、企画を担当された名倉さんにご案内いただきながら鑑賞させていただきました。今回の企画展示「かぶき入門」は、初心者向けのもの。6・7月に行われる「歌舞伎鑑賞教室」(初心者向け解説付きの歌舞伎公演)と連動した展示がされていて、小学生のお子さんから大人まで歌舞伎への理解を深めながら楽しめる内容になっているのだそうです。歌舞伎の歴史や、「隈取(くまどり)」などのメイクの写真、舞台衣装や小道具、演目の様子を描いた「錦絵」の展示のほか、花道や舞台を疑似体験できるセットの用意も。シアタースペースでは、歌舞伎の魅力を解説した映画などの上映、文化デジタルライブラリーのコーナーでは、過去の公演映像や、鑑賞の解説などの動画も視聴できます。(会期中すべて無料で鑑賞可能です)

隈取と言われる歌舞伎独特の化粧。
歌舞伎独特の化粧「隈取」
体験スペースでは、実際に舞台で使われている道具を使ってみることができます。
体験スペースでは、実際に舞台で使われている道具に触れることも。こちらは波音を表現する道具の様子
舞台上のセットを体験できるスペース。名倉さんに実演いただきました。
舞台上のセットを体験できるスペース。名倉さんに実演いただきました
6月公演「毛抜」での主人公の衣装。演じる家ごとに衣装デザインも異なっており、こちらは市川宗家のもの。(海老蔵にちなみ海老で描かれた「寿」の文字があしらわれている)
6月公演「毛抜」での主人公の衣装。演じる家ごとに衣装デザインも異なっており、こちらは市川宗家のもの。(海老蔵にちなみ海老で描かれた「寿」の文字があしらわれていて洒落が効いています)

オペラと並べて語られることも多い歌舞伎。芝居や音楽だけでなく、大掛かりな舞台セットやあっと驚く舞台装置、役者の華やかな衣装やヘアスタイルなど、視覚的に楽しむ要素が多いのも歌舞伎の特徴です。間近で鑑賞する衣装の細工など、とても見応えがありました。

初心者向けの公演で歌舞伎を鑑賞してみる

先ほども少し書きましたが、国立劇場では初心者向けの歌舞伎公演も行なっています。
今年は6月と7月に開催されます。親子での鑑賞機会や、社会人向けのお仕事後の遅い時間の公演、外国人向けの公演(通常の日本語と英語のイヤホンガイドに加え、中国語、韓国語、スペイン語の同時通訳イヤホンガイド付き)も。リーズナブルな価格で、気軽に歌舞伎を鑑賞できる機会です。

歌舞伎鑑賞教室とは
四百年の歴史を持つ歌舞伎の魅力を、より多くの方々に気軽に楽しんでいただけるよう、人気のある演目を充実した俳優陣でご覧いただきます。また、歌舞伎俳優がみどころなどをわかりやすく解説する「歌舞伎のみかた」もご好評いただいております。ご観劇の手引きになる豆知識を小冊子にまとめた『歌舞伎―その美と歴史―』やプログラムの無料配布など歌舞伎を初めてご覧になる方にも最適な公演です。(国立劇場公式サイトより引用)

6月歌舞伎鑑賞教室 「毛抜(けぬき)」
6月歌舞伎鑑賞教室 「毛抜(けぬき)」
7月歌舞伎鑑賞教室「鬼一法眼三略巻 一條大蔵譚(きいちほうげんさんりゃくのまき いちじょうおおくらものがたり)」
7月歌舞伎鑑賞教室「鬼一法眼三略巻 一條大蔵譚(きいちほうげんさんりゃくのまき いちじょうおおくらものがたり)」

歌舞伎の魅力について伺うと、「歌舞伎は江戸時代の空気を感じられるところも魅力です。当時の最先端トレンドや、話題になっていたこと、日常の生活の様子が織り込まれているものなので、現代にいながらにして当時の様子が感じられるのです」と語ってくださいました。歌舞伎から感じる時代の空気。例えば、6月の鑑賞教室で上演される「毛抜(けぬき)」は、当時の話題の最先端だった「磁石」を巧みに取り入れたトリックが効果的に使われる演目です。陰謀により天井に仕込まれていた磁石に、屋敷の娘の髪飾り(鉄製)が反応してしまい、髪の毛が逆毛立つという奇病にかかったと大騒ぎになり婚約が破棄されてしまいます。主人公が毛抜きが動く様子を見てひらめき、事件を解決するという推理劇です。ストーリー展開はもちろんのこと、きらびやかな舞台や、主人公が見得(みえ)を切るシーン、人間味あふれる芝居の数々といった歌舞伎の魅力が詰まった、見た目にも面白く、わかりやすい内容となっています。

時代の最先端技術を演目の中に取り入れた。
舞台に登場する巨大な磁石。存在感がありますね

7月に上演される「鬼一法眼三略巻 一條大蔵譚(きいちほうげんさんりゃくのまき いちじょうおおくらものがたり)」は、「鬼一法眼三略巻」という物語の一場面で、源義経にまつわる説話を題材にした物語に着想を得て作られています。人形浄瑠璃で初演されたのちに、すぐに歌舞伎でも上演されるようになった作品です。現代で例えると、漫画やアニメの人気作から実写映画化されて大ヒットした作品といったイメージが近いかもしれません。この、江戸時代から現代にまで残る人気の作品では、平清盛が権力を掌握して栄華を極める時代に、源氏の再興を志す人々の物語がドラマチックに描かれています。主人公の一條大蔵卿は、源氏の子孫でありながら源平の対立には全く無関心で道楽に明け暮れている男。しかしその本心は…。頼りない男から瞬時に凛々しい姿に豹変する瞬間が大きな見どころです。この意表をつくストーリー展開を、見た目にも効果的に演出します。「ぶっかえり」という演出手法が用いられるのですが、衣装が一瞬にして変わるという手品のような仕掛けです。

早替えの技術
「ぶっかえり」の技術紹介のパネルと衣装の展示も

袖肩部分の縫い合わせ糸を黒衣(くろご=観客からは見えないという約束になっている舞台上で様々な補助を行う者)が一気に引き抜くことで、衣装の裏側が表に現れ様子がガラリと変えるしかけを「ぶっかえり」と言います。現代のアイドルのコンサートで行われる衣装の早替えを思い出しました。現代劇の舞台演出にも通じる技術のルーツもたくさんありそうです。

「時代の空気」に敏感であったり、新しい技術を使った演出は現代の歌舞伎にも多く登場します。今年3月に歌舞伎座で行われた「俳優祭」。多くの人気歌舞伎俳優が出演される公演ですが、上演中にはトレンドを意識した演出が多数ありました。尾上菊之助さんと市川海老蔵さんがピコ太郎氏のPPAPを彷彿とさせるお芝居をされたり、中村勘九郎さんが星野源さんの「恋ダンス」を歌舞伎風にアレンジして取り入れて花道を彩るなど、その時代を生きる人々が一緒に共有できる面白さが演出にあふれていました。
伝統芸能と聞くと難しいイメージもありますが、歌舞伎はエンターテイメントです。当時の観客の興奮に思いを馳せながら、江戸時代の人々と同じように好奇心を持って歌舞伎を観てみるとまた新しい発見があるかもしれません。
気軽に立ち寄ることのできる展示や初心者向けの公演など、活用して歌舞伎を楽しんでみるとたくさんの魅力に出会えそうです。

企画展示「かぶき入門」
会期:4月22日(土)~7月27日(木)

開室時間:午前10時~午後6時(毎月第3水曜日は午後8時まで)

休室日:7月1日(土)

場所:国立劇場伝統芸能情報館 1階 情報展示室

<取材協力>

日本芸術文化振興会(国立劇場)

東京都千代田区隼町4-1

資料サービス課 03-3265-7061


<参考サイト>

国立劇場歌舞伎情報サイト

http://www.ntj.jac.go.jp/kabuki/


文・写真 : 小俣荘子

おんな城主 直虎の舞台で今も続く「浜松まつり」に行ってきました

こんにちは、ライターの小俣荘子です。
連休最終日となりましたが、今年のゴールデンウィークはいかがでしたでしょうか。各地で様々な行事が開催されるこの季節、さんちでは、ひときわ盛り上がりを見せる静岡県浜松市の「浜松まつり」を訪れました。

町ごとに揃いの法被(はっぴ)姿で一致団結してお祭りに挑みます
町ごとに揃いの法被(はっぴ)姿で一致団結してお祭りに挑みます

「浜松まつり」は、毎年5月3日から5日までの3日間開催されます。浜松市内の174か町の大凧が空を舞う「凧揚げ合戦」と、夜の街に幻想的に現れる81か町の「御殿屋台引き回し」が大きな見所です。一説によると、今から450年ほど前に、当時の浜松の城主に長男が生まれたことをお祝いして凧を揚げたことが始まりと言われており、長い月日に渡って受け継がれてきたお祭りです。現代でも浜松っ子に愛され続けていて、それぞれの地域でこの日のために準備して盛り上げるので、なんと会社によってはお祭り休暇が認められることも多いのだとか。いかに地域で大切にされてきたか伺えますね。

tako1

初日3日の朝9時。中田島砂丘にある凧揚げ会場を訪れると、パッパパパパッパーパッパパパパーという軽快なラッパの音や太鼓の音、そして「オイショ、オイショ」という掛け声が響き渡っています。開会前ながら、すでに凧揚げをされている方もいらっしゃって、みなさんのお祭りへの情熱が伝わってきます。(町の方に伺うと、凧揚げが大好きな方々は待ちきれず、早朝の広い空で一度凧を揚げて降ろして、開会後に再度揚げるのだとか。)

開会と同時に、激しい熱気で盛り上がる

tako2

開会宣言と花火の音と共に開幕する「浜松まつり」。大凧が一斉に空に舞い上がると、凧揚げ会場管理棟前で旗を掲げた町衆が激しい練りを繰り広げます。ものすごい熱気です。

「おんな城主 直虎」で直虎の幼少時代「おとわ」を演じた
「おんな城主 直虎」で直虎の幼少時代「おとわ」を演じた新井美羽(みう)さん

今年は、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」で主人公、井伊直虎の幼少期おとわを演じた新井美羽(みう)さんも浜松市のキャラクター家康くんや直虎ちゃんとともに登場し、「オイショ、オイショ」の掛け声とともに激しい練りを応援し、開会早々から盛り上がりも最高潮に

大凧が一斉に空を舞います。合戦には4〜6帖が最適とされますが、最大では10帖(約3.64m四方)のものも
大凧が一斉に空を舞います。合戦には4〜6帖が最適とされますが、最大10帖(約3.64m四方)のものも
浜松市の鈴木康友市長
浜松市の鈴木康友市長

初子の祝い

浜松市の鈴木康友市長にお話を伺うと、「城主の長男誕生を祝う凧揚げから始まって、今でもお子さんが生まれるとお祝いに凧を揚げます。町をあげての400年以上続く伝統的なお祭りです。お祝いに凧を作ったり、お祝いしてくださった方々にお料理やお酒を振舞ったりと色々と準備もあるので、最近では両親だけでなく、おじいちゃんやおばあちゃんが一緒になって支度をする家族の一大イベントでもあります」と、教えてくださいました。
そういえば、朝お話を伺った道ゆく年配のご夫婦も「今年は孫の初子祝いなんだよ」と嬉しそうに語っておられました。激しい練りや凧揚げ合戦など、勇ましさ溢れるお祭りですが、もうひとつの主役は子供たち!生まれた子供を喜び、町をあげてお祝いする愛情深いお祭りという一面もあり、大人から子供までこの日を楽しみにしている理由が垣間見られました。

初子の誕生を祝う「初凧」を揚げる様子
初子の誕生を祝う「初凧」を揚げる様子

一家に初めての子供(最近では2子以降でも)が生まれると町をあげてお祝いをする「初子の祝い」。お祭り初日の5月3日には「初凧揚げ」を行います。子供の名前と家紋の入った初凧を家族と町衆が協力して揚げます。空高く凧が上がると、町衆が家族を担いで、ラッパや太鼓の演奏と練りで盛大にお祝いします。その場にいるみんなが笑顔で嬉しそうです。

tako12
tako13

それにしても、小さな子供から大人まで、みなさん楽器の演奏もとてもお上手。キーのついていないラッパも見事に音階を吹き分けるみなさん。お嬢さんたちにお話を聞くと、「口の形を変えながら音程を調整したりするんです」と教えてくれました。小さい頃から練習して使いこなしているのだそう。マウスピースから音を出すのだってなかなか難しいのに本当にお見事です。

凧揚げ会場そばにある「浜松まつり会館」では、町ごとの法被なども展示されています
凧揚げ会場そばにある「浜松まつり会館」では、町ごとの法被なども展示されています
手ぬぐいも長年大事にされてきた凧印が描かれています
手ぬぐいも長年大事にされてきた凧印が描かれています

祭りの夜を幻想的に彩る「御殿屋台」

市の中心部に戻ると、立派な屋台の姿がありました。

正面には桃太郎(左)と花咲爺(右)、欄干には十二支の彫り物。その他にも数々の神様や縁起物が彫られています
正面には桃太郎(左)と花咲爺(右)、欄干には十二支の彫り物。その他にも数々の神様や縁起物が彫られています

「御殿屋台」の名前にふさわしい豪華絢爛な屋台。ケヤキやヒノキを使った白木づくりが中心です。釘は一本も使わず、全て木を組んで固定する伝統的な技法で作られており、百年以上の耐久性があるとも。精巧な彫刻と豪華な装飾が施され、町の誇り、自慢の一台として大切にされています。彫刻は子供の健やかな成長を祈るものや縁起物が数多く取り入れられていて、前後左右、足元に及ぶまで見応えたっぷりです。

御殿屋台の撮影させてくださった葵西町のみなさん
御殿屋台を撮影させてくださった葵西組のみなさん

普段は各町で大切に保管されている御殿屋台をお祭り当日に中心部へ運んできます。「今朝も車の力を借りながら朝4時くらいに出発したよ」と、にこやかに語る葵西組の副組長の小池さん。早朝から10km近い距離を屋台を引いてやってくるのだそう。市の面積が全国第二位を誇る浜松市。遠方の町の方々にとっては、この朝の屋台引きだけでも一大仕事の様子。それでもこの笑顔!本当にみなさん熱いですね。

提灯の光と共に幻想的に登場する御殿屋台
提灯の光と共に幻想的に登場する御殿屋台

夕方6時半を迎えると、いよいよ始まる「御殿屋台引き回し」。
3日間で81か町の屋台が参加します。提灯に灯がともり、幻想的で美しい姿を現し、大勢の見物客を魅了します。町によってデザインも様々で、行列に引かれてゆっくりと進む様子に見惚れてしまいます。

子供達のお囃子
お囃子でも活躍する子供たち

屋台の上で笛や太鼓のお囃子を奏でるのは、小学生を中心とした子供たち。お祭りの何ヶ月も前からそれぞれの町内で練習を積み、本番を迎えます。レパートリーも豊富。町ごとにお揃いの衣装に薄化粧を施した姿で、美しい音色を響かせます。

初日だけでも朝から夜まで見応え十分の「浜松まつり」。
このほかにも、初子を祝う「初練り(町衆が初子の家を訪れて誕生を祝い、家ではお礼にお酒や料理でもてなします)」や、2日目、3日目は勇壮な「糸切り合戦(各町が凧糸を絡ませて空中で擦り合いながら相手の糸を切ります)」など盛りだくさんの三日間です。どこへ行っても、1年間この日を楽しみにしてきた浜松市民のみなさんの笑顔が溢れ、子供から大人まで地域をあげて盛り上げている思いが伝わってきました。お祭りに馴染みのない人でもすっかりお祭り好きになってしまう、そんなエネルギーみなぎっています。経験されていない方もぜひ一度、訪れてみてはいかがでしょうか。

浜松まつり
http://hamamatsu-daisuki.net/matsuri/

<取材協力>
浜松市役所
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/
浜松まつり会館
https://matsuri.entetsuassist-dms.com/

文・写真 : 小俣荘子