きものを今様に愉しむ ゆかたをアレンジして纏う

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

私はここ数年、洋装と和装それぞれ半分ずつくらいの割合で外出するようになりました。慣れてしまうと思いのほか楽しく快適なものですが、出かける先々で「大変でしょう」と労いの言葉をかけられてしまったり、不安を口にされつつも興味を持ってくださる方にたくさん出会いました。きものは現代の装いとして身近なものではなくなっている一方で、いつかは着てみたいと興味を持っている方も多いようです。 洋服と同じようにきものも日常に取り入れられたら、毎日はもっと彩り豊かになるはず。連載「きものを今様に愉しむ」では、きものとの付き合い方や、愉しむヒントをご紹介してまいります!

ゆかた姿でおでかけ

夏は普段きものを着ない方も和装になる方が増える時期ですね。そう、ゆかたの季節です。最近では、洋服のブランドでのゆかたラインの展開や、リーズナブルなセットアップ販売のゆかたなど、身近な場所での購入機会も増えました。ゆかた姿の方向けの来店サービスのあるお店や、ビアガーデンでのゆかたパーティなど、お祭りや花火大会だけでなく、ゆかた姿で出かけることでより楽しめる機会もたくさんあります。男女問わず、お昼間からゆかたを纏う方を見かけることも多くなりました。かく言う私も、友人とゆかたランチやお出かけを愉しんでいます。

そんな身近になったゆかたではありますが、今年初めてチャレンジしようと思っている方には着こなしや着付けなど不安な点もきっと多いはず。単発の着付けレッスンに1度行ってみたり、動画を見ながらほんの数回練習すればゆかたはすぐに自分で着られるようになりますので、どうぞご安心を。慣れてしまえば思いのほか簡単です。また、必要なのは帯とゆかたと腰紐などのシンプルな小物のみなのですぐに揃えられます。加えて、帯留めなどのきものの小物や、洋服のアイテムなどを加えてアレンジして愉しむこともできるのです。


今回は、「きものが着たくなる呉服店」をコンセプトに、呉服に馴染みのない現代人も気軽にライフスタイルに取り入れられるように提案している「大塚呉服店 (おおつかごふくてん) 」さんへお邪魔して、夏のゆかたの着こなしについてお話を伺ってきました。

自由なアレンジで、キレイめにもカジュアルにも

大塚呉服店 ルミネ新宿店の中でアパレルブランドと軒を連ねていて気軽に入店できます

一見、きものを纏っているようにも見える店頭のトルソー。実は2体ともゆかたをアレンジしたものなのです。ゆかたの下に衿がついていたり、帯締めや帯揚げ、帯留めを加えていたり、少しドレッシーな装いです。元々は湯浴みや部屋着として使われていたゆかた(旅館でもお風呂上がりに纏いますね)。おでかけに纏うことが一般的になった現代でも、そのままのシンプルな着こなしで出歩くのには少し恥じらいのある大人の女性も多いのだとか。近年のトレンドとして、きもののような雰囲気にアレンジして愉しむスタイリングが人気となっているそうです。


簡単に取り入れることのできるアレンジや、スタイリングのポイントについて店長の森村 祐妃(もりむら・ゆき)さんが詳しく教えてくださいました。

店長の森村 祐妃さん

衿をはさんで、きもの風に

きもののように半衿 (はんえり) を重ねた衿もと

きものでは、長襦袢 (ながじゅばん) と呼ばれる衿付きのインナーの上からきものを重ねますが、ゆかたの場合は直接下着の上にゆかたを纏うのが基本のスタイルです。アレンジして衿を重ねると、華やかさや、きちんと感のある雰囲気が生まれます。

衿がつけられる肌着もあります

ゆかたの下着はタンプトップなど洋服用のものでも問題なく着られますが、写真のように衿が付けられる肌着もあります。この襟の部分に半衿をつけて着ると先ほどのような首もとに。(専用の半衿でなく、お気に入りのスカーフや手ぬぐいでアレンジされる方もいらっしゃいます。)

シーンに合わせて履き物もアレンジ

続いて、ゆかたの時の履き物についても伺いました。

スタンダードな下駄を合わせるスタイルはもちろんのこと、洋装のサンダルを合わせたり、草履風の下駄を合わせても少し改まった雰囲気になるそうです。ストラップ付きのデザインのサンダルなどを合わせるときは、足首まわりのデザインとの相性に注意。足首のベルトを見せたくて裾を短めにしてしまうと子どもっぽくなってしまうこともあるのだとか。

上品な大人の装いにしたい場合は「くるぶし丈」くらいがおすすめとのこと。また、「裾が短い方が歩きやすいと思われる方も多いですが、かえって足首のところで裾が擦れて違和感があったりもするので、短くしない方が着心地も良く、快適に歩けますよ」と教えていただきました。

スタンダードな下駄でカジュアルに
こちらは布貼りの草履風の下駄。少し改まった印象に

レースの足袋などを合わせても、涼しげな雰囲気と改まった印象のスタイリングになりますね。裾丈はこちらを参考にしてみてください。

レースの足袋を合わせて

アクセサリーや小物アレンジも自由に

大ぶりのカジュアルなピアス

「和装にはパールやカチっとしたアクセサリーじゃないとダメかしらと心配される方も多いのですが、大ぶりのピアスなどカジュアルなものを合わせても素敵なんですよ」と森村さん。店頭にも洋装にも使えるようなモダンなデザインのものが並んでいました。

帯締めと帯留めを加えるだけでも「きちんと感」が出ます

きもの風アレンジとして、帯締め、帯留めを加えるというアレンジも。去年と同じゆかたと帯に小物を合わせることで、少し雰囲気を変えた着こなしを愉しむという方も多くいらっしゃるのだとか。また、帯の結び方を変えるだけでも印象が変わるのでおすすめです。

帯も様々な結び方があります

和装小物をつかったアレンジの他、洋服の時に使うアクセサリーを活用するというアイデアもあります。例えば、こちらはブローチですが、帯締めにつけることで帯留めとして活躍します。お気に入りのアクセサリーを洋服の時にも和服の時にも活用できたら嬉しいですね。

クリップや安全ピンのついたブローチを帯留めのように使うこともできます

ゆかたといえば、手には巾着のイメージもありますが、最近は大きめの籠バッグも人気です。お財布や携帯電話、ポーチや水筒なども入る洋装にも使えるような籠バッグ。涼やかな見た目も夏のお出かけにぴったりですね。

大きな籠バッグ

似合うゆかたの見つけ方

ここまでゆかたのスタイリングやアレンジをご紹介してきましたが、そもそもゆかたを選ぶ時のポイントはあるのでしょうか?

洋服と和服では不思議と似合う雰囲気が異なったり、思いがけないいつもと違う自分に出会えるのも醍醐味です。「自分にぴったりの一着」に出会うためのゆかた選びについても伺いました。

「和服は、帯や小物合わせて雰囲気を大きく変えることができます。ですので、まずはお好きな一着を選んでみてください。もしくは、なりたい雰囲気があれば店頭でおっしゃってみてください。ふんわりした雰囲気がお好きなのか、レトロな感じが良いのか、クールに着こなしたいのか‥‥など、何かイメージされているものがあればそこからお似合いになるもの探しをお手伝いできますよ。また、すでにご自宅にあるゆかたや帯に合わせたい場合などは写真を撮って持参されると選びやすいです」と、森村さん。

実際に同じゆかたでも合わせるものでガラリと印象が変わるところを実際に見せていただきました。

ゆかたに黄色い帯

まずは黄色い帯を合わせてみました。コントラストがしっかりとついてアクティブな印象です。続いて、薄いブルーの帯を合わせてみると‥‥。

同じゆかたに青い帯

こちらは色が馴染んで、落ち着いた雰囲気に。確かに、印象がだいぶ異なりますね。そして、小物を合わせてみることでさらにアレンジすることも可能です。

同じ黄色い帯を別のゆかたに合わせてみると、また異なる趣きになりました。

黄色い帯を別のゆかたに

こちらは可愛らしい印象になりましたね。

最後に、小物合わせによる雰囲気の変化も見てみましょう。

落ち着いた紫の帯締めに繊細な花の帯留めを合わせて

綺麗めアレンジで、はんなりとした雰囲気となりました。帯揚げや帯留めの色を選ぶときは、ゆかたの柄の中にある色を持ってくると一体感が生まれやすく、おすすめです。

同じ帯でも、帯締めや帯留めを合わせても雰囲気が変わります

帯締めと帯留めを変えるだけでも印象が変わりました。こちらの方がキュート、カジュアルといったイメージでしょうか。

こうしたアレンジを加えるだけで、1着のゆかたを様々な雰囲気で楽しめますね。

ゆかたで夏を愉しんで

今回ご紹介してきたように、アレンジやスタイリングに難しいルールなどはありません。好きな雰囲気をイメージしたり、使いたい小物を生かして、洋服をスタイリングするように自由自在です。

履きなれない下駄で歩くことに不安があれば、普段履いているサンダルやパンプス、バレエシューズを合わせてみても。素材が夏仕様なので、夏の和装は案外涼しいものですが、炎天下を歩くよりは室内が安心ということであれば、ランチやレトロ喫茶店でのティータイム、水族館やプラネタリウム、映画館などへのおでかけもおすすめです。今年の夏はゆかた姿で愉しんでみてはいかがでしょうか。

◆大塚呉服店 着付け教室

大塚呉服店 ルミネ新宿店では、ゆかたの着付け教室を開催しています。

日時:7月22日、23日(いずれも時間は14:00〜15:30)

参加費:1,000円

お問い合わせ:03-6279-0112 shinjuku@otsuka-gofukuten.jp


まずはゆっくりと手順の解説を受けながら着てみます。難しい用語は使わず、シンプルな言葉に導かれながらみなさん着付けていきます。一度着たら脱いでもう1度。2度目は少しスピードをあげつつ、綺麗に着るポイントや、自分に合う帯の長さ調整などをしながら再チャレンジ。2度の練習でしたが、そのまま着て出かけられるような綺麗な着姿に仕上がっていました。「あと自宅で数回練習すれば大丈夫です」と、先生。ゆかたは、慣れてしまえば本当に簡単なのです。

着付け教室の様子
ポイントが詰まったオリジナルの着付け資料。自宅で着る時に大いに役立ちそうです

<取材協力>

大塚呉服店 ルミネ新宿店

東京都新宿区西新宿1-1-5 ルミネ新宿店 ルミネ14F

03-6279-0112

文・写真:小俣荘子

愛しの純喫茶〜浜松編〜 こんどうコーヒー

こんにちは。ライターの小俣です。
旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもく。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。第7回目は、浜松の商店街で昭和26年から続く「こんどうコーヒー」です。

「こんどうコーヒー」は、JR浜松駅から徒歩5分ほどの場所、千歳町( ちとせちょう )にあります。千歳町は、明治期からの近代化の際に多くの料理店や酒楼とともに一大花街を形成した地域。戦後も、老舗料亭、割烹料亭をはじめ飲食店が軒を連ねます。一時期は同じ通りに喫茶店だけで7店もあったそうですが、時は移り変わり、昔ながらのお店はわずかになりました。そんな中、「こんどうコーヒー」は親子孫3代で受け継いでいるお店なのだそう。

お店の外観。窓ごしに購入できる昔ながらのタバコ販売も続けていて、さっそく懐かしい雰囲気です

店内は、黄色みのある照明で照らされていて、子どもの頃に訪れた洋風な親戚のおうちを思い出しました。地元密着のお店と聞くと一見さんにはハードルが高くも感じますが、不思議と落ち着く居心地の良い空間です。

レトロなランプシェードや昭和の雰囲気漂う壁紙に嬉しくなります
壁には柔らかいひらがなで書かれた「こんどう」の名前が

カウンター席のみの店内。この日は2代目にあたるママさんが、お一人で切り盛りされていました。ときおり鳴り響く「ピンポーン」というチャイムはタバコの窓口の呼び出しの音。「はいはーい!」と向かい、顔見知りのお客さんと和やかに世間話をしている声が聞こえてきます。

コーヒー缶や喫茶店ならではの調味料などが並ぶ棚

親子3代で受け継ぐお店は、お客さんも代々常連さんという方が多いのだとか。「昨日は定休日だったんだけれど、お客さんから電話がかかってきて『今日もコーヒー飲ませてほしい』って言われて15時に開けたのよ」と笑いながら話してくれたママさん。みなさん毎日このお店でコーヒーを飲むことがあたりまえの習慣になっているのですね。地元で愛されている様子がうかがえました。

カウンターごしに気さくなママさんとお話ししながらくつろぎます

そんな地元の方々に長年愛されるコーヒーを私も注文。一杯ずつていねいにネルドリップで淹れていただきます。

創業された先代のおじいさまは洋菓子の修行を積んだケーキ職人。戦後の食糧難の時期にケーキは贅沢品だったので、時流に合わせてコーヒーや食事も提供できる喫茶店を始めたのだそう。先代が亡くなった現在は、お孫さんがお菓子作りも引き継いで作っているということでした。せっかくなので、コーヒーと一緒にアップルパイもいただきました。

手作りのアップルパイ。素朴で優しい味わいでした

カウンター席でのママさんとの楽しいひととき。この日は、浜松っ子の大切なお祭り「浜松まつり」の日だったので、地元の人しか知らない見所を教えていただいたり、地域の歴史や地元のエピソードをたくさん伺えて、お祭りをより身近に感じることができました。その町の体温が感じられる純喫茶。お店をあとにする頃には、私も昔からこの町に住んでいたかのような気持ちになっていました。

こんどうコーヒー
静岡県浜松市中区千歳町14
053-455-1936

文・写真:小俣荘子

ハレの日を祝うもの 古くて新しい縁起物 めでた玩具 土人形

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

日本人は古くから、ふだんの生活を「ケ」、おまつりや伝統行事をおこなう特別な日を「ハレ」と呼んで、日常と非日常を意識してきました。晴れ晴れ、晴れ姿、晴れの舞台、のように「ハレ」は、清々しくておめでたい節目のこと。こちらでは、そんな「ハレの日」を祝い彩る日本の工芸品や食べものなどをご紹介します。

古くから節句物、縁起物として親しまれてきた土人形

土を練って作られる土人形。先史時代の土偶や古代の埴輪(はにわ) などにはじまる古い歴史をもった人形です。江戸時代から節供物、縁起物として全国各地で発達して多くの作品が生まれたと言われています。桃の節句や端午の節句、鯛や七福神、無病息災、招福開運、五穀豊穣、商売繁盛などを願って作られたものをはじめ、様々なモチーフの縁起物が今でも全国各地で作られている郷土玩具のひとつです。

めでた玩具 土人形

土人形ならではの温かみを感じる質感

こちらの土人形は、縁起物や神社仏閣の授与土鈴を製造する山口県美祢市の「民芸くらもと」と「中川政七商店」が一緒に考えてつくりました。おめでたいいわれがあったり、縁起を担ぐモチーフを愛らしい表情・かたちで表現しています。一つひとつ丁寧に手で彩色して作り上げ、ぬくもりを感じる仕上がりに。微妙な表情の違いを楽しめるのも手作りならではです。

仲睦まじい犬の親子の置き飾り

安産祈願の親子犬 「子だくさん犬」

犬はお産が軽く多産であることから、安産祈願の強い味方として昔から愛されています。新しい命を授かった家族が戌の日に安産祈願を行うことは現代にも残る風習ですね。母犬と2匹の子犬が仲睦まじくたわむれている様子を表しています。出産祝いや子どもの健やかな成長を祈願する贈りものにも喜ばれるモチーフです。

後ろには安らかに眠る子犬の姿が

うしろ側には、親犬にそっと背を預けてすやすやと眠るかわいらしい子犬の姿も。犬は安産祈願のいわれを持つ動物である一方、「番犬」という言葉もあるように家や家族を守る動物でもあります。子どもが安心してすやすや眠れるように、おうちを見守ってくれるかもしれません。

よきことを聞く長い耳をもつウサギ

吉報を知らせる白うさぎ「よきこと菊兎」

長い耳をピンと立てたウサギの土人形です。ウサギの耳が大きく長いことから、あちらこちらの良い知らせ=「吉報」を聞き逃さないという願いが込められています。

吉報を呼び込む色とりどりの菊花

体の側面から後ろにかけて描かれた色とりどりの菊の花。「菊」が「聞く」と音が通じることから、いろいろな所から寄せられる良い知らせを漏らさず聞くということを表します。ウサギは縁結びの動物としても有名ですので、よいご縁の知らせも聞いてくれるかもしれません。

福を呼び、苦労を遠ざける縁起物

苦労知らずの招福ふくろう「福ふくろう」

ふくろうは、「不苦労」「福来郎」と音が通じることから、開運招福の縁起物として長く愛されてきました。胸に描かれた「福」の文字でより一層縁起良く仕上げています。

まん丸と福々しい姿に癒されます

開運招福の縁起物であるふくろうを、まるまるとした福々しい姿にデザインしました。見ているとなんだかやさしい気持ちになれる、癒しの一品。「最近ツイてないな」という方や、ふくろう好きな方にプレゼントすると喜ばれるかもしれません。

インテリアとしても

脈々と受け継がれてきた技術を用いて、現代の暮らしや住まいにもなじむインテリアとして生まれた、めでた玩具たち。まんまるなフォルムに柔らかな色合いの彩色で仕上げれられた土人形たちは、眺めているだけで優しい気持ちになれることがすでにご利益かもしれません。毎日の暮らしに、ほっこりとした笑顔を生み出してくれます。お祝い事や大切な人を元気付けるちょっとした贈りものとして、自分自身の験担ぎとして、お部屋に飾っておくと、良いことを呼び寄せてくれるようで勇気付けられますね。

<掲載商品>

めでた玩具 土人形 3種(日本市)

文:小俣荘子

きものを今様に愉しむ きもので町歩き 初夏の浅草へ

こんにちは。ライターの小俣荘子です。
私はここ数年、洋装と和装それぞれ半分ずつくらいの割合で外出するようになりました。慣れてしまうと思いのほか楽しく快適なものですが、出かける先々で「大変でしょう」と労いの言葉をかけられてしまったり、不安を口にされつつも興味を持ってくださる方にたくさん出会いました。きものは現代の装いとして身近なものではなくなっている一方で、いつかは着てみたいと興味を持っている方も多いようです。
洋服と同じようにきものも日常に取り入れられたら、毎日はもっと彩り豊かになるはず。連載「きものを今様に愉しむ」では、きものとの付き合い方や、愉しむヒントをご紹介してまいります!

第1回では、「きもの やまと」会長できもの文化育成にも多大な貢献をされている矢嶋孝敏 (やじま・たかとし) さんにお話を伺い、「きものはもっと自由でいい!」ということを知り、勇気づけられました。

第1回 「歴史を知り、自由にきものと向き合う」はこちら

案ずるよりも、まずは纏ってみる

きものの大きなハードルとして、持っていない、着付けが自分ではできないという点がよく挙げられます。しかし、最近ではカジュアルに楽しめる着付け付きレンタルサービスが様々な形で展開されており、活用すると気軽にきものでお出かけできるようになりました。
今回は、「まずはきものを纏って出かけてみよう!」と、レンタルサービスを利用してきもの姿で浅草の町を散策してみることにしました。
浅草や鎌倉、京都や金沢など、昔ながらの日本の街並みの残る地域では、きもののレンタルサービスが数多く展開されています。今回は、浅草駅直結の商業施設、EKIMISEの4階にある呉服店「なでしこ」のレンタルサービス「えきレン」を利用させていただきました。レンタルの方式はお店によって様々ですが、こちらのお店では、きものの着付込 (ヘアセット無し) で5,400円 (税込) 、レンタルしたきものは気に入ればそのまま持ち帰ることができます (追加料金はかかりません。小物や帯は要返却) 。着替えた洋服などの預かりサービスもあり、身軽に出かけられるのも嬉しいところ。電話またはWEBで事前予約し、約束の日時にお店を訪れます。

EKIMISEの4階にある「なでしこ」

スタイリングの愉しさを知る

とりどりの色や柄のきものがずらり

レンタルできるきものは、なんと約60種類ほど。様々なデザインの中から自分のお気に入りが選べます。

迷ったら、好みや似合うものなどお店の方に相談してみましょう。取材の際は、本社プレスの青木さんが色々と教えてくださいました

洋服とはまた違った柄や色が似合ったり、いつもとは少し違う自分に変身できるのもきものの魅力。可愛らしく着てみたり、はんなりとした雰囲気を纏ってみたり、いつもより少し大人っぽい装いを試してみたり。迷ったらお店の方に相談してみましょう。思いがけない似合うものを教えてもらえたり、イメージに合うスタイリングを提案してもらえます。

提案していただいたものから絞っていきます

少しずつ候補を絞っていき、鏡の前で合わせてお気に入りの一着を選びます。洋服では無地のシンプルな着こなしがお似合いのモデルさん。今日は、提案していただいた花柄にチャレンジです。ちょっと派手かな?と思うような大柄でも、きものだと自然と着こなせることがよくあります。洋服ときもの、両方を選択できるとおしゃれの幅も広がりますね。

きものから覗く衿 (半衿といいます) も好みのものをセレクト

きものでは、お洒落のひとつとして半衿 (はんえり) とよばれる衿をインナーの長襦袢 (ながじゅばん) につけて重ね着します。
半衿は、白い無地の他、刺繍が入っているものや柄があるものなど様々です。こちらのお店では半衿も好みのものを借りられます。今日はドット柄を合わせました。

着付けが終わると、次は帯合わせ

ささっと着付けていただき、次は帯を選びます。同じきものでも帯を変えるだけで雰囲気ががらりと変わります。どんな風に着たいか気分に合わせて選びます。

実際に当ててみて、イメージに合うものを探していきます

今日は、可愛らしさのある花柄に締め色となる濃いめの紫の帯を合わせて、柔らかさの中に少し落ち着きのある雰囲気に。初夏の爽やかな気候にもぴったりの装いとなりました。

あっという間に着付けていただけました
きものと帯に合わせて帯揚げと帯締めもセレクト

きものと帯にあわせて帯揚げ (おびあげ) と帯締め (おびじめ) も選びます。この部分の色合いを変えるだけでも雰囲気が変わるので、1着のきものでもスタイリングは無限大です。

装履 (ぞうり) も色々なデザインのものが並んでいました

こちらのレンタルサービスでは、足袋とバッグ以外は全て借りることができます。足元も装いに合わせて好きなデザインのものを選んで、全身のスタイリングの出来上がりです。
きもの選びから着付けまで30〜40分ほど。楽しんでいる内に、あっという間に完成しました。お会計と荷物を預ける時間を含めて1時間くらいを見ておくと安心です。

さあ、町歩きへ!

「きものは、マキシ丈のスカートを履いているようなもの。階段では裾を少し引き上げたり、歩幅に気をつけて歩くと美しく過ごせますよ」と、プレスの青木さんがアドバイスしてくださいました。なるほど、スカートだと思うと身のこなし方がわかりますね。
さて、ここからは私たちの「きもので浅草町歩き!」にお付き合いくださいませ。

お蕎麦屋さんを見つけて

まずはどこかでランチでも、とお店を眺めながら歩きます。浅草の町は、昔ながらの洋食店や、天麩羅、牛丼やすき焼きなど名物グルメの銘店がたくさん。今日はお蕎麦屋さんに入ることにしました。

浅草で有名なお蕎麦屋さん「並木藪蕎麦」にて

きものは袖が長いので、たもとを押さえて手を動かしたり、自然と仕草がていねいになります。食事の際にも少しゆったりと優雅に。それだけで普段と違う時間が訪れるように感じます。お蕎麦のつゆなどのはねが心配な場合は、大判のハンカチや手ぬぐいを用意しておいて、膝の上に敷いたり、帯や衿に掛けて汚れを防ぐなど、ナフキンのように使うと安心です。

非日常感を味わう

人力車で吾妻橋から川沿いを走りました

せっかくのきもの姿での浅草散策。思いっきり満喫するのであれば、人力車もおすすめです。爽やかな風を切って車道を駆け抜ける人力車。走っている間も座席は安定していて乗り心地はとても快適。慣れないきものでも安心ですね。
この日乗せてくださったのは、浅草の老舗人力車「時代屋」の鈴木芳昭 (すずき よしあき) さん。この道11年のベテランの方でした。お話も面白くて、オススメの撮影スポットやお店なども紹介していただきました。人力車を操る車夫の方々は、みなさん気さくで観光知識も豊富。最近では海外からの観光客の方も多く、外国語が堪能な方もいらっしゃるのだとか。乗る体験だけでなく、頼れる観光相談役でもありました。

優しいエスコートで乗り降りも安心です

人力車の乗り降りは段差もありますが、踏み台を用意してくださっていて、ていねいにエスコートしていただけました。どこかの姫君になったような….なんだかドキドキしますね。

雷門までやってきました

浅草を訪れたからには外せないのが雷門。ここからは仲見世通りを通る王道ルートで浅草寺へ。

大勢の人で賑わう仲見世通り
焼きたての美味しそうなお煎餅の香りがただよいます
仲見世通りには工芸品を扱うお店もたくさん

仲見世通りには、お土産物屋さんや、うちわや扇子、履物などの工芸品のお店、人形焼やお煎餅、お団子屋さんなどが軒を連ねていて、歩いているだけでその賑わいを楽しめます。平日のお昼間の撮影でしたが、この日もたくさんの観光客で賑わっていました。

種類豊富な揚げまんじゅう
仲見世通りではおやつも楽しみのひとつ

こちらは名物の揚げまんじゅうのお店。現在、仲見世通りでは、食べながらの歩行は禁止されていますが、こちらのお店はお店の前での飲食はOKとのこと。私たちも1つ頂きました。ホクホクで美味しい。

浅草寺でお詣り

頭が良くなりますように
しばし祈りの時間

お詣りのあとは、花やしきの前を通って、六区ブロードウェイから浅草演芸ホールへと歩きました。
「きものは高価なもの、汚してしまったら大変!」という先入観があると、なかなかアクティブに扱えなくなってしまいますが、化繊の洗えるきものは、ネットに入れて自宅の洗濯機で気軽に洗う事ができます。歩き回って汗をかいてしまったり、食べ物や煙のにおいなどが付いてしまったり、裾が汚れてしまった時も、ワンピースのような感覚でお手入れすれば問題ありません。化繊の洗えるきものに限らず、きものでも素材次第で必ずしも難しいお手入れが必要なわけではありません。カジュアルなきものでのお出かけは、思いっきり愉しんでしまいましょう!

レトロモダンを愉しむ

美味しそうなものを見つけました

たくさん歩き回ってたどり着いたのは、レトロな雰囲気が素敵なお店「アンヂェラス」。創業70年以上の浅草の老舗喫茶店でした。

レトロモダンな店内にきものがよく映えました

お酒好きの創業オーナー考案の「梅ダッチコーヒー」や、洋酒をふんだんに使ったケーキ「サバリン」などが有名です。お酒を効かせた看板メニューは作家・池波正太郎や手塚治虫など、多くの著名人にも愛されてきたそうで、机にはサイン入りのイラストが飾られていたり、愛して通った方々の気配がありました。

ショーケースで目の合ったメロンソーダを注文しました。綺麗なグリーンに、爽やかで懐かしい甘み。純喫茶での幸せな時間です
スカイツリーを臨む、吾妻橋からの景色も気持ち良い眺めでした

町歩きの最後は、吾妻橋へ。川の風を感じながらスカイツリーを眺めて記念写真を撮りました。帰りはレンタルでお世話になった「なでしこ」へ戻ります。着替えて、レンタル品をお返しします。きものはその場でたたんで包んで頂き持ち帰ることができます。きものを始めるきっかけになりますね。

気に入れば、きものは持ち帰る事ができます

映る世界が変わって見える

昔ながらの街並みや、純喫茶などのレトロ空間にきもの姿で訪れると、時空を超えたどこかに迷い込んだような、物語の世界に入り込んでしまったような不思議な気分になって色々と想像が膨らみます。出かける場所によって気分が変わることはもちろんのこと、自分自身の装いによっても気持ちは大きく変わります。それは、普段と違う歩幅だったり、仕草に表れる変化がもたらすものかもしれないし、ガラスや鏡に映るきもの姿を見た時の特別感が連れてくるものかもしれません。自分の知らない自分に出会えると、行動や発想にもきっともっと自由で新しいことが生まれるはず。たまには少しおしゃれして出かけよう、そんな思いの選択肢にきものも加わると日々はもっと彩り豊かになるのかもしれません。
これから訪れるゆかたの季節。ゆかたはカジュアルきもの以上に気軽に、初めての方でもハードル低く始められる装いです。レンタルサービスを活用してみたり、着付けレッスンに出かけてみたり、ちょっとしたことで思いのほか簡単に始められるものです。「いつかはきものを着てみたい」そう思っている方は、ぜひこの夏からきものの世界に一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。
きっと愉しい、新しい世界が広がっていますよ。

<取材協力>
株式会社やまと
東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目27番3号
株式会社 時代屋
東京都台東区雷門2丁目3番5号

文・写真 : 小俣荘子

古典芸能入門「文楽」の世界を覗いてみる

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

みなさんは古典芸能に興味はお持ちですか?

独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、なにやら日本の魅力的な要素がたくさん詰まっていることはなんとなく知りつつも、観に行くきっかけがなかったり、そもそも難しそう‥‥なんてイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。 気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

「文楽(人形浄瑠璃文楽)」の世界へ

今回は、「文楽(人形浄瑠璃文楽)」の世界へ。

国立劇場小劇場の5月公演に出かけました。

文楽の公演は、大阪の国立文楽劇場(1月、4月、7月下旬~8月上旬、11月)と、東京の国立劇場小劇場(2月、5月、9月、12月)で、各月2~3週間のペースで本公演と呼ばれる本格的な公演が行われています。また、大阪では6月、東京では12月に初心者向けのリーズナブルな料金で楽しめる文楽鑑賞教室が開催されます。加えて、3月と10月に地方公演、そのほかに特別な企画公演の上演がある場合もあります。国立劇場でのチケットは、1等席7,000円(学生4,900円)、2等席5,800円(学生2,900円)、3等席1,700円(学生1,200円)となっており、約4時間半(休憩時間含む)の非日常空間で文楽の世界が味わえます。

今年の5月公演は、4月に襲名された六代 豊竹呂太夫さんの東京での襲名披露公演でもあり、ロビーには数々のお祝いが並び、襲名披露口上(舞台上で行われる襲名の挨拶)も目にできるおめでたい公演でした。さんちでは、六代 豊竹呂太夫さんから直接お話を伺うことができました。50年に渡りこの世界で芸を磨いてこられた呂太夫さんに伺う文楽のお話。極限状態にある人間の喜怒哀楽を超えた感情や、本当の愛とは何か?といった文楽を超えて人間の有りようについてまで、本記事の後半でご紹介させていただきます。

劇場ロビーには襲名を祝うご祝儀が飾られていました
数々のお祝いのお花も

浄瑠璃と人形劇が融合した独特の「三業一体」の芸能

国立劇場小劇場の様子。舞台の右手側に少し段が上がったところがあります。「床(ゆか)」と呼ばれる太夫と三味線弾きの舞台です

三味線の音色と太夫による独特のメロディで語られる耳で楽しむ芸能を浄瑠璃と言います。文楽は、この浄瑠璃に人形劇が合わさって生まれた大阪発祥の舞台芸能です。竹本義太夫の義太夫節、近松門左衛門の戯曲と言うと日本史で習って聞き覚えのある方も多いかもしれません。太夫が舞台上の登場人物を演じ分け、三味線の音色が人物の心情やシーンをよりリアルなものにし、人形遣いが木彫りの人形に魂を吹き込む三業一体(三業は太夫、三味線、人形遣いの総称)、三位一体の芸術とも呼ばれています。2008年に、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。

豊竹呂太夫さん(左)と、鶴澤清介さん(右)。上演の際、床が回転して屏風の後ろから太夫と三味線弾きが登場します(写真提供 国立劇場)

太夫はたった一人で、自身の声の工夫で登場人物を演じ分け、さらには情景描写を行い、三味線の音色とともに物語を進めます。なんとマイクは使わずに、お腹の底から出す声をそのまま客席の隅々まで届けます。三味線の音色が、シーンごとの登場人物の心の様子をさらにリアルに映し出します。人形は、3人で一体を操り「3人遣い」と呼ばれます。人形の首(かしら)と右腕を操る「主遣い(おもづかい)」を中心に、黒頭巾を被り左腕を遣う「左遣い」と、足を遣う「足遣い」の3人の技が合わさることで、人形に命が吹き込まれます。勇ましい男性の姿、愛らしい子どもの姿、たおやかな女性の姿など多様に演じられ、喜怒哀楽の豊かな感情や心の機微が伝わってきて、観客を物語の世界へ引き込みます。人形の姿に惹きつけられて物語に気持ちが入り込むので、人形遣いの方々の姿が目に入らなくなるから不思議です。

初めての文楽

会場で販売される公演パンフレット(600円)には、あらすじやインタビューなどが載っています。手前に写っている床本集(太夫の詞章本)も付いているので台詞を読むこともできます

江戸時代の大阪(大坂)の言葉を元にした詞章と、歌うような独特の節回しによって表現される太夫の語りは、初めて鑑賞するときには聞き取りづらいかもしれません。しかし言葉がわからなくても、声色や三味線の音色、人形の様子から大体の内容は理解することができます。まずは、太夫の迫力ある語りや三味線の音色や人形のしぐさ、それぞれの美しさに感じ入るという楽しみもあるかもしれません。味わい方は人それぞれですね。複雑な登場人物の関係やエピソードを深く味わいたいという場合は、事前にあらすじを読んでおくことをお勧めします。文楽は、シーンごとに「○○の段」と名前があって区切られており、今上演されている部分がお話のどの辺りなのかわかりやすくなっています。その他、台詞が聞き取れず気になった時には、舞台の両サイドに字幕が出ているのでそちらをちらりと見れば大丈夫。また、解説の入ったイヤホンガイドの貸し出しもあるので、ストーリーを詳細に味わいたい方は活用してみると良いかもしれません。

今回鑑賞した演目は、『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』。
公家や武家社会に起こった事件や物語を題材にした「時代物」というジャンルの演目です。
『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』とともに三大名作の一つとされています。菅原道真(劇中では菅丞相)の太宰府への配流と天神伝説を背景に、丞相のために働いた三つ子とその家族の悲劇を描く物語。クライマックスである「寺子屋の段」は、主人公の松王丸がその息子小太郎の命を主君の一子の身代わりに差し出す悲しい別れのシーンとなっています。悲しみと主君の恩に報いることができた達成感がないまぜになった複雑な心情が大迫力で描かれ、最後は息子(主君の子どもと偽ったまま)の葬送で締めくくられます。人形の美しさ、太夫の声や三味線の音色に魅せられながら、物語の世界に入り込み、人形に感情移入し、多くの方が涙しながら見入っていました。

文楽は本筋のストーリーに加え、周囲の芝居にもその技巧や感情が細かく仕込まれていて、目が離せなくなります。本作は悲劇ですが、「茶筅酒の段(ちゃせんざけのだん)」という場面では三つ子の妻たち3人によるコミカルなシーンも。3人でお祝いの料理を作るシーンでは、生の大根を本物の包丁で切ったり(本当に人形が手際よくお料理しているように見えるのです)、料理が苦手な1人は胡麻を擦るのもおぼつかない様子で、器をグルングルンと暴れさせて他の2人の料理の邪魔をしてしまったり、観客の笑いを誘います。登場人物の見事な喜怒哀楽の表現も素晴らしいですが、観客の我々も一つの演目中で様々な感情を味わえることも文楽の魅力であるように感じました。

六代 豊竹呂太夫さんに伺う、文楽の世界

六代 豊竹呂太夫さん

この度、六代目を襲名された豊竹呂太夫さんにお話を伺いました。公演直後にお時間をいただいてのインタビューでしたが、お話の合間合間に、実際の舞台さながらの語りをしてくださいながら、わかりやすく様々なお話をお聞かせくださいました。

——— ご襲名おめでとうございます。襲名インタビューなどで、70歳を迎えて「いよいよこれからだ!」と考えていらっしゃるという言葉が印象的でした。すでに50年のキャリアを積まれている上で、ここからやっとスタートラインとお考えになるご心境を伺えますか。

「ありがとうございます。自分の中で70歳を一つの区切りとしてより一段高いところにのぼりたいと言いますか、さらにラストスパートをかけたいなという思いが元々ありました。最近、『これや!』とわかりかけてきたこともありました。今までも全力で取り組んできましたが、師匠が怖くて稽古が怖くて、怖いから勉強する、そんなところがありました。ここ2〜3年の間に、切り場(クライマックスにあたる重要な場面)に相当する役を担当するようになりまして、失敗するわけにはいかない、やらなアカンと命がけの勉強をするようになりました。1時間近い新しい場面をやるには相当な稽古が必要です。先代のテープを何本も聞いたり、1行に3時間くらいかけて稽古したり、勉学心なんて無いですけれども、この場を乗り越えたい!という思いでやってきました。そうしているうちに真っ暗なトンネルの先に光が見えて『これや!』と見つけかけている状況です。そんな時に、祖父が大切にしていた前名の呂太夫襲名のお話をいただきました。入門して50年目、70歳の年。それで襲名させていただくことに決めました」



——— 「これや!」というのは具体的にはどんなことなのでしょうか。

「2つありますが、まず1つめは、かしら(人形の役)ごとの音程の区分けが50年かけてやっとできるようになってきました。侍、老婆、子ども、娘‥‥それぞれに異なった音程がありますが、区分けして演じ分けるのは難しいことです」



——— たくさんの人物が登場するシーンでも、今どのキャラクターが話しているのか目を閉じていてもわかることに驚きました。



「かしらの音程は伝統的に先人から伝えられてきたものですが、掴みかけて、少しわかってくると追求したくなります。そうして深みを増していきます。そして二つめが、『力を出しきる』とはどういうことか。襲名の芝居中に見つけて、これがわかりかけてきました。例えば45分の演目で力を出す時に、1%から始めて100%出して終わるのではなく、最初から、常に一打一打100%の力を出し切り続ける。溜めておこうとするとかえってしんどい、出しきるとまた力は不思議と入ってきて出せるのです」



——— 広い劇場で、生の声を客席全体に届ける。ただ聞こえるだけでなく、とてもエモーショナルな魂の叫びと言いますか、心情であったり状況の描写であったりが伝わってきて圧倒されます。ストーリーそのものが持つ感動だけでなく、太夫さんの肉体が生み出す“声”そのものに対して感じ入るものがあっての感動であるように思いました。



——— 力のこととも関連するかもしれませんが、文楽に対して不思議に思っていることがあります。人間ではなく操られた人形が演じているフィクションの世界、展開を知っているお話でも、何度見てもやはり涙してしまう、新たな気持ちで感動してしまうということが起きます。これは何故なのでしょう。人形の芝居、太夫の声と三味線の音色が一体となって観客に訴えかけてくる。この一体感はどうして生まれるのでしょう。



「まず第一に、『人形だから』というのが大きいと思います。人形には喜怒哀楽が無いでしょう。木でできた無表情の人形だからこそ、お客様がそれぞれの思いを投影し、感情移入できるのではないでしょうか。人間が演じていると一方通行になる(観客が受け身になる)こともあるでしょう。投影することでお客様も舞台に参加しているのだと思います。文楽は太夫と三味線と人形の三位一体の芸能と言われますが、私は太夫、三味線、人形とお客様の四位一体だと思っています。それぞれの立場から人形に色付けをして感情を生み出すのやと思います。それで、人形が泣いているように見えたり、悲しんでいるように見えたりします。そしてさらには、悲しみの先に行ってしまって不思議な高揚感が生まれることもあります。しんみりとして幽霊のようになるのではなく、高揚している。喜怒哀楽の先、五感を超えたもののなかにある感覚に触れられる時があるのです」



——— 舞台上では、どんなことを考えながら演じていらっしゃるのでしょうか。大きめの表現で感情を表しつつも、それが押し付けがましい見せつけではなく、ある種の無我で存在しているように感じることがあります。



「お客様の様子を見ながら、空気を一緒に作り、共同で幻想を作り上げていくような感覚です。それぞれの役柄になりきる自分と同時に、それを冷静に俯瞰して見つめる視点があるようなイメージでいます」




——— 最後に、これから初めて文楽を観てみようという方々に一言お願いします。



「まずは、『ライブ』が大切です。ぜひ生で観てみてください。江戸時代の庶民が観ていたのと同じシチュエーションです。太夫は何を言っているかわからないし、三味線はベンベン鳴っているし、人形は3人の大人で操っているし、わけのわからないことだらけです。子どもの頃から祖父のそばで文楽を観てきましたが、まさか自分がこの世界に入るとは思ってもいませんでした(文楽は世襲制ではないので)。大人になって改めて文楽に触れた時、このわけのわからんシュールレアリスムの面白みが少し見えたように思います。そうしてわけがわかってくるとものすごく引き込まれます。例えば、ピカソの絵画を観て、音楽が鳴っているように感じたり、なにがしかの感動を覚えるのに似ているかもしれません。魅力は隠れているものです。ぜひご自身で発見してみてください。

さまざまな感情が描かれる文楽は、荒唐無稽な世界ですが、そのなかに生身の人間以上の人間らしさを垣間見ることもあります。恋人であったり、主君であったり、相手のために登場人物たちは命をかけます。本当の奉仕って何だろう、愛するとはどういうことだろう、それは許すこと、命をかけることではないでしょうか。」


——— ありがとうございました。

六代 豊竹呂太夫さんの四位一体のお話、本当の奉仕や愛への問いが印象的でした。自分の感情を投影しながら鑑賞する文楽。その時々で新たな感動があるのは、受け身の鑑賞ではなく、知らず知らずのうちに物語の中に参加していることで、その時々の自分の思いが映り込むからかもしれませんね。そしてその感動には人間としての本質的な何かがそっと隠れているように思います。

そんな文楽の世界。ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。


六代 豊竹呂太夫(ろくだい・とよたけ・ろだゆう)

本名 林雄治。昭和22年大阪府岸和田生まれ。昭和42年に三代竹本春子太夫に入門、祖父豊竹若太夫(人間国宝)の幼名三代豊竹英太夫を名乗る。昭和44年、四代竹本越路太夫に入門。昭和53年文楽協会賞、平成6年国立劇場文楽奨励賞、平成15年国立劇場文楽優秀賞を受賞。文楽本公演以外に、「ゴスペル・イン・文楽」の創作、現代詩や落語等他ジャンルとのコラボレーション公演も手がける。平成29年4月、六代 豊竹呂太夫を襲名。

◆次回の東京公演は9月

9月(東京)公演の『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』妖狐が引き起こすスペクタクル

国立劇場(東京) 9月文楽公演

公演期間 2017年9月2日(土)~2017年9月18日(月)

http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2017/910.html

※大阪の国立文楽劇場では7月22日からの夏休み特別公演となります。

<取材協力>

日本芸術文化振興会(国立劇場)

東京都千代田区隼町4-1

文・写真 : 小俣荘子(一部写真:国立劇場提供)

平安の時代から受け継がれる「市川手漉き和紙」その技の体験へ

こんにちは、ライターの小俣です。
6月がはじまり、そろそろ梅雨入りかなという時期になりました。一説によると、障子紙の張り替えには梅雨が最適なのだそうです。湿気と紙。ジメジメした季節は張替えに不向きな印象もありますが、障子紙が湿気で伸びるため貼りやすくなり、乾燥した季節にもピンと張った美しい状態が保たれるのだとか。通気性や断熱性が高く、吸湿性に優れた和紙を活用した障子は、日本の気候、梅雨や夏の高い湿度の時期に対応できる機能的な建具だったのですね。

山梨県の市川和紙は、障子紙として日本一のシェアを誇っています。市川での和紙づくりの歴史は古く、延暦23年(804年)の記録にもその存在が記されており、1000年以上続いています。その品質には定評があり14世紀の文章には、市川の和紙が美人の素肌のように美しい、という例えで「肌好(はだよし)」と紹介されているほど。
甲斐源氏、武田氏、徳川氏の御用紙時代を経て、大きな技術革新を迎え機械紙漉きの技術を確立し、地場産業の中心となっています。
「長年に渡って築き上げて来た技術と品質だけでなく、産地問屋による流通の力も大きかったと思います。また現在は、今様のデザインや新しい技術・品質の追求で、時代性にあったものを生み出すことで市場にインパクトを与え続けることが大切だと考えています」と、市川和紙工業協同組合の理事長で、金長特殊製紙(株)社長の一瀬清治さんがお話しくださいました。
昔ながらの「手漉き和紙」と革新的な「機械抄き和紙」、それを支えて来られた人々の様子が伺えました。

手漉き和紙の体験へ

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魅力ある市川和紙。その原点である手漉き和紙の体験ができる豊川製紙工場を訪れました。国・県に認定された伝統工芸品である「市川手漉き和紙」。その作り方を教えてくださるのは、町の無形民俗文化財の豊川秀雄さん。
歴史ある技術をすごい方に教えていただける機会ということで、やや緊張しながら伺ったのですが、ぶどうの香りがついた和紙の名刺を手に、気さくに迎えてくださった豊川さん。とても優しい方でした。にこやかに教えていただいた手漉き和紙づくりの様子に加え、市川和紙の歩みを教えてくださった一瀬清治さんに伺った機械抄きの障子紙のお話も交えながら市川和紙のできるまでをご紹介します。

ほぐした原料の様子
ほぐした原料の様子

体験の際にはすでにご用意くださっていましたが、まず始めに、紙の原料となる楮(こうぞ)や三椏(みつまた)などを薬品と一緒に大きな釜で煮て不要な非繊維質を溶かす「煮熟(しゃじゅく)」と、強い紙を作るために繊維をほぐす「叩解(こうかい)」という下ごしらえの作業があります。
楮(こうぞ)の長く強い繊維は、和紙の強度を高める重要な原料。破れにくくしなやかな和紙を生み出します。しかし、仕込みに手間がかかり、大量に用意するのが難しいことから、機械による大量生産の場合にはパルプを原料にして作るのだそうです。(破れやすくなってしまうことを避けるために、薄く仕上げた2枚の和紙の間にポリエステルの素材を挟んだ3層構造にすることで強度を補完しています。科学の力を活用してバランスを取りながら大量生産を実現されていました)
続いて「漉きぶね」と呼ばれる専用の容器に、ほぐされた繊維と「ねり」と呼ばれる粘性のある糊を合わせてよくかき混ぜます。障子紙を作る際には耐水剤を混ぜることで、水濡れにも強くするといった工夫もされています。(障子に貼り付ける際に糊で濡れても破れにくく、美しく貼るための助けとなります)

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道具を使ってさらにしっかりかき混ぜて全体に均一に繊維が行き渡るようにします
道具を使ってさらにしっかりかき混ぜて全体に均一に繊維が行き渡るようにします

そして、いざ!「簀桁(すげた)」で紙を漉き上げます。

するりと入れ、一気に引き上げます
するりと入れ、一気に引き上げます
引き上げた後は前後に細かく動かしながら全体の厚みを均一にしていきます
引き上げた後は前後に細かく動かしながら全体の厚みを均一にしていきます

豊川さんの流れるような滑らかな実演を拝見したのち、私も実際に体験させていただきました。まずは水からの引き上げ。粘性のある水の抵抗もあり、引き上げるのに一瞬の「えいや!」という“ふんばり”が必要でした。また、揺らしながら綺麗に厚みを整えるのはかなり難しい作業で、1度目は凹凸だらけの仕上がりに…。アドバイスをいただきながら何度か挑戦!最初より少しだけコツを掴めたかな?と思いますが、やはり仕上がりは雲泥の差。手漉きは1日にしてならず!ですね。
和紙は機械で生産する際も通常の印刷用紙などに比べて時間がかかります。原料の液の濃度と漉きあげる時間を調整することで厚みをコントロールするのだそうです。ロール状に連なった長尺の紙を生産する機械抄きでは最初の設定が要となり、あとは自動的に安定生産できますが、手漉きの場合は1枚1枚を都度漉いていきます。障子紙のような大きな紙を均等な厚みで安定的に生み出すのは至難の技。ここには日々訓練してきた職人さんの熟練の技が必要となってきます。

漉きあがった状態
漉きあがった状態
簀桁からはずした簀(すのこ)を、台の上に伏せて和紙を剥がすとこの状態に。美しい
簀桁からはずした簀(すのこ)を台の上に伏せて和紙を剥がすとこの状態に。バラバラに浮いていた繊維が滑らかに連なって艶のある美しい面となって現れる不思議

張り替えたての障子を見て、美しい一面の白に感じる清々しさ。この汚れのない白い美しさを生み出すためには、ちょっとしたゴミなどの不純物を取り除くことが重要となります。手漉きに比べて作業効率が高い機械抄きの場合にも不純物は大きな課題。日々の清掃と、配管をばらして行うパイプ掃除を定期的に行うことで美しい障子紙を生み出しているのだそうです。掃除は工程の基本ではありますが、基本だからこそ手を抜かず細心の注意を払って行うことが品質を守りぬくために大切なのだという一瀬さんの言葉が印象的でした。

こちらはハガキ用の方で漉いた状態
こちらはハガキ用の型で漉いた状態
ハガキは厚みが必要なので乾燥前はふっくらした状態になります
ハガキは厚みが必要なので乾燥前はふっくらとしています

こうして漉き上がった状態を脱水機で時間をかけてじっくりとプレスして水を絞ります。

脱水機でプレスする様子
脱水機でプレスする様子。水分がわきから染み出てきています

その後、乾燥機に貼り付けて仕上げます。

乾燥機の鉄の板に貼り付けて、刷毛とローラーで均一な状態に伸ばします
乾燥機の鉄の板に貼り付けて、刷毛とローラーで均一な状態に伸ばします
薪をくべて火を起こし水蒸気の熱でじんわりと乾かします
薪をくべて火を起こし水蒸気の熱でじんわりと乾かします
仕上がった和紙を剥がす豊川さん
仕上がった和紙を剥がす豊川さん

技術の伝承と挑戦

いくつもの工程を経てやっと出来上がる手漉き和紙。液体の濃度や手の感覚で操る厚みの調整、乾燥後の仕上がりを予測して決める分量など、その工程のそこここに日々鍛錬して来られた熟練の経験と技の存在があります。それを間近で見ることのできる体験機会でした。
こうした工程を大量生産で行うのはやはり難しいもの。この地で和紙を生産してきた人々がその知識や技、経験を生かして機械生産に挑んだのが昭和30年代(1950年代)のこと。長い歴史の中で受け継がれてきた和紙の魅力も難しさも知っているからこそ迎えることのできた技術革新だったのではないでしょうか。また、市場のニーズに応えるべく、模様の入った障子紙の開発など新たな技術を使った商品も生み出されてきました。地域の特産品を広く販売していこうと奮闘された地方問屋の力が大きかったと一瀬さんはおっしゃっていましたが、生産と流通の努力が相まって、現在の実績につながっているのだなと感じました。

校章の入った卒業証書用に漉かれた市川和紙
校章の入った卒業証書用に漉かれた市川和紙

豊川さんは、地域のイベントなどでも手漉き和紙の体験コーナーを設けたり、多く方に手漉き和紙の魅力を伝えています。近隣の学校では、卒業証書を自分たちで作るために工房を訪れる機会もあるそうです。オリジナルの卒業証書づくり、思い出になりますね。
豊川さんに手漉き和紙の魅力を尋ねると「人が作るとどうしても均一ではない部分がある。その風合いや手触りに温かみを感じます」と答えてくださいました。山梨の名産品のぶどうの香りのついた名刺を作るアイデアや、手作りの卒業証書の企画からもその思いが伝わってくるように感じました。和紙でできたテーブルクロスの開発など新たな挑戦もされている一瀬さんは「和紙には独特の伸縮性や柔らかさがあり、印刷用紙などとは異なる特徴と温かみがある。和紙の可能性を模索したい。そしてもっと広く伝えていきたい」と話してくださいました。

小さな葉や、モールなどの素材を混ぜるなどのアレンジの名刺も好評なのだそう
小さな葉や、モールなどの素材を混ぜるて漉くアレンジ名刺
手漉き和紙の風合いをイカしたランプシェード
手漉き和紙の風合いを活かしたランプシェード

長い歴史の中で積み上げられてきた技術と、時代に合わせた工夫で現代もなお日用品として市場に受け入れられている市川和紙。障子は日常に溶け込んだ建具ですが、そこに貼られた障子紙の1枚1枚の奥にある技術と工夫を知ると、見つめる眼差しが変わったように感じます。
豊川さんの工房は、最寄駅から徒歩で訪れることのできる場所にあります。近くを訪れた際に足を運んでみて、和紙づくりの技術に触れてみてはいかがでしょうか。

手漉き和紙体験(要予約)
豊川製紙工場
山梨県西八代郡市川三郷町市川大門1362
体験費用:500円
最寄駅:JR身延線市川本町駅、JR中央線市川大門駅
問い合わせ:055-272-0075

<取材協力>
豊川製紙工場
山梨県西八代郡市川三郷町市川大門1362
055-272-0075

金長特殊製紙株式会社
山梨県西八代郡市川三郷町市川大門2808
055-272-5111


文・写真 : 小俣荘子