奈良の新名物「鹿コロコロ」は、ものづくりのアイデアの宝庫

車輪付きでコロコロ走る鹿のおもちゃが奈良にあります。

「今から100年後に残る郷土玩具」を目指して、生活雑貨メーカーの中川政七商店が誕生させた新・郷土玩具「鹿コロコロ」です。

古くから日本各地でお土産や子どものおもちゃとして作られてきた郷土玩具。

この新・郷土玩具「鹿コロコロ」は、奈良にもともとあった伝統工芸の「張り子鹿」と、観光客に人気の「ビニール鹿風船」という、新旧の奈良土産を組み合わせて誕生しました。

さらに工程作業にも、伝統的な手法にデジタル技術を取り入れた、ユニークな手法を採用しています。

最近では同じ技術を生かして、首振り張り子の「おじぎ鹿」も登場。

首振り張り子の「おじぎ鹿」

このチャーミングな造形は、表情は、どうして出来上がったのでしょう。今回は奈良県香芝市(かしばし)にあるその製作現場を訪ねました。

障がいのある人たちがアート活動をする「Good Job!センター香芝」へ

鹿コロコロが作られているのは「Good Job!センター香芝」という施設。

木造りの広々としたセンター

奈良市でコミュニティ・アートセンターを運営し、アートを通して障がいのある人の社会参加と仕事づくりをしてきた「たんぽぽの家」が、新たな拠点として2016年にオープンしました。

センターには、利用者が自主製品の製造や企業・団体との商品開発などを行う工房があります。ギャラリー、カフェ、商品のストックルームもあり、商品を販売する流通拠点にもなっています。

Good Job!センター香芝
さまざまな商品の展示販売もされている
「たんぽぽの家 アートセンターHANA」に所属して作家として活動する方の絵画作品も販売する

アートワークに関する活動は全国の福祉施設からも注目を集めています。

伝統工芸を未来に残したい

鹿コロコロの誕生は、センターがオープンする前の2015年に遡ります。

中川政七商店の事業領域である日本の工芸業界では、郷土玩具の型となる木型を作る職人も、その型に和紙を貼って成形する張り子職人も減る一方という、厳しい現状がありました。

「一方で我々にはその担い手となれる工房がある。自分たちが作った商品をもっと世の中に流通させたいという思いもあり、お互いの想いが合致しました」と語るのは、Good Job!センター香芝のスタッフ、藤井克英さん。

Good Job!センター香芝のスタッフ、藤井克英さん
Good Job!センター香芝のスタッフ、藤井克英さん

そこで手を携えて、新しい商品の開発が始まることに。

その最初のコラボレーションが、「鹿コロコロ」だったのです。

張り子と聞くと、竹や木、粘土などで型をとるイメージがありますが、張り子鹿の型は違います。

3Dプリンターから出力した樹脂の型を使っています。

立体作品を3Dスキャンしたデータをもとに3Dプリンターから型を造形する。赤いものがその型
立体作品を3Dスキャンしたデータをもとに3Dプリンターから型を造形する。赤いものがその型

型が出来上がれば、本来の張り子と同じように紙を張って、絵付けをしていきます。この手仕事に携わるのが、アート×デザインの表現を生かして活動するGood Job!センター香芝のメンバーです。

得意分野を生かして

鹿の表情や色味のパターンは、メンバーが描いた鹿の表現が採用されています。

「彼らの創作するものは、どこか有機的でユーモラスな表現になるのです」と藤井さん。

たしかにこの鹿。丸みを帯びた優しいフォルムとともに微笑ましさをたたえています。

ここからのものづくりはメンバーによる手作業。適性に応じた分業をはかり、障害のある人でも使いやすいように道具や作り方に工夫がされています。

張り子づくりは地道な作業の連続です。この鹿コロコロの場合は、和紙を8層糊付けして張り重ね、さらに下地を塗り、その後に絵付けしてようやく完成します。

樹脂の型の色はわざとカラフルにしている。下地の色が見えなくなるまで、貼り残しがないようにとの工夫
1枚1枚小さな和紙を貼ります
日本人形などに使われる胡粉(ごふん)を4回塗装したもの。伝統工芸の素材、技術を大切に継ぐ

「工芸はもともと分業制。メンバーもそれぞれが適性をふまえて得意な工程を任せることで、良い形での協働作業になりました」

鹿コロコロは、ツノがあったり、耳や足があったり、車輪までついていたり。

張り子にしては複雑な造りです。

作る人によって、ちょっぴりふくよかだったりスリムだったり。表情も均一でないところが、逆に個性ある愛らしさとなっています。

「どの子を選ぼうかな、と手に取るお客様も楽しまれるようです」と藤井さん。

絵付け。塗る人によりわずかながらも表情が変わり、それも魅力に

伝統の張り子にこれまでになかった魅力が加わった、と評判を得ています。

さまざまなアートが生まれる

こうした企業とのコラボ商品以外にも、センターからはさまざまなアートワークが発信されています。
ホットドッグ型のオリジナル張り子「Good Dog」は、センター内カフェのマスコット。

サッカー日本代表のシンボルマークでもある「八咫烏 (やたがらす) 」をモチーフにした奈良土産の縁起もの、張り子の「やたがらす」はサッカーファンにも喜ばれています。

左)張り子の「やたがらす」、右)ホットドッグ型のオリジナル張り子「Good Dog」

「新たな奈良土産として始まったこの張り子人形づくりですが、郷土玩具は各地で親しまれているもの。ゆくゆくは、このアートワークの技術を地域の施設とシェアして、全国に広がればと思っています」

自由で楽しいアイテムの数々。これからの日本のものづくりを支える大切な担い手になりそうです。


<取材協力>
Good Job!センター香芝
奈良県香芝市下田西2-8-1
0745-44-8229
http://goodjobcenter.com

文:園城和子、徳永祐巳子
写真:北尾篤司



<掲載商品>

鹿コロコロ(奈良)

自分好みのひと鉢を作ろう。「自由な盆栽」を目指す塩津植物研究所へ

部屋の中に小さな「景色」が生まれる。

手のひらサイズの小さな鉢でつくる「盆栽」は、
まるで小さな庭を部屋の中に持つように、慈しみ育てることができます。

和室が無くても、窓辺や食卓に。どこに置いても、すんなり似合って、そこに小さな景色をつくります。

人の暮らしに長く寄り添い、人より長生きするものも

今回は、今の暮らしに似合う、誰にでも楽しめる盆栽を研究し、盆栽のおもしろさを教えてくれる奈良県橿原 (かしはら) 市のご夫妻を訪ねました。

盆栽の楽しさを教えてくれる塩津ご夫妻

橿原市は歴史ロマンあふれる古墳や名所、大和三山が織りなす美しい自然景観を持つところ。里山には古来よりの万葉植物など多種多様な植物が息づきます。

塩津植物研究所の塩津丈洋(しおず・たけひろ)さんと久実子さんは3年前に拠点をこの地に移し、展覧会やイベント、ワークショップなどを各地で開いて活躍中。人と植物のよりよい暮らしを研究しています。

塩津丈洋さん

盆栽はとても自由なもの

盆栽といえば松や梅を思い浮かべる人が多いでしょう。

ところが研究所では盆栽のイメージをグッと広げる多様な植物を「わざと、かなり豊富に」常時200種も栽培しています。

「珍しい山野草や実のなるものなど、おもしろいものも揃えています」

たくさんの植物を育てている

塩津さんの盆栽は、和にも洋にも合うものばかり。

可愛かったり、カッコよかったり。

それは、旧来の盆栽のイメージとは異なる、モダンな印象です。

「盆栽は実はとても自由なものなのです」と塩津さん。

バラでもヒノキでも多くの植物が盆栽になり得ます。

自分好みに仕立てる楽しさ

「たとえば松でも剪定次第で自分好みの斬新なデザインに仕立てて良し。自分好みの植物で、新感覚の盆栽を作ることもできます。

モダンがいいと思えばモダンに。クラシックがいいと思えばクラシックに。自分の暮らしにあった盆栽に仕立てていけば良いのです」

盆栽は生き物。買った時点が完成形ではなく、持ち帰った後に自分の好みに剪定し、育てていくことができます。

なにげない樹木や野草がかわいい盆栽になることも

塩津さんの研究所では、植栽の美を引き立てる盆栽の鉢も、自分の好みのものを選ぶことができます。

うつわは全て、丈洋さんが陶芸家に依頼したオリジナルです。

「盆栽はうつわと植栽の総合芸術ですから」

うつわ選びも楽しさのひとつ

とはいえ、盆栽は難しそう。そう思う人もいるかもしれません。

「盆栽は気候の合った日本の植物を日本で育てるものです。だから僕は、『盆栽は優しい』と思っていますよ」

もちろん盆栽は生き物ですから簡単とは言えません。

まずは知ることから。その一歩を踏み出して、育ててみること。

「私たちの盆栽について知りたいこと、分からないことがあれば、どんどん聞いてください」と語るのは、丈洋さんとともに研究所を支える妻の久実子(くみこ)さん。

水やりをする塩津久実子さん

もっと知りたい、触れたい、育ててみたい。ひと目見た盆栽にそんな気持ちが湧いたら、始めどきかもしれません。

豊かな地で「種木屋」に

もともとは東京で盆栽師として活躍していた丈洋さん。奈良の橿原に拠点を移した転機は、他でもない久実子さんが運んできてくれました。

実は奈良出身の久実子さん。ある日、長らく空き家となっていた久実子さんの祖父方の土地を見た丈洋さんは、「ここなら、種木屋がスタートできる」と、確信したそうです。

それはかねてからあたためていた丈洋さんの夢でした。

盆栽の世界では、通常盆栽用の植物を育てる種木屋から苗を仕入れて仕立てます。しかし、丈洋さんが志していた「種木屋」とは、植物を種や挿し木から、「一からまるごと」育てて仕立てる仕事。

丈洋さんは橿原の地を得て、「種木屋」をこの地で始めることを決意しました。

命を感じる小さな芽

「ここは、植物にとっておいしい井戸水が湧き、風が通る。野山に足を伸ばせば、盆栽の材料となるいろんな植物と出会えます」

深く植物と関わって、育てる魅力、仕立てる魅力、そんな植物の魅力のすべてを多くの人に伝えたい。

ずっと胸に抱いていた願いが叶い、今、塩津植物研究所は「種木屋」を名乗ります。

看板に種木屋を示す「種」の屋号

「草木の駆け込み寺」になりたい。

そしてもう一つ橿原で叶えた夢があります。

それは、誰しもの「草木の駆け込み寺」になること。

盆栽のよろず相談所として、育成や培養だけでなく、検診や治療など相談にものります。

「ここに来られたお客様には実生の様子、苗の育成なども見ていただいています」

植物は、定番の松のほかにケヤキやヒノキ、イチョウや楓なども揃えます。

部屋の中でヒノキと暮らす。イチョウや楓と四季を共にする。

塩津さんの盆栽は、森で大樹になるものを部屋に飾ることができるという自由さに気づかせてくれます。

盆栽という小さな世界を通して、人々の思いに沿いながら、人と植物をしっかりつなぎたい。

今の暮らしにあった盆栽を多くの人に楽しんでもらいたい。

そんな思いから塩津さんは、日本の山野草木を題材にした盆栽教室も開いています。

「橿原に来て3年。やりたいことが少しずつ実りだしてきたところです」

植物の種のように、塩津さんの夢もこの地でどんどん膨らんでいくことでしょう。

自然を感じて暮らしたい。そんな人におすすめです

<取材協力>
塩津植物研究所
奈良県橿原市十市町993-1
0744-48-0845
http://syokubutsukenkyujo.com/

文:園城和子、徳永祐巳子
写真:中井秀彦