人気のマスキングテープ「mt」を生んだ “和紙の透け感がかわいい”という感覚

みなさんには「手離せない文房具」はありますか?100均やコンビニでも手軽に買える文房具ですが、自分にあったものとなると、なかなか出会えないものです。

そんな中で、ノートはこれ、万年筆はこれ、と指名買いされる文房具があります。手離せない理由はどこにあるのか?身近で奥深い、文房具の世界に分け入ってみましょう。

人気文房具マスキングテープを世に広めたカモ井加工紙の「mt」

人気文房具のマスキングテープ。

その使い方は実に幅広く、専門の本まで出るほど。

今となっては、当たり前のように文房具コーナーに色とりどり、柄もさまざまなマスキングテープが並んでいますが、もともとマスキングテープって文房具ではなく、業務用の道具だったのをご存知ですか?

その誕生の秘密が知りたくて、文房具としてのマスキングテープを世に広めたカモ井加工紙株式会社さんにお話を聞いてきました。

マステ「mt」の秘密その1、原点はハイトリ紙

マスキングテープのシェア9割を誇るカモ井加工紙さんの本社は、岡山県倉敷にあります。

カモ井加工紙本社

そのはじまりは、さかのぼること95年前、1923年に創業者の鴨井利郎氏が「ハイトリ紙」の製造を始めたことから。

ハイトリ紙とは、飛んでいるハエを捕らえる粘着面がある紙。ちなみに岡山弁ではかつて、ハエのことを「ハイ」と呼んでいたそう。

粘着剤がついたリボン状やシート状のこんな紙をおばあちゃん家などで見たことありませんか?

カモ井加工紙のハイトリ紙
カモ井加工紙のハイトリ紙。左は平型、右はリボン型
カモ井加工紙のハイトリ紙
お話を伺った専務取締役の谷口幸生さん。使い方を実演してくださいました
お話を伺った専務取締役の谷口幸生さん。使い方を実演してくださいました

食品問屋出身の初代が食品に寄って来るハエをどうにかできないかと、ハイトリ紙を作り始めたといいます。その延長で、殺虫剤を製造していたことも。食品の天敵である害虫を退治するハイトリ紙や殺虫剤は人気商品となりました。

ハイトリ紙と殺虫剤のポスター
レトロな当時のポスター
カモ井加工紙の機械
ハイトリ紙を製造していたかつての機械

マステ「mt」の秘密その2、時代のニーズに合わせて変化

1960年代に入り、高度経済成長を迎えると、ハイトリ紙で培った粘着技術を活用して、紙製の粘着テープを作るように。これがカモ井加工紙さんのマスキングテープの原型です。

カモ井加工紙の業務用マスキングテープ

そもそもマスキングテープの「マスキング」とは「覆い隠す、養生する」という意味。

大衆車として自動車の需要が増えていった時代は、車の塗装用として活躍したのだとか。車をこすったり、ぶつけたりして塗料がはがれた際に、その周りにテープを貼ってマスキングすることできれいに塗りなおすことができます。

カモ井加工紙の業務用マスキングテープ
当初は青がマステのスタンダード色。その後、さまざまなカラーバリエーションが生まれました。ちなみに、車用にはテープが目立つように車体の色として稀な黄色を採用

さらに時代は進み、1970年代になると、超高層ビルの建築ラッシュに。建築現場では、シーリング用の養生テープとして重宝されました。

業務用のマスキングテープは、薄くて丈夫なことが大事。素材には、薄さと強度を併せ持つ和紙が採用されています。

カモ井加工紙の業務用マスキングテープ
その薄さは、窓の向こうが透けて見えるほど

こうして、マスキングテープは時代の変化に合わせて用途を広げながら、業務用として塗装や建築のプロたちから絶大な支持を受けたのでした。

マステ「mt」の秘密その3、文房具としてのマステのきっかけは“工場見学”だった

そんなプロたちが愛用するアイテムに目をつけたのが、とある3人の女性たち。

「貼ってはがせる」「手で簡単に切れる」「文字が書ける」「透け感がかわいい」と、メーカーや職人たちとはちょっと違う、独自の視点でマスキングテープに価値を見出していました。

その熱心さは、ホームセンターなどを巡り、各社のマスキングテープを買い集めては比較研究していたほど。

カモ井加工紙資料室
彼女たちが作ったマスキングテープの本
カモ井加工紙資料室
マステ愛があふれています

「マスキングテープの生まれるところを見に行きたい」。

新たな本を作るべく、各製造元に工場見学を申し込んだ彼女たち。そのリクエストに応えたのが、カモ井加工紙さんでした。

2006年に彼女たちが工場見学にやってくると、それまでカモ井加工紙さんが気づかなかったようなマスキングテープの可能性を示してくれました。

業務用のマスキングテープに文字を書くことはなかったが、もともとテープに塗料がのるように作られていたことから、結果として「文字が書ける」テープであったこと。

プロとしてはテープはまっすぐ切りたいところも、彼女たちにとってはギザギザの切り口がかわいいという新しい感覚。

テープの薄さと丈夫さを追求して辿り着いた和紙に、かわいい“透け感”があるということ。

そして、「もっとカラフルなマスキングテープを作ってほしい」との要望。

「とにかく、彼女たちの熱量がすごかったんですよ。熱意がすごく伝わってきて、突き動かされました。ものづくりをする立場として面白く感じたので、じゃあ、やってみようということになって」と谷口さん。

こうして、文具・雑貨向けマスキングテープ「mt」の商品開発がスタート。

彼女たちの望みの色を出すのには苦労したそうです。

「非常にバランスが微妙な中間色だったんですよ。それを再現するのが結構大変でした」とmtの企画・広報を担当された高塚新さんは振り返ります。

そして、およそ2年の月日をかけて、誕生したのがこちら。2008年にmt初のアイテムとして発売されました。

カモ井加工紙のマスキングテープ「mt」

これまでに作られたmtのマスキングテープは2000種類以上。今でも年に600種類ほどが新しく追加されているというから驚きです。

現在、カモ井加工紙さんのマスキングテープの製造は、業務用が8割、文具・雑貨用が2割とのことですが、業務用も文具・雑貨用も基本的な製造方法は同じなのでmtの商品開発に手をかけるのは苦ではないそう。

これも全て、カモ井加工紙さんのものづくりの核となる「粘着技術」を活かした商品だからこそ。

「全く関係のないものを作ってほしいいと言われたら、お断りしていたと思うんですよ。これまでと近しいところのものづくりをやって、業界やお客さんが変わるというのは面白かったですね」と谷口さん。

さらに、mtの誕生は、マスキングテープを手にするお客さんを職人から一般の人に変えただけでなく、カモ井加工紙に入社を志望する人たちも変えたといいます。

mtが世に広まることでカモ井加工紙の認知度もアップし、「何か面白いことができる場所」として認識されるように。志望者にはデザイナーや外国の人もいるのだとか。

カモ井加工紙さんが培ってきた粘着技術とマスキングテープへの深い愛が感じられる工場に潜入した記事はこちら

<取材協力>
カモ井加工紙株式会社
https://www.kamoi-net.co.jp/
「mt」ブランドサイト

文:岩本恵美
写真:尾島可奈子

※こちらは、2018年4月19日の記事を再編集して公開しました。

ツバメノート、なぜ黒澤明もみんなも愛するのか。製造現場を見てわかったこと

みなさんには「手離せない文房具」はありますか?100均やコンビニでも手軽に買える文房具ですが、自分にあったものとなると、なかなか出会えないものです。

そんな中で、ノートはこれ、万年筆はこれ、と指名買いされる文房具があります。手離せない理由はどこにあるのか?身近で奥深い、文房具の世界に分け入ってみましょう。

第1回目:ノート

故・黒澤明監督が愛用し、2012年にはグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞した大学ノートがあります。

クラシックなデザインと抜群の書き味で人気の「ツバメノート」。支持される理由を、東京・浅草橋のツバメノート本社にて、代表取締役の渡邉精二さんに伺いました。

お話を伺った株式会社ツバメノート代表取締役の渡邉精二さん

ツバメノート株式会社は初代・渡邉初三郎さんが1947年(昭和22年)に東京・浅草橋に創業。ツバメノートは創業当初からのロングセラー商品ですが、その顔とも言えるデザインは、不思議な巡り合わせで生まれたそうです。

手離せない理由その1、いわくつき?のデザイン

ツバメノート

ある日、事務所にふらりと1人の男性が入ってきます。どうやら易者(占い師)さんで、ふと惹かれてこの建物に入ったが、実はデザインも手がけている、と言う。

そこで男性にノートの表紙デザインの提案をさせてみたところ、創業者であった初三郎さんが気に入り、それが現在のツバメノートの表紙になった、というのです。

2代目を継いだ渡邉さんに言わせれば「いわくつき」の表紙とのことですが、今ではすっかりツバメノートを代表する顔。ノート業界でこれほどデザインを変えないノートも珍しいそうです。変えようと思ったことはなかったのですか?と伺うと、支持されているから変えていません、とシンプルな答えが返ってきました。

ちなみに表紙のワンポイントになっている金の箔押しマークにも秘密が。

箔押し

WはB5版、HはA5版を指すコードです。なんの略字かといえば、Watanabe Hatsusaburo。創業者、渡邉初三郎さんのイニシャルから取っていたのですね。

下の「50S」は50Sheet(50枚)の意味。「自信がなければ自分の名前を商品になんてつけられません。俺が作ったノートだよ、世界に誇れるんだよという気概の現れですよね」と語る渡邉さん。

「そろそろ自分のイニシャルをつけたノートも出してみたいんだけどね、はっはっは」と朗らかです。

ちなみに渡邉さんの胸にはノートと同じ、ツバメマークのピンバッジが。社員さんは皆つけているそうです。かわいらしく、ちょっと欲しくなってしまいました
ちなみに渡邉さんの胸にはノートと同じ、ツバメマークのピンバッジが。社員さんは皆つけているそうです。かわいらしく、ちょっと欲しくなってしまいました

手離せない理由その2、春と秋だけに漉くフールス紙

初代初三郎さんがそれだけの自信を持ったのには、訳がありました。ツバメノートの書き味を支える、中性フールス紙の開発。表紙をめくると、そこには自信のほどが使い手へのメッセージとなって記されています。

裏表紙

フールス紙とはもともとイギリスから入ってきた筆記用の紙の一種。当時流通していたものは、万年筆で書くとインクがすぐに乾かず手を汚したり、にじんだり。使う人は都度すい取り紙で書いたところを押さえてやり過ごしていたそうです。

これをなんとか改良できないか。さらに、当時の紙はもっぱら酸性で、日焼けするとボロボロになってしまう難点がありました。こうした当時の紙の弱点を解消すべく、製紙会社さんと独自に研究を重ねて生まれたのが1万年以上持つという「中性フールス紙」でした。

「創業者はよく『これからは高齢者の時代だ』と言って罫線の幅の広いノートを開発したり、『これからは中性紙だ』と言って中性フールス紙を開発したり、『これからは』というのが好きな人でした。

当時紙の開発を頼んだ製紙会社さんも、その頃『これからの日本のいい紙を作ろう』と燃えている時で、うちの目指すものと合致したんですね」

開発に成功した当時「この紙は設計上1万年以上だってもちますよ」と語った製紙会社さんは、今はもうないそうですが、現在紙づくりを頼んでいる製紙会社さんも、ツバメノートの紙は春と秋にしか作らないのだそうです。

「紙づくりには水が欠かせませんが、その水温や水中のバクテリアが紙づくりに影響するためのようです。私たちが指定したのではなく、ツバメさんのノートの紙はこの条件で作らなければ、と自発的にやってくださっています。ありがたいことですね」

手離せない理由その3、なめらかな書き味を支える水性の罫線

書きやすさを支える、大切な要素がもうひとつあります。それが罫線。一般的な罫線は油性で、完全には紙に染み込まないため、紙の断面図でみると線の部分が凸になっているそうです。

つまり筆記用具の先が線をまたいだ時に、わずかながら引っ掛かりが生まれます。それを避けるため、ツバメノートの紙面は水性インクを使った「罫引き」という手法で罫線が引かれています。ノートづくりの工程のうち、唯一撮影を許された罫引きの現場をご紹介します。

井口ケイ引き所

ツバメノートさんから徒歩圏内にある井口ケイ引所さん。もう新しい機械は生産されていないという貴重な罫引きの機械が、ガチャンガチャンと音を立てながら稼働していました。うず高く積まれている紙が、ヒュンヒュンと機械の中に吸い込まれていきます。

機械

紙を運んでいるのは糸。上下2本の糸の間に挟まれて紙が送られ、機械の中心部でローラーを通過します。

紙が機械の中心部に近づいてきました
紙が機械の中心部に近づいてきました

ローラーにはノートの罫線の幅に合わせて凹凸があり、凸部分にインクがついています。計4本のローラーを通る間に、紙にはあっという間に罫線と目盛りが両面印刷されるという複雑な機械です。

まずは目盛りを入れるローラーを通過。下段のクリップで押さえてある箱がインク入れ。隙間のピンクがかったところはゴム製のローラー。ここにインクが移し取られ、さらにその上の罫線を引く金属製のローラーにインクがのる、という仕組みです
まずは目盛りを入れるローラーを通過。下段のクリップで押さえてある箱がインク入れ。隙間のピンクがかったところはゴム製のローラー。ここにインクが移し取られ、さらにその上の罫線を引く金属製のローラーにインクがのる、という仕組みです
続いていよいよ罫線を引くローラーへ。糸の間を縫って、回転するローラーの凸部分についたインクが罫線を引いていきます。ノートの幅に合わせて、ローラーに隙間があります
続いていよいよ罫線を引くローラーへ。糸の間を縫って、回転するローラーの凸部分についたインクが罫線を引いていきます。ノートの幅に合わせて、ローラーに隙間があります
これがインク。万年筆を思わせる色合いで、使うのはこの一色だけだそうです
これがインク。万年筆を思わせる色合いで、使うのはこの一色だけだそうです
インクがすぐ乾くよう、紙を送る土台にはヒーターが入っています
インクがすぐ乾くよう、紙を送る土台にはヒーターが入っています

もちろん罫線の幅や紙のサイズはノートの規格によって違うので、ローラーの種類も規格の数だけあります。機械の上には箱入りのローラーがたくさんストックされていました。全て鋳型で作られているそうです。

線を引くローラーが入った箱。年季が入っています
線を引くローラーが入った箱。年季が入っています
インクをこまめに補充したり、混ぜ合わせる必要があります。機械を動かすうち、井口さんの指先は真っ青に
インクをこまめに補充したり、混ぜ合わせる必要があります。機械を動かすうち、井口さんの指先は真っ青に

「罫引きにも弱点があって、オフセット印刷のように版で印刷をするわけじゃないから、目盛りの位置がページごとにちょっとずれるんです。

問題になって1度は目盛り自体をなくしたのですが、お客さんから『多少位置がずれても、飾りでいいから無くさないでほしい』との声を多数頂いて。また復活させました」

確かによく見ると、目盛りのスタート位置がページによって違います
確かによく見ると、目盛りのスタート位置がページによって違います

ツバメノートの罫線はよく見ると線の幅にもわずかな揺らぎがあります。そうした、ある意味での不完全さが、かえって使い手に安心感を与えるのかもしれません。

今ツバメノートの罫引きができるのは、井口さんお一人だけ。「うちで後継者を1人入れると約束しています」と、帰り道の渡邉さんは真剣な表情でした。

撮影の合間も「あの紙は…」と紙談義。渡邉さん、おしゃれです
撮影の合間も「あの紙は…」と紙談義。渡邉さん、おしゃれです

手離せない理由その4:かみは細部に宿る

渡邉さんにお話を伺っていると、今までに開発された商品がどんどんテーブルの上に出てくるのと同時に「お客さん」というワードがよく出てきます。

「うちの紙は目にやさしいよう蛍光染料を使っていません。そうするとお客さんから『仕事での目の疲れが1時間分くらい違う』と言われてね」

「ツバメノートは糸綴じです。ホチキスですと、年中書いてめくっているようなお客さんだとすぐに破けちゃいますから」

「ノートの表紙は通常は1枚の紙です。ところが100枚綴りくらい分厚いと『使っているうちにどうしても表紙が破れてしまう、どうにかならないか』とお客さんからの声があって、紙を2枚貼り合わせる裏打ちという方法を取っています」

ノートを買った人から、以前は直接ハガキで、今はFAXで様々な声が届くそうです。それを一つひとつ読み、必要だと思ったことはすぐに改良や新商品開発につなげてきた、と渡邉さんは話します。

そうして生まれてきたアイテムは、「斜めに書く癖のある人のためのノート」や設計の仕事をする人のための「設計ノート」など実にユニーク。これだけ定番の人気アイテムがあるのに、毎年新しいノートの開発を重ねているそうです。

罫線が斜めに引かれています!
罫線が斜めに引かれています!
手書きのおすすめレター、味があります
手書きのおすすめレター、味があります
高岡銅器の銅板を表紙にした新作
高岡銅器の銅板を表紙にした新作

そもそも「ツバメノート」という社名も、ツバメさんという営業担当の人が営業先で大変な人気で、商品が「ツバメさんのノート」と呼ばれていたことから「そんなにお客さんに愛されているなら」と社名に採用したとのこと。

思えば1万年もつと言われる紙が生まれた経緯も、罫線が水性な理由も紙が糸綴じな理由も、全てノートを使う人の使い勝手をじっと考えてきて生まれた答え。

「ノートを大事にしてくれる人、喜んでもらえる人に使って欲しいな」と語る渡邉さんですが、きっとそうした細部の便利さが、文房具はダイレクトに使う人に届くのだろうと思います。

子どもの頃、文房具は自分のお金と自分の好みで選べる唯一の道具、特別な買い物でした。大人になった今だから一層、数百円のノートの中に詰まった様々なアイディアや工夫を、嬉しく思うのかもしれません。

身近なものだからこそ大切にしたい、と思う使い手と作り手とが共鳴しあって、ツバメノートは手離せない文房具になっているように感じました。

<取材協力>
ツバメノート
http://www.tsubamenote.co.jp/


文・写真:尾島可奈子

この記事は、2017年2月24日公開の記事を、再編集して掲載しました。新学期にぜひ「手離せない文房具」を選んでみてはいかがでしょうか