こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
自分が得意なことを活かして「工芸」を支える人を紹介する連載「毎日かあさん、ときどき職人」。お店で思わず手に取った素敵な商品は、元をたどっていくとどこかの屋根の下、一人のお母さんの手で作られているかもしれません。どんな人がどんな思いで作っているのか?第一弾の「針子さん」、第二弾の「染子(そめこ)さん」に続いて、第三弾はアクセサリーからお正月のお飾りまで、商品を組み立てる「組子(くみこ)さん」を訪ねました。
洋間にも飾りやすいようアレンジされた小ぶりの注連縄飾り。
花のコサージュは「代々栄える」ようにと正月飾りに用いられる橙(だいだい)に見立ててある。お店で見かけたら、わぁ、かわいい、と飾るシーンをイメージするかもしれない。けれど今日は、時間をさかのぼってみよう。
きれいな円を描く注連縄の端を金糸できっちり結び、鮮やかな花のコサージュを注連縄の中心につけ、コサージュの下にバランスよくレースを取り付けて、均整のとれたこのお飾りを作っているのは、いったいどこの、誰だろうか?
「金糸は、注連縄とボンドで接着させながら巻いてあります。はじめボンドは爪楊枝でちまちまと塗っていたんです。そうしたら、『筆でやったら』と保母をやっている妹が教えてくれて。保母さんって工作するでしょ」
そう言いながら注連縄の定位置にさっさ、と筆でボンドを塗っていく。乾かぬうちに、金糸が巻きつけられていく。すきま無く、重なり無く。巻き終わると、留め部分が表から見えないように、縄の内側で糸が結ばれる。この間ほんの数分。取材に伺った私たちに説明をしながら、けれどずっと手は動いている。
三谷由美子さん。
冒頭の注連縄飾りを毎年作っている、熟練の作り手さんのひとりだ。商品の製造元である中川政七商店では、毎年製造するアイテムの一部を、資材や道具を届けて近隣の方に在宅で作ってもらっている。担い手の多くは主婦の方だ。中でも機械では作れない、細やかな手作業の要るお飾り商品は、彼女たちの力なしでは作れない。
三谷さんは7年ほど前から中川でこの仕事をはじめ、2・3年前から難易度の高いお飾り商品を任されている。3人の息子さんはすでに独立。今はご主人と二人暮らしで、主婦業のかたわら、また、時折息子さんがつれてくるお孫さんの面倒をみながら、お飾りづくりにとりかかる。
「こんなの写真に写ったら、『あんなのプリンの空き瓶やん』って笑われそうやわ」
そう笑いながら筆を差し入れたのは、元はきっと美味しいプリンが入っていたであろう、白い小さな陶器。ボンドが固まらないよう、水が張ってある。
ちなみにあの筆は支給されていません、と同行した中川政七商店の製造担当者が苦笑いした。三谷さんが自ら、作業のしやすいように道具を見つけてくるのだという。他にも机の上には、ハサミだけで4種類、ボンドをつける筆が2種類と、商品を作るための道具が整理されて置かれていた。
今度は左右均一に金糸の巻かれた縄の先を、定規で位置を測りながらハサミで短く切る。切った先から手でやわらかくほぐしていく。
実際は中心から何センチメートル、など仕様書に詳しく規定が書かれているのだが、数字は頭に入っている。今度は実寸の商品がプリントされた仕様書の上に注連縄を置いて、レースとコサージュの取り付けにかかる。
レースはつるしたときにひらひら動かないよう、本体とボンドで接着される。こういう細かなところは爪楊枝か竹串でするんです、と三谷さん。あらかじめ葉と接着しておいた花のコサージュは、取れないようにたっぷりボンドをつけてレースの上から固定する。乾かしたら、商品の完成だ。
作業を終えて、手先についたボンドを取り除きながらふと、三谷さんが言った。
「仕事するときは爪も長くないとあかんの。特にこの指の爪は大事で」
と人差し指と親指を示した。他の爪より少し長くなっている。
紐を結ぶとき、レースを決まった位置に止めるとき、確かに親指と人差し指の爪先が器用に動いていた。
「孫にいわせれば『ばぁば爪伸びてるよ』と言うんだけど」
爪に気を使っていたら、家事との両立は大変ではないだろうか。
「今は食洗器もあるし、できるだけ水仕事はしない。冬だったら手袋はめてしますね。かといって、ハンドクリームも(商品につくので)あまり塗れない。冬場は商品触っていると、やっぱり手がかさかさします」
熟練の三谷さんが終日とりかかって、1日20個の注連縄飾りが出来上がる。工程一つひとつをとっても根気の要る作業だし、家事や手肌にも気を使う。決して楽ではない仕事を、続けていられるのはなぜだろうか。
「時間がいっぱいあったら、何もしないでしょ、だらだらと。だからやるときは家事をはさみながら。これ終わったらここ掃除して、とか目に付くところをチェックしたり、全部終わったらあべのハルカス(大阪にある大型ショッピングモール)行きたいな、とか。 そう思いながらやると、楽しいですね」
昔はお金を稼ぐ目的を一番に、こうした在宅の仕事をやっていたという。けれど自分の作った注連縄飾りを手にしながら、「同じものをずっとする仕事もあるけれど、これは違う」と話す。
「10個して10個おんなじように、とはいかない。同じように作っていても、結びひとつでまったく同じようにはなりません」
その言葉は、いわゆる手作りならではの出来のゆらぎを「味」としてよしとするような響きとは少し違った。少しでもきれいに、求められた品質以上になるように工夫を重ね、道具をそろえ、商品によって作業する部屋も変えるという三谷さんの、プロとしての意識が感じられるようだった。
「息子に『お金に困っているわけでもないのに何で内職するの』って聞かれました。内職=貧乏と思ってますよね。でも、私は内職しているとはめったに言いません。仕事している、と言っています。なぜ続けているかって、ぼうっとしているのが嫌だから。もったいないでしょ、まだ元気やのに。時間がもったいないからしているんですよ、自分のために。」
ちらりとのぞかせたプロ意識を包むように、またふんわりと笑って、手は仕事に戻っていた。
<掲載商品>
遊 中川 注連縄飾り
※通常作業する際は、髪の毛の混入を防ぐために髪を手ぬぐいや三角巾などで巻いて作業をされています。今回は特別に、外した状態で撮影させていただきました。三谷さん、ありがとうございました。
文:尾島可奈子
写真:木村正史