メーカー兼コーディネーター。垣根を越えて動き出す、日本一のデニム産地・福山の今

日本一のデニムの産地はどこだと思いますか?

製品としての国産ジーンズの産地といえば、岡山県倉敷市の児島地区が有名です。でも、ジーンズの生地であるデニムの日本最大産地は、広島県福山市。

実に全国シェア7割を超えるデニムが福山で生産されているのです。

デニム 福山 機械

児島のジーンズも、生地は福山市やお隣の岡山県井原市のデニム素材を使用。

近年ではその品質が海外からも注目を集めています。特にヨーロッパでは、デニムの質の高さ、オーダー通りに仕上げる技術精度、安定した供給力が買われ、ハイブランドから指定されるほど、信頼されている福山デニム。

しかし、その存在は、国内ではあまり知られていません。

今回は、そんな現状を打開しようと産地の中で”新しいメーカーのあり方”を模索する、ある織物メーカーのお話です。

「完全分業」で行われるデニムの製造

福山市はもともと藍染めの織物「備後絣(びんごがすり)」の産地でした。

江戸時代から綿の栽培や製織、染色が盛んだったこともあり、「備後絣」で培われた厚手生地の織布や藍染の技術は戦後、デニム生地の製造へ引き継がれ発展。

デニムの一大産地になってもなお、国内でその存在をあまり知られていないのはなぜなのでしょう。

ジーンズを製品として完成するには、大きく分けて5つの工程があります。

1)糸を作る「紡績」
2)インディゴ染めする「染色」
3)糸を織って生地にする「織布」
4)生地から製品を作る「縫製」
5)出来上がった製品を洗ったり、ダメージ加工をしたりして表情を出す「洗い加工」

デニムの経糸
デニムの経糸は、表面だけインディゴで染めているため、中の芯は白い糸のまま。色落ちによって中の白い部分が表に出ることで表情が生まれる

福山市の街なかには、「紡績」を除く「染色」、「織布」、「縫製」、「洗い加工」の各工程を担う企業が一極集中しています。

中には紡績から織布までの設備を持ち、複数の工程を自社で一貫して製造している大手企業もありますが、大半は各工程を担当する企業が個々に分かれた完全分業制。

各企業が独自の技術を磨き、互いに高めあう環境が、世界に通用する高い競争力の元になっています。

しかし、そうして福山で作られるデニムの多くは、完成品手前の「生地」として法人向けに流通しているもの。

福山デニム

世界に誇るデニムの産地でありながら一般的にあまり知られていないのには、こうした理由がありました。完成品であるジーンズがブランドとして消費者に向けて販売され名前を知られるのとは対照的です。

また、産地の分業体制は地域がワンチームとなってジーンズをつくっているといえますが、個々の会社が100工程以上を細かく分業しているため、ひとつひとつの会社に光が当たりにくいのも事実。

「それぞれの得意分野や強みを生かし、横の連携が取れればもっと新しいもの、高品質なもの、面白い製品が生まれるはず。各社の強みを掛け合わせればどんなことができるか──」

そんな思いから、織布メーカーでありながらコーディネーターのような動き方で「福山のものづくり」に挑んでいるのが、篠原テキスタイルです。

お話を伺った篠原テキスタイルの篠原さん親子。後ろにはデニム生地や製品が様々に並んでいま す
お話を伺った篠原テキスタイルの篠原さん親子。後ろにはデニム生地や製品が様々に並んでいます

100年以上の歴史を持つ織布メーカーの挑戦

篠原テキスタイルは1907年 (明治40年) に、かすり織物製造の個人企業を創業。その後、綿織物に発展し海外へ生地を輸出していた歴史があります。デニム織布の製造にシフトしてからも、品質重視の完成度の高いデニム生地が評価されています。

ショールームの壁一面に並んだデニム地の見本
ショールームの壁一面に並んだデニム地の見本

ひと口にデニムといっても、糸の種類、太さ、形状により生地の種類は様々。中でも篠原さんが得意とするのがテンセルデニムです。

デニム 素材 福山

通常、デニムはコットン(綿花)から製造されますが、「テンセル」は樹木のセルロース(繊維の元)からできた繊維。

デニム テンセル繊維
溶かして濾過したパルプから不純物を取り除き、セルロース (繊維の元) を壊さずに取り出したのがテンセル繊維

自然由来の繊維で、刺激が少なく、肌触りもなめらかでツルツル。生地には独特の光沢があります。肌着や寝具に使われることの多い生地です。

篠原テキスタイルが手掛けるテンセルデニムは、細番手の糸で織るきれいめ、上品な印象。ソフトでしなやかな風合いが特長で、スカートやワンピースにも適しています。

経糸40番という一番細い糸を使っており、通常のデニムより織りにくいにもかかわらず、多品番のテンセルデニムを扱っています。

福山デニム
1950年代から使っている機械式のシャトル織機
風で緯糸を飛ばし、高速、高効率に生地を織るエアージェット織機。柄ものや多重織など、従来のデニムにはない織物の製織が可能になった
短納期で対応できるようにと、24時間操業

世界に向けて福山産デニムを発信していくために

「福山の同業者は仲がいいんです」と語るのは、篠原テキスタイル新事業開発リーダ―の篠原由起さん。

篠原さん

受託メインだった生産体制から、15年前に父親である現社長が自社製品を開発。徐々にそのウエートを高めていく中で、他社との連携も広がっていったといいます。

「昔はBtoBの製品という性質上、技術や情報を社外にもらさず、互いに探りあっていましたが、顧客や技術の囲い込みには限界があります。

それよりも、各社ともそれぞれに得意なジャンルがあるのだから、オープンにして紹介しあう方が、ビジネスに広がりが生まれます。

なんといっても、戦う相手は世界。連携して個々の強みを集結した方がより大きな力になりますからね」

お客さんからの相談に対して、自社よりも他の織布メーカーに適した生地があれば、すぐに紹介。また、染色や加工など、突出した技術を持つ他の専門業者とのコラボレーションにも積極的です。

染糸、製繊、縫製、洗い、特殊加工までをオール福山の繊維専門業者が連携してつくりあげた「F.F.G(fukuyama factory guild)」ブランドのジーンズもその一つです。

福山 デニム タグ
「100%福山品質のライフタイムデニム」をコンセプトに企画した福山ファクトリーギルド(F.F.G)のジーンズ。

同じ地域内で「染色」、「織布」、「縫製」、「洗い加工」という一連の工程が完結できるのは、産地としてのアドバンテージ。

一方で、「こんなジーンズを作りたい」「こんなデニム製品がほしい」と望むお店やデザイナーが、分業制が確立された福山で各工程ごとに適した専門メーカーや問屋を見つけていくのは至難の業です。お客さんの要望に応えるには、各工程をつなぐ役割が必要となってきます。

そこで篠原さんは、同業他社、他の専門業者との連携にフットワーク軽く応じ、メーカーの垣根を超えて顧客の要望に応え、提案する産地のコーディネーターのようなポジションを担っています。

「自社にできないことでも、できる会社がほかにあるなら、紹介しあえば広がる」

ひとつずつそんな経験を積み重ねる中で、連携の輪も広がっていきました。

最近では、福山の中でも突出した刺繍メーカー、美希刺繍さんとともに「糸を使わない刺繍」で浮き出る柄を表現した、ユニークなテキスタイルを手がけたばかりです。

色は薄青と紺の2色。篠原さんの生地を始め、刺繍、縫製、洗いまですべての工程を福山のメーカーで手がける
こちらはブラウス
ブラウス 水鏡 紺
こちらはスカート
スカート 水鏡 薄青

「生地の個性はいろいろ。さらにどんな加工を施すかによって、新しい素材、新しい製品が生まれます。他の専門業者とコミュニケーションをとりながら、素材を探して頻繁にメーカー間を行き来しています」と篠原さん。

デニムはインディゴで染色した経糸と染色されてない緯糸を綾織にしてできあがります。福山というデニムの産地で、分業する各専門業者を経糸とするなら、篠原さんはまさに各社をつなぐ緯糸のような役割を果たしていると言えるでしょう。

経糸と緯糸の組み合わせが無限にあるように、世界に向けた福山デニムの可能性も無限大。ジーンズという枠にとらわれず、デニムの可能性を広げる挑戦は始まったばかりです。

<登場したアイテム>
ブラウス 水鏡
ワンピース 水鏡
スカート 水鏡

<取材協力>
篠原テキスタイル株式会社
http://www.shinotex.jp/


文:神垣あゆみ
写真:福角智江