都立工芸高校では何が学べるのか。授業や学校生活、卒業後の進路を聞いた

JR水道橋駅付近を通過する際に車窓から見える、ガラス張りの大きな建物に覚えのある人もいるのではないでしょうか?

さらには、「工芸高校」と書かれたそのプレートを見てほんの一瞬、興味をそそられたかもしれません。

学校名に「工芸」と名のつく高校は、都内でもただ一つ、この東京都立工芸高等学校のみです。

高校で工芸を学ぶって、どういうことなんだろうか‥‥?

工芸と聞いたら気になって仕方がないさんち編集部が伺ったその場所は、揺るぎないクラフトマンシップに満ちていました。

「工芸」を専門と謳う学校とは‥‥?

東京工芸高等学校

東京都立工芸高等学校(以下、工芸高校)が佇むのは、数々の教育機関がひしめき合う水道橋駅のすぐ目の前。

現在は地上9階、地下2階建ての近未来風な外観が目を引きますが、創立は明治40年と、なんと100年以上の歴史を誇る由緒正しいものづくり専門の高等学校なのです。

東京工芸高等学校

アートクラフト科
マシンクラフト科
インテリア科
グラフィックアーツ科
デザイン科

コースはこの5つが用意され、各学年一クラスずつの少人数制です。

現在は、生徒の約8割が卒業後には進学を選んでいるそう。ものづくりの技術を身に付けた上で、デザイン系の大学や専門学校、美術大学に進む生徒がほとんどだといいます。

分類上は「工業高校」に属する工芸高校。しかし、「全員が図面通りに同じ製品をつくること」を主な目的とする一般的な工業高校と比べ、ここでは「デザイン」というキーワードに大きな存在感があります。

マシンクラフト科キャッチフレーズ 「マシンで創る自分のかたち」

5つあるコースの全てで大事にされているのは、「オリジナル」を生み出せる生徒の育成です。

だからこそ、専門技術の広い知見と高い技術力に加え、デザインのノウハウまでも学ぶことができる環境が整えられています。

では、そんな工芸高校の風景を少し覗かせてもらいましょう!

工芸高校は、熱いものづくりの現場だった

東京都立工芸高等学校 アートクラフト科の実習室

まずは、アートクラフト科の実習室から。

アートクラフト科では、金属・ガラス・宝石などを素材として、手仕事で工芸品を創作しています。

金属・ガラス・宝石などを素材として、手仕事で工芸品を創作

1年生の段階で彫金、鍛金、鋳造の金工技法を身に付け、すぐに実践のものづくりがはじまります。

作業中の生徒のみなさんも、慣れた手付きで鍛金をしていました。卒業生の中には、彫金や鍛金の人間国宝に認定された方もいらっしゃるそう‥‥!

作業中の生徒のみなさんも、慣れた手付きで鍛金

「地下には鍛金室があるのですが、そのちょうど真上が校長室なんです。だから、カンカンと音が響いてくると、『今日も元気にやっているな』と校長先生は思うみたいですよ」

案内してくださった先生がそんなことを教えてくれました。

東京工芸高等学校インテリア科の展示物

こちらはインテリア科の展示物。

学年が上がると、ここまで本格的な模型を作成できるレベルにまで成長していきます。

東京工芸高等学校インテリア科
東京工芸高等学校インテリア科生徒お手製のベンチ

インテリア科の教室には、あちこちに生徒お手製のベンチが配置されています。

こんな風に、それぞれのコースごとの特色が教室にも反映されているんですね。

東京工芸高等学校グラフィックアーツ科では、文化祭で販売するオリジナルTシャツをシルクスクリーンで印刷

グラフィックアーツ科では、文化祭で販売するオリジナルTシャツをシルクスクリーンで印刷しているところでした。

そして‥‥?

東京工芸高等学校 印刷室の奥には大量の活字が

どーん!

印刷室の奥には大量の活字が。活版印刷好きにはたまらない光景です‥‥。

こういった古くからの印刷技術のほか、グラフィックアーツ科には企業が使用している4色フルカラー印刷機も完備されています。

東京工芸高等学校グラフィックアーツ科には企業が使用している4色フルカラー印刷機も完備

ときには、企業や行政から印刷機の依頼で、生徒のデザインを印刷することも! 新旧の印刷技術が充実した環境です。

東京工芸高等学校デザイン科

こちらはデザイン科。

このようなPCを使っての作業はもちろんのこと、より多くの人たちにデザインを通してモノを伝える基盤を幅広く学んでいくことができます。

東京工芸高等学校には、本格的な撮影スタジオまで!

本格的な撮影スタジオまで!

これが公立高校の校舎内だなんて、なかなか想像できません。

東京工芸高等学校マシンクラフト科の作業風景

最後はマシンクラフト科の作業風景です。

作業室に入ると、一瞬「ここは工場‥‥?!」と錯覚を起こしてしまうような本格的な機械がずらりと並んでいました。

先生がそばでマンツーマンで付いて見守る‥‥ということもなく、扱いなれた切削機械で金属を削っている生徒の姿に驚きました。

東京工芸高等学校マシンクラフト科 扱いなれた切削機械で金属を削っている生徒

校舎を一通り見学して感じたのは、私たちがイメージしている高校とはあまりにも違うこと。そして、どこを覗いても、作業服に身を包んでイキイキとものづくりをしている生徒たちの素敵な姿でした。

彼らは、どんな想いで工芸高校での日々を過ごしているのでしょう?

ここで、工芸と直接的に関わりの深い、マシンクラフト科/アートクラフト科の生徒と先生たちにお話を伺いました。

ものを作った経験は、どんな道に進んでもきっと活きるから

東京工芸高等学校マシンクラフト科 左から:池澤来実さん(3年)、小野村実羽さん(3年)、島田先生
左から:池澤来実さん(3年)、小野村実羽さん(3年)、島田先生

まずは、マシンクラフト科のみなさんにお話を伺います。

── なぜ工芸高校に入学したいと思ったのでしょう?

池澤さん:小さいころからものをつくるのが好きで、中学2年生のときに担任の先生に薦めてもらったのがきっかけでした。なかでも高校生のときから本格的な機械を扱えるマシンクラフト科を選んだのは、大学でもここまで本格的な機械を使えるチャンスはあまりないと知ったからです。

小野村さん:私もずっとものづくりが好きで、最初は工業高校に入ろうと思っていたんです。でも、学校見学に行ったら男子ばっかりで、ちょっとこわい‥‥と思ってしまって。
ここを知って、自分らしいものづくりをのびのびできるのって素敵だなと思ったんです。

島田先生:ウチの高校はそれぞれに「これがやりたい!」という気持ちを持って入学してきてくれる子が多いですね。1年生の最初の授業で教えていると、みんな「待ってました!いよいよ機械が触れるんだ!」というワクワク感が伝わってくるんです。

小野村さん:入学してすぐに実習着をもらったときは、みんな「憧れの実習着だ!!」って写真を撮ったりしたよね。

東京工芸高等学校「憧れの実習着」

── 工芸高校の先生は、どんな風に生徒に指導するのですか?

島田先生:私は工業高校で指導していたこともあるのですが、ここは「デザイン」の要素が入ってくるので教え方が全然違うんですよ。

工業高校は決められたモノをいかに早く正確に作るか、というのが求められるのですが、工芸高校は寸法精度よりも「その子が作りたいデザインにどれくらい近づけるか」というのを重視するんです。使っている機械は同じだとしても、アウトプットは全く別物です。

池澤さん:工芸高校には引き出しの多い先生がたくさんいると思います。自分でデザインしてイメージしていたモノよりも良い作品ができるのは、先生たちの技術と知識がすごいからだなぁって。

東京工芸高等学校マシンクラフト科 島田先生

島田先生:変な言い方なんですけど、この子たち、普通の女子高生じゃないですからね。例えば、物に溶接をすると「ビード」という跡が残るんですが、キレイに溶接できるほどキレイなビードができるんです。この子たちはオシャレなカフェの話題よりも「このビードすごくない?どうやって作ってるんだろ‥‥」と盛り上がってるんですよ(笑)。

小野村さん:ウチの高校だったらどの科の子もそうですね(笑)。素材とか加工方法とか、「どうやって作ったんだろう?」ってすぐ考えちゃう。3年間でだんだんそうなっていきました。

── 工芸高校で学んだことを、今後どう活かしていきたいですか?

小野村さん:マシンクラフト科を出たからといって、大学の工学部とかに進学する人はそれほどいません。自分も含めデザインやファッション、美術系志望の人がほとんどなんです。ちなみに私は、機械からは離れますが和裁の世界に進みたいです!

池澤さん:私も、デザインの学科を志望しています。でも、ここで機械のことを経験できたので、それが無駄になるわけじゃないと思ってます。寂しい気持ちや懐かしく思い返すことも多分あるけど、今後自分の好きなことをやっていく中で活きたらいいな。

東京工芸高等学校マシンクラフト科 池澤来実さん(3年)

島田先生:そうですね。マシンクラフト科を出たからといって、機械に関わることを直接やることが全てではないと思っています。自由に、好きにやってほしいです。

大人になるといろいろ出てくるけど、あんまりそういうのに囚われず、今のこの子たちみたいに「作りたいからつくる」という経験ができるって幸せじゃないですか。逆に、ここでいろんなことができるようになったから「その気になれば何でもできるんだな」と思ってくれたほうが嬉しいですね。

それがどうして「良いモノ」なのかを、ちゃんと分かる大人になってほしい

東京工芸高等学校アートクラフト科 左から:矢口鳩望さん(3年)、宇高先生
左から:矢口鳩望さん(3年)、宇高先生

続いては、アートクラフト科のお二人に。

── 進学先にアートクラフト科を選んだ理由を教えてください。

矢口さん:昔からアクセサリー作りなどの細かい作業が好きだったから、自分の手で精密なものづくりができるアートクラフト科を選びました。将来の夢も、今はジュエリー作家になれたら良いなと思っています。

── 生徒たちが手仕事を学ぶ上でどんな授業を行うのでしょうか?

宇高先生:最初の段階から実技の授業があります。道具も最初に揃えるので、美大の金工科と同じようなカリキュラムを学びます。1年生の3回目の授業からは、自分でバーナーを使って銀を溶かしたりし始めますしね。

矢口さん:自分でいろいろ作れるようになると、普段のモノの見方も変わってきました。ショッピングをしていてアクセサリーを手に取ったりすると、「どうやって作ってるんだろう?」って‥‥

宇高先生:あ、裏返すでしょ?

矢口さん:はい(笑)。つなぎ目とか、見ちゃいますね。

── ちょっと意地悪な質問ですが‥‥ものづくりをしていて「もう嫌だ!」と思うことってありますか?

矢口さん:あります。いろんな技術を覚えていく中で、得意不得意も見えてくるんですよね。

よく覚えているのは、2年生の彫金の授業で、ボンボニエール(お菓子入れ)を作ったときなんですけど、私は鍛金がすごい苦手で‥‥。上下のパーツが噛み合うように上手く合わせるのが本当に大変でした。

東京工芸高等学校アートクラフト科 ボンボニエール

宇高先生:制作工程を見守っているので、生徒が苦労しているのは分かるのですが、あえて手出しはしていません。材料と基本的なやり方が分かったら、後は自由に作り始めていって、試しては、うまくいかない、といった経験こそが成長につながるからです。

矢口さん:先生に何回も聞きに行くんですけど、「できるでしょう?」と返されたりして。なかなか教えてくれないときもあるんです(笑)。

東京工芸高等学校アートクラフト科 矢口鳩望さん(3年)

宇高先生:大体は、生徒が作業している音で、うまく進んでいるのかは分かるんですよね。やり方が違っていそうだったら「できてる?」と声をかけるくらいにしています。一番は生徒が自主的に制作できること。手取り足取りしすぎて、二人羽織みたいになっちゃったら生徒の力がつかないでしょう?

── 将来はどんな作り手になりたいですか?

矢口さん:自分の作りたいものをつくるというよりは、自分が作ったものを使ってくれる人たちがどういうものを求めているのかを考えて作りたいです。需要に対して答えていきたい、という気持ちが強いです。

東京工芸高等学校アートクラフト科 宇高先生

── 先生から生徒たちに「こうあってほしい」というのはありますか?

宇高先生:「良いモノ」の本質が読み取れる人であってほしいですね。もちろん作るときもそういう観点でいてほしいし、一流のものを見極める目を持ってもらいたいなと。

良いモノって、それこそ手仕事のような一見するとめんどくさそうな技術があって成り立っていたりするんです。これはどの分野の「一流」といわれるところにも通用すると思うので、その視点をここで育んでいってほしいですね。

ものづくりへの熱意が全ての根底に根付く場所

東京工芸高等学校「ものづくりへの熱意が全ての根底に根付く場所」

「工芸」とは、“実用品に芸術的な意匠を加えたもの”のこと。

作るだけでも、デザインできるだけでも成立しないものづくりを学べるこの場所は、まさに「工芸」の名を冠するにふさわしい高校でした。

そして実は、取材にお邪魔したのは定期テスト直後の放課後だったんです。

普通の高校生なら遊びに行きたいであろうこのタイミングに、多くの生徒が学校の一大イベントである「工芸祭」の準備に夢中になっていました。

「いいものを、作りたいんですよね。」

そう言って、工芸祭で販売する商品作りに熱心に取り組んでいる生徒たちの姿が今も忘れられません。

誰に強制されるでもなく、自ら製作に励む彼ら。

その瞳の奥には、紛れも無いクラフトマンシップがきらりと潜んでいました。

<取材協力>
東京都立工芸高等学校
〒113-0033 東京都文京区本郷1-3-9
http://www.kogei-h.metro.tokyo.jp/
03-3814-8755

文:山越栞
写真:長谷川賢人

こちらは、2018年10月30日の記事を再編集して掲載しました。ものづくりに情熱を捧げる若者たちを、さんちは応援しています!

ポケットに漆器をしのばせ、今宵もまた呑みに行かん

「こぶくら」──そんな可愛らしい名前の漆器があると知ったのは、岩手県二戸市浄法寺を旅したときだった。

滴生舎
山の麓に佇む「滴生舎」には、多くの観光客が訪れる

浄法寺漆芸の殿堂と言われる工房兼ショップの「滴生舎」を訪れ、ご飯や味噌汁を入れる椀、どんな料理をも受け止めてくれそうな皿や盆、漆塗りの箸などがずらりと並ぶ、その一角に置いてあったのだ。

汁椀よりひとまわり、いや、ふたまわりほど小さいだろうか。手にすっぽりと収まるくらいの大きさで、ふっくら丸みを帯びている。

こぶくら
手にもつとこんな具合。ぷっくりとした姿が愛らしい

それにしてもこぶくらとは。こぶ・くら? こ・ぶくら? まるで呪文のような響きが面白く、それでいて謎めかしい。これはいったい……。

「『こぶくらって何?』──それがはじまりでした」

「20年ほど前のこと。私が滴生舎で塗師をはじめて少し経ったとき、何か面白い漆器をつくれないかと浄法寺塗の歴史を調べていたんです。新しいことをする前に、古き文化を知っておこうと思って。そのとき『こぶくら』という漆器がこの地域の人々に愛用されていたことを知りました。で、思ったんです。こぶくらって何だよ、って(笑)」

そう話すのは「滴生舎」で塗師を務める小田島勇さんだ。

塗師の小田島勇さん
こぶくらを復活させた塗師の小田島さん

「名前の由来は分かりませんが、結局のところ、どぶろくを呑むための酒器。それがこぶくらでした」

こぶくらでどぶろくを──ますます呪文めいてきたが、かつて浄法寺町では、どこの家庭でも自家製どぶろくを造り、楽しんできた歴史がある。

どぶろくとは米と米麹、水などを発酵させ、もろみ(醸造後に酒粕になる部分)を漉さずに造る、白く濁った酒のこと。日本酒のにごり酒と見た目は近いが、あちらはもろみを漉したものである。

二戸のどぶろく
二戸では土産物としてどぶろくを販売。とろりと濃厚ながらすっきりとした味わい

現在は、酒税法により個人的などぶろく造りは全国的に禁止。ただし、地域の活性化を目的とする国の構造改革によって、浄法寺町の一部ではどぶろく造りが認可されている。

〝人の和〟の中心には、いつもこぶくらがあった

「自家酒造が禁止される明治31年までは、浄法寺でも盛んにどぶろくが造られていて、冠婚葬祭はもちろん、みんなが協力し合って行う田植えや稲刈りのときなど、人が集まる場にはどぶろくと、それを楽しむための漆器、こぶくらは欠かせないものでした」

「浄法寺歴史民俗資料館」の資料調査員である中村弥生さん

教えてくれたのは「浄法寺歴史民俗資料館」の資料調査員である中村弥生さん。

資料館には旧家で使われていた昔ながらのこぶくらが残っていた。その横にはこぶくらに酒を注ぐ〝ひあげ〟という片口も。

いろいろな形のこぶくら
こぶくらの形はいろいろ。ひあげの注ぎ口には黄色い漆で独特の文様〝くつわ紋〟が描かれていた

写真ではサイズ感がつかめないかもしれないが、ひあげは直径30㎝、高さも20㎝ほどあるだろうか。およそ一升半ものどぶろくが入るというからかなり、でかい。

ちなみに、こぶくらの語源をご存知でしょうか?

「日本語に〝ふくら〟という言葉があるでしょう。柔らかにふくらんでいること、ふっくらとしている様をいうんですが、それを見立ててこぶくらと言ったという説があります。また昔の文献には福が来るという意味を込めて〝福来〟と書いてあったり、小ぶりであることから転じて〝小ぶくら〟になったという説も…まあ、はっきり言って分からないの。

確かなことといえば、この地域の人はみんなお酒が大好きだってことね(笑)」

客人が来れば酒を用意し、祝い事があればみんなで酒を酌み交わす。人が集まるたびに酒をこぶくらで呑み明かすのが、この地域でのコミュニケーションであり、大事なおもてなしだったのだ。

呑兵衛の発想で、現代風にアレンジ

小田島さんはこぶくらの復興に取り組んだ。

この地に根づいた昔ながらの漆器を残すため。そして何よりこぶくらで酒を飲んでみたかったから。そう、小田島さんも歴とした呑兵衛だ。

小田島勇さん
「酒ですか? ええ、そりゃ毎日飲みますよ」

現存するこぶくらの形やサイズを測り、図面をひいた。それを元に木地をつくってもらい、自ら漆を塗り重ねた。

「昔と同じものをつくってみたんですけど、そのままだと大きすぎて、持て余すというか、手にしっくりなじまなくて。しかも、全然可愛くなかったんです」

そこで2割ほど縮小して現代風にアレンジ。

原寸のこぶくらが1合分(180ml)だったのに対し、新しいこぶくらはおよそ8勺(130〜140ml)ほど。

左が昔のこぶくら、右が新しいこぶくら
左が昔のこぶくら、右が新しいこぶくら

「いずれにしても普通のお猪口に比べるとかなり大きい。僕もお酒を呑むから分かるんですが、小さい猪口でちびちび呑むのって面倒じゃないですか。ある程度のサイズがあればいちいち酒を継ぎ足さなくてもいい…っていう、完全に酒呑みの発想です」

こぶくらは高台が高めで持ちやすい

丸みがあって持ちやすく、高台(卓に接する脚の部分)が高めで持ちやすい。

「しかも漆器って滑らないんですよね。手に吸い付いてくれるので、酔っぱらっても落としにくいんです(笑)」

実は「滴生舎」にはほかにも、酒呑みの発想から生まれた酒器がある。

たとえば〝すえひろ〟という下の方が広がっている形の酒器。縁起のいい〝末広がり〟から名前をつけたというが、

コロンと倒しても起き上がるすえひろ
コロンと倒しても起き上がる!

「酔っぱらうと酒器を倒して酒をこぼすこと多いでしょう。だから重心を下のほうにおいて、傾けてもコロンと起き上がるようにしてあるんです」

こちらは、フリーカップとして使える〝ねそり〟。

左が170ml用、右が200ml用
左が170ml用、右が200ml用

「下半分を反らせたデザインにすることで持ちやすくしてあります。それに漆器は熱を伝えにくく冷めにくいという特長が。お湯割りを呑むにもよし、表面に水滴がつくこともありませんから水割りやロックにもおすすめなんです」

漆器と酒、この絶妙な相性たるや。

「南部美人」五代目に聞いた漆器と酒の関係

岩手の地酒といえば「南部美人」。明治35年創業の蔵元は、滴生舎と同じ二戸市にある。

南部美人 特別純米酒
地元の米と水を使い、地元蔵で醸された「南部美人 特別純米酒」は昨年、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)にて世界一の称号を、そして今年は「南部美人 純米大吟醸」と「あわさけスパークリング」がSAKE COMPETI 2018において日本一をダブル受賞。

五代目の久慈浩介さんが、地元でつくられる漆器の魅力と、酒との相性を語ってくれた。

久慈浩介さん
日本酒のおいしさを広めるため世界各国を飛び回る久慈さん

「漆器はまず口当たりがいいんです。唇にあたった瞬間の感触がなめらかで、陶器やガラスなど、ほかの酒器にあるような冷たさを感じない」

漆器の酒器は、口当たりなめらか
漆器の酒器は、口当たりなめらか

「それに酒を注いだときの〝映え〟もいいんです。漆でコーティングされているからか、酒器に酒のツヤやしなやかな表情が映り込み、とても美しい。これはガラスや磁器の酒器などでは味わえない、漆器ならではの楽しみです。

もちろん、味や香りの感じ方は酒器によってガラリと変わるんですよ」

たとえば、世界的に有名な純米酒用のグラスで「南部美人 特別純米酒」を飲んだとき。

「純米ならではの豊かな香りが広がり、非常に繊細で飲み心地も軽やか。これはこれでとても旨い」

続いて、こぶくらで呑んでもらうと

「こちらはしみじみ旨い。米の旨味や丸みといったものをグラスより感じます。口にあたる漆器の質感や形状などからそうした違いが生まれるのでしょうけど、滋味深くて、酒の余韻をより長く感じますね」

おいしそうに呑む久慈さんの姿に誘われて、失礼してこちらも呑み比べ──。

確かに。同じお酒なのに、酒器が違うと味や香りがまったく違うものに感じられる。これってすごく面白い。

「漆器はどんなお酒も楽しめるけど、日本酒でおすすめなのはどっしりとした純米酒や滑らかな口当たりのにごり酒。あぁでも、残念ながら泡酒だけは合わないかな(笑)」

久慈浩介さん
現在、蔵をリノベーションして地元の酒と漆器、料理を楽しめるBARを構想中とか

それにしても地元の米と水、人が造ったお酒を、地元の漆を塗った酒器で味わえるなんて、どれほど贅沢なことだろう。

「二戸は小さな片田舎ですけど、世界に誇る地元の酒米から造る酒や漆器があります。そしてこの地ならではの食材があり、郷土の味もある。ぜひ足を運んでいただき、二戸というテロワールを楽しんでほしいですね」と、久慈さんは語る。

鞄やポケットに漆器をしのばせて

最後に、愛用の漆器の酒器を見せてください──。

そうお願いすると、小田島さんは鞄からおもむろにこぶくろを取り出した。えっ、そんなに大雑把な感じですか? なにかに包んであるわけでもなく、鞄の中にガサッと入れてあったのだ。

「漆器は丈夫ですから、これくらい全然平気です。それにどうせ毎日使うものだしね」

また、ある人はポケットからさっと漆器の猪口を取り出した。

ポケットから突然、お猪口…
ポケットから突然、お猪口…

「これ、マイ猪口です」

こんなふうに二戸ではマイ漆器を気軽に持ち歩き、酒を楽しむ人も多いとか。小田島さんは言う。

「酒との相性はいいし、手にしっくり馴染むからツルッとすべって落とすこともない。漆器の酒器は呑兵衛にはうってつけです。唯一心配なことといえば…酔っぱらって店に忘れちゃうことくらい(笑)」

そんなこと言いながら。今宵もまた漆器でお酒を呑むんだろうな。

<取材協力>
滴生舎
岩手県二戸市浄法寺町御山中前田23-6
0195-38-2511

浄法寺歴史民俗資料館
岩手県二戸市浄法寺町御山久保35
0195−38−3464

株式会社 南部美人
岩手県二戸市福岡字上町13
0195−23−3133

岩手県二戸市浄法寺総合支所 漆産業課
http://urushi-joboji.com

文:葛山あかね

写真:廣田達也