中川政七商店の元バイヤーが惚れ込んだ。和と洋、伝統と現代が融合するうつわ「布志名焼 船木窯」

こんにちは。細萱久美です。中川政七商店のバイヤーを経て、現在はフリーにてメーカーの商品開発や仕入れなどの仕事をしております。

大学生の頃から器に興味を持ち、陶芸も習っていました。なんだかんだで10年近く習っていたような。その割に上達しなかったので作品はあまり残っていませんが、いずれまた習いたいと思っています。

気に入った器もよく買いましたが、20代では海外ブランドの食器が流行っていたので、買うのはほとんど洋食器。例えば今ではすっかり身近なデュラレックスのピカルディグラスは、30年程前にF.O.B COOPオーナーである益永みつ枝さんがフランスから輸入販売し始めて人気が広まりました。グラス1個にフランス文化を感じてワクワクしたのを覚えています。

現在は、どちらかといえば日本の器を中心に、中国や韓国などアジア圏の食器が生活に馴染んでいます。正直こだわりは結構強くて、各地の窯元や作家もの、古いものなど気に入ったものを一つ一つ集めています。

もはや公私の線引きもしていませんが、日本各地に行く機会があると、陶磁器産地であれば、なるべく窯元を訪ねるようにしています。現在奈良に住んでいることもあり、比較的西日本が多いのですが、山陰・山陽も窯元巡りを目的に旅するのにも最適な地域です。私も何度か行ったことがあります。

例えば島根県だと、比較的大きくて有名な「出西窯」、黄釉が印象的な「湯町窯」、「袖師窯」は様々な釉薬を使いこなします。いずれの窯も、見やすく選ぶのが楽しいショップがあるので、旅の思い出にお気に入りの器を探すのにもってこいだと思います。

島根県松江市の老舗、布志名焼・船木窯

今回ご紹介するのは、ちょっと趣の違う窯元の「布志名焼(ふじなやき)船木窯」。松江市の宍道湖畔にあります。江戸時代から続く老舗の窯で、現在6代目の船木伸児さんが作陶を継承されています。

船木窯は、4代目道忠が個人作家の道を選ぶと、民藝運動家の濱田庄司やバーナード・リーチ、柳宗悦たちと出会い、西洋風の陶技を取り入れたり、来待石(きまちいし)を使った、独自の布志名黄釉を完成させました。

布志名焼船木窯
布志名焼船木窯

6代伸児さんがご在宅だと、バーナード・リーチが泊まった部屋や作品、4代・5代の作品やら各国から蒐集されたインテリアが拝見できるスペシャルな窯元です。

伸児さんは布志名黄釉を守りつつ、独自の造形と意匠を生み出しています。この黄釉はとても温かみのあるなんとも魅力的な色。見た瞬間に魅了されましたが、量産する作陶ではないので、正直衝動買いできる価格ではない作品も多いです。

布志名焼船木窯

どうしようかと悩んでいたら、ショップにちょっとしたB品が手の届く価格で販売されていました。黄釉の大皿もあったので、飾り皿のつもりで思い出として購入。

布志名焼船木窯の大皿にパスタを盛り付け

一見、実用には難しいかなと思ったのですが、これは嬉しい誤算で実際に盛り付けると料理が美味しそうに見えます。レモンのような楕円も使いやすく、盛り付けも野菜から肉からパスタまで何でも合うのです。特に来客時には必ず出番のある頼もしいお皿。

理性的には、ベーシックで使いやすそうな食器を選びがちですが、主役を張れる食器のパワーを思い知りました。飾っても美しく、使ってより美しい「用の美」。一見の価値以上のものが見つかる「船木窯」は、行かれる予定があれば事前に連絡をされると良いと思います。

<紹介した窯元>
船木窯
島根県松江市玉湯町布志名437
0852-62-0710

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

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文・写真:細萱久美

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賞味期限はわずか10分。持ち帰り不可の「吉野本葛」で本物の葛を味わう

こんにちは。元中川政七商店バイヤーの細萱久美が、「日本各地、その土地に行かないと手に入りにくい良いモノ」を紹介する連載の第4回目です。

前回のクッキーに続き、今回も食べ物になってしまいました。
グルメでは無いですが、食への関心が高い方だという自覚があります。

ご紹介するのは、我が本拠地の奈良県の一品。ちなみに奈良県は思いの外広く、住んでいる奈良市は奈良県北部ですが、南部地域の方が断然広いのです。

柿で有名な五條や、桜で有名な吉野までは足を伸ばしたことがありますが、天川村、十津川村といった各村は未開拓。いずれ巡ってみたいと思っています。

今回は、南部でも比較的アクセスのしやすい、そして観光地としても人気の吉野のお菓子です。

吉野には特産品も多く、杉や檜と言った木材は「吉野材ブランド」として住宅用に全国に出荷されていたり、気軽なお土産としてはお箸が人気。他には伝統的な手すき製法を守っている宇陀和紙は文化財修復にも欠かせません。

奈良県吉野の風景

食の特産品では、柿の葉寿司、地酒、そして今回スポットを当てる吉野本葛です。葛は植物ですが、「見たことありますか?」と、実は私も聞かれたのですが、意識して見たことはなかったものの、日本全国場所を問わずに生えているそうです。

そんなに一般的な植物とは露知らずでしたが、葛の根から採取する葛粉の製法は大変な手間。根を砕いて、真水で洗ってでんぷん質を沈ませ、上水を取り除いてまた真水で洗い沈める。これを繰り返して純白な葛粉になります。

水が綺麗で豊富な吉野地方独自の水晒製法は、「吉野晒」と言われ、この方法によって精製されたものを「吉野本葛」 または「吉野葛」と呼び、地域ブランドとなっています。上品なとろみと、滋味深い味わいの吉野葛は和食や葛切り、葛もちなど素材を生かした食べ方が多いかと思います。

この連載のタイトルは、「ここでしか買えない」ですが、今回は「ここでしか食べられない」です。しかも驚くなかれ、賞味期限10分の吉野本葛の世界!

目の前で作った葛餅と葛切りを即食べられるお店が「葛屋 中井春風堂」です。なぜ10分かというと、その理由は葛の特性にあり。

中井春風堂の中井さんが葛餅と葛切りを作りながら葛についてお話をしてくださるのも楽しいのですが、中井さん仰るには、葛は「透明感」「滑らかさ」「やさしい弾力」そして、「劣化の著しい速さ」が避けられない要素なのだそう。

奈良県吉野の葛屋中井春風堂
奈良県吉野の葛屋中井春風堂

吉野本葛と水を練り合わせて、火を通すと美しい透明の葛餅や葛切りが出来ます。ただ、その美しい姿を楽しめるのはわずか10分間。

それ以降は水が戻り始め、白濁し弾力も鈍ってきます。ただそれは、葛粉と水という自然の素材のみであるが故、必然の現象なのだそう。

葛屋中井春風堂の葛づくり風景
葛屋中井春風堂の葛づくり風景

目の前で、あっという間に透明の綺麗な葛餅、葛切りが現れたと思ったら、勿体ぶって食べていると確かにじわじわ白く変わってきました。

「あー、無くなってしまうー」と思いつつも、ありがたく美味しいうちに戴きました。これが本当の葛本来の味・・・知っているようで知らなかった世界との出会いです。

葛屋中井春風堂の葛づくり風景

賞味期限の短さゆえに通販は無理で、行かないと食べられないお菓子には、京都の「澤屋の粟餅」、函館近郊の「大沼だんご」など好みが幾つかあり、それをきっかけに旅に行くこともありだと考えています。

旅のきっかけは何でも良いもの。さすがに「10分の為」はなかなかありませんが(笑)。中井春風堂にはお土産にも出来る葛菓子も色々ありますよ。

吉野は全国屈指の桜の名所ですが、これから桜の葉が赤く色づき、11月に入るとモミジが色鮮やかに染まります。

山から愛でる荘厳な紅葉と吉野本葛。なかなかに渋い大人の秋旅におすすめです。

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

 

文・写真:細萱久美

外見◎、中身◎、味◎。三重丸で女性の心を掴む「開運堂 白鳥の湖」

こんにちは。元中川政七商店バイヤーの細萱久美が、「日本各地、その土地に行かないと手に入りにくいモノ」を紹介する連載の第3回目です。

『さんち』は「工芸と探訪」のメディアなので、取り上げる題材は主に工芸品ですが、探訪には食も欠かせません。

郷土食には、その土地特有の食材や調理方法など、食文化が詰まっています。旅先ではなるべく郷土食の店や、地物を扱う店をチェックします。

そして、旅のお土産にもやっぱり食を持ち帰ることに。車なら道の駅、電車なら街のお菓子屋さんや駅の売店で、ローカルフードを探すことを欠かしません。

旅で何度か訪れている地方都市が何箇所かあり、西だと倉敷、東だとダントツにヘビロテしているのが松本です。年1回は行っているでしょうか。

クラフトフェアとして恐らく日本一の集客力を誇る5月の松本クラフトフェアや、温泉宿の玄関口になることも少なくないです。

倉敷は、現住所の奈良から、松本は実家のある東京からアクセスが良いということと、「民芸・工芸」にゆかりの深い街という共通点があります。

あと、散策するのに程よい規模感なので、あちこち立ち寄りながら街歩きをします。そこでも、お気に入りの飲食店やお菓子屋さんが必ず組み込まれることになります。

松本で必ず行くお菓子屋さんの「開運堂」。130年以上続く老舗です。

乾燥する大陸的な気候の信州・松本は、何かにつけ茶と茶菓を口にする習慣があるそうです。確かに松本をはじめ信州には、くるみや栗、りんごや杏など豊かな実りを活かした、京都や江戸とも違う、信州らしい菓子文化があるように思います。

開運堂は和洋どちらかと言えば、和菓子屋の雰囲気。ラインナップは茶席菓子にも使われる干菓子や羊羹などの棹物菓子の正統派から、おはぎやどら焼きのような親しみのあるお菓子まで、松本市民の御用達と言えそうな菓子屋。

実は、和菓子に負けず劣らず、洋菓子も充実しています。おもたせに最適な焼菓子から、生ケーキまでなんとも守備範囲が広い!

パッケージデザインもよく考えられていて、それぞれのお菓子にふさわしいモチーフ表現がなされています。クラシカルで実直な印象が開運堂らしさを醸し出し、気負いなくブランディングされていると感じます。

私が、ほぼ必ず買ってしまうのは開運堂を代表するお菓子の一つ「白鳥の湖」というソフトクッキー。長野の安曇野を流れる犀川に、毎年飛来する白鳥にちなんだお菓子で、パッケージの箱にはその景色が描かれています。

長野県松本市 開運堂のお菓子、白鳥の湖

その可愛らしさから、雑誌などの露出も多いので、ご存知の方も多いかもしれません。

ポルポローネとも呼ばれる、スペインの修道院で考案されたお菓子に似たソフトクッキーですが、初めて食べたら、その柔らかさに驚くと思います。噛む前にあらら・・溶けてしまいます。

こんなに柔らかいのに、白鳥が型押しされて、1枚ずつ丁寧に袋に入っています。袋から出す時も、気を付けないとモロモロと崩れてしまうので、どうやって入れているのか見てみたい。間違いなく職人技です。

長野県松本市 開運堂のお菓子、白鳥の湖

よくジャケ買いをしてしまい、中身は二の次なんてこともたまにありますが、この「白鳥の湖」は、外見も中身も可愛い上に、味も美味しい。よくよく出来た商品です。女性の支持を得て、開運堂のお取り寄せ人気NO.1になっているのも頷けます。

今の時代、お取り寄せも容易なので、本当に「ここでしか買えない」ものは少なくなっていますが、その土地や店舗の雰囲気や空気感の中で買うことも含めて、お土産を買う楽しみだと思っています。

ところで開運堂の本店には、世界で唯一の(?)ソフトクリームロボットが。これはさすがに行かねば絶対に食べられません。笑

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文・写真:細萱久美

猫が好きなマタタビは、米とぎに最適だった

こんにちは。元中川政七商店バイヤーの細萱久美です。

つい最近退職し、独立したばかり。

これからも引き続き、モノづくりに関わっていきたいと思っています。どうぞよろしくお願い致します。

今までも、これからも日本の各地域に行くことがありますが、何らかのご当地モノとの出会いがあります。

美味しいモノは必ず。そして工芸品と出会えると、帰って使ったり飾ったりするのが楽しみになります。

流通や生産量の事情などで、その土地に行かないと手に入りにくいモノとの出会いは旅の醍醐味とも言えます。

比較的珍しいモノでも頑張ればネットで手に入る時代ですが、作られた背景や土地の香りを感じながら現物を選ぶと、モノへの思い入れも深い気がします。

そんな、各地で出会った優れものを紹介する連載の第一回目。

福島県奥会津「マタタビの米とぎざる」

今回は、ずっと行きたいと思ってようやく行けた福島県奥会津の三島町。毎年6月に開催される『ふるさと会津工人まつり』でどうにかこうにか購入できた「マタタビの米とぎざる」を紹介します。

どうにかこうにか‥‥とは、本当に言葉通り。工人まつりは、全国でも1、2を争う集客力のあるクラフトフェアです。その人気は噂以上で、販売開始9時前の7時位には下見客が結構集まり始めるのです。

さまざまなクラフトが出展していますが、特に人気なのはこの土地ならではの「ざるやカゴ」。

作りの良い山葡萄の籠バッグや、マタタビのざるは初日スタート時でないと入手困難のレア商品なのです。その現実に驚きつつも、何とかマタタビの米とぎざるを買うことが出来ました。

マタタビの米とぎざる

マタタビは、猫が好きなことでも知られていますが、三島におけるマタタビ細工は実に歴史が深く、遺跡の発掘品から、縄文時代には現在の技法が存在していたことが分かっています。

平成15年には、「奥会津編み組細工」は国の伝統工芸品に指定されています。

そんな伝統の技が継承されているマタタビのざるは、素材がしなやかで水分を吸うとより柔らかくなるので、お米を傷つけずに洗え、米とぎに最適です。

お米を上手に洗うポイントは、糠を素早く洗い流すことと、米粒をなるべく割らないこと。

マタタビのざるは、水切れが良いので糠もサッと洗い流せ、手にも米粒にもやさしい素材感なのです。乾きも比較的早いので清潔感も保てます。

マタタビの米とぎざる

色白で、ちょっと帽子みたいな愛嬌のある見た目なので、見える所に出しておいても良いと思います。

マタタビの米とぎざる

マタタビの材料を採取する時期は冬の1ヶ月に限られており、下準備も楽ではなく、作り手は決して多くないそうです。

生産も限られているのでいつでもどこでも手に入るものではないですが、三島町生活工芸館では展示販売があるので、ざるづくり最盛期の年明けから春頃は狙い目かもしれません。

奥会津は秘湯もあり、車で移動中も何度も素晴らしい絶景ポイントがありました。今回は車の旅でしたが、会津若松から新潟県の小出駅を結ぶ超ローカル線の「只見線」は絶景の秘境路線として有名だそうです。

過去の豪雨被害の影響も未だ残るようですが、只見川を眺めながらの、のんびり旅はぜひ計画したいと思っています。

細萱久美 ほそがやくみ

元中川政七商店バイヤー
2018年独立

東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。

文・写真:細萱久美