鎌倉彫、800年の伝統を100年後にも残すため、若き職人は世界に挑む

「こんなに綺麗な青の鎌倉彫があるんだ」

三橋鎌幽さんの作品を初めて目にしたとき、心地よい驚きにしばらく見入ってしまいました。

鎌倉の街に住み、日頃から何気なく鎌倉彫を眺めてきた私の中で「鎌倉彫」のイメージが大きく変わった瞬間でした。

今回は、鎌倉の地で生まれた伝統工芸品「鎌倉彫」の物語をお届けします。

朱や黒の漆で塗られ、ごつごつとした彫り目が印象的で、どこか武家の力強さを感じさせられる鎌倉彫。

その誕生から、歴史に翻弄された過去、そして、現代のつくり手による新たな挑戦まで、壮大なロマンが広がる鎌倉彫の世界を、どうぞお楽しみください。

鎌倉で生まれた、武家由来の伝統工芸。

鎌倉彫の香合

「鎌倉彫」の起源は、鎌倉時代。

源頼朝が鎌倉に幕府を開き、中国から禅宗の文化が入ってきた時代。寺社を建てるため、運慶、快慶の流れを引く慶派の仏師をはじめとする一級の職人たちが全国各地から鎌倉に呼び集められました。

当時の仏師たちは、仏像をつくるだけでなく、周辺の仏具の制作すべてを任されていました。その頃流行だった中国からの渡来物の中でも、堆朱(ついしゅ)や堆黒(ついこく)(漆を塗り重ねてから彫る技法)に魅せられた彼らが、その技術をどうにか仏具に使えないかと試行錯誤した結果、木を彫ってから漆を塗るという「鎌倉彫」の祖型となる技術が生まれたと言われています。

金輪寺茶器

漆を塗り重ねて層を作って彫るという技術は、当時の日本では、実現がなかなか難しかったのでしょう。堆朱を追い求め、日本独自の木彫りと漆塗り器の技術を組み合わせて「鎌倉彫」の技法を生み出すまでに、実に100年もの年月が費やされたと考えられています。

そこから、700~800年の時を経た今なおその技術が受け継がれているのです。

建長寺に飾られている唐花文香炉台、三橋鎌幽作(c)濱谷幸江
建長寺に飾られている唐花文香炉台、三橋鎌幽作(c)濱谷幸江

「鎌倉彫」というのは、「木を彫り、漆を塗る」という技術とむすびついた総称。鎌倉でつくられているからではなく、鎌倉時代に生まれた技術だから「鎌倉彫」と呼ばれているのだと考えられています。

鎌倉彫は、江戸時代までお寺の仏像や、儀式で使用する香合などの仏具として発展をつづけてきました。しかし、明治時代になると文明開化や廃仏毀釈(仏教寺院や僧侶の大規模な弾圧政策)により、多くの職人が仏具の制作を続けられない状況に。仕事がなくなった職人たちは、鎌倉彫の技術を活かして、茶道具や一般の暮らしで使われる工芸品をつくるようになっていきました。

鎌倉彫の棗

鎌倉の土産物屋さんでよく見かける、鎌倉彫のお盆やお皿などの生活用品がつくられるようになったのは、ここ150年くらいのことなのです。

そして、そんな激動の時代を生き延び、今でも建長寺や円覚寺の仏具制作を担っている数少ない仏師の血筋のひとつに、二陽堂の三橋家があります。

今回は、二陽堂の若手職人である三橋鎌幽さんにお話を伺いました。

800年の技術を受け継ぐ現代のつくり手。三橋鎌幽さんに聞く

三橋鎌幽さん

二陽堂の職人として、仏具や茶道具制作をはじめ、一般の人たちに鎌倉彫の技術を教える鎌倉彫教室の講師業、国内の百貨店およびパリでの個展開催など、とても幅広く活躍されている三橋さん。

「伝統工芸というと“変わらずにいるもの”というイメージを持たれることが多いのですが、ずっと古いままではないんです。車のモデルチェンジのように、デザインや色、形、アイテムなどを時代に合わせて変えていく。これしか作ってはいけないと凝り固まるのではなく、時代が求めるものを常に考えています」

鎌倉彫を家業とする家に生まれ育ち、お父さんもお祖父さんも職人でした。そのため、子どもの頃は家に帰ると、そばで家族が木地を彫ったり塗っている姿が日常の風景だったといいます。

毎日の食卓にも鎌倉彫のお皿が普通に使われていたこともあり、三橋さんにとって、鎌倉彫は特別なものではなく、ごく日常的なもの。あえて意識しないくらい、いつもそばにあるものでした。

三橋さんのオリジナルデザインMizuシリーズの壁掛け。海の中から水面をみあげたときの光景がモチーフに。(c)濱谷幸江
三橋さんのオリジナルデザインMizuシリーズの壁掛け。海の中から水面をみあげたときの光景がモチーフに。(c)濱谷幸江

小学校高学年のときには、伝統工芸体験の一環で鎌倉彫の授業があり、お父さんが講師に来たことも。そのとき初めて、家業が伝統工芸なのだと自覚したそうです。

「子どもの頃はとくにものづくりが好きというわけではなく、野球少年でした。でも、彫刻はずっと身近でしたね。今思うと、小さな頃になんとなく彫っていた時間というのが財産になっているのだと思います」

そして、一度は大学の法学部へ進学したものの、最愛のお祖父さんが病に倒れたこともあり、就職活動を目前に家業を継ぐ決意をしました。

「自分しかできない仕事が身近にある、これは継がないといけないのではないかという心情になったんです」

三橋鎌幽さん

“彫刻の街” パリで出会った運命の色。

2018年個展『うみやそらとも』より、葛飾北斎の絵をモチーフにした作品(c)今村裕司(むら写真事務所)
2018年個展『うみやそらとも』より、葛飾北斎の絵をモチーフにした作品(c)今村裕司(むら写真事務所)

鎌倉彫を継いだ三橋さんにとって、転機となったのは2017年の夏。2週間のパリ滞在でした。

「世界の彫刻家はだいたいパリに集まるんです。ミロのヴィーナスもありますし。石や鉄など素材は違いますが、彫るという動作は同じです。私も技術を求めてパリへ行きました。たぶん運慶たちが今の時代に生まれたら、彼らもきっと行っているはず」

地元の芸術家たちから多くの共感を得たことが鎌倉彫職人としての自信につながったのだそう。

2018年4月には、パリのギャラリーで初めての個展を開催。
2018年4月には、パリのギャラリーで初めての個展を開催。

「ミロのヴィーナスやニケの彫刻を目にしたときは、(技術的には)思っていたほどじゃない、という感覚がありました。日本で見てきた運慶の仏像の方がすごいな、と。一方で、ヨーロッパの彫刻には、日本にはない美しさがあるとも思いました。

パリに行ったことで自分の技術に対して自信が持てたというか、世界でも鎌倉彫の技術は胸を張っていけるのだと。ヨーロッパの人たちと話したことで気づきました」

そしてこのとき、後の三橋さんの作品づくりに大きな影響を与えることとなる、忘れられない出会いがありました。

パリのサントシャペル教会で目にした、ロイヤルブルーと金のコントラストです。

「じつはずっと漆器の青は邪道だと思っていたんです。でも、パリに行くと教会はだいたい青と金と黒がベースカラー。初めて目にしたときは、『おお!』という感じでしたね。青がとにかくきれいでした。作品に青を取り入れるようになったのは、パリに行ったからなのです」

自分が目にした感動を、鎌倉彫の作品で表現したい。

そんな思いから、三橋さんは以来、青と金のコントラストを積極的に作品に取り入れています。

2018年新作展『青ヲタス』より、青とゴールドの茶器(c)今村裕司(むら写真事務所)
2018年新作展『青ヲタス』より、青とゴールドの茶器(c)今村裕司(むら写真事務所)

かつて自分にも抵抗感があったように、鎌倉彫の青は日本の人たちに受け入れられるのだろうか。

帰国後、不安を抱えながら開いた日本の個展では、思いの外、幅広い層の人々から青い鎌倉彫への高い評価を得ることができたのです。新しい鎌倉彫が時代から求められていることを三橋さんは強く感じたのでした。

ちなみに、漆の青というのは塗料の技術の中でも新しく、100年前にはあまりなかったのだそう。漆の艶感を持った青色は、現代の人だからこそ実物で見ることができる色なのです。

鎌倉彫ができるまで。100年後に残すものづくり

金輪寺茶器

鎌倉彫のものづくりは、100年もの持続年数を見込んでつくられます。

100年と聞くと、現代人にとっては想像もつかないようなスケールです。でも、例えば、昔は衣服も直しながら何十年と着ていたように、当時はものを長く使い続けることが“ごく自然な感覚”だったのでしょう。

結果として、漆器や、特に仏具のものは、それこそ100年、200年と使われることもあるそうです。

そんな鎌倉彫の漆器は、実際のところ、どのような工程でつくられていくのでしょう?

三橋さんに彫刻作業を実演していただきました。

ザッザッという木を彫る音が心地いい。
ザッザッという木を彫る音が心地いい。
三橋鎌幽さん
デザインを設計図に落とし込んでから、彫る作業に移ります。
デザインを設計図に落とし込んでから、彫る作業に移ります。
彫刻刀の数にびっくり!主に平刀・丸刀・切出刀の3種を使うのだそう。
彫刻刀の数にびっくり!主に平刀・丸刀・切出刀の3種を使うのだそう。

鎌倉彫の作品づくりは大きく分けて、「デザインを考える」「木地をつくる」「彫刻をする」「漆を塗る」の工程があります。

とくに木材の決まりはないものの、仏像をつくっていたという経緯から、仏像や仏具制作に使われる桂、朴、檜、銀杏などの木が選ばれることが多いようです。

龍のモチーフを彫っている三橋さん

製造工程のなかで、漆塗りの50工程のため、ひとつの鎌倉彫作品ができるまでには最低1〜2か月はかかるといいます。

そんな風に、自然にまかせて、人の力ではどうにもならない時間があるのが、工芸というものなのかもしれません。

北斎の富士山と龍をモチーフにしたお皿は、設計図からこのように。
北斎の富士山と龍をモチーフにしたお皿は、設計図からこのように。
緻密な龍の部分は切出刀で。細やかなのに淡々と素早い手の動きが印象的でした。
緻密な龍の部分は切出刀で。細やかなのに淡々と素早い手の動きが印象的でした。

できあがった作品は、10年、30年と、時間が経つことで、色味も落ち着いていきます。塗りたてからしばらくの間は光を表層で反射する漆も、50年くらい経つと内部の硬化も進み、さらに透けていくという特性があるのです。

「漆器は仮にまっぷたつに割れても、荒っぽく言うと上から漆を塗って固めれば元通りに戻せます。耐久年数は、日本の工芸が持つ強みだと思いますね」

未来につなぐ。鎌倉彫の新たな挑戦。

作品名「Poignard/懐刀」 鎌倉彫「Niyodo Style」とオートクチュール刺繍「Sirène」の共作。
作品名「Poignard/懐刀」 鎌倉彫「Niyodo Style」とオートクチュール刺繍「Sirène」の共作。

海外での個展開催や、鎌倉彫作品における青の探求に加え、2018年から三橋さんが新たに挑んでいるのがファッションの世界です。

フランス人のクリエイティブディレクターを迎えて始動したファッションブランド「Niyodo Style」では、国内外のクリエイターとコラボレーションしながら、名刺入れやブローチ、バッグなど、これまでの鎌倉彫のイメージを刷新するようなモダンで洗練された作品を創り出しています。

鎌倉彫の名刺入れ。中は寄木細工とのコラボレーション
鎌倉彫の名刺入れ。中は寄木細工とのコラボレーション

「現代でデザインが一番反映されるのはファッションだと思うんです。誰もが生活に欠かせず、流行が顕著にあらわれるからこそ、かなり速いスピードで具現化されていきます。一方で、鎌倉彫は100年くらいのスケールでものづくりをします。

ファッションのようにものすごくファストなものと、ロングスパンなものの両方に身をおくことで、何か刺激的なものや、新しい可能性が生まれるんじゃないかと思っています」

鎌倉彫とオートクチュール刺繍を使ったクラッチバッグ
鎌倉彫とオートクチュール刺繍を使ったクラッチバッグ

時代に翻弄されながらも、800年の時を超えて受け継がれ、独自の発展の道を歩んできた「鎌倉彫」。

この唯一無二の芸術品を次の世代へと残していくために、日本から世界へ、三橋さんの果敢な挑戦は続きます。

<取材協力>

鎌倉彫二陽堂

住所:神奈川県鎌倉市坂の下12-6

TEL:0467-22-6443

文:西谷渉
写真:長谷川賢人

*こちらは、2019年3月8日の記事を再編集して公開しました。

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「長く愛されるものづくり」の要素を、Salvia(サルビア)主宰・セキユリヲさんに聞く

つくり手の人柄が見えてくるようなプロダクト。直感的に、近くに置いておきたいなと感じるものには、人の温度がこもっているような気がします。

「目指しているのは、新しいけど、懐かしいデザイン。

いつまで経っても古びない、長く大切にできるものをつくっていきたい」

デザイナーのセキユリヲさんが主宰する〈Salvia(サルビア)〉は、オリジナルデザインの靴下やハンカチ、ストールなど、日々の暮らしを彩るものをつくっている生活雑貨ブランドです。

Salviaのコンセプトは「古きよきをあたらしく」。

Salviaのコンセプトは「古きよきをあたらしく」。

東京・蔵前のアトリエで、日本各地の伝統工芸や地場産業など、つくり手の技術をいかしたものづくりをしています。

デザイナーのセキさんは、やわらかでやさしい温もりのあるsalviaのデザインをそのまま体現したような方。

今回はそんなセキユリヲさんに、Salviaの活動や、日本のものづくりについてお話を伺いました。

植物は人を癒やす力を持っている

Salviaというブランドは、もともとはセキさんの個人的な活動から始まりました。

子どもの頃から絵を描くのが好きで、グラフィックデザイナーとして本や雑誌のデザインなどを手掛けていたセキさん。

「植物のスケッチをしているときやパターンを描いているときが、いちばん心が安らぐんです。

植物の持つエネルギーを身に着けられたら、と、描き溜めていたスケッチを元にものをつくるようになったことが、Salviaの活動につながっていきました」

はじめは、自分でデザインしたテキスタイルを使って、クッションやカーテンなど、生活にまつわるものをつくりためていましたが、2000年に表参道のギャラリー・ROCKETで行った展示会をきっかけに、企業やメーカーとコラボレーションをしてものづくりをするように。

ある染織家との出会い

そんな中、セキさんのその後のものづくりに大きな影響を与える、ある職人さんとの出会いがありました。

インテリアテキスタイルの仕事で、当時新潟にあった「抜染」をしている染め工場と一緒にものづくりをしたときのこと。

※抜染(ばっせん):抜染剤を使い、無地染めの生地の色を抜くことで、模様や柄を描く手法。

それまではインクジェットやシルクスクリーンなどのプリントでテキスタイルをつくっていましたが、初めて職人さんと組んで布づくりを経験。

その道を極めている職人さんの技術に感動し、彼らとのものづくりのおもしろさにすっかり夢中になりました。

「自分ひとりではなく、自分以上にいろんなものを経験している人とご一緒すると、倍以上のクオリティの高いものが人々に届けられるんだなと実感できたんです」

そこからセキさんは、古くから続く職人さんの技術をいかしたものづくりに惹かれ、力を注ぐようになっていきました。

ものづくりの原点は「欲しいもの」

Salviaのものづくりは、まずは「これがつくりたい」「こんなものがあったらいいな」という、セキさんの思いから始まります。

次に職人さんを探しますが、なかには職人さんが見つかるまでに何年もかかることもあるのだそう。

そうして、ようやく出会えた職人さんとのものづくりが始まると、何度も現場に足を運んでは、職人さんと話し合い、試作を重ねていきます。

ときには予想もしていなかったようなサンプルができあがってきたりと予想外の展開や職人さんとの一連のやりとりがとにかく楽しいというセキさん。

「職人さんに『もっとこういうものできませんかね?』というと、『ちょっとやってみるよ』と言って、ぜんぜん違うものがでてくるんですよ。『じゃあこうしよう』『ああしよう』といって、思いもよらなかったものができあがる。その工程がすごくおもしろいんです」

小冊子「季刊サルビア」

完成したプロダクトだけでなく、職人さんとのものづくりの過程も伝えたくて、2006年から小冊子「季刊サルビア」を発行。ものづくりの裏側にある、あたたかなストーリーの数々を紹介しています。

テキスタイルを学びに、スウェーデンの小さな島へ

さらなる転機が訪れたのは、2009年のこと。

2000年に個人的な活動として始まったSalviaにもスタッフが加わり、徐々に仕事を任せられる状況になっていました。

「一生のうち、何年かは日本以外の国に住んでみたい」という気持ちがあったセキさん。2009年の秋から1年間、ご主人と猫ともどもスウェーデン留学へ。「カペラゴーデン」という小さな手工芸の学校で、スウェーデン織りや刺繍、染色などのテキスタイルを本格的に学びました。

「スウェーデンは、夫と何度か旅行で行ったことがあったんです。他の国にも行きましたが、(北欧が)居心地がよくて、自分たちの求めている感覚に近いなと思いました」

学校があるのは、エーランド島という小さな島で、スウェーデンの中でもとくに田舎で人間よりも羊の数の方が多いような、牧歌的なところだったのだそう。

スウェーデン、エーランド島
スウェーデン、エーランド島

そこには、何もないからこそ感じられる自然の生き生きした美しい姿や、ものづくりに没頭できる理想的な環境がありました。

「『今日、あの花咲いたね』というのが、みんなのいちばんの喜びだったり、話題の中心だったりするんですよ。

東京で暮らしていた私にとって、それがものすごく豊かなことだなと思いました」

スウェーデンで学んだ1年間のことを、とても大切な宝物のことのように話してくれたセキさん。

雪割草(ゆきわりそう)といって、雪を割って春一番に出てくるお花が咲いた日には、わぁーっと噂が広まり、みんなで走って見に行ったり。

「雪が降った日には、大の大人たちがみんなで懐中電灯をつけて、夜中の散歩に出かけこともかけがえのない思い出です」

セキさんが学んだ「カペラゴーデン」
セキさんが学んだ手工芸の学校「カペラゴーデン」
「トラス・マッタ」づくりでは、染色にも挑戦
北欧の家庭でおなじみの裂織りマット「トラス・マッタ」づくりでは、染色にも挑戦。

スウェーデンでの経験は、その後のセキさんのものづくりにたくさんの変化をもたらしました。

そのひとつが作品の色使いです。

留学を経て、スウェーデンの基本色に惹かれるようになりました。

「透明感があるんですよね。空気が澄んでいるからかな。色の使い方などもきっと、すごく身になっていると思います」

Salviaの商品「旅するハンカチーフ」
鮮やかだけれど強すぎない、セキさんの独特な色使いは、北欧の美しい風景を思わせてくれる。

そして、もうひとつ。

「カード織り」という、スウェーデンや北欧で伝統的に伝わる織り物の技法に出会ったことです。

カード(台紙)を織り機に見立て、くるくると回すだけで模様の織り物がつくれるシンプルな手法で、織り機の元祖となったものなのだそうです。

カード織り
カードにはABCDと書かれた穴があり、設計図どおりに異なる糸を入れて織っていく。

「織り物っていうと織り機がないとできない、道具を揃えなきゃいけないイメージ。でも、この小さなカードならどこでも、例えば、森の中でも織り物ができちゃうというおもしろさがあります」

スウェーデン滞在中、カード織りに長けているある先生との出会いがあり、その奥深さにすっかり魅了されたセキさん。直々にカード織りを集中的に学び、帰国後はSalviaのアトリエなどでワークショップを行うまでになりました。

「そこから、手でつくるものっていいな、と改めて思いました」

ものづくりから、ことづくりへ

セキさんがスウェーデンから帰国した翌年の2011年、Salviaのアトリエは東京の下町・蔵前に引越しをしました。

「蔵前のまちの人と人のつながりの濃さがが、すごく居心地がいいなと思ったんです」

Salviaのアトリエからの風景
「景色に惹かれた」という古いビルの3階にあるSalviaのアトリエは、隅田川に面していて、遊覧船がゆったりと行き交う風景や、川の向こうには東京スカイツリーも。

現在、蔵前のアトリエは、ものづくりの企画や発送を行うオフィスとしての役割のほか、月に1回だけオープンする手仕事を販売するお店「月いちサルビア」や、カード織りワークショップの開催など、「地域」と「人」や「もの」がつながる場にもなっています。

さらにこの夏ははじめての取り組みも。新潟のつくり手さんが主催するファクトリーイベントに、お客さんにもSalviaの一員として参加してもらうという体験型の企画を予定しています。

「これからは、『場づくり』や『ことづくり』をやりたいなと思っています。ワークショップや、Salviaの活動を一緒に体験してもらうとか。人と人とのつながりをつくっていきたいですね」

セキユリヲさん

まもなく20周年を迎えるSalvia。

セキさんの趣味の延長から少しずつはじまった活動は、職人さんの技術をいかしたものづくりや、その過程を伝えるための冊子づくり、スタッフとお客さんがつながる場づくりに。

さらには、お客さんにもものづくりの一部を体験してもらうような“ことづくり”へと、ゆるやかに活動の広がりを見せています。

そして、その根底にはいつも「つくることが好き」という、セキさんのおおらかであたたかな思いがあるように感じました。

<取材協力>
Salvia(サルビア)
セキユリヲさん
http://salvia.jp/

文:西谷渉
写真:中村ナリコ、 Salviaさんご提供(スウェーデン写真)

履くほどに柔らくなる、Salvia(サルビア)の「ふんわりくつした」のひみつ

こちらの靴下は、新潟の五泉市にある「くつした工房」二代目の上林希久子さんとご家族がつくっています。

希久子さんが編みたて前の修正、長男は編み立てと調整、長女がつま先を縫い、次男が検品係です。

明るくやさしい彩りのポップなデザインにまずは目がいきますが、特徴は機能性にもあります。履いてみるとその柔らかさと伸びのよさにびっくりするほど、気持ちいい靴下なのです。

この靴下をデザインしたのは、「Salvia(サルビア)」のセキユリヲさん。「古きよきをあたらしく」をコンセプトに、日本各地の工芸の職人さんと一緒に、こだわりのものづくりをされています。

「ふんわりくつした」ができるまで

足元にちらっとのぞく靴下がお気に入りのものだと、なんだか嬉しい気持ちになります。

アースカラーを基調にしたやさしい色使いと、お花や蝶々、しましまなど、どこかレトロで懐かしいデザインの「ふんわりくつした」。

足のしめつけがなく、ふんわりとした履き心地で、履けば履くほど柔らかくなっていく、不思議な靴下です。

そのひみつは、ゴムを使わずに、ゆっくりと時間をかけて編むという、つくり手の希久子さん独自の編み方にありました。

ふんわりくつした

「ずっと靴下をつくりたかった」というセキさんが、数年がかりの作り手さん探しの末、ようやく出会えたのが、希久子さんが営む「くつした工房」でした。

かつて希久子さんのご両親が病気で入院したときのこと。

入院して足がむくんだ両親の姿をみて、「足がむくまない、病気の人にもやさしい靴下をつくりたい」と思ったことが、希久子さん独自のゴムのないストレスフリーの靴下が生まれるきかっけだったそうです。

希久子さんご家族
希久子さんご家族。右から、上林希久子さん、長女さん、長男さん、次男さん

そうして編み出された製法に心を打たれたセキさんは、すぐに希久子さんに連絡を取ることに。

希久子さんのつくる靴下の履き心地のよさ、セキさんのデザインをいかせることや、お互いのものづくりに対する思いが通じ合ったことで、まもなく希久子さんと一緒にものづくりをするようになりました。

以来10年以上のお付き合いとなり、「ふんわりくつした」は今ではすっかりSalviaの人気アイテムに。

履くほどに柔らかくなる理由

足にやさしい、履き心地のよい靴下づくりを日々追求している希久子さん。

くつした工房では、細い糸をたっぷりと使い、昔ながらの機械をゆっくり動かして、1足1足じっくりと編んでいきます。

靴下の編み機
編み機の中央の穴に糸が吸い込まれ、靴下が編まれていきます。

一般的な靴下づくりでは、小さく編んだものを伸ばして均一のサイズにするところ、希久子さんの手法では逆に大きめに編んだものをプレスして縮めています。

その分ものすごく伸びがよく、ふんわりと柔らかな履き心地に仕上げることができます。その編み具合のバランスも、希久子さんが独自に開発した、ならではの製法。

プレス機
プレスの作業は、靴下の履き心地を左右する大切な工程です。

初対面の頃から意気投合したというセキさんと希久子さんですが、「ふんわりくつした」をつくる過程では、履き心地の追求とデザインの表現のバランスで、せめぎあいもたくさんあったといいます。

例えば、デザインが細かければ細かいほど、靴下の裏糸がでてくるため、ちょっとしたことだけれども足には不快だったり、伸びがよくなくなったり、糸が切れる原因にもなる。

履き手が気づかないような細かなところにも目を向け、何度も話し合いを重ねながら、理想の形を見つけていきました。

ふんわりくつした

くつした工房の明るい未来

Salviaとのものづくりをはじめて、「くつした工房」にある変化がありました。

それは、以前と比べて、より希久子さんご自身がつくりたいものをつくれるようになったこと。そして、3人のお子さんが「くつした工房」で働きはじめたことです。

それまではいわゆる受注生産で、時には納期がすごくタイトなものや、量産型のものなど、疑問に感じるような仕事も引き受けていたものの、「ふんわりくつした」づくりがきっかけとなって、希久子さんの中でもつくりたいものの方向性がはっきりとしてきたそうです。

3人のお子さんがみんな家業を継がれたのも、きっとそんなお母さんの生き生きした姿を見てきたからなのかもしれない、と思いました。

ふんわりくつした

かわいいだけじゃない。足への負担をいちばんに考えてつくられているから、やさしくて、気持ちいい。

希久子さんが編み出した技術と、セキさんのデザインで、素敵に仕上がった「ふんわりくつした」。

作り手のあたたかさが、そのまま感じられるような手仕事のものを、日々の暮らしに取り入れてみませんか。

<取材協力>
Salvia(サルビア)
http://salvia.jp/

くつした工房
新潟県五泉市船越1177
http://kikuko.petit.cc/pineapple1/

文:西谷渉
写真:中村ナリコ、masaco

「古きよきをあたらしく。」セキユリヲさんに聞く、これからの伝統技術の活かし方

愛されるものづくりには、つくり手の技術とこだわり、そして思いが込められています。

その背景の物語に触れたとき、私たちははじめてそのものの真価と出会えるのかもしれません。

「職人と一緒につくると、一人のときより何倍もクオリティの高いものができた」。

ものづくりの現場を知ったとき、デザイナーのセキユリヲさんは興奮したといいます。以来、日本の伝統技術をリスペクトしながらものづくりを続けます。

そんなデザイナーの目から見た、これからの技術のいかし方とは——?

——————————

今回お話を伺ったのは、雑貨ブランド「Salvia(サルビア)」のセキユリヲさん。東京・蔵前を拠点に、日本各地の職人さんと組んで、日々の暮らしに寄り添うものづくりをしています。

Salviaのものづくりに学ぶ、技術をいかすヒント

商品をつくりはじめるとき、セキさんはまず自分でサンプルをつくるのだとか。

デザインをするだけでなく、あるときは刺繍をしたり、またあるときは織り機を使うことも。

それを職人さんのところに持ち込み、商品化する方法を模索していくそうです。

サンプルまで自分でつくってしまうデザイナーはなかなかいないと思いますが、だからこそ技術的に何ができて何ができないのか、どんな表現の可能性があるのかが、肌感覚でつかめるのだろうなと思いました。

実際サンプルをつくるようになってから、より自分のイメージを伝えやすく、職人さんとのコミュニケーションもスムーズに進むようになったのだそうです。

そうして、職人さんの技術を最大限にいかした質の高いものが仕上がっていきます。

テキスト
自作のサンプルをもとに、クラフト工房La Manoさんとつくった手織りのマット

また、セキさんはよく現場に足を運ぶそうです。

「職人さんとの話が本当におもしろいんです。こっちが楽しんでると、職人さんもノッてくれますしね(笑)

技術を本当に尊敬していますし、やりとりの工程こそおもしろいと感じてます」

ものづくりの過程では、とにかくいろいろな予期せぬ出来事が起こりますが、試行錯誤をかさねていくうちに、思ってもみなかったような素敵なものができあがっていくのだそうです。

それは決して一方的なコミュニケーションではなく、技術側とデザイン側、お互いのアイディアを取り入れながら相乗効果で生まれる“よりよいもの”をつねに探求しているからこそできること。

「『こんなのできたよ』と言って、全然違うサンプルがあがってくることもありますよ。それってじつは、すごく良くなるきっかけなんですよね」

職人さんとのやりとりについて、本当に楽しそうにお話してくださるセキさん。そうして楽しみながら、ものづくりの現場を知っていく。そこに、よいものが生まれるヒントがあるように思いました。

「結果、こんなすごいものができました、ということももちろん大事なんだけど、そこに至るまでの流れこそがおもしろいし、ものづくりの核心はそこにあるんじゃないかと思うんです」

セキユリヲさん

とはいえ、よいものに辿り着くまでの工程は、ひと筋縄ではいかないことも多いはず。

それでも、ときには大変なことすら楽しみながら、技術やものの魅力を最大限引き出そうとできるのは、セキさんはじめ、Salviaのスタッフたちの根っこにある「つくることや、手を動かすことが好き」という気持ちなのかもしれません。

椅子地に使われているスウェーデン織りのテキスタイルもセキさん作。こちらはSalviaの商品「グランマストール」のサンプルに使われたのもの
椅子地に使われているスウェーデン織りのテキスタイルもセキさん作。こちらはSalviaの商品「グランマストール」のサンプルに使われたのもの

デザインの力がもたらすもの

デザインと技術の組み合わせによって、素敵なプロダクトが生まれるとき、それは単に仕事になるということ以上に、職人さんにとって、良い変化をもたらすこともあります。

セキさんが、10年以上お付き合いしている新潟の小さな靴下工場さんは、Salviaとのものづくりによって、仕事がかわったというつくり手のひとつ。

以前は、いわゆる受注生産で、ときには納期がタイトなものや、量産型のものなど、難しいと感じるお仕事も引き受けていたそうですが、Salviaの仕事がきっかけとなり、やりたいことの方向性がはっきりとし、より職人さん自身がつくりたいものをつくれるようになったそうです。

また、職人さんのお子さんが3人揃って家業を継がれているのにも驚きました。

後継者がいなくて途絶えてしまうつくり手が多いなか、家族全員が継ぐというのは、とても嬉しいこと。

きっと、生き生きと働いている親の姿を見たり、素敵な商品ができあがるのを見ることで、子どもたちも家業の魅力に気づくのだろうなと思いました。

セキユリヲさん

いま、産地で求められているもの

ものづくりをする過程で、いろいろな地方に足を運んだり、職人さんと日々コミュニケーションをとっていると、そのなかで見えてくる、産地の課題もたくさんあるといいます。

職人さんの高齢化に伴う後継ぎの問題や、10数年前から海外製品が入ってきたことによる価格競争で仕事を失ったり、安価に値切られてしまうことも。

そのように苦しい状況が続いていることから、子どもには継がせたくないという職人さんも多いのだそうです。

日本全国でものづくりの担い手が減っている状況を肌で感じているSalviaでは、そうした体制的な部分を改善していかないとなかなか良い循環はつくれないと、日々話し合いを重ねています。

「職人さんの待遇を改善することが必要だと考えています。技術にも敬意を持って、きちんとしたお支払いをするなど。

職人さん、売り手、買う人がみな、おなじく対等な関係という理解が深まれば、社会の仕組みも変わっていくのでは」と、Salviaスタッフの篠田さん。

「人と人の関わりがないと、いいものはつくれない」

ひたむきにものづくりをする職人さんの姿や技術の素晴らしさを知っているからこそ、産地に寄り添ったものづくりを大切にしているSalviaのスタッフたち。

ものには、つくり手の人柄がしっかりと映し出されるといいます。

「人と人の関わりがないと、いいものはつくれないと感じています。

機械を動かしてつくるときも、その機械を動かすのも人の手なので、つくる人によってできるものが全然違うんです。同じ仕様書でつくっても、違う工場では同じようには仕上がらないことも多いです。そういう部分にも、つくり手の人柄があらわれます。

だからこそ、この人とだったら一緒にやらせてもらいたいと思える人柄や、ものづくりへの考え方を大事にしています」

サルビアのふんわりくつした
Salviaのふんわり靴下(写真:masaco)

「私たちがお付き合いする職人さんって、小さい規模の家族や、ひとりでやられてる方が多いんです。

だから、たくさんつくって、たくさん売ってほしいというよりも、自分たちがつくっているものを大事にしてくれる人たちに買ってほしいと思っている方々ばかり。

そんな風に、ものづくりのベースにある大事にしたい部分を共有できる人たちとご一緒させていただいています。そんな職人さんとのつながりを、これからも大切にしていきたいです」

デザインと技術が掛け合わさり、素敵な商品が生まれる。そしてお店で私たちが買うことで産地が少し元気になり、また次のものづくりへとつながっていく。

そんなSalviaの活動を見ていると、ひとつひとつは決して大きな規模ではないものの、人と人のつながりや確かな信頼関係から成り立っていて、とても人間らしい営みだなと感じました。

たくさんものを買って消費するという流れが見直されている中で、古くから伝わる技術をいかして未来へとつないでいくために、Salviaのような活動体から学べることはまだまだありそうです。

Salviaのアトリエとセキユリヲさん

<取材協力>
Salvia(サルビア)
セキユリヲさん、篠田由梨子さん
http://salvia.jp/

文:西谷渉
写真:中村ナリコ