照明から漏れる光がおしゃれなこの空間。みなさん、ここはどこだと思いますか?
洗練された大人たちが集うバー?
いえいえ。ここにはお酒はないようです。バーテンダーもいません。
周りを見渡してみると、素敵なデザインのアイテムが並んでいます。
あれ?なんだかアイテムのテイストが変わってきました。
徐々に渋くなっているような‥?
え?仏壇!?
実は、ここは鹿児島の伝統的工芸品「川辺 (かわなべ) 仏壇」の歴史や技術を伝える川辺仏壇工芸会館。いわば仏壇屋さんのショールームです。
そして、あのおしゃれな空間を演出していたランプも、こういった仏壇のパーツに用いられる技術でつくられたものなんです。
「隠れ念仏」がつないだ仏壇づくり
川辺仏壇工芸会館がある南九州市川辺町へは、鹿児島市から車で南下すること約1時間。
川辺町は古くから信仰心の篤い地域で、平安時代末期ごろから仏壇がつくられるようになったといいます。
1597 (慶長2) 年に始まった島津藩主による一向宗 (浄土真宗) の禁制、明治初期の仏教排斥運動「廃仏毀釈 (はいぶつきしゃく) 」と、300年以上も長きにわたる弾圧を受けていたにもかかわらず、その信仰は「隠れ念仏」という形で続いていきました。
文字通り、隠れて念仏を唱え、仏教を信仰したことから、かつては一見するとたんすのような小型の仏壇もつくられていたそう。
信教の自由が認められるようになると、仏壇の一大産地としてよりいっそう栄えます。1975年に川辺仏壇は彦根仏壇と並び、仏壇としては初めて国の伝統的工芸品に指定されました。
仏壇づくりの技術が集結した町、川辺町
川辺仏壇の最大の特徴は、仏壇づくりの7つの工程を職人が分業体制で行っていること。しかも、その7つの技術を川辺町内でまかなっているというから驚きです。川辺が誇る7つの手技はこちらです。
- 木を削り、組んで仏壇本体をつくる「木地 (きじ) 」
- 金属に文様を打ち出したり蝶番をつくったりする「金具」
- 木の格子を組み上げて屋根をつくる「宮殿 (くうでん) 」
- 天然の漆を塗っていく「塗り」
- 欄間 (らんま) や引き出しに彫刻を施す「彫刻」
- 漆を塗った上に、漆で下絵を描き金粉などで仕上げる「蒔絵」
- 極薄の金箔を貼る「箔」
あらゆるものづくりの技術が集結する、川辺町の仏壇づくり。しかし今、厳しい局面に立たされています。
ライフスタイルの変化で仏壇離れが進み、仏壇産業そのものが縮小傾向にある中、このままではこれらの技術が途絶えてしまうかもしれない。
川辺仏壇協同組合のメンバーは、危機感を抱いていました。
脱・仏壇のものづくりへ
そうした現状を打破すべく、2016年夏に始動したのが「川辺手練団」。
仏壇づくりの7つの技術を活かしながらも、仏壇という枠から飛び出して新たな商品をつくっていこうという取り組みです。
デザイン集団「ランドスケーププロダクツ」と協働し、スピーカーや飾り棚など現代のライフスタイルに合ったアイテムを発表してきました。
先ほどのおしゃれなランプシェードもその一つ。こちらは、仏壇の蝶番 (ちょうつがい) をつくる「金具」の技を活用したアイテムです。その技術を垣間見るべく、ランプシェードの仕上げを担当する木原金属工芸社にお邪魔してきました。
仏壇職人の変わらぬ技術。デザイナーの異なる発想
ランプシェードの素材は仏壇の蝶番に使用するのと同じ真鍮や銅。金属板を機械でカットし、プレスで型抜きしてパーツを作成します。
そして、平らなパーツのつなぎ目部分の端を少し浮かせるように曲げて、アールがついた金型で押さえて芯棒が入る筒をつくります。
筒の径をゆるすぎず、きつすぎず調整するのが腕の見せどころ。
芯棒を入れてつなぎ合わせたら、目の細かいスチールウールのようなもので磨き上げて光沢を消してマットにしていきます。
これはランプシェードを考案したデザイナーのこだわりで、ライトの反射を抑えるのが狙いなんだとか。仏壇の場合、塗装で仕上げることがほとんど。つや消しをするにも、金属の表面に鏨 (たがね) を打って凹凸をつくる方法を用いるといいます。
磨きは、つなぎ目の部分から。組み上げたら見えないところまで念入りに磨いていきます。
仏壇では芯棒を挿す軸が見えている方が表ですが、このランプシェードは逆。軸部分を内側にするというのは、仏壇職人にはない発想だそう。
また、つなぎ目部分にあえて少しだけ隙間があるのも光の漏れ具合を計算したデザイン。隙間なくつくるのが常識である仏壇の蝶番では考えられないことだといいます。
あの美しい会館での光景は、この計算によるものだったのですね。
続いて、青い保護シートをはがして、平面部分も磨きます。指紋や油がついてしまうので、素手で触るのはご法度です。
全て磨き終わったらワックスを塗って、よりマットな質感に仕上げます。ワックスだけを塗るのは経年変化を楽しんでもらいたいというデザイナーの狙い。この工程もサビないように塗装をするのが当然の仏壇とは違うところです。
最後に、ラスト1本の芯棒を通して完成です!
ランプシェードの製作工程を見ただけでも如実に現れる職人とデザイナーの感覚の違い。この異なる感覚から生まれるアイデアが川辺仏壇の7つの技に新たな可能性を見出していきました。
2年目、これから本格始動
「自分たちでは今まで考えつかなかったようなことをデザイナーさんから求められるのは新鮮でした」と川辺手練団団長の永野一彦さん。細かい要望に応えるべく、試行錯誤しながら試作を重ねたといいます。
デザイナーから提案されたものだけでなく、職人自らが新たな視点を取り入れたものづくりにも挑戦しているのも川辺手練団の気概を感じずにはいられません。
職人の高齢化問題や価格、販路などの課題はありつつも、今後も新商品を出していくとのこと。この2月には、パリで開催される鹿児島県の展示会に川辺手練団として出展する予定です。
まだまだ始動したばかりの川辺手練団。今後7つの技がどのように仏壇以外のカタチになっていくのか、期待がふくらみます。
<取材協力>
鹿児島県川辺仏壇協同組合
鹿児島県南九州市川辺町平山6140-4
0993-56-0240
https://www.kawanabe-butudan.or.jp/
有限会社 木原金属工芸社
鹿児島県南九州市川辺町野崎6325-1
0993-56-0697
http://www.kihara-kinzoku.com/
文:岩本恵美
写真:尾島可奈子