仏壇屋が挑む現代のインテリア。「川辺手練団」、始動。

照明から漏れる光がおしゃれなこの空間。みなさん、ここはどこだと思いますか?

川辺仏壇工芸会館

洗練された大人たちが集うバー?

いえいえ。ここにはお酒はないようです。バーテンダーもいません。

周りを見渡してみると、素敵なデザインのアイテムが並んでいます。

川辺手練団
川辺手練団

あれ?なんだかアイテムのテイストが変わってきました。

金属加工のパーツ
川辺仏壇

徐々に渋くなっているような‥?

川辺仏壇

え?仏壇!?

川辺仏壇

実は、ここは鹿児島の伝統的工芸品「川辺 (かわなべ) 仏壇」の歴史や技術を伝える川辺仏壇工芸会館。いわば仏壇屋さんのショールームです。

そして、あのおしゃれな空間を演出していたランプも、こういった仏壇のパーツに用いられる技術でつくられたものなんです。

川辺仏壇の蝶番
これが仏壇のどの部分になるか、わかりますか?

「隠れ念仏」がつないだ仏壇づくり

川辺仏壇工芸会館がある南九州市川辺町へは、鹿児島市から車で南下すること約1時間。

川辺町は古くから信仰心の篤い地域で、平安時代末期ごろから仏壇がつくられるようになったといいます。

1597 (慶長2) 年に始まった島津藩主による一向宗 (浄土真宗) の禁制、明治初期の仏教排斥運動「廃仏毀釈 (はいぶつきしゃく) 」と、300年以上も長きにわたる弾圧を受けていたにもかかわらず、その信仰は「隠れ念仏」という形で続いていきました。

文字通り、隠れて念仏を唱え、仏教を信仰したことから、かつては一見するとたんすのような小型の仏壇もつくられていたそう。

信教の自由が認められるようになると、仏壇の一大産地としてよりいっそう栄えます。1975年に川辺仏壇は彦根仏壇と並び、仏壇としては初めて国の伝統的工芸品に指定されました。

仏壇づくりの技術が集結した町、川辺町

川辺仏壇の最大の特徴は、仏壇づくりの7つの工程を職人が分業体制で行っていること。しかも、その7つの技術を川辺町内でまかなっているというから驚きです。川辺が誇る7つの手技はこちらです。

川辺手練団
川辺仏壇工芸会館に展示されているパネル
  • 木を削り、組んで仏壇本体をつくる「木地 (きじ) 」
  • 金属に文様を打ち出したり蝶番をつくったりする「金具」
  • 木の格子を組み上げて屋根をつくる「宮殿 (くうでん) 」
  • 天然の漆を塗っていく「塗り」
  • 欄間 (らんま) や引き出しに彫刻を施す「彫刻」
  • 漆を塗った上に、漆で下絵を描き金粉などで仕上げる「蒔絵」
  • 極薄の金箔を貼る「箔」

あらゆるものづくりの技術が集結する、川辺町の仏壇づくり。しかし今、厳しい局面に立たされています。

ライフスタイルの変化で仏壇離れが進み、仏壇産業そのものが縮小傾向にある中、このままではこれらの技術が途絶えてしまうかもしれない。

川辺仏壇協同組合のメンバーは、危機感を抱いていました。

脱・仏壇のものづくりへ

そうした現状を打破すべく、2016年夏に始動したのが「川辺手練団」。

仏壇づくりの7つの技術を活かしながらも、仏壇という枠から飛び出して新たな商品をつくっていこうという取り組みです。

デザイン集団「ランドスケーププロダクツ」と協働し、スピーカーや飾り棚など現代のライフスタイルに合ったアイテムを発表してきました。

川辺手練団「フルレンジスピーカー」
木地、塗り、箔の技術から新たに生まれたスピーカー
川辺手練団「フレーム神棚」
反響が大きかった「フレーム神棚」

先ほどのおしゃれなランプシェードもその一つ。こちらは、仏壇の蝶番 (ちょうつがい) をつくる「金具」の技を活用したアイテムです。その技術を垣間見るべく、ランプシェードの仕上げを担当する木原金属工芸社にお邪魔してきました。

仏壇の蝶番から着想を得たランプシェードは、その名も「ちょうつがひ」。仏壇金具メーカーの木原製作所、河村金具製作所、木原金属工芸社の3社合同で製作しています
仏壇の蝶番から着想を得たランプシェードは、その名も「ちょうつがひ」。仏壇金具メーカーの木原製作所、河村金具製作所、木原金属工芸社の3社合同で製作しています

仏壇職人の変わらぬ技術。デザイナーの異なる発想

ランプシェードの素材は仏壇の蝶番に使用するのと同じ真鍮や銅。金属板を機械でカットし、プレスで型抜きしてパーツを作成します。

川辺手練団ランプシェード製作工程
型抜きしたパーツ

そして、平らなパーツのつなぎ目部分の端を少し浮かせるように曲げて、アールがついた金型で押さえて芯棒が入る筒をつくります。

筒の径をゆるすぎず、きつすぎず調整するのが腕の見せどころ。

川辺手練団ランプシェード製作工程
川辺手練団ランプシェード製作工程

芯棒を入れてつなぎ合わせたら、目の細かいスチールウールのようなもので磨き上げて光沢を消してマットにしていきます。

川辺手練団ランプシェード製作工程
パーツをつなぎ合わせる芯棒
川辺手練団ランプシェード製作工程
川辺手練団ランプシェード製作工程

これはランプシェードを考案したデザイナーのこだわりで、ライトの反射を抑えるのが狙いなんだとか。仏壇の場合、塗装で仕上げることがほとんど。つや消しをするにも、金属の表面に鏨 (たがね) を打って凹凸をつくる方法を用いるといいます。

川辺仏壇の蝶番
木原さんの工房にあった仏壇の部品。三角形の面が、鏨ででこぼこしているのがわかりますか?

磨きは、つなぎ目の部分から。組み上げたら見えないところまで念入りに磨いていきます。

川辺手練団ランプシェード製作工程

仏壇では芯棒を挿す軸が見えている方が表ですが、このランプシェードは逆。軸部分を内側にするというのは、仏壇職人にはない発想だそう。

川辺仏壇の蝶番
仏壇の蝶番は、軸が見える方が「表」とされ、装飾が施されている
川辺仏壇の蝶番
こちらが仏壇の蝶番では「裏」となる

また、つなぎ目部分にあえて少しだけ隙間があるのも光の漏れ具合を計算したデザイン。隙間なくつくるのが常識である仏壇の蝶番では考えられないことだといいます。

あの美しい会館での光景は、この計算によるものだったのですね。

続いて、青い保護シートをはがして、平面部分も磨きます。指紋や油がついてしまうので、素手で触るのはご法度です。

川辺手練団ランプシェード製作工程
川辺手練団ランプシェード製作工程
左半分が磨いた方。光沢が抑えられ、マットな仕上がりに

全て磨き終わったらワックスを塗って、よりマットな質感に仕上げます。ワックスだけを塗るのは経年変化を楽しんでもらいたいというデザイナーの狙い。この工程もサビないように塗装をするのが当然の仏壇とは違うところです。

ジュエリーワックス
川辺手練団ランプシェード製作工程

最後に、ラスト1本の芯棒を通して完成です!

川辺手練団ランプシェード製作工程
川辺手練団ランプシェード製作工程

ランプシェードの製作工程を見ただけでも如実に現れる職人とデザイナーの感覚の違い。この異なる感覚から生まれるアイデアが川辺仏壇の7つの技に新たな可能性を見出していきました。

川辺手練団ランプシェード製作工程

2年目、これから本格始動

「自分たちでは今まで考えつかなかったようなことをデザイナーさんから求められるのは新鮮でした」と川辺手練団団長の永野一彦さん。細かい要望に応えるべく、試行錯誤しながら試作を重ねたといいます。

デザイナーから提案されたものだけでなく、職人自らが新たな視点を取り入れたものづくりにも挑戦しているのも川辺手練団の気概を感じずにはいられません。

川辺手練団
木彫刻師がデザイン、彫刻した石鹸
川辺手練団「キセル型の薬味入れ」
管部分に漆、吸い口と雁首部分は金で仕上げたキセル型の薬味入れ
川辺手練団「ウッドリング&バングル」
蒔絵を描いたウッドリング&バングルは、和服にも洋服にも合わせやすいデザイン

職人の高齢化問題や価格、販路などの課題はありつつも、今後も新商品を出していくとのこと。この2月には、パリで開催される鹿児島県の展示会に川辺手練団として出展する予定です。

まだまだ始動したばかりの川辺手練団。今後7つの技がどのように仏壇以外のカタチになっていくのか、期待がふくらみます。

<取材協力>

鹿児島県川辺仏壇協同組合
鹿児島県南九州市川辺町平山6140-4
0993-56-0240
https://www.kawanabe-butudan.or.jp/

有限会社 木原金属工芸社
鹿児島県南九州市川辺町野崎6325-1
0993-56-0697
http://www.kihara-kinzoku.com/

文:岩本恵美

写真:尾島可奈子

「飛騨高山を1泊2日で」編集部おすすめコース。朝市や郷土料理、版画文化など「古きよき日本」がここに

緑豊かな山々に囲まれ、独自の産業や歴史、文化を育んでいった飛騨高山。

定番の朝市から豊富な郷土料理、飛騨高山ならではのお土産やカフェまで、編集部がおすすめする1泊2日のプランをご紹介します!


今回はこんなプランを考えてみました

1日目:合言葉は「ゆっくり、じっくり」。郷土料理と歴史的建造物を堪能

・京や:多彩な飛騨高山の郷土料理に舌鼓

・日下部民藝館:江戸の風情を残す町家で「民藝」と出会う

2日目:早起きは三文の徳。飛騨高山の町を歩いて知る

・飛騨高山の朝市:飛騨弁に心和む「市民の台所」

・高山陣屋:日本で唯一現存する江戸幕府の陣屋

・高山中華そば 豆天狗本店:二代目が受け継ぐ昔ながらの味

・真工藝:飛騨の版画文化を土台にしたものづくりに触れる

・飛騨版画喫茶ばれん:飛騨に根付く版画文化に触れられる喫茶店

では、早速行ってみましょう!


1日目:合言葉は「ゆっくり、じっくり」。郷土料理と歴史的建造物を堪能

1泊2日の飛騨高山旅は、飛騨高山の玄関口であるJR高山駅からスタートです。高山駅までは東京からも大阪からも電車で3~4時間ほど。

城下町として発展した飛騨高山は、高山駅を拠点に歩いてめぐれる見どころがいっぱいあります。ゆっくり歩いてまわることで、古い町並みや豊かな自然をじっくりと堪能できますよ。

【昼】多彩な飛騨高山の郷土料理に舌鼓
京や

まずはお昼の腹ごしらえからということで、高山駅から歩いて15分の「京や」へ。古民家を改築した店内では、飛騨高山の多彩な郷土料理が味わえます。

飛騨高山の郷土料理といえば、飛騨牛や朴葉味噌でしょうか。そうした定番もおさえつつ、ぜひ食べてもらいたいのが珍しい郷土料理の数々。

漬物を玉子でとじた「漬物ステーキ」や、間引いた芋を皮ごと甘辛く炊いた「ころいも」、霜が降りてからでないと採れない飛騨ネギを使った「ネギ焼き」など、飛騨高山ならではの味を楽しむのも旅の醍醐味の一つです。

どれも酒の肴にもぴったりなので、夜に訪ねて地酒をお供に晩酌、なんていうのも乙ですね。

お店自慢の、A5ランクの飛騨牛を網焼きで。飛騨牛は「溶けるような口当たりもありつつ、しっかりと肉らしい食べ応えがあることが良さ」だそうです
お店自慢の、A5ランクの飛騨牛を網焼きで。飛騨牛は「溶けるような口当たりもありつつ、しっかりと肉らしい食べ応えがあることが良さ」だそうです
 冷めないうちに食べてね、の言葉通り出来立てを急いでほおばると、アツアツの卵とじの中にシャキシャキとした白菜の歯ごたえ。あっさりしているので、濃いめの朴葉味噌と好相性です
冷めないうちに食べてね、の言葉通り出来立てを急いでほおばると、アツアツの卵とじの中にシャキシャキとした白菜の歯ごたえ。あっさりしているので、濃いめの朴葉味噌と好相性です

ほどよくおなかがいっぱいになったところで、まち歩きに出発しましょう!

京やの情報はこちら
>>>>>関連記事 :「産地で晩酌 飛騨牛に朴葉味噌、だけじゃない。飛騨高山『郷土料理 京や』で味わう冬」

【午後】江戸の風情を残す町家で「民藝」と出会う
日下部民藝館

日下部民藝館

飛騨高山の古い町並みの中でも、一、二を争う立派な建物が日下部民藝館。

江戸時代に御用商人として栄えた日下部家の邸宅の一部を改装し、江戸時代後期~明治の生活用具や日本各地の工芸品を展示しています。

飛騨の名工、川尻治助 (かわじり・じすけ) によって建てられた建物は、国の重要文化財にも指定されていて見ごたえたっぷり。同じく国指定重要文化財で、お隣にある吉島家住宅とあわせて訪れてみては?

日下部民藝館
囲炉裏を中心に配した一家団欒の間

日下部民藝館の情報はこちら

【夕方】早めに宿にチェックイン

明日は飛騨高山の朝市からスタートする予定。早起きに備えて、早めにチェックインしちゃいましょう。温泉宿も多いので、ゆっくりと温泉につかって旅の疲れを癒すのもいいですね。


2日目:早起きは三文の徳。飛騨高山の町を歩いて知る

【朝】飛騨弁に心和む「市民の台所」
飛騨高山の朝市

早起きをして、日本三大朝市の一つである飛騨高山の朝市へ。

朝市の歴史は古く、1820 (文政3) 年ごろ高山別院を中心に開かれた桑市がはじまりとされています。

明治半ばごろから野菜や花などが売られるようになり、朝市は市民の台所として地域に根付いたのだそう。

現在は2カ所で毎日開催されているというので、気合いを入れて朝市をはしごしちゃいましょう!

まずは、宮川に架かる鍛冶橋下付近に立つ「宮川朝市」へ。

飛騨高山の朝市
宮川沿いにテントが立ち並ぶ「宮川朝市」

多い日には30軒以上の白いテントが川沿いに連なり、地元産の野菜や果物をはじめ、季節の花々、手づくりの民芸品などバラエティ豊かな品々が並びます。

飛騨高山の朝市
太くて立派な飛騨ねぎやカラフルな飾りとうもろこし
飛騨高山の朝市
手づくりのさるぼぼは、一つひとつ微妙に表情が違うのが魅力

宮川朝市をひと通りチェックしたら、古い町並みを抜けて「陣屋前朝市」に向かいましょう。

飛騨高山の朝市
高山陣屋前の広場に立つ「陣屋前朝市」

会場となる高山陣屋前広場は歩いて10分ほど。こちらは飛騨高山産の旬の農産物が中心です。

作り手による直売だからこそ、美味しい食べ方や調理方法も教えてもらえます。

こうしたお店の人との触れ合いも朝市の楽しみの一つ。ちょっとした会話が旅の思い出を鮮やかにしてくれるはずです。

飛騨高山の朝市
蜜がたっぷり入ったりんご「ふじ」
飛騨高山の朝市
りんご柄の久留米絣がかわいい、ひぐち果樹園のおばあちゃん

飛騨高山の朝市 宮川朝市の情報はこちら
飛騨高山の朝市 陣屋前朝市の情報はこちら
>>>>>関連記事 :「早起きしてはしごしたい、日本三大朝市・飛騨高山の朝市 産地の朝市 宮川朝市と陣屋前朝市」

【午前】日本で唯一現存する江戸幕府の陣屋
高山陣屋

陣屋前朝市に来たら、高山陣屋に立ち寄るのをお忘れなく。

高山陣屋の門。一歩足を踏み入れると違う時代の空気が流れる

元禄5年(1692年)、飛騨が「幕府直轄領」に指定されると、高山城主金森氏が所有していた下屋敷に幕府の役所が置かれました。

この役所は陣屋と呼ばれ、幕末には同様の役所が全国に60ヵ所以上あったそうですが、当時の主要な建物が今も残っているのは全国で唯一、高山陣屋のみ。

建物の内部には、御役所、御用場、大広間、役宅、吟味所、白州、米藏、庭などが昔の姿のまま残されており、江戸時代の陣屋の様子を垣間見ることができます。

御役所。ここで役人が仕事をしていた

高山陣屋の情報はこちら

【昼】二代目が受け継ぐ昔ながらの味
高山中華そば 豆天狗本店

朝早くから動いたから、いつもより少し早めのお昼ごはんとしましょう。
高山陣屋からほど近い、高山ラーメンの人気店「高山中華そば 豆天狗」の本店へ。

見た目はシンプルながら、先代から続く秘伝のスープ、自家製麺、地元飛騨高山のネギ、国産豚のチャーシューなど、こだわりの食材をぜいたくに使った中華そばをいただきます。

あっさりとしているのにコクがあるスープ、ツルツル&モチモチの自家製麺で、さらさらっと食べられるので、あっという間に1杯をペロリ。

午後に向けて、エネルギーチャージ完了です!

2006年に、当時高山では珍しかったつけ麺も始めた。自家製極太麺と濃厚魚介醤油スープが人気

高山中華そば 豆天狗本店の情報はこちら

【午後】飛騨の版画文化を土台にしたものづくりに触れる
真工藝

真工藝 木版手染めぬいぐるみ

飛騨高山の旅もそろそろ終盤。思い出となるお土産探しに出かけましょう。

昔から木材の産地として知られる飛騨高山では、木版画がさかん。

木版画を基調にした工芸品を製作する「真工藝 (しんこうげい) 」には、飛騨高山の祭りや日々の暮らしを版画にした版画皿、版画技術を応用した木版手染ぬいぐるみなど、お土産にもぴったりな雑貨がたくさんあります。

干支シリーズや飛騨高山の豊かな自然が感じられる山鳥や川魚など、種類豊富な木版手染ぬいぐるみたち。その可愛さに、思わずお財布の紐もゆるんでいきます。

色味や風合いが少しずつ違うのは手づくりだからこそです。お気に入りを見つけたら、これも一期一会。色んな種類をそろえて、季節や気分に合わせて飾るのも素敵です。

真工藝の木版手染ぬいぐるみ
独自技術の木版手染によるぬいぐるみ。左は福を招くという「陣屋福猫」、右は初代干支シリーズの戌を復刻した「ごめんね犬」(いずれも1,004円)
真工藝の木版手染ぬいぐるみ
親子ペアでそろえられる干支シリーズ

真工藝の情報はこちら
>>>>>関連記事 :「飛騨高山の版画文化が生んだ、真工藝の木版手染ぬいぐるみ」

【午後】飛騨に根付く版画文化に触れられる喫茶店
飛騨版画喫茶ばれん

版画喫茶ばれん

お土産も無事にゲットしたところで、ひと休みを。
古い町並みの一つ、三町伝統的建造物群保存地区の目抜き通りにある「飛騨版画喫茶ばれん」をめざします。

その店名が示すとおり、ここも飛騨の版画文化が身近に感じられる場所。店内の壁に展示されている地元作家の版画作品を眺めながら、のんびりとした時間が過ごせます。

飛騨版画喫茶ばれん
2階から吹き抜けを見下ろした光景。力強い大型版画は地元の中学生たちによる卒業制作

夕方の帰りの電車まではあと数時間。おすすめの「楪子 (ちゃつ) 甘味」をほお張りながら、今回の旅をゆっくり振り返ってみてはどうでしょう。

飛騨版画喫茶ばれん「楪子甘味」
緑茶がついた楪子甘味セット (900円) 。コーヒーセットは1100円

飛騨版画喫茶ばれんの情報はこちら
>>>>>関連記事 :「飛騨高山の純喫茶『飛騨版画喫茶ばれん』 春慶塗の器で味わう一口サイズの贅沢」


飛騨高山をめぐる1泊2日の旅、お楽しみいただけたでしょうか?

ゆく先々で外国人観光客の姿も多く見られた飛騨高山。私たち日本人が気づいていない、日本の魅力がそこにあることを物語っているようです。百聞は一見に如かず。ぜひ飛騨高山に足を運んで、自分の目で確かめてみてください。

さんち 飛騨高山ページはこちら

撮影:岩本恵美、尾島可奈子、川内イオ
画像提供:高山市

飛騨高山の版画文化が生んだ、真工藝の木版手染ぬいぐるみ

こんにちは。ライターの岩本恵美です。

私は毎年、その年の干支の置物や人形を玄関に飾っているのですが(風水的にいいらしいんです)、飛騨高山でとっても可愛らしい干支のぬいぐるみを見つけました。

見てください、このぬいぐるみたちを。

真工藝の木版手染ぬいぐるみ
真工藝の木版手染ぬいぐるみ

コロンとした丸みのある形、どこかぬくもりを感じる色合い、そして動物たちの何ともいえない素朴な表情。これを「可愛い」と言わずして、何を「可愛い」と言うのでしょう。

飛騨高山と版画のカンケイ

これらのぬいぐるみを作っているのは、飛騨高山にある「真工藝 (しんこうげい) 」。木版画を基調とした工芸品を製作する工房です。つまり、このぬいぐるみたちも実は版画の技術を応用して作られているんです。

真工藝 外観
風情ある町家を店舗にした「真工藝」
真工藝 内観
店内には干支の他に山鳥や魚などのぬいぐるみも

ここ飛騨高山は、昔から木材の産地として知られ、人々の暮らしの中に版画がありました。雪深い冬、余暇の楽しみとして版画をしたり、大正時代以降は版画を教育に取り入れたりするなど、版画は飛騨高山の人々にとても身近なものです。

武田由平 (たけだ・よしへい) や守洞春 (もり・どうしゅん) ら数多くの版画家を輩出し、今でも木版画の国際公募展が行われているほど。

版画文化から生まれた新たな技法

「飛騨高山では子どものころから版画をよくやるんです。小学校でも図工の時間に必ずやりますね」と教えてくれたのは、真工藝の田中博子さん。

1972 (昭和47) 年に先代が創業した真工藝。その始まりは、版画皿だったそう。市内で民芸品を扱う土産物屋の記念品として考案されたのだとか。版画で何かを作ろうというのは、ごく自然な流れだったといいます。

真工藝の木版手染ぬいぐるみ
市内の飲食店や土産物屋のレジで、釣り銭トレイとしてもよく見かけた版画皿

そして、先代の奥さまが絵更紗をたしなむ染色家であったことから、版画を何とか布に摺れないかと試行錯誤。その結果生まれたのが、ぬいぐるみにも施されている「木版手染」という独自の染めつけ技法でした。

一つの版木に彩りを宿す

木版手染は、布を版木の上に置いてばれんで摺るという、まさに版画の要領で行われます。版画では、多色刷りの場合、仕上がりの色ごとに版木を製作して紙に色を重ねていきますが、木版手染の版木はただ一つ。

というのも、布はタテヨコ斜めに伸縮するため、摺っているうちに版がずれてしまう恐れがあるからです。そこで、一つの版木に一度に全部の色をのせて摺っていきます。

真工藝の木版手染ぬいぐるみ
羊の版木。近くで見ると深く彫られているのがよくわかります
真工藝の木版手染ぬいぐるみ工程
羊の場合、使用する染料は6色

「色が混ざらないように、通常の版画よりも版木を深く彫らないといけないのが難しいところ」と田中さん。深く彫ることで、余分な染料が溝に逃げていくのだそうです。

真工藝の木版手染ぬいぐるみ工程
仕上がり図を見ながら、1色ずつ丁寧に版木に色をのせていきます
真工藝の木版手染ぬいぐるみ工程
色を全てのせたら、織りあげたままの生木綿 (きもめん) を版木にのせます。ずれないように慎重に
真工藝の木版手染ぬいぐるみ工程
ばれんで摺っていくと、徐々に柄が浮き上がっていきます。しっかり摺らないと布に色がつかないので念入りに

摺りあがったら、高温で蒸して色止めします。摺った直後と蒸した後の発色は違うので、色の調整も必要とのこと。

染料も市販のものをそのまま使用せず、色を合わせて微妙な色合いを作っているので、まったく同じ彩りが出ないのも木版手染の面白いところです。

「染料も生きているんですよね。状態が悪いと変色してしまうので、特に夏場はこまめに少しずつ作るようにしています」

最後にもみ殻をつめて、縫い上げたら出来上がり。全て手作業で行われ、一つひとつ表情や形が異なるのも魅力です。

もみ殻
綿なども試したそうですが、置いた時の安定感などを考慮して最終的にもみ殻に辿り着いたそう
真工藝の木版手染ぬいぐるみ
職人さんの手を経て出来上がった羊たち。一つとして同じものはありません

飛騨高山を感じさせる「物語」のあるデザイン

ぬいぐるみのデザインは、自分たちの生活の中にあるものをモチーフにするところから始まったといいます。先代も当代も狩猟や釣りが好き。雉や馬、山鳥、魚など、自然豊かな飛騨高山を彷彿とさせるものが多いのも納得です。

真工藝の木版手染ぬいぐるみ
真工藝の木版手染ぬいぐるみ

初期に製作した馬のぬいぐるみは、飛騨高山に伝わる名匠・左甚五郎 (ひだり・じんごろう) 作の木彫「稲喰馬 (いなくいうま) 」をモチーフにしたもの。この馬のぬいぐるみが午年に人気を博したことから、毎年干支のぬいぐるみを作るようになったといいます。

ただし、いわゆる干支っぽいものでなく、一つひとつに物語を込めてデザインしているのだそう。

たとえば、ねずみは飛騨の赤かぶを抱いた白鼠。「立派な赤かぶを拝借してきて嬉しいのかも」なんて想像が膨らみます。

真工藝の木版手染ぬいぐるみ
のほほんとした表情の牛は、美しい野の花が咲く草原で和んでいる様子。竹やぶに潜む姿を連想したという虎は、鋭い眼光で獲物でも狙っているかのよう

和風すぎないデザインが、日本家屋だけでなく、現代の部屋にもなじむ真工藝の木版手染ぬいぐるみ。毎年一つずつ集めてみたくなりました。一年の始まりに飾るたびに、その物語や飛騨高山に思いを馳せることができそうです。

真工藝の木版手染ぬいぐるみ
親子ペアでそろえられる干支シリーズ。来年の干支、戌の子どもを我が家に連れて帰りました

<取材協力>

真工藝

岐阜県高山市八軒町1-86

TEL:0577-32-1750

営業時間:10:00~18:00

定休日:火曜日

文・写真:岩本恵美

飛騨高山の純喫茶「飛騨版画喫茶ばれん」 春慶塗の器で味わう一口サイズの贅沢

こんにちは。ライターの岩本恵美です。

旅の途中でちょっと一息つきたい時、みなさんはどこに行きますか?私が選ぶのは、どんな地方にも必ずある老舗の喫茶店。

お店の中だけ時間が止まったようなレトロな店内に、煙草がもくもくしていたり。懐かしのメニューと味のある店主が迎えてくれる純喫茶は密かな旅の楽しみです。

旅の途中で訪れた、思わず愛おしくなってしまう純喫茶を紹介する「愛しの純喫茶」。今回は、飛騨高山の版画文化に触れられる「飛騨版画喫茶ばれん」を訪ねます。

歴史ある町家で、版画に囲まれてひと休み

JR高山駅から徒歩10分。古い町並みの一つ、三町伝統的建造物群保存地区の目抜き通りに「飛騨版画喫茶ばれん」はあります。

飛騨版画喫茶ばれん外観

ここは約400年前の商家の面影を残す、この町で最も古い建物なんだとか。明治8年の大火で燃えてしまった家屋が多い中、この町家には天保6年と記された柱も残っているといいます。

「このあたりの家は軒先が低くて、家の奥へ行くほど天井が高くなっているの。軒の高さを陣屋(昔のお役所)より高くしてはいけなかったからなんです」と、店主の中村隆夫さんが教えてくれました。

飛騨版画喫茶ばれん 店主・中村さん
店主の中村隆夫さん。海外の友人からこの建物を絶賛されたこともあり、喫茶店にしたそう

どの席にしようかなと見渡すと、店内の壁には版画作品がいっぱい。どれも地元の作家の方々による作品です。

展示されている作品のほとんどは購入できるというので、ギャラリーの中に喫茶店があるかのようです。

飛騨版画喫茶ばれん1階
飛騨版画喫茶ばれん
飛騨版画喫茶ばれん
2階から吹き抜けを見下ろした光景。力強い大型版画は地元の中学生たちによる卒業制作

飛騨高山のモノクロームな美意識

「でも、そもそもなぜ版画?」

この疑問を中村さんにぶつけてみると、「木の国でもある飛騨高山では版画美術がさかんで、学校でも熱心に教えるほど。この土地に根付いているものなんです」とのこと。

さらに、木材の黒と漆喰壁の白から成る飛騨高山の家屋、木造家屋の黒と雪の白が織りなす冬の景色が、白黒版画の美的感覚に通じるものがあるといいます。

「版画は飛騨高山の伝統的な町並みを邪魔しないもの。しかも、こうして店内に飾れば作家さんを応援することもできますよね」

店内の版画作品を見つつ、このあたりに並ぶ町家で2階に上がれるチャンスはめったにないので、階段を進みます。

飛騨版画喫茶ばれん
階段にも版画
飛騨版画喫茶ばれん
2階は、天井は低くても長居したくなる居心地の良さ

「ちょっとずつ」が贅沢な楪子甘味

腰を下ろしてひと息ついたら、小腹も空いてきた様子。メニューをながめていると、ちょっと変わったものを発見しました。その名も「楪子 (ちゃつ) 甘味」。

「ちゃつ」とは、精進料理やお茶席で使われる漆塗りの木皿とのこと。高山では、お祭りのときに客人に料理をふるまうために使われ、昔はどの家にも50~100枚ほど木箱入りで必ずあったのだとか。

一度に何軒も挨拶に回るお客さんのために、小さいお皿に赤飯やお刺身、天ぷらなどをのせて出していたといいます。ほどよい食べ切りサイズのご馳走なんて、粋なおもてなしです。

今ではそうした文化は廃れてしまったものの、中村家で代々使っていた春慶塗の楪子を再活用して生まれたのが、甘味を少しずつ盛った「楪子甘味」だそう。

飛騨版画喫茶ばれん「楪子甘味」
緑茶がついた楪子甘味セット (900円) 。コーヒーセットは1100円
飛騨版画喫茶ばれん 楪子甘味

北海道産の大納言小豆を使用したぜんざいに、白玉、栗の甘露煮、きな粉と抹茶のわらび餅が少しずつ楪子にのせられて運ばれてきました。

甘すぎない小豆に、もちっとした白玉をほお張ったら、「次はぷるんとしてそうなわらび餅にしようかな。きな粉と抹茶どっちにしよう?」なんて迷えるのも「楪子甘味」ならではの贅沢です。

ゆっくりとした時間の流れに身を任せて、緑茶をすすりながらボーっとするのも至福のひとときです。あともう少しだけ休んだら、もうひと歩き。飛騨高山の版画文化や町家のこと、楪子のことを知ったら、古い町並みがまた違った姿に見えてきそうです。

飛騨版画喫茶ばれん
地元の版画作家の作品を中心に、ポストカードなど雑貨も販売
飛騨版画喫茶ばれん
旅の記念になりそうなお店の版画ポストカードも

飛騨版画喫茶ばれん

岐阜県高山市上三之町107

TEL:0577-33-9201

営業時間:8:30~17:00(12月~3月は9:00~16:30)

定休日:不定休

文・写真:岩本恵美

早起きしてはしごしたい、日本三大朝市・飛騨高山の朝市

おはようございます。ライターの岩本恵美です。

旅をしたら、やっぱりその場所ならではの体験をしたい。地のものを食べたり、土地の人と接したり。そのどちらも一度に叶えてくれるのが、朝市です。

「早起きは三文の徳」とはまさにその通り。驚きの価格と新鮮な旬の食材、地元の人たちとの世間話などなど、朝市には色々な楽しみが詰まっています。

日本三大朝市の一つ、飛騨高山の朝市が立つのは2カ所

今回、私が訪れたのは、日本三大朝市の一つとして知られる飛騨高山の朝市です。

飛騨高山の朝市は2つ。一つは、高山市中央を流れる宮川の鍛冶橋から弥生橋の間に立つ「宮川朝市」。もう一つは、徳川幕府直轄時代の代官所だった高山陣屋前の広場に立つ「陣屋前朝市」。どちらもJR高山駅から10分ほどの便利な場所で、毎朝、年中無休で開催されています。つまり、いつ行っても楽しめる朝市なんです。しかも2つの朝市は歩いて徒歩6分ほどなので、朝市のはしごも可能。どちらも朝7時ごろから正午まで開かれているので、ちょっと寝坊したとしてもゆっくり見て回れます。

バラエティ豊かな商品が並ぶ宮川朝市

飛騨高山の朝市
宮川沿いにテントが立ち並ぶ「宮川朝市」

まずは、宮川朝市へ。鍛冶橋を渡っていくと、宮川沿いに連なる白いテントが見えてきました。

平日の朝9時。朝市の通りには、地元の人と国内外の観光客が入り交じり、時には異国の言葉も聞こえてきます。

朝市の通りを歩いていて、目立つのは野菜や果物の数々。太くて立派なねぎや大根、丸々とした白菜、蜜がしっかり入ったりんごなど、見事な姿形に思わず嘆声をもらしてしまいます。
そして、その価格を見て、二度びっくり。「こんなに立派な野菜が100円や200円!?」と、テンションが上がらずにはいられません。

飛騨高山の朝市
太くて立派な飛騨ねぎやカラフルな飾りとうもろこし
飛騨高山の朝市
りんごの種類は豊富で、色も大きさもさまざま
飛騨高山の朝市
農家の人も「こんな大根はじめて!」という変わった形の大根。これで1本です

生鮮食品の他にも、漬物やお餅などの加工食品、手づくりの民芸品などのお店が並びます。飛騨ねぎを使ったたこ焼き屋やカフェもあり、バラエティ豊かなお店のラインナップです。食べ歩きを楽しんでいる人の姿もちらほら見かけました。

飛騨高山の朝市
飛騨高山名物、赤かぶの漬物。今年は赤かぶが不作だったそう‥‥
飛騨高山の朝市
手づくりのさるぼぼは、一つひとつ微妙に表情が違うのが魅力
飛騨高山の朝市
店によっては、こんなにカラフルなさるぼぼも
飛騨高山の朝市
高山産の手作りはちみつ。巣箱もたまーに売れるのだとか
クッキーでできたカップでいただけるエスプレッソは外国からの観光客にも人気
飛騨高山の朝市
木の国・飛騨ならではの一位一刀彫のお店も
とっても軽い一位の木のアクセサリーは、時間が経つにつれて色が変わるそう。一番下は10年もの
飛騨高山の朝市
漬物屋さんの店頭にあった色鮮やかな赤かぶ

きれいな色の赤かぶに引き寄せられて、思わず立ち止まった漬物屋さん。赤かぶをはじめ、美味しそうな漬物がずらりと並んでいます。どれも試食ができるので、さっそく赤かぶの千枚漬をぱくりと試食。防腐剤や着色料は一切使わず、鮮やかな赤い漬け汁は赤かぶ本来の自然の色だそう。

「お店によってね、味が違うの。だからね、朝市は食べ歩きして買うといいよ」とのアドバイスとともに笑顔で送り出してくれました。

飛騨高山の朝市
「値段だけで他で買っちゃった」というお客さんに「味見して買わないとダメよ」と試食を勧める

農産物中心の陣屋前朝市

飛騨高山の朝市
高山陣屋前の広場に立つ「陣屋前朝市」

「朝市は食べ比べをすべし」との地元の方のアドバイスに従い、陣屋前朝市まで足を延ばして、朝市をはしごです。宮川朝市から徒歩で10分ほど。高山陣屋前の広場にも白いテントが軒を連ねていました。

飛騨高山の朝市
飛騨の伝統野菜の一つ、宿儺(すくな)かぼちゃ
飛騨高山の朝市
丸々とした白菜も一番大きなもので400円!
飛騨高山の朝市
前掛け部分の文字が「高山」になっているさるぼぼは珍しいのだとか
飛騨高山の朝市
蜜がたっぷり入ったりんご「ふじ」

ぐるっと一回りしてみて気づいたのは、野菜や果物などの農産物が多いこと。特に、りんごの季節だけに、さまざまな品種が並んでいました。

飛騨高山の朝市
りんご柄の久留米絣がかわいい、ひぐち果樹園のおばあちゃん

ぶらぶらしていると、「おはよう」と声をかけてくれたりんご農家のおばあちゃん。「これはパリッとしとるよ」と試食を勧めてくれました。食べてみると、たしかにいい歯ごたえ。先ほど宮川朝市でもらったアドバイスを胸に、他のりんごも食べ比べてみると、一つひとつ味や口当たりが違います。当たり前といえば当たり前なのですが、「りんごの味って一つじゃないんだ」と感動し、小ぶりなりんごの袋詰めを思わず購入。

すると、

おばあちゃん「遠いとこ?」

私「東京から来ました」

おばあちゃん「遠いさー。私の名月 (めいげつ) ちゃん、ひとつあげる。甘いやつな。途中で食べてって」

おまけをしてくれました。

「名月」とは、りんごの品種の一つ。ちゃん付けで呼ぶなんて、自分の手で育てているりんごを子どものように思っているんだなと、ほっこりしました。おばあちゃんが手間ひまと愛情をかけて作っているりんごなんだなと思うと、より美味しくいただけそうです。

飛騨高山の朝市
もうひとつおまけに、とびっきりの笑顔までいただきました!

りんごの他には、本格的な冬が近づいているだけに、漬物や味噌などの保存食品も目立ちます。季節の移り変わりとともに、店先に並ぶものが変わるのも朝市の楽しみの一つでしょう。

飛騨高山の朝市
種類豊富な漬物は、全て飛騨高山産の野菜を使用
飛騨高山の朝市
色んな味の工夫がされている手作りの味噌
飛騨高山の朝市
石臼杵つきのお餅はコシが強く、雑煮にしてもとけないそう

受け継がれてきた朝市文化

飛騨高山の朝市は、地元の農家の人たちによって現在まで受け継がれてきました。幾度も場所を転々としながら、定着したのが現在の宮川と陣屋前の2カ所。その歴史は古く、1820年 (文政3年) ごろに高山別院を中心に開かれた桑市がはじまりだといわれています。その後、養蚕業が衰退するにつれて、明治半ばごろから野菜や花などが売られるようになり、市民の台所として地域に根付いたそうです。一時は朝市だけでなく、夜市も盛んに開かれたのだとか。

そんな長い歴史を持つ朝市も、農家の人たちが丹精込めて作ったものを自分たちの手で売るというスタイルは今も昔も変わらずに続いています。

地元の人たちが通い続けているのも、そのおかげかもしれません。朝市に並ぶ商品を見ていると、あくまでも農産物が中心。飛騨高山の食を支える、市民の台所としての原点を大切にしているように感じました。

農産物の保存方法や美味しい食べ方、民芸品の由来など、作り手だからこそ知っていることが聞けるのも、直売のいいところ。

いろいろ聞いているうちに「あれも欲しい」「これも欲しい」と思いつつ、後ろ髪を引かれる思いで朝市を後にしました。

「近所にもこんな朝市があったらいいのに」と思ったのは言うまでもありません。そしたら、早起きがもっと得意になれそう。そんな気がした飛騨高山の朝でした。

<取材協力>

宮川朝市

場所:鍛冶橋から弥生橋までの宮川沿い

URL : http://www.asaichi.net

営業時間:7:00~12:00(12月~3月は8:00~12:00)

陣屋前朝市

場所:高山陣屋前(岐阜県高山市八軒町1-5)

URL : http://www.jinya-asaichi.jp

営業時間:7:00~12:00(11月~3月は8:00~12:00)

文:岩本恵美

写真:岩本恵美、今井駿介

ガチャガチャでしか手に入らない、特別な益子焼。

こんにちは。ライターの岩本恵美です。

古くからの焼物の産地、栃木県益子では、記念すべき100回目の陶器市が今日まで開催中です。皆さん、益子焼というとどんな姿を思い浮かべますか?

皿や茶碗、壺など、素朴な風合いの実用的な器でしょうか。あるいは、民藝を代表する焼物という、どこか渋い、玄人好みのイメージもあるかもしれません。

今回は、そんなイメージを覆す、小さな小さな益子焼をご紹介します。

正真正銘の益子焼がガチャガチャに!?

益子から車で約40分。北関東の玄関口、JR宇都宮駅の宇都宮駅ビルパセオにある丹波屋栃木銘店。1690年 (元禄3年) 創業の卸問屋、丹波屋が手掛けるお店で、今年3月にオープンしたばかりです。

丹波屋栃木銘店
JR宇都宮駅の宇都宮駅ビル パセオ2Fとちぎグランマルシェにある丹波屋栃木銘店

栃木ならではの商品が並ぶ一角にあるのが、益子焼史上初となる同店限定の益子焼のカプセルトイ、通称ガチャガチャです。

丹波屋栃木銘店の益子焼ガチャガチャ
丹波屋栃木銘店限定の益子焼ガチャガチャは2台

小さなカプセルに入った益子焼は、折越窯 (おっこしがま) の名で知られる益子の窯元・大塚幸内 (おおつかこうない) 商店による手づくり。職人さんが一つひとつ手びねりで成形して素焼きし、絵付け、釉薬をかけて焼き上げたものです。

益子焼ガチャガチャ
ここにあるのはほんの一部。すでに出払ってしまっているものもあるほど、種類は豊富だそう

1回400円とはいえ、通常のものとまったく同じ工程で制作した本物の益子焼が手に入ります。

種類はお皿や壺、湯のみなど。

折越窯で普段作っている益子焼も店頭にはあるので、ガチャガチャと合わせて商品を探してみるのも一興。セットになった途端、可愛らしさが倍増します
益子焼ガチャガチャ
並べて置くと、益子焼の親子のよう
益子焼ガチャガチャ
こちらはカップ3兄弟。ガチャガチャのラインナップはお皿が多めなので、もし当たったらラッキー

小さなカプセルに込められた思い

そもそも益子焼をガチャガチャにしてしまおうという発想はどこからきたのでしょうか。この企画を発案した丹波屋の林和央 (はやし・かずひろ) さんと、作り手である窯元の大塚恭子さんにお話を伺いました。

「お店を出すにあたり、栃木ならではのもの、ここでしか手に入らないものとして何かしらのガチャガチャを作りたいと考えていました。今までにないものをと考えていたら、益子焼が思い当たりまして。

僕は神奈川県出身なのですが、家族で益子焼が好きで、小学生のころから毎年陶器市に行っていて、不思議と大塚さんのところでいつも買っていたんですよね。そんなご縁から仕事でも大塚さんとご一緒することがあり、恐るおそるガチャガチャのことをお願いしてみました」と林さん。

益子・大塚幸内商店(折越窯)
益子焼の窯元、大塚幸内商店(折越窯)

林さんには、職人さんが作り上げた益子焼をガチャガチャにするのは失礼になるのではという思いがありましたが、むしろ大塚さんは乗り気になってくれたそう。

「お話をいただいた時、益子焼に関心のない人たちや若い世代の人たちが触れる取っ掛かりになるのではないかと感じました。なんて面白いんだろうと思って、二つ返事で引き受けていましたね。私自身も今まで見たこともない益子焼を見てみたくて」

受け継がれた「用の美」

ミニチュアにするのはさぞかし大変な作業だろうと思いきや、「いつも作っているものが小さくなっただけ。ただただ楽しいですよ」と話す大塚さん。

作り手も虜にするこのミニチュア益子焼、ガチャガチャといってあなどるなかれ。そこにはしっかりと「用の美」が宿っています。

基本的に全て使えるのは大前提。たとえば急須は蓋を開けることができ、水を入れると注ぎ口から水が出てきます!しかも、どの品も電子レンジや食洗機に対応しているというから驚きです。

益子焼ガチャガチャ
大人でも、思わずままごとをしてみたくなる精巧さ

「益子焼は日用雑器。気取らずに、気負わずに毎日使ってもらうのが良さだと思うので、ガチャガチャでもその素朴な部分や実用的な部分を感じてもらいたいですね」と大塚さんは言います。

そんな思いに呼応するかのように、嬉しい反響も出始めているのだそう。

「ガチャガチャを集めている方が窯元まで来てくれるようになったんです。ある人はガチャガチャで当たったお皿に、塩や胡椒、七味などを入れて食卓用の調味料入れとして実際に使っていると話してくれました」

ミニチュア益子焼は飾っておくだけでもいいですが、その使い道を考えてみるのも面白そうです。

ガチャガチャの種類は「四季」と「栃木」

今年の春からガチャガチャを始めて、これまで作った益子焼のミニチュアは既に70~80種類以上。林さんも大塚さんも把握できないくらい、たくさんあるのだとか。

第1弾は益子焼の紹介を兼ねて伝統的なものを、その後は季節ごとに、夏には白やブルーを基調とした涼しげなもの、秋には茶系のものや「実りの秋」をテーマにしたものを展開してきました。

「器は季節とともにあるものだと思うんです。季節ごとに料理を味わい、料理に合わせて器も変える。その関係を意識して、益子焼を日頃からつくっています。それはガチャガチャになっても同じ。器を通した季節感が伝えられたらと思っています」と大塚さん。

益子焼だけでなく、栃木のことももっと知ってもらいたいと、器にまじって栃木にちなんだモチーフの益子焼があるのも、このガチャガチャのもう一つの楽しみ。

初夏にはイチゴ、夏にはかんぴょうに餃子、秋には米どころ栃木を表現したおにぎりの形をした益子焼が登場しました。

益子焼ガチャガチャ
たくさん集めて、こんな風にボックスに飾っても素敵です

この冬にはどんなアイテムを考えていますか?と大塚さんに伺うと、「丹波屋さんとコラボしたカップ&ソーサーのミニチュアを作り始めています」とこっそり教えてくれました。これは、親子ペアでそろえたくなりそうな予感大です。

取材中にも、ガチャガチャに挑戦する人たちがちらほら。何が出てくるかわからない、ワクワクとドキドキがつまった益子焼のガチャガチャは老若男女問わず人気です。皆さんも旅の思い出にひと回ししてみてはどうでしょう?

ただし、1回で済むかどうかはあなた次第ですよ。

<取材協力>
丹波屋栃木銘店
栃木県宇都宮市川向町1-23
宇都宮駅ビル パセオ 2F とちぎグランマルシェ
0286-27-8486

大塚幸内商店 (折越窯)
栃木県芳賀郡益子町益子720
0285-72-2206

文:岩本恵美
写真:岩本恵美、丹波屋 栃木銘店