こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱です。
生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の八冊目です。今回は、日本の食卓を豊かにする器の、理に適った選び方を分かりやすく学べる本です。
著者は工業デザイナーであり、東京・中野にある老舗のクラフトショップ「モノ・モノ」の代表でもあった山口泰子さん。
「モノ・モノ」は、工業デザイナーでありデザイン活動家でもあった秋岡芳夫さんが、1970年代の行き過ぎた工業化への反省から「消費者をやめて愛用者になろう!」を合い言葉に結成されたサロンです。
その後自然と店舗へ発展し、日本的なクラフトのスタンダードを提案し続けています。
山口さんが工業デザイナーとして活動をはじめたのは1960年代。
そして、今でこそ工業デザイナーが手工芸品を手がけることも珍しくありませんが、山口さんがクラフト界に転身したのは1970年代です。まさに先見の明を持った女性の一人と言えます。
この本では、工業製品とクラフトの両方を熟知した山口さんが、日本の食文化に基づいて選んだ日常使いの食器の数々を紹介。どんな食器をどのように選んで使うかが、暮らしの心地よさを左右することを伝えています。
日本の家庭ほど、いろんな種類の食器をたくさん持つ国民も珍しい気がします。
食文化が豊かであったり、食器を贈り物にする機会が多いことも理由だと思いますが、気付けば食器棚が満杯というお宅も多いのでは。
使わぬ食器はなるべく断捨離したいのと同時に、料理を引き立てて使いやすい食器は厳選したい。そんな器選びのコツを、工業デザイナー視点の切り口でおすすめしている点が面白いです。
日本の食文化の特徴の一つに、「手に持つ」があります。
西洋の作法では食器を手に持つのは厳禁。そんな日本人の手がデザインしたのがお碗です。手におさまりがよく、しっくり心地よいサイズが口径12cm前後だそう。
そして出来たら木製の漆碗が良いのですが、その理由をお碗の断面を見せることで説明している点が工業デザイナーらしく、合点のいく説明でした。是非本で見て頂きたいポイントです。
「めいめい持ち」も日本ならではの食卓かもしれません。
例えば、めし碗、お箸、マグカップの類は自分用があって他のだと落ちつかないということはありませんか。
「めいめい持ち」と「手に持つ」は縁が深く、持ち手が徐々に使い慣れた器を育てるとでも言いましょうか。自分用は、理屈抜きで好きなデザインを自由に選びたいですね。
子どもの食器についての記述にも共感できる内容があります。
「子どもには贅沢」とか、「割ると困るから」とプラスチックの器を子供用にすることがありますが、子どもの感覚は大人よりずっと鋭いのです。
特に五感が育つ大切な時期には、触れて心地よいモノを使って、良い感覚を覚えさせることが大切とのこと。木のお碗などは大人になっても使えますし、もしガラスを割ったとしてもモノを大事に扱うことを知ると思います。
食生活が多様になって、和食、洋食、中華、イタリア料理、時にエスニック料理まで食卓にのぼるという家庭もありますね。
どんな料理にもよく合うとか、ついつい使っている食器とかがあると思いますが、そのような包容力のある食器を意識して選べるようになると食器棚もすっきりするかもしれません。
山口さんがおすすめする一器多用はそばちょこや漆器。
そばちょこはコップや小鉢として便利なのと、重ねやすくてしまいやすい。骨董市でもよく見る器なので、昔のそばちょこを使うのも素敵です。
漆の溜や朱の深い色合いは思いのほか洋も受けとめてくれます。私も漆の大椀を持っていますが、ラーメンやうどんなどに使うと、漆器の良さがフルに生きると思います。
買う時はちょっと高くて躊躇しますが、修理も出来てそれこそ一生モノになりえると思えば決して高くはありません。
最後に、もうひとつの美しさ「使い込む」について。素材を吟味した良い器は、長く愛用するほどに色ツヤが増します。
素木、漆器、焼きしめ、金属などそれぞれの味が出てきますが、美しくなるには条件があります。新品の時からいいモノで、気に入って、長年愛用し続ける、それでこそ美しくなります。
色々なポイントはありますが、まず手に取って選びましょう。
私たちは食事の間、食器の内側を見ているので、手に取ると目には見えないものが見えてくる、という山口さんの言葉が印象的です。
「手との関係がいい食器は使いやすい」は、日本の食文化あってこそです。
<今回ご紹介した書籍>
『暮らしと器 ~日々の暮らしに大切なこと~ 』
山口泰子/六耀社
細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。
文:細萱久美