一刀彫の干支人形でめでたい新年を。発祥の地・奈良で知る1000年続く遊び心

正月飾りとは不思議なものです。

小さなものでも一つ、二つ、縁起ものを飾るだけで、新年を晴れやかに迎えることができます。

こちらは奈良を代表する伝統工芸の一つ、一刀彫の干支人形。

一刀彫の匠、「一刀彫 浦」の浦弘園(うらこうえん)さんの作品です。

2020年の干支は子(ねずみ)。

生き生きとした姿かたちで、今にもチューと鳴き出しそう。

ねずみの骨格や表情を巧みに捉えたノミ跡は、一刀彫ならでは。

大中小の3タイプ。大中小の3タイプ。かわいいねずみが梅の花の打ち出の小槌や米俵に乗って縁起良く、家の中にめでたさを運んでくれます
大中小の3タイプ。大中小の3タイプ。かわいいねずみが梅の花の打ち出の小槌や米俵に乗って縁起良く、家の中にめでたさを運んでくれます

ナチュラルな木肌と風合いは、洋室にも玄関にもすんなりと馴染みます。

伝統の趣きも愛らしく、今の暮らしを彩ります。

ルーツは大和国の一大祭事、おん祭

その一刀彫とは、一刀で彫り出したかのような大胆な面を持ち、あでやかな彩色を施した木工人形のこと。

各地に一刀彫りはありますが、発祥の地は奈良であり、奈良人形とも呼ばれます。

歴史は平安時代にまでさかのぼり、大和国の一大祭事「春日若宮おん祭」に用いられた神祭りの人形がルーツとされています。

一刀彫の作品は伝統の意匠をモチーフにしたものが多く、なかでも干支人形は人気の意匠。

ひきもきらぬ注文を受け、正月迎えの制作に追われるのは浦弘園さん。

興福寺の境内横手、猿沢池の畔という名勝地に面したところに工房を構えておられます。

人気の「月こよみ」は月ごとに楽しめる飾り付き

かわいい巫女さんの人形と12ヶ月の飾りがセットになった「月こよみ」は、ツイッターやインスタグラムで評判が広がり、ヒット商品となったもの。季節の彩りを捧げ持ちます。

月こよみ
月こよみ

1月は重餅で2月は鬼面。3月は雛人形で4月は桜の扇。5月は兜で6月てるてる坊主…。

毎月小さな飾りが変わり、一年を通して月の訪れを楽しむことができます。

季節ごとの飾りは、1月 重餅、2月 鬼、3月 雛人形、4月 桜扇、5月 兜、6月 てるてる坊主、7月 鬼灯、8月 西瓜、9月 菊、10月 紅葉、11月 毬、12月 雪うさぎ
季節ごとの飾りは、1月 重餅、2月 鬼、3月 雛人形、4月 桜扇、5月 兜、6月 てるてる坊主、7月 鬼灯、8月 西瓜、9月 菊、10月 紅葉、11月 毬、12月 雪うさぎ

心がけているのは、人間目線でなく、人形目線。

「自分も人形たちと楽しみながら彫る」ことが信条です。

眺めるほどに物語が浮かんできそう。

そんな遊び心のある作風で人気を呼んでいます。

新しいもの、今の暮らしに合うものを

「新しいものを生みたい」と浦さん。

伝統工芸だからと毎年同じものを作りつづけるのではなく、ひらめいたこと、浮かんだアイディアを盛り込んで、人形たちと向き合います。

「効率の良い仕事の仕方とは言えませんが、そうしたい。彫ることを苦しい仕事にしたくない。楽しい仕事にしたいのです」

だからこそ物語を紡ぎそうな生気にあふれた人形たちが彫られるのでしょう。

今、取材の合間も手を休めることなく彫り続ける、子の干支人形もそうです。

12年前とは異なる姿かたちは、幾度もスケッチを描き、アイディアを重ねて生み出したもの。伝統をまといながらも、今の空気を映し込み、今の暮らしに合う人形たちです。

手頃な干支人形から、一刀彫を初めて手にする人も多いでしょう。

浦さんは「どうぞ手に取り、触ってください」と言います。

「可愛いと感じたら触りたくなるでしょう。干支人形は地肌がほとんどだから、絵具も気にせず手にして愛でて、一刀彫りの木の面を、木の温もりを感じてください」。

切り出された木は、突きノミ、追い入れノミ、丸ノミなど何本ものノミや彫刻刀を用いて形にしていきます。

大切な道具たち
大切な道具たち

彩色は日本古来の水干し絵具や岩絵具、金箔など。

浦さんの色合いは極彩色の派手なものより柔らかな色目のものが多い。

かくいう浦さんの出身は奈良の山奥深く。大峰山系の荘厳な大自然のただ中にある十津川村です。

一時はサラリーマンとして勤めましたが、身になじまず退職。一刀彫の職人となり40年近くが過ぎました。

「一刀彫りの仕事でも、いやな仕事はしませんでした。好きな仕事を選んで、我を通してここまで来ました」

だから今でも一刀彫が大好きです。

好きだからこそ、熱を持って新しいもの、面白いもの、さらなる高みへと向かっていけるのでしょう。

年を重ねた今、「これからはもっと作家性を強めて、思うままに人形を彫りたいですね」

一刀彫の匠 浦弘園さん
一刀彫の匠 浦弘園さん

国内外問わず、ネット通販で作品を求められることも増えました。

「今は日本が再確認される時代ではないでしょうか。作品から奈良を、そして日本を感じてもらえたら、とてもうれしいですね」

奈良であり日本をまとった作品を生む。

そのためには「正直でありたい」

自分にも作品にも嘘をつかず、真摯に好きな仕事に打ち込み続けること。

「サラリーマンの同級生はそろそろ定年。余生を考えていますが、僕のゴールはまだまだ先」。

自分自身が向かう先も「楽しみですね」

ノミを持ち、彫り進めながら、休む間の無い手も一緒に語っているようでした。

<取材協力>
浦弘園
奈良県奈良市高畑町1122-9

0742-27-9045


<企画展のお知らせ>

奈良の一刀彫をはじめ、筆や墨を展示販売される企画展が開催されます。

企画展「奈良の一刀彫と筆」

日時:12月18日(水)〜1月14日(火)*1月1日(水・祝)は休ませていただきます
開催場所:「大和路 暮らしの間」 (中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内)
https://www.d-kintetsu.co.jp/store/nara/yamatoji/shop/index02.html

大和路

*企画展の開催場所「大和路 暮らしの間」について

中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内にある「大和路 暮らしの間」では、奈良らしい商品を取り揃え、月替わりの企画展で注目のアイテムを紹介しています。

伝統を守り伝えながら、作り手が積み重ねる時代時代の「新しい挑戦」。

ものづくりの背景を知ると、作り手の想いや、ハッとする気づきに出会う瞬間があります。

「大和路 暮らしの間」では、長い歴史と豊かな自然が共存する奈良で、そんな伝統と挑戦の間に生まれた暮らしに寄り添う品々を、作り手の想いとともにお届けします。

この連載では、企画展に合わせて毎月ひとつ、奈良生まれの暮らしのアイテムをお届け。

次回は、「奈良の一刀彫と筆」の企画展より「筆」の記事をお届けします。

文:園城和子、徳永祐巳子
写真:中井秀彦

素人だったからできた、セーターの素材でつくる靴下

自転車をこいだら自分だけの靴下が約10分で編み上がるというユニークなワークショップをご存知でしょうか?

その名も「チャリックス」。

チャリックスの自転車
チャリックスの自転車

靴下の編み機と自転車を合体させたオリジナルの「足こぎ靴下編み機」は、靴下ができ上がる仕組みをたくさんの人に知ってほしいという想いから生まれたもの。

工場を飛び出し、出張型の体験ワークショップとして各地で開催されています。

こんな楽しい「チャリックス」を考えた会社は、そのものづくりもユニーク。

靴下の町、奈良県広陵町(こうりょうちょう)にある工場を訪ねました。

やめていた靴下づくりを復活させたのは、素人だった5代目

奈良県の広陵町は、靴下の国内生産、日本一の「靴下の町」。

「チャリックス」を生み出した株式会社創喜 (そうき) は、1927年に広陵町で創業した歴史ある靴下メーカーですが、実は靴下づくりをやめていた時期がありました。

業界の大量生産化、価格競争の中、発想を転換して靴下と同じ製法で作れるアームカバーを主力商品に。

創喜アームカバー

創喜さんのアームカバーづくりを取材した記事はこちら:「靴下やさんが靴下作りをやめて作った、指が通せるアームカバー」

そんな中、5代目を継いだ出張 (でばり) 耕平さんが靴下づくりを復活させます。

5代目の出張耕平さん
5代目の出張耕平さん

「私は父母の靴下づくりを見て育ちましたが、就職先はまったく別の業界でした。ところが会社を辞めて実家を手伝ってみると、靴下づくりがとてもおもしろく思えて」

ほかの仕事を経験し、靴下づくりを外から見つめてみたことが、出張さんがこの後没頭する「理想の靴下」づくりのエンジンになっていきました。

自分が身につけたい靴下の条件を思い浮かべたら‥‥

創喜さんが立ち上げた自社ブランドでは、カジュアルソックスではなかなか使われることのない糸を使った靴下が人気を呼んでいます。

オリジナルブランドの「SOUKI SOCKS」「Re Loop」
シリーズで展開する「SOUKI SOCKS」(上) と「Re Loop」 (下)

それはセーターにも使われる、ウールやコットンなどの上質の天然繊維です。

「靴下は、足の肌着です。私なら肌着の素材は天然繊維が一番。肌にしっくりとなじみ、汗を吸い取ってくれて、肌との相性がいいからです。

おいしい食事がいい素材でできているように、靴下も素材が一番大切なんじゃないか、そこから見直してみようと考えました」

靴下をつくるには「靴下用に製造された糸」を仕入れる、靴下業界ではそれが当たり前でした。

そこに捉われずに、もっと天然繊維の肌着と同じような肌なじみを実現できる素材はないだろうか?

そう考えた出張さんは糸の展示会に足を運び、糸のプロフェッショナルである糸商さんに相談するなど、糸の情報を独自に収集していきます。

エジプトコットン、ニュージーランド産ファインウール、光沢のあるリネン、さらには吉野葛の繊維からつくられた和紙の糸、ヴァージンコットンの落ちわたの繊維が長いものだけを紡績した良質なリサイクルコットン‥‥。

出張りさんの靴下づくりにかかせない糸選び

贅沢な天然素材をたっぷりと使いながら、デイリーユースが可能な靴下づくりがスタートしました。

天然繊維の色と質感をいかし、糸を独自にブレンド

肌に触れた時の心地よさに加えて、出張さんが大切にしたのが履いた時の見え方。弾力性を保てないため、柄を入れるという方向は考えませんでした。

靴下づくりのお手本にしたのが、出張さんが好きなアメカジのヴィンテージファッションです。

「私自身、ジーンズに合う靴下がほしいと考えながら試作しているうちに、ものづくりのアイデアが生まれていきました」

糸そのものが持つ風合いが活きるように、色や質感の異なる糸を4本バランスよく選んで寄りあわせるという、新しい編み立て方にチャレンジ。

編み機で仕上げてみると、色の出方によって一点一点に少しずつ異なるニュアンスが。

完成したのはセーターを思わせる、落ち着きのある地模様の靴下でした。

創喜さんの靴下

「ゆっくり」のスピードが自慢の、希少なヴィンテージマシンを活かして

創喜さんの靴下を見ると、ふっくらと空気を含んでいるのがわかります。

ふかふかで、思わず頬ずりしたくなるくらいです。

この風合いを実現しているのが、創喜さん自慢のヴィンテージマシン。

コトン、コトン、カタン、カタン、小さな工場に入ったとたん、あちこちから、規則正しい音が響いてきます。

コンピュータ搭載のマシンは一台もなく、すでに製造されていない貴重な機種ばかり。修理をしながら大切に使い続けています。

機械編みでは高速で編めますが、代々受け継いできたヴィンテージマシンのスピードはゆっくり。

実はこれが、はき心地のよさにつながっています。

高速では編み目が詰まってしまうところを、ゆっくりスピードのヴィンテージマシンは、空気をふくみながら編み上げることができるからです。

出張さんが靴下づくりを再開させたのも、この旧式マシンによるものづくりに魅了されたからだそう。

ルーツは、機織り。「靴下の町」を広めたい

上質の糸を惜しみなくたっぷりと使い、あえて時間のかかるマシンで編む。

そんな靴下づくりは、大量生産とコストダウンの時代にあって、大きな挑戦でした。

仕上げ作業もミシンで丁寧に
仕上げ作業もミシンで丁寧に

それでもヴィンテージマシンで編む靴下は評判が良く、「もっとこういう素材感や肌触りのいい靴下をつくってほしい」という声を受けて「SOUKI SOCKS」「Re Loop」などのシリーズがデビュー。

今も少しずつリピートの注文を増やし続けています。

「曾祖父の時代には、手回し編み機で1枚ずつ靴下を生産していました。先祖が道を切り拓き、それが大切に受け継がれてきたから、私の発想も実現できる。私もメイドイン広陵町のクオリティを次世代に引き継いでいきたいですね」

かけがえのない技術を、その時代のユーザーに愛される発想と工夫で伝えていこう。

ユニークな「足こぎ靴下編み機」チャリックスも、セーターのような素材感の靴下も、会社名の「創喜」の通り、出張さんたちの創る喜びから生まれていました。

<取材協力>
株式会社創喜
奈良県北葛城郡広陵町大字疋相6-5
0745-55-1501
http://www.souki-socks.jp


<企画展のお知らせ>

創喜さんをはじめ、日本最大の靴下産地、「広陵町の靴下」が展示販売される企画展が開催されます。

企画展「広陵町の靴下」

日時:11月13日(水)〜12月17日(火)
開催場所:「大和路 暮らしの間」 (中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内)
https://www.d-kintetsu.co.jp/store/nara/yamatoji/shop/index02.html

大和路

*企画展の開催場所「大和路 暮らしの間」について

中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内にある「大和路 暮らしの間」では、奈良らしい商品を取り揃え、月替わりの企画展で注目のアイテムを紹介しています。

伝統を守り伝えながら、作り手が積み重ねる時代時代の「新しい挑戦」。

ものづくりの背景を知ると、作り手の想いや、ハッとする気づきに出会う瞬間があります。

「大和路 暮らしの間」では、長い歴史と豊かな自然が共存する奈良で、そんな伝統と挑戦の間に生まれた暮らしに寄り添う品々を、作り手の想いとともにお届けします。

この連載では、企画展に合わせて毎月ひとつ、奈良生まれの暮らしのアイテムをお届け。

次回12月は、「奈良の一刀彫と筆」の記事をお届けします。

文:久保田説子、徳永祐巳子
写真:北尾篤司

日本の生薬を食やコスメに。新たな奈良土産「大和生薬」とは?

これからの季節、体のあたためにも活躍する生姜(しょうが)など、人がその成分を暮らしに活かしてきたのが「生薬 (しょうやく) 」。いわば天然の薬です。

白く美しい花を咲かせる大和当帰 (読み方) の花。生薬に長らく使われて来た一種です
白く美しい花を咲かせる大和当帰 (やまととうき) の花。生薬に長らく使われて来た一種です

生薬のルーツでありメッカなのが、奈良です。

日本で初めての生薬採取は、奈良が舞台。飛鳥時代の女帝、推古天皇が薬狩りをしたと『日本書紀』に記されています。

さらにシルクロードの終着点でもあり、大陸から古代医療が伝わったことで、寺院では治療薬の施しが行われ、薬草が栽培されるようになりました。

江戸時代には質の高い「大和生薬」を栽培する薬草園がいくつもあり、奈良は生薬栽培の中心地であり続けました。

まさに「ルーツでありメッカ」の地。そんな奈良で今、数百年の時を経て再び生薬を活かしたさまざまなアイテムが開発され、注目を集めています。

「くすりの町」が町ぐるみで手がける大和生薬の商品とは?

奈良県高市郡高取町(たかとりちょう)は、推古天皇が薬狩りをした地。そして全国に奈良生まれの「大和生薬」を広めてきた「くすりの町」として知られます。

高取町の様子
高取町の様子
「夢創舘」の奥にある「くすり資料館」
「夢創舘」の奥にある「くすり資料館」
「くすり資料館」では昔のレトロなパッケージを展示する
「くすり資料館」では昔のレトロなパッケージを展示する

そんな高取町が今、町ぐるみで大和生薬を使った商品の開発に取り組んでいます。

「始まりは大和当帰(やまととうき)の薬湯のヒットです」と語るのは、高取町観光協会会長の吉田浩司さん。

高取町観光協会会長の吉田浩司さん
高取町観光協会会長の吉田浩司さん

大和当帰は大和生薬の代表格で、古来より伝わる薬草です。

大和当帰
大和当帰

冷え性や貧血に効くとされ、古くから「血の道を良くする薬草」として重宝されたもの。

この大和当帰の葉を入浴剤にしたのが「大和当帰の湯」。

お風呂にサッと入れるだけ。独特の爽やかな香りが広がって、
古代から続く薬湯気分を手軽に味わえます。

大和当帰の湯。レトロなパッケージは町の資料館に残る商標を参考にしたもの
大和当帰の湯。レトロなパッケージは町の資料館に残る商標を参考にしたもの

歴史ロマン感じるデザインで、奈良土産としても喜ばれています。

町はヒットを受けて大和生薬を使った商品を次々とリリース。

高取町で作られている大和生薬の商品たち。大和当帰など和洋ハーブを、朝、昼、夜のシーンに合わせてブレンドした「やまと健やか茶」や、ハーブエキス配合の「喉太郎飴」など
高取町で作られている大和生薬の商品たち。大和当帰など和洋ハーブを、朝、昼、夜のシーンに合わせてブレンドした「やまと健やか茶」(写真上)や、ハーブエキス配合の「喉太郎飴」(写真左下)など

そのうちの一つ、「香塩(かおりじお)」は大和当帰の葉をふんだんに使った和のハーブソルトです。

当帰葉入り香塩
当帰葉入り香塩

オレガノや岩塩などとブレンドした豊かな香味は食欲をそそるだけでなく、毎日の食事で簡単に「薬膳」を取り入れることができます。

「肉や魚などいろんな料理のアクセントに使えます。サラダにふりかけて香りづけにしても。大和当帰を初めて知る人にも使いやすい商品です」と語るのは、「香塩」を開発し、町内で大和当帰の生産・販売を手がける「ポニーの里ファーム」の保科政秀さん。

栽培が難しく手間がかかる大和当帰を、農薬を使わず丁寧に栽培し、手摘みで収穫しています。

 

高取町にある「ポニーの里ファーム」
高取町にある「ポニーの里ファーム」
「ポニーの里ファーム」の保科政秀さん
「ポニーの里ファーム」の保科政秀さん

無農薬で高品質。希少な大和当帰の復活にかける思い

実は今、日本で使われる生薬のほとんどは安価な中国・韓国製。

「当帰」も例外ではありません。理由のひとつに収穫までの期間の長さがあります。

大和当帰は、種を蒔いて苗ができるまで1年かかります。漢方の材料となる根の収穫は2年目の冬か翌春。さらに葉に育つまでは、早い葉モノなら半年で収穫できるのに対し、2年を要します。

大和当帰の種
大和当帰の種

「僕が関わり始めた5年前は、大和当帰の存在を知る人すら少なかった」と保科さん。

歴史ある生薬ながら、作る人がいない。それが現状でした。

しかしこれまで根のみ生薬として利用されてきた大和当帰が、2012年から薬事法の緩和で、葉を食品として扱えるように。

これを受けて、伝承の薬草を特産として復活させようと奈良県が推進プロジェクトをスタート。採算性が上がったことから、日本の製薬会社も質の良い大和当帰に着目するように。

高取町はこの追い風を受け、「大和当帰をもっと多くの人に知ってほしい」と町ぐるみで栽培、開発を重ねてきました。今、その結果がさまざまな商品として実を結び、少しずつ注目を集めています。

たくましく育った2年もの、3年ものの大和当帰葉の栽培、加工を担当している保科さん。「蒔いた種が育ってきましたね」
たくましく育った2年もの、3年ものの大和当帰葉の栽培、加工を担当している保科さん。「蒔いた種が育ってきましたね」

「無農薬で“生まれも育ちもホンマもん”です」と保科さんは胸を張ります。

大和生薬をコスメにも!

「大和生薬はコスメにも優秀なパワーを発揮します」

こう語るのは、日本産の素材を活かしたヘルス&ビューティブランド「THERA(テラ)」の代表、橋本真季さんです。

株式会社ALAMBLA代表の橋本真季さん。
株式会社ALHAMBRA代表の橋本真季さん。

「THERA(テラ)」では日本人が古来より持つ文化や思想、漢方などの考え方に基づき、大和生薬などの自然由来原料を配合した、心身を内側から整える商品を展開しています。

THERAシリーズの商品。上から時計回りに、保湿クリームのマルチバーム、洗顔料の酵素のあらい粉 あお、化粧油のロールオンプレスオイル アロマイン
THERAシリーズの商品。上から時計回りに、保湿クリームのマルチバーム、洗顔料の酵素のあらい粉 あお、化粧油のロールオンプレスオイル アロマイン

実は橋本さんは奈良生まれ。

かつては奈良から広い世の中に飛び出したくて海外へ。オーガニックコスメの仕事に携わるように。

ところが欧米のハーブ文化を学ぶにつれて、日本のハーブのストーリーを知りたくなったそう。

「すると調べれば調べるほど、始まりは奈良でした」

正倉院には約1300年前の薬物や、最古の香木も残ります。

世界へ出た橋本さんは、後にしたはずのふるさと奈良で日本人の心身に本当に合う和のハーブ、大和生薬に出会い、THERAシリーズを立ち上げたのでした。

そんなTHERAの洗顔料「酵素のあらい粉 あお」には、大和当帰葉の粉末や奈良・曽爾村の米ぬかが配合されています。ダブル洗顔は不要で、洗い上がりはしっとりつるつるになるそう。

他にも美肌効果があるとされる芍薬の成分を活かした、チークにも使える口紅「日本美人紅」なども。

芍薬の花
芍薬の花

「奈良は日本のヘルス&ビューティ発祥の地。ここから素晴らしい生薬の美をお届けしていきたいです」

古代日本のヒーロー、ヤマトタケルは「倭(奈良)は国のまほろば」、最も良いところだと称えたと、『古事記』に伝わります。その奈良は生薬のまほろばでもありました。

今、その魅力に気づいた人たちの手で、再び今の暮らしに息づこうとしています。


<企画展のお知らせ>

「大和生薬」の商品が展示販売される企画展が開催されます。

企画展「大和生薬の食とコスメ」

日時:10月9日(水)〜11月12日(火)
開催場所:「大和路 暮らしの間」 (中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内)

https://www.d-kintetsu.co.jp/store/nara/yamatoji/shop/index02.html

大和路

<取材協力>
高取町観光協会
奈良県高市郡高取町上土佐20-2 高取町観光案内所 夢創舘
0744-52-1150

ポニーの里
奈良県高市郡高取町丹生谷883-6
0745-67-0104
http://ponynosatofarm.shop-pro.jp

株式会社ALHAMBRA
奈良県奈良市南半田中町17-2(奈良支店)
0742-23-5867

*企画展の開催場所「大和路 暮らしの間」について

中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内にある「大和路 暮らしの間」では、奈良らしい商品を取り揃え、月替わりの企画展で注目のアイテムを紹介しています。

伝統を守り伝えながら、作り手が積み重ねる時代時代の「新しい挑戦」。

ものづくりの背景を知ると、作り手の想いや、ハッとする気づきに出会う瞬間があります。

「大和路 暮らしの間」では、長い歴史と豊かな自然が共存する奈良で、そんな伝統と挑戦の間に生まれた暮らしに寄り添う品々を、作り手の想いとともにお届けします。

この連載では、企画展に合わせて毎月ひとつ、奈良生まれの暮らしのアイテムをお届け。

次回11月は、「広陵町の靴下」の記事をお届けします。

文:園城和子、徳永祐巳子
写真:北尾篤司 写真提供:株式会社ALHAMBRA

奈良の新名物「鹿コロコロ」は、ものづくりのアイデアの宝庫

車輪付きでコロコロ走る鹿のおもちゃが奈良にあります。

「今から100年後に残る郷土玩具」を目指して、生活雑貨メーカーの中川政七商店が誕生させた新・郷土玩具「鹿コロコロ」です。

古くから日本各地でお土産や子どものおもちゃとして作られてきた郷土玩具。

この新・郷土玩具「鹿コロコロ」は、奈良にもともとあった伝統工芸の「張り子鹿」と、観光客に人気の「ビニール鹿風船」という、新旧の奈良土産を組み合わせて誕生しました。

さらに工程作業にも、伝統的な手法にデジタル技術を取り入れた、ユニークな手法を採用しています。

最近では同じ技術を生かして、首振り張り子の「おじぎ鹿」も登場。

首振り張り子の「おじぎ鹿」

このチャーミングな造形は、表情は、どうして出来上がったのでしょう。今回は奈良県香芝市(かしばし)にあるその製作現場を訪ねました。

障がいのある人たちがアート活動をする「Good Job!センター香芝」へ

鹿コロコロが作られているのは「Good Job!センター香芝」という施設。

木造りの広々としたセンター

奈良市でコミュニティ・アートセンターを運営し、アートを通して障がいのある人の社会参加と仕事づくりをしてきた「たんぽぽの家」が、新たな拠点として2016年にオープンしました。

センターには、利用者が自主製品の製造や企業・団体との商品開発などを行う工房があります。ギャラリー、カフェ、商品のストックルームもあり、商品を販売する流通拠点にもなっています。

Good Job!センター香芝
さまざまな商品の展示販売もされている
「たんぽぽの家 アートセンターHANA」に所属して作家として活動する方の絵画作品も販売する

アートワークに関する活動は全国の福祉施設からも注目を集めています。

伝統工芸を未来に残したい

鹿コロコロの誕生は、センターがオープンする前の2015年に遡ります。

中川政七商店の事業領域である日本の工芸業界では、郷土玩具の型となる木型を作る職人も、その型に和紙を貼って成形する張り子職人も減る一方という、厳しい現状がありました。

「一方で我々にはその担い手となれる工房がある。自分たちが作った商品をもっと世の中に流通させたいという思いもあり、お互いの想いが合致しました」と語るのは、Good Job!センター香芝のスタッフ、藤井克英さん。

Good Job!センター香芝のスタッフ、藤井克英さん
Good Job!センター香芝のスタッフ、藤井克英さん

そこで手を携えて、新しい商品の開発が始まることに。

その最初のコラボレーションが、「鹿コロコロ」だったのです。

張り子と聞くと、竹や木、粘土などで型をとるイメージがありますが、張り子鹿の型は違います。

3Dプリンターから出力した樹脂の型を使っています。

立体作品を3Dスキャンしたデータをもとに3Dプリンターから型を造形する。赤いものがその型
立体作品を3Dスキャンしたデータをもとに3Dプリンターから型を造形する。赤いものがその型

型が出来上がれば、本来の張り子と同じように紙を張って、絵付けをしていきます。この手仕事に携わるのが、アート×デザインの表現を生かして活動するGood Job!センター香芝のメンバーです。

得意分野を生かして

鹿の表情や色味のパターンは、メンバーが描いた鹿の表現が採用されています。

「彼らの創作するものは、どこか有機的でユーモラスな表現になるのです」と藤井さん。

たしかにこの鹿。丸みを帯びた優しいフォルムとともに微笑ましさをたたえています。

ここからのものづくりはメンバーによる手作業。適性に応じた分業をはかり、障害のある人でも使いやすいように道具や作り方に工夫がされています。

張り子づくりは地道な作業の連続です。この鹿コロコロの場合は、和紙を8層糊付けして張り重ね、さらに下地を塗り、その後に絵付けしてようやく完成します。

樹脂の型の色はわざとカラフルにしている。下地の色が見えなくなるまで、貼り残しがないようにとの工夫
1枚1枚小さな和紙を貼ります
日本人形などに使われる胡粉(ごふん)を4回塗装したもの。伝統工芸の素材、技術を大切に継ぐ

「工芸はもともと分業制。メンバーもそれぞれが適性をふまえて得意な工程を任せることで、良い形での協働作業になりました」

鹿コロコロは、ツノがあったり、耳や足があったり、車輪までついていたり。

張り子にしては複雑な造りです。

作る人によって、ちょっぴりふくよかだったりスリムだったり。表情も均一でないところが、逆に個性ある愛らしさとなっています。

「どの子を選ぼうかな、と手に取るお客様も楽しまれるようです」と藤井さん。

絵付け。塗る人によりわずかながらも表情が変わり、それも魅力に

伝統の張り子にこれまでになかった魅力が加わった、と評判を得ています。

さまざまなアートが生まれる

こうした企業とのコラボ商品以外にも、センターからはさまざまなアートワークが発信されています。
ホットドッグ型のオリジナル張り子「Good Dog」は、センター内カフェのマスコット。

サッカー日本代表のシンボルマークでもある「八咫烏 (やたがらす) 」をモチーフにした奈良土産の縁起もの、張り子の「やたがらす」はサッカーファンにも喜ばれています。

左)張り子の「やたがらす」、右)ホットドッグ型のオリジナル張り子「Good Dog」

「新たな奈良土産として始まったこの張り子人形づくりですが、郷土玩具は各地で親しまれているもの。ゆくゆくは、このアートワークの技術を地域の施設とシェアして、全国に広がればと思っています」

自由で楽しいアイテムの数々。これからの日本のものづくりを支える大切な担い手になりそうです。


<取材協力>
Good Job!センター香芝
奈良県香芝市下田西2-8-1
0745-44-8229
http://goodjobcenter.com

文:園城和子、徳永祐巳子
写真:北尾篤司



<掲載商品>

鹿コロコロ(奈良)

自分好みのひと鉢を作ろう。「自由な盆栽」を目指す塩津植物研究所へ

部屋の中に小さな「景色」が生まれる。

手のひらサイズの小さな鉢でつくる「盆栽」は、
まるで小さな庭を部屋の中に持つように、慈しみ育てることができます。

和室が無くても、窓辺や食卓に。どこに置いても、すんなり似合って、そこに小さな景色をつくります。

人の暮らしに長く寄り添い、人より長生きするものも

今回は、今の暮らしに似合う、誰にでも楽しめる盆栽を研究し、盆栽のおもしろさを教えてくれる奈良県橿原 (かしはら) 市のご夫妻を訪ねました。

盆栽の楽しさを教えてくれる塩津ご夫妻

橿原市は歴史ロマンあふれる古墳や名所、大和三山が織りなす美しい自然景観を持つところ。里山には古来よりの万葉植物など多種多様な植物が息づきます。

塩津植物研究所の塩津丈洋(しおず・たけひろ)さんと久実子さんは3年前に拠点をこの地に移し、展覧会やイベント、ワークショップなどを各地で開いて活躍中。人と植物のよりよい暮らしを研究しています。

塩津丈洋さん

盆栽はとても自由なもの

盆栽といえば松や梅を思い浮かべる人が多いでしょう。

ところが研究所では盆栽のイメージをグッと広げる多様な植物を「わざと、かなり豊富に」常時200種も栽培しています。

「珍しい山野草や実のなるものなど、おもしろいものも揃えています」

たくさんの植物を育てている

塩津さんの盆栽は、和にも洋にも合うものばかり。

可愛かったり、カッコよかったり。

それは、旧来の盆栽のイメージとは異なる、モダンな印象です。

「盆栽は実はとても自由なものなのです」と塩津さん。

バラでもヒノキでも多くの植物が盆栽になり得ます。

自分好みに仕立てる楽しさ

「たとえば松でも剪定次第で自分好みの斬新なデザインに仕立てて良し。自分好みの植物で、新感覚の盆栽を作ることもできます。

モダンがいいと思えばモダンに。クラシックがいいと思えばクラシックに。自分の暮らしにあった盆栽に仕立てていけば良いのです」

盆栽は生き物。買った時点が完成形ではなく、持ち帰った後に自分の好みに剪定し、育てていくことができます。

なにげない樹木や野草がかわいい盆栽になることも

塩津さんの研究所では、植栽の美を引き立てる盆栽の鉢も、自分の好みのものを選ぶことができます。

うつわは全て、丈洋さんが陶芸家に依頼したオリジナルです。

「盆栽はうつわと植栽の総合芸術ですから」

うつわ選びも楽しさのひとつ

とはいえ、盆栽は難しそう。そう思う人もいるかもしれません。

「盆栽は気候の合った日本の植物を日本で育てるものです。だから僕は、『盆栽は優しい』と思っていますよ」

もちろん盆栽は生き物ですから簡単とは言えません。

まずは知ることから。その一歩を踏み出して、育ててみること。

「私たちの盆栽について知りたいこと、分からないことがあれば、どんどん聞いてください」と語るのは、丈洋さんとともに研究所を支える妻の久実子(くみこ)さん。

水やりをする塩津久実子さん

もっと知りたい、触れたい、育ててみたい。ひと目見た盆栽にそんな気持ちが湧いたら、始めどきかもしれません。

豊かな地で「種木屋」に

もともとは東京で盆栽師として活躍していた丈洋さん。奈良の橿原に拠点を移した転機は、他でもない久実子さんが運んできてくれました。

実は奈良出身の久実子さん。ある日、長らく空き家となっていた久実子さんの祖父方の土地を見た丈洋さんは、「ここなら、種木屋がスタートできる」と、確信したそうです。

それはかねてからあたためていた丈洋さんの夢でした。

盆栽の世界では、通常盆栽用の植物を育てる種木屋から苗を仕入れて仕立てます。しかし、丈洋さんが志していた「種木屋」とは、植物を種や挿し木から、「一からまるごと」育てて仕立てる仕事。

丈洋さんは橿原の地を得て、「種木屋」をこの地で始めることを決意しました。

命を感じる小さな芽

「ここは、植物にとっておいしい井戸水が湧き、風が通る。野山に足を伸ばせば、盆栽の材料となるいろんな植物と出会えます」

深く植物と関わって、育てる魅力、仕立てる魅力、そんな植物の魅力のすべてを多くの人に伝えたい。

ずっと胸に抱いていた願いが叶い、今、塩津植物研究所は「種木屋」を名乗ります。

看板に種木屋を示す「種」の屋号

「草木の駆け込み寺」になりたい。

そしてもう一つ橿原で叶えた夢があります。

それは、誰しもの「草木の駆け込み寺」になること。

盆栽のよろず相談所として、育成や培養だけでなく、検診や治療など相談にものります。

「ここに来られたお客様には実生の様子、苗の育成なども見ていただいています」

植物は、定番の松のほかにケヤキやヒノキ、イチョウや楓なども揃えます。

部屋の中でヒノキと暮らす。イチョウや楓と四季を共にする。

塩津さんの盆栽は、森で大樹になるものを部屋に飾ることができるという自由さに気づかせてくれます。

盆栽という小さな世界を通して、人々の思いに沿いながら、人と植物をしっかりつなぎたい。

今の暮らしにあった盆栽を多くの人に楽しんでもらいたい。

そんな思いから塩津さんは、日本の山野草木を題材にした盆栽教室も開いています。

「橿原に来て3年。やりたいことが少しずつ実りだしてきたところです」

植物の種のように、塩津さんの夢もこの地でどんどん膨らんでいくことでしょう。

自然を感じて暮らしたい。そんな人におすすめです

<取材協力>
塩津植物研究所
奈良県橿原市十市町993-1
0744-48-0845
http://syokubutsukenkyujo.com/

文:園城和子、徳永祐巳子
写真:中井秀彦

ジーンズに合う雪駄は奈良生まれ。抜群の履き心地を生む秘密の鼻緒

「雪駄 (せった) 」と聞けば、いわゆる草履を思い浮かべる人が多いかもしれません。

もしくは、夏に履くモノというイメージが強いでしょうか。

この従来のイメージを覆し、抜群の履き心地とデザイン性の良さを実現させた雪駄があります。

手がけた工房があるのは、奈良。

雪駄を「一年中履けるものにしたい」と情熱を燃やし、気軽に楽しむファッションアイテムとして使ってほしいと奔走するある人物を訪ねて、履物の産地へ伺いました。

履物の産地 奈良・三郷町へ

訪ねたのは、奈良県三郷町に工房を構える株式会社サカガワ (以下、ササガワ) の三代目社長、阪川隆信さん。

三代目社長・阪川隆信さん

奈良は履物を地場産業とする地域が多く、とりわけ奈良県西部に位置する三郷町(さんごうちょう)では、今でも一つひとつ手作業で雪駄をつくっている工房があり、昔からのものづくりに触れることができます。

取材時、阪川さんが「ジョン・レノンも雪駄を履きこなしていたんですよ」と、写真集を見せてくれました。

株式会社サカガワの三代目社長、阪川隆信さん

確かに、スーツ姿のジョン・レノンが雪駄を履いている写真が掲載されています。さらっと履きこなす感じは、とてもカッコイイ。

「こんな風に雪駄を楽しんでほしい」と語ります。

雪駄は草履の一種で、薄手で裏に革を張り付けてあるのが特徴。一説には千利休が創意したものと伝えられています。

サカガワは、鼻緒や軽装履きの地場問屋として1957年に創業。

かつて三郷町では、多くの農家が副業として雪駄づくりを行っており、サカガワの職人も三郷町に多くいました。

しかし時代とともに服装も西洋化し、雪駄の需要は減少。

職人の数も減り、現在では数えるほどに。

そんななか、「雪駄の伝統と職人の技を未来に残したい」と、2008年にオリジナルブランド「大和工房」を立ち上げたのが阪川社長です。

「職人が残っているうちに、もう一度、雪駄の良さを広めたい」と、職人の手仕事を基本に、現代人のニーズに合った雪駄づくりに取り組みました。

目指したのは、若者が普段着に合わせて履ける、履き心地とデザイン性を兼ね備えた雪駄。

しかし、昔気質の職人たちにとって、現代版の雪駄づくりには少々抵抗があったようです。

「使う素材が難しいとか、手間がかかるとか、職人とのやりとりが大変な時もありました (笑) でもこの技を未来へと残すために、今はこれをしないといけないと、何度も話し合いました」

今の時代に合った雪駄をつくることが、素晴らしい職人の技を残すことになるという確信が、阪川社長にはあったからです。

何度も、何度も。その過程は大変ではあったものの、やはりそこは職人。

社長の理想を形にし、今までにない履き心地と足触りの良さを実現した雪駄が完成しました。

鼻緒の位置に注目

では、その履き心地の良さはどうやって実現させたのでしょうか。

「大和工房」がつくる雪駄の最大の特徴は、鼻緒の位置が親指側にずれていること。

履きやすさを追求し、中央ではなく親指側にずらすことで、足入れの収まりが良く、毎日心地よく履けるように工夫されているのです。

鼻緒の位置が親指側にある

ちょっとしたことではありますが、実際に履いてみると履き心地の違いがよくわかります。

足がすっと入り、小指がはみ出すこともない。

培われてきた熟練の手仕事を根底に、今の時代に合ったエッセンスを融合することで、雪駄の新たな未来が切り拓かれた瞬間でした。

一つひとつ、丁寧に

今の時代にあった提案をする一方で、「大和工房」の雪駄づくりで、機械を使うのは、最初の型抜きと、最後のプレスのみ。

最後に使用するプレス機

型を合わせる糊づけも、鼻緒づくりも、多くの工程が、人の手によって行われています。

鼻緒をすげながら、「もう感覚ですわ」と作業を黙々と続ける職人。

鼻緒をすげながら作業を黙々と続ける職人

そんな熟練の技を見ると、大切につくられていることがよくわかります。

糊づけも一つひとつが手仕事。素材によって糊の種類も異なる

「ジーンズに合わせて履いてほしい」

この雪駄を、「ジーンズに合わせて履いてほしい」というのが阪川社長の想いです。

現代のファッションアイテムの一つとして取り入れやすく、また、メイドインジャパンとしての誇りも伝わるようにと、素材や色の組み合わせも工夫しました。

例えば、岡山デニム、倉敷帆布、阿波しじら織、栃木レザーなど、洋服と合わせやすい素材を日本の伝統産業から採用。

倉敷帆布を使った雪駄。洋服との相性も抜群です

夏向きには、足のあたりが気持ちよい、パナマの素材で作った雪駄を。

さらに、冬でも楽しめるものをと、鼻緒がファーになった雪駄も。

季節を問わず、年中履ける雪駄をつくっています。

また中川政七商店をはじめ、有名デザイナーや大手スポーツメーカーといった多彩な企業とのコラボで、より現代のニーズに応える努力を積み重ねています。

「いろんな服に合わせて、自分なりの雪駄の履き方を楽しんでほしい」と願っています。

その魅力の広がりは外国にも。

国内のみならず、パリやニューヨークといった海外の展示会へ出展し、日本の雪駄を世界にも届けています。

また、奈良市の観光地・ならまちには自社ショップ「大和工房 ならまち店」をオープン。最近では海外からのお客さんも多く、足触りの良さや履き心地はもちろんのこと、外国人向けの大きなサイズがあるということでも人気を呼んでいるそうです。

ジーンズ、スカート、スーツにも。

履きやすさを追求し、毎日でも履けるように。

三郷の雪駄は、新しい履物の未来へ歩みだしています。


<関連商品>
奈良で作った雪駄サンダル

<取材協力>
株式会社サカガワ
奈良県北葛城郡上牧町上牧3439-16
0745-76-8835
https://sakagawa.nara.jp

文:川口尚子、徳永祐巳子
写真:北尾篤司