正月飾りとは不思議なものです。
小さなものでも一つ、二つ、縁起ものを飾るだけで、新年を晴れやかに迎えることができます。
こちらは奈良を代表する伝統工芸の一つ、一刀彫の干支人形。
一刀彫の匠、「一刀彫 浦」の浦弘園(うらこうえん)さんの作品です。
2020年の干支は子(ねずみ)。
生き生きとした姿かたちで、今にもチューと鳴き出しそう。
ねずみの骨格や表情を巧みに捉えたノミ跡は、一刀彫ならでは。
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ナチュラルな木肌と風合いは、洋室にも玄関にもすんなりと馴染みます。
伝統の趣きも愛らしく、今の暮らしを彩ります。
ルーツは大和国の一大祭事、おん祭
その一刀彫とは、一刀で彫り出したかのような大胆な面を持ち、あでやかな彩色を施した木工人形のこと。
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各地に一刀彫りはありますが、発祥の地は奈良であり、奈良人形とも呼ばれます。
歴史は平安時代にまでさかのぼり、大和国の一大祭事「春日若宮おん祭」に用いられた神祭りの人形がルーツとされています。
一刀彫の作品は伝統の意匠をモチーフにしたものが多く、なかでも干支人形は人気の意匠。
ひきもきらぬ注文を受け、正月迎えの制作に追われるのは浦弘園さん。
興福寺の境内横手、猿沢池の畔という名勝地に面したところに工房を構えておられます。
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人気の「月こよみ」は月ごとに楽しめる飾り付き
かわいい巫女さんの人形と12ヶ月の飾りがセットになった「月こよみ」は、ツイッターやインスタグラムで評判が広がり、ヒット商品となったもの。季節の彩りを捧げ持ちます。

1月は重餅で2月は鬼面。3月は雛人形で4月は桜の扇。5月は兜で6月てるてる坊主…。
毎月小さな飾りが変わり、一年を通して月の訪れを楽しむことができます。

心がけているのは、人間目線でなく、人形目線。
「自分も人形たちと楽しみながら彫る」ことが信条です。
眺めるほどに物語が浮かんできそう。
そんな遊び心のある作風で人気を呼んでいます。
新しいもの、今の暮らしに合うものを
「新しいものを生みたい」と浦さん。
伝統工芸だからと毎年同じものを作りつづけるのではなく、ひらめいたこと、浮かんだアイディアを盛り込んで、人形たちと向き合います。
「効率の良い仕事の仕方とは言えませんが、そうしたい。彫ることを苦しい仕事にしたくない。楽しい仕事にしたいのです」
だからこそ物語を紡ぎそうな生気にあふれた人形たちが彫られるのでしょう。
今、取材の合間も手を休めることなく彫り続ける、子の干支人形もそうです。
12年前とは異なる姿かたちは、幾度もスケッチを描き、アイディアを重ねて生み出したもの。伝統をまといながらも、今の空気を映し込み、今の暮らしに合う人形たちです。
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手頃な干支人形から、一刀彫を初めて手にする人も多いでしょう。
浦さんは「どうぞ手に取り、触ってください」と言います。
「可愛いと感じたら触りたくなるでしょう。干支人形は地肌がほとんどだから、絵具も気にせず手にして愛でて、一刀彫りの木の面を、木の温もりを感じてください」。
切り出された木は、突きノミ、追い入れノミ、丸ノミなど何本ものノミや彫刻刀を用いて形にしていきます。
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彩色は日本古来の水干し絵具や岩絵具、金箔など。
浦さんの色合いは極彩色の派手なものより柔らかな色目のものが多い。
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かくいう浦さんの出身は奈良の山奥深く。大峰山系の荘厳な大自然のただ中にある十津川村です。
一時はサラリーマンとして勤めましたが、身になじまず退職。一刀彫の職人となり40年近くが過ぎました。
「一刀彫りの仕事でも、いやな仕事はしませんでした。好きな仕事を選んで、我を通してここまで来ました」
だから今でも一刀彫が大好きです。
好きだからこそ、熱を持って新しいもの、面白いもの、さらなる高みへと向かっていけるのでしょう。
年を重ねた今、「これからはもっと作家性を強めて、思うままに人形を彫りたいですね」
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国内外問わず、ネット通販で作品を求められることも増えました。
「今は日本が再確認される時代ではないでしょうか。作品から奈良を、そして日本を感じてもらえたら、とてもうれしいですね」
奈良であり日本をまとった作品を生む。
そのためには「正直でありたい」
自分にも作品にも嘘をつかず、真摯に好きな仕事に打ち込み続けること。
「サラリーマンの同級生はそろそろ定年。余生を考えていますが、僕のゴールはまだまだ先」。
自分自身が向かう先も「楽しみですね」
ノミを持ち、彫り進めながら、休む間の無い手も一緒に語っているようでした。
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<取材協力>
浦弘園
奈良県奈良市高畑町1122-9
0742-27-9045
<企画展のお知らせ>
奈良の一刀彫をはじめ、筆や墨を展示販売される企画展が開催されます。
企画展「奈良の一刀彫と筆」
日時:12月18日(水)〜1月14日(火)*1月1日(水・祝)は休ませていただきます
開催場所:「大和路 暮らしの間」 (中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内)
https://www.d-kintetsu.co.jp/store/nara/yamatoji/shop/index02.html
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*企画展の開催場所「大和路 暮らしの間」について
中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内にある「大和路 暮らしの間」では、奈良らしい商品を取り揃え、月替わりの企画展で注目のアイテムを紹介しています。
伝統を守り伝えながら、作り手が積み重ねる時代時代の「新しい挑戦」。
ものづくりの背景を知ると、作り手の想いや、ハッとする気づきに出会う瞬間があります。
「大和路 暮らしの間」では、長い歴史と豊かな自然が共存する奈良で、そんな伝統と挑戦の間に生まれた暮らしに寄り添う品々を、作り手の想いとともにお届けします。
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この連載では、企画展に合わせて毎月ひとつ、奈良生まれの暮らしのアイテムをお届け。
次回は、「奈良の一刀彫と筆」の企画展より「筆」の記事をお届けします。
文:園城和子、徳永祐巳子
写真:中井秀彦