世界が注目する赤と白のスパイク
ワールドカップ・ロシア大会で、決勝トーナメント進出を果たした日本代表。そのなかでも、獅子奮迅のプレーで話題を呼んでいるのが大迫勇也選手、乾貴士選手だ。
大迫選手は初戦のコロンビア戦で勝ち越しとなる決勝ゴールを決め、次のセネガル戦ではセネガル代表の監督が試合後の記者会見で「15番(大迫選手の背番号)」を称賛した。
乾選手は初戦こそ見せ場は少なかったものの、セネガル戦では2度のリードを奪われる苦しい展開のなかで、1得点1アシストを記録して日本に貴重な勝ち点1をもたらした。
いよいよ迎える7月3日の決勝トーナメント1回戦、ベルギー戦では、日本史上初のワールドカップベスト8進出に向けて、両選手のさらなる活躍が期待される。
日本代表の中心として、いまや世界が注目するふたり。そのプレーを足元から支えているのが、日本の総合スポーツ用品メーカー、アシックスだ。大迫選手は赤、乾選手は白のアシックス製スパイクを履いて、ワールドカップに挑んでいる。
大迫選手モデルのスパイク (サイン入り)
乾選手モデルのスパイク (サイン入り)
今回はふたりのスパイクの企画開発に携わったアシックスジャパン プロダクトマーチャンダイジング部の岩田洋さんに、知られざる「スパイクづくり」の舞台裏を尋ねた。
スパイクの企画開発に携わった岩田さん
究極の「素足感覚」
―まず、岩田さんのお仕事の内容を教えてもらえますか?
「私の主な役割は、新商品のコンセプトづくりですね。開発と現場をつなぐのが仕事で、最も情報を得られる立場にいます。私たちが作ったコンセプトを形にするのが、神戸本社にいるスパイクの開発チームです」
―なるほど!大迫選手、乾選手が履いているスパイクのコンセプトを教えてください。
「大迫選手が履いているのは『DS LIGHT X-FLY 3 SL』、乾選手が履いているのは『DS LIGHT X-FLY 3』というシューズです。
『DS LIGHT』シリーズの初代は1999年に発売されたので、ちょうど今年で20年目。コンセプトも20年前から変わっておらず『軽くて、足にしっかりフィットするスパイク』です」
「20年間、軽量性とフィット性を追求してきたシリーズで、特に乾選手、大迫選手のフィードバックを重ねながらつくった『DS LIGHT』シリーズの最高位モデル『X-FLY 3』は軽量性とフィット性の究極の形である素足感覚が特徴です」
―「素足感覚」と言葉で表すのは簡単ですが、それをモノづくりで表現するのはとてもハードルが高いように感じます。
「素材、パターンを細かく変え、ミリ単位の修正を加えて少しずつアップデートしてきました。例えば今ふたりが履いているスパイクは、その前のモデルと比べて軽くなっています。
単純に軽くするのではなく、トッププレイヤーが試合で履ける安定性、耐久性を担保しながら軽くしていくのが難しいところです。スパイクの柔軟性も同様で、あくまでも足の自然な屈曲に合わせて曲がるようなソールの構造を目指しています」
しなやかに曲がるつま先部分
完成までおよそ2年、試作は約50足。
―どれぐらい試作を重ねるのでしょうか?
「『素足感覚』を実現するために、ソール(靴底)の厚さ、スタッド(スパイクの突起)の位置などがミリ単位で違うものを何種類も用意し、選手にひとつずつ足を入れてもらってすり合わせます」
スタッドのわずかな位置調整も、素足感覚の達成には欠かせない
「『X-FLY 3』の場合、サンプリングは3段階に分けて行われます。そのたびに、ひとつひとつのパーツについて選手の意見を聞き、良いものをつなぎあわせて理想の形に近づけていきます。
コンセプト段階から最終形にいたるまでにおよそ2年、約50足ほど試作しますね。数えきれない人が開発に携わっています」
―50足!その集大成として今の赤、白のスパイクがあるんですね。やはり、大迫選手と乾選手のリクエストは違うのでしょうか?
海外でのプレーが生んだ、大迫選手の赤い人工皮革スパイク
「そうですね。大迫選手は、アッパー(甲被)が人工皮革のタイプを履いています」
「もともとはよく伸びて足に馴染む天然皮革のものを履いていたんですが、大迫選手が2015年からプレーしているドイツは、雨が多くてピッチのコンディションが良くないことが多いうえに、芝も深い。なおかつ大柄で、フィジカルに優れた選手を背負いながらプレーすることも多い」
「この環境に対応するために、しっかり踏ん張れるようにより強いホールド性、グリップ性を求められました。そこで、当社から高いフィット性とホールド性を兼ね備えているマイクロファイバー製の人工皮革を提案させてもらったんです。
大迫選手は当初、人工皮革は足に合わないというネガティブなイメージを持っていたんですけど、何度も試作を重ねる中で柔らかさとホールド性のバランスがいいということで気に入ってもらうことができました」
小学校からアシックスを愛用。乾選手は白い天然皮革スパイク
―乾選手はどうでしょうか?
「乾選手はどちらかというとスパイクに柔軟性を求める感覚が強いので、アッパーが天然皮革のタイプを履いています」
「ちなみに、乾選手は小学生の頃からずっとアシックスを履いているのですが、高校生の時に『DS LIGHT』シリーズの白いスパイクを履き始めてからは、シンプルで本物感を追求したようなスパイクを履きたいということで、ずっと白のカラーを好んで使っています」
開発者視点で観るワールドカップ
―ワールドカップでは、ふたりの活躍とともに紅白のカラーのスパイクが目立っています。社内も盛り上がっているのでは?
「はい。ワールドカップ以前よりセールスチームからのサッカースパイクに対する問い合わせが格段に増えましたし、マインドとしても、サッカーで攻めていこうよという雰囲気が高まっているなと感じます」
「サッカースパイクの企画開発に携わっている者としてこのワールドカップが追い風になればいいなという想いもあって、日本代表の試合は自分のことのように力みながら観ていますね。どうしてもふたりのプレーを中心に食い入るように観戦してしまうので、試合が終わった後にはぐったりしています(笑)」
根底にあるのは、徹底した現場主義
―最後に、日本のメーカーとして「ものづくり」へのこだわりを教えてください。
「究極的にはプレイヤーのパフォーマンスを最大化するのが一番いい靴だと思っていますが、それはプロだけに限りません。
当社は日本を拠点にしているので、外資のメーカーよりも実際にグラウンドに行って、小中学生、高校生、大学生のプレイヤーの声を聞きやすい環境にあります。その強みを活かすためにも、現場の声にもとづいたものづくりを大切にしていきたいと思っています」
「例えば、外資メーカーが日本の高校生の意見を商品に反映する可能性は低いと思いますが、僕らは高校生向け、小中学生向けのモデルを作る時にはそれぞれのターゲットプレイヤーに必ず意見を聞くようにしています。
ジュニアモデルであれば少年団に行って、意見を聞きながら子どもたちの足に合うスパイクの企画開発を進めるんです。そうしたモノづくりこそアシックスが培ってきた強みであり、生命線だと思っています」
大迫選手、乾選手の活躍の裏には、徹底的に選手の声と現場を重視したアシックスの「ものづくり」があった。普段はあまり注目しない選手の足元だが、視点を変えれば数えきれないほどの人の想いと挑戦の物語がそこにある。
<掲載商品>DS LIGHT X-FLY 3 SL DS LIGHT X-FLY 3
<取材協力> アシックスジャパン株式会社https://www.asics.com/jp/ja-jp/ *お問合せ先:「アシックスジャパン株式会社 お客様相談室」0120-068-806
文:川内イオ