乾燥肌や敏感肌にもやさしい、益久染織研究所のタオルや靴下。秘密は「和紡布」の糸にありました

お肌の乾燥が気になる季節ですね。

 

冬は、肌が荒れたり、かゆくなったりして困っているという方も少なくありません。

 

そんな季節に、やさしい肌触りのアイテムで評判を呼んでいる、奈良県斑鳩町(いかるがちょう)の「益久染織研究所」を訪問しました。

 

斑鳩町で新しいスタートを切った「益久染織研究所」

兵庫県西宮で1975年に染織教室を開業・創業した「益久染織研究所」。

 

400人を超える生徒さんに手紡ぎや手織り、天然染料染め、藍染め、絣などの工芸手法を教える教室を運営していました。

 

しかし1995年に阪神大震災で被災し、吉井社長の住まいがあった斑鳩町に会社を移設。

 

当初は一時避難の予定でしたが、奈良への移転は会社にとってもターニングポイントとなり、斑鳩町で再スタートを切ることに。

 

斑鳩町の本社を訪れると、にこやかな笑顔で吉井さんが出迎えてくれました。

株式会社益久染織研究所の代表取締役社長兼テキスタイルデザイナーの吉井委代さん(中央)
株式会社益久染織研究所の代表取締役社長兼テキスタイルデザイナーの吉井委代さん(中央)

通路脇には、会社の財産である糸や布が所狭しと積み上げられています。

入り口近くには、取り扱っている商品や、ワークショップで利用する機織り機や糸紡ぎ車、糸や布がディスプレイされていました
入り口近くには、取り扱っている商品や、ワークショップで利用する機織り機や糸紡ぎ車、糸や布がディスプレイされていました

「みんな糸や布が好きで、休憩時間になると何かしら作っているんですよ。益久の糸や布を使って何が作れるか、そこからアイデアが生まれることもあります」と話す吉井さんに「益久染織研究所」のものづくりへの思いを伺いました。

 

こだわりの原材料と紡ぎ方

「益久染織研究所」で、独特のやわらかな肌触りが人気なのが、「和紡布(waboufu)」シリーズです。

 

タオルや洗顔クロス、食器も洗えるふきん、シーツやピロケースなど、毎日使いたいアイテムが揃っています。

 

水分をたっぷり吸収する和紡布のタオルは、石鹸を使わなくても優しく汚れを絡め取り、脂分も適度に残すことが可能。

 

「石鹸なしで使えば皮脂を落としすぎないので、冬場もカサカサになりません」。

 

敏感肌の方やアトピー性皮膚炎でお悩みの方、肌の弱い赤ちゃんにもおすすめだそうです。

 

和紡布のタオル
和紡布のタオル

こうした和紡布シリーズの優しい風合いや、肌に心地よいデコボコ感、そして圧倒的な吸水力の秘密は、その糸にあります。

 

原材料は、化学肥料や農薬を使うことなく育てた自然栽培綿。

 

中国山東省の契約農家さんが、これまでに化学肥料や農薬を使ったことのない自然そのままの土壌で、ひとつずつ丁寧に人の手で摘み取ってる綿です。

 

剪定と雑草取りもすべて手作業。大切に育てられている自然栽培綿
剪定と雑草取りもすべて手作業。大切に育てられている自然栽培綿

そして、糸の紡ぎ方にも特徴があります。

 

それが一昨年から始めた、明治初期に日本人が発明したガラ紡機を使う糸紡ぎです。

 

明治時代に信州のお坊さんが発明したといわれているガラ紡機
明治時代に信州のお坊さんが発明したといわれているガラ紡機

ガラガラと音を立てて糸を紡ぐ様子は「糸を紡ぐおばあちゃんが大勢いるのと同じ」と吉井さんは話します。

 

手紡ぎは1日で約80gの糸を紡ぐことができますが、ガラ紡機は1本で40gしか紡ぐことができません。

 

しかし手紡ぎより時間をかけてゆっくり紡ぐことで、糸が空気を含み、軽くてあたたかみのある品を生み出すことができます。

 

そばに「和紡布」がある豊かな暮らし

こうして紡がれたガラ紡糸は、糸の太さが一定でないため、製品に仕立てると凹凸のある、柔らかな風合いになります。

触れると、肌触りの良さに驚きました。

ガラ紡糸の表面は甘ヨリなので、空気をしっかり含み、保温性もバツグン。

その上、お洗濯をしてもすぐに乾くので、寒い季節にぴったりな素材です。

足を締め付けない、ガラ紡のくつろぎ靴下も人気

ガラ紡糸の特長を生かした冬らしいアイテムが、ゆるやかに編み込まれた、ふんわりと優しく包み込んでくれる靴下。

 

靴下
靴下

「冷え性で冬場は靴下を履かないと眠れない」という方にも、この靴下ならぐっすり眠ることができると人気です。

 

理由は、肌触りのいいパイルの裏地。ガラ紡糸ならではのデコボコした風合いが、柔らかな肌触りを生み出します。

 

さらに足首の部分はしめつけの少ない、ゆるめのゴム編み二重構造にするなど、細部まで使う人のことを考えたつくりで、冷え性の方や肌の弱い方に喜ばれています。

製造しているのは奈良県広陵町の工場。

 

広陵町は日本有数の靴下の産地です。奈良で再スタートを切り、土地や人に支えられて歩んできた「益久染織研究所」が地元の企業とものづくりをすることで、奈良の産業発展に少しでも貢献できたらという思いもあるそうです。

 

毎日使うものだから、心と身体に寄り添うものを

「ゆっくり時間をかけて作ったガラ紡糸のアイテムは、生地が空気や水分を吸ったり吐いたりするので、夏は涼しく冬は暖かです。チクチクしないので、肌の弱い人はもちろん、お肌の状態が変わりやすい妊娠中の女性にも喜ばれています。作りたいのは、特別なものではなく身近なもの。手と自然にこだわって糸と布のものづくりを続けていく、それが私たち益久染織研究所です」

 

吉井さんの言葉からは、「いいものを届けたい」という一心で、ものづくりを続けていることが伝わってきます。

 

これからも使う人と同じ目線で考えぬかれたアイテムは、日常をあたたかく支えてくれるでしょう。

 

 

<取材協力>
株式会社益久染織研究所
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺南3丁目5-47

0745-75-7714

https://mashisa.jp


<企画展のお知らせ>

「株式会社益久染織研究所」から生まれた和紡布企画展が開催されます。

企画展「斑鳩の紡ぎ木綿」

日時:2月12日(水)〜3月17日(火)
開催場所:「大和路 暮らしの間」 (中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内)

https://www.d-kintetsu.co.jp/store/nara/yamatoji/shop/index02.html

大和路

*企画展の開催場所「大和路 暮らしの間」について

中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内にある「大和路 暮らしの間」では、奈良らしい商品を取り揃え、月替わりの企画展で注目のアイテムを紹介しています。

伝統を守り伝えながら、作り手が積み重ねる時代時代の「新しい挑戦」。

ものづくりの背景を知ると、作り手の想いや、ハッとする気づきに出会う瞬間があります。

「大和路 暮らしの間」では、長い歴史と豊かな自然が共存する奈良で、そんな伝統と挑戦の間に生まれた暮らしに寄り添う品々を、作り手の想いとともにお届けします。

この連載では、企画展に合わせて毎月ひとつ、奈良生まれの暮らしのアイテムをお届け。

次回は、「吉野の木の道具」の企画展の記事をお届けします。

文:上野典子、徳永祐巳子
写真:中井秀彦、写真提供:株式会社益久染織研究所

すぐに売り切れる「サンドイッチかご」。創作竹芸とみながの竹かごが長持ちする理由

各地の取材で出会う暮らしの道具。作っている人や生まれる現場を知ると、自分も使ってみたくなります。

先日、取材で訪ねた鹿児島の竹細工専門店「創作竹芸とみなが」で、「サンドイッチかご」なる道具に出会いました。

ふたを開けた様子

竹林面積日本一の鹿児島県内で昔から作られてきた、ご当地かごのひとつです。

「中でも、サンドイッチかごは作るのが難しくてね。人気なんだけれど数が限られるから、すぐ売り切れちゃう」

教えてくれたのは、「創作竹芸とみなが」のご主人、富永容史 (とみなが・たかし) さん。

一体どんな風にこの愛らしいかごは生まれているのか。富永さんのご案内で、サンドイッチかごが生まれる現場を訪ねます。

ご当地かごがいっぱいの、富永さんのお店の様子はこちら:「まるで宝探し。好きなかごに出会える鹿児島の『創作竹芸とみなが』」

鹿児島で山を見たら竹林と思え?

富永さんの車で職人さんの工房に向かっていると、

「あれ、竹林ね」

高速道路わきの竹林

「ほらここも」

私にとってはただの景色だった高速道路わきの山から、富永さんは次々に竹林を見分けていきます。

さすが、竹林面積日本一の県。「山を見たら竹林と思え」と言っても過言ではないくらい、小一時間の道中に見かける山々には、竹が生えています。

目が慣れてくると、生えているのが竹であるのが段々わかってきます
目が慣れてくると、生えているのが竹であるのが段々わかってきます

ドライブの合間に、富永さんが竹の基礎知識を教えてくれました。

竹の「切り旬」

「生えて1年目の竹は絶対に使わないの。若いとすぐにしなびて製品にした後にもたないから。3〜5年経った竹が切り旬。6年以上経っても古すぎてだめだね」

ちなみに、もうすぐ旬を迎えるタケノコになる竹と、竹細工に使う竹は別もの。タケノコを栽培している山は土に肥料を与えているため、竹が育っても養分が多すぎて細工に使えないそうです。

「他にも、キロクタケハチという言葉が昔からあってね。『木は6月に、竹は8月に切りなさい』という先人の知恵なんです。旧暦だから今でいうと8月は10月あたりだね」

そんな竹の豆知識をあれこれと教わっているうちに、職人さんの工房に到着。一見すると普通のお家にしか見えません。

セカンドキャリアは竹かご職人

「竹かご作りは手間も時間もかかります。それだけを生業にしてる人は今はいないね。みんな定年後に作り方を覚えて、自宅でやっている人がほとんどです」

今日伺う島田洋司さんも、定年退職後に竹細工職人となったひとり。

1日の大半を過ごすという工房内。テレビが見やすい位置に作業台がセットされています
1日の大半を過ごすという工房内。テレビが見やすい位置に作業台がセットされています

富永さんが旗揚げに携わった鹿児島市の技術学校で竹細工の技術を習得し、職人デビューして11年を数えます。

「竹はまっすぐに生えるから、その繊維をきれいな直角に曲げて作る四角いかごは作るのが難しいのね。

特に蓋のあるものは、身と蓋がピタッと合わないといけないからサンドイッチかごはなかなかきれいに作れる人がいない。島田さんはそんな難しい角ものをきちっと作れる人です」

島田さん。富永さんが信頼を置く職人さんのひとりです
島田さん。富永さんが信頼を置く職人さんのひとりです

ご自宅の離れを活用しているという工房で、その手わざを見せていただきました。

軽くて丈夫で何より可愛い。サンドイッチかごができるまで

竹材の幅を揃える道具
竹材の幅を揃える道具
厚みを整えて‥‥
厚みを整えて‥‥
専用の台にセット。ろくろのように土台が回転します
専用の台にセット。ろくろのように土台が回転します
かごのサイズに合わせて角度を付けた竹ひごを、編んでいきます
かごのサイズに合わせて角度を付けた竹ひごを、編んでいきます
おもて、うらと流れるように編まれていきます
おもて、うらと流れるように編まれていきます

道具はどれも、島田さんが自分でカスタマイズしたものばかり。回転する作業台も、島田さんオリジナルだそうです。

「設計図は特にありません。材料の厚みなど基本的なことを教わったら、あとは自分でやりながら覚えていくだけですね」

作業の手を休めず何気なく答える島田さんに一番難しい工程を伺うと、

「節の出方を考えなきゃいけないところかな。編み目の内側に竹の節が当たるとぽきっと折れてしまうから、節が大体どの辺りに来るのか、編み始める前に考えておかなきゃなりません」

表面をよく見ると、節がおもて側に、揃って現れています
表面をよく見ると、節がおもて側に、揃って現れています

節をうまく避けて編むための秘密兵器も、島田さんは手作りしています。

島田さんオリジナルの定規。タテヨコの編み目が色で示されています。竹の節がここに当たらなければOK
島田さんオリジナルの定規。タテヨコの編み目が色で示されています。竹の節がここに当たらなければOK

何気なく編んでいるようで、こんな工夫がされていたとは。

かごの上部に、先ほどの定規と同じものがセットされています
かごの上部に、先ほどの定規と同じものがセットされています

「節がなければ随分楽だろうと思いますが、その分できたものに特徴がなくなってしまいますからね」

作業を見ていた富永さんが、帰りの車の中で語ります。

「竹細工は材料の段取りが8割。特にサンドイッチかごは竹の皮部分しか使わないの。身は全部捨てちゃうのね。

油抜き (ゆぬき。竹の余分な油を火や熱湯で抜く作業) をして、材料の幅や厚みを揃えたり、節の出具合を計算したり。

もうひとつ、私から職人さんにお願いしているのは、材料を切ったままの角ばった状態で使わず、必ず面取りをすること。それだけで手触り良く、表情が柔らかくなるからね」

鹿児島の竹細工を専門に商う立場として、富永さんは職人さんへのアドバイザー的役割も担っています。

「作業の様子を見ていると、うちの竹かごが長持ちする理由もよくわかる。長持ちすぎて売れないのが困りものなんだけどね。あ、あそこも竹山」

可愛らしいサンドイッチかごを生み出していたのは、オーバー60世代コンビのたっぷりの愛情と細やかな創意工夫。

手に乗せるととても軽いのですが、ちょっとやそっとのことではへこたれない丈夫さを感じます。鹿児島から持ち帰って、早速使ってみようと思います。

<取材協力>
創作竹芸とみなが
鹿児島県鹿児島市鷹師1-6-16
099-257-6652

文・写真:尾島可奈子
※こちらは、2018年3月6日の記事を再編集して公開しました。

使ってみました。飛騨が生んだ調理道具、有道杓子 (奥井木工舎)

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

各地の取材で出会う暮らしの道具。作っている人や生まれる現場を知ると、自分も使ってみたくなります。

この連載では、産地で見つけた暮らしの道具のものづくりの様子と、後日、暮らしに持ち帰って使ってみた体験の両方を、まとめていきたいと思います。

今回は、使ってみた編。

道具は先日飛騨高山特集でものづくりの様子をご紹介した奥井木工舎の有道杓子 (うとうしゃくし) です。主に煮物や鍋料理に使います。

かつて飛騨の有道村で作られていたという、地域独特の調理道具です
かつて飛騨の有道村で作られていたという、地域独特の調理道具です

実は私自身はもともと、料理する頻度は少ない方です。調理道具に特にこだわりも持っていませんでした。

けれども見た目の美しさや奥井さんのものづくりに触れて、思わず「ひとつください!」と買い求めてから1か月と少し。鍋に七草がゆ、おしるこ‥‥と日々、少しずつ暮らしの中で使ってみた様子をお届けします。

使いたくなった理由

ものづくり取材で印象的だったのが、すくい部分の波のような模様でした。

実はこの凹凸が、調理の時のポイントに
実はこの凹凸が、調理の時のポイントに
凹凸は飛騨特有の道具「曲がり鉋」で削り出されます
凹凸は飛騨特有の道具「曲がり鉋」で削り出される

この凹凸が具材との当たりを和らげ、身を崩さずにしっかりキャッチする役目を果たすとのこと。まずはお鍋で使ってみることにしました。

使う前はこんな感じです

私が買い求めたのは大のサイズ。持ち手は長くしっかり太めです。一般的な金属の「おたま」を使いなれているとやや大きく感じます。2、3人前をつくる鍋に合いそうです。

持ち手は台形になっていて、持った時に安定感があります
持ち手は台形になっていて、持った時に安定感があります

水でさっと洗うと、不思議と生木の元の姿に戻ったように、生き生きと黄色みが増します。

まずは、鍋料理。しらたきで違いに気づく

今日はお豆腐と肉団子の鍋です
今日はお豆腐と肉団子の鍋です
ぐつぐつ、煮えてきました
ぐつぐつ、煮えてきました

いちばん「具材を逃さない」感覚がわかったのが、しらたき。普段なら菜箸でとり分けるところを、他の具材と一緒に杓子ですくい上げられました。

やわらかいお豆腐やしらたきをまとめてキャッチ
やわらかいお豆腐やしらたきをまとめてキャッチ

なんでだろう、と後ですくい部分に触れてみると、内側のくぼみをぐるりと囲むように鉋 (かんな) で縁取りされているのに気付きました。

先ほどと同じ写真ですが、すくい部分の周りが一筆書きに縁取られているのがわかるでしょうか?触れるとキリッと固いです
先ほどと同じ写真ですが、すくい部分の周りが一筆書きに縁取られているのがわかるでしょうか?触れるとキリッと固いです

このわずかな縁取りとすくいの凹凸が程よいストッパーになって、余分な汁は逃しながら具材だけキャッチするのに一役買っているようです。

ほどよく汁気を切るので、やわらかい具材やコロコロする肉団子なども逃げません
ほどよく汁気を切るので、やわらかい具材やコロコロする肉団子なども逃げません

また気に入ったのが、杓子が鍋に当たった時の「コンッ」という音。木ならではの、低くて控えめな音です。

鍋への当たりもやわらか。金属製のおたまで混ぜる時の、「シャリッ」という金属音が苦手な人にもいいかもしれません
鍋への当たりもやわらか。金属製のおたまで混ぜる時の、「シャリッ」という金属音が苦手な人にもいいかもしれません

七草がゆ。土鍋と合わせて、絵になるたたずまいでした

実は人生で一度も作ったことがなかった七草がゆ。せっかく鍋に似合う道具があるんだから、と土鍋も新調してやってみました。

おかゆが炊き上がるまで出番待ち
おかゆが炊き上がるまで出番待ち
完成。やはり、土鍋によく似合います
完成。やはり、土鍋によく似合います
お椀にたっぷりよそいます
お椀にたっぷりよそいます

ごはん用の「飯杓子」も

実は有道杓子にはごはん用の「飯杓子」もあります。

飯杓子

こちらも、ご飯をしっかりキャッチするのにすくい部分の凹凸が活躍します。

一般的なしゃもじよりすくいがやや深いので、ご飯がまとまって取り分けられる感覚がありました。おにぎりを作るときにも便利そう。

おしるこ

鍋、おかゆ、ご飯ときて、最後は冬らしい甘味も。

お鍋の中の様子

すくいが一般的なおたまより浅い分、お味噌汁には向かないという有道杓子ですが、こうしたとろみのある汁ものなら不便なく使えました。「もちろんカレーにも使えますよ」とのこと。

焼いておいたお餅にたっぷりかけて、いただきます
焼いておいたお餅にたっぷりかけて、いただきます

お手入れ方法

水洗いの様子

取材の際に奥井さんから教わったお手入れのポイントは以下の3つ。

・洗い:洗剤なしでOK。汚れが気になる時は、たわしで落とすのがおすすめ
・乾燥:直射日光のあたらない、風通しのいいところで乾かす
・保管:密閉したところにはしまわないこと。通気性のないところにしまうと、カビの原因に!

本当に洗剤なしで大丈夫なのかなぁ。

そう思いながら、まず手でこすってみると、ベッタリくっついているように見えたおかゆやおしるこが、水洗いでするする落ちていきました。

手洗いの様子

そういえば、と思い出したのは、取材時の奥井さんの言葉。

「一般的な木製品が最後に紙やすりで仕上げるのと違って、有道杓子は全体に鉋をかけて表面をなめらかに仕上げるんです。

鉋が繊維のささくれを平らげるので、水や汚れが繊維の中に入りにくくなるんですよ」

まだ使い始めということもあるかもしれませんが、教わったことが確かに手の中で実感できたようで嬉しかったです。

飯杓子についたご飯つぶは手強かったので金たわしの力を借りて、洗い完了。あとはよく乾かします。

乾燥中のところ

何度か使った後も、今のところにおいや色移りはありません。使い終わったらすぐ洗う、を気をつけていれば、長く良い状態で使えそうです。

取材した工房にて。左が作り途中、真ん中が完成品 (大) 、右が奥井さんのご家庭で数年使われている有道杓子 (小) 。使うごとに木の繊維が少しずつ油分を含み、木工でいうオイルフィニッシュのようになるそう
取材した工房にて。左が作り途中、真ん中が完成品 (大) 、右が奥井さんのご家庭で数年使われている有道杓子 (小) 。使うごとに木の繊維が少しずつ油分を含み、木工でいうオイルフィニッシュのようになるそう

使ってみた編、いかがでしたでしょうか。

もちろん金属製のおたまにも、お味噌汁に鍋にと幅広く使える、すぐ乾くといった良さがあります。

そんな中で煮炊きのために作られた「有道杓子」を使ってみたら、鍋だけでなく、「七草がゆも作ろうかな」「せっかくなら土鍋で」「おしるこはどうかな」と、料理不精の私が新しい料理にチャレンジしてみようと思う変化がありました。

道具が変わると、その周りから暮らしが変わっていく。今回の大きな発見です。

春にはきっと、奥井さんのご家庭では定番のジャム作りに、この有道杓子が活躍するのだろうと思います。

<取材協力>
奥井木工舎
https://mainichi-kotsukotsu.jimdo.com/

文・写真:尾島可奈子

「産地で手に入れる暮らしの道具」奥井木工舎の有道杓子

こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。

各地の取材で出会う暮らしの道具。作っている人や生まれる現場を知ると、自分も使ってみたくなります。

この記事では、実際に作り手を訪ねて自分で使ってみる、その体験をまとめていきたいと思います。

レポート001:飛騨高山の有道杓子

12月に特集中の飛騨高山を調べていて、「有道杓子」という道具に出会いました。うとうしゃくし、と読むそうです。

有道杓子

コロンとした形、木のあたたかみ。そしてすくいの部分の表面が、波打つようでとても美しい、と思いました。

有道杓子のすくいの部分
有道杓子のすくいの部分

調べると、かの白洲正子も絶賛した道具だとか。

「うちでは煮物の他に、ジャムや小豆を煮るのにも使っていますね」

教えてくれたのはこの杓子の作り手、奥井木工舎の奥井さん。有道杓子は軽くて丈夫、調理の時に具材が崩れにくい利点があるといいます。

価格はサイズ別に4000円台から。

いいお値段!とはじめは驚きましたが、これはそうなるだけの理由が、作る過程にありそうです。

さっそく工房にお邪魔してお話を伺いました。

飛騨の恵み、ホオノキ

「有道とは、昭和に廃村になった村の名前。そこで作られていた日用品が有道杓子です。

材料にはホオノキの材を使います。有道村にはたくさんホオノキが生えていたようなんですね」

飛騨高山とホオノキと聞いて、ピンとくる方もいるでしょうか。実は飛騨高山の郷土料理として有名な「朴葉味噌」の「朴葉」とは、ホオノキの葉っぱのことです。

葉の上に味噌を炙ることで、味噌にいい香りが移ります
葉の上に味噌を炙ることで、味噌にいい香りが移ります

有道杓子は、このホオノキの丸太から全て手作業で杓子の形を切り出して作られるのです。

白洲正子が愛した「杓子の中の王様」

「昔の村の暮らしでは煮炊きが大半だったでしょうから、きっとこういう道具も作られたのですね。冬の農閑期の仕事として作られていたようです」

昔の有道村の事が書かれた資料。口頭で受け継がれてきた作り方や形を、奥井さんはこうした古い文献に当たって復刻しています
昔の有道村の事が書かれた資料。口頭で受け継がれてきた作り方や形を、奥井さんはこうした古い文献に当たって復刻しています

必要から生まれた飾りのない暮らしの道具を称賛したのが白洲正子でした。飛騨の地で有道杓子と偶然に出会い、「杓子の中の王様」と自身の随筆の中で讃えたそうです。

こちらは変形版の飯しゃもじ。奥井さんが古道具屋さんなどで見つけてきたものです
こちらは変形版の飯しゃもじ。奥井さんが古道具屋さんなどで見つけてきたものです

明治には最大で5万本作ったという記録も残されていますが、戦後は金属製のレードル (普段私たちが「おたま」と呼んでいるもの) にとって代わられ、衰退。

廃村後は村の出身者や有志が保存会を立ち上げ、細々とものづくりを続けてきたそうです。

先ほどの飯しゃもじ、ひっくり返すと天狗の絵が。使わなくなったものをお土産品に転用したもののようです
先ほどの飯しゃもじ、ひっくり返すと天狗の絵が。使わなくなったものをお土産品に転用したもののようです

木工の原点。「有道杓子」はこうして作られる

今この杓子を作れるのは保存会所属のおじいさん2名と、奥井さんのみ。

「シンプルなようで、やってみるとこれが難しい。3年くらいやってようやく楽しくなってきました」

一見素朴な形ですが、実は飛騨にしかないという独特の道具から出刃包丁まで、様々な刃物を使い分けて形づくられています。

自宅の一室が作業場所。大阪生まれの奥井さんは、幼い頃から木工好き。ご両親が奥飛騨ご出身で、親しみのあった飛騨高山で木工の技能専門学校に学び、作家として出店していた高山の市で、同じく出店者の有道杓子保存会と出会ったそうです
自宅の一室が作業場所。大阪生まれの奥井さんは、幼い頃から木工好き。ご両親が奥飛騨ご出身で、親しみのあった飛騨高山で木工の技能専門学校に学び、作家として出店していた高山の市で、同じく出店者の有道杓子保存会と出会ったそうです
使う刃物をざっと並べただけでこれだけの種類が
他にも様々な道具が揃えられています
他にも様々な道具が揃えられています

作る季節も限られています。

「夏の材は養分を吸うから、仕上げると黒ずんで見栄えが悪くなるんです」

ホオノキの丸太。ここから杓子を切り出していきます
ホオノキの丸太。ここから杓子を切り出していきます

そのため有道杓子を作るのは冬の寒い間だけ。年間でも100〜150本ほどしか作れないそうです。

軽くて丈夫な理由:やわらかいホオノキを、「旬」のうちに加工

「ホオノキは軟材といって、木の中でも加工がしやすい材なんです。それを水分を含んで一番やわらかい生木の状態で加工します。僕は木のお刺身って呼んでいるんですよ」

水分を逃がさないよう、丸太の切り口にはボンドが塗られていました。乾燥を避けるために、雪の多い時は雪の中に埋めて保存したりもするそうです
水分を逃がさないよう、丸太の切り口にはボンドが塗られていました。乾燥を避けるために、雪の多い時は雪の中に埋めて保存したりもするそうです

機械を使わずに、全てを手作業で作る有道杓子。いかに力を入れずに加工できるかが重要です。

「だから木が柔らかいうちに、木の繊維に沿って形を切り出していく。割 (わり) 木工と言って、木工の原点といえるような作り方です。縄文時代に大木の幹をくりぬいてつくられた、えぐり舟なんかもそうですね」

木目を見ながら、ハンマーで刃先を丸太に入れていきます
木目を見ながら、ハンマーで刃先を丸太に入れていきます
丸太を割っているところ

今、同じやり方で杓子が作られているのは広島と、この飛騨高山だけだそうです。

ここから杓子作りがスタートです
ここから杓子作りがスタートです
柄の部分を切り出します
柄の部分を切り出します
ここでも道具の力を借りて
ここでも道具の力を借りて
なんとなく、形が見えてきました
なんとなく、形が見えてきました
繊維をさくように形を作っていきます
繊維をさくように形を作っていきます
杓子っぽくなってきました!
杓子っぽくなってきました!
今度は角度をつけていきます
今度は角度をつけていきます
すくいの部分がくびれてきました
すくいの部分がくびれてきました
すくいの部分にきれいな木目が来るよう計算して切り出されています
すくいの部分にきれいな木目が来るよう計算して切り出されています
柄がどんどん細くなっていき‥‥
柄がどんどん細くなっていき‥‥
柄の形が決まってきました
柄の形が決まってきました

柄からすくいの部分まで全てひとつの材からできているので、軽くても丈夫。

木材がやわらかいうちに木の繊維に沿って形を削り出しているため、木が本来もっている強度をよく保ったままで杓子の形になっています。

奥井さんはその作業を、木目を見ながら「形を見つける」と、おっしゃっていました。

「その分寸法や格好が変わってくるので、インターネットで売るのはなかなか難しくて。今のところは各地の小売店さんと、高山での実演販売だけでお売りしています」

具材を傷つけにくい理由:有道杓子特有の「曲がり鉋」が生み出す波模様

柄の部分を仕上げたら、すくいの部分を作ります。

はじめに驚いたのが、「木のお刺身」を切るのに、ここで本当に調理に使う出刃包丁が登場したこと。形を削り出していくときも、スコン、トン、と野菜を切るような音が響きます。

鉈で大まかな形を整えてから‥‥
鉈で大まかな形を整えてから‥‥
出刃包丁の登場です!
出刃包丁の登場です!

鉈では大まかな形しか削り出せないので、包丁で杓子としての形を整えていくのだそうです。

美しい曲線が現れました
美しい曲線が現れました

すくいの底の部分は、必ず面が台形になるように仕上げていくのだとか。

すくいの底部分に台形が並んでいます。このことで鍋や具材への当たりがやわらかくなるそう
すくいの凸部分に台形が並んでいます。このことで鍋や具材への当たりがやわらかくなるそう

次に登場したのは、くるんと丸い形の刃物。「曲がり鉋」と言って、奥井さんが調べた中では、全国でも飛騨特有の刃物だそうです。

あぐらをかいて、杓子を足で固定します
あぐらをかいて、杓子を足で固定します

「資料も残っていないので、はじめは研ぎ方もわからなくて苦労しました。この道具を作れるのは、今では高山にある鍛冶屋さん1軒だけなんですよ」

その使い方も独特で、足で材料を固定しながらシャッシャとすくい部分を削っていきます。

模様のように、すくい部分が彫られていきます
模様のように、すくい部分が彫られていきます
くるんと丸まった削りカス。触るとまだしっとりとしていました
くるんと丸まった削りカス。触るとまだしっとりとしていました
すくい部分の形が見えてきました!
すくい部分の形が見えてきました!

こうしてできた表面の凹凸が、具材との当たりを和らげ、身を崩さずにしっかりキャッチする役目を果たします。鍋も傷つけにくく、かき混ぜる時の金属音もありません。

あの美しい波模様は単なるデザインではなく、ちゃんと意味があったのですね。

この凹凸が具材を崩さないポイント
この凹凸が具材を崩さないポイント

おおよその形が出来上がるころには、木の放ついい香りとともに削りカスがが絨毯のように広がっていました。

ここから仕上げまであと一息です
ここから仕上げまであと一息です

一般的な木工品は外側に塗装をするため紙やすりで表面を整えるそうですが、有道杓子は無塗装。紙やすりに代えて、全体に鉋をかけて完成させます。

「大工さんが柱の仕上げに鉋をかけるでしょう。あれも、表面に汚れをつきにくくして、長持ちさせるためなんですよ」

鉋は表面の繊維のささくれを平らげるので、水や汚れが繊維の中に入りにくくなるのだそうです。これは調理道具には嬉しいところ。

形が出来上がったら木の呼吸が落ち着くまで3〜4ヶ月、しっかり乾燥させて一本の杓子がようやく完成します。

奥井さんの言っていた「シンプルなようで意外と難しい」のわけが、よくわかりました。

「もう少しすくいの深い、味噌汁用も欲しいってよく言われるんですが、それだと材料の取り方が変わるので、形や繊維の強さなども変わってきてしまうんですね。本来の『有道杓子』はやはりこの形なのかなと思います」

一方で、柄の部分は持ちやすいように台形に整えるなどの工夫も。

柄の部分が台形になっています
柄の部分が台形になっています

200年以上受け継がれてきた形を尊重しながら、使い勝手に工夫がこらされています。これはぜひ使って使い心地を試してみたい。

そんなわけで、このお話はまだ終わりません。使ってみる編に続きます。

<取材協力>
奥井木工舎
https://mainichi-kotsukotsu.jimdo.com/

文・写真:尾島可奈子